姉妹校交流戦の少し後、高専の医務室での出来事だった。
特級術師・水都梨那が真希と真依を医務室に呼び出した事を発端としている。
ベッドに横たわる真希と真依を見下ろし、優雅に『諭示裁定カーディナル』を振った。
「君たちは美しいが、呪いの因果が少しばかり『脚本』の邪魔をしているね」
彼女の拡張術式『浸魂胎忌(しんこんたいき)』。
「原始胎海」を由来とするその力が持つ生命の再定義の力により、双子の魂にかかる「同一人物」という呪縛を洗い流した。
もとより一つの魂に二人分の質量が乗っかっていたものを本来あるべき形へ再分配しただけだ。
真人の魂を弄るような拒絶反応が出ることもなくあるべき形へ戻ったというだけなのだから。
「さあ、カーテンコールだ。君たちはもう、誰かのセット販売(バーター)じゃない」
その瞬間、真希からは中途半端な呪力が完全に消え失せ、真依には真希へ流れていた分の呪力容量がすべて還元され、構築術式を十全に扱えるだけの「真っ当な術師」へと生まれ変わった。
代償はなし。
強いて言えば、禪院家の未来が明るく?なったことくらいである。
渋谷の街が業火と混沌に沈む中、禪院家の忌庫前は奇妙なほどの静寂に包まれていた。
「……親父はいないみたいね」
真希が眼鏡の位置を直し、大薙刀を構え直す。
背後には真衣。
二人は覚悟を決めていた。
忌庫にある呪具を持ち出すことは、実質的に禪院家への反逆を意味する。
当主直毘人亡き今、実権を握ろうとする扇や直哉との衝突は避けられない――そう思っていた。
だが、忌庫の扉の前に立っていたのは、扇でも、かつての直哉でもなかった。
そこには、銀色の何かがいた。
「……は?」
真希の口から、間の抜けた声が漏れる。
真衣に至っては、銃を構えることすら忘れて呆然と目を見開いていた。
月明かりの下、直立不動で佇む男。
全身を隙間なく覆う、濡れたように艶めかしい極薄の特殊繊維スーツ。
筋肉の繊維一本一本まで浮き彫りにするそのピチピチの装束は、常軌を逸した光沢を放っている。
手足の指の形までくっきり見えるそれは、もはや「着ている」というより「塗っている」に近い。
そして極めつけは、頭頂部である。
かつて彼が気を使っていた金髪は見る影もなく、頭のてっぺんには鋭利な『槍の穂先』が垂直に装着されていた。
避雷針か、アンテナか。
あるいは、前衛芸術の失敗作か。
「……な、直哉……?」
恐る恐る真衣が名を呼ぶ。
その銀色の物体――禪院直哉が、ゆっくりと首を回した。
かつてのような、ねっとりとした嘲りや、女を見下す不快な視線はない。
そこにあるのは、無機質なレンズのような、あるいは路傍の石ころを見るような、徹底的な「無関心」だった。
「……ああ、君らか」
声は直哉だ。
だが、その響きには抑揚がない。
「どけ。邪魔をするなら斬る」
真希が威嚇するが、直哉は微動だにしない。
以前の彼なら、「カスが」と罵り、男尊女卑の持論を垂れ流しながら襲いかかってきただろう。
だが、今の直哉は、ただ退屈そうに頭上の槍をチリンと揺らしただけだった。
「邪魔? 僕が? ……ああ、そうか」
直哉は独りごちるように呟くと、忌庫の扉から一歩横にずれた。
あまりに滑らかなその動きは、予備動作を一切感じさせない。
「好きにせえ。中にあるガラクタが欲しいんやろ? 全部持ってけ」
「……あ?」
予想外の反応に、真希は眉をひそめる。
「何のつもりだ。罠か?」
「罠? 時間の無駄や」
直哉は鼻を鳴らすことすらせず、虚空を見つめた。
その姿はあまりに滑稽な全身タイツ姿のはずなのに、彼から放たれる呪力の圧は、五条悟に匹敵するほど異質な「災害」の気配を帯びている。
「女がどうとか、三歩下がって歩けとか、そんなん言うてた頃もあったな……。けどな、真希ちゃん、真衣ちゃん。それはこっち側に立ってるやつに限るんよ」
直哉は、かつて執着していた甚爾の面影を持つ真希を見ても、何の感慨も抱いていないようだった。
「僕が目指したあっち側いうやつは、なってみたらなんて事ないもんやったよ」
彼は自分の手を――いや、空気抵抗を減らす機能美のみを追求されたピチピチの肢体を見下ろした。
「甚爾くんの背中を追って、悟くんの隣に並びたくて……僕は全てを捨てた。髪も、服も、武器も、人の尊厳もな。全部『空気抵抗』や」
「……何言ってんだ、こいつ」
真希が戦慄する。
狂っている。
以前のクズさとはベクトルが違う。
この男は、「速さ」という概念に取り憑かれ、人間であることを辞めたのだ。
直哉は静かに、けれど絶対的な事実として語りかけた。
「いつやったか悟くんがいうてたんよね。生物としての線引きがあるみたいな話。こっち側に立って見て、ようわかったわ。僕より遅い家も、君らも全部、もうどうでもええねん」
直哉にとって、今の世界は二種類しか存在しない。
自分の速度についてこられるか、止まって見えるか。
止まって見える石ころの性別や、石ころ同士の権力争いなど、彼にとっては認識するリソースすら惜しいノイズでしかなかった。
「……勝手にしいや。家がどうなろうと、扇のジジイが何を喚こうと、僕の『速度』には1ミリも影響せえへん。……ああ、せやけど」
直哉はふと、思い出したように付け加えた。
「僕が走る進路上にだけは立つなよ。轢き殺すつもりはなくても、君らミンチになってまうからな」
それだけ言い残すと、直哉は膝を軽く曲げた。
「ほな」
ドォォォォォンッ!!!!
爆音。
真希と真衣が瞬きをする暇もなく、その場から銀色の影が消滅していた。
直後、遅れてやってきた凄まじい突風が屋敷の瓦を吹き飛ばし、塀をなぎ倒し、忌庫の重厚な扉を蝶番ごとひしゃげさせる。
遥か彼方の空で、雲が一直線に断ち切れているのが見えた。
残されたのは、半壊した屋敷と、呆然と立ち尽くす姉妹だけ。
「……あいつ、何しに来たのよ」
真衣が震える声で呟く。
真希は、ひしゃげた扉の先にある忌庫を見据え、小さく息を吐き出した。
「さあな。……ただ一つ言えるのは、あいつはもう、私らの知ってる『禪院直哉』じゃない。……別の、もっとタチの悪いナニカだ」
かつて自分たちを縛り付けていた男は、その執着すらも「遅い」と切り捨て、人間を辞めた怪物となって彼岸へと走り去っていった。
姉妹は瓦礫を踏み越え、忌庫へと足を踏み入れる。
もはや、彼女たちを阻む者は誰もいなかった。
個人的にドブカスは禪院家でチヤホヤされてるところに本物をみて拗らせてただけやと思った。
拗らせてた原因が自分の弱さやとしたら強くなって仕舞えば心に余裕ができる、もしくは強さ以外がどうでも良くなるそんな感じなんじゃないかなと思って書きましや。
まぁ、実際どっちでもええねんけど3カメ使って殴られるよりはええでしょ。
渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので
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直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
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直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート