性格無改造の禪院扇さんに、できる限りいい空気を吸わせようと試みる社会実験的な話 作:ひさなぽぴー
相変わらずダイジェスト風味。キリのいいところで終わるけど、物語全体で見るとむしろキリは悪いかもしれない。
プレッシャーへの腹いせとして複数の特級呪具をおねだりしたところ、普通に意見が通ってしまった。どうやらマジで家中における俺の立場は、上がりに上がっているらしい。
もちろんここで調子に乗ったら盛大に痛い目を見るだろうから、禪院の女としてわきまえた姿勢は崩さないけどさ。
ともかく、そんなわけで複数の特級呪具を手に入れたわけだが、その大半は武器だったため、売却して経験値に充てた。いい金額になったよ。
いや、ぶっちゃけダサいと思ってんねん、というわけじゃない。武器は習熟するのに時間が必要だろ。管制呪法で踏み倒せるにしても、経験値は必要だ。
それらをつぎ込んで、今さら新しい武器に慣れるのは色々ともったいないだろう、ってわけさ。その手の武器に頼るまでもなく、ステゴロでどうにかできるように鍛えたほうが最終的には効率いいのがこの世界だしな。
ただ、売却しなかった呪具もある。それが呪霊操術を宿した白い勾玉状の呪具。その名も
元は呪霊操術の使い手が身に着けていたアクセサリだったのが、死後その術式が染みついて呪具になったというものらしい。原作で言うと、ナナミンの術式が宿ったナタと同じだな。
とはいえ、本来の呪霊操術のように好き放題呪霊を取り込んで操れるわけじゃない。取り込める呪霊の数はわずか一体のみ、操れるようになるまで取り込んだ状態でしばらく時間が必要、という重大なデメリットを抱えている。
それでいて、呪霊操術が元々持っているデメリットはほぼ据え置きだ。取り込んだ人物が死ねば呪霊は解き放たれて暴れるし、実力差の大きい呪霊の取り込みには調伏が必要になる。
例外は食べなくていいくらいだが、一体しか呪霊を使役できない呪霊操術なんて、あまり使い道はない。
だから禪院家でも、訓練用あるいは懲罰室用に、そこそこの呪霊を捕まえて持ち帰るくらいにしか使われていなかった。要するにモンスターボール扱いである。
そんなものをもらってどうするんだと思われるかもしれないが、俺は管制呪法の使い手である。対象の強化を容易に行えるのだから、適当な呪霊を捕まえて育てていけばいい。
そして完全に制御下に置くために時間が必要という縛りも、俺なら踏み倒すことができる。
なんなら、一体しか呪霊を取り込めない状況も問題ではない。
というわけで、まずはこれ。
「フエルミラー~~!(大山ボイス」
京都高専に戻り、自室で一人俺は宣言した。虚空に差し出した右手には、半球の上に立った鏡。
ドラえもんのひみつ道具にはチートが腐るほどあるが、これもその一つだろう。鏡に映したもののコピーが手に入るというものだ。
鏡に映っているから左右は反転してしまうが、勾玉の形をしている瀞宮にそれはさほど関係ない。問題なく機能するのだから、そこは気にするまでもないということだ。
まあ毎度お馴染み、回数制限の縛りで割引してもらってるんだけどさ。そこはもう、しょうがないよ。
というか原作の性能を完全に再現したとしても、どのみち耐用年数があるものだし。日常的に使うものじゃないなら、割り切って使い捨てにしたほうがいいだろうって判断だ。
ただ普段は一回こっきりで完全な使い捨てとしているけど、今回はちょっと贅沢して二回にしている。経験値のストックがたくさんあることもあるけど、やっぱり呪霊操術の強みは手数の多さだし。少なくとも三体くらいは呪霊を手元に置いておきたいなって思うわけです。
三個ともすぐに呪霊で埋めるつもりはないけど、作れるうちに用意しておこうと思って。
そしてひみつ道具を出したことから察している方もいると思うが、時間が必要という縛りを踏み倒すのはこいつだ。
「タイムふろしき~~!(大山ボイス」
赤い表地と青い裏地に、それぞれ時計の絵があしらわれた風呂敷。
そう、ご存じひみつ道具の最チート枠の一つ、タイムふろしきである。これ一つで色んな悪さができるわけだけど、今回は純粋に時間を進めるためだけに使う。
