さくら第一小学校5年1組。
至って普通のクラスに、"普通過ぎる少年"がいた。
クラスメイトから避けられるようなこともなく男女共に仲がいい、そんな少年だった。

そんな少年が、体調を崩した。なんの予兆もなく。
しかし、この"体調不良"はただの体調不良ではなかった。
これもまた、"不可解な出来事"だった。

人知れずクラスを守っていた"彼"。
彼を心配する"同士"
原因を知って激怒する"友達"
理解の追い付かないクラスメイト


これは"彼"が"両方"を思って行動したために起きた出来事。
―仏の顔は、一体何度まで持つのだろうか。


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pixivで投稿した作品「仏の顔も」をそのまま持って来ています。
pixiv版はこちらから→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20991208

基本設定はアニメですが、小説内で語らている冒険はゲームのものです。

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仏の顔も

 ケータは珍しく体調を崩していた。

 と言っても少し怠いくらいなのだが、何故か学校に行きたくなかった。母親に促されるがまま朝食を食べたものの、学校に行こうと玄関に立った瞬間気分が悪くなってしまう。ケータの傍にいつもいるウィスパーとジバニャンも、ケータのいつもと違う様子に不安を抱かずにいられなかった。

 

 さすがに学校へ行こうとしても行けない状態では、彼の母親も無理に追い出すことはできず。ケータは部屋に出戻った。ケータには体調が悪くなる理由が全く以って分からなかった。友達の力を借りて夜更かししたことは何度もあるけれど、昨日は素直に寝たし鬼時間に巻き込まれなかった。昨日は遊びすぎたどころか、宿題が詰まりに詰まっていたせいで家にこもっていたくらい。風邪をひくような原因すら見当たらないのだ。

 

 何もできずベッドで寝るしかできないケータを、心配そうな目で“彼の友達”が見ていた。彼らの目には、ケータの周りを覆う黒い靄が映っていた。

 

 

~仏の顔も~

 

 



 

さくら第一小学校

 

 ケータのいない5年2組では、ケータを心配する生徒よりもケータの日頃の行いを見てケータを非難する生徒が多かった。本人がいないからこそ出る文句だ。しかし、それを快く思わないのも数人いた。酒井さんたちはせっかくの仲間を傷つけられている気がしていた。フミカはナニカをうっすらと感じているからこそケータの行動が“奇行”でないと理解していて、しかしそれを伝えられずもどかしく思っていた。陰のある少年としてクラスで通じているマオは、生徒たちの無知な言動に複雑な思いを抱いていた。

 

 ケータの奇行は、言ったらクラスメイトの身代わりになったが故のもの。ケータの悪口を言っている子供たちには視えていない存在—“妖怪”から身代わりになったせい。

 

 妖怪と人間を繋ぐ秘密のツール・“妖怪ウォッチ”。

それを通じて妖魔界も人間界も幾度となく救った英雄たるケータを罵られることに、“彼の友達”が怒らないわけがないのだ。

 

“彼の友達”はその文句を聞いてこう思う。

「何も知らずに守られているだけの子供が、“友達”を否定するな。」と。

 

そして、魔が差したように考える。

「人間界に居場所がないなら、に呼ぼう」と。

 

ケータが妖怪たちのことを大切に思っているように、彼らだってケータのことを大切に思っているのだから。

 

守護者(ケータ)のいない5年2組は、妖怪たちにとって格好の遊び相手だ。

 


 

 隣の5年1組。

ケータと同じように妖怪ウォッチを持つ未空イナホのいるクラスだが、至って平和()だ。生徒たちによる個性的な光景が繰り広げられる。それは、妖怪たちに起因するものではなく、むしろ妖怪達さえも恐れさせてしまっているのだ。

 

 魔の5年1組。

 妖怪たちの間でそう呼ばれるこのクラスは、個性的すぎる生徒が大集結している。不良の見た目に反して女子力やいい人度合いが高すぎる男子、おっちょこちょいが過ぎてクラスメイトから警戒されている女の子。小学生ながら占い的中率100%の女子に、おにぎりにしか目のない癒し系男子。根は素直な生粋の金持ちお嬢様と彼女を盲目的に慕うめんどくさい女子二人。イナホと同等レベルのオタクで、話題のネット小説の作家の男の子。クールに見えて“ゆるキャラ・なめ吉”にしか目にない女子。常にでたらめばかり喋る男子に、お笑いコンビを目指す二人組。インド出身でナマステダンスが得意な子。これだけでも十分おなかいっぱいなのだが、これ以外にもまだ個性際立つ生徒が多いのがこのクラスの特徴でもある。

 

 そんなクラスで妖怪たちに一番恐れられているのが……。

「どうしたの?イナホ。体調悪い?」

「ううん、なんでもないから気にしないで。」

 

普通に気遣う、イナホの幼馴染のユウカ

このクラスの生徒にしては目立った個性はないのだが、彼女は妖怪相手に真価を発揮するのだ。

彼女は取りついた妖怪の能力を倍増して返してしまう。彼女がお金ナイダーに取り憑かれれば世界の銀行からお金が無くなり、極端に消極的に思ってしまうと隕石が降ってきかねない。ネタバレさせようとすれば宇宙消滅の話になり、グレればグレさせた妖怪さえも追い返してしまう。妖怪たちにとって“とりつき”はあくまでいたずら程度。その範囲を超えられてしまっては、事態収拾するのに困るのだ。加えて言うなら、いつも隣にいるのは二人目の妖怪ウォッチ所有者にして、その性格故周囲(妖怪を含む)を振り回しがちなイナホだ。彼女に取り憑こうとしてもイナホに見破られる上、下手すればイナホの暴走に巻き込まれる可能性がある。彼女の能力と最強のガーディアンに、妖怪たちは手出しできずにいるのだ。

……とまぁ色んな要因が重なり、5年1組は今日も“個性豊かな一日”を送っているのだ。

 

 

昼休みになり、イナホはふと気になって隣のクラス―彼女の先輩たるケータがいる5年2組の様子を覗いた。その時聞こえた言葉に、イナホは思わず動きを止めた。それはケータへの不平不満の言葉だったからだ。ケータのことを分かっている数人が止めようとしても、その言葉は止まるところを知らない。

 

「ねぇUSAピョン。」

「ミーたちは何もできないダニ。」

 彼女は左下に視線を落とし、周りに聞こえないように呟く。

彼女の相棒たる妖怪は、複雑な表情を浮かべて首を横に振った。

 

 ケータとイナホに視えている“友達”。

逆説的に言えばケータとイナホにしか視えていない“友達”。イナホはその例外を知らない。前々からオタクっぷりを前面に出していてもクラスで浮いていなかったイナホだから、妖怪と関わっても日常生活は大して変わらない。おそらくクラスの大半が彼女の変化に気づいていないだろう。彼女の独り言や突然の叫び声は最早お馴染みだったから。けれど“普通”のケータにとって、隠し事をすることがどれだけ大変な事だろうか。ケータは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っても差し支えなく、しかもそれまでは小5の男子らしく友達と外で遊び、年齢的なことも加味して不可思議なことを否定していた、どこにでもいる普通の少年だった。だから“友達”と話していれば、友達からは不思議に思われてしまう。

 

 

 ケータは心優しいから妖怪のことも人間のことも大切に思っている。

だからこそ、クラスで頻発する不祥事案件の解決に積極的だ。しかし、たとえそれがクラスのためになっていようとも、周りには“変な行動をしている”としか見てもらえない。

 

みんなのために

 

彼女たちが垂れる文句は、その思いを踏みにじっているも同然だった。ケータの心を心配したイナホは言いようのない感情を抱えつつ、自分の教室へと引き返したのだった。

 

その後の5年2組の情報は、イナホの耳にも入ってきた。授業が成り立たなくなったらしい。生徒も先生も全く以って授業に関係のないことをしだし、喧嘩したり罵りあったり果てには殴りあったりと学級崩壊としか言えない惨事だった。そしてどうしてそうなったか気になって視てみれば、生徒の数に匹敵する妖怪たちが教室内に留まっていた。その一人一人の表情は怒りに満ちていた。

 

放課後イナホは相棒たるUSAピョンを連れ、ケータの家に向かった。授業後、USAピョンが言った疑念を解消するためだ。一刻も争うので家に戻らずランドセルを背負ったまま直行する。一度USAピョンが家出したこともあって、家の場所は知っていた。学校にすぐ近い住宅街にある一軒家。そういえばしっかりインターフォン鳴らすの初めてだっけ、なんて余計なことを考え始めてしまい玄関先で言い争いを始めてしまったイナホたちは、いつも通りの平常運転であることには間違いなかった。

イナホはUSAピョンと言い争い果てには目的を忘れ恒例の鬼ごっこ()を始めてしまったわけだが、それを止めた人がいた。

 

「えっと……隣のクラスのイナホさん、だっけ?」

 鬼ごっこを終え天野家の玄関前に戻ってくると、ポニーテールにピンクのリボンが似合う学年のマドンナがそこにいた。

 


 

 フミカは慣れた手つきでインターフォンを押し、ケータの母親に案内されてリビングに通された。勿論イナホも一緒だ。お菓子やお茶を用意するためにケータの母親が席を外したため、気まずい雰囲気が漂っている。お互い完全な他人じゃない。イナホはケータからフミカのことについて聞いているし、フミカだって本当に軽くではあるがイナホがケータの知り合いだということを知っている。けれど、それ以上でも以下でもない。クラスも違えばオタクと普通の女子の好みが合うとは思えなかった。

 

 フミカはふと、イナホの左側を見た。ケータの時と同じように、ナニカがいる。ナニカはフミカの視線に気づいていないのか、ずっとイナホの方を向いて何やら話しかけていた。ナニカと話しているイナホの左腕には、大ぶりの時計がある。その時計のデザインは、色こそ違えどいつの間にか変えていたケータのものと同じだった。

 

 フミカは勇気を振り絞って聞いてみた。間違っていたら本当に失礼だと思いながら。

「未空さんって、視えてるの?隣の丸っこいの……。」

「えっ?フミさんも視えるんですか?このなめ吉もどき」

 

ケータのようにごまかす素振りを見せず純粋に驚くイナホに、フミカも呆気に取られた。

ケータにこう聞けば決まって“フミちゃんの気のせいだよ“と返ってくる。その表情は何か隠し事している顔。いつ知り合ったかなんて忘れるくらいずっといるケータのことだからこそ、フミカにはケータのごまかしが効かなかった。“フミちゃんの気のせい”―ごまかすためにそう言っているということは、フミカにはぼんやりとしか視えないナニカが関係しているんだろうな。ケータが毎回そうごまかす度、フミカはそう思っている。ケータが変な行動をしたとき、決まってうっすらとナニカが視えるのだから。

