2006年 夏
蝉時雨が降り注ぐ東京都立呪術高等専門学校のグラウンドは、うだるような熱気に包まれていた。
「――はぁ、はぁ……! み、見事だ……! 流石は現代最強と謳われるだけはあるね、五条悟!」
土埃にまみれながらも、水都梨那はステッキ代わりの片手剣『諭示裁定カーディナル』を突き立て、懸命に優雅な立ち姿を維持していた。
豪奢な帽子が少しズレているのを直す手つきは震えている。
(死ぬ! 死んじゃう! なんなのこの人、体力無限なの!? もう三十分も追い回されてるんだけど! 早く寮に帰ってクーラーの効いた部屋でケーキ食べたい!)
彼女の内心の悲鳴など露知らず、目の前の長身の男――サングラスを掛けた五条悟は、涼しい顔でしゃがみこんだ。
彼の手には、いつの間にか自販機で買ってきた炭酸飲料が握られている。
「なんだよ水都、もうバテたの? 『神』ってのは意外と体力ねーんだな」
五条はニカッと笑うと、冷えた缶を水都の頬にピタリと押し付けた。
「ひゃうっ!?」
冷たさに驚き、水都は素っ頓狂な声を上げて飛びのく。
その拍子に足がもつれ、あわや転倒――しかけたところを、五条の『無下限』による引力が雑に引っ張り上げ、体勢を整えさせた。
「……無礼者め! いきなり冷たいものを当てるなんて、神への冒涜だぞ!」
「はいはい。ほら、飲めよ。脱水で干からびた神様とか笑えないからさ」
放り投げられたコーラを、水都は慌ててキャッチする。
プシュ、という音と共に炭酸が喉を潤すと、彼女はようやく生きた心地がした。
当時、五条悟は三年生。水都梨那は一年生。
二つ下の後輩である水都の「指導」という名目で、五条は暇潰しによく彼女を呼び出していた。
「それにしてもさぁ」
五条はサングラス越しに、水都が大切そうに抱えている『諭示裁定カーディナル』をじろりと見下ろした。その視線は、物質の構造から呪力の流れまでを看破する『六眼』の輝きを帯びている。
「お前のその剣、やっぱキショいな」
「失敬な! これは僕の権能の象徴、気高き天秤の剣だよ!」
「いや、構造の話。僕の目でも中身がよく分かんねーんだよ。ブラックボックスっていうか……お前と同じ質の呪力がパンパンに詰まってて、中で渦巻いてる。時限爆弾持ち歩いてるみたいでゾワゾワすんだよね」
五条の言葉に、水都の心臓がドクリと跳ねた。
(バレる!? いや、六眼でも解析不能のはず! この剣の中に先代水神の力が封印されてるなんてバレたら、即解剖コースだよ!)
彼女は冷や汗を隠すように、大げさにフンと鼻を鳴らした。
「凡人には理解できない高尚な神秘さ。キミのその澄んだ瞳でも、深淵の全ては覗けないということだよ」
「生意気言うねぇ。ま、いいけど」
五条は興味なさげに肩を竦めた。
彼は他人の秘密に深入りする趣味はない。
強ければそれでいい、面白ければそれでいいというスタンスだ。
彼はコーラを飲み干すと、ふと真面目なトーンで言った。
「お前の術式『水精操術』、ありゃ燃費が悪すぎる」
「……む?」
「式神の火力を上げるために自分の血(HP)を削る縛り。あれ、ソロだとジリ貧だろ。僕みたいに反転術式が回せる奴か、優秀なヒーラーがいないとすぐ死ぬぞ」
的確な指摘だった。 水都の術式は、自身や味方の血液を代償に高火力を叩き出す諸刃の剣。 今の彼女はまだ未熟で、代償のコントロールも完璧ではない。
「ふふん、心配には及ばないさ。僕は孤独なソリストではないからね。いつか僕の輝きを支える、最高の共演者(パーティ)が現れるはずさ」
「……ふーん」
五条は少しだけ目を見開いた後、口角を吊り上げた。
「ま、そうだな。一人で最強なんて、案外つまんねーしな」
その言葉には、かつて「最強」を分け合った親友を失ったばかりの、微かな影があったかもしれない。あるいは、これから育てる後輩たちへの期待か。 水都には読み取れなかったが、五条は立ち上がり、パンと手を叩いた。
「よし! 休憩終わり! あと一本やるぞ」
「はぁ!? まだやるのかい!? 僕はもうお肌のゴールデンタイムに向けて休息を取りたいんだが!?」
「文句言わない。次は『ウーシア』禁止な。剣術だけで僕に一発入れてみろ」
「無理難題を言うなこのサディスト!!」
抗議の声を上げる水都の首根っこを掴み、五条は楽しそうに笑う。
その姿は、まるで珍しいペットを見つけてはしゃぐ子供のようでもあった。
(ああもう! なんで僕がこんな目に! でも……五条先輩、なんだかんだ言って僕の術式のこと考えてくれてる……のかな?)
「ほら、構えろ梨那ちゃん」
「ッ……! 僕の名を気安く呼ぶな! ……手加減したまえよ!?」
蝉の声にかき消されながら、二人の模擬戦は夕暮れまで続いた。
それは、後に新宿決戦で世界を救うことになる「最強の術師」と「水神」、二人の共演の原点となる、何気ない日常の一幕だった。
渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので
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直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
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直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート