まぁなくても東堂ならなりそうか。
これも『存在してほしくない記憶』やね
その日、禪院直哉は吐いていた。
胃液が尽きても尚、こみ上げる嘔吐感は止まらない。
場所は禪院家の修練場。
彼の視線の先には、叩き折られた数多の木刀と、自身の遅さを嘲笑うかのような空虚な空間だけが広がっていた。
「……追いつけへん」
直哉の脳裏に焼き付いているのは、二人の怪物の背中だ。
一人は、五条悟。
現代最強の呪術師。
無限を纏い、空間を跳躍し、あらゆる常識を「才能」の一言で蹂躙する男。
彼の速度は移動ではない。
「省略」だ。
彼我の距離など、彼にとっては存在しないも同然だった。
そしてもう一人は、水都梨那。
近年現れた、もう一人の特級。
彼女はふざけている。
戦場を舞台に見立て、スポットライトの下で踊るように呪霊を屠る。
その術式「水精操術」は、彼女が指一本動かさずとも、自動的に敵を殲滅する。
彼女のまとう空気は、直哉を、鼻で笑うかのよう(被害妄想)に軽薄で「僕の舞台(セカイ)に、君の速度は追いつけるかな?」 そんな幻聴が聞こえる(被害妄想)気がした。
「俺は……俺は、アッチ側に行く男や……!!」
甚爾君。
悟くん。
そして、あの女。
彼らのいる「彼岸」にたどり着くには、今のままでは駄目だ。
投射呪法?
速い?
そんなもんは慰めにもならん。
物理法則に縛られている時点で、俺は彼らに負けているんや。
直哉は鏡を見た。
そこに映るのは、端正な顔立ちの、着物を着崩した「格好いい(当社比)」男。
だが、その時。
直哉の目には、その着物が、髪の揺らぎが、手に持つ刀が、すべて「抵抗(ブレーキ)」に見えた。
「……捨てな」
直哉の中で、何かがプツリと切れた音がした。
「プライドも、見た目も、人の尊厳も。全部、空気抵抗や」
五条悟は空間を操る。
水都梨那は海のような質量で圧殺する。
なら、持たざる俺が彼らに並ぶには?
速度の極致に至るしかない。
「マッハや。音を、置き去りにするんや」
そのためには、服が邪魔だ。
皮膚が邪魔だ。
通常の繊維ではマッハの摩擦熱に耐えられない。
ならば、呪物化した特殊繊維で全身をパックし、一生脱げない縛りで強度を上げればいい。
武器を持つ腕が風を切るのが邪魔だ。
ならば、腕を使うことを禁じ、頭に流線型の槍をつければいい。
それは、人間であることを辞め、一発の「弾丸」になるという決断。
凡人が見れば狂気。
だが、彼にとってそれは、涙が出るほど純粋な「求道」だった。
「見てろや、甚爾君、悟くん……。俺は速くなる。誰よりも、何よりも」
鏡の前で、彼は自慢の金髪を撫でつけ、特殊スーツに袖を通した。
ピチリ、と肌に吸い付く感覚と共に、羞恥心が悲鳴を上げる。
だが、彼は笑った。
その姿が滑稽であればあるほど、捨てたものの大きさが証明される気がしたからだ。
「……ハッ、最高やないか」
こうして、禪院直哉は壊れた。
あるいは、「最速」という呪いに、自ら成ったのだ。
渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので
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直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
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直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート