蒼を名に冠す、君を。   作:夜月詠

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サマーレコード・ボウライン Ⅳ

 宵の喧騒は、ソースの焦げた匂いと行き交う人々の熱気で華やかに鮮やかに彩られていた。空気に混ざる熱気は、夏の陽のそれだけで無く、行き交う人々から放たれたものでもあった。

 

「ねぇ、射的やろ? 私、あのぬいぐるみが良いと思うんだけど」

 

 そう言って彼女が指差したのは、安っぽい作りの……何と云うか、不細工なハムスターの出来損無い、とでも云うべきぬいぐるみだった。

 

「ハムヴァトロスⅣ世! ハムスター界の皇帝だよ?」

 

 何だその妙ちきりんな名前は。もっと他に良い名があっただろうに。第一、フォルムからして大分アレだ。ハムスターっぽいカタチこそしているが、でっぷりと肥えた肉付きをしている。あの外見ではハムスターより、太った猫を想起させる。

 

「お前、目がおかしいのか……?」

 

「可愛いと思うんだけど。餌あげたらなんか喜んでくれそうじゃない?」

 

「……早死にしそうだな」

 

 店主に小銭を渡して、コルク銃を受け取る。安っぽい作りの玩具の質量を掌で感じながら、真っすぐにハムヴァトロスなる不細工に銃口を向けた。

 

「あれ、知らないの? ハムヴァトロスⅣ世はねぇ、その名の通りⅣ世なの。先代も先々代も、先々先まで皆食べ過ぎで死んじゃってるんだ」

 

 馬鹿だろう、その設定は。全然、全く、絶対的に、可愛いという要素が欠片もない。第一、食べ過ぎで死んだペットの名前を継承させ続ける飼い主の正気も疑わしい。一体何を考えているんだ。

 

「ねぇ、もうちょっと右じゃない? ……あ、行き過ぎ行き過ぎ! もっと左!」

 

 黙っていろ、と怒鳴りたくのを堪えて彼女の言葉を聞き流す。

 蒼と白の彼女は、店主に見えないのを良いことに、デブハムスターに極限まで接近しているが、その言葉は宛にならない。

 

 銃口の先に、不細工を見る。コルクの数発程度では落ちそうに無い、その巨体。太々しい顔付きで向日葵の種らしきモノを貪るその顔面。思わず殴り付けたくなる。そういう路線で売っているのなら、間違いなく成功している。

 

 息を殺し、呼吸を抑え、引き金を引く。

 ──ぽん、と小気味のよい放圧音と共にコルクが勢い良く解放され、出来損無いの腹立たしい顔を撃ち抜いた。だが。

 

「────落ちるかよ、あんなもの」

 

 その巨体は微動だにしない。人間が抱えられる程の大きさのぬいぐるみは、それ相応の質量を以て鎮座していた。

 ふと、端の店主を見ると彼はその口の端をにやりと吊り上げていた。

 

「ぜ、全然効いてない……流石皇帝、鎮座してるね……」

 

 葵が驚いた様な表情と共に、ハムヴァトロスなる不細工を見つめていた。重力から切り離された彼女は、物質を通り抜ける性質をそのままに、ふわふわと浮かんでいる。

 

「いや、僅かに動いてる……」

 

 コルクを込め直す。そして、銃口をその頭に向けて、引き金を絞る。──命中、やはりぬいぐるみが落下する事は無い。けれど、僅かに、衝撃でズレている。弾は残り3発。残り3発で、アレを落とす。

 

「次」

 

 命中。その衝撃で、ぬいぐるみはまた少し後退した。

 

「次」

 

 命中。また少し、皇帝は後退る。次で最後。次の一撃で、僕はあの皇帝を討ち取ろう。

 

「最後だ、4代目」

 

 命中、太々しい笑みを浮かべたハムスターの皇帝の、その顔を真っすぐにコルクは撃ち抜いた。その衝撃で、4代目は大きくバランスを崩し──そして、持ち直す事無く自然界の摂理に従い落下した。

 

 一瞬の沈黙。

 すぐ後に、彼女はぱあっと笑顔と共に振り向いた。

 

「やったー!! 凄い凄い! 全部当てて、それで本当に取っちゃった!」

 

「はぁ……ほらよ、兄ちゃん。皇帝は、アンタが討ち取った」

 

 馬鹿馬鹿しい。ぬいぐるみに4代目も皇帝もあるか。

 

 店主が苦笑いを浮かべながら差し出したぬいぐるみの、その質量を手に感じる。ぬいぐるみにしてはずっしりとした重みと、安っぽい化学繊維のごわついた手触り。そしてふかふかとした柔らかい感触。よくもまぁ打ち落とせたものだと、自画自賛する。

 

「……邪魔だな、普通に」

 

「ねぇ、顔面鷲掴みするのは止めない? 歪んだⅣ世の顔がすっごく私を見てるんだけど」

 

「自意識過剰だな。この出来損無いはお前なんて見えてない」

 

 顔面を鷲掴みにするのが一番持ちやすいのだから仕方ない。

 人混みを掻き分けながら、歩を進める。隣でふわふわと飛行する、彼女は人混みなぞ無視して、何もかもを通り抜けるその異常を存分に行使して、人をすり抜けていた。

 

「次は〜、あ、かき氷! 食べよ食べよ、なんか色以外に違いとかない奴! 知ってた? かき氷のシロップって、全部同じ味なんだよ〜?」

 

