海風が頬を撫でる、パレ・メルモニアの最上階。
眼下に広がるのは、かつて何もない無人島だった場所に築き上げられた白亜と水路の美しい王国だ。
そこでは今まさに、元・特級呪詛師である夏油傑が、配管工の術師たちを指揮して下水道の整備に奔走し、現代最強の五条悟がそれを空から眺めてゲラゲラと笑っている――そんな、奇妙で平和な日常が営まれている。
九十九由基はふと視線を水平線の彼方へと投げた。
そこには、青い空と海を分断するように、乳白色の濃霧が壁のように立ち込めている。
島を取り囲むその霧は、単なる気象現象ではない。
九十九の目には、その霧を構成する莫大な呪力の奔流がはっきりと見て取れた。
「それにしても、とんでもない結界だね。これ」
九十九が呆れたように呟く。
新生・天元として日本の全結界システムを掌握した今の彼女だからこそ、その異質さと高度さが手に取るように理解できた。
「天元の結界が『隠匿』と『拒絶』なら、君のこれは……『認識の改変』かい?」
優雅に紅茶を啜っていた水都梨那は、カップをソーサーに戻すと、自慢げにふふんと鼻を鳴らした。
「『迷いの霧』と名付けている。僕の国に、招かれざる客は不要だからね」
水都がステッキを一振りすると、眼下の霧が生き物のようにうねる。
「この霧は、非術師の認識機能に直接干渉する。船で近づこうとすれば計器が狂い、知らぬ間に進路を逆に取らされる。上空を飛ぶ飛行機から見下ろしても、そこにはただの海原が広がっているようにしか見えない」
「なるほどね。視覚的な遮断じゃなくて、脳が『そこに島はない』と勝手に処理しちゃうわけか」
九十九は感心したように口笛を吹いた。
天元の結界は、あくまで物理的・呪術的な防壁としての性質が強い。
だからこそ、力尽くでこじ開けようとする輩や、結界術の抜け道を探す者が現れる。
だが、水都の結界は違う。
そもそも「そこにある」と思わせないのだ。
存在そのものを世界から切り離す、神隠しにも似た大掛かりな結界。
「これを維持するだけでも、国家予算規模の呪力が必要なはずだよ。……土方になった夏油君じゃないけど、君のその小さな体のどこにそんな呪力があるんだい?」
「失敬な。言っただろう、僕は『王』だと」
水都は傍らに立てかけられた愛剣『諭示裁定カーディナル』の柄を愛おしげに撫でた。
その刀身からは、今もなお尽きることのない呪力が泉のように湧き出し、島の外周へと供給され続けている。
「この国を維持するインフラ、そのいくつかはこの剣(カーディナル)を通して僕が供給している。巡水船や水路を流れる水、この国を守る霧の壁もね。……ま、これでもまだ出力の数割といったところだよ」
「……底なしだね、本当に」
九十九は肩をすくめた。
天元というシステムそのものになった自分と比較しても、この少女の「個」としての出力は異常だ。
五条悟が「規格外」なら、水都梨那は「理外」。
呪術の理で動く世界に、ファンタジーの法則を持ち込んだような出鱈目さがある。
「最高のセキュリティだろ? ここではゴーグルマップも役に立たない。僕たちが許可した招待状を持つ者以外、この楽園に辿り着くことは永遠にないのさ」
水都は満足げに笑い、再びティーカップを口に運んだ。
「まぁ呼んでなくてもバカ目隠しは通れてしまうのが課題だが」
「.......。」
優雅なティータイムを楽しむ水都梨那の向かいで九十九由基は頬杖をつき、ふと真顔になって問いかけた。
「結局、水都ちゃんは何がしたかったの? 天元の乗っ取りと上層部の件はいいとして、国作ってあの二人を焚き付けてさ」
九十九の視線は鋭い。
天元のシステムを乗っ取るという大博打、御三家への圧力、そしてこの建国。
そのすべてを主導したこの少女の真意が、単なる「改革」だけにあるとは彼女には思えなかったのだ。
水都はフォークに刺したザッハトルテを口に運び、至福の表情で嚥下してから、こともなげに答えた。
「僕が働かなくてもいい世界だよ。一国一城の王になった理由は、術師を辞めるためと言うのが正解に近い」
「……は?」
九十九が目を丸くする。
崇高な理念や、呪術界の未来を憂いての行動だと思っていた答えが、あまりにも俗物的だったからだ。
しかし水都は、まるで舞台上の独白のように、朗々とその「本音」を語り始めた。
「僕はね、九十九。戦いたくないし、スイーツを食べていたいんだよ。痛いのは嫌だし、汚れるのも御免だ。なのに特級なんて肩書きがついているせいで、これまでは厄介な任務ばかり押し付けられてきた」
水都は空になったティーカップを置き、眼下の街を見下ろした。
そこには、彼女の代わりに必死に国を回している優秀な「代行者」たちがいる。
「だが、今は違う。僕は『王』だ。僕が最前線に立つ必要はないだろう? 宿儺や羂索の問題もあるが……この島には今、二人も『自称・最強』がいるんだ。彼らがなんとかすればいい」
「……あいつらに全部押し付ける気満々じゃない」
九十九が呆れたように笑う。
確かに、五条悟と、五条と並び立つ実力を取り戻しつつある夏油傑。
この二人が揃って、さらに新生天元となった九十九がバックにいれば、千年前の亡霊たちが何を企もうと、どうとでもなる戦力過剰ぶりだ。
「それが本音?」
九十九が探るように瞳を覗き込む。
少女の奥底にある、水神を演じ特級術師として戦ってきた重圧や責任感。
それらを隠すための仮面ではないのかと。
だが、水都は悪戯っぽく片目を閉じてみせた。
「ああ、本音さ。僕は『自国を守る』という最大の大義名分を得た。これからは王宮(ここ)から一歩も出ず、優雅に紅茶を飲み、彼らの働きぶりを眺めて暮らすのさ」
水都はステッキを手に取り、夕日に輝く水の都を指し示した。
「今まで働きすぎた分を、精算させてもらうさ。――さあ、次はどんなケーキを焼かせようか!」
その笑顔には一点の曇りもなかった。
世界の命運も、呪いの連鎖も、最強の二人に丸投げして。
偽りの水神は、ようやく手に入れた「ただの怠惰な少女」としての時間を、心ゆくまで謳歌するつもりなのだ。
九十九はしばらく彼女を見ていたが、やがて「かなわないね」と肩をすくめ、自分も残りのケーキにフォークを伸ばした。
建国された楽園の未来は、きっと騒がしくも甘く優しい味がするのだろう。
日本政府が何も言ってこないのは島一つ神隠しにあったためということにしました。
まぁ、術師がいれば気づけますが上層部はないなったし残った禪院と五条家は加茂家の様になりたく無いし静観決め込んでるので日本政府的には何が起きたかわからない、持ち主に聞こうにも何処にもいないでどうしようも無い状況で現実逃避的に無人島だしええかを決め込みました。
渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので
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直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
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直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート