呪術廻戦in水神   作:白黒ととか

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第2幕

気がつくと、五条悟は空港にいた。

 

「よっ」

 

声をかけると、そこには懐かしい顔があった。

 

夏油傑だ。

 

学生時代の姿のまま、呆れたようにこちらを見ている。

 

「悟。随分と早かったじゃないか」

「……まあな」

 

五条は頭をかいた。

 

ああ、そうか。僕は負けたのか。

 

あの宿儺という呪いの王に。

全ての力をぶつけて、それでも届かなかった。

 

「どうだった? 呪いの王は」

「……強かったよ。十種影法術がなくても勝てたか怪しい」

 

五条は清々しい顔で、友に語りかける。

 

悔いがないと言えば嘘になる。

 

だが、全力を出し切った心地よい疲労感があった。

 

背中を叩かれ、あるいは軽口を叩き合いながら、彼は皆が向かう「南」の方角へ歩き出そうとする。

 

「鍛えた肉体も、技術も、ひらめきも爆発力も。全部ぶつけた。それでもあっちが強かったんだから、もうしょうがない」

「満足したかい? 悟」

「ああ、楽しかったよ」

 

そう言って、五条は搭乗口へと足を向けた。 これで終わりだ。重荷を下ろして、あとは後進たちに――。

 

 

 

――。

 

 

 

唐突に、乾いた空港のロビーに水音が響いた。

 

「?」

 

夏油が怪訝な顔で足元を見る。

 

いつの間にか、空港の床が薄く水に浸っていた。

 

そして、どこからともなく、聞き覚えのある、やたらと芝居がかった高い声が響いてくる。

 

『――勝手に終わらせるなよ! ボクの舞台に、シナリオ通りのバッドエンドなんて認めないぞ!』

 

「……は?」

 

五条は足を止めた。

水かさが急速に増していく。

透明で、美しい水。

それは空港の景色を、死後の静寂を、強引に洗い流していく。

 

「あー……これは」

 

五条は苦笑した。

 

脳裏に浮かぶのは生意気で、尊大で、それでいてどこか危なっかしい特級術師。

水都梨那の顔だ。

上層部からは危険分子扱いされ、自分と同じように煙たがられている、あの「女優」。

 

水面が輝き、搭乗口への道を塞ぐように泡が立ち昇る。

 

その泡の中に、現実世界の光景が映し出された。 必死の形相でステッキを掲げ、宿儺と対峙しながら、自分の下半身と上半身を強引にくっつけようとしている彼女の姿。

 

『起きろ五条悟! キミは最強なんだろう!? 僕という神が演出する舞台で、主役が寝てるなんて許されるわけがないだろう!』

 

「……ぷっ、あはは!」

 

五条は腹を抱えて笑い出した。

夏油が驚いたように彼を見る。

 

「何がおかしいんだい、悟?」

「いや、悪い傑。どうやら『お迎え』の時間じゃなくて、『出番』の時間らしい」

 

水が五条の体を押し上げる。

南へ向かう飛行機は、まだ彼を乗せてはくれないようだ。

 

五条は振り返り、親友に手を振った。

 

「僕の生徒……じゃないな、僕の『後輩』がさ。随分と無茶な脚本(シナリオ)をご所望みたいだ」

「……そうかい」

 

夏油は少し寂しげに、けれど優しく微笑んだ。

 

「なら、精々踊ってきなよ。悟」

「ああ。アンコールに応えてくる」

 

意識が、急速に浮上する。 死の安らぎから、痛みの待つ修羅の現世へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ひっ、ひぃぃぃぃぃ! 嘘でしょ!? 斬撃が止まらないんだけど!?)

 

水都梨那の内心は、恐怖のあまり悲鳴を上げていた。

だが、その表情はあくまで不敵。

唇の端を吊り上げ、嘲るような笑みを絶やさない。

彼女は五条悟の体を守るように立ち、降り注ぐ死の雨を一身に受け止めていた。

 

「どうした、呪いの王! 芸が細かい(・・・)ぞ! もっと派手な演目はないのかい!?」

 

宿儺が指を振るうたび、不可視の斬撃『解』が空気を裂いて迫る。

だが、それらは水都の周囲に漂う『原始胎海』の呪力に触れた瞬間、パシャリとただの水飛沫となって弾け飛んだ。

術式の構成を強制的に分解し、無害な水へと還す「希釈」と「還元」。

その絶対的な防御性能が、今の彼女の生命線だ。

 

「……チッ」

 

遠距離の斬撃が通じないと見るや、宿儺の姿がブレた。

瞬速の肉薄、圧倒的な身体能力による、純粋な質量を乗せた近接戦闘。

 

「ッ――!」

 

水都は反射的に『諭示裁定カーディナル』を構える。

宿儺の拳が、彼女の剣の腹を叩いた。

岩盤にプレスされたような衝撃が腕を駆け上がり、骨がきしむ。

彼女は五条を背後に庇っているため、避けるわけにはいかない。

 

(重い重い重い! 骨折れる! ていうか折れてるかも!? 痛い痛い!)

