ヴィイは目を閉じている   作:5734589

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母になるという裏切り(後編2)

第二章

 

母になるという裏切り(後編2)

 

探した。

 

通りの端から端まで。

石段の影。

荷の下。

桶の裏。

 

視線が不自然にならない範囲で、

しかし一つも取りこぼさないように。

 

赤子を抱いていない腕が、

探すという動作に慣れない。

 

布をめくる。

箱を覗く。

戸口に立つ。

 

どれも違う。

 

違う、

という事実だけが増えていく。

 

 

孤児院を訪ねた。

 

正面からは入らない。

裏口で足を止め、

出入りする顔を読む。

 

新しい布。

増えた洗濯物。

運び込まれる籠。

 

変化があれば、

分かるはずだった。

 

だが、

いつもと同じ朝だった。

 

診療所へも行った。

 

忙しい時間を選び、

紛れる。

 

泣き声を数える。

 

どれも、

違う。

 

市場の裏で、

荷運びに尋ねる。

 

「赤ん坊を見なかったか」

 

目を合わせない。

名も出さない。

 

返事は曖昧で、

そして軽い。

 

「さあな」

「誰かが拾ったって話は聞いた」

「泣いてなかったらしい」

 

断片。

 

掴もうとすると、

指の隙間から落ちる。

 

 

阻止派の人間は言った。

 

「ヴィイは、もう我々の手の外だ」

 

机の向こうで、

書類を整えながら。

 

視線は上がらない。

 

「帝国が始末した可能性が高い」

 

その言葉が終わる前に、

椅子が鳴った。

 

エカテリーナは立っていた。

 

「違う」

 

それしか出てこない。

 

根拠も、

反証も、

持っていない。

 

ただ、

それを受け取る形だけは

どうしても選べなかった。

 

部屋の空気が固まる。

 

それでも、

訂正は入らない。

 

 

帝国側は言った。

 

「そんな子は、存在しない」

 

記録がない。

報告もない。

 

扱う必要がない。

 

淡々とした声だった。

 

その滑らかさが、

胸の奥を削る。

 

存在しない。

 

最初から、いなかった。

 

抱いた腕の記憶だけが、

どこにも提出できない証拠として残る。

 

 

日が落ちる。

 

探す場所が減る。

 

人が減る。

 

可能性が、

減っていく。

 

エカテリーナは

ようやく一人になる。

 

壁にもたれ、

座り込む。

 

両腕を見下ろす。

 

何もない。

 

それでも、

しばらくのあいだ、

下ろすことができない。

 

まだ、

そこにいる形のまま。

 

 

夜、

一人になって、

ようやく涙が落ちた。

 

声は出なかった。

喉が、拒んだ。

 

涙だけが、

静かに流れた。

 

抱けなかった時間。

名付けられなかったこと。

守れなかった瞬間。

 

何よりも、

 

嫌いになれない

 

その事実が、

彼女を壊しかけた。

 

奪われたのに。

何も返ってこないのに。

もう、母でいられないのに。

 

それでも、

あの重さを、

あの温度を、

忘れられない。

 

ヴィイと呼ばれようが、

不吉の象徴だと言われようが、

帝国に死をもたらす因果だと恐れられようが。

 

彼女にとっては、

ただ一度、

確かに腕の中にあった命だった。

 

それだけで、

十分すぎるほどだった。

 

 

涙が止まったあとも、

彼女は動かなかった。

 

夜気が冷え、

衣服が湿る。

 

それでも、

立ち上がる理由は

一つしか残っていない。

 

確かめる。

 

生きているかどうかを。

 

それ以外の言葉は、

役に立たない。

 

エカテリーナは

ようやく腕を下ろし、

壁に手をついて立ち上がる。

 

歩ける。

 

まだ。

 

 

その誓いが、

やがて帝国と阻止派、

両方を敵に回す選択へと

繋がっていくことを、

 

彼女はまだ、知らなかった。

 

 

 

阻止派内部文書

 

内部通達/抜粋

 

対象:英雄血統保持者

 

妊娠の可能性については

最大限の注意を払うこと。

 

帝国側が先に処理した場合、

我々は

「帝国が未来を恐れ、

可能性を殺した」

という構図を確立できる。

 

もし生存が確認された場合、

それは

帝国にとっての死の象徴となる。

 

仮称:ヴィイ

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