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「簡単に言うと、私はこの世界の神だ。次の神にキミを推薦しにきた」
ムーディーな音楽が流れる喫茶店で、
女の顔は平然としている。
狂人、あるいは子供の戯言。
しかし、聖鶏の前の席に座った青年は、その言葉を受け流せない。
聖鶏は、半年前に青年の身に起こった不可思議な6つの事件をピタリと言い当てたのだ。
だれにも話していない、話したところで信じてもらえない怪事件。
それを「シナリオ」と呼び、青年の知らない細部まで言い当てた。
少なくとも、聖鶏は常人の範疇にいる存在ではない。
「待ってください、じゃあつまり……」
青年は唾を呑み込み、身を乗り出す。
「ぼ、僕の名前って………」
「ああ、お茶漬けを食べてたから………」
「嘘だぁ———!!」
青年、
小学生では変な名前と虐められ、周囲に抗い、否定の過程を経て肯定するに至った自分の名前が、こんな食事の最中に適当に決められたものだと信じたくない。
しかし思いあたる節が多い。6つの事件で知り合った仲間など、たいてい覚えやすい奇抜な名前が多かった。
大学の先輩に至っては
「……はぁ、とりあえず多少あなたのことを信用する気になってきました。簡単にじゃなくて、詳しくあなたの要件を教えてくれませんか」
「おお、理解が速い」
奇天烈な出来事には耐性が付いた。顔を見れば嘘を言っていないのも察せる。
菎豊はとりあえず話の続きを促した。
「キミはTRPGを知っているか?」
「知りませんが」
「何っ。……簡単に言えば、ルールが細かく決まったごっこ遊びだ。サイコロと想像力でゲームを進めていく。私は特に100年前に流行ったTRPGを好んでいた」
聖鶏の手元にさまざまなサイコロが現れる。
菎豊は6面サイコロ以外のサイコロを初めて見た。
「だから、自分が遊んだ100年前の時代のTRPGの世界を再現してもらった。最新型AI『ニルヴァーナ』に頼んで。私の遊んだセッションに沿って、この世界は作られた。キミは私が作ったプレイヤーキャラクターだ」
「……僕の行動は、全部あなたがコントロールしていたんですか」
「いやいや、私はサイコロを振っただけだ。キミの行動は全てサイコロによって決められた。私の意思は介入していない」
聖鶏は楽しそうに笑う。
「……両親より先に僕が産まれたんですか? この世界は作り物で、歴史なんて本当は存在しないんですか?」
「おいおい、そんなに深刻そうな顔をするなよ。世界にあるものは全て何かから作られたものだ。そもそも、未来に起こった出来事が過去を改変するなんて普通だろう」
「……?」
「いや、過去にタイムスリップすれば未来が変わるだろう? じゃあ未来の行動で過去が改変されるのも当然のことだ。……文明レベルが100年前の人間にはピンとこないのか?」
「あまりSFは読まないんですよ。……次の神、というのは?」
テーブルの上に乗ったコーヒーを飲んで、聖鶏は息を吐く。
「私の管理者権限を、最もいい出目を出してセッションをクリアしたキミに渡したい。管理者権限は肉体に備わってるから、キミには私の体を乗っ取ってもらうことになる」
「……それをして、あなたに何のメリットがあるんですか」
「キミに肉体を追い出された私は、キミと交代で電脳世界で面白おかしく暮らす。好きな物語の世界で生きていくなんて、みんな誰しも妄想するだろう」
話の概要は聞き終わった。
菎豊はガトーショコラをフォークで突きながら、聖鶏を見つめる。
「僕の身に降りかかった事件は、あなたが考えたんですか?」
「ん? 違うぞ。全てネットの海から拾ってきたシナリオだ」
「よかった」
あなたがシナリオを考えていたなら。
あなたを殺さないといけないところでした。
それだけ言って、菎豊はガトーショコラを口に運ぶ。
ぽたりと音がした。
聖鶏の頬を汗が伝っている。
「……このくらいの殺気でそんなに動揺するんですね。あなたがこの世界を作った普通の人ってことに信憑性が増してきました。あの事件を知っているにしてはまともすぎる……」
菎豊はガトーショコラを食べ終え、フォークを皿に置いた。
「僕はAIが作った仮想の存在なんでしょう。管理者権限とかで、無理矢理に言うこと聞かせられないんですか」
「……む、無理だ。キミには命があると定義されている。電脳人権法があるんだ。『ニルヴァーナ』で作られた人格は法で保護されている。私の一存では、この世界のどんな生き物も殺すこともできない」
「管理者って言っても窮屈な制限があるんですね。……僕が管理者になるメリットってあるんですか?」
「創造はできる。概念くらいなら付け足しても大丈夫だ。それに……私の肉体を通して、私の世界を見ることもできる」
滴り落ちる汗をようやく拭って、聖鶏は菎豊に手を差し出した。
「私とデートしよう。100年先の文明を見せてやる」
◼️◼️
「これが私の肉体だ。キミの肉体にもなる。どうだ、カスタマイズ性があるだろう」
「捏ねかけの粘土渡されてどうせいっちゅうんですか」
その場で一回転し、自分の体を見せつけてくる聖鶏。
菎豊は手入れのされていない肌に冷めた目を向ける。
「ななな何をいうか! 未来はムキムキかぽっちゃりしかいないんだから、私のようなどちらにでも転べる存在には希少価値があるんだぞ!」
「はいはい、ようござんすねぇ」
聖鶏をあしらいながら、菎豊は自分の体を見る。
半透明なホログラムの体は、幽霊のようで頼りないが、床を踏む感覚がしっかり足の裏から伝わってくる。
現実世界で活動するにあたって聖鶏が用意してくれた身体だ。
物を持ち上げたりすることはできないが、観光くらいはできる。
「もともと『ニルヴァーナ』は地図アプリのサポートとして生まれたんだ。AIを連れて歩くなんて造作もないんだよ。さて、ここが私の地元、西西東下下下高知だ」
「ちょっと待て、なんっ……なんですかそのコマンドみてぇなネーミングは」
「高知の西にできたから西高知、西高知の西にできたから西西高知。簡単だろう?」
「じゃあ下はなんだよ」
「ここ海底エレベーター群にできた町だから……」
聖鶏が窓を指刺す。
外には深い青が広がっていた。
聖鶏の家から出る。
強烈な潮の香りが菎豊の鼻をくすぐった。
街には川があり、緑があり、坂がある。街を円形に囲む壁がなければ、ここが海の中だとは思えない。
天井には星のように灯りがぶらさ上がっている。
菎豊が初めに思ったのは、街を歩く人の少なさだった。
街中での発展具合に反しているように思える。
「思ったより、人が少ないですね。文明が発展した都会なら、もっと人口があるのかと。少子化とかですか?」
「少子化はどうにかなったんだが….…ここの人口の3割は、20時間以上『ニルヴァーナ』にログインしているからな。外を出歩く人は少ないんだ」
現実世界と変わらない電脳世界を作り出せるAI。
そんなものがあれば、のめり込むのも無理はないと菎豊は思う。
「むしろ少ないくらいじゃないですか? 3割って。もっと7割くらいAIに依存するものかと思ってましたが」
「願望通りの世界を作ってくれるAIなんてものが現れたんだから、みんな期待しているのさ。この世界にはAIより、性行為より、麻薬より楽しい何かがあるんじゃないか、とね」
人気のない町を歩きながら、聖鶏は菎豊に言葉を返す。
海の底の町は酷く暗い。
カビが体に生えそうだと菎豊はぼんやり思った。
「あ、キミの電脳世界とこの世界の時間はリンクしてるからな。例え私が唐突に死んだとしてもあの世界は残るし、キミもあの世界に戻されるだけで死んだりしない」
「それを聞いて安心しましたよ。……この町、カビとかどうしてるんですか?」
「それも『ニルヴァーナ』が演算して、カビが発生しそうな場所を予知してくれるんだ。AI様様だよ」
『ニルヴァーナ』はそこまで生活に浸透しているようだ。
世界一つを演算するほどのスペックなら、日常的に使わない理由はない。
「……もうこの世界ではわからないことなんてないんじゃないですか?」
「そうでもない。例えば……死後の世界。『ニルヴァーナ』にいくら演算させても、答えを確かめようがないんだからな」
会話が途切れ、二人の間に無言の時間が続く。
しばらく歩いていると、マンションの前に掲示板があるのが見えた。
ホログラムがポップアップ表示され、情報がびっちり書き込まれている。
「『新作アニメ上映会』…… これ、棒人間すぎませんか?」
「最近のアニメはエフェクトに力を入れてるからな。キャラの方は棒人間なのが最近の流行りだ」
「100年経つと動くメモ帳時代にまで時代が遡るのか……」
しばらくポップアップ表示を見ていると、表示をかき分けて一つのポスターが掲示版の中心に現れた。
『通り魔注意!』と赤い文字で書いてある。
「なかなか消えんもんらしいな。加害欲というものは」
汚いものでも見るような目でポップアップを見る聖鶏に、菎豊は一瞬ためらったような顔をしたが、2秒後には口を開いた。
もうここしか話す機会はないと思ったのだ。
「まあ、人間なかなか消えないもんなんじゃないですか。攻撃欲求も……希死念慮も」
目じりに力を込め、聖鶏は菎豊を睨む。
怒りが半分、驚きが半分といった顔で。
「……何が、言いたい」
「僕と交代であなたが僕の世界に行ける、なんて嘘なんじゃありませんか? 理屈がピンときませんね。実際の所は……あなたの人格はどこにも行けずに消えてしまう、とか」
聖鶏の口角が下った。
手を握り締めては開き、筋肉をリラックスさせて落ち着こうと健気な努力を繰り返す。
「なんでわかるんだよ……」
「顔」
「……私の打ち込んだ文字列が! 文字起こしできない所で私の感情を察するな!!」
口外せずに菎豊の意見を肯定した聖鶏は、理不尽に暴論を振り回す。
しかし菎豊は人間で(少なくとも人権はある)、文字列ではない。ないので、口を開く。
「よくわかんないんですけど、TRPG? でしたっけ。話を聞く感じ一人ではできないですよね。……友達残して死んでいいんですか?」
「
菎豊は失言を悟る。
聖鶏は自分の世界のことは語ってくれたが、自分自身については最低限しか語らなかった。彼女のこれまでの価値観を変える言葉を、菎豊は持ち合わせていない。
「事故で死んで……そんで、生き返った」
「……は?」
一瞬生まれた思考の空白。
数秒の後、菎豊は答えに至る。
「まさか……『ニルヴァーナ』?」
「そうだ。未来を予測し、世界さえ構築するAIは死者蘇生までやってみせる。比愛は今もアニメーターとして働いているよ。わかるか? こんな世界で、本当の意味で
生きていくうちに、勝手にAIは自分のデータを学習していく。
しかし、もし自分の人格が他人のものと入れ替わったなら。
学習するデータにノイズを紛れ込ませれば、聖鶏という女をAIは完璧に模倣できなくなる。
「……それで、サイコロを使ってキャラの人格を作ったわけですか。自分の意思が一切介入しないから」
