伝説の凶手になって異世界逃亡生活   作:ふらんすぱん

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第26話

 遺跡の通路は思ったよりも広く、四人が横に並んでもまだ余裕がある。

 石組の壁は、やすりで丹念に磨き上げたように平らだ。

 

 リオネルの手にあったランタンは、既にしまわれている。

 それがなくとも、壁に描かれた模様まで見て取れるのだ。 

 薄ぼんやりと明るく、だが光源は見つからない。

 外の光を取り込むような穴はなく、それなら壁自体が光っているのかもしれない。

 今はない技術が珍しいのか、一行、特に少女と暗殺者が物珍しそうに、壁に手をかざしていた。

 

「――なあ、リオネル。思ったんだが、あの入り口でまちぶせすることはできなかったのか? 遺跡での目的は知らんが、盗人もそれが終われば帰ってくるのではないのか?」

 

 いつの間にか、積極的に先頭を行くモリス。

 これはやる気があるのではなく、いざという時に対処するため。

 もし他の誰かを先頭にし、その者の失態で道連れにならぬように。

 

「ああ、それも考えたんだが、何もあそこだけが出口とは限らない。元々あそこは正規の入り口ではないのだ。盗人たちが探索しているうちに、正しい入口を見つける可能性だってある。あそこで待ちぼうけするよりは、こちらから、とっちめに行くほうが確実だろう」

 

 危険な遺跡の中だというのに、リオネルはまだ女と腕を組んだまま。

 こちらから迎えに行くのが、確実だとは思わない。

 だが、その方が楽だという男は、なかなかに剛胆で、得体がしれない。

 その自信の根拠はなんなのだと、問いかけようとして、足音が減っていることに気がついた。

 

「おい、ファンに、そっちのラナだっけ。何を立ち止まっているんだ? 遺跡ではぐれたら、冗談抜きで死ぬぞ」

 

 モリスの忠告を受けて、二人の方をよく見れば、立ち止まっているのはファン一人だけ。

 

「んあ? 何をするファン? そうのように後襟を掴まれては、前に進めぬではないか」

 

 言葉通り、暗殺者が子猫でもつまむように少女の首元を抑えている。

 

 拘束されたラーナだけでなく、一行の足が止まった。

 

『――イル』

 

 少女を掴んだのとは逆の手で、一行の道先を指した。

だが通路の先に、それらしい影はない。

 

『イル』

 

 皆の疑問がわかったのだろう。

 念を押すように繰り返す。

 リオネルは、疑っていたわけではないのだろう。

 頷き、今度はモリスに顔を向けると、顎先でクイッと、通路の先を指示した。

 

――扱いが下っ端過ぎないか。

 モリスは、この一行での己の立場が、いつの間に不当に低くなっていることに驚いた。

 抗議の意味を込めて睨み返すが、リオネルはどこ吹く風。

 

「ふむ、怖いのか?」

 

――別に怖くはない。

 

『臆病、者?』

 

 普段無口なくせに、なぜこういう時だけファンも煽ってくるのか。

 加えて、ラーナがセラフィマとコショコショ声を潜めて、こちらを指差している。

 

――もしかして、なのだが。下っ端だとかではなく、そもそもこの一行に自分の味方はいないのかもしれない。

 

「――俺は幾つもの試験を突破し、国に仕えることになった戦士だ。決して臆病などということはない。まあ、女子供が同行しているからといって、慎重になりすぎたのも事実。ラナにセラフィマさんだったかな。安心して欲しい。あんた達の横で、怖くて先頭を行くことすらしない、見てくれだけの男と、ひょろ長いのっぽと違い、俺は頼りになるってことを見せてやる!」

 

 

 モリスは年頃の少年だ。

 若い女性の前で、低く扱われるのは我慢ならない。

 下がった株を戻すためには、ここで己の剣の腕でも見せつけてやらねば。

 

 余裕を持った笑みで、女性陣を安心させ、腰の片手剣を抜いた。

 装飾は取れてしまったが、切れ味に影響はない。 

 モリスの家に伝わる剣術は、戦士団の同僚と比べて、引けを取るものではない。

 だが、実戦経験の少なさが、内心、モリスを不安にした。

 顔には出さない。

 しかし、未知の遺跡内には、どんな怪物がいるのだろうか。

 長く伸びた通路の先に、慎重に足音を忍ばせて進んでいく。

 背の高いファンとリオネルが見えなくなるかといったほどで、一つの大きな部屋に出た。

 部屋の入口から、じっと中の様子を窺う。

 大部屋は広いのだが、特に物があるわけでもない。

 出入り口はモリスが今いるものを含めて、部屋の四方に三つ。

 その中央に、四足の獣が集まっている。

 モリスの身長は百六十メディムほど。

 大してその獣の体長はざっと見た限りそれより小さい。

 せいぜい、百五十メディムあればいいほうか。

 薄い毛の生えたボッテリとした体躯。

 それは家畜の豚に似ている。

 違いといえば、肌が青くて、鼻が平たく大きいこと。

 くわえて、小さいながらも牙が生えていることか。

 瞳に好戦的な色はなく、互いの身体を擦り合わせて遊んでいるのか。

 

「あれは、なんという名なんじゃ?」

 

 いつの間にか、モリスの後ろに四つの影が。

 ラーナは物珍しいのか、好奇心が瞳にあふれている。

 

「ふむ、野生の獣に関する知識はあまりないが、この距離でこちらに襲いかかってこないのなら、そう危険な獣ではないのかな」

 

 こちらに気づいて小さな瞳を向けてくる青い肌の豚を、リオネルは観察する。

 闘争心からではなく、見慣れぬ一行に恐怖でも感じているのだろう、豚たちは身体を震わせていた。

 

 本当に危険はないのだろう。

 だが、モリスとしてはそれでは困るのだ。

 

「この、馬鹿、何を油断している! 見た目だけで相手を判断するなど愚の骨頂。これだから素人は」

 

 大げさに頭を振って、モリスは吐き捨てた。

 リオネルは文句こそ言ってこないが、白けた視線を向けてくる。

 

「まあ、モリスさんはこういったことの専門家なんですか?」

 

 手を合わせて、尊敬の眼差しのセラフィマ。

 

「ふむ。脱獄幇助、それに加えて遺跡荒らし。なかなか素晴らしい経歴の戦士さまだな」

 

 リオネルの冷めた視線と言葉は、無視する。

 今度こそはと、剣を構えて豚に近づいていく。

 

「危ないですからセラフィマさんは下がっていてください。なに、このくらいぱぱっと片付けてやりますよ!」

 

 可哀想だが、豚の群には、モリスの名誉を回復するための犠牲になってもらおう。

 

 

「なあ、ファンよ。あの豚は美味しいんじゃろうか? わらわはそろそろ腹がすいてきた」

 

 ラーナは好奇心を食欲に変換し、期待の目を豚に注ぐ。

 

――モリスは踏み込みと同時に剣を振り上げる。

 

 豚の悲痛な鳴き声が、遺跡にこだました。

 

 

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