夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
――リベール王国 サニーデイル州
ブース男爵がアルフレッドのもとへ訪れて恥も外聞もなく縋り付いてから三日。
無理を押した厚かましい願いを口にしたブース男爵だったが、アルフレッドが「娘に指揮経験を積ませたい」と考えていた時期と運良く重なったため、辛くもその願いは通ることとなった。
この点において、ブースは実に運が良かったと言えるだろう。
だが、本人が棚ぼたの幸運に胸を撫で下ろしている陰で、ブースがしでかした無茶振りの尻拭いをさせられる者がいるのもまた世の常であった。
「この度は、我が父が多大なご迷惑をお掛けし……誠に申し訳ございませんでした」
急ぎスミス城へと駆け付け、村の貴族として君臨するスミス一族の構成員たちへ深々と頭を下げて回る羽目になった青年がいた。
彼の名はロイド ブース。
父親が寄親の元から帰宅したのち、事の顛末を聞かされて開いた口が塞がらなかった当人である。
なにせ、日頃からなにかと世話になっている寄親の元へとあんな情けない醜態の尻拭いを頼みに行ったというのだ。
それを知ったときのロイドの心境たるや、顔から火が出るどころの話ではなかった。
いくら寄親として頼っていいと普段言われていても、今回の件は完全に父の自怠と見栄が招いた自業自得なのだから。
(こんなことで頼りに行っても、スミス卿に呆れられるだけだと何故わからないんだ父さん……)
彼が胸中でそう頭を抱えたであろうことは想像に難くない。
家が改易となり、自分が初代として新家を興すことになったロイドは少しでも立場を繋ごうと方々へ足を運んでいた最中だった。
そんな息子の努力をよそにブースが企んだ「手柄作り」など、自分たちの立場をさらに危険へ晒す無謀な悪足掻きとしかロイドは思えなかったのだ。
「いやいや、そうかしこまらんでもいいぞ。此度のことはあの馬鹿者の独り相撲だということは皆知っておるゆえな」
頭を下げ続けるロイドに対して、今回の討伐でエミリーの補佐を務めるスミス一族の古老は呆れを含んだ苦笑を漏らしながら手を振った。
「ブースの奴がしでかしたことは奴自身が責任を取るべきことだ。なにせ、あやつは自らの手で家をつぶしおったからの。責める先すらなくしおって、あやつは破家者だ」
「それは……真に申し訳ございません。息子として、父のしでかしたことには口が塞がらぬ思いにございます」
「よい、よい。おぬしは良くわきまえているでな」
さらに小さく縮こまるロイドに対し、古老は苦笑を漏らしながら「寄親としての関係は続けてやる」と言い添えて安心させた。
「そのようなことより、討伐のことじゃ。我らも兵を出すが……だからといっておぬしが手ぶらできよったら、それで初陣などと宣うわけにはいかんぞ」
「はい! それは重々承知しております」
これは言うまでもないことだろう。
自家の兵を伴わずに他家の兵を当てにして手柄顔をされたら、いくら鷹揚と寛容を家訓としているスミス家であろうと般若の如き怒りを露わにするだろう。
「言い出した側である我らがこのようなことを聞くのは心苦しいのですが、モンスターの討伐となればいったいどれほどの手勢を必要とするのでしょうか?」
ロイドは意を決して尋ねた。
中央で官僚や軍人として働くのが当然な法衣貴族の常として、ロイドは実際のモンスター退治について無知であった。
もちろん、法衣貴族とてモンスター退治をしないわけではない。
王領に住み着いた大物の討伐や軍のパトロール任務でモンスターとやりあうことなどいくらでもある。
だが、それは王軍という巨大組織を後ろ盾として行われるものであり、自らの裁量で部隊を動かすとなると皆目見当がつかないのだ。
「まあ、よっぽどの大物が発生したのでもなければ大したことはないな。普段なら騎士一騎に、村の若い衆を十人ばかし集めれば十分よ」
「なるほど……それでしたら我がブース家で十分に賄えます」
ほっとした様子でロイドは胸をなでおろす。
しかし、古老は静かに首を横に振った。
「『普段なら』といったであろうが。こたびはエミリーのためでもあるのだぞ。……実は来月の頭にエミリーが任官いたすことになった」
「お嬢様がですか? では、魔法吟味にとおられたのですね」
「うむ。よって魔導師として正式に大初位となる」
魔法吟味とは、国が行っている魔導師としての技量を見るための試験である。
一級から五級まであり、最下位の五級であっても「領主貴族として普遍的に求められる魔法技能を備えている」という証明になり、官位が与えられるのだ。
「あの程度、落ちるような者は童とていないがな。それでアルフレッドも区切りが良いとし、エミリーに経験を積ませたいと思ったから此度のことになったのだ。いつもとは違い、盛大にしなければならぬ」
「どれほどの規模になるのでしょうか?」
「少数では我が一族そのものが侮られかねぬゆえ動員をかける、わしらは槍組*1を五個、甲編成の歩兵中隊*2一個と景気づけに砲兵小隊一個を連れて行くつもりだが、おぬしはどれだけ連れてまいる気だ?」
そう言い放たれた戦力規模に、ロイドは息を呑んだ。
なんと彼らは王国が定めた軍役規定にある兵科編成の中でも、最上位にあたる甲編成を中隊規模で出せるというのだ。
いくら歩兵がもっとも低コストな兵科とはいえ、これは尋常なものではない。
領主貴族の圧倒的な戦力、その威容を突きつけられたロイドは引きつった喉で乾いた唾を飲み込んだ。
「ブース家は……私が一騎として出ます。それと……雑兵を十人、引き連れて参ります」
絞り出すように提示した戦力のあまりの貧相さに、ロイドは自嘲気味に視線を落とした。
情けなく思うのも無理はない。
寄子であるロイドは男爵であり、何もしなくとも十八歳の成人*3で初任官として少初位を得られ、正七位を極位とする官位の道が開かれている。
対する寄親のスミス家は騎士家であり、家としては位階すら持たない。
当主アルフレッドの従八位にしても、魔法吟味一級に通った魔導師個人に与えられる資格に過ぎず、スミス家の家格ではないのだ。
つまり寄子であるロイドのほうが爵位も官位も上なのに、実際の実力は逆転しているのだ。
もっとも、中央の法衣貴族が位ばかり高く弱小なのはよくある話だ。
ロイドのように、格下の家格である地方領主を寄親として頼る中央貴族など珍しくもなかった。
そうでなければ貴族としての最低限の体面も保てない家が続出していただろう。
「まあ、そんなものじゃろうな。……念のため聞くが、槍組は三頭立て*4であろうな? まさかとは思うが一頭立てで、おぬし自身は歩いて参るなどと言い出しはすまいな?」
「だ、大丈夫です! 三頭立ての槍組です!」
「おぬしの乗騎はなんだ? 王国軍制に従っておるだろうな? まさかとは思うが、馬ではなかろうな?」
「陸竜*5です、馬は荷駄用にしか使いません」
「……ふむ、安心したぞ。まがりなりにも貴族のおぬしが馬に乗って参るなど、とんだ恥晒しじゃからな。ましてや歩いて戦場に来る気だったなら、この場で縁を切っていたところだ」
古老は満足げに深く頷いた。
そう、地球では貴族などは馬に乗っていたがこの世界では違う、馬よりもはるかに優れた陸竜に跨ることこそが騎士・貴族としての最低限の威信であった。*6
もっとも、その基準も年々怪しくはなっていた。
なにせ最近の若手貴族たちの乱痴気ぶりたるや、王国の陸軍総監をして「奴らを頼りにするくらいなら国人どもを頼るわ」と頭を抱えさせるほどなのだ。
ロイドが聞いた話では、遂に年初の大評定で陸軍総監の怒りが爆発したらしい、曰く。
『陸竜指定なのにダストランナーに乗ってくる輩は、まあいい。若さゆえの暴走として許そう。やめろと言っているのにパンサー*7やらマンティコア、挙句は馬型ゴーレムで参陣する連中も、まだ可愛い方だ!』
陸軍総監の絶叫は王城に響き渡った。
『魔動車に鉄板を張り付け、後部座席をつぶしてガトリングガンや六ポンド速射砲*8を載せ「これが俺の陸竜だ!」などと言い張る馬鹿垂れも、地上を走っているだけマシだ! 騎乗してこいと言ったのに、羽ばたき飛行機械なるカラクリ竜を乗り回してくる大馬鹿者に比べればな! 役に立つ立たないではなく、陸上戦力として既定の兵科編成に従えと言っているのに、何を考えているのだあいつらは!』
このように目立ちたがりの中央法衣貴族たちが繰り出す奇行の数々は、王城の面々の胃を日々破壊し続けていた。
王家を支える藩屏である中央貴族がこれなのだ。
古老がロイドに対し、しつこいほどの確認を重ねたのも無理はない話であった。
「……よかった。軍制の規定を守っておいて……」
ともあれ、危ういところで最低限の面目を保ったロイドは、胸を撫でおろしながら深く息を吐き出すのだった。
「……おぬし本当のところは大丈夫なのか?」
「? なんのお話でございましょうか」
古老から投げかけられた唐突で重苦しい問いかけに、ロイドは首をかしげた。
「あの破家者が借入れでしくじったすえが此度のしまつであろう。兵を動かせるほどの蓄えが残っているとは思っていなかったのだが」
「……ッ?!」
その言葉を聞いた瞬間、ロイドの顔からスーッと血の気が引いた。
父親がしでかした借金、破綻しかけている家計、そして兵を動員するための膨大な費用――それらが頭の中で一つに繋がり、脳裏に最悪の事態が浮かび上がった。
「申し訳なき仕儀になりますが……急用にございますれば、私はこれで失礼いたします!」
ロイドは深々と頭を下げるなり、弾かれたように身を翻して足早に城を辞した。
スミス城の門前に停めてあった自らの魔動車――購入費用どころか維持費すらもスミス家に面倒を見てもらっているという、ブース家の無力さを象徴するような乗り物――へ飛び乗り、半ばパニック状態でエンジンをふかして王都へと引き返していく。
遠ざかっていく魔動車の爆音と、巻き上がる土煙。
それを城の回廊から見下ろす古老の顔からは、先ほどまでの好々爺とした笑みが綺麗さっぱり消え失せていた。
「あの親にしてこの子あり、か。おのれの手元すら把握しておらぬとは……ブースと違いあやつは可愛げがあるからまだ許せるが、あの有様では先はないな」
腕を組み、冷ややかな眼差しで去っていく車影を見つめる古老。
呆れを含んだ呟きは、吐き出されたため息と共に静かに風に消えていった。
城から疾走して戻ったロイドを待っていたのは、直視しがたい残酷な現実であった。
調べはすぐについた。
そして家令に見せられた帳簿の圧倒的な赤字は、ロイドの心と機嫌を瞬く間に地の底へと叩き落とした。
「若様、こちらをご覧ください。これが当家の直近の収支でございます。忌憚なく申し上げれば我が家の金蔵は床ばかりが見える有様にございまして……また、借財を引き受けてくれる商人もおらず。兵を引き連れていくなどとても……」
ロイドは額に汗を浮かべ、帳簿と家令の顔を交互に見つめた。
「……だが、今回のモンスター討伐は我が家が言い出したことなのだぞ! 今になって『できませんでした』などとなったら、これから何の面目あってスミス卿に顔見せできるというのだ!」
「でしたら……ここはスミス卿を頼る以外に道はございません」
「無理を言って陣借りをするようなものだというのに、そのうえ軍資金までねだるなど恥の上塗りではないか!」
悲痛な叫びが、がらんとした屋敷の中に虚しく響き渡る。
父の改易によって元の屋敷を没収されたブース家がいま身を寄せているこの王都の屋敷すらも、新たに屋敷を買い求められぬことを知ったスミス家が好意で提供してくれている居候先に過ぎないのだ。
首根っこを掴まれている、などという表現すらも生ぬるいほどの依存状態にあって、これ以上の借金などとてもではないがロイドのプライドが許さなかった。
だが、他にどうしようもない手立てがないことなど、ロイド自身が一番よく分かっていた。
ロイドは絶望に打ちひしがれながら、涙を呑んでスミス家へ救援の連絡を入れるのだった。
欠陥と検査(Defects and Testing)
初期の試作生命体のほとんどには、バグや短所が存在します。
本書ではこれを欠陥と呼びます。
これらはゲノムに入り込んだ遺伝的エラーや、特定の遺伝子を組み合わせたことによって予期せず生じた悪影響です。
試作判定にクリティカル成功した場合、欠陥は一切発生しません。
達成値3以上で成功した場合はマイナーな欠陥が1d/2個発生し、それ以外の成功の場合はメジャーな欠陥が1d/2個とマイナーな欠陥が1d個発生します。
マイナーな欠陥は鬱陶しいものではありますが、致命的ではありません。
動物や人間の場合、それぞれ最大-10ポイントまでの種族的な不利な特徴、テンプレート内にある特徴に対する意図しない限定、あるいは不妊のような残念な特色となります。
ガイドラインについては第2章の「意図しない不利な特徴」(p. 61)を参照してください。
細菌や植物の場合、その構築物の有用性を期待以下にしてしまうような変化(例:新しい食料用植物が特定の気候条件でしか生育できない、特定の病害虫に弱いなど)が考えられます。
メジャーな欠陥は壊滅的な結果をもたらす可能性があります。
動物や人間の場合、それぞれ-10ポイントを超える種族的な不利な特徴となります。
よくある問題としては、種族能力値へのペナルティ、低レベルの容貌(怪物的を含む)、先祖返り、病気に敏感、特殊な生理反応、などがあります。
微生物や植物の場合、メジャーな欠陥には、厳密なラボ環境下でしか生きられない、消費者(本来は有益であるはずの製品)に健康リスクをもたらす、「自然界」で急速に突然変異する、あるいはその他の決定的な欠陥が含まれる可能性があります。