姉妹校交流戦の少し後、高専の医務室での出来事だった。
特級術師・水都梨那が真希と真依を医務室に呼び出した事を発端としている。
ベッドに横たわる真希と真依を見下ろし、優雅に『諭示裁定カーディナル』を振った。
「君たちは美しいが、呪いの因果が少しばかり『脚本』の邪魔をしているね」
彼女の拡張術式『浸魂胎忌(しんこんたいき)』。
「原始胎海」を由来とするその力が持つ生命の再定義の力により、双子の魂にかかる「同一人物」という呪縛を洗い流した。
もとより一つの魂に二人分の質量が乗っかっていたものを本来あるべき形へ再分配しただけだ。
真人の魂を弄るような拒絶反応が出ることもなくあるべき形へ戻ったというだけなのだから。
「さあ、カーテンコールだ。君たちはもう、誰かのセット販売(バーター)じゃない」
その瞬間、真希からは中途半端な呪力が完全に消え失せ、真依には真希へ流れていた分の呪力容量がすべて還元され、構築術式を十全に扱えるだけの「真っ当な術師」へと生まれ変わった。
代償はなし。
強いて言えば、禪院家の未来が明るく?なったことくらいである。
渋谷事変後、呪霊の横行する東京。
禪院真希は、呪具を回収するために実家である禪院家の忌庫へと向かっていた。
だが、屋敷の空気は彼女が知る陰湿なそれとは異なり、どこか「諦め」と「恥辱」に満ちていた。
「……おい、なんだこの空気は」
真希が門をくぐると、すれ違う使用人や「炳」の連中が、一様に死んだ魚のような目をしている。かつて真希を嘲笑っていた彼らが、今は誰も目を合わせようとしない。
その理由はすぐに判明した。
中庭から、「甚壱君は!! 顔があかんわぁぁぁああああ⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎」という奇声と共に、銀色の光沢を放つ何かとピンク色の拳が高速で通過し、庭石を粉砕して池に突っ込んだからだ。
「……なんだあれ」
「……禪院直哉よ」
出迎えた真依が、げっそりと痩せこけた顔で答えた。
「えっ」
「あれが次期当主、特級術師・禪院直哉よ。……今の禪院家はね、『当主が全身タイツの槍人間』という事実を受け止めきれずに、集団うつ状態なの」
真希は絶句した。
父である扇も、叔父である甚壱も、権力闘争どころではなかった。
「あんな恥ずかしいモノを当主にするくらいなら、いっそ家を解体したほうがマシではないか?」
という議論さえ持ち上がっているという。
そして現在。
禪院家、忌庫。
父親である禪院扇は、抜刀する間もなく壁にめり込んでいた。
「な、バカな……貴様ら、いつの間に……」
扇の視界には、信じられない光景が広がっていた。
真希は素手で扇の刀をへし折り、真依はその横で、あろうことか「対戦車ライフル」を何もない空間から構築し、銃口を突きつけていたのだ。
「はぁ、前まで弾丸一発作るのがやっとだったのが嘘みたいよねぇ」
真依は構築したばかりの重火器を軽々と構える(肉体強化もそれなりに向上している)。
「姉さん、トドメ刺す?」
「いや、いい。こんな雑魚に構ってる暇はねぇよ」
真希は父を一瞥もしない。
彼女の肉体は、五感のすべてが研ぎ澄まされ、空気の揺らぎさえも掴めるほどになっていた。
だからこそ、「それ」が来るのがわかった。
「……来るぞ真依。すげぇ速くて、すげぇキショいのが」
そこへ、銀色の閃光と共に特級術師・禪院直哉が着地する。
衝撃波で吹き飛ぶ庭石と扇。
土煙の中から現れたのは、頭に槍をつけた全身ピチピチの槍男である。
「ハッ! 扇叔父さん、相変わらず遅いなぁ。僕が来る前に終わってしもたんか」
直哉は仁王立ちで姉妹を見下ろした。
真希は警戒して呪具を構える。
「終わらせたのお前だろ。……気をつけろ真依。アレでも腐っても特級だ。何をしてくるか分からねぇ」
「そうね。あの格好でただの体当たり馬鹿だけど……」
真依の言葉に、直哉はピクリと眉を動かした。
「あ? 誰が体当たり馬鹿やて?」
直哉はスッと右手を上げ、流れるような動作で前髪(スーツの中なので存在しないが)をかき上げる仕草をした。
「勘違いすなや。道具に頼る弱さが空気抵抗を生むんや。せやから、この五体こそが凶器であり、芸術なんや」
彼はニヤリと笑い、その手を開いて見せた。
「つまりな、君ら相手やったら術式なんか要らんちゅーことや!!」
「ッ!! 来るぞ!!」
真希が叫ぶと同時に、直哉が地面を蹴った。
術式は使っていないが、腐っても直哉。
そこそこの速さで真希の懐に潜り込む。
反撃するために拳を振り下ろそうとする真希。
「遅いわ真希ちゃん!!」
直哉の掌が真希の肩に迫る。
触れられれば動きをフリーズさせられる。
本来の直哉は、近接戦闘において「投射呪法」をフル活用してくる強敵――のはずだった。
バシュッ!!