「そうだ。……後だしになって申し訳ないが……改めて問おうか。私を殺してキミの世界の神になる気はないか? 言っていなかったが、私はキミの遭遇した事件、シナリオに手を加えたことがある。私がいなければキミの戦いはもっと楽だっただろう。私を殺す理由には十分じゃないか?」
胸に手を当て、聖鶏は菎豊に迫る。
対する菎豊は冷ややかな顔だ。
「自殺に他人を巻き込まないでください」
「だが、神だ。神になれるんだぞ……!! 金銭も、寿命も、国境もキミの障害にはならなくなる!!」
「だいたい。僕は人権があるくらい、人間としてこの世界で尊重された存在なんですよね。……僕が人を殺したら、そのまま殺人罪とかほう助でこの世界の警察に捕まるんじゃないですか」
聖鶏は顎に手を当て、一瞬悩み。
間を置いて、顔を青くした。
「……そうか、そうだな、そうなるな………」
「そこ何も考えてなかったんスか」
「いや、うん、そうだ、そこまで想定できてなかった………」
地面に座り込んで冷や汗を流す聖鶏を見て、菎豊も顔を青くした。
うっかり誘いに乗っていれば地獄を見ていたらしい。
自分は何べん頼まれても聖鶏を殺す気はないが、それでもそういう択を突き付けられていた事実に震えてくる。
「私って本当にこういうところだよな~~~」と一人反省会をする聖鶏に、どう接するか菎豊は迷って5分ほど無言になった。
「……ずいぶんと、僕に期待してくれたんですね」
「え?」
「猟奇殺人鬼の人格でも作って神にすれば手っ取り早かったじゃないですか。わざわざ僕を選んでくれたあたり、あなたなりに僕の世界のことを考えてくれたのかな……と」
沈黙のあとに、聖鶏はゆっくり立ち上がる。
真っ赤になった顔は、菎豊より幼く見えた。
「……まあキミは私が振ったサイコロの中で、最も良い目を出したからな。キミになら、程度の低い現実を押し付けてもなんとかなるだろう、と……期待を……そうか、期待をしてたんだ」
聖鶏の顔に、ゆっくりと後悔の色が浮かんでくる。
菎豊は聖鶏と目を合わせた。今はもっと聖鶏のことが知りたかった。
「なんと言われようと会ったばかりの人の人生の代役やるのは無理ですよ。そもそもバレますって。……なんか、個性的な癖とかないんですか」
「ふえ? 癖……癖か。あやとりとか得意だぞ。寝ながらできる」
「寝……なんかもっとこう、真似しやすい口癖とか」
「一日三回はおっぱいいっぱいボンバイエって叫んでるが」
「もうお前こそが創作のキャラクターだろ」
あまりにもこいつの人生を真似したくない。
菎豊はホログラムの頭を掻いた。
「おぱぷぶっ」
「いま口癖を実演しなくていいんですよ!」
「ぶふっ、ぷぐぷぐっ……」
菎豊は叫んで聖鶏の顔を見た。
聖鶏の首から、大量の血が噴き出していた。
「……え?」
聖鶏の体が崩れ落ちる。
その後ろから、大柄な男が現れた。
黒いタキシードを着ており、大振りなナイフがミスマッチだった。
『通り魔注意!』のポップアップがゆらゆら揺れる。
「ん~、吾輩ジャック・ザ・リッパーの超絶技巧……観客がいないのが残念でなりません」
ジャック・ザ・リッパーと名乗った男は、菎豊のことなど見えていないようにナイフの血を拭った。
事実、見えていないのだ。
地図アプリのサポート用ホログラムにすぎない菎豊は、聖鶏以外の人間には知覚できない。
「こ、この!」
菎豊の振るった拳は男をすり抜ける。
6つの事件で叩き上げられた武術が、意味をなさない。
「聖鶏さん!!」
「あ、ぉぁ……あれ、あれ……」
倒れ伏した聖鶏に駆け寄るが、ホログラムの体では止血すらできない。
唯一声が届く聖鶏に声をかけるが、聖鶏の手の動作は緩慢としている。
「アレ、は……私と同じだ……」
「同じって何が……!」
「私と、同じように、AIで作られた人格を体にダウンロードしている……… 他人に自分の人生を任せた存在だ」
