ヴィイは目を閉じている   作:5734589

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幸福の発見(前編)

第五章 幸福の発見(前編)

 

それは、

勝利でも、

救出でも、

再会でもなかった。

 

手を伸ばして届くものではなく、

名を呼べば振り向くものでもない。

 

だからこそ、

エカテリーナは、

最初それを

自分の探していたものとして

数えなかった。

 

⸻

 

古い帳簿だった。

 

表紙は擦れ、

角は丸く、

何度も開かれ、

何度も閉じられた重みだけが残っている。

 

管理する者の癖で、

几帳面に並んだ文字の列。

 

その端。

 

余白に押しやられるようにして、

薄い紙が綴じ込まれていた。

 

正式な記録ではない。

 

書き足し。

覚え書き。

忘れないための走り書き。

 

⸻

 

「女児一名」

「健康」

「引き取り済」

 

それだけ。

 

署名はない。

理由もない。

 

いつの出来事なのか、

確かめる術もない。

 

ページをめくる指が止まり、

戻り、

もう一度そこへ落ちる。

 

文字は増えない。

 

⸻

 

帳簿を預けた女は、

別の棚の話をしている。

 

不足している毛布の数。

寄付の減少。

今年の冬の見通し。

 

生活が続いている。

 

紙の上の三行は、

その流れに引っかからない。

 

⸻

 

エカテリーナは、

礼を言い、

帳簿を閉じた。

 

閉じたはずなのに、

指先に、

まだ紙の感触が残っている。

 

⸻

 

外へ出る。

 

昼の光が、

建物の輪郭をはっきりさせる。

 

遠くで、

荷車の軋む音がする。

 

誰も急いでいない。

 

世界は、

何も知らない顔で回っている。

 

⸻

 

「女児一名」

 

それ以上の情報はない。

 

ないはずなのに、

彼女の足は、

次に向かう場所を

もう決めていた。

 

⸻

 

町は小さかった。

 

道は狭く、

洗濯物が頭の上を渡り、

パンを焼く匂いが

どの家からも同じように流れてくる。

 

兵士の影はない。

 

演説も、

旗も、

ない。

 

⸻

 

彼女は、

遠くから見た。

 

近づかなかった。

声も、かけなかった。

 

門柱に手を置き、

体重を預ける。

 

それ以上は進まない。

 

⸻

 

庭で、

子どもたちが走っている。

 

追いかけ、

逃げ、

転ぶ。

 

膝についた土を払いもせず、

顔を上げる。

 

泣き声が短く上がり、

すぐに別の音に混ざって消える。

 

笑い声。

 

誰かが名を呼ぶ。

 

また走り出す。

 

⸻

 

その中に、

探し続けた姿があった。

 

確信は、

どこにも書かれていない。

 

似ている理由も、

説明できない。

 

けれど、

目が離れない。

 

⸻

 

——生きている。

 

胸の奥に落ちたその事実は、

重さを持って沈んだ。

 

跳ね返らない。

 

声にならない。

 

ただ、

そこに収まる。

 

⸻

 

すぐに、

次の光景が重なる。

 

誰かの手が伸び、

服の埃を払う。

 

遅れて叱る声。

しゃがみ込む影。

 

子どもは顔を上げ、

口を尖らせ、

すぐにその袖へ寄っていく。

 

抱き上げられる。

 

抵抗は、ない。

 

慣れている動き。

 

⸻

 

エカテリーナは、

門柱から手を離した。

 

木の表面に残った

自分の体温が、

急に他人のものになる。

 

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