 

 ケータが必死のごまかしをしているため、イナホがあっさりと認めたことにフミカは驚きを隠せなかった。イナホの隣でUSAピョンがまたプリプリしているが、イナホはあっさり流してフミカの方を真剣に見ていた。フミカのイナホに対する印象は“ハイテンションな変わった女の子”だったため、ギャップにたじろいでしまい何も言えずにいた。

 

「何黙って顔見てるダニ。早くケータのところ行くダニ!」

 何とも言えない空間にしびれを切らしたUSAピョンが、イナホの足を引っ張りケータの部屋に行こうとする。けれど、イナホにとってこの時間は決して無駄ではない。これは目の前にいるフミカがケータに対して負の感情を持っていないか確認するためのもの。

イナホの行動は傍目からすると脈絡がなく突拍子のないものだが、その実目的にたどり着くための最短かつ最善の策であるのだ。

 

 

「ん、大丈夫そ。フミさん、ちょっと重い話ですが聞いてくれます?ケータさんの現状理解に必要な事なんです。」

 ちょっと安心した表情を見せたイナホは、ケータの母に気を使ってフミカに耳打ちした。そのささやき声にフミカも思わず表情を引き締めた。

 

 二階のケータの両親が寝る部屋で、イナホはケータとの関係やケータの言動の理由について話した。けれどフミカは話についていけなかった。フミカがずっと視てきたナニカが妖怪で、ケータやイナホの友達として生活しているところまでは理解できる。けれど人間と妖怪どちらにも迫りくる脅威を避けるために、現代のみならず過去や異世界を飛び回っていることには、理解できなかった。

 

「ケータさん一人で抱え込んじゃったんですね、きっと。クラスで妖怪のことが視えるのは俺だけだからって。ケータさんは本当に友達思いなんですよ、私よりも。だからどっちの友達も大切にしたくてバランスを取るのに苦労してたんじゃないでしょうか。私はこんな性格なんで、多少独り言が増えようが言動が変になろうが大して気にされるわけじゃないんです。実際クラスメイトや親に心配されたことなんてありませんし。けれど、ケータさんは妖怪ウォッチを手にするまでは普通の小学生だった。急に視えるようになった存在を居ないように扱うなんて、慣れてないとできないでしょう?しかも、2組は妖怪による被害が酷いようなので、それを最小限にしようといつも動き回ってるんじゃないですか?」

 

 そういわれてフミカはハッとした。いつもケータが変な行動をしたとき、ナニカがずっと視えていた。今日の午後学級崩壊を起こしたとき、フミカの目にはうっすらと大量のナニカが視えていた。それを全部ひとりで……。フミカは改めてケータの日々の大変さを理解することになった。

 


 

「あちゃー、USAピョンの言った通りってわけですな。“言霊の呪縛”ですよ、コレ。」

ケータの部屋に入ってベッドに近づくなり、イナホはそう言った。“言霊”という聞きなれない言葉が出てきたためフミカは聞き返した。

 

「言霊っていうのは、言葉に魂が宿るっていう日本独自の考え方のことです。いいことを言えばいいこととして帰ってくるし、悪いことを言えば悪いこととして帰ってくる。まぁ現代でいうフラグとかってやつに近いですね。で、今ケータさんの体調が悪いのは悪口などに含まれる負の感情のせい。

 うっかり聞いてしまったんですけれど、今日2組の大半の人がケータさんの悪口を言っていましたよね。それがそのままケータさんのところに来てしまったようです。多分朝学校に行けなかったのは、そのことを無意識に感じていたからなのかもしれませんね。ケータさんは妖怪マスターって言っていいほど、妖怪たちと関わりがありますし。

 まぁつまり。妖怪たちと関わって感度が高くなっているケータさんにクラス大半からの悪意は相性最悪ってことです。そのせいで寝込んでしまってる。しかも悪口の元を辿れば、クラスに寄り付く妖怪を追い払うための行動—つまりはクラスメイトをかばってのもの。クラスのみんなに変に思われたくなくて手を出さなければ恐らく今日の二の舞が毎日続くことになりますし、かといって手を出せばクラスのみんなに変に思われる。この天秤に疲れてしまった上に遠距離の悪意攻撃。ケータさんをこのまま一人にしては、心が死んでしまいますね。」

 

 いつもよりも数倍トーンを落としたイナホの説明に、USAピョンもウィスパーもジバニャンも口を出せない。イナホの推測に外れがないから余計に。SFを中心としたオタクであれど、オカルトに関しては妖怪と関わるようになってからより深くなったとイナホ自身も思っている。正しい知識があればいいというのを理解したことが一番の要因だろう。

 フミカは声にならない声を小さく漏らした。ベッドに眠るケータはどこか生気がなかった。

 

「ケータさん、少し休んでいいんですよ。友達想いなのが貴方の良いところですけれど、背負い込みすぎちゃダメです。クラスが違って話しにくいかもしれないですけれど、私だって仲間なんですから。頼ってください。」

 

