呪術廻戦in水神   作:白黒ととか

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第3幕

瓦礫の山が、内側から弾け飛んだ。

 

五条悟の「赫」と「蒼」、そして水都の式神たちの波状攻撃を受け、廃墟の底に沈んでいたはずの両面宿儺。

 

だが、そこから立ち上がった姿は、先刻までの伏黒恵の面影を残した受肉体とは異質の、禍々しくも神々しい「異形」へと変貌を遂げていた。

 

右眼は仮面のような外殻に覆われ、四本の腕が阿修羅の如く広がる。腹部には大きく裂けた口が、二つ目の舌なめずりを繰り返している。

呪いの王、その全盛期の姿。

一千年前、藤原北家の「日月浄明」すら退けた、生ける天災の再臨である。

 

「……いいだろう」

 

腹の口が低く唸り、顔の口が嗤う。

二重の声が重なり、大気を震わせる。

 

「小娘、そして五条悟。貴様らの骨の髄まで味わうには、皿が少々狭いな」

 

宿儺が印を結ぶ。 それは、五条悟との戦いですら見せなかった、完全詠唱による真の領域。

 

「領域展開――『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

結界を閉じず、現実に絵の具を塗りたくる神業。

 

必中効果範囲は最大半径二百メートル。

無機物には『解』、生物には『捌』。

絶え間ない斬撃の嵐が、新宿という都市そのものをミキサーにかけるように粉砕し始めた。

 

「――ッ!!」

 

五条が即座に簡易領域、あるいは落花の情を展開しようと構える。

だが、その噴出する斬撃の暴風雨の中、一人の少女の声が凛と響き渡った。

 

「――それがキミの切り札かい?」

 

水都梨那は、四方八方から迫る死の刃を前にしても、一歩も退いていなかった。

いや、退く必要がなかった。

彼女の周囲に漂う『原始胎海』の水流が、触れる斬撃を次々と「ただの水」へと還し、無効化し続けているからだ。

 

「ならば、こちらも見せようか。……アンコールに応えるだけの価値が、今のキミにはある!」

 

水都は右手に握る『諭示裁定カーディナル』を、天へと掲げた。 その瞳の虹彩が、眩いほどの光を放つ。

 

 

 

『――原罪』

 

『――幕開け』

 

『――虚像の正義』

 

『――孤独な玉座』

 

『愛の盃』

 

「――領域展開『万海蒼宴舞(ばんかいそうえんぶ)』」

 

 

 

ドクンッ。

 

その場にいた全員――宿儺、五条、そして遠く離れたモニター室の術師たちすらも、心臓を鷲掴みにされたような圧迫感を感じた。

それは呪力という枠を超えた、惑星の鼓動にも似た重圧。

特級呪物『諭示裁定カーディナル』に封印されていた途方もないほどの呪力。

言葉通りの意味で水神、あるいは水の龍王に匹敵する力の奔流。

 

 

視界の全てが、蒼く染まる。

 

 

両面宿儺の『伏魔御廚子』が描く斬撃の嵐。

本来なら新宿の街並みを塵芥へと変えるはずのその破壊の旋律が、唐突に、そして静かに途絶えた。

いや、途絶えたのではない。

 

『飲み込まれた』のだ。

 

水都梨那は、自身の展開した領域の水面上にて、まるでワルツを踊るかのようにクルクルと回ってみせた。

その全身から放たれる青白い燐光は、彼女の「ハイ」になった精神状態をそのまま具現化したように、激しく、そして美しく燃え盛っている。

 

「あはははは! なんだいその顔は? 気分が悪そうだね、呪いの王! 千年の時を経た君でも、船酔い(・・・)はするのかな!?」

 

宿儺が膝をつき、口から呪力の嘔吐物を垂れ流す様を見下ろし、水都は愉悦に頬を紅潮させた。

そして、彼女はあえて攻撃の手を緩め、大げさに両手を広げてみせた。

 

「教えてあげよう! 今、この舞台(ステージ)で何が起きているのかを! 特別講義だ、心して聞きたまえ!」

 

水都の声が、劇場(ドーム)全体に響き渡るソプラノのように通る。

 

「第一に! この領域『万海蒼宴舞(ばんかいそうえんぶ)』には、結界が存在しない!」

 

その宣言に、苦悶の表情を浮かべる宿儺の眉がピクリと動く。

 

