戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる 作:嵐山田
「セルセトっ!」
レイルが倒れるのを見届けたあとでイシス嬢が俺の元へ駆け寄ってくる。
「勝ったぜイシス嬢」
正直このまま俺もぶっ倒れたいところだが、今はまだ仕事中だ。
そう言う訳にも行かない。
俺は最後の力を振り絞ってイシス嬢の方へガッツポーズをして見せる。
「……はい! 良い仕事でしたセルセト!」
すると、一瞬心配そうな表情を浮かべたものの、そんな迷いは払い去って、イシス嬢は主として一番の言葉を贈ってくれた。
そうだ、それでいいんだ。
本当なら俺の口調も「勝ちました。お嬢様」なんて言うのが正しいのかもしれないが、そこはご愛嬌だ。
「怪我は……特には無さそうだな。歩けるか?」
イシス嬢の後で、俺の様子を一通り確かめたユミアがそう言って肩を貸してくれる。
「ああ、悪いな」
「いや……良い。……よくやった、と思うぞ」
感謝を伝えてみれば、なぜか若干頬を染めたユミアは上から目線でそんなことを言ってくる。
「……お前、ほんとに可愛い奴だな」
「――っ!? なっ!? はぁぁっ!?!?」
「ふふっ、ユミアは可愛いのですわ」
「なっ! お嬢様まで……」
ああ、疲れた精神に緊張感のないやり取りが染み渡る。
傭兵時代にはあり得なかった感情だ。
まあ、それも、ここが本当の戦場ではないから、なのだが……そんなものは関係ない。
俺にとって傭兵はもう過去の話だ。
今はここが俺の戦場で職場。
イシス嬢がいて、ユミアがいて、イシス嬢を尊敬する従者たちがいて……それが当たり前なのだ。
だから俺は、今後もこの当たり前を守るために精一杯働こうと改めて思ったのだった。
「……なるほど。道理で、セルセトが、飼いならされる、わけだ……」
すると、俺の一撃を喰らって倒れていたレイルが一人呟きながら、剣を杖代わりにして立ち上がる。
おいおい、コイツどんだけタフなんだよ。
確かに騎士鎧はつけていて、剣でガードしたとはいえ、マジックウェポンの重さ×遠心力のダメージをもろに受けてただろ……。
「レイル騎士隊長、今回のことは……」
起き上がったレイルにイシス嬢が話しかければ――
「イシス・レティシア様いえ、レティシア侯爵令嬢。ご心配には、及びません。これでも私は騎士。前言を撤回するような不誠実な真似は致しません」
レイルはその先を言わせずに改めて自らの敗北を認めた。
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ、ですが……人の口に戸は立てられません。こちらの不手際で主犯格と思しき公爵も逃してしまっています。どうか、お気をつけて」
レイルの表情にはもう、あの冷徹な執行者はいない。
今の彼は俺の良く知る脳筋騎士隊長のレイルだった。
「はい、魔法を見せた以上それは覚悟の上ですわ。ですが、噂以外には心配には及びませんわ。だって私には……」
イシス嬢が一瞬言葉を止めてこちらを見た。
「頼もしい護衛がついていますから!」
そして、花の咲くような満面の笑みを浮かべながら、華奢な胸を精一杯に張ってそう言ってくれたのだった。
「ふっ……そうですね。セルセトを紹介した甲斐があったと言うものです」
「ええ、本当に。レイル騎士隊長には感謝してもしきれませんわ!」
……隣に俺がいるのに、そんなに褒めるのは止めて欲しい。
さすがの俺もそこまで絶賛されると若干の気恥しさを覚えてしまう。
「そうですか。それは良かったです。本当は我が騎士隊に欲しかった人材ですが……」
「残念ながら、もう手放すつもりはありませんわ」
「どうやら……そのようですね」
「はい!」
迷いのないその声に、思わず俺も笑みがこぼれる。
確かに、俺にこの職場を紹介……いや、半ば強制ではあったが、してくれたレイルとディアン様には感謝しなくもない。
まあ、まだあんな人を嵌めるような不意打ちで契約を結ばせたことを許したわけじゃないけどな!
「……それでは、私はこれで失礼させていただきます。問題はないと思いますが、セルセトにも休みが必要だと思いますので護衛がわりに騎士を何名か置いていきましょう」
未だ左の脇腹を庇ってはいるが、既に剣を杖代わりとしなくても立っていられるくらいにまで回復したらしいレイルがイシス嬢に向けて頭を下げる。
「ありがとうございます」
「それから、この部屋についてですが……弁償は騎士隊の方で持たせていただきます。ですが……セルセト、お前はしっかり謝罪をしておけよ!」
いい雰囲気で終わりかと思えば、最後の最後に締りの付かないことを言ってきた。
「うるせぇ。当然だろ、今の俺は傭兵じゃない。個人のメンツなんてそこまで重要じゃねぇんだよ。頭を下げるくらいの常識はある」
「ははっ! そうか。どうやら余計なお世話だったみたいだな。では、レティシア侯爵令嬢、私はこれで。セルセトもまた会おう!」
俺の反論をさらっと受け流し、無駄に爽やかな笑みを浮かべたレイルは言った通り、護衛の騎士を何名か残して去って行った。
おそらく、アラゴンに滞在中の他の有力貴族に、この後も事情説明に行くのだろう。
ははっ……。俺はまだ自由に動けるまでには回復してないってのに……俺もまだまだだな。
「さて、私たちも戻りましょうか。まずはバスティー宿の方々に謝罪に参りましょう」
「はい」
「イシス嬢にまで、悪いな」
「いえ、セルセトは私の護衛として仕事を果たしたのです。ならば、その後処理は主である私の仕事です」
ここは譲らない、と言う強い意志を感じる。
「そうか……じゃあ、頼めるか?」
「はい! お任せください!」
やりがいで仕事をするやつがいる、と言うことが俺はついこの間まで信じられなかった。
この世界を生きるうえで何より大事なものは金、金、金。
とにかく金さえあれば、どんなことでもできると、本気でそう思っていた。
だが……この笑顔は、この達成感は、決して金だけを求めていては得られないものだと、俺は思うのだった。
◇◇◇
あれから、二日が過ぎた。
本来パーティーは三日間に及ぶ予定だったのだから、正直に言えば、一日目で予定が狂ってくれて俺としてはありがたかった。
一日目は昨日の疲れもあるでしょう! と張り切ったイシス嬢がユミアと共にせっせと俺の世話をしてくれた。
と言っても、意外とイシス嬢は不器用らしく、運んできてくれた水を全力で俺にぶっかけたりと大騒ぎで気が休まる暇もなかったのだが、これはこれでイシス嬢のまた知らない一面が見れて俺としては悪い気はしなかった。
ユミアについては流石に本職のメイドだけあってドジを踏むということはなかったが、だいぶ動けるようになったと言っても頑なに着替えの手伝いをしようとしてきたのだけは謎だった。
そして、俺も完全回復し、護衛の騎士たちから役目を交代してもらった二日目は、到着してからイシス嬢がやりたがっていたアラゴン領の観光をした。
「今日もセルセトの先生になりますわ!」と言って、いつもの俺では到底足を踏み入れないような場所をいくつも案内してもらった。
さすがにホルシィー商会で見た魔導式昇降階段のような理解の及ばない物はなかったが、それでも刺激的で充実感のある一日だった。
慣れなさ過ぎて、珍しいくらいには疲労が蓄積したが……。
途中でイシス嬢の友人だと言うミレーネ嬢という伯爵令嬢に会ったこともさらなる疲労の蓄積原因となったことは間違いない。
彼女は俺の人生ではまた関わったことのないタイプだった。
イシス嬢の護衛を続けていけば、ああいう令嬢にたくさん会うことになったりするのだろうか?
そうして、三日目の今日。
「ユミア、忘れもんないか?」
「誰に物を言っている! お前の下着の一枚まで問題なく確認済みだ!」
「……それはそれでどうなんだよ」
俺たちは五日間を滞在したこのバスティー宿を後にする準備を整えていた。
「さて、それでは行きましょうか」
そんなやり取りをする俺たちを見てイシス嬢が号令をかける。
初めて剣を交わしたときから、大した人物だとは思っていたが、イシス嬢は今回の諸々をきっかけにまた一回り大きくなった気がする。
初めて見たときはディアン様との対格差、あまりの似つかわなさに驚かされたものだが、今となってみればあの豪傑の血を引いているのだろうことは、言われるでもなく感じ取れる。
「はい、お嬢様」
イシス嬢の言葉に真っ先に返事をして、まとめた荷物を全て俺に押し付けたユミアが我先に、と返事をし、彼女の元へ駆け寄る。
俺もせっせと使用人としての業務をこなしながら、その後に続いた。
「それではバスティー宿の皆様、色々と大変なご迷惑をおかけしてしまうこともありましたが、皆様のおかげで私たちは充実した時間を過ごすことが出来ました。本当にありがとうございました」
総出で見送りに出て来た宿の従業員にも、相変わらず丁寧な姿勢で挨拶をするイシス嬢。
「いえいえ、またいつでも、アラゴン領にお越しの際は当宿をご利用いただけますと幸いです」