「ごめんね、ケータ君。こんなにも追い詰めて……。謝って済む話じゃないのは分かってる。けれど、言わせて。私知ってるよ、ケータ君がいつもクラスのために何かしてくれていること。ケータ君は忘れてるかもしれないけれど昔から視れる体質だから、ケータ君が何かしていること、知ってるよ。だから無理しないで。私はケータ君に笑っててほしいの、あの一番星のような笑顔で。だから……早く良くなって。このままじゃ余りにも申し訳なさ過ぎるよ……。お願い、早く起きて。"ありがとう"を言わせてよ。」

 

 泣きそうな表情でフミカが言うけれど、ケータの表情は変わらない。お通夜のような雰囲気を拭えないまま、二人はケータの部屋から出た。お互いに何を言えばいいのか分からず沈黙がその場を占め続ける。結局玄関を出るまで無言だった。ランドセルを背負ったままここに来たイナホは、ランドセルの荷物をガタンと揺らして振り返った。

 

「フミさん。もし迷惑じゃなかったらでいいんですけれど、数日だけ一緒に登校しません?さすがにあの状態のケータさんを放っておくことできませんし、クラスの実態を知らないことには私もアドバイスできないので……。」

イナホの提案にフミカは少し悩んで、受け入れた。

 


 

 それから数日、イナホとフミカは学校に行く前に必ずケータの家に寄り、声をかけていた。朝に弱いイナホにとっていつもより早くに準備する事は大変で、ませてる弟の追求を交わすのにも一苦労する。けれど、イナホは辞められなかった。自分から提案したからというのもあるが、やっぱり唯一の仲間で大切な先輩を放置することができなかったからだ。幸いにもイナホはワープを可能とするうんがい鏡と友達なので、自宅とケータの家の行き来には時間は要らない。毎回家族を親友を上手いこと騙しては、さくら住宅街に脚を運んでいた。

 

 二人の行動が功を奏したのか、ケータの状況は少しずつ良くなっていた。ただ、扉越しの二人には伝わっていないのだが。二人がケータに優しい言葉をかける度、ケータの周りを覆っていた黒い靄が薄れていた。"言霊"。それは確かに存在する、そう証明するような出来事だった。

 

 

 ケータが学校に行かなくなって1週間。今日もイナホとフミカはケータの家に来ていた。最初は距離のあった二人も、ケータ以外の事で話すようになっていた。趣味の傾向がかなり違うと言っても、そこはやはり女子同士と言うことなのだろう。2組のケータに対することだけには触れないでお互いのクラスのことについて話しながら、ケータの部屋に向かっていた。

 

 いつものように扉越しにケータに話しかけ帰ろうとしたフミカとイナホの耳に、か細いながらもケータの声が聞こえた。それに気づいたフミカは、驚くイナホを放置して思いっきりその扉を開け放った。そして涙を流しながら抱き着いた。微かに恋心を抱いている相手に抱き着かれて恥ずかしくも戸惑いが隠せないケータと、そんなことなんて気にせずただただケータを心配して泣きつくフミカ。その様子を部屋の入り口で眺めていたイナホだったが、少し悪戯心が出た。

 

「かなりオアツイことで♡」

 相手が病み上がりだと分かっていても、ここまで明確だと揶揄わずにいられない。ケータのクラスメイトだって冷やかしただろう光景を、よりによってイナホに見られたのが悪かった。いつの間にかUSAピョンの妖怪パットを奪い取り、二人に気づかれないうちに写真まで撮ってしまっていたのだから。

「「イナホさん!/イナホちゃん!」」

 イナホの冷やかしで意識してしまい顔を真っ赤に染めている二人を、イナホはこれでもかと弄る。さりげなく撮った写真も見せつけてくるので質が悪い。そして真っ赤になりながら追いかけてくる二人を上手いこと躱して、新たな写真も撮るのだから余計手に負えない。結局いつもの如くUSAピョンのベーダ―モードが発動するまで、イナホの二人に対する揶揄いは続いたのだった。

 

 

 フミカと再会しイナホに揶揄われたケータの回復は、今まで以上に早かった。イナホもフミカも、遠慮なくケータの部屋に入っては雑談をするようになった。イナホはフミカに引かれないようにとかなりセーブしてたため、久しぶりのマシンガントークに火が付いた。イナホの勢いに押されるフミカと、慣れたとばかりに呆れ顔を浮かべるケータ。イナホの本気の暴走は誰にも止められない。だからこそ毎度毎度説教(物理)が、狭い空間の中で飛ぶことになるのだが。

 

 雑談に盛り上がってしまい、登校時刻ギリギリになるという失態を犯してしまったが、それでも笑っていられることに喜びを感じていた。そんなことが数回続くと、ケータは二人に気を遣って見舞いを中止させようとした。けれど、それには二人とも応じなかった。大分回復したとはいえ感情から来るモノは厄介で、また負の感情を受け取ってしまえば状態が逆戻りしてしまう。フミカとイナホを心配するケータの主張と、ケータを心配するフミカとイナホの主張は平行線を辿り。結局無難な放課後集合で話がまとまった。

 

 それからは本当に早かった。イナホとフミカにいれば、家の外に出ることもできるようになったのだ。普通に出かければ男子たちから非難の目を貰うところだが、出かける場所は決してクラスメイトが追いかけてこれない場所だった。桜町に妖魔界、それにアメリカ。アメリカなんて日本から1日で移動することは不可能だし、過去なんて普通行けるなんて思いつくわけもない。妖魔界なんて妖怪の存在を知っていて、尚且つ行き方も知らなければ無理な話だ。妖魔界に行く方法は限られているし、"普通"の人間には”普通”に見えるように偽装されているのだから。