ジャック・ザ・リッパーと名乗った男は、少なくとも自認は本物のジャック・ザ・リツパーだった。
電脳の21世紀から連れてこられた、作られた殺人鬼。
「これは、運命だ……勝手に他人に期待を寄せて、自分の人生を生きようとしなかった罰…… 私はそれを、受け入れようと思う」
「バカなことを言わないで! し、死なないでください!」
「え? 死なないけど」
「えっ」
「よく見ろ、これは人口血液だよ。私の世界では首を斬られたくらいじゃ死なないんだ。それなのに首を切った後に放置するんだから、まず私の世界の住人じゃない」
聖鶏が飛び散った血液を指す。赤い血は、地面に広がった先から緑色になっていく。
「っっはぁ~~~、よ、よかった…… じゃ、警察にでも電話しましょうよ!」
「それがな、あの男の俊敏さが尋常じゃなくて困っているんだ。電脳世界の超人を体に宿しているわけで、その辺の警官だとちょっと対応できないかもしれない」
そこで、だ。
聖鶏は血の水たまりを作りながら、にんまりと笑った。
「ちょっと、まさか……」
「あの男を見て思ったね。他人に勝手に期待して自分の人生を任せるのは無責任な行為だ。だから私は改めて、他人に期待をしたいとおもう。……30分なら、私の体にキミの人格をインストールしても私の人格に悪影響はない」
30分以内に。
鍛えてもいない女の体で。
猟奇殺人鬼を止めろ。
吹っ掛けられた無理難題。
それを聞いて菎豊は獰猛に笑った。
「なんだ。ちょっとは面白いこと言えるんじゃないですか」
「たのんだぞ、タイトルロール」
「ハッ、掉尾を飾ってやりますよ」
菎豊の手が聖鶏と重なる。
0と1が交差する。
リアルと空想が混ざりあう。
これより先は———主人公のいる世界。
■■
爆音と、何かが砕ける音と、誰かの泣く声。
そんな音に包まれた、ような気がして聖鶏は目を覚ました。
「ここは……?」
「救急車の中です。とりあえず終わりましたよ」
体に繋がれたチューブを見て、聖鶏は自分が医療用ポッドに繋がれていることを察した。
「とりあえず通り魔の話を殴りながら聞いてたら元の人格が出てきたので、元の人格の悩みを聞きながら救急車呼びました。体からジャック・ザ・リッパーの人格が完全に消えるわけではないようですが、刑務所の中でちゃんと生きてくれるそうです」
「え? 何もかも完璧すぎてキモ……」
「おめー他人に期待するって言ったからには言葉に責任持てよ」
菎豊はホログラムの手を振り回し、聖鶏の顔に拳を振るった。
自分の体をすり抜けるホログラムの拳に視界を塞がれながら、聖鶏は弁明する。
「ち、ちがうんだよ。あまりにもハッピーエンドすぎて……。キミにカウンセリングができるとは思わなかった。私にどんな言葉をかけるか、それなりに迷っていたじゃないか」
「んん…… まあ、練習ができてたんですよ」
「練習?」
「僕が体験した事件の最中で、僕の友達に裏切られたことがあるんですよ」
しばらく考えて、聖鶏は思い出す。
菎豊を作り出す過程のセッションを一人で行った際、菎豊があまりにもうまく攻略しているので聖鶏がお助けNPCを離反させたことがあった。
誰かに見せるわけではないが、「キャラを甘やかしている」と言われたくなかったのだ。
(これ本当のこと言ったら殺されそうだな………)
「まあ、僕の友達とタイプが似てたから、説得もスムーズにいきまして。……まあその、なんですか。それなりに被害を出されたので、あれはクソみたいなイベントだったんですけど」
「……?」
話の要点が見えず、首を傾げる聖鶏に、菎豊は言葉を続ける。
「あなたの選択、あなたの創作が、巡り巡って通り魔やってた男を救ったじゃないですか。あなたは胸張っていいんじゃないですか?」
祈るように、菎豊は聖鶏の顔を覗き込んだ。
聖鶏は虚を突かれ、言葉を飲み込み、吐き出そうとし、さらに飲み込み……最終的に笑い声を吐き出した。
「ぷっくく、ははは!! なんだ、そんなことを気にしていたのか、ははは…… わかったよ。キミは私の誇りだ! 私ももうちょっと生きてみるから、そんなに心配するな」
「本当ですね」
菎豊は聖鶏の顔に、鼻先が触れ合うほど自分の顔を近づけて念押しした。
「本当に、生きてくれるんですね?」
「本当だとも。ほら、そろそろいい時間だ。これから病院の世話になるし、キミはキミの世界に帰りたまえ」
「約束ですよ」
聖鶏はコンタクトレンズ型のデバイスを操作し、菎豊を元の世界に返した。
ホログラムが分解され、電子の海へ帰っていく。
「……バレていたか。痛覚は共有しない設定にしていたが。上条当麻にはなれんなぁ……」
体に繋がったチューブを見ながら、聖鶏は呟く。
聖鶏の体は頸動脈を切断した程度では死なない。
人工血液が稼働し、体を生かし続ける。
しかし、それは頸動脈が切れても十分に活動できることを意味しない。
血管に大穴が空いたまま全力で体を動かせば、その分体は死へと向かう。
それがわかっていて、聖鶏は菎豊に命を預けた。
多分、通り魔風情に『最強の主人公』を無視されたのが気に食わなかったから。
「ふふ……生きる。生きるぞ。ようやく、書きたいものが、できたんだ……」
呟きながら、聖鶏は目を閉じる。
抗いがたい眠気が内から立ち上っていた。
■■
喫茶店の扉が開いた音を聞き、菎豊は顔を上げた。
店員として働いている菎豊は、お客様にいち早く笑顔を届ける義務がある。
「いらっしゃいま、せ……」
扉の前に、ポニーテールの女が立っていた。
「聖鶏さん!」
「ああ菎豊くん……私が、見えるんだね?」
「え? はい、見えますけど」
安心した顔で息を吐き出す聖鶏に、菎豊はきょとんとした顔を返す。
「ぬか喜びさせて申し訳ないんだが、まだ手術の途中なんだ。もうちょっと生きてみるというキミとの約束はいまだ果たせていない」
「……? 手術中も電子世界にログインできるんですか?」
「なんというか……私の世界、死後の世界とかがある感じらしい」
聖鶏が足元を指さす。
太ももから下が、タバコの煙のように頼りなく霞んでいた。
「私は幽霊だ。私の肉体はいまだ医療ポッドで治療中。気づけば肉体から剝がされて、コンタクトレンズデバイスで『ニルヴァーナ』の中にログインすることしかできなくなっていた。シルバーコードというのかな、線が繋がっていて肉体から離れられないんだよ」
指を7本立て、聖鶏は菎豊に迫る。
「医療用ポッドの性能からして、7日後には結果が出る。それまで、キミのそばに居させてくれないか? キミ以外に私の姿は見えない、管理者権限も使えないんだ」
「そりゃかまいませんけど……どういう理屈なんです? 魂だけの状態でAIにログインしたら電子世界でも魂の状態って」
「さっぱりわからん。
「なるほど……今は考えてもしょうがない感じのやつですか。とりあえず今は、アレをなんとかしますか」
「アレ?」
菎豊が指でテレビを指さす。
そこには海底から巨大な遺跡がせり上がってくる様子が映し出されていた。
アナウンサーが、声を震わせて遺跡の異常性を必死に訴えている。
「あれ、明らかにあなたが作った存在でしょう。知ってることをキリキリ吐いてくださいよ」
「えーと、あれ……なんだったっけ。自分の妄想をかたっぱしから具現化させてたから、何だったか思い出せない……」
「……ボケましたか父さん」
「鬼太郎はそんなこと言わないもん!!!」