こいつを、そこらへんで拾ってきた呪霊を入れた二個の瀞宮にかぶせる。あとは取り込みが完了するまで放置だ。
取り込んだ直後の瀞宮は、呪霊玉を思わせる真っ黒に染まる。これが制御が進むにしたがって、恐らくは元の素材と思われるヒスイの輝きを取り戻すという特色がある。
制御にかかる時間は呪霊ごとに違うから、どれくらいがいいか正直わからないが……今回取り込んだのは三級に少し届かない程度の雑魚呪霊だ。そんなに時間がかかるってことはないだろう。
それに呪霊に老化とかそっち方面の寿命なんてないだろうし、とりあえず一年ほどやってみるか。
「……よし、できてる。さーて、こいつをどう育てていこうかな」
風呂敷をどけてみれば、そこにはヒスイの姿を取り戻した瀞宮があった。
早速呪霊を出してみる。出てきた一体の見た目は、ほぼクモである。
日本ではお馴染みアシダカ軍曹の要素がかなり強く出ているように見えるが、タランチュラの要素も見える辺り、毒グモに対する恐怖も取り込んで生まれた呪霊なのだろう。
ぜひともアシダカ軍曹の方向性で育てていきたい。うまく育てば、羂索が持ってるゴキブリ呪霊特攻になるかもしれないし、軍曹って呼ぼう。
もう一体のほうは、特定の要素の出ていない……あちこちで見かけるキモい呪霊だ。ある意味ではスタンダードな呪霊とも言える。たまにゲキョって鳴く。
こっちは実験用だ。管制呪法を用いて呪霊を育成するに当たって、どういうことができるのか。あるいはどういうことができないのか。そこら辺を試すために利用する。
こいつで得たノウハウで軍曹を育成する。そこで追加で得たノウハウも用いて、さらなるつよつよ呪霊を三個目の瀞宮で育てる。そういうプランである。
***
そんなことをしつつ翌年に向けて経験値稼ぎに勤しんでいた俺であるが、一年なんてあっという間で、いよいよ2006年がやってきた。
一月から三月は何事もなく過ぎて……いやごめん、何事もなくはなかったわ。ちょっとあった。
元になったメニュー画面からそのまま引き継がれてる、管制呪法の「どう使えばいいんだこれ」枠ことメッセージ機能の使い道が見つかったんすよ。
これ、言葉がしゃべれない存在との意思疎通に便利だったんだよな。おかげで捕まえた呪霊との意思疎通がスムーズで、実験とか諸々がはかどってるっていう。
なんなら、そこら辺との動物ともある程度意思疎通ができた。情報収集の効率が爆上がりしたのは言うまでもない。
まあ文字でのやり取りしかできないから、口頭でやるより効率は落ちるんだけどさ。相手の知能指数にも左右されるから、会話そのものがしっかり成り立ってるかっていうと微妙なところでもあるんだけど。
それでも簡単な応答くらいならできるんだから、十分すぎるんだよなぁ。
あと起きた何事は、もう一つ。というかこっちのが大きいというか、本命なんだけど。
前々から俺の取り巻きとして傍に侍ってた二人と、遂に肉体関係を持ってしまいまして……。いやあ……二人とも普段から距離近いものだから、我慢できなくなっちゃって……。
というか二人とも、そういうつもりで距離詰めていたところがあった。お手付きになろうとする気配、最近まったく隠す気なかったもんなぁ。
俺のほうも経験値のストックに余裕があったこともあって、エロ漫画によくあるちんちんとしてそのまま使えるようになるタイプの道具を購入してしまってね。
もちろん回数制限はない。それなりのお値段だった。反省はしていない。
まあ生殖機能はないから、それっぽい挙動をするだけだが……でもまあ、色々シました。
ただあと腐れない、身体だけの関係……では終わりそうにないくらいには、二人とも俺に脳を焼かれてしまっているらしい。
普通、呪術界で生まれ育った女ってのは、大なり小なり子供を産む母体になることを使命として叩き込まれているもの。いずれはどこかの男と番って、呪力と術式を持った子供を作ることこそ、女の役目だと断じる人間がかなり多いのが呪術界だ。
名家や旧家ほどそういう傾向は強く、二人ともそんな出身のはずなんだけどな。にもかかわらず俺とそういう関係になることを望み、高専卒業後はこのまま俺の専属侍女として働きたいとまで言ってくる辺り、本気じゃないとやれることじゃない。
俺は怠惰な人間で、煩わしい人間関係で忙殺されるのは本意じゃない。それでも本気で一緒にいようとしている上に、普段から献身的に世話をしてくれるかわいい女の子二人にアプローチされて、心が動かない男なんてそうそういないのである。
出自からして俺に対して三歩後ろを歩くムーブを徹底している、というのも大きい。俺を男だとみなして動いてくれる彼女たちとは、そういう意味では面倒ごとは少ないわけで。
じゃあもう、気にしても仕方ないかと開き直ることにした。手を出した俺の負けと思う他あるまい。
これで俺も、完全なるドブカスの仲間入りである。いくら二人とも承知してくれているとはいえね……。
一応、できる範囲で大事にはするつもりではあるし、子供がほしいならそれはそれでやりようはある。ホルモンクッキー(ハンターハンター)購入するとかね。
そうやって腹をくくった俺を見た二人の、心底ほっとした顔がやけに印象的だった。才能を持ちすぎて生まれたことで俺はそう思う機会が少なかったのだが、やはり呪術界で女に生まれるというのは大変なのだなぁと改めて思うなどしたよね……。
そうして迎えた春。新年度になれば新入生も入って来るわけだが、原作キャラはいなかった。
まあ原作の舞台が関東である以上、京都校にスポットが当たる機会なんてほぼなかったから当然っちゃ当然なんだが。
直哉? いや来ないよ。御三家の人間が高専に来るメリットなんてないもん。
直哉の性格的に、アッチ側である五条と戦う機会欲しさに来る可能性はあった。とはいえ五条との戦いは俺に与えられた使命だから、直哉がやりあう機会なんてまず来ないわけで。
それよりかは東京校に行ったほうが、まだ訓練とかの名目でやりあう機会はあるんじゃないだろうか。しなかったけど
話を戻そう。
そんな新入生だけど、今年の京都校の新入生はたった一人。しかも男なので、俺はプライベート面での付き合いをほぼ持たないことは最初から確定していた。
元から男との接点をあまり持たないように扇に言われている以上は、その程度の浅い付き合いになるのはしょうがないだろう。
もちろん先輩として、何か請われれば対応はするけど……今の俺は、このあとに控えている懐玉編をどうするのか。そしてそのあとの9月に来る今年の交流会で、五条と戦うための手札をいかに増やせばいいかの二つで、頭がいっぱいなのでね。
***
懐玉編。原作のおよそ12年前を舞台にした前日譚であり、主人公の師匠枠である五条悟の学生時代を描いたエピソードだ。
続く玉折編と合わせて、彼の親友である夏油傑がいかに闇落ちしたのかを描く物語でもある。
ここで起きたことはいずれも呪術廻戦本編に大きく関わっており、その影響は計り知れない。特級術師の九十九も言及していたが、まさに呪術廻戦における「すべての始まり」と言っていいエピソードだろう。
のちの時代への影響の大きさを考えれば、原作の悲劇の多くを防ぐためにはこのエピソードでうまく立ち回る必要がある。二次創作では鉄板だな。
まあ羂索の暗躍を考えれば、単純にここをハッピーエンドに終わらせたところで安心できるものでもないわけだが、それは置いといて。
そんなエピソードに俺はどう動くのか、という話だが……実はここに扇を一枚かませてやりたいと思っている。
この懐玉編で五条たちの前に立ちはだかる敵は、原作メインキャラの一人である伏黒恵……の、父だ。名を
そんなパパ黒だが、出身は禪院家である。息子の恵が禪院家伝統の相伝術式、十種影法術を使えるのはその血によるものだ。
しかしパパ黒は天与呪縛によって生まれつき呪力が一切なく、呪術師至上主義の禪院家においては人間扱いされていなかった過去を持つ。
一方で、本来持つはずだった呪力をすべて失う縛りによってパパ黒が得ている身体能力は圧巻だ。
シンプルに腕力など、全身の能力そのものが人類をブッチギリで超越している。呪力がないから呪霊が見えないはずなのに、身体能力が高すぎるがゆえに気配を感じて対応できる。
なんなら空中を蹴ったり水面を走るなんてことすらできる。ある意味で、人間じゃないとすら言えてしまうのがパパ黒なわけだ。
この圧倒的な身体能力ゆえに、並みの術師ではパパ黒には逆立ちしても勝てない。なんなら五条ですら一度は敗北しているのだから、その実力は推して知るべし。
当然扇がパパ黒に勝てるはずもなく、原作ではそんなパパ黒に対して激しい恐怖を抱くほどに圧倒的な実力差を見せつけられ、痛い目に遭ったと思しき描写があった。
この世界でもそれはあったらしい。マッマが俺を妊娠する少し前に起きたようで、詳細は誰も語ろうとしないが……原作と同じように起きていたならそれでいい。
扇がパパ黒に対して、ある種の劣等感を抱いていること。それが確定してさえいればな。
で、俺はこれにテコ入れしたいわけだ。パパ黒に対するあれこれを払しょくしてもらうのだ。そうすれば、扇はますますいい空気を吸えるだろう。あの性格だから、払しょくさえできれば調子に乗って宿儺とかの歴史上の強敵にもホイホイ挑むようになりそうだしな。
ということで、扇にはぜひともパパ黒と再び対峙してもらい、彼を撃破してもらいたいところ。そのためには、何をさておいてもパパ黒が襲撃してくることを察知しなければならない。
パパ黒は金に雇われる殺し屋だ。懐玉編での登場もそれにより、彼は星漿体護衛の任務に就いていた五条たちの前に現れる。
しかしこの任務、極秘である。そもそも星漿体は、現代呪術界の根幹をなしている天元の寿命をリセットするために必要な存在。その所在自体、下手に明らかにするわけにはいかないのだ。
まあその所在がバレたからこそ、あちこちから色んな刺客が来るハメになるんだけどな。
ともかくそんなわけで、任務のことは京都校にいる俺には一切伝わってこない。さらにこのエピソード、具体的な日付は作中で触れられていない。季節しかわからない。
しかし知ることはできずとも、察することはできる。この任務が発令される前日、冥冥と庵歌姫が二日間行方不明になるというちょっとした事件が起きているのだ。
さらに彼女たちに救出に向かった五条が、帳……呪術のあれこれを一般人に知られないようにするための結界を張り忘れ、大事故が起きたと報道されることになる。
確かこれが、浜松市の出来事で原因はガス管の経年劣化と思われるとされていた。これがわかれば、あとはそこから追っていける。
何せこれを見越して、先の交流会で歌姫とは連絡先を交換してるからな。いつ彼女が消息不明になってもいいように、定期的にやり取りもしている。
彼女はわりと短気と言うか、気性の激しい人ではあるのだが、あれは五条の接し方が悪いというのもあるだろう。同じ名家出身でも、礼儀に則った対応をすれば問題なく付き合ってくれた。
あと嫌っている五条に土をつけた女である俺には最初から心理的な壁が低かったようで、今では打算抜きに普通に付き合いがある仲だ。
まあそれまであまり他人に対して積極的に関心を見せていなかった俺が、わざわざ校外の人間とのやり取りを急にするようになったせいか、取り巻きの子二人からは手を出そうとしていると勘違いされたわけだが。
ぶっちゃけ原作キャラの中では歌姫に対する好感度は上から数えたほうが早いので、そうなったらそれはそれで悪くないかなと思っている俺がいる。二人もハーレム容認派だし、そのときはそのときかなって……。
まあそれはともかく、そんなわけでゴールデンウィークを終えた直後の5月頭。遂にそのときは訪れた。
普段なら半日か、遅くとも一日あれば返信をくれる歌姫からまるまる二日連絡が途絶えた。
時期的にも原作の描写と一致する。翌日には浜松市での大規模事故のニュースがあったし、確定だろう。
しかし今すぐ動くわけにはいかない。何せ具体的な日程がわかっていなかったから、俺はもちろん扇にも任務が振り分けられているのだ。まずはこれを片付けないといけない。
……まあ、別に急ぐものでもないけどな。何せパパ黒が姿を見せるのは、最後の最後だから。それまでまだ二日ほどある。
その最終日にしても、事件が起こるのは午後3時ごろだから、時間にはわりと余裕がある。
仮にどうしようもなくなったとしても、俺には最終手段がある。どこでもドアさえあれば、わりとなんとでもなるのだ。
