呪術廻戦in水神   作:白黒ととか

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若干のグロ注意


第◼️幕 死滅回遊編2

重力。

 

それは抗いようのない物理法則の暴力。

 

羂索の領域『胎蔵遍野』がもたらす必中の重圧は、水都梨那の華奢な体をアスファルトに縫い留め、守りの要である『原始胎海』の水さえもペシャンコに押し潰していた。

 

(死ぬ死ぬ死ぬ! 骨が折れる音したよね今!? 内臓破裂コース!? 嫌だぁぁぁこんなの聞いてないよぉおお!!)

 

内なる水都は恐怖で絶叫し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

だが、表面上の“水神”は、血の泡を吹きながらも獰猛に笑ってみせる。

 

「……ふん、重たい愛だね、夏油傑……いや、加茂憲紀と言ったか」

 

水都は震える手で『諭示裁定カーディナル』の柄を握りしめ、地面に突き立てた。それを支えに、ギチギチと悲鳴を上げる骨を無視して、ゆらりと上体を起こす。

 

「だが、君は知らないようだね……。僕の『海』に、底などないことを」

「まだ喋れるのかい? 頑丈だね」

 

羂索は眉をひそめた。

 

必中の重力は確実に彼女を捉えている。

並の術師なら既に挽肉だ。

だが、彼女の周囲にある水が――あの異質な水が、重力という事象そのものを絶えず「希釈」し、致命傷になる直前で威力を散らしている。

 

「だが、時間の問題だ。私の領域は君の水を上回る速度で重力を供給し続ける。じきに君は――」 「いいや、終わりに……するのは、僕の方さ!!」

 

水都の瞳(オッドアイ)が、極限の集中で鮮やかに輝く。

彼女は自身の足元、領域によって汚染された地面へ向けて、剣を突き刺した。

 

「拡張術式『静涙海帰(せいるいかいき)』!!」

 

その瞬間、世界から音が消えた。

ドッ、と水都を中心に爆発的な水流が渦巻いたかと思うと、それは外へ向かう衝撃波ではなく、世界そのものを浸す「色」となって広がった。

 

羂索の領域を構成する赤黒い空気が、禍々しい樹木が、薄青い透明な液体に侵食されていく。

 

「なっ……!?」

 

羂索が初めて焦りの声を上げた。

彼の領域は「閉じない領域」。

結界で空間を分断せず、現実世界(キャンバス)に直接術式(絵)を描く神業だ。

だからこそ、外からの物理的な攻撃には強い耐性があり、内側からの領域の押し合いにも有利なはずだった。

 

だが、水都がやっているのは「領域の展開」ではない。

 

「キャンバスの洗浄」だ。

 

「僕の海は、あらゆる不純物を受け入れない! 君が描いたその悪趣味な絵も、土台ごと洗い流してあげよう!」

 

(お願い消えて! 全部流れて!!)

 

ゴボボボボボ……ッ!!

 

成田空港の一角が、幻想的な海中へと変貌する。

 

羂索の背後に聳え立っていた『胎蔵遍野』の巨大な樹木――無数の顔の集合体が、水に触れた端から溶け出した。

 

苦悶の表情を浮かべていた顔たちが、まるで水彩画に水を垂らしたように輪郭を失い、ただのインク(呪力)のシミとなって霧散していく。

 

「私の領域が……溶ける……!?」

 

羂索は理解した。

 

彼女は結界を押し返しているのではない。

羂索が術式を焼き付けている「空間そのもの」を、高密度の『原始胎海』の水で満たし、術式構成を希釈・還元しているのだ。

どんなに精巧な絵画も、キャンバスごと水没させれば意味を成さない。

 

「必中効果(重力)が……消えた……」

 

重圧から解放された水都は、ふらつきながらも水面に立つ。

そこはもう、コンクリートの滑走路ではない。一面に広がる、静謐で美しい青の海原。

 

「はぁ、はぁ……どうだい、観客諸君……」

 

水都は濡れそぼった髪をかき上げ、必死に膝の震えを隠しながら、崩れ去る羂索の領域を見据えた。

 

「これがフィナーレ……『舞台』の幕引きだ」

 

羂索の領域『胎蔵遍野』が崩れ去り、禍々しい呪いの樹木が青い水へと還っていく。

 

その光景は、まるで悪夢から覚めた朝のように静謐だった。

 

水都梨那は、足首まで浸かる『原始胎海』の水面をピチャリと踏みしめ、剣をステッキのように突きながら、呆然とする羂索に向けて肩をすくめた。

 