「君の『伏魔御廚子』とやらと同じさ。『観客の出入り自由(オープン・ハウス)』の縛りだ。キャンバスに絵を描くのではなく、現実という空間そのものを水没させる! あえて『逃走経路』を残すことで、領域の範囲を都市一つ分まで拡張し、その出力を爆発させているんだよ!」

「……逃走経路だと?」

「そうさ! 泳いで逃げたければ逃げたまえ! ――もっとも、この水がただの水であれば、の話だがね!」

 

水都はさらに畳み掛ける。

 

「第二に! 僕は『脚本の不干渉(ノン・フィクション)』という縛りを課している! この領域は、君に対して必中効果による攻撃を一切行わない!」

「……何?」

「君を直接傷つけるためのリソースを全て放棄し、その莫大な呪力を『味方へのバフ』へと全振りしているのさ!ん? ああ、勘違いしないでくれよ? この水は領域の効果じゃない僕の呪力が漏れてるだけだ」

 

水都はビシりと、背後に立つ五条悟を指差した。

 

「第三の縛り、『命を削る喝采(ブラッド・チケット)』! この領域内では、僕の演者(キャスト)(五条悟)の血を強制的に削り続ける! だがその代償として、彼は『血液の増減』による天井無しの出力を得るんだよ!」

 

五条悟の体からは、赤い蒸気のようなものが立ち昇っている。

生命力が削られる端から、バフによって強化された反転術式が瞬時に肉体を修復していく。

無限の呪力と、死線を超えた回復速度。

 

まさに無敵の永久機関。

 

「そして――ここからが君へのトドメだ!」

 

水都は『諭示裁定カーディナル』の切っ先で、足元の蒼い水を掬い上げる動作をした。

 

「この水の正体……僕自身の呪力特性の開示といこうか! HAHAHA」

 

彼女は恍惚とした表情で、残酷な真実を告げる。

 

「この水は『原始胎海』! 星の生命の源であり、あらゆる不純物を洗い流す原初の羊水だ! この海において、『術式』は希釈される!」

「希釈……」

「そう! 君の自慢の斬撃も、炎も、インクを一滴海に垂らした程度の意味しか持たない! 圧倒的な質量と密度が、君の術式構成を強制的に分解し、無害な真水へと還元してしまう!」

 

これが、宿儺の必殺の斬撃が水都に届かない理由。 黒縄や天逆鉾のような強制解除ではない。海が雨粒を飲み込むような、理不尽なまでの容量差による無効化。

 

「でもそれだけじゃないのはわかってるだろ? 喜びなよ呪いの王! 拡張術式『浸魂胎忌(しんこんたいき)』! この水は、『受肉体』にとっての猛毒だ!!」

 

宿儺が目を見開く。

体内の奥底、魂の輪郭が焼けつくような感覚の正体が、その言葉で氷解する。

 

「生命の源であるこの水は、魂の在り方を正しく定義する! 一つの器に二つの魂が混ざり合うなんて醜悪な状態(バグ)を、僕の海は許さない! 『魂の浸透圧』が、君という寄生虫を伏黒恵の肉体から物理的に引き剥がしにかかっているんだよ!!」

 

術式の開示。

 

それは呪術戦における定石にして、自身の術式効果を底上げするための「縛り」。

 

そのリスクを負ったことで、領域は広がり水都の呪力が持つ「浸透圧」が跳ね上がる。

宿儺の全身から煙が上がり、皮膚が焼け爛れるように泡立つ。

 

魂が肉体から拒絶される激痛が、呪いの王を襲う。

 

「ガ、アアアアッ……!!」

「あはははは! 聞こえるよ、君の魂の悲鳴が! さあ五条悟、フィナーレだ! 溺れかけの害虫を、君の拳で粉砕したまえ!」

了解(ウィ)。……水都、キャラ違くね?」

 

まぁいいか、と五条悟がニヤリと笑う。

五条には水都の領域による無敵のバフがかかっている。

 

もはや、それは戦いではない。 一方的な、神による「断罪」の儀式だった。

 

「すっげえな、これ。……今の僕なら、地球ごと割れるかもよ?」

「許可する! 派手にやりたまえ! 修理費は全部、バカ目隠しに請求すればいいさ!」

「僕かよ!? 半分出せよ!」

 

水都が指揮棒のように剣を振るう。

 

水都の号令に呼応し、五条悟が、そして五条の無限のHPを吸い上げて極限まで強化された三体の式神たちが、溺れる呪いの王へと殺到した。

 

「あはははは! どうしたんだい? 千年の邪悪も、母なる海の前では産声すら上げられないのかい!?」

 

水都梨那は、水面を滑るように舞いながら嘲笑する。

だが、その内心は呪力操作に必死だった。

 

(早く! 早くして五条先輩! こんな馬鹿げた呪力量垂れ流すのが精一杯なんだよ!!! 反動で僕の頭も焼き切れそうなんだから!)

 

彼女の焦燥を悟ってか、あるいは単に虐殺(ショー)を楽しんでいるのか。

全身から赤い蒸気を噴き上げる「無敵」の五条悟が、宿儺の眼前へと瞬間移動した。

 

「楽しかったよ、宿儺」

 

五条の拳が、黒く、禍々しく閃く。

水都の領域によるバフ、そして彼自身の規格外の呪力操作。

それらが収束した、極大の黒い稲妻が迸る。

 

ドゴォォォォォォォォンッ!!!!

 

宿儺の腹部の口が、そして顔面の口が同時に絶叫を上げ、砕け散った。

物理的なダメージではない。

五条の一撃が宿儺の精神を揺さぶり、水都の海がその隙間に滑り込む。

 

水都が『諭示裁定カーディナル』を振り下ろす。

巨大な水の断頭台が、宿儺の首を落とす――のではなく、その肉体から「異物」のみを濾過するように通り抜けた。

 

「オ、オエェェェェェッ!!」

 

宿儺が嘔吐する。

吐き出されたのは、胃液ではない。

赤黒い、どろりとした呪いの塊。

伏黒恵という「器」から、両面宿儺という「寄生虫」が、物理的な水圧と魂の浸透圧によって無理やり引き剥がされたのだ。

 

「小娘ェェェッ!! 貴様ァァァァッ!!」

 

肉体を失い、不定形の呪いの塊となった宿儺が、怨嗟の声を上げながら水都へと飛びかかる。

だが、肉体という器を失った魂だけの存在になれば、もはや彼はこの「原始胎海」の中ではプランクトン以下の存在だ。

 

「往生際が悪いよ呪いの王。……退場したまえ」

 

水都が冷徹に告げる。

彼女が指をパチンと鳴らすと、領域内の海水が渦を巻き、宿儺の魂を包み込んだ。

 

希釈。

 

還元。

 

呪いの王としての自我が、記憶が、力が、膨大な水量によって薄められ、無害な水へと還っていく。

 

「五条悟ォォォォ……ッ!!」

 

断末魔を残し、呪いの王は泡沫となって消え失せた。

 

「どう考えてもここで叫ぶべきはボクの名前じゃないかい? どう思うバカ目隠し」

「単純に知らないんでしょ。後その呼び方ヤメろ!野薔薇にもそう呼ばれたぞ!?」

 

後に残されたのは、水面に横たわる一人の少年。 伏黒恵。

 

「ってそんなこと言ってる場合じゃなかった!おい恵!」

 

五条が駆け寄るよりも早く、領域が解除される。

蒼い海水が光の粒子となって霧散し、新宿の廃墟が戻ってくる。

水都はその場に崩れ落ちそうになるのを、ステッキ代わりの剣で必死に支えた。

 

「……う、ん……」

 

瓦礫の上で、伏黒恵が薄く目を開けた。

その瞳は、宿儺の赤ではなく、彼本来の深い緑色に戻っていた。

 

「……五条、先生……? それに、誰ですか……?」

「よっ! おはよう恵。随分と長い反抗期だったねぇ」

 

五条がいつもの軽薄な調子で、しかし安堵に声を震わせながら伏黒の頭を鷲掴みにする。

伏黒は状況が飲み込めない様子だったが、自分の体が自由であること、そしてあの不快な同居人が消え失せていることに気づき、涙を流した。

 

「……俺、は……」

「礼はいいよ! バカ目隠しの生徒なんだろ?」

 

水都は震える足でなんとかポーズを決め、ウィンクを投げた。

その直後、限界を超えた疲労で彼女の意識が暗転する。

倒れ込む彼女の体を、五条の「無下限」が優しく受け止めた。

 

「よくやったよ、水都。」

 

新宿決戦、決着。

 

死者――零。

渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので

  • 直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
  • 直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート
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