こういう時は丁重に〜って言うんでしたっけ?
本日も快晴なり。
昼寝日和の天気に加えて、昼寝に丁度いい昼休みの時間になったのだけど、残念ながらまふゆは部活の後輩に連れて行かれたので中庭にはいない。
しかし、その代わりと言わんばかりに、わんだほいガール・凰えむとその付き添い兼保護者の穂波が僕の前に現れた。
「じーっ」
「にゃあ?」
「じぃー」
「……にゃぁ」
で、これである。
さっきから突き刺すような視線もあるし、本当に何なのだろうか。
じっと見つめられるとムズムズするから、やめてほしいんだけどなぁ。
そう思っても、残念ながらえむは「じーっ」と言いながら僕を見るのをやめない。
えむに訴えても、全く効果がないことだけは理解できた。
ここは隣にいる奏のお家の家事代行の人──じゃなかった。穂波に助けを求める視線を向けよう。
穂波さーん、同じクラスのえむをどうにかしてくださーい。
「えっと、えむちゃん。どうしてマロちゃんをじっと見てるの?」
「朝比奈センパイがいないから、少し困ってたの」
「え、どうして朝比奈先輩が?」
「マロちゃんを今、見てる人が朝比奈センパイなんだ。ちゃんとお話ししてからじゃないと、ビューンッてしてからバチャわちゃできないもんね」
「ビューン……バチャ、わちゃ……?」
えむ特有の擬音会話に穂波が困り顔で固まる。
(あちゃー、これは難易度が高そうだね)
というか、この2人の組み合わせが珍し過ぎて首を傾げてしまう。
えむだけ、穂波と別の子との組み合わせならよく見るのだけど、この2人が揃って僕の元に現れた理由がわからない。
何かヒントがなかったかと頭の中を探ってみるものの、僕の宮女の情報源は主にまふゆ。
おまけに来る頻度の高い雫と愛莉だ。2年生の情報はわかっても、1年生のイベントまでは把握できない。
(でも、1年生がソワソワしてるっぽいから、たぶん1年生だけのイベントがあるんだろうなぁ)
小学生なら『遠足』っていう遠出するイベントがあるらしいが、高校生にもそれは当て嵌まるんだろうか。
足りない情報で頭を絞っていると、穂波がハッとした顔で口を開いた。
「もしかして、臨海学校のこと?」
「うん! マロちゃんも一緒に行けたら楽しいのになーって」
(ふむ、臨海学校とな?)
ちょっと待ってほしい。記憶の隅っこの方に引っかかるものがあったから。
確かあれは……そうそう、去年のことだ。
まふゆが学校の『臨海学校』とやらで海に行くから、この日は学校には来なくていいという話を聞いたんだった。
(ん、待って。つまりそれは、学校の行事で海に行く時に僕も来ないかと誘ってるってことかい?)
それは少々、いや、猫の頭で考えても不味いんじゃなかろうか。
僕でもそう思ったのだから、そばで聞いている穂波も思い至るのは当然なわけで。
「うーん、臨海学校は学校の行事だからね。旅行ならともかく、流石に許してもらえないんじゃないかなぁ」
「やっぱりそっかぁ。小学校の時もダメだったし、センパイが許してくれても先生は別だよね……」
「残念だけど、マロちゃんとは今のうちに遊んでおこうね」
「うん、そうする。ありがとう、穂波ちゃん!」
「どういたしまして」
しょんぼりしていたえむはすぐに笑顔を取り戻して、僕の体を撫で回す。
勢いがあるように見えて、えむの撫で力は高いんだよなぁ。
えむの撫で力は僕が育てたと言っても過言ではないね。
胸を張っていると、穂波も含めた複数の視線が僕に集まった。
「それにしても、マロちゃんって朝比奈先輩の所の猫だったんだね」
(いつの間にか、そういうことになってるねぇ)
「あれ? 先輩の猫でも、学校の中にいるのってよくないんじゃ……」
「にゃー」
小さな、本当に小さな声で呟かれる、気まずそうな声。
うむ。穂波のような勘の良い常識的な子は嫌いじゃないけど、困ることもあるよね。
とりあえず、ふいっと穂波から顔を逸らして、知らんぷり。僕は猫だからわからないのにゃー。
(あっ、珍しい。大人の人だ)
そうして顔を逸らしていると、大人の女性が僕らが屯する中庭の前を素通りした。
セカセカと急いでいるみたいなのに、走るまいとしてるのは器用なことである。
「……先生も何も言わなかったし、いいのかな」
「にゃっ!」
忙しなく通り過ぎていった先生とやらを見送り、僕の穂波は顔を見合わせる。
実際は僕が透明猫さんなだけなんだけど、そういうことにしておこう。
僕は都合の良い勘違いは放置することもできる猫なのだ。
穂波が勝手に納得してくれたから、そっとしておくのもデキる猫の嗜みだね。
「──あっ、いた! おーい、ほなちゃーんっ、えむちゃーんっ」
僕が華麗なスルーを決め込んでると、今度は咲希が大手を振ってこちらにやってきた。
それに気がついたえむは僕から手を離すと、いつものポーズを決める。
「あ、咲希ちゃんだ。わんわんー、わんだほーいっ!」
「わんだほーい! うん、えむちゃんは今日も元気いっぱいだね!」
「えへへ、咲希ちゃんもとってもわんだほーいだね!」
よくわからないけど、咲希とえむはとても元気そうだ。
元気な子と元気な子が交わることが僕視点では珍しいから、光属性で消えてしまいそうだけども。
