呪術廻戦in水神   作:白黒ととか

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夏油が振り回される世界線が見たかった。

あてんしょん

ご都合展開が多分に含まれます。


夏油生存ルート【IF】
第◼️幕 建国編【IF】


冬の空気が張り詰める呪術高専。

 

百鬼夜行を宣言しに現れた最悪の呪詛師・夏油傑と、彼を睨みつける最強の呪術師・五条悟。一触即発の空気の中、高専生たちが息を呑む静寂を破ったのは、場違いなほど軽やかなヒールの音だった。

 

「――夏油傑。君と交渉したい」

 

凛とした声が響く。

現れたのは、白髪に特徴的なオッドアイを持つ少女、水都梨那だった。

彼女は愛剣でありステッキでもある『諭示裁定カーディナル』を優雅に回し、舞台上の役者のように二人の間に割って入った。

 

そのふざけた態度に、五条が苛立ちを露わにする。

 

「何言ってんだ水都! これは僕がッ」

「五条、君は黙っててくれ」

 

水都は振り返りもせず、最強の術師を手で制した。

その背中には、普段のロールプレイとは異なる、冷ややかな覇気が漂っている。

 

「この件は僕が預かると言っているんだ。夏油傑、縛りを結ぼう。僕たちは君たちに手出ししない。君たちは僕たちに手出ししない。対等な条件で会話がしたい」

 

夏油が目を細める。

 

「……なぜだい? 特級術師である君が、高専側の人間が、私と対等に?」

 

その問いに水都が口を開こうとした瞬間、豪快な笑い声が空から降ってきた。

 

「始まってた? 遅れちゃったか。HAHA!」

 

長身の女性が、バイクのエンジン音と共に現れる。特級術師、九十九由基である。

彼女の登場に場が混乱する中、水都は大げさに肩をすくめてみせた。

 

「遅いぞ九十九。……まったく、役者が揃わないと幕も開かない」

 

水都は再び夏油に向き直り、そのオッドアイで彼を射抜くように見据えた。

 

「僕も、呪術界に入って10年弱だ。流石に気づくさ、この世界の歪さに」

 

彼女はステッキの切っ先を天に向け、そして地面へと振り下ろす。

それはまるで、腐敗した上層部と、それを見過ごす最強への断罪のように。

 

「だからこその改革だ! 大人たちはまるで役に立たない。保身と既得権益に塗れた魔窟の住人たちだ。そして――」

 

彼女はチラリと五条を見た。

 

「五条悟は下が見えない。強すぎるが故に、孤独で、全てを一人で背負い込んでいる。なら、僕がやるしかないだろう?」

 

その言葉に、五条の喉が微かに動く。

だが、言葉は出ない。

水都の言葉は、単なる演劇的なセリフ回しではなく、彼女なりの「正義」への渇望を含んでいた。

かつて水神を演じ続けた魂が、この世界の不条理に対して声を上げているかのように。

夏油は沈黙した。

猿と蔑む非術師を守る側の人間から、世界の歪みを肯定する言葉が出たことに、興味を抱いたようだった。

 

「……」

 

夏油は細い目をさらに細め、やがて口元に薄い笑みを浮かべた。

 

「いいだろう。少しだけ、耳を傾けてあげようか」

 

 

 

 

 

後日。

 

夏油が指定したのは、都心から離れた静謐な料亭の一室だった。

 

円卓を囲むのは四人。

特級呪詛師、夏油傑。

特級術師、九十九由基。

同じく特級術師、水都梨那。

そして、高専学長の夜蛾正道。

その傍らには、五条悟が仏頂面で座っていた。

 

彼は腕を組み、眉間に深い皺を刻んでいるが、一言も発しない。いや、発せないのである。

 

「……東京、京都の二か所で百鬼夜行を行うだったかい?」

 

水都が優雅に茶を啜りながら資料を広げる。

この場における五条悟には、強固な『縛り』が科されていた。

 

『五条悟は、この会談の場において一切の手出しをせず、口も出さない』

 

それが、夏油がこの場に現れるための絶対条件であり、水都が五条に強いた「脚本(シナリオ)」だった。

 

もし破れば、どのようなペナルティが発生するか分からないほどの制約を、水都は自身の術式に絡めて設定していたのだ。

 

夜蛾が冷や汗を流しながら、沈黙する五条と、不敵に微笑む夏油を交互に見る。

 

「水都……本当にこれで良かったのか」

「構わないさ、夜蛾学長。これは必要な事だ」

 

水都は『諭示裁定カーディナル』を傍らに置き、夏油に向かって微笑んだ。

その瞳は、神を演じる少女のものではなく、一人の交渉人のものだった。

 

「さて、夏油傑。君の大義、百鬼夜行……その『脚本』を少し書き換えさせてもらおうか。僕というイレギュラーな役者を交えてね」

 

五条が何か言いたげに口を歪めるが、縛りによって声は出ない。九十九が面白そうにニヤニヤと五条の背中を叩く。

 

「ま、聞こうじゃないの。世界をひっくり返すプランをさ」

 

静寂の中、水都の独壇場(ステージ)が幕を開けた。

 

「単刀直入に言おう。この『物語』のクライマックス――それは、天元と九十九由基の同化だ」

 

水都が放った言葉に、場が凍りついた。

夜蛾が吸いかけた煙草を取り落とし、当の九十九すら目を丸くして口笛を吹く。

唯一、沈黙を強いられている五条だけが、サングラスの奥で鋭い光を放ち、水都の真意を測ろうとしている。

 

「おいおい、水都ちゃん。私が一番嫌いなのがその『同化』だって知ってるだろ? 星漿体として消費されるなんて御免だね」

 

九十九が低い声で返す。その体からは特級ならではの重圧が漏れ出していた。

 

「消費? 違うな。僕が言っているのは『乗っ取り』だ」

 

水都はテーブルに広げた資料――高専の結界配置図をステッキで叩いた。

 

「天元は老いている。進化の過程で個としての自我は薄れ、最早呪霊に近い存在だ。……そこでだ、夏油傑。君の『呪霊操術』の出番だ」

 

夏油の眉がピクリと動く。

「……私の術式で、天元を取り込めと言うのかい?」

「正確には『支配権の譲渡』の補助だ。君が天元の構成情報を押さえ込み、そこに九十九由基が同化する。ただし、通常の手順ではない。『九十九由基が主導権を握り、天元の結界術のみを継承する』という、九十九由基に圧倒的有利な『縛り』を構築するんだ」

 

水都はそこで、仏頂面の五条に視線を投げた。

 

「その複雑怪奇な『縛り』と術式の編み込み……不可能を可能にするには、六眼による精密な監視と操作(オペ)が必要不可欠だ。君たち三人の特級が揃って初めて、この『神殺し』の儀式は成立する」

 

九十九がニヤリと笑った。

 

「なるほどね。人柱になるんじゃなく、私が新しい天元(システム)に成り代わるってわけか。悪くない提案だ」

「だろう? 九十九が全土の結界を掌握すれば、腐ったミカン共――上層部の命運は尽きる」

 

水都は椅子から立ち上がり、演劇のクライマックスを語るように両手を広げた。

 

「上層部の権威は、天元の結界による守護の上に成り立っている。結界の主が九十九に変われば、奴らは裸の王様だ。その時こそ――僕と新生・天元となった九十九で、物理的に総監部を破壊し尽くす」

「……過激だね」

 

夏油が静かに呟く。

だが、その瞳には光が宿っていた。

非術師を皆殺しにするよりも、遥かに現実的で、かつ呪術界の膿を出し切るプラン。

 

「まだ終わりじゃないぞ。この改革に際し、見せしめが必要だ」

 

水都の声色が、一段低くなる。

 

「加茂家を取り潰す」

「御三家の一角をか? それはまた……」

 

夜蛾が絶句する。

 

「加茂家は黒だ。歴史の闇に埋もれた『最悪の汚点』と繋がり続けている。……夏油傑、ここからは君自身の話だ」

 

水都は夏油の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「君は、自分の肉体が狙われていることを知っているかい?」

「……何?」

「君が百鬼夜行で五条に敗れ、死ぬこと。それを影で待ち望んでいるハイエナがいる。……羂索。かつて加茂憲倫と呼ばれた、脳を渡り歩く呪詛師だ」

 

水都の言葉に、夏油の背筋に冷たいものが走った。

 

「そいつの目的は、君の『呪霊操術』だ。君が死ねば、奴は君の死体を乗っ取り、君の顔で、君の声で、君の集めた家族たちを使い潰すだろう」

 

沈黙する五条の拳が、ギリと音を立てて握りしめられるのが分かった。

親友の死体を弄ばれる未来など、彼が許すはずがない。

 

「君の大義は立派だが、その果てにあるのが『寄生虫の苗床』になる結末なんて、あまりに喜劇(悲劇)だと思わないか?」

 

水都は、まるで判決を下す裁判官のように、諭示裁定カーディナルを突きつけた。

 

「選べ、夏油傑! 惨めに利用されて死ぬか、僕たちと手を組み、この歪な世界を『脚本』から書き換えるか!」

 

「そして、ここからが君への最大のプレゼントだ」

 

水都は懐から一枚の地図を取り出し、円卓の上に広げた。

それは太平洋上に浮かぶ、ある無人島の地図だった。

 

「術師のための(せかい)を作る――それが君の望みだろう? 用意したよ。僕のポケットマネーでこの無人島を一つ、丸ごと買い取っておいた」

 

あまりのスケールの大きさに、夜蛾が頭を抱えた。

夏油は眉をひそめながら地図を覗き込んだ。

 

「……島を買い取った? そこで私に、隠居でもしろと言うのかい?」

「違うさ。ここで建国するんだよ。選民された術師だけの楽園をね」

 

水都はステッキを指揮棒のように振り、高らかに宣言した。

 

「国の王は僕だ。僕の力を用い、島全体を強固な結界で覆おう。非術師は一匹たりとも入れない、完全なる聖域だ」

 

夏油の表情がわずかに緩む。

彼の理想とする世界の一端が、具体的な形として提示されたからだ。

だが、水都の次の言葉が、その微笑みを凍りつかせた。

 

「その代わり――文明の利器の使用は一切禁止だ」

「……は?」

 

夏油から素っ頓狂な声が漏れる。

水都はテーブルの上のスマートフォンや、部屋の照明、空調を大げさな仕草で指し示した。

 

「電気、ガス、水道、インターネット、衣服、建築資材、加工食品……これらは全て、君が忌み嫌う『猿』たちが長い歴史の中で積み上げ、製造し、維持しているものだ。違うかい?」

 

水都は美しい顔を夏油に近づけ、残酷な正論を突きつける。

 

「猿を殺し尽くすということは、猿が支えている文明の恩恵を全て捨てるということだ。まさか、崇高な術師様が、卑しい猿の作ったスマホで連絡を取り合い、猿の作ったシャワーを浴び、猿の作ったコンビニ弁当を食べるつもりじゃなかっただろうね?」

 

夏油の顔から血の気が引いていく。

彼は術師だけの世界を望んだが、その世界での「生活水準」が石器時代まで後退することまでは、現実的に想像していなかったのだ。

 

「猿が作ったものなんて使いたくないのだろう? なら、自分で作れよ」

 

水都は冷酷に言い放つ。

 

「発電所も、上下水道も、通信網も、農業も。すべて君たち優秀な術師だけで一から作り上げるんだ。もちろん、建築作業員も農家もいないから、特級呪術師様といえど鍬を持って畑を耕し、煉瓦を積むことになるだろうがね」

 