 

 アメリカでマックと遊んだり、ケマモト村でケイゾウとガッツ仮面で盛り上がったり、妖怪たちに囲まれ過去の功績を持ち出されて慌てたり。悪意を一身に受けて寝込んでいた時よりも元気に笑う様子は、フミカが求めていた光景だった。これが”普通の場所”でできないことに何とも言い難い気分になりつつも、”普通じゃない場所”にいても”普通”であるケータに、感心するフミカがいた。

 

 

 そんな日々を過ごすこと数日。ケータが学校に行けなくなってから2週間が経っていた。さすがに2週間も休めば皆の思いは心配に移っていた。ウィスパー達妖怪の目にも、ケータに纏わりつく黒い靄は殆ど映らなくなっていた。

 

 寝込む前と変わらない明るい笑顔で玄関を飛び出していくケータを見て、ケータの母は安堵した。幼いころから体調を崩すことが少なかったケータが、学校を2週間も休むほど体調を崩したから心配が一入だったのだ。ケータの傍に憑いている存在に気付くことなく、ケータの腕についている時計を気にすることなく、”普通”にケータを送りだしたのだった。

 

 学校に着いて教室に入ると、クラスメイトの殆どがケータの元に寄ってきた。やはり2週間の休みは誰だって心配になるものだ。ただ、ケータのいない2週間は不思議なことに巻き込まれやすかった。ケータがいるときには起きなかった奇々怪々な出来事が、クラス中で頻発した。その責任をケータに問う生徒も数名はいて、ケータの友達妖怪たちはかなり厳重に警戒していた。クラス内で頻発した出来事をケータに問い詰めるのはお門違い。ケータが守っているクラスなのに、それに気づかずケータを非難したクラスメイトに対する”友達”達の反撃なのだから。

 

 今日もまた、妖怪に絡まれる2組。どちらにも優しいケータはクラスメイトに変な目で見られようとも、やっぱり妖怪たちのせいで起こる被害を見逃すことができずにいた。悪戯する妖怪たちを見つけては辞めるように説得し、ダメなら力づくで。授業の度に誰かしら来るのも定番と化していて、暇がなければ大して話しかけもせず適当に追い払うだけのこともある。そうやってクラスの平和を守ることは、ケータにとって”いつものこと”だ。その様子を見て、フミカは益々ケータの大変さを思い知った。

 

 

 お昼休み。イナホはルンルンで教室を飛び出した。今まで昼休みは自席に座ってじっとしているか図書室に直行するイナホの突然の行動に、親友のユウカも驚きを隠せなかった。けれどイナホの浮かべる表情は仲間を想うウォッチャーのもので、如何に親友であろうとも踏み込めないものだった。だからこそ、ユウカは呆れた表情を浮かべつつも素直にイナホを送り出すのだった。

 

「ケータさん!フミさん!」

 5年2組の扉が大きな音を立てて開かれ、それを上回る声量で声がかかった。他人から見れば全く以って関わりの無い筈の、イナホがそこにいた。急な来訪者にクラス全体が静かになるが、そんなことも気にせずケータとフミカはイナホを見ると近づいてそのまま教室を離れた。その様子を見た5年2組にいたクラスメイトは皆呆気にとられていた。ケータとフミカが一緒にいるということだけで5年2組内ではスクープものなのだが、そこに他クラスの生徒—関わりたくない生徒ランキングなるもので毎年No,1を記録し続けてるイナホも一緒という光景に違和感がありすぎたからだ。まだケータとフミカだけなら、”ケータが抜け駆けしたか”で済む。しかしどう考えても、イナホと二人の繋がりが見えてこない。ケータとイナホの関係はそれこそ”秘密”で、イナホとフミカが仲良くなったのはこの2週間。誰も知らないのも当然だった。

 

 ”謎”や”秘密”、”隠し事”が気になるのは子供の性。止めにかかる生徒も、三人の関係性について持ち出されつい口を閉ざす。結局ケータの後をつけるため、教室からは結構な人数が出て行った。殆どいなくなった教室で、マオは本から顔を上げた。その視線の先には、”暴れ大蛇”として名を馳せる傍付きの”妖怪”の姿があった。

「変な事しないでよ、オロチ。ケータ君のことが心配なのは分かるけど。」

 その言葉には沈黙だけが返ってきた。

 


 

 ケータたちは、学校のすぐ近くにあるおおもり神社に続く階段に座って話し込んでいた。人間はあまり来ないが、ここは妖怪たちが住む世界—妖魔界に最も近いと言っていい場所。だからなのかランクの低い妖怪たちのたまり場と化していて、人目を気にしなくていいという点で今のケータたちにとってとてもありがたい環境だった。

 

