伝説の凶手になって異世界逃亡生活   作:ふらんすぱん

33 / 38
あけましておめでとうございます。読者の皆さんが面白いと思える物を書けるよう精進していきます。


第33話

□

 囚われていた少女は、ただその光景に立っていた。

 男が首元の短剣を引き抜くと、噴水のように赤色が降り注ぐ。

 

――晩御飯の鶏を絞める際、手際が悪いと似たようなことになる。

 

 命の危険が遠ざかったラーナは、どうでもいい感想を浮かべていた。

 己に降り注ぐ血液は、まだ新鮮で温かい。

 顔についた赤を、手で拭う。

 

「だめだ!? ラーナさん、避けて!」

 

 知り合ったばかりの男の子が、悲鳴に近い警告をあげた。

 避けろと言われても、ラーナを含め、後ろにあった像にまで、べったり血がついてしまっていた。

 これだけの範囲に降り注いでいるのだ。

 天からの雨粒をよけろというようなもの。

 

――それよりも、この汚れはおちるのだろうか。

 

 旅に際し、お気に入りの一丁を仕立てたのだ。

 それに臭いも気になる。 

 相談しようと、涙の跡を残したまま、不細工に笑っている従者に顔を向ける。

 セラフィマの後ろ、兵士に捕まっていたはずのもう一人のローブの男が、この隙を狙い走りだす。

 

「セラ!? 後ろじゃ!」

 

 男の気付き、セラフィマも動く。

 助けを求め、リオネルの元へ。

 その位置からなら、若干ファンのほうが近いのだが。

 距離に余裕があるのだろう。

 

――それが命取りになった。

 

 セラフィマがリオネルの胸に飛び込むより先に、男が隠し持っていた刃が煌めく。

 

「ああ、神を抱かぬ子らに、惜しみない愛を与えよう!」

 

――やはり、男自身の胸元に。

 

 もう一つ発生した血飛沫は、主と同じようにその従者を赤く汚していく。

 

「ひーん、生暖かいし、気持ち悪いです!? リオネルー。――そこ、手を叩かない!」

 

 持っていた杖を放り捨て、真っ赤になりながらも助けを求める婚約者を、リオネルは見事な体捌きで躱す。

 その華麗さを讃えていたファンを、セラフィマが非難した。

 

「な、なにをやっているんですか! そのままじゃ危険です。急いで服を脱いでください!」

 

 一連のやり取りから、我に返ったマウリが急かす。

 

「――え、えっと。私にはリオネルという夫がいるので、そこまで情熱的に求められても」

 

「セラフィマさん、悪趣味な冗談はやめてください! そんなことを言っている場合じゃ」

 

 年下のマウリに叱られたのが、よほど応えたのか、『これだけ歳が離れて行き遅れた私は悪趣味だっていうんですか』と落ち込んでいくセラフィマ。

 

「神殿の一階に水場があります。そこですぐに洗い流してください」

 

 神官兵は慌て、二人を案内する。

 ラーナはよく効く己の鼻が恨めしくなってきたところ。

 先程まで人質にされていたことなど気にもせず、綺麗な水を求めて彼らの後を追った。

 

 

 

 ●

 

 ここは大空に反逆する鶏亭、その二階、宿泊部屋。

 廊下に向けて扉が勢い良く開いた。

 欠伸をしながら出てきたのは、銀の髪の快活な少女。

 昨日よりも意匠の細かい服装で、廊下を移動し隣の部屋の前に立った。

 

「ファン、リオネル、起きろー! 朝飯の時間じゃぞー」

 

 リズムよく扉を叩いているが、中の相手に来客を知らせるだけなら必要はない。

 だが、本人が楽しそうなら、そこまで咎めることでもなく。

 誰も出てこないので、その曲はしばらく流れ続けた。

 

 しかしうんともすんとも答えがない。

 

――昨日はいろいろあったから、寝坊も仕方ない。

 

 だが、食卓を囲む人数は多いほうが楽しいし、美味しいことをラーナは知っていた。

 

「おーい、あと十数えるうちに、起きてこぬなら、お前らもセラフィマと同じ寝坊助じゃぞ。わらわの故郷ではそれはとても不名誉なことじゃ。それでもかまわんのかー」

 

 ラーナの故郷で、幼い女を叱る時によく引き合いに出される。

 朝早くに起きないと、好き嫌いをすると、手伝いをサボっていると、セラフィマのような行き遅れになってしまうぞと。

 つい最近までは、女狩人タマラの名が挙がっていたのだが、代替わりした。

 そのことをセラフィマは知らないし、タマラも知らない。

 

 だから勢い良く扉が開いたら、ラーナは口をぎゅっと結ぶ。

 

――開いたのは目の前のものではなく、ラーナの部屋。

 寝癖をつけて、あまり調子の良くなさそうなセラフィマが顔を出す。

 

「――ラナさま、忘れたんですか。二人はまだ帰って来てませんよ」

 

「おお、そうじゃった。――でもちょうどよい。セラフィマ、食事に行くぞ!」

 

「あ、あのちょっと待ってください。まだ、髪も整えていないし、服も着替えないと!」

 

 そうだ、あの二人、特にファンの隠し持っていた武器が原因で、神殿に一晩泊まることになったのだと、マウリに説明されていた。

 ちなみに、一緒に探検したモリスのことはどうでもいいのだろう。

 

 だが、今は命の源の方が大切だと、少女は喚く従者を引っ張って階段を降りていった。

 

●

 

 朝食は焼きたてのパンに、野菜と茸を炒めたもの、それに燻製肉が二切れ。

 ラーナは勢い良く皿を平らげていく。

 対面に座るセラフィマは、まだ眠気が取れないのか、並べた料理に手を付けていない。

 

「しかし、ファンたちはいつ帰って来るんじゃろう?」

 

「――そうです、ね。旅券の報告とどっちが早いでしょうかね?」

 

 口に物を入れたままでの発言。

 いつもならセラフィマの小言がくるのだが、それがない。

 旅の空、危険がある野宿でならともかく、屋根の下で、セラフィマが気を抜くことは多々あった。

 遺跡でラーナの事情、旅券を盗まれたこと、そして犯人を追っての大冒険。

 その犯人が、そこで転がっているビフだということを伝えると、神官兵はすぐに彼を締め上げた。

 言い訳を並べるビフを後ろに、必ず旅券を取り戻してくれると約束してくれる。

 今はその報告待ち。

 連絡はこの宿にお願いしていた。

 

「なあ、ファンたちはもう臭い飯を食ったのじゃろうか?」

 

 話の種にと、気になっていたことを尋ねる。

 

「さあ? たぶん、出されてもあの二人は食べないような気がします」

 

 どうでもいいことのように、セラフィマが返事をする。

 フォークを持ったまま、ラーナが考えこむ。

 

「それじゃあ、二人は腹をすかせているのでは? ならこの料理を差し入れに持って行ってやろう」

 

 名案を思いついたと、少女が笑顔になる。

 そして皿に手を伸ばした。

 セラフィマもその優しさに微笑む。

 

「それはなんと良い考えでしょうか――ですがラナさま。そういったものは、御自分の分から用意しましょうね」

 

 セラフィマはラーナが持って行こうとした、自分の分の食事を己の前に引き戻す。

 そして唯一残っている、ラーナの好物の肉が載った皿を指した。

 

 

――ラーナは少しも葛藤することなく、皿をきれいにする。

 

 二人は食後に茶を飲むと、すぐに部屋に引き返した。

 宿に神殿の報告が来たのは、その夜のことだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。