沈黙を貫く『縛り』の中、五条悟が肩を激しく震わせていた。

サングラスの下で爆笑しているのが手に取るように分かる。

彼は必死に笑いを噛み殺し、テーブルをバンバンと叩きたい衝動を抑えていた。

 

「どうした夏油? 顔色が悪いぞ。まさか『大義』のために、温水洗浄便座の一つも我慢できないわけではないだろう?」

「……水都、君は……」

 

夏油は引きつった笑みを浮かべ、額に青筋を浮かべた。

 

「君自身はどうするつもりなんだい? 君こそ、甘味や娯楽がないと死んでしまうような性格だろう」

「僕は『王』だからね! 特例で文明の利器を持ち込む権利がある!」

 

水都は胸を張り、悪びれもせずに言い切った。

 

「君たちはその姿を指をくわえて見ているといい。ああ、もちろん、島への入植希望者は君の『家族』たちも含めて歓迎するよ。ただし、入国審査でスマホは没収だ。さあ、どうする? 猿のいない清浄な世界で、火起こしから始めるスローライフは!」

 

それは宣戦布告よりもタチの悪い、理想と現実の乖離を突きつける嫌がらせだった。

九十九が腹を抱えて笑い出す。

 

「最高だよ水都ちゃん! 呪力からの脱却よりハードル高いじゃないか! あはははは!」

 

夏油傑は、かつてない苦虫を噛み潰したような顔で、目の前の優雅な「王」を睨みつけた。

その会談は翌日の朝まで続き夏油は諦めたようにその話を飲んだ。

 

決め手になったのは水都の存在だ。

人間か疑わしいほどの呪力量と出力、被害報告において五条の比にならない環境破壊っぷりを見せ山一つ吹き飛ばしただの、海を割っただのの逸話だらけの存在が目の前にいる少女だ。

周囲の人間も、呪術規定も無視して最短決着を好む彼女の在り方が家族に向くことを恐れた結果だった。

 

 

 

 

 

太平洋の只中。

 

チャーターした船、あるいは高専の移動手段でその海域に足を踏み入れた一同は、水平線の彼方に現れた異様な光景に言葉を失った。

 

そこは、無人島などという生易しいものではなかった。

 

白亜の壁、優雅な曲線を描く建築群、空へと伸びる巨大な塔、そして島中を巡る澄み切った水路。

それはまるで、おとぎ話の中からそのまま切り取ったような、あるいは異世界から転移してきたような「水の都」だった。

 

「ようこそ! 僕の、そして君たちの新たな王国へ!」

 

水都は上陸するなり、両手を広げて高らかに歓迎した。

港には、すでに巡水船と呼ばれるエレガントな装飾が施された小舟が、専用の水路(レール)の上に待機している。

 

「な、なんだこれは……」

 

夏油が呆然と呟く。

彼が想像していたのは、自然と共生する原始的なコミューンだった。

しかし目の前にあるのは、文明の極みのような計画都市だ。

 

「さあ、乗ってくれ。案内しよう」

 

水都に促され、困惑しながらも一行は巡水船に乗り込む。

船は音もなく滑り出し、整備された水路を優雅に進んでいく。

 

「見ての通り、上下水道は完備だ。街並みは僕の理想であるフォンテーヌを模して造らせた。美しいだろう?」

 

水都は船上から、完璧に整備された街並みを指さすが、そこには決定的に欠けているものがあった

 

 

――「人」である。

 

 

美しい街は、ゴーストタウンのように静まり返っていた。

 

「僕の国が汚いなんてありえないだろう? トイレは水洗、風呂はジャグジー付きだ。猿の文明を捨てると言っても、文化的な生活まで捨てる必要はないからね」

 

夏油は額を押さえた。

 

「……水都。これだけの設備、維持するだけで莫大なエネルギーと労力が必要だぞ。電気はどうする? ガスは? メンテナンスを行う技術者は?」

「良い質問だ、夏油傑!」

 

水都は待ってましたとばかりに指を鳴らす。

 

