目立たず静かに生きたいだけなのに、 呪い付きモブとして転生した結果、 五つの学園を練り歩く最下位スタート生活になりました。   作:やっくん。

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18.5話 その背中に、私は騎士の夢を見る件(リネット視点)

(リネット視点)

 

 学園中を騒がせたワイン・ワイト様との決闘。

 

 あの日、ボロボロになりながらも最後の一撃を叩き込んだシズカくんの姿は、今も私の瞼の裏に焼き付いて離れません。

 

 学園の順位が入れ替わり、シズカくんは百位から六十二位へと一気に駆け上がりました。けれど、その栄光の裏側で、私はあまりに重すぎる真実を人づてに聞いてしまったのです。

 

 「ワイン・ワイトの怒りの理由は、リネットだったらしいわ。最下位の分際で、彼女と親しく会話していた。それがワインの逆鱗に触れたんですって」

 

 放課後の廊下、図書室の片隅。そんな噂話が聞こえてくるたびに、私の心は冷たい氷を押し当てられたように震えました。

 

 全部、私のせいだった。私の不注意な振る舞いが、「秩序の番人」の逆鱗に触れ、そして嫉妬を煽り、シズカくんをあんな死地に追いやった。

 

 そう気づいた時、私は思い出したのです。決戦までの一週間の間に、シズカくんが見せていた「本当の強さ」を。

 

 

 

 

 決闘の一週間前。

 

 私は居ても立ってもいられず、廊下を歩く彼を呼び止めました。

 

「……ねぇ、シズカくん」

 

 不意に横から声をかけると、シズカくんはいつものように、少しだけ疲れたような、でも柔らかな顔で振り返ってくれました。

 

「リネット。どうしたの?」

 

 そのあまりに自然な声に、私は胸が苦しくなりました。

 

 学園中の誰もが「ワイン様が最下位を処刑するイベント」としてその決闘を見ていた。彼は、私たちが想像もできないほどの恐怖の中にいるはずなのに。

 

「……決闘、本当に受けるんだね。でも、そんなに無理しないで」

 

 気づけば、私の瞳は熱く潤んでいました。

 

 シズカくんは魔法の才能も、剣の天賦の才もあるようには見えませんでした。最下位クラスの彼が、エリートクラスを狙える位置にいるワインに挑む。それがどれほど無謀なことか、私でも分かります。

 

「負けても……退学になるだけだよ? 別の道だってあるし、命まで取られるわけじゃないんだから」

 

 私は必死に、彼が「逃げる道」を探しました。退学になっても、死ぬわけじゃない。

 

 けれど、私のその言葉を聞いた瞬間、シズカくんは一瞬だけ、何とも言えない不思議な……まるで、崖っぷちで深淵を覗き込んでいるような、切実な眼差しを見せたのです。

 

「大丈夫だよ、リネット。俺は……死なないために、戦うだけだから」

 

 彼が絞り出すように言ったその言葉に、私は息を呑みました。

 

 

 ……死なないために。

 

 

 それは、ただ負けたくないというプライドの話ではなく、もっと根源的な、魂を削り出すような覚悟に聞こえたのです。

 

(――っ! 死ぬ気で、勝ちに行くってこと……!?)

 

 私は赤くなった顔を隠せませんでした。

 

 最下位と言われ、誰からも期待されず、それでも彼は「死ぬ気」で……私との日常や、自分の居場所を守るために立ち上がろうとしている。

 

その言葉に込められた熱量に、私は絶句するしかありませんでした。

 

 

 決闘の三日前。

 

 学園の空気は、いよいよ張り詰めていました。

 

 廊下を通るたびに、ワイン様の取り巻きたちがシズカくんを嘲笑うような視線を投げているのを知っていました。

 

 私は廊下の角で、再び彼を呼び止めました。

 

「……ねぇ、シズカくん。本当に大丈夫? 私、なんだか胸騒ぎがして……」

 

 私がそう聞いたのは、彼を信じていないからではありません。あまりにも彼が「普通」に振る舞っているのが、見ていて怖かったからです。

 

 まるで、これから嵐の中に飛び込む人間とは思えないほど、彼は穏やかに、静かにそこにいました。

 

「大丈夫だよ、リネット。俺だって死にたくはないからね」

 

 シズカくんは、またそう言って笑いました。

 私はその言葉を「自信の表れ」だと信じて、少しだけ頬を緩めて、安心してしまったのです。

 

「あ……。う、うん。シズカくんがそう言うなら……」

 

 次の講義があった私は、そのまま彼に背を向けて駆け出しました。

 

 ……でも、今なら分かります。

 

 私が立ち去った直後、彼はあの恐ろしいワインと鉢合わせ、私の呼び捨てを理由に、さらなる殺意を向けられていたのです。

 

 シズカくんは、全部知っていたのです。

 

 自分が呼び捨てにしたことがワイン様の逆鱗に触れたこと。自分が火種となり、この理不尽な決闘がより苛烈なものに変わったこと。

 