「ということで調査してたんですけれど、まーさかあのトゲ狙撃の犯人が風邪ひいたジバニャンさんだったとは思いませんでしたよ~。」

「アハハ、さすがに俺も最初は驚いたから。まぁウィスパーが悲惨な目に遭っただけだったけどね、こっちは。」

 イナホとUSAピョンが経営するイナウサ不思議探偵社*1の話を聞いては、経験者のケータが合いの手を入れる。フミカはそのやり取りを聞くだけしかできないけれど別に二人の関係性に嫉妬するわけじゃなく、穏やかな表情で聞いていた。フミカは妖魔界に行ってもイナホから妖怪ウォッチを借りても、妖怪がはっきり見えるようにはならなかった。それはもう血の力―体質に他ならず、フミカははっきりと視えて楽しそうな二人が少し羨ましい。だから想像で彼らが視ている世界を作り上げ、いつものように外から眺めるのだ。

 

「何話してるんだろう?」

 何とかおおもり山にたどり着いた数人は、三人のやり取りを遠くから聞いてきた。けれど距離があるせいで上手く聞き取れず、加えて彼らには分からない単語がポンポンと出てきて理解が全く出来なかった。……彼らが分からなくて当たり前。三人が話しているのは”普通には視えない世界”のことだから。

 

 

「なぁケータ。あの女子とはどういう関係なんだよ。」

 結局尾行しても何も手がかりを得られなかったクラスメイト達は、教室に戻った張本人に聞こうと思った。けれど、どう聞いたらいいのか分からず沈黙がその場を占めた。数分後耐え切れずに聞いた男子の言葉に、辺りがまた静かになる。ケータもすぐには答えを出さない。それが余計じれったく、年頃の子供らしくやっぱり”そっち”方面ではないかと疑う。けれどケータの答えは違った。

 

「何とも言いづらいけれど……強いて言うなら同士で仲間、かな。同じ友達を持った。

 いつもの一番星のような笑顔とは、少し違った笑みを浮かべてそう言った。そこに”自分が特別”と自慢したいという思う気持ちと、言った避けられるという恐怖が混じっている。しかし、それに気づいたのはフミカとマオくらいだった。

 

 

 ケータはイナホのことを聞かれ考えに考え抜いてこの言葉を選んだ。

ケータとイナホは”妖怪”—元を辿れば”妖怪ウォッチ”というアイテムを通じて知り合った仲。だがそのまま言うことはできなかった。

……ケータは既に気づいていた、ケータに対する悪口がクラスの中で飛び交っていたことを。それは全て妖怪による事件を解決するために行った行動。だけれど、正直に言えば”ついに病んだか”と思われてしまう。皆に違和感なく且つ的確な関係性を示す。そのために出てきたのが、さっきの言葉だった。

 

 ケータは自分の腕についている妖怪ウォッチのガラスを撫でる。他の人には視えない友達との絆だけじゃなく、現代の仲間と過去の親友との絆も繋いだ腕時計。これがなかったら”普通の日々"を送っていたのは勿論のこと、祖父—ケイゾウの想いも知ることはなかった。だからいくらクラスメイトから変に見られようが、手放す気にはなれない。視えない世界を視る楽しみを、捨てる覚悟はできていなかった。

 

 

 しかしクラスメイトの中で、ケータの発言に納得できる人は少なかった。恋愛関係ではないことは、表情を見れば分かる。けれど、ケータの言ったことが本当に正しいとは思い切れていなかった。”何か隠されている”—無意識のうちにケータがナニカを隠したものを感じていた。

 

「ケータがいないとき、クラスで変なことが起きたんだ。アレ、ケータのせいだろ?ケータがいたら起きなかったんだ。ケータがいないから起きたんだ。」

 ”隠されたものを知りたい”—その一心でとある男子がかけた言葉は、その場の空気をかなり悪化させた。人間の、ではない。”ケータとイナホの友達”の、だ。その言葉に、悪意—敵意が籠っていることに気づいたからでもあるし、ケータに守られて平和に過ごせていることに気づかずケータを責める愚かな子供に怒りを感じたせいもある。

 

 その男子を皮切りに、今まで言って来なかったケータへの不平不満が爆発した。黒い靄がケータに向かって降り注ぐ。ケータは必死に受け止めていた。悔しそうな悲しそうな諦めたような、そんな表情をして。それは”仕方ない”と自分を無理やり納得させているようで、フミカは見ていられなかった。皆の非難がケータに向く中、フミカはケータの傍に駆け寄って手を握りしめた。さすがに人目の多い教室では抱き着く勇気は出なかったけれど、それでも確実にケータの心の支えになっていた。

 

 フミカの顔を見て、少し落ち着いたケータ。ケータを覆う黒い靄も少しばかり薄れていた。しかしほんの気持ちだけに過ぎず、非難の嵐は収まるところを知らなかった。浄化が追い付かず、ケータは倒れ込む。我に返って焦った表情を浮かべるクラスメイトを無視し、フミカはケータを保健室に連れていこうとした。みんなの戸惑いの声に、フミカは怒鳴るようにして言った。

 

「全部……全部、みんなのせいよ!ケータ君はみんなのために頑張っているのに、分かろうともしないで………さらに濡れ衣まで着せて……。これ以上ケータ君を苦しめないで!!」

 

 フミカは無意識のうちに、涙を潤ませていた。その涙に驚きを隠せず固まっているクラスメイトを放置し、フミカは教室の外に出た。それと入れ替わるように担任が入ってきて、微妙な空気のクラスに首をかしげた。

 

 

 5時間目が始まっても、フミカはケータの側にいた。どうしても離れ難かったし、何よりイナホの発言が頭から離れなかったから。

 ケータの秘密-誰にも言えずに抱え込んでいたもの。けれど"不思議なこと"を受け入れても誰にでも親切なのは、フミカが小さいときから変わらないケータの性格だった。"人間"と"妖怪"、どっちも大切だから困っていれば無碍に出来なかった。妥協点を見つけていれば………適度に接していれば、こんなことにはならなかった。ケータの優しさが反って状況を悪い方向に持っていってしまった。

 

「ケータ君……」

 イナホと一緒に部屋に行った時と同じ感じで横になるケータを見て、フミカは不安に駈られる。このままだったら……。あの笑顔が見られなくなるかもしれない。それだけが怖くて、フミカはケータの手を取って握りしめた。"早く戻ってきて"と祈りながら。

 

 その想いが通じたのか、ケータは薄く目を開けた。けれどその目にはいつもの輝きはなくて。フミカは後悔の念ばかり募らせた。もっと私達が早くに気づいていればこんなことにならなかったのに。もうフミカには何をすればいいのか分からなかった。ただケータがモとに戻ることを祈るしか出来なかった。この街の守り神と謂われている御狐様がいると信じて。

 

「ふーん、ケータがねぇ。まぁしょうがないか。あの子は"普通の子"だったし。さてと、あの子達にどんなお仕置きをしようかな♪」

 その一部始終を見ていた赤縁眼鏡に白スーツの若年の先生は、先生らしからぬ笑みを浮かべてその場を離れた。

 

 

 ケータを連れて教室にはいると、フミカはゾッとするほどの寒気を感じた。辺りを見渡してみれば教室の窓や扉に張り付くように、大量のナニカがこっちを睨んでいた。そして壁や窓をすり抜けてゆっくりと入ってきた。悪寒は益々強くなる。フミカにとってこの余りにも冷たい空気が、妖怪達から発せられていることを悟るには十分すぎた。そしてそこから怒りが滲み出ていることも感じていた。

 

「来い、ケータ。来い、ケータ。」

「お主を邪険に扱う者達よりも、我らと一緒にいた方が良かろう。」

「一緒に遊ぼう、ケータ。」

「ずっと遊ぼう」

 まるで謡うようにそして誘うように聴こえる言葉は、魅惑的ながら狂気的で。自然と体が向かっていきそうな妖しさを含んでいた。フミカは恐怖心から必死に思い止まっていたが、ケータは惹かれるように彼らの元に進んでいく。その様子はまるで虫取り罠に嵌まりに行く昆虫のようで。

 

「待って、ケータ君!!いかないで!」

 フミカは嫌な予感がしてケータに呼び掛けた。このままに放置すると、会えなくなる。もう二度とアエナクナル。ただそれだけを感じてケータに声をかけ続けた。けれど振り返る素振りもなく、ゆっくりと彼らの元に進んでいく。あともう少しでアチラに行ってしまう。もうダメ!声を上げようにも上げられないフミカは、必死に目をつぶった。

 

 

「こらぁ!だめですよ、皆さん!」

 特徴的な明るい声が、絶望に満ちた教室内に響いた。ケータを庇う様に彼らとの間で仁王立ちしているのは、隣のクラスで授業を受けているはずのイナホだった。

「いくらケータさんのことが心配だからって、それは許しませんからね!私やケータさんは勿論のこと、ここにいる人全員に()くのは早すぎます!幾ら苦労が報われないからって、ケータさんがそんなこと望むと思います?ケイゾウさんが孫の人生がここで終わるのを黙って見過ごすと思います?」

 そう言い放つ先に、5年2組の生徒はいない。イナホの視線は、フミカやマオが普段視ているモノ-妖怪達の方を向いている。妖怪達の作り出した負の空間に閉じ込められたからか他の生徒達にも視えているのだが、彼らの纏う空気に気圧されてなにも言えずにいた。零感の子が圧倒的に多いのだが、それでも彼らの怒りから来る寒気には恐怖を感じて動けなかった。そして、恐怖の対象である存在と普通に話しているイナホに驚きと尊敬の念を抱いていた。

 

しかし彼らは知らなかった、”彼女”に先輩がいることを。

その先輩が、”普通”と評され続けた彼であることを。

 

 

 

 妖怪たちの説得を試みたイナホだったが、頑なな妖怪たちにほとほと困り果てていた。今回ばかりは頭に来た妖怪が多かった。ケータを身代わりにしておいて、守ってもらっているお礼すら言わない。ケータがいなくなれば文句を言うし、ケータが皆を守ろうとして行動すれば後ろ指を指す。そのせいでケータの限界を超えてしまった。

 

 幾らが存在する事実を知らないとはいえ、余りにも薄情すぎた。その薄情加減に堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。ケータの友達妖怪はEランクからSランクまでさまざまで、しかもほぼ全ての妖怪と友達になっているといっても過言ではない数だ。その妖怪たち全員がキレたら、一体どういう惨事になることか……。想像力豊かなイナホでさえ、想像したくないものになるのは間違いない。一向に考えを改めない妖怪たちを複雑な思いで見てから、イナホは背中に隠したケータをフミカに託し2組の生徒に向き直った。その表情は昼休みにケータとフミカを呼びに来た時のものとは違いかなり真剣なもので、妖怪たちから出される寒気と相まって2組の生徒たちは何もできなかった。

 