「言っただろう? 『猿が作ったものなんて使いたくないなら、自分で作れ』と。ハードは僕が金と呪術(コネ)で用意した。だが、中身(ソフト)を回すのは君たちの仕事だ」

 

船が巨大な宮殿――パレ・メルモニア風の建物――の前で止まる。

水都は振り返り、悪魔的な笑みを浮かべて業務命令を下した。

 

「まず、経済圏がないと不便だ。術師の銀行員でも捕まえてきたまえ。金利計算から融資の相談までできる優秀なやつをね」

「誘拐しろと言うのかい……?」

「勧誘と言ってくれ。次に、衣類だ。僕はこの美しい街でボロ布など着たくない。一流の縫製技術を持つ術師、もしくは呪詛師を連れてくるんだ。オートクチュールの店を開かせる」

 

そして、水都は街の中心にある巨大な動力炉のような施設を指さした。

 

「最後に、君が一番気にしていた電気(エネルギー)に関してだが……」

 

水都は、さも名案を思いついたかのように、夏油の肩にポンと手を置いた。

 

「君の呪霊でタービンを回し続けるといい」

「……は?」

 

夏油の動きが止まる。

隣で九十九が「ぶっ!」と吹き出し、夜蛾は天を仰いだ。

沈黙の五条は、腹を抱えて膝から崩れ落ちている。

 

「君の『呪霊操術』は素晴らしい! 数千体の呪霊を使役できるんだろう? 低級呪霊を回し車に入れて走らせれば、火力発電も原子力発電もいらない! 呪力というクリーンエネルギーで、この美しい街の全電力を賄えるんだ!」

 

「私の呪霊を……発電用のハムスターにしろと……?」

 

「嫌かい? なら、君自身が自転車を漕いで発電してもいいんだよ? 特級術師の体力なら、一晩で街中の街灯30個くらいは点くだろうさ。他には電力を生み出す呪霊でも捕まえてきたらどうだい? 発電所周りに居そうじゃないかい?」

 

水都は残酷な二択を突きつけ、優雅に髪を払った。

 

「さあ、働いてもらおうか夏油傑! 君の理想の国(ミゼラブル)を作るために! まずは呪霊を出せ、タービンを回すんだ! 今夜のお風呂を沸かすために!!」

 

絶句し、白目を剥きかける夏油。

その背中には、百鬼夜行などという野望よりも遥かに重く、過酷な「現実(労働)」がのしかかっていた。

 

「とはいえ、安心したまえ。この広大な島を巡る『巡水船』……これは公共交通機関として、特別に僕の呪力で動かすさ」

 

水都は愛剣『諭示裁定カーディナル』の柄を指先で優雅に弾いた。

キィン、と澄んだ音が水路に響き渡る。

 

「この剣に僕が割いているリソース(呪力)の1割程度を回せば、全島の交通網くらいは賄える。僕からのささやかな建国祝いだ」

 

その言葉に、沈黙を強いられている五条悟の目が、サングラス越しにカッと見開かれた。

『六眼』を持つ彼には見えていたのだ。

水都の持つ細身の剣から、奔流となって溢れ出す桁外れの呪力が。

それはさながら大瀑布のような勢いで島中の水路へと流れ込み、巨大な巡水船システムを単独で駆動させている。

 

(あの剣に注いでいる力のたった1割でこれか……!? じゃあ、本気(オリジナル)の出力はどれだけデカいんだよ)

 

五条は冷や汗を流しながら、この少女の底知れなさを改めて痛感していた。

しかし、水都はすぐに冷酷な微笑を夏油に向けた。

 

「だが、慈悲はそこまでだ。他は自分でしたまえ」

 

水都は指を折りながら、これからの夏油の「業務」を列挙し始めた。

 

「家庭用電力、上水道のポンプ、調理の熱源、夜間の照明……これらは全て、君の持つ呪霊たちに発電・動力役をやらせるんだ。なに、数千体もいるんだろう? 24時間交代制で回せば労働基準法もクリアできるさ」

「呪霊に……労働基準法……?」

 

夏油が眩暈を覚えたように手すりに手をつく。

 

「そして、衣食住だ。猿の作った服は着たくない、猿の作った飯は食いたくない。結構なことだ! ならば、早急に確保したまえ」

 

水都はステッキで虚空を指し示す。

 

「術師のシェフ、術師のパティシエ、術師の建築家、術師の清掃員、そして術師の下水処理業者をね! 君の理想郷(エデン)には、トイレの詰まりを直してくれる『猿』はいないんだぞ?」

「……」

 

夏油傑は、自身の掲げた「大義」の重さを、かつてない物理的な質量として感じていた。

術師だけの世界を作る。

それはつまり、これまで非術師(サル)に押し付けてきた社会基盤の維持管理(インフラ)を、全て特権階級であるはずの術師が肩代わりすることを意味していた。

 

「さあ、夏油傑! 百鬼夜行などという野蛮なパレードは辞めたんだ、さっそく求人広告(リクルート)の作成に取り掛かるんだ! 世界中から優秀な術師をヘッドハンティングしてくるんだよ。……あ、もちろんスマホは禁止だから、手紙か伝書鳩でも使うといい!」

「……」

 

美しい水の都で、最強の呪詛師・夏油傑は膝から崩れ落ちた。

隣で九十九由基が、「アハハ! 新しい国造り、応援してるよ夏油君!」と無責任に笑い声を上げ、五条悟は腹を抱えて甲板を転げ回っていた。

 

 

 

 

 

 

数週間後。

 

フォンテーヌ廷を模した「水の都」の広場に、夏油傑が憔悴しきった顔で戻ってきた。

 

彼の後ろには、明らかに困惑し、おどおどとした数名の男女が連れられている。

 

「……連れてきたよ、水都。君の言う『国家運営に最低限必要な人材』だ」

 

夏油の声には覇気がなく、目の下には濃い隈ができている。

非術師(サル)を殲滅する計画を練っていた頃のカリスマ性は見る影もなく、そこには中間管理職の悲哀が漂っていた。

 

「ほう! ご苦労だったね夏油傑! さあ、謁見の時間だ。僕の前に並ばせたまえ」

 

広場の中央に用意された豪奢な椅子(玉座)にふんぞり返り、水都はケーキを頬張りながら手を振った。

その横では、五条悟と九十九由基がパラソルの下で優雅に紅茶を飲んでいる。完全に観光気分だ。

 

「まずは、経済の要だ」

 

夏油に促され、スーツを着た神経質そうな男が前に出る。

 

「あ、あの……元・3級術師の……以前はメガバンクの為替部門に……」

「ほう? この国で戦闘力は必要ないが術式は?」

「『電卓(カリキュレーター)』です。触れた対象の価値を数値化し、損益分岐点を瞬時に算出できます……。上司のパワハラに耐えかねて呪詛師になろうとしていたところを、夏油様に……その、拉致……スカウトされまして」

「素晴らしい! 採用だ! 君には今日から『フォンテーヌ中央銀行』の頭取になってもらう。まずはこの国の独自通貨の発行準備と、対外為替レートの策定をしたまえ!まぁそれまでは従来通り円で行こう」

「独自通貨……?」男が絶句する。

 

「次だ! 僕の胃袋を満たすシェフとパティシエは?」

 

夏油がため息をつきながら、コックコートを着た恰幅の良い男と、若い女性を前に出した。

 

「……彼は呪詛師集団『Q』の元戦闘員だが、実家が三ツ星レストランだ。人間を切るのは下手くそだが食材を切るのは一流だ」

「彼女は……フリーの呪具職人だったが、趣味のお菓子作りが高じてパティシエールの資格を持っている。特級呪物級の激辛ケーキから、天国のようなマカロンまで作れるそうだ」

 

水都が身を乗り出した。

 

