東京都立呪術高専、とある一室。
伊地知潔高が胃薬を片手に持ち込んだ「緊急報告書」を読み終えた瞬間、五条悟は腹を抱えて爆笑した。
「あっはははは! 傑作! マジで!? あの七海が『拉致』られた!?」
机をバンバンと叩き、涙を拭いながら五条は問いかける。
目の前の伊地知は、げっそりと頬をこけさせていた。
「わ、笑い事ではありません五条さん……! 七海さんは一級術師、水都さんは特級術師です。その二人が揃って、任務放棄……いえ、無断で国外へ出国だなんて。上層部はカンカンですよ」
「いいじゃん別に。あいつら最近働き詰めだったし」
五条は報告書をひらりと宙に投げた。
そこには『マレーシア・クアンタンへの渡航を確認』という文字が踊っている。
「それに、相手はあの水都梨那だろ? 伊地知の同級生で、僕の可愛い後輩ちゃん。彼女が『行く』と言ったら、テコでも動かないのは知ってるよね?」
五条はサングラスを少しずらし、その蒼い瞳(六眼)を虚空へ向けた。
水都梨那。
演劇じみた言動に、尊大な態度。
周囲からは「扱いにくい危険分子」として警戒されている特級術師。
だが、五条の評価は少し違う。
(あいつは、面白い)
五条の『六眼』を持ってしても、彼女の本質は奇妙な霧に包まれている。
特に彼女が持ち歩いているステッキ──『諭示裁定カーディナル』。
あれは五条の目で見ても、違和感はあるが理屈が通らない「バグ」のような呪具だ。
その底知れなさが、彼女を特級足らしめている。
「七海もさぁ、真面目すぎるんだよね。悠仁の件で、あいつなりに責任感じてピリピリしてたし」
五条は、七海建人が抱えていた疲労の色を思い出していた。
大人の責任、術師の責務。
それらを背負い込んで摩耗していくかつての後輩。
そこへ強引に割り込み、理屈もへったくれもなく南国へ連れ去った「自称・水神」。
「……案外、良い薬になるんじゃない? あの演劇オタクの気まぐれも」
五条はニヤリと笑った。
彼には、水都が何を考えているかなど分からない。
ただ、彼女の行動原理が「自分の美学(あるいはスイーツ)」に基づいていること、そしてその強引さが、時に膠着した状況を打破することを知っているだけだ。
「でも五条さん、交流会はどうするんですか! 七海さんはともかく、特級の水都さんが不在では──」
「大丈夫だって。僕がいるし」
五条は椅子に深くもたれかかり、足を組んだ。
「それにさ、あの子の『舞台』には、観客が必要なんだろ? 七海ほど、ツッコミ役として優秀な観客はいないよ」
彼は想像する。
南国のビーチで、パラソルを広げて高笑いする少女と、日焼け止めを塗りながら仏頂面で新聞を読む七海。
そのあまりにシュールで平和な光景に、五条は再び口元を緩めた。
「上層部(ジジイども)には適当に言っといてよ。『僕が特命任務を与えました。内容は極秘です』ってね」
「ええっ!? 私が怒られる流れじゃないですかそれ!」
「お土産、期待しとこうかな。あそこのココナッツジャム、美味いらしいし」
五条悟は、二人の逃避行を止めるつもりなど毛頭なかった。
むしろ、このクソみたいな呪術界のしがらみを無視して、バカンスを決め込んだ後輩たちに、密かな拍手を送っているくらいだ。
(精々楽しんで来いよ、七海、水都。……こっちの地獄(しごと)は、僕たちが片付けておくからさ)
最強の術師は、窓の外に広がる初夏の青空を見上げ、遠い異国の空へと思いを馳せた。
渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので
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直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
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直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート