呪術廻戦in水神   作:白黒ととか

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第◼️幕 ちょっと過去編1

六月の湿気を孕んだ風が、呪術高専の渡り廊下を吹き抜けていく。  

一級呪術師・七海建人は、重い足取りで自販機の前まで歩を進めると、ブラックコーヒーのボタンを押した。  

 

虎杖悠仁という少年と共にあたった里桜高校での事件。

真人の出現、そして少年の死。  

一連の出来事は、彼の精神を確実に摩耗させていた。

 

「……はぁ」

 

深い溜息とともに、ネクタイを少し緩める。  

 

これから「京都姉妹校交流会」に向けての準備期間に入る。

五条悟が何かと騒がしくなる時期だ。考えるだけで胃が痛む。  

そういえば、以前ふと漏らしたことがあった。

 

マレーシアのクアンタン。

 

何もない海辺に家を建てて、買って溜め込んだ本を少しずつ消化する日々。

そんな隠居生活への憧れを。  

だが、それはあくまで叶わぬ夢だ。

現実には積み上がった書類と、終わりの見えない「クソ」のような労働が待っている。

 

「おや、ちょうどいいところにいるじゃないか。七海先輩」

 

不意に、その静寂を打ち破る声が降ってきた。  

七海が顔を上げると、そこには場違いに華やかなオーラを纏った少女が立っていた。  

白髪に、左右非対称の瞳。

そして、まるで舞台衣装のような装い。  

特級呪術師、水都梨那(みずみや りな)。  

五条悟と七海自身の後輩にして、この呪術界におけるもう一人の「規格外」である。

 

「……水都さん。何か御用ですか。私はこれより学長への報告が」

「報告? そんな退屈な劇(シナリオ)は伊地知にでも任せておけばいいさ! それより七海先輩、君に素晴らしい提案を持ってきた!」

 

 水都はステッキのように愛用している特級呪具『諭示裁定カーディナル』をくるりと回し、ビシッと七海を指さした。

 

「スイーツだ! スイーツを食べに行くぞ!」

「……はい?」

 

七海は眉間の皺を深くした。

 

思考が追いつかない。  

水都は構わずに、まるでオペラの主役のように大仰な身振りで続ける。

 

「最近の任務は血生臭くて敵わない。僕の可憐なサロンメンバーたちも、もっと優雅なティータイムを所望しているんだよ。そこでだ! 以前、君がボソッと言っていたじゃないか。『マレーシアのクアンタン』とやらを!」

「……なぜ、それを」

「ふふん、神の耳は地獄の底の囁きすら聞き逃さないのさ!(本当は五条が笑い話にしていたのを小耳に挟んだだけだがね!)」

 

水都は悪びれもせず胸を張った。  

彼女の中身は転生者である。『原神』のフリーナと同じく、甘いものが好きで、自分のペースで周囲を巻き込むことを好む、ある種「子供っぽい」性格の持ち主だった。

 

「調べたところによると、あそこの海辺には絶品のココナッツジャムを使ったお菓子があるらしい。それに、君は最近顔色が悪いぞ? まるで絞りかすのサトウキビだ。そんな顔をした男と一緒では、高専の空気が不味くなる」

「……余計なお世話です。それに、今は交流会前の重要な時期で──」

「ノンノンノン! 聞こえなかったのかい? 僕は『特級』だぞ? 僕が『現地視察が必要だ』と言えば、それは絶対的な重要任務になるのさ!」

 

水都は強引に七海の腕を掴んだ。

華奢な見た目に反して、呪力で強化されたその腕力は万力のように強い。

 

「それにだ、七海。僕の術式『サロン・ソリティア』は知っているだろう? あれは使うと僕のHP(血液)が削れて痛いんだよ。だから、君のような頑丈で真面目な『盾役(タンク)』が必要なんだ。単独任務なんて寂しいし痛いし、絶対にお断りだ!」

 

彼女の主張は支離滅裂だった。  

 

特級術師である彼女の実力なら、護衛など不要だ。

 

単に「一人で行くのは寂しい」「荷物持ちが欲しい」「なんとなく七海が暇そう(に見えた)」という、極めて個人的なワガママに過ぎない。  

だが、七海はその瞳の中に、ある種純粋な「休暇への誘い」を見た。  

そこに他意はない。

政治的な思惑も、呪術界の暗い陰謀もない。

ただの、子供のような気まぐれ。  

それが、今の彼には毒のように甘く、そして救いのように思えた。

 

「航空券はもう取ってある! 本当は伊地知を誘うつもりだったが先ほどバカ目隠しに取られてしまってね!出発は今夜だ! 労働はクソだと言っていた君にはちょうどいいじゃないか。なら、これは労働じゃない。神の気まぐれに付き合う『優雅なバカンス』だと思いたまえ!」

「……はぁ」

 

七海は、今日一番の大きな溜息をついた。  

抵抗しても無駄だろう。

この手合い──五条悟と同類の人間は、他人の都合など聞きはしない。

 

「分かりました。……ただし、報告書は貴女が書いてくださいよ」

「えっ」

「『特級の特命任務』なんでしょう? 私が書くと虚偽申告になりますから」

「む……むぅ。わ、分かったよ! 僕にかかれば報告書の一枚や二枚、傑作を書き上げてやるさ!」

 

明らかに動揺しつつも見栄を張る彼女を見て、七海の口元がわずかに緩んだ。

 

こうして、七海建人は日本を離れることになった。  

 

それは本当に、ただの気まぐれだった。  

 

彼女は知らない。

 

この気まぐれな旅行が、数ヶ月後に訪れる「渋谷事変」という地獄の釜の底から、彼を遠ざけることになる事実を。  

 

七海建人が焦げ付くような渋谷の地下で、群がる改造人間に最期まで刃を振るい続ける運命を、このバカンスが覆してしまったことを。

 

「さあ行こう七海先輩! カーテンコールにはまだ早い。南国の太陽が僕たちを待っているぞ!」

 

高らかに笑う自称・水神の背中を追いかけ、七海は重たい足取りながらも、どこか晴れやかな顔で空港へと向かうのだった。




死なない理由は必要だ。
例えそれがどれだけ後付けであっても。

渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので

  • 直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
  • 直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート
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