それに対し、そもそも莫大な宿泊料に追加で余りあるほどの補償を貰った宿側はむしろほくほく顔で俺たちのことを見送ってくれる。
さて、ここからはまた、長い馬車旅だな。
なんて、ボーっと考えていれば、隣りでイシス嬢が俺のことを見上げていた。
……おっと、そうだったな。
淑女にはエスコートが必要なんだった。
「お嬢様、お手を」
「ふふっ、はい」
俺はしっかり使用人モードでイシス嬢の手を取ると、彼女を馬車までエスコートして先に乗せる。
続いてきたユミアも同じように先に乗せて、最後に自分も乗り込んだ。
しばらくして、ゆっくりと馬車が動き出す。
相変わらず、傭兵時代の乗合馬車とは比べ物にならない静かさと揺れのなさだ。
静かな馬車の中は温かい空気に包まれていた。
「セルセト、ユミア」
イシス嬢が俺たちを呼ぶ。
「今回の旅では二人にたくさんお世話になりました。あなたたちのおかげで到着前に感じていた嫌な気分も燻っていた感情もすっかり晴れました。本当に、ありがとうございました」
そして、俺たちに向けて深々と頭を下げる。
きっと他の貴族がこんなところを目撃しようものなら、衝撃のあまり卒倒するか、もしくは貴族がそう簡単に頭を下げるな! と言いがかりをつけてくるかもしれない。
でも、イシス嬢は変わらずこうするのだろう。
「そんな! 私たちはお嬢様の使用人。お嬢様の役に立つことが全てです。これからもお嬢様のお役に立てることがあるのでしたら、何でもお申し付けください」
感動した様子のユミアが口元を手で抑えながら、そう口にする。
「そうだぜ。ただ、確かに俺たちは仕事として、イシス嬢の傍にいるが、決してそれだけじゃここまで尽くそうとは思わない。俺たちの行為にそれだけの意味を感じてくれているなら、それはイシス嬢自身の行為が返って来てるってことだ、と俺は思うぜ」
「――っ! ユミア、セルセト!」
すると、突然立ち上がったイシス嬢が俺とユミアの間にスッと入り込んできた。
「お、お嬢様?」
「私だけ、一人で座るのは寂しいですわ。この五日間は同じ部屋で過ごしたのですし……」
イシス嬢の隣に座るのは恐縮だから、と席を移動しようとしたユミアをイシス嬢が到底抗いようの無い上目遣いでそう言った。
「ま、イシス嬢が望んでるんだ。俺たちはそれに応えるだけだろ?」
「……そう、だな。恐れ多いが……」
「それを言ったら、ユミア。俺たちはもう五日間も並んでほぼ同じベッドを共にしたんだぞ?」
「なっ!? セルセト貴様! その言い方には語弊が!」
「そうですわユミア! 私たちはベッドを共にした仲。このくらいは当然です!」
「お、お嬢様! その言い回しは非常に……。セルセト!!!」
わいわいと賑やかな空気が馬車の中を満たす。
流れる街並みはゆっくりとだが、確実にこのアラゴン領主要都市の出口となる門に近づいていた。
「あ、そうですわ! セルセト、帰り道はセルセトの話を聞かせてもらう約束でしたわ。色々なお話を聞かせてください!」
「そう言えば、そうだったな。うーん、何から話せばいいのやら」
「そもそもお前の話にお嬢様に聞かせられるようなものがあるのか?」
「ははっ、それもそうだ」
「なんでもいいのですわ! もっとたくさん、セルセトのことを教えてください!」
「そうだな……じゃあ……俺の師匠の話でも聞くか? あの人の話は中々尽きないからな」
「セルセトの師匠ですか!? ぜひ聞きたいですわ!」
「それには少し……私も興味があるな」
「そうか……じゃあ、とりあえず師匠の人柄からだが――」
気が付けば、既に主要都市の門は出て、辺りは広大な穀倉地帯に様変わりしていた。
この先、イシス嬢にどんな困難が待ち受けているのかは分からない。
今回の件だって、ルデロやアラゴン家の一部を捕えただけで、主犯と思しきムンド公爵は逃している。
公爵の狙いがイシス嬢の持つレティシア家の秘宝である以上、再び狙われることは間違いないはずだ。
……いや、だとしても変わらないな。
俺の仕事はそんな困難な状況からイシス嬢を護衛すること。
余計なことを考える必要はない。
俺がただ一つ考えるべきは――
俺やユミアの話を聞いて表情豊かに感情を表すイシス嬢を見る。
――この笑顔を守ることだけだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
本作は一貫して「ですわ系お嬢様に慕われたい!」と言う超個人的な願望のもと、執筆して参りました。
いかがでしたでしょうか?
セルセトの変化やユミアの感情的な不器用さ、イシスの強さや弱さ、成長を通してキャラクターたちの魅力を感じて頂けていれば嬉しいです!
純真無垢でも強いお嬢様と拗らせツンデレメイドは可愛い!!!
そんなキャラクターたちや本作を面白い、魅力的だ!と思っていただけたら、是非高評価、お気に入り登録、コメント等を頂けると大変励みになりますのでよろしくお願いします!
良ければカクヨム版も応援よろしくお願いします!
https://kakuyomu.jp/works/822139846747576828