「重要だ。非常に重要だ! いいかい、僕は朝食にはこだわりのブリオッシュ、3時には極上のケーキがないと機嫌が悪くなる。もし僕の舌を満足させられなかったら……」

 

水都は指先で首を切るジェスチャーをし、ニッコリと笑った。

 

「ギロチン送りだ。」

「「ひっ……!」」 二人の料理人は震え上がった。

「もちろん冗談だ、そんなものこの国には無い。で、衣類はどうだい? この美しい街並みにジャージや呪術高専の制服なんて無粋なものは許さないよ?」

「……連れてきたさ。服飾デザイナーの術師だ。布に呪力を織り込み、簡易的な防弾・防刃機能を備えたオートクチュールを作れる」

 

夏油が指差した先には、派手な布を身体中に巻き付けた奇抜な男が立っていた。

 

「うむ、悪くないラインナップだ!」

 

水都は満足げに頷き、そして残酷な現実を突きつけた。

 

「だが夏油、これだけじゃ足りないぞ? 上水道の管理技師、ごみ収集の担当者、道路の清掃員、郵便配達員……。ああ、そうそう。僕専用の歌劇場の『脚本家』と『演出家』も必要だね」

 

夏油が膝から崩れ落ちそうになるのを、五条がニヤニヤしながら支えた。

 

「傑、頑張れよー。お前が望んだ『術師だけの世界』だろ? お前がインフラ整備しないで誰がやるんだよ」

「……悟、君は楽しそうでいいな……」

 

夏油が怨嗟の声を漏らす。

 

「当たり前だろ。僕は『縛り』で手出しできないからな。せいぜい、この素晴らしいバカンスを楽しませてもらうさ」

 

「そうとも!」

 

水都が立ち上がる。

 

「さあ夏油、休んでいる暇はないぞ! 夜には電力が落ちる。君の呪霊たちをタービン室へ送り込め! 発電のシフト表を作るんだ! それが終わったら、次は農家のスカウトだ! 術師だって飯を食わなきゃ死ぬからね!」

「……」

 

夏油傑は、悟った。

 

非術師(サル)を殺して術師だけの世界を作るということは、これまで「サル」に押し付けていた面倒事のすべてを、自分たちが背負うということなのだと。

 

「……どこで道を間違えた?……」

 

かつての特級呪詛師、夏油傑。

今の彼は、世界一多忙で、世界一苦労性な「中間管理職」として、フォンテーヌの夕日に背中を丸めていた。

 




この世界線の水都は海外任務より国内案件を受け持つことが多く本編のように海外スイーツ巡りなどできなかった。
ストレスフルで中身(転生者)成分が多めに出ており闇落ち気味で恐怖心とかがガバガバになっているのでビクビクもおどおどもしません。

スペック的には別人です。

IF水都:術式_水精操術
呪力量:本編同様 
術式範囲:本編水都>>>>>>>>IF水都 
呪力操作:本編同様 
呪力効率:本編水都<<<<IF水都
反転術式:自己完結(アウトプットできない)
領域展開:未修得
拡張術式
『静涙海帰(せいるいかいき)』

本編より対人つよつよ。
サロン・ソリティアが使えなくなる代わりにヌヴィレット(偽)が出てくるように魔改造された水精操術と、呪力強化込みで夏油並のフィジカルによるぱわーを用いた近接戦闘ができる。


割り込んだのも仕事を増やすなバカ目隠しと思いながらです。
九十九が来たのは天元乗っ取りについて普通に打ち合わせしようとしてタイミングが重なっただけ。夏油が来たからちょうどいいしこいつも巻き込んでしまおうと考えただけ。

水都と夏油の力関係について
純粋な戦闘能力で、水都>夏油
呪術的な知見で、水都>>>夏油

夏油は術師としての強さは特級ですが頭は堅かったり呪術について無知な部分があるのでその辺を水都に突かれた感じでイーブンに見える縛りでも夏油側が不利を背負っていたりします。

渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので

  • 直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
  • 直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート
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