「僕は簡易領域だの落花の情だのという技術に無縁でね。誰も教えてくれないし、上層部のミカンどもは僕みたいなのには教えたくないんだろう」

 

水都は自嘲気味に、しかしどこか誇らしげに笑う。

それは演技ではない、彼女の偽らざる本音だった。

五条悟というイレギュラーによって高専に拾われた彼女に対し、伝統と格式を重んじる呪術界上層部や御三家は冷淡だった。

 

身元不明

術式不明

そして自身を神と名乗る危険思想。

 

そんな彼女に、御三家相伝の『落花の情』や、一門相伝の『簡易領域』を伝授する者などいるはずもない。

 

「だから考えたんだよ。領域が使えなかった頃にね」

 

水都は『諭示裁定カーディナル』の切っ先で、水面に円を描くように波紋を広げた。

 

「身を守るための『屋根(簡易領域)』も、火の粉を払う『傘(落花の情)』も持たせて貰えないなら……いっそのこと、『雨雲(領域)』そのものを吹き飛ばしてしまえばいい、とね」

 

羂索は目を細め、足元の水を見下ろした。

彼の領域は結界で空間を分断しない、神業の産物だ。

本来なら、簡易領域による中和では拮抗することさえ難しい。

だが、彼女が行ったのは中和ではない。

『除去』だ。

 

「結界術という緻密なパズルは僕には難解すぎる。だから僕は、もっと単純な物理を行使することにした」

 

水都は芝居がかった仕草で両手を広げ、背後に控える『衆の水の歌い手』と共にポーズを決める。

 

「君が空間というキャンバスに『重力』という絵の具で絵を描くなら、僕はそのキャンバスごと水で洗い流して白紙に戻す。……どうだい? これなら君のような天才的な画家(術師)相手でも、対等に渡り合えるだろう?」

 

それが、拡張術式『静涙海帰(せいるいかいき)』の正体。

高度な結界術を使えないがゆえに編み出された、あまりにも大雑把で、それゆえに最強の結界術使いさえも想定していなかった「ちゃぶ台返し」。

 

「……ははっ、」

 

羂索の口から、乾いた笑いが漏れた。

 

「なるほどね。技術の洗練を放棄して、圧倒的な『質量』と『特性』のみで私の領域を踏み潰したわけだ。……面白い。実に面白いよ、水都梨那」

 

羂索の瞳に、爛々とした知的好奇心の光が宿る。

彼は自身の領域を破られたというのに、怒るどころか、新しい玩具を見つけた子供のように笑っていた。

 

「私の千年の知識にも、君のような術師はいなかった。君は……私の想像を超えている」

「ふふん、光栄だね! だが……」

 

水都は不敵な笑みを崩さないまま、内心では滝のような冷や汗を流していた。

 

(うわぁぁぁなんか気に入られた!? これ絶対ロックオンされたやつじゃん!)

 

膝がガクガクと震え出しそうなのを、必死にドレスの裾で隠し 濡れた髪をかき上げながら、ニヤリと笑った。

その笑顔は、舞台のカーテンコールに応える女優のように華やかで、そしてどこか冷徹だった。

 

「今、僕は君が見せてくれたアイデアに礼をしたい気分だよ」

 

水都は『諭示裁定カーディナル』の切っ先を、悠然と構える羂索へと向ける。

 

「術式反転による領域。僕も考えなかったわけじゃない。順転と反転をこれだけ何にも無いように入れ替えられるんだ。領域でだってできると思うだろう? でも、できなかった。」

 

負のエネルギーを掛け合わせて正のエネルギーを生む反転術式。

それをさらに領域の必中効果として付与する。

それは本来、結界の強度や術式の安定性を著しく欠くため、神業に近い技術が必要とされる。

 

「君がお手本を見せてくれたおかげだ」

 

水都の瞳の内で、演算(インスピレーション)が爆ぜる。

 

見て盗む、演じて模倣する。

 

それは役者としての彼女の真骨頂。

彼女の背後に控えていた『衆の水の歌い手』が、祈るように両手を組んだ。

 

「領域展開『泡沫緋劇(ほうまつひげき)』」

 

世界の色が変わる。 先程までの「海」ではない。

そこは、ステンドグラスから光が降り注ぐ、巨大な「大聖堂」のような空間。

そして満たされるのは、肌を刺すような重圧ではなく、包み込むような温かい水。

 

「なっ……これは……!?」

 

羂索が初めて、生理的な嫌悪ではなく、純粋な驚愕に目を見開いた。

彼の体が、温かい光に包まれている。痛みが引いていく。

だが、その「癒やし」の速度が異常すぎた。

 

「この領域には『プネウマ』が付与されている。この領域を満たす水は完全な正のエネルギーでできていて、純粋な人間には一切効果がないだろう」

 

水都は水面を滑るように歩み寄る。

その姿は白と青のドレスを纏った聖女のようであり、宣告を下す処刑人のようでもあった。

 

「この領域内ならば、死んでさえいなければどんな状態からだろうと直してみせる」

「直す……? 私を回復させてどうするつもりだい?」

 

羂索は警戒しながらも、自身の肉体(夏油傑の肉体)に異常がないか確認する。

反転術式は、呪霊相手なら猛毒だが、肉体を持つ術師相手にはただの回復だ。

夏油の肉体は回復している。傷一つない全盛期の状態へ。

 

……いや、おかしい。

 

「回復」が止まらない。

 

肉体の設計図(・・・・・・)が、夏油傑のものとズレ始めている。

 

水都は、羂索の額――その縫い目を見つめ、残酷な慈愛に満ちた声で囁いた。

 

「ところで加茂憲紀、君は脳みそだけでも死んでないんだったよね?」

 

その言葉が、羂索の思考を凍りつかせた。

 

(まさか……!!)

 

羂索の本体は「脳」だ。

彼は他人の肉体を乗っ取ることで生き永らえているが、生物としての核はあくまでその脳にある。

水都の領域『泡沫緋劇』は、対象を「あるべき姿」へと超高速で再生・治癒する。

では、肉体を失い、脳だけになって他者に寄生している生物にとっての「完治」とは何か?

 

「ぐ、あああああああッ!!?」

 

羂索が絶叫し、頭を抱えた。

夏油傑の頭蓋がきしむ。

縫い目が、内側からの圧力で弾け飛び、鮮血が噴き出した。

 

「馬鹿な……!! 肉体を……私の、千年前の肉体を再生させているのかッ!!?」

 

脳(本体)が生きているならば、そこから失われた四肢や胴体を「再生」させることこそが、究極の治療。

だが、今の彼の脳は、夏油傑という狭い頭蓋骨の中に収まっている。

物理的な矛盾(バグ)。 二つの肉体が同じ座標に存在しようとする、破滅的な圧縮と膨張。

 

「おえぇぇぇっ……が、ぁぁ……!!」

 

メキメキ、グシャアッ!!

 

夏油傑の頭部が、内側からこじ開けられるように裂けた。

 

中から溢れ出したのは、脳みそではない。

 

人間の腕、肩、そして――悍ましい形相の、性別不詳の「本来の羂索」の上半身が、夏油の首から無理やり生え出ようとしていた。

 

「素晴らしい生命力だ! これぞ生命の神秘! さあ、借り物の衣装は脱ぎ捨てて、ありのままの君で踊りたまえ!」

 

(うわぁぁグロいグロいグロい!! ナニコレ映画のエイリアン!? B級ホラーより怖いじゃん!! 想像してたのと違う画ヅラになったんだけど!?)

 

内心で悲鳴を上げながらも、水都は完璧な笑顔で、その冒涜的な「出産(再生)」を見守っていた。

特級術師・夏油傑の肉体という最強の鎧を、水都梨那は「治療」という名の暴力で剥がしてみせたのだ。

 

「……水都梨那ァァァッ!!」

 

本来の肉体を取り戻しつつある羂索――かつての加茂憲倫や虎杖香織ですらない、正体不明の術師の姿が、粘液まみれで水都を睨みつける。

だが、その肉体はまだ不完全。

 

「あ……が……、宿儺、様……」

 

最初に崩れ落ちたのは、裏梅だった。

水都の領域を満たす温かな水は、人間にとっては羊水のような心地よさをもたらす。

しかし、受肉体である裏梅にとっては、魂を肉体から無理やり剥がし取る「溶剤」でしかなかった。

 

拡張術式『浸魂胎忌(しんこんたいき)』の効果である「魂の浸透圧」による分離。

そして、傷を癒やすはずの『プネウマ(正のエネルギー)』が、呪物として固定された魂を灼き尽くす。

 

「馬鹿な……私の氷が、形を成せないなど……」

 

裏梅の体から、どす黒い霧のようなものが噴き出し、水に溶けていく。

それは千年もの間、呪いの王に仕え続けた忠義の魂。

しかし、水都の海は平等だ。

忠義も殺意も、等しく不純物として洗い流す。

 

「さようなら、氷の従者よ。次の舞台(来世)では、誰かの言いなりではなく、君自身の足で踊れるといいね」

 

水都の言葉が届いたかは定かではない。

裏梅の肉体(器)は無傷のまま、その瞳から光が消え、糸の切れた人形のように水底へと沈んでいった。

 

そして――。

 

「ぐ、ぅぅ……お、おのれ……!!」

 

夏油傑の頭部から弾き出され、粘液にまみれた醜悪な脳と未発達な肉体を晒した羂索が、水面でのたうち回っていた。

器を失ったことで、彼が支配していた数千、数万の呪霊たちが制御を失い、一斉に暴走を始める。

 

『ギャアアアア!!』 『呪ウ! 呪ウゾ!!』

 

羂索の魂の隙間から、黒い濁流のように呪霊が溢れ出そうとした。

本来なら、この場は百鬼夜行以上の地獄絵図になるはずだった。

 

ジュゥゥゥゥゥッ……!!

 

だが、溢れ出した呪霊たちは、領域内の空気に、水に触れた瞬間に蒸発していく。

この領域内は、完全な正のエネルギーで満たされた聖域。

対呪霊において、これ以上の猛毒はない。

 

「無駄だよ。僕の劇場は完全消毒されているんだ。呪霊の存在は許さない」

 

一瞬にして数千の呪霊が白い蒸気となり、消滅していく。

羂索が集めた手駒が、ただの泡となって空へ還る。

 

「私の……計画が……可能性が……!!」

 

羂索は、自身の半身とも言える呪霊たちが消えていく様を、ただ呆然と見ることしかできなかった。

 

全ての手札が尽きた。

肉体もない。

呪霊もいない。

残されたのは、本体である「脳」と、生き汚く蠢く不完全な四肢だけ。

 

水都は、水面を滑るように歩み寄り、羂索を見下ろした。

その(オッドアイ)には、侮蔑も憐憫もなく、ただ演じきる者としての静かな決意だけがあった。

 

(うぅ……気持ち悪い……夢に出そう……。でも、ここで決めなきゃ、また誰かが犠牲になる……!)

 

内心の恐怖を押し殺し、水都は『諭示裁定カーディナル』の切っ先を、羂索の本体――その脳髄へと向ける。

 

「君の千年の旅は、ここで幕引きだ」

「……待て、水都梨那! 私の知識を、この探究心をここで絶やすのか!? 私を生かせば、君の知らない呪術の真理を――」

 

羂索が何かを叫ぼうとした。

命乞いか、あるいは最期の呪詛か。

だが、水都はそれを聞く耳を持たない。

彼女は、どこまでも優雅に、そして残酷に微笑んだ。

 

「終わりだよ」

 

ザシュッ。

 

水の剣が、羂索の額(脳)を貫いた。

物理的な破壊ではない。

剣から流し込まれた超高密度の『原始胎海』の呪力が、羂索という術師の根本を侵食する。

 

「あ……、あ……?」

 

羂索は、自分が「死ぬ」ことを理解できなかった。

痛みが、遠のいていく。

いや、痛みだけではない。

 

「体を乗っ取る」という術式そのものが、「羂索」という自我の構成要素が、水に溶けてバラバラになっていく。

 

インクが海に溶けるように。 砂糖が紅茶に溶けるように。

 

水都の持つ『希釈』と『還元』の特性。

それは対象の術式構成を強制的に分解し、無害な水へと還す力。

羂索が千年かけて維持してきた「脳を渡り歩く術式」の縛りも、呪力も、全てが希釈され、意味をなさなくなる。

 

「……はは、……これ、は……面白い、な……」

 

羂索の意識が、青い海に溶けて霧散した。

史上最悪の呪術師は、肉体を残すことも、呪物になることも許されず、ただの純粋な水分となって世界に還った。

 

ピキッ

 

領域が解除される音が、静寂の中に響き渡る。 成田の空には、いつの間にか雲が切れ、眩しい朝日が差し込んでいた。

 

「……ふぅ。完璧なフィナーレだっただろう?」

 

水都は誰に言うともなく呟くと、へなへなとその場に座り込んだ。

 

(終わった……やっと終わったよぉ……! 伊地知ぃ……早く迎えに来てぇ……お腹すいたぁ……)

 

水神の演技を終えた少女の目から、ようやく年相応の涙がこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 














書いててこの時の水都の年齢って五条の2つ下だよなとか思ったが見た目少女なのでええか。


好き勝手書きすぎて時系列バラバラなのでどっかで並べ直した方がええ気がしてきた....。

渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので

  • 直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
  • 直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート
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