「一応言っておきますが、この一件で一番悪いのは貴方達ですよ、2組の皆さん。貴方達は人一人を殺したも同然。悪口は隠れて言っていると思っても、必ず言われた相手に届いてるんです。皆、おかしいと思いませんでしたか?ケータさんが2週間も休んだこと。普通の風邪なり病気なりだったら、こんなに長く休むことはないはず。この2週間の皆さんの言動をよく考えてください。心当たりはありませんか?」

 

 そうイナホに問われ、お互いに顔を見合わせ合う。

「……自覚なしですか。言ってましたよね、ケータさんの悪口。まぁケータさんへの文句と言った方が正しいかもしれませんけど。」

 

 分かりやすくため息を吐くと、根本的なところを単刀直入に言った。その言葉でクラス内がざわつく。本人たちにそのつもりは全くなかったから、他者から言われて動揺が大きくなった。

 

「言葉は見えない武器ですよ、何気ない言葉で相手を傷つけます。それに、この国には”言霊”っていう概念があることくらい、知ってますよね?ケータさんはその二つで精神を殺されたんです。

 今、貴方達の目の前に視えている化け物。”妖怪”と呼ばれる存在ですが、このクラス圧倒的に狙われやすいんですよ。多分ケータさんがいなければ、まともに授業できる日なんてないでしょうね。……このクラスがちゃんとやっていけてるのは、”ケータさんのおかげ”なんですよ?皆さんは普段彼らのことを視ることできないですから、皆さんにはケータさんがおかしな行動をしたように見えてるでしょう。けれどケータさんが身を張って皆さんを庇っているからこそ、このクラスが成り立っているんです。それを、貴方達は”変”や”おかしい”などと言って遠ざけた。ケータさんが必死に守ってくれているのに。守っているのに認めてもらえるどころか傷つけられたら、誰だって精神を病むに決まってるじゃないですか。

 ケータさんがいない間に起こった怪奇案件は、”ケータさんのせい”じゃありません。ケータさんの扱いにキレた”ケータさんの友達”のせいです。けれど、元を辿れは貴方達が原因。この2週間のおかしな出来事は自業自得です。決してケータさんのせいにしないでください。」

 

シーンと黙り込んだ教室内。恐る恐るという様に、クマが声を上げた。

「じゃあ、どうすればいいんだよ。そのヨウカイとかって俺ら普段視えないんだろ。」

「そんなの、簡単ですよ。ただ受け入れるだけです。”自分たちが守られている”ということを、自覚することです。お礼なんて言われる方が難しいというのは百も承知。けれど、否定されちゃやる気も起きない。だから事実を受け入れてくれるだけでいいんです。」

 イナホは柔らかい笑みを浮かべた。そこにはやっぱり寂しさの色はあれど、”自分たちが認められている”という自信もあった。

 

 ひとしきり2組の生徒に言い終えると、イナホは妖怪たちに向き直った。彼らの表情はすっきりしていて、イナホが彼らの言いたいことをすべて代弁した事が分かった。少し和やかな空気が流れたけれど、まだ問題は解決していない。フミカの後ろに無表情で佇むケータのことが残っている。

 

「ケータさん、ケータさん。クラスの人たちの話は終わりましたよ。色々ありましたけど、全部終わったんです。だから、帰ってきてください。この世界はみんながあなたを待っています。」

 イナホは同じ妖怪ウォッチを持つ者として声を掛けるけれど、ケータは一向に反応しない。

 

「ケータ君、戻ってきてよ。問題は解決したよ、イナホちゃんが手伝ってくれたの。だから心配しないで戻ってきて。お願い。」

 フミカも声を掛けるけれど、返事はない。

 

「私、貴方のこと放置しません。何せ、貴方は私の先輩です。聞きたいことなんて山のようにあるんですから、戻ってきてください。……まだ怖くて心を閉ざすのも分かります。けれど、妖怪マスターたる貴方はこれ以上の恐怖を体験しているはずです!ケイゾウさんから受け継いだ思い、無駄にしないでください!」

「戻ってきて、ケータ君!もう一度あの笑顔を見せて!私、ケータ君の笑顔が好きなんだから!お願い!!」

 告白じみた言葉になっていることに気づかず、フミカは言い切った。気づけば涙も流れていた。ただただ、ケータが元に戻るのを必死に祈っていた。

 

 その時だった、どこからともなく小さな小さな呟き声が聞こえた。その内容をしっかり聞いていたのは、傍にいたフミカと何度もそのセリフを口にしたイナホだけだった。

 

「……俺の友達、出てこい忘れん帽。妖怪メダル、セットオン。」

 



 

「おはよー!」

「おはよう!」

 さくら第一小学校5年2組の教室に、明るい子供の声が響く。あの2週間が悪夢のように、至って”普通”の子供たちだ。

 

その中に、彼もいる。

特徴的な寝ぐせと星のワンポイントが入った赤い服以外、本当に”普通”な彼。彼もまた2週間のことが嘘かのように、一番星のような眩しい笑顔を浮かべて友達と語り合っている。

その腕には、他人(ひと)の知らない世界を覗き様々な絆を紡ぐ、不思議な腕時計がある。

星の笑顔に反応するように、そのガラス面は人知れず輝いた。

 

*1
(といっても依頼料は貰っていないし、依頼人も殆どが妖怪なのだが)


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