 ふと、かき氷を売っている屋台に行き着いた。幾つかのかき氷機と、削るための氷が冷え冷えとした冷気を放っていた。

 卓上に並ぶ様々な色彩のシロップと、掲げられた『かき氷』ののぼりが如何にも祭りらしい様相だ。

 

「え、そうだったの? ……全種類買っちゃったんだけどォ」

 

「馬鹿ですね、立夏様。全部ちゃんと食べて下さいね。同じ味ばっかりは私も嫌なので」

 

 桜木と共に行き着いたかき氷の屋台の前に、かき氷を幾つも抱えた安倍立夏と縁の姿があった。この陰陽師達は何をしているのだろうか。まさか、かき氷の食べ比べ、なんて馬鹿らしい事をやっていたのだろうか。

 

「……錦木君、あげるよ」

 

「……何故、そんなにかき氷を……?」

 

「食べ比べ、しようと思って……」

 

 差し出しされたかき氷の器を一つ受け取る。プラスチックの器の、その向こう側に感じる氷の冷たさ。小脇に抱えたハムヴァトロスの触感と、その重さとは対照的な溶け行く重さ。

 

「……かき氷、ですね」

 

 一掬して見ると、やはり普通の味がした。人工的な、くどい甘さ。彼が贈ってきたあの西瓜とは、似ても似つかぬ安っぽい甘み。

 新雪の軽さの上に掛かった赤いシロップの、その香料。苺の様な香りだけが、僕の味覚を誤認させる。

 

「……かき氷、だねェ……。本当に全部味が変わんない……おかしいな、黄色はレモン味で、緑はメロンの筈なのに……そう思ってたのに……」

 

 貼り付けた様な笑みを崩し、しょぼくれた表情で氷を掬う安倍立夏。この世ならざる異物感と、薄ら寒さを憶える存在感はそのままに、妙に人間臭い在り方だった。

 

「やっぱりかき氷って一つで十分ですよね。幾つも食べるのは馬鹿のやる事ですよ」

 

 黒いスーツに、パンツ姿。祭りの喧騒から、余りにも浮いた物々しく硬い立ち姿。彼女はその立ち姿のまま、かき氷を凄まじい勢いでかき込んでいた。

 

「ねぇ、安倍さん。この人、もしかして口悪い?」

 

「もしかしなくても悪いよォ。ついでのように性格も悪い。正直、仕事が出来なかったら首にしてるねェ」

 

「仕事に性格と人間性は関係無いので。いやぁ、この仕事楽ですよ。雇い主の言う事熟してるだけで結構な(コレ)貰えるので。魔術師って、金払い良くて助かります」

 

「こんななのに能力だけはあるって、世も末だよねェ」

 

 黄色と緑のシロップの掛かったかき氷を交互に掬いながら、彼は他人事のようにボヤく。

 

「給料追加で性格も修整しますよ」

 

「今でも結構な額出してるだろォ? と云うか、性格ぐらいはサービスで直しても良いと思うんだけどォ」

 

 最後の一掬いを飲み込んで、屋台に備えてあったゴミ箱に器を廃棄する。僅かに感じるこめかみの鈍痛。未だに舌に残る、人工甘味料の不自然な甘み。後を引く、くどすぎる甘み。

 

「……かき氷、ありがとうございました。では」

 

 一礼して、踵を返す。目的地は未だ不明。彼女が指し示すままに、フラフラと夜店を渡り歩く。今宵の目的は、ただそれだけ。

 

「おや、もう行くのかい? もう少し付き合ってくれても良い……」

 

「立夏様の様に、無駄に時間を持て余している暇な人ばかりでは無いので。そりゃあ行きますよ。人生は短いのです」

 

「そうだよねェ……ではね、錦木君、桜木君。今度こそ、素晴らしい宵の一時……いッ、あ、痛、たたたた……不味い、頭が痛くなってきた……!!」

 

「締まりませんね、マイ・マスター」

 

 何やら馬鹿馬鹿しい雰囲気の二人を背に、再び歩き出す。彼等にパタパタと手を振る桜木を伴って、宵の坂道を登って行く。

 

「次は、何がしたいんだ」

 

「ん〜……金魚すくい……は、駄目か。君、魚とか育てられなさそうだし。とりあえず一本ラムネ行って、焼きそばとか食べ──あ、花火」

 

 ドォン、と腹の底に響く火薬の音色。つられて空を見上げれば、黒く染まった夜空に紅の花が咲いていた。

 炎色反応によって色付く、人造の花。夜天を彩る、無数の造花。

 赤と青、緑と黄。色とりどりの、無数の花。天上で火薬と金属が燃えているだけなのに、その花は鮮やかだった。

 

「そう云えば、もう上がるんだった。綺麗だね、沙也君」

 

 立ち昇る白煙と共に、天上を彩る光の花々。手を伸ばしても届く事の無い、永遠の幻影。彼女にも似た、触れられない花。

 その彩りに、その花に、目を奪われる。

 

 手にしていたぬいぐるみの感覚も忘れて、思わずスケッチブックを探してしまう。けれど、今宵は持っていない。

 夜中では手元すらろくに見えないから、と置いてきた。

 

 永遠に記録したい、その風景。けれど、刻んでしまっては台無しになるだろう美しさ。儚いからこそ、消え去るからこそ美しいと承知して、それでも残したいというその欲求。

 

「──────あぁ、綺麗だ」

 

 そんな事実が、どうでも良くなる程の、夜空の幻花。

 彼女と仰ぐ夜空の花は本当に、綺麗だった。

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