えへへー、と笑い合う2人を微笑ましそうに見つめつつも、穂波は首を傾げる。
「さっきわたし達を呼んでたけど、何かあったの?」
「ううん、用事ってわけじゃないんだけど。廊下を歩いてたら丁度、マロちゃんと一緒にいるほなちゃん達を見かけたから、何か作戦会議でもしてるのかなーって」
「作戦会議?」
「ほら、アタシ達って臨海学校で同じ班でしょ。もしかすると、その班で出す出し物の為にマロちゃんをスカウトしてるのかもって思ったの!」
咲希がキラキラとした目をこちらに向けてくるけれど、そんな事実はない。
だから、えむも『その手があったか!』と似たような目でこっちを見ないでほしい。
仮に、何かの間違いで僕が同行できたとしても『出し物』とやらに、透明猫さん状態の僕では力を貸せない。
出し物のジャンルをホラーにしても、その正体がこんなに可愛い猫だと拍子抜けするだろう。いくら考えてもやっぱり無理である。
(というわけで、僕の出演は諦めてねー)
輝く目からフイッと視線を逸らせば、僕の意図は伝わったようだ。
えむと咲希が仲良く肩を落とすので、近くで見ていた穂波は眉を下げつつも笑みを浮かべた。
「マロちゃんも嫌みたいだし、臨海学校ではわたし達で頑張ろうね」
「やっぱりダメかぁ……あっ、そうだ! 臨海学校がダメならワンダーステージに出るのはどうかなっ?」
「にゃー」
ノーセンキューでーす。
迷惑をかけている猫としては、事情を察してくれている演出家くんを困らせるようなことをしちゃいけないと思うんだ。
(というわけで、丁寧に辞退させていただこう。えむにはもう、ショーをする仲間がいるんだからそっちでね)
「そっかぁ……臨海学校ならまたマロちゃんと楽しいショーができるかなって思ったんだけどなぁ」
(う、うむ)
これはお断りして正解だったかもしれない。
幼い頃のえむなら何とかなったけど、今のえむのパワーに対抗できるのは司ぐらいだ。
ただで最近は増えてきた迷子に、ヘトヘトになっている弱々にゃんこは力不足だろう。
ごめんよ、えむ。
僕のことは置いてどんどん先に進んでいっておくれ。
「あれ、マロちゃーん?」
「どうしたんだろうね、急にぼーっとしちゃったりして」
「まるで焼きそばパンが目の前で無くなった時のいっちゃんみたいな目だよね……何かあったのかな」
(いやいや。どんな目なの、それ)
えむがおーいって手を振ってることよりも、一歌の焼きそばパンのくだりが気になって正気に戻ったよ。
僕的には一歌の焼きそばパン云々の話がとても気になるのだけど、3人にとってはそうでもないらしくて。
「そろそろ予鈴がなる時間だし、教室に戻ろっか」
「えぇ〜っ、もうそんな時間なの!?」
「らんらんビューンって、あっという間だったよね! マロちゃん、また遊ぼうねーっ!」
穂波の声を皮切りに、3人は手を振りながらも校舎の方へと向かっていった。
周囲もぼちぼちと後者に戻っており、さっき通りかかった大人の人も小走りで校舎に帰っていく。
誰も彼もが戻る流れを見送っていると、ぬっと背後から影が伸びてきた。
「──楽しそうだったね」
(ひぃっ!? ま、まふゆっ?)
足音もなく背後から忍び寄ってきた影の正体はまふゆだったらしい。
いるならいると言ってほしい。ただでさえ小さな猫の心臓がさらに縮こまったら大変だ。
「にゃぅう」
「ずっといたのに気が付いてなかったんだね」
「にゃ?」
「戻ったら鳳さんと望月さんがいたから、ずっと見てた」
……おや。
まさか、ずっと感じていた視線の正体ってまふゆなの?
恐る恐る首を傾げると、まふゆは小さく頷く。
「マロが楽しくしてたから、出るタイミングがなかった」
(えっと、ごめんね?)
「……放課後は予備校があるから」
(うむ。じゃあいつも通りにセカイで待ってるね)
僕がいつものように頷き返すと、まふゆは何も言わずに小走りで校舎に向かった。
まふゆが校舎に入ったのと同時に独特な音が聞こえてくる。どうやら僕に予定を伝える為に、ギリギリまで待ってくれていたらしい。
(相手もまふゆのことを探してたんだから、えむ達といた時に顔を出してくれてもよかったのに)
そう思ったけれど、あの3人だとまふゆも猫を被るので疲れてしまうか。
休憩時間に疲れたら午後に支障が出ちゃうかもしれないし、あれで良かったのかもしれない。
(間が悪かったとはいえ、お昼の先約はまふゆだったのに優先できなかったからなぁ……これはセカイに行く時は覚悟しないと)
今日は撫で回されるのか、違うことをされるのか。
どちらにしても今度こそはしっかりと時間が取れるように、パトロールをしておこう。
猫の先輩はこれでも、後輩のことを考えて動いているのだ。
蔑ろにはしてないって、伝わってたらいいなぁ。
☆マロ知識
わからないのにゃー、はマロの特技である。
……
・臨海学校
流石に関係のないマロは行きません。
・まるで焼きそばパンが目の前で無くなった時の目
買おうと思った好物が、目の前で売り切れてしまったような目です。悲しそうな、諦めてしまったような複雑な目をしていたのかもしれません。
・待ってた朝比奈さん
探してみれば、最初の方から待ってそうな視線があるとかないとか。