 

「素晴らしい反応だ」

 

宿儺が嗤う。

追撃の左手が、水都の喉元へ伸びる。

その掌が触れれば、対象の強度に合わせて卸す必殺の『捌』が発動するはずだった。

 

だが。

 

ジュワッ……!

 

宿儺の指が水都の肌――その表面を覆う水の膜に触れた瞬間、術式の発動自体が不発に終わる。

ゼロ距離からの『捌』すらも、彼女の呪力特性は「ただの水」へと変えてしまうのだ。

 

「無駄だよ! 僕の前では、キミのそれは不発に終わる!」

 

水都はステッキのような細剣で宿儺の腕を強引に払い除け、刺突を繰り出す。

素人目には見えない高速の突き。

だが、宿儺はそれを最小限の動きで()なす。

 

「術式の無効化か。面白い……だが、いつまで持つ?」

 

宿儺の蹴りが水都の脇腹を捉えた。

防御の上からでも内臓が跳ねる衝撃。

水都の体がくの字に折れ、瓦礫の上を数メートル滑る。

 

「がはッ……ぅ……」

 

(もう無理、もう限界! HP(体力)へってないのに痛すぎて死ぬ! 五条先輩、まだなの!? 早く起きてよ!!)

 

水都は血の味がする口元を拭い、震える足で再び立ち上がる。

背後の五条悟へ、今なお『衆の水の歌い手』が慈愛の歌(ヒール)を注ぎ続けている。

その光が、ある一点でカッと強く輝いた。

 

「――お疲れ、水都」

 

不意に、背後からかけられた声。

それは、地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸よりも頼もしい、最強の響きだった。

 

水都が振り返ると、そこには上着を脱ぎ捨て、瑞々しい肉体を取り戻した五条悟が立っていた。

切断された胴体は完全に癒着し、その呪力出力は先刻の黒閃を経て最高潮に達している。

 

「ご、五条先輩……!」

 

泣きつきそうになるのを堪え、水都は瞬時に「特級術師・水都梨那」の顔を作る。

彼女はふん、と鼻を鳴らし、大仰な仕草で場所を譲った。

 

「遅いよ、待ちくたびれて欠伸が出そうだった。……さて、主役のお目覚めだ」

「ああ。最高の目覚ましだったよ」

 

五条が首を鳴らし、宿儺を見据える。

だが、水都は下がるどころか、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて五条の肩を叩いた。

 

「じゃあ、演者交代(キャスト・チェンジ)だバカ目隠し、そこで見ていたまえ」

「は? 俺の出番だろ」

「ああ、キミの出番さ観客としてね! いつの時代も演劇の主役は観客だろう?」

 

五条が怪訝な顔をする間もなく、水都はパチンと指を鳴らした。

 

五条を治癒していた精霊が消滅する。

同時に、水都の纏う空気が一変した。

慈愛に満ちた白の呪力から、敵を滅ぼすための攻撃的な黒き奔流へ。

 

「お披露目だ!!!」

 

ドポン、ドポン、ドポンッ!

 

虚空から溢れ出した水の中から、三体の異形が飛び出した。

 

タコ型の『ジェントルマン・アッシャー』。

タツノコ型の『シュヴァルマラン婦人』。

ヤドカリ型の『クラバレッタさん』。

 

水都が使役する、自立型の強力な式神たち。

だが、それらを召喚・維持するためには「代償」が必要だ。

通常なら水都自身の、あるいは周囲の味方の血液(HP)を削る『命を削る喝采(ブラッド・チケット)』という名の縛りが存在した。

 

「五条先輩。キミ、反転術式で元気いっぱいだよね?」

 

水都は邪悪な笑みで振り返った。

 

「――入場料(チケット代)、払ってもらうよ?」

「え、ちょっ――う゛ッ゛」

 

五条の体から、強制的に呪力と生命力が吸い上げられる。

全快したばかりの五条のHPがガクリと削れ、その対価として三体の式神たちが凶悪なまでの呪力を迸らせて、狂暴な殺意を宿儺へと向けた。

『サロンメンバー』の攻撃力は、支払われた代償に比例して跳ね上がる。

最強の術師の生命力を燃料にした今、その出力は特級呪霊すら一撃で葬るレベルだ。

水都は『諭示裁定カーディナル』を宿儺に突きつけ、高らかに宣言する。

 

「さあ、第二幕のクライマックスだ! 僕と、可愛い演者(キャスト)たちと……五条悟(オーディエンス)の財布で、盛大に踊ろうじゃないか!」

 

宿儺を取り囲む、水都と三体の式神。 実質的な4対1の構図。

宿儺が呆れたように、しかし楽しげに目を細める。

 

「多勢に無勢か。呪術師らしくない真似をする」

 

