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遺跡の通路は思ったよりも広く、四人が横に並んでもまだ余裕がある。
石組の壁は、やすりで丹念に磨き上げたように平らだ。
リオネルの手にあったランタンは、既にしまわれている。
それがなくとも、壁に描かれた模様まで見て取れるのだ。
薄ぼんやりと明るく、だが光源は見つからない。
外の光を取り込むような穴はなく、それなら壁自体が光っているのかもしれない。
今はない技術が珍しいのか、一行、特に少女と暗殺者が物珍しそうに、壁に手をかざしていた。
「――なあ、リオネル。思ったんだが、あの入り口でまちぶせすることはできなかったのか? 遺跡での目的は知らんが、盗人もそれが終われば帰ってくるのではないのか?」
いつの間にか、積極的に先頭を行くモリス。
これはやる気があるのではなく、いざという時に対処するため。
もし他の誰かを先頭にし、その者の失態で道連れにならぬように。
「ああ、それも考えたんだが、何もあそこだけが出口とは限らない。元々あそこは正規の入り口ではないのだ。盗人たちが探索しているうちに、正しい入口を見つける可能性だってある。あそこで待ちぼうけするよりは、こちらから、とっちめに行くほうが確実だろう」
危険な遺跡の中だというのに、リオネルはまだ女と腕を組んだまま。
こちらから迎えに行くのが、確実だとは思わない。
だが、その方が楽だという男は、なかなかに剛胆で、得体がしれない。
その自信の根拠はなんなのだと、問いかけようとして、足音が減っていることに気がついた。
「おい、ファンに、そっちのラナだっけ。何を立ち止まっているんだ? 遺跡ではぐれたら、冗談抜きで死ぬぞ」
モリスの忠告を受けて、二人の方をよく見れば、立ち止まっているのはファン一人だけ。
「んあ? 何をするファン? そうのように後襟を掴まれては、前に進めぬではないか」
言葉通り、暗殺者が子猫でもつまむように少女の首元を抑えている。
拘束されたラーナだけでなく、一行の足が止まった。
『――イル』
少女を掴んだのとは逆の手で、一行の道先を指した。
だが通路の先に、それらしい影はない。
『イル』
皆の疑問がわかったのだろう。
念を押すように繰り返す。
リオネルは、疑っていたわけではないのだろう。
頷き、今度はモリスに顔を向けると、顎先でクイッと、通路の先を指示した。
――扱いが下っ端過ぎないか。
モリスは、この一行での己の立場が、いつの間に不当に低くなっていることに驚いた。
抗議の意味を込めて睨み返すが、リオネルはどこ吹く風。
「ふむ、怖いのか?」
――別に怖くはない。
『臆病、者?』
普段無口なくせに、なぜこういう時だけファンも煽ってくるのか。
加えて、ラーナがセラフィマとコショコショ声を潜めて、こちらを指差している。
――もしかして、なのだが。下っ端だとかではなく、そもそもこの一行に自分の味方はいないのかもしれない。
「――俺は幾つもの試験を突破し、国に仕えることになった戦士だ。決して臆病などということはない。まあ、女子供が同行しているからといって、慎重になりすぎたのも事実。ラナにセラフィマさんだったかな。安心して欲しい。あんた達の横で、怖くて先頭を行くことすらしない、見てくれだけの男と、ひょろ長いのっぽと違い、俺は頼りになるってことを見せてやる!」
モリスは年頃の少年だ。
若い女性の前で、低く扱われるのは我慢ならない。
下がった株を戻すためには、ここで己の剣の腕でも見せつけてやらねば。
余裕を持った笑みで、女性陣を安心させ、腰の片手剣を抜いた。
装飾は取れてしまったが、切れ味に影響はない。
モリスの家に伝わる剣術は、戦士団の同僚と比べて、引けを取るものではない。
だが、実戦経験の少なさが、内心、モリスを不安にした。
顔には出さない。
しかし、未知の遺跡内には、どんな怪物がいるのだろうか。
長く伸びた通路の先に、慎重に足音を忍ばせて進んでいく。
背の高いファンとリオネルが見えなくなるかといったほどで、一つの大きな部屋に出た。
部屋の入口から、じっと中の様子を窺う。
大部屋は広いのだが、特に物があるわけでもない。
出入り口はモリスが今いるものを含めて、部屋の四方に三つ。
その中央に、四足の獣が集まっている。
モリスの身長は百六十メディムほど。
大してその獣の体長はざっと見た限りそれより小さい。
せいぜい、百五十メディムあればいいほうか。
薄い毛の生えたボッテリとした体躯。
それは家畜の豚に似ている。
違いといえば、肌が青くて、鼻が平たく大きいこと。
くわえて、小さいながらも牙が生えていることか。
瞳に好戦的な色はなく、互いの身体を擦り合わせて遊んでいるのか。
「あれは、なんという名なんじゃ?」
いつの間にか、モリスの後ろに四つの影が。
ラーナは物珍しいのか、好奇心が瞳にあふれている。
「ふむ、野生の獣に関する知識はあまりないが、この距離でこちらに襲いかかってこないのなら、そう危険な獣ではないのかな」
こちらに気づいて小さな瞳を向けてくる青い肌の豚を、リオネルは観察する。
闘争心からではなく、見慣れぬ一行に恐怖でも感じているのだろう、豚たちは身体を震わせていた。
本当に危険はないのだろう。
だが、モリスとしてはそれでは困るのだ。
「この、馬鹿、何を油断している! 見た目だけで相手を判断するなど愚の骨頂。これだから素人は」
大げさに頭を振って、モリスは吐き捨てた。
リオネルは文句こそ言ってこないが、白けた視線を向けてくる。
「まあ、モリスさんはこういったことの専門家なんですか?」
手を合わせて、尊敬の眼差しのセラフィマ。
「ふむ。脱獄幇助、それに加えて遺跡荒らし。なかなか素晴らしい経歴の戦士さまだな」
リオネルの冷めた視線と言葉は、無視する。
今度こそはと、剣を構えて豚に近づいていく。
「危ないですからセラフィマさんは下がっていてください。なに、このくらいぱぱっと片付けてやりますよ!」
可哀想だが、豚の群には、モリスの名誉を回復するための犠牲になってもらおう。
「なあ、ファンよ。あの豚は美味しいんじゃろうか? わらわはそろそろ腹がすいてきた」
ラーナは好奇心を食欲に変換し、期待の目を豚に注ぐ。
――モリスは踏み込みと同時に剣を振り上げる。
豚の悲痛な鳴き声が、遺跡にこだました。