「ぬわっ!?」
直哉の顔面に、粘り気のある何かが直撃した。
真依が構築した「超強力トリモチ弾」である。
「なんで術式使わないのよ? 私でも見える速度って舐めすぎじゃない?」
「目がッみえん!!! 前が見えへん!! ドブカスゥガァ!!」
直哉は慌てて両手で顔のトリモチを剥がそうとする。
「あっ」
ベチャッ。
直哉の両手が、顔面のトリモチにくっついた。
さらに間の悪いことに、彼自身の術式「投射呪法」が誤作動を起こす。
「ちょ、待っ……手がくっ付いてもうた……!!」
ピシィッ
直哉は自分で自分をフリーズさせてしまった。
正確には、視界を奪われ、両手が顔に張り付いた状態で投射呪法が起動しコマ割通りの動きを破ってしまったのだ。
その隙を、フィジカルギフテッドの真希が見逃すはずがない。
「……なんだコイツ。自分で自分を縛ってんのか?」
真希は呆れつつも、渾身の力を込めた拳を振りかぶる。
「オラァッ!!」
ドゴォォォン!!
真希の拳が、無防備な直哉の腹部(ピチピチスーツ越し)にめり込む。
手が使える直哉であれば、本来なら受け身を取るなりガードするなりできたはずだ。
しかし、現在は「顔のトリモチと手が癒着してパニック状態」である。
「ぐえぇぇぇッ!!? 痛ったぁ……!! 手ぇ!! 手が離れへん!!」
吹き飛ぶ直哉。 彼は地面を転がりながら、必死に手をバタつかせようとするが、トリモチの粘着力とパニックでまるで「一人相撲」を取っているようだ。
「真依、追撃だ」
「了解。……ほんと、見掛け倒しね」
真依は冷ややかな目で、次々と「大量のスーパーボール」を構築してばら撒いた。
「ひぃっ!? 足元が!! 足元が不安定や!! 何が起きてんねん!!」
直哉が立ち上がろうとすると、スーパーボールに足を取られ、ツルッ、ステンッ、と派手に転倒する。
手が使えればバランスを取れるはずだが、その手はまだ顔のトリモチと格闘中だ。
「くそっ、離れろや!! 僕の手ぇ!! これじゃマッハが出せへんやろがい!!」
「出させるかよ」
真希が追いつき、倒れている直哉の頭の槍を掴んだ。
「お前、これ便利だな。持ち手か?」
「ちゃうわ!! それは僕の魂の象徴……あだだだだッ!! 首!! 首の角度がヤバい!!」
真希は槍を掴んで直哉を振り回すと、そのままハンマー投げの要領で回転を始めた。
「じゃあなッ!!」
ズドォォォォン!!
真希の手から放たれた直哉は、空の彼方へと消えていった。
手が使えるようになったのか空中でバタバタともがく姿が確認できたという。
「……あいつ、特級なんだよな?」
真希は額の汗を拭い、息を吐いた。
真依がライフルの銃口を下げ、クスクスと笑う。
「特級になって浮かれてたんでしょ。……ま、これで少しは静かになるでしょ」
「ねえ姉さん。禪院家、どうする?」
「壊す。……と言いたいところだが、直哉がああなっちまった以上、もう終わったも同然だろ」
真希は笑った。
「これからは好きにするさ。真依、お前はどうする?」
「私? 私は……」
真依は悪戯っぽく微笑み、構築術式で小さな「指輪」を作ると、それを自分の指にはめた。
「高専の教師でも目指そうかしら。……あのピチピチよりは役に立つでしょ」
こうして、禪院家は事実上崩壊した。
当主は空へ飛び、実権を握るべき大人たちは敗北したからだ。
後に、特級術師・水都梨那はこう語っている。
「いやあ、素晴らしいハッピーエンドだね! ……え? 彼かい? 彼はハワイ沖で漁船の網に掛かっているところを保護されたそうだよ。『僕はマグロやない、特級や』とうわ言を言っていたらしいが……まあ、元気そうで何よりだ」
p.s.日間ランキング2位 hyperthanks_2026.02.09.11:35
渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので
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直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
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直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート