伝説の凶手になって異世界逃亡生活   作:ふらんすぱん

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第36話

  ●

 ――やはり聖職についた者は頭が堅い。

 先ほど去っていった老人にではなく、リオネルは神殿自体に呆れていた。

 

「あ、あの。ガダフさんも融通が効かないだけで、決して悪い人ではなくて、ですね」

 

 それが顔に現れていたのだろう。

 ガダフを庇うよう、小さな神官殿が言葉を連ねる。

 すぐに笑顔を貼り付けて、気にせぬようマウリに伝えた。

 歳相応に感情を隠せない、マウリはほっと胸をなでおろしていた。

 となると、怒られたもう一人の子供はどうかと目を向ければ、ラーナが気にしている様子はない。

 

「――のう。だから、オラクルとはなんなんじゃ?」

 

 怒りではなく、純粋に疑問なのだろう。

 先程の説明だけでは納得が足りないらしい。

 ラーナは首を傾げて、大人たちの答えを待った。

 

 『精霊』に関わる者が、草原の民にとって、特別であることはリオネルも知っている。

 なのに、それと一緒にするなと叱られたことが、腑に落ちないのだろう。

 ラーナはオラクルを軽く見たわけではなく、だからこそ、その比較対象に特別な精霊を用いた。

 答えを求められた大人たち、少女と同じ出のセラフィマも知らないようで、まして東方出身のファンには難しいだろう。

 だが、あそこまで過剰に反応する神官も珍しいかもしれない。

 事情を知っているリオネルだからこそ、納得させる説明は面倒くさい。

 

「まあ、そのなんだ。神官殿も急いでいたのだろう。次に会った時にまた尋ねてみればいい」

 

 リオネルの適当な受けごたえ。

 横にいるマウリは困ったように頬を掻いていた。

 ●

 

「マウリさま、そろそろ」

 

 こちらの話が終わるのを律儀に待っていた部下に、少年は急かされる。

 セラフィマは、旅券を取り戻せたようで、喜色が溢れていた。

 リオネルもファンも、そしてラーナ主従もこれ以上、神殿に用はない。

 神官兵に先導される形で、皆で入り口を目指して歩く。

その途中、一目惚れした少女との最後の時間だというのに、考え事に耽っているマウリ。

 それを疑問に思い、なにかあるのかとリオネルが尋ねた。

 

「いえ、その昨日のことで少し気になることが」

 

「それは奴らの?」

 

 リオネルも昨日の一件に不可解な部分が残っていた。

 なぜ人質がマウリではなかったのか。

 それに。

 

「――僕が気になっているのは、彼らがあっさりと死を選んだことです」

 

 たしかに彼らにとって、己の命など軽いものなのだろう。

 だが、あの状況で取り得る選択肢は、まだいくらでもあったように思える。

 命を失えるというのなら、それこそ神官に守られたマウリを人質にする選択肢もあったはずだ。

 それなのに選んだのは、ラーナとセラフィマであり、そして人質を得たのに、すぐに命を断った。

 彼らの目的と、彼らの軽い命。

 死を厭わないなら、選ぶのは己の軽い命を使い潰し、なんとしても目的をなすことでは。

 

「僕は、彼らが己の首を斬った時、初め、それは血を媒介にした天外の術を使おうとしたのだと思いました。だから、ラーナさんに何かあってはいけないと焦ったんです」

 

「ラーナさまだけにですか?」

 

 同じように血を被ったセラフィマの声が、少し暗くなる。

 

「でも、ラーナさんの体調に変化はなくて。なので、僕もガダフもその可能性を排除したんですが」

 

 セラフィマを無視し、それがどうにも気になるとマウリが言う。

 

「つまり、自決したあの時点で目的は達成されていた、もしくはあそこで死ぬことで達成されたと。しかしそれならば、今起こっている襲撃が不要になるな」

 

 リオネルも、もう一度考えなおしてみる。

 たとえば、あの溢れでた血液に媒介としての意味があるとして考える。

 

「つまり、攻撃以外の術であったと。でもそれを神殿関係者ではないラーナさんたちにでは意味がない。ですが、どうしても僕には意味のない行動だったとは思えないんです。そう、攻撃じゃなくて、たとえば――」

 

 敵の行動を整理しているのに、そこに意味が見出せず、マウリはますます悩んでいく。

 

――ラーナたちでは、意味がない。

 

 マウリの言葉に引っ掛かりを覚える。

 では、誰ならば意味があったのだろう。

 

『――目印』

 

 今まで会話に加わっていなかったファンがぼそりと呟く。

 別に彼は答えを知っていたわけではなく、マウリの後に続き、仮定の一つを出したただけなのだろう。

 

――そうだ、血によって目印をつけたのだ。

 

 彼らの目的など最初からわかっている。

 先程までここにいたガダフが言っていたではないか。

 正解を見つけたマウリが、視線でリオネルに答え合わせを求めてくる。

 

 あの時、吹き上がる生臭い血液は、辺り一面に散らばった。

 神官兵は皆、触れぬように距離をとった。

 それから逃げられなかったのはすぐ傍にいたラーナにセラフィマ。

 偶然居合わせた彼女たちが、彼らの目的であるはずがない。

 ならば目的として他に思いつくのは、自分では動けず血飛沫を浴びた『遺物』たち。

 

「術にはそういった能力のものも?」

 

「わかりません。ですが、天外の術は、多種多様なものだと聞かされていますから、可能性はあります。だから彼らが狙うのは宝物庫じゃなくて――」

 

「血の目印を頼りに、正確に今、遺物がある場所を目指しているはずだ。遺物は地下の倉庫だったな。そこの君、このことをガダフどのに伝えてくれるかな?」

 

 リオネルの指示に、神官兵はマウリを見る。

 そしてマウリが頷くと、急ぎ駆けて行った。

 

「慌ただしくて申し訳ないんですが、状況が状況です。僕はこれから地下に向かいます。ここでお別れですね」

 

 マウリは軽く礼を取ると、すぐに引き返そうとする。

だがすぐに振り返ると、困った様子。

 

「あ、あの皆さん。なんでついてくるんですか?」

 

 リオネルとしては特に理由はない。

 

「あれじゃ。ここまで巻き込まれているのじゃ。最後まで付き合ってやろうではないか」

 

 しいていえば、あれほどの目にあっておきながら尻込みしないラーナが、ファンの袖を掴んでおり、そうなると従者のセラフィマも付いて行くしかなく。

 

 そうなると、ファンに財布に頼っているリオネルも離れることはできない。

 

 この小さな神官に、それを説明しても納得するはずがない。

 だから、リオネルは彼の背中をぐいぐい押して、歩き出した。

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