ED1の後に再会した二人を想像して書いています。

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第1話

『確かにあなたは、間違えたわ。わたくしだってそう』

 

青い照明がガラスに跳ね、あなたの頬の稜線だけが白く浮いた。息を吸うたび、潮の匂いが喉の奥に残る。わたくしは目を逸らさない。瞬きの間さえ惜しくて、瞳に力を込めた。

 

『けれど、あなたが生きることを、あなた一人だけの罰にしないで』

 

柔らかく置いたはずの言葉が、口内の乾きを呼ぶ。あなたの胸がわずかに上下し、空気がどこかで止まる気配がした。

 

『もしこの先が苦しい道でも、わたくしを連れて行って』

 

声を落とすと、舌先に金属の苦みが残る。指先が震えそうで、爪を掌に押し当てて止めた。

 

『どこへでもいい。あなたのそばにいたいの』

 

距離は変わらない。けれど、あなたの肩がほんの少し硬くなる。その小さな変化が、胸の奥をきつく締めた。

 

『わたくしは、あなたの苦しみを消してあげられない』

 

息を吐く。軽くなるどころか、薄い痛みだけがそのまま残った。

 

『でも、あなたの隣で、その痛みを分け合うことはできるわ』

 

言い切った瞬間、熱が喉元へ上がる。飲み込み、背筋をまっすぐに保つ。あなたの靴先が、わずかにこちらへ向く。距離が縮まる予感だけで、腹の奥がひやりとした。

 

『……あなたは、わたくしを地獄へ突き落としたと思っているでしょう?』

 

指先の温度が抜けていく。あなたの視線がわずかに揺れ、すぐ戻る。その揺れだけで、胸の内側が小さく縮んだ。

 

『だから、これからもそばにいることさえ、罰の続きだと考えてしまう。そうよね?』

 

あなたは答えない。喉が動くのに、声にならない。視線が床の淡い光の帯へ落ちた。

 

『けれど、これからわたくしは、行かなければならない場所があるの』

 

睫毛を伏せる。視線を戻すと、あなたの指がわずかに動いた。足先が床を探るように擦れ、靴の音が浅く鳴る。遅れて脈が打ち、耳の奥に響いた。

 

『光の届かない闇へ、もう一度戻らなければならないわ』

 

闇という言葉が、室内の青を濃くする。胸の奥で空気がざらつく。あなたの息が短くなり、肩がこちらへ寄ろうとする気配があった。

 

『ついてこないで』

 

喉の奥を切るように言葉を落とす。自分の声が硬く響き、耳の内側に残った。

 

『わたくしは、自分の意思で戻るのよ。あなたに付き添われるためじゃないの』

 

言い終えたあと、口角が痙攣しかける。奥歯を噛み、舌先を上顎に押し当てた。吸い込みが浅くなる。いったん鼻で息を入れ直し、背筋だけを立て直した。

 

『それに……あなたが来てしまったら、そこはもう、地獄ではなくなってしまうわ』

 

息が詰まる。あなたの体温が近づく気配だけで、胸の奥が緩みそうになる。緩む前に、肩甲骨のあたりへ力を入れた。

 

『だから、ついてこないで。あなたには、他にやるべきことがあるはずよ』

 

言い切ると、心臓が一拍だけ遅れた。遅れた分の空白が、胸の内側を擦った。

 

あの感覚が、まだ手の中に残っている。肉が裂け、骨が折れていく。

 

掌の皮膚の奥がうずく。冷えたはずの指が、今だけ熱い。息を吸うと、胃の底がひりついた。

 

傷つきながらも、あなたはわたくしから目を離さなかった。

 

あなたの肩は揺れなかった。瞳の奥だけが、どこにも無い逃げ道を探していた。

 

その沈黙が、あなた自身への罰のように見えた。

 

その視線が喉に絡みつき、唾を飲み込む音が大きくなる。わたくしは頬の内側を噛み、痛みで呼吸を整えた。

 

『あの瞬間から、わたくしは……あなたを守りたくなったの』

 

唇の端を指先で塞ぐ。冷えていくのが分かっていて、力だけを足した。あなたの足が一歩でも出たら、脚が止まらなくなる。

 

その言葉が喉の途中で引っかかり、唾が落ちない。胸の奥だけが、妙に熱い。

 

『だから、わたくしは殺した』

 

言葉が床に落ち、機械の低い唸りだけが残る。あなたの喉が鳴る。わたくしの胸の奥も鳴った。

 

『何度も何度も、あなたが守りたいものを壊し続けた』

 

壊したものの名が、青い光の裏側でいくつもちらつく。瞬きをせず、口内の乾きを舌でなぞった。軽くなる。軽いはずなのに、足裏だけが床を掴めなくなる。

 

『あなたを傷つけるたび、あなたがわたくしを抱えたままだと確かめて』

 

息が細くなる。手袋の甲が張り、握り込まれた形が浮いた。

 

『わたくしは、この上なく幸せだったわ……』

 

幸福という音が、血の匂いを連れてくる。胸の奥が熱くなり、次の瞬間に冷える。顔は動かさず、視線だけであなたを捉えた。

 

『ねえ、レトロ。こんな血に塗れたわたくしを、それでも追いかけるの?』

 

首を傾げると、髪が肩を擦って小さく鳴る。あなたの呼吸が一瞬止まった。

 

『まだ、手を伸ばすの?』

 

伸ばされる手を思い浮かべただけで、喉が鳴る。息が足りなくなる。

 

『……それがどういう意味か、あなたは分かっているはずよ』

 

あなたの瞳が揺れる。揺れた分だけ、こちらの胸が痛む。痛みを踏むように、言葉を深く沈める。

 

『なら、堕ちましょう。一緒に』

 

『永遠の苦しみに身を委ねて、あなたの形をわたくしの中へ刻むの』

 

言葉が冷たく滑る。皮膚の内側が疼き、背中が粟立った。

 

『……それがあなたの望みでしょう。違うなんて言わせないわ』

 

息が浅くなる。あなたの喉が上下するのが見えて、わたくしは顎をわずかに上げた。

 

『後悔なんてしない。あなたが手に入るなら、罪でも罰でも地獄でも、全部、わたくしのもの』

 

胸の奥が甘く痛む。怖くて唇を噛む。噛んだ場所に鉄の味が滲んだ。

 

『あの幸せが戻る。あなたごと、わたくしの元へ』

 

遠い温かさが一瞬だけ指先へ戻り、すぐ引く。引いたあとに、痛みが残った。

 

あなたは脚を一歩出しかけて、すぐに元へ戻した。爪先が床をする音だけが響く。

 

『……うふふ。そう、思い出したのね』

 

『わたくしは、最初からこういう存在だったのよ』

 

言い終えた途端、喉の奥がざらつく。口内の乾きが増し、舌が上顎に張り付いた。

 

『だから、あなたは正しいわ』

 

『わたくしに剣を向けながら、それでも守るべきものを手放さない。それがあなた』

 

胸の奥で何かが落ちる。落ちた場所に空気が入らず、鼓動だけが大きくなる。

 

わたくしはあなたに背を向け、息を整えて言った。

 

『……さようなら。最後にあなたとお話できて、本当に幸せでしたわ』

 

別れの言葉を口にした瞬間、肺の底がぐっと縮む。わたくしは痛みを隠すように姿勢だけは崩さず、暗い方へ一歩踏み出した。

 

『クリス』

 

震える背中が遠ざかる。掠れた声が、私の喉の奥をざらりと削った。

 

『行くな』

 

私はその輪郭を、見送ることだけはできなかった。吸い込んだ空気は冷たく、吐く息は短く切れる。足が前に出る。靴裏が床を噛み、硬さが骨まで返った。胸の底だけが妙に熱い。

 

『お前の責任は、終わっていない』

 

距離が詰まる。呼吸が、お前に届く手前で止まる。止まった分だけ肋の内側が痛み、痛みが増しても歩みは緩まない。肩が勝手に前へ傾き、指が震えそうになる。指を折り、手袋越しに掌へ押し当てた。

 

『……私を傷つけた過去を背負う気があるなら、私の命令に従え。それが償いというものだ』

 

息が途中で折れかける。歯を噛み、声を通す。腕が伸びかけて止まった。空中に残った数センチが、冷たい。口内が渇き、唾が落ちないまま、言葉だけを押し出した。

 

『お前が消えて、それで済む話ではない。断じて』

 

吐いた息が喉に引っかかり、遅れて痛みが追いつく。視界の端で髪が揺れ、その揺れに合わせるように心臓が跳ねた。鼓動が耳の内側を叩き、外の音が一段遠のく。

 

『お前は……自分を最も苦しめる道を選んでいる。そうだろう』

 

問いにした途端、沈黙が落ちた。空気が薄くなる。喉だけが動き、音にならない。

 

『その選択が、何よりも私を苦しめると知ってのことか』

 

胸の奥が焼け、息が浅くなる。呼吸の継ぎ目が追い立てられ、吐くたびに肩がわずかに跳ねる。胃の底が冷え、背の皮膚が粟立った。目は外せない。外した瞬間、お前の背が消える気がした。

 

『私はお前を救えるなどと思っていない。だが……』

 

吐き出した途端、胸が詰まる。言葉が戻ってきて、喉の奥を擦る。指先の温度が抜け、手のひらだけが汗で湿った。

 

『いたずらに苦痛を増やそうとするのだけは、止めねばならない』

 

奥歯に力が入る。半歩、さらに前へ出る。床の硬さが足裏に張りつき、逃げ道を削る。息を吸うと、痛みが輪郭を持って戻ってきた。

 

『……お前が抗わずに壊れていくのを、見過ごせない』

 

喉の奥が痛いのに、声はまだ出る。胸の底で何かが跳ね、腕の内側へ重みとして降りてくる。指が開きかけて、もう一度、握り直す。握り直した瞬間だけ、肩が微かに落ちた。

 

『いつまでも私の隣にいろ。その場所で、その痛みを手放すな』

 

息が一瞬止まる。視界が薄く滲み、すぐに焦点が戻る。唇の裏が乾き、舌先に金属の苦みが残った。

 

『……恐ろしいか。だがな。それは私も同じだ』

 

吐き出した瞬間、胸に空気が入る。入った空気が痛みをはっきりさせ、指先がさらに冷えた。冷えのせいで、触れる寸前の距離がいっそう遠く感じる。

 

『罪を薄めて、自分を赦した気になるだろう。しかし、それは違う』

 

息が遅れる。遅れた一拍が胸の中を擦り、骨の間に冷たい隙間ができる。言葉の端が硬くなり、舌が重い。

 

『幸福のたびに、お前は思い出す。その記憶のすべてが、お前を灼く』

 

熱が喉元まで上がるのに、手足の先は冷たい。影が輪郭を持って迫り、青い光が濃くなる。鼻腔に潮と金属が混ざった匂いが残り、吸うたびに喉がひりついた。

 

『それでも未来を捨てるな。抱えたまま前へ進め』

 

足裏の感覚が戻る。硬い床が現実を突きつけ、背中を押す。吐く息が細く震え、肩甲骨のあたりが痛む。それでも前へ出る。

 

『それが私たちに残された、最後の選択だ』

 

瞼が一度だけ落ち、すぐに開く。開いた瞬間、相手の輪郭が刺さる。刺さった痛みで、視線が固定されたままになる。

 

『分かってくれ。お前が消えたら、私の償いも終わってしまう』

 

腹の底が落ちる。胸の内側が空洞になり、喉がひりつく。言い終えたあと、肺が勝手に空気を求め、息が浅く速くなった。

 

私はクリスへ歩み寄り、手を取った。振り返った瞳は潤んでいた。強張る肩へ、そっと腕を伸ばした。

 

脈が寄り添うように打ち、互いの胸をきしませる。熱が移り、冷えた指先がほどける。

 

『……私たちの鼓動は止まらない。それが現実だ』

 

触れた温度が皮膚の奥に残る。乱れた息が頬へ触れ、そこだけが現実になる。離れていない。体の芯がそれを知っている。

 

『今だけは泣いていい。涙が枯れるまで泣けばいい』

 

声が揺れ、喉の奥で擦れた。息が引っかかり、いったん止まり、また続く。続く呼吸のたび、痛みが少しずつ形を変える。

 

クリスの瞳から次々と涙がこぼれ、私の胸元へ落ちる。

 

『その後に残ったものから、目を逸らすな』

 

瞳の表面が渇き、痛みに変わっても瞼は落ちない。視線はほどけない。

 

『……私は、導く側でいたかった』

 

言った途端、背中の力が緩み、冷たい空気が骨の間を擦る。吐いた息が震え、震えが口元に残る。

 

『お前を迷わせずに、ずっと前を歩く者でいたかった』

 

視界の奥が痛む。遠い場所を見ようとして焦点が合わず、近くにある輪郭だけが濃く残った。

 

『だが私は強くない。お前よりずっと弱い』

 

肩が落ちる。落ちた重さが腕へ伝わり、指がわずかに開きかける。開いたままでは掴めない。指を曲げ、もう一度、形を作る。

 

『ひとつでも失えば耐えられない、惨めな罪人だ』

 

喉が詰まり、息が細くなる。胸の奥が熱くなり、同時に締まる。熱で目の裏が痛み、視界がまた薄く滲んだ。

 

『それでも……お前に触れて、幸福が見えた。そう認めてしまった』

 

胸の中で何かが緩み、すぐに締まる。足首に絡むような重さが残り、床を離せない。離せないまま、腕に力を込める。

 

『終わらせない。この罪と痛みごと、お前を手放さない』

 

吐き出した途端、音が遠のく。機械の唸りも波の遠さも薄れ、鼓動だけが残った。鼓動の回数だけ、胸の内側が擦り切れていく。

 

灼けるような痛みが胸に刺さった。温かさは確かにあるのに、痛みのほうが先に形を取る。身体が固まり、それでも腕はほどけない。

 

壊れるほどに抱きしめ合う。骨が軋む。皮膚越しの体温が熱ではなく圧として押し返してきて、胸郭がきしむたび肺が勝手に息を吐いた。

 

喉の奥に引っかかった熱が、息のたびに押し上げられる。止まらない鼓動が、止まれないことを告げる。

 

これは、逃げ道を塞ぐための約束だ。

 

私はそのまま、クリスと唇を重ねた。次の瞬間、クリスの腕が私の後頭部へ回る。

 

乾いた口内に触れるたび、熱が奪われるように張り付く。それでも相手の温度は確かで、その濡れた気配だけが、乾きの奥へ染み込んでくる。染み込むほど、胸のひりつきが鮮明になった。

 

舌が触れ、絡み、離れない。それは決して甘い時間ではなかった。舌先に残る苦みだけを分け合い、飲み込めずに味わい続けた。

 

痛みと苦しみだけが私たちの隙間を埋めていく。

 

その時ようやく、クリスの心の底へ手が届いた気がした。


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