その言葉に、水都は今日一番の「イイ笑顔」で言い返した。

 

「おや? キミもやってたし(・・・・・・・・)、卑怯とは言わないだろ?」

 

魔虚羅と顎吐(アギト)を引き連れ、3対1で五条をリンチにしていた呪いの王への、痛烈な皮肉をもって水都は剣を振り下ろす。

 

号令と共に、五条悟の生命力を燃料にした、可愛らしくも凶悪な波状攻撃が宿儺へ襲いかかった。

 

「――――ッ!!」

 

真っ先に動いたのは、重甲ヤドカニ姿の『クラバレッタさん』だ。

サイズは人間より小さいまま。

だが、その突進には五条の莫大な呪力が圧縮され、質量保存の法則を無視した重戦車の如き破壊力を生み出していた。

 

ドゴォォォォンッ!!

 

宿儺が腕で受け止めるが、その衝撃に目を見開く。

 

(重い……! 見た目と質量が合っていない!)

 

足元の瓦礫が粉砕され、宿儺の体が後方へ弾き飛ばされる。

そこに追い打ちをかけるのが、アワアワタツノコ型『シュヴァルマラン婦人』だ。

プププ、とかわいい音を立てて吐き出される水弾。

だがその一発一発は、コンクリートのビルを貫通し、蜂の巣にするほどの貫通力を持っていた。

 

「チッ!」

 

宿儺は空中で身を捻り回避するが、水弾の嵐は止まらない。

さらに『ジェントルマン・アッシャー』が優雅に帽子を振ると、宿儺の足元に高密度の水流が炸裂する。

 

「ハハハハハッ! どうだい? 僕の演者(キャスト)たちの“おもてなし”は!」

 

水都は狂ったように笑いながら、自身も剣を構えて前線へ躍り出る。

 

(五条先輩が財布だと、サイズそのままでも火力がバグってるしなんとかなるかも!?)

 

宿儺が鬱陶しそうに『解』を放つ。

だが、水都が割って入り、その『原始胎海』の呪力で斬撃を無効化する。

 

「だから無駄だと言っているだろう!」

 

水都が優雅に舞うようにステップを踏み、斬撃の軌道上に割って入る。 彼女の体から溢れる『原始胎海』のオーラが、致命的な斬撃を「ただの水しぶき」へと還元して無効化した。

 

「キミの攻撃は僕には通じない! 詰みだよ、呪いの王!」

 

(か、かっこいいセリフ決まった! でも怖い! 今の斬撃、鼻先かすめたよ!? ちょっとでもタイミング遅れたら首飛んでたよ!?)

 

水都の足はガクガク震えているが、ロングスカートの裾がそれを上手く隠してくれていた。

傍目には、最強の呪いの王を相手に一歩も引かず、華麗に立ち回る「水神」そのものに見える。

 

宿儺は舌打ちをし、格闘戦へと切り替える。

呪力で強化した拳で、眼前の『クラバレッタさん』を殴り飛ばし、その隙間を縫って水都へ肉薄する。

 

「小賢しい!」

「ひっ――!」

 

水都の喉から短い悲鳴が漏れる。

速い。速すぎる。

術式無効化のバリアがあるとはいえ、純粋な質量を持った拳で殴られればタダでは済まない。

だが、その拳が水都に届く直前。

 

「あー、ごめんごめん。見てるだけって言われたけどさ」

 

ドゴォォォォンッ!!

 

宿儺の横顔に、五条悟の拳骨がめり込んだ。

『蒼』による高速移動と引力を乗せた、重い一撃。

宿儺の体がボールのように吹き飛び、廃ビルを数棟貫通して彼方へ消える。

 

「やっぱりウズウズしてきちゃってさ」

 

五条は悪びれもせず、水都の隣に並んだ。

水都はポカンと口を開け、それから抗議の声を上げる。

 

「ちょっ、バカ目隠し!? 僕の活躍の場を奪わないでくれたまえよ! あとちょっとで『かっこよくフィニッシュ』の画が撮れたのに!」

「ははっ、悪い悪い。でもほら、水都。お前一人じゃ荷が重いだろ? それに――」

 

五条は、吹き飛んだ宿儺が瓦礫の中からゆらりと立ち上がるのを見据え、獰猛に笑った。

 

「あいつを泣かすのは、僕とお前の共同作業だろ?」

 

その言葉に、水都は一瞬きょとんとし、やがて呆れたように帽子を目深に被り直した。

 

「気色悪い言い方をしないでくれたまえ……はぁ、仕方ないな。特別に共演(コラボ)を許可しよう」

 

水都が『諭示裁定カーディナル』を掲げる。

 

五条が拳を構える。

 

背後には、五条の生命力を吸ってさらに強化された三体の式神たち。

 

実質5対1。

 

史上最強の術師を相手に、現代最強の術師と、水神による、最悪で最高のカーテンコールが始まろうとしていた。

渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので

  • 直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
  • 直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート
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