 それなのに、彼は私には何一つ教えなかった。私のせいにしなかった。私に罪悪感を持たせないよう、あの殺気立つ空気の中から、私だけを優しく切り離して、光の当たる場所に逃がしてくれていた。

 

 あんなに震えていたはずなのに。

 

 あの日、私の前で見せていた笑顔が、どれほどの忍耐と気遣いの上に成り立っていたのかを思うと、今でも胸が締め付けられるように痛むのです。

 

 

 

 

 決闘当日。

 

 第一稽古場を満たしていたのは、圧倒的な「悪意」でした。

 ワイン様への歓声と、シズカくんへの冷ややかな嘲笑。

 

 試合が始まった瞬間、私は自分の指が白くなるほど、手作りのお守りを握りしめていました。

 

 シズカくんの身体は地面に叩きつけられ、ワインの鋭い剣撃が彼の身体を切り裂いていく。

 

 何度も、何度も。何度も。何度も。

 

 

(もういい、もうやめて……! お願い……っ!)

 

 

 叫び出したくなるのを、私は必死に堪えていました。

 けれど、シズカくんは立ち上がるのをやめなかった。

 

 泥を噛み、血を拭い、膝が震えていても、その瞳だけは決してワインから逸らさない。

 

 その瞳に宿っていたのは、勝利への渇望以上に、「生き残ろうとする」異常なまでの執念でした。

 

「もういいだろ」「実力差だ」という観客の冷ややかな声。

 

(頑張って……! 負けないで、シズカくん……!)

 

 気づけば、私は心の中で何度も何度も彼の名前を呼んでいました。

 

 自分のせいで引き起こされた理不尽な嵐。その中心で、一人の少女を――私を、守り抜くために、ボロボロになりながらも立ち塞がる彼の背中。

 

 おとぎ話に出てくるような、完璧で華麗な騎士様なんかじゃない。

 

 もっと泥臭くて、必死で、今にも壊れそうなのに――誰よりも「折れない」その姿が、私の目には世界で一番かっこよく、尊く見えました。

 

 そして。

 

 最後の最後に、彼が放ったあの一撃。

 

 青い閃光が走り、ワインを撃ち抜いた瞬間、私の心の中で何かが決定的に変わったのです。

 

(あぁ……。私の、騎士様だ……)

 

 雷に打たれたような衝撃と共に、私の心は彼の色一色に染まってしまいました。

 

 

 

 

 そして、決闘後の夕暮れ。

 

 私は新しい個室に移ったばかりの彼を連れて、稽古場へと足を運びました。

 

「……シズカくん」

 

 私は俯きながら、唇を噛みました。

 

 伝えなければならない。私が気づいてしまったこと。そして、彼に負わせてしまった苦痛への、心からの謝罪を。

 

「……おめでとう」

 

「ありがとう」

 

 そのやり取りだけでは、私の胸のうちは収まりませんでした。

 

「……ごめんなさい。決闘のこと……。私がシズカくんと仲良くしてたから、ワインさんがあんな……」

 

 ようやく絞り出した謝罪に、彼は少し困ったように、どこまでも優しい声で答えました。

 

「それは……違うよ。リネットは、何もしてない。勝手に決めたのは相手だし、剣を抜いたのは……俺だから」

 

 ……また。

 シズカくんは、また私を庇う。

 

 私が原因だと本当は誰よりも知っているはずなのに、私を傷つけないために彼は嘘をつく。その嘘が、どれほど温かくて、どれほど切実なものか。

 

「……かっこよかったよ。戦ってる姿。強いとかじゃなくて……最後まで、絶対にあきらめない姿」

 

 私の本心が、唇から溢れ出します。

 

 伝えたいことはもっとあったけれど、今の彼が私の存在を「責任」や「負担」に感じてしまうのが怖くて、私は言葉を飲み込みました。

 

「……無事で、本当によかった」

 

 気づけば、私は吸い寄せられるように、彼の胸に顔を埋めていました。

 伝わってくる心臓の音。

 あんなに激しい戦いを終えたばかりの、温かくて、力強い鼓動。

 

 ドクン ドクン

 

(……あ。ダメだ。もう、戻れない)

 

 これまで「仲の良いお友達」という殻の中に隠していた想いが、溢れて、止まらなくなって。

 

 彼は私のこの行動を「恩返し」や「申し訳なさ」だと思っているのかもしれない。

 

 少し困ったように身体を強張らせている彼に、私は心の中で小さく囁きました。

 

 ごめんね、シズカくん。

 あなたが私に注いでくれたその「優しさ」と、ちょっぴり鈍感な「勘違い」。

 そのすべてを、私は一生かけて独り占めにすることに決めたから。

 

 夕陽に照らされた彼の横顔を盗み見ながら、私はこの胸に宿った消えることのない熱を、壊さないように、大切に抱きしめたのです。

 

 




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