そして一晩を任務に費やした夜明け。まさに今日が問題の事件が起こる日の朝、俺は福岡にいた。扇は鳥取である。
俺はパパ黒が星漿体暗殺を請け負ったらしいという情報を、扇に電話で持ち掛けた。
星漿体は現代呪術界の要、天元の維持に必要な存在だ。呪術界御三家の人間である扇もその重要性は理解しており、その暗殺にパパ黒がかかわっていることに激怒した。
「あの猿め……! ただでさえ禪院家の面汚しだというのに、この上さらに泥を塗るとは!」
電話口でひとしきり罵倒を重ねた扇に、俺は全面的に同意する旨を告げつつ、任務がないなら加勢に行こうと持ち掛ける。
身内の恥がやらかしたことは、身内の手でしりぬぐいしないといけないよなぁということをほのめかしながらだ。俺も一緒なら、今の扇なら頷くはず。
ついでに五条たちを助けるなら、それはある意味で五条家に貸しを作ることでもある。損得勘定の面からも、やって損はないはずである。
「……いいだろう。もはや私はかつての私ではない……今こそあの猿を、この世から永遠に追放してくれる!」
その辺りを誠心誠意(?)伝えれば、果たして扇はそう言い放った。かくして俺たちは、一路呪術高専東京校へ向かうことになったのである。
***
俺と扇が東京校に着いたとき、既に騒動は大詰めを迎えていた。
無下限の順転による大量破壊の痕跡。その中心で、血だまりの中倒れる五条悟の姿。
しかも周辺には大量の
「父さま、どうなさいますか?」
「すべて捨て置け。もちろん五条の小僧もだ。我らは
「かしこまりました、父さま」
でしょうね。あんたはそういう人だよ。
だけど今は、そのほうが俺にとっても都合がいい。どのみち、五条悟はこのあと復活する。それに蠅頭程度に後れを取る人間は、この高専にはほとんどいないしな。
道すがら、術式を使って一瞬だけ五条をチラ見する。まだステータスが見れるということは、死んでいないってことだ。
原作で知ってはいたが、改めて確信する。あれは戻って来る。放っておいて問題ないだろう。
で、問題は薨星宮のほうだ。ここは天元の結界によって、大量の扉、大量の通路の中から常に正解の道一つだけを選び続けなければ先に進めない仕組みになっている。
パパ黒は天与呪縛で強化された五感……嗅覚や聴覚を使って道を辿ったが、俺たちにそんなことはできない。
しかし結界術に関しては、俺も結構自信ネキである。領域とその対策のためにも結界術にはステ振りが必須だし、何かと便利な空性結界を身に着けるためにも……何より閉じない領域展開を習得するために、最優先のパラメータの一つとして認識している。
まだ閉じない領域は使えない。だから俺はまだ、宿儺や羂索レベルの使い手に達していない。
それでもわかる。結界に込められた意図、流れ、設定……それらすべてはわからずとも、とっかかりになるものはわかる。
そして結界術も、結局は呪力によって作り上げられたもの。であるならば──俺の管制呪法の対象だ。そう解釈する。
結果として浮かび上がる画面に記されるのは、目の前の結界が正解であるか否かの情報。今はそれだけわかれば十分だ。
「……! 父さま、星漿体の付き人のようです」
「
道中、ばっさりと切り捨てられ、うち捨てられたメイドさんと出くわした。黒井さんだ。原作でもパパ黒がたぶん死んでると言っていたから、排除したんだろう。
運が良ければ生きてんじゃね、と言っていた辺り、本気で殺すつもりはなかったように思われる。
が、管制呪法のステータスが開けなかったということは、既に彼女は死んでいる。死んで呪力を放出しきったあとの死体には、呪力に反応する管制呪法も効果を発揮できないから。
原作でも、彼女はきっとここで死んでいる。五条悟の死後の世界に彼女がいたわけだし、たぶん間違っていない。
だから扇の言い分も、言い方はともかく結論としては間違っていない。いないのだ。
……そんな彼女をよそに、俺たちは先に進む。銃声が聞こえた。
そうして俺たちは見た。今まさに、頭を撃ち抜かれて崩れ落ちた星漿体……天内理子の姿を。
「……ッ、おのれ猿めが!」
直後、扇が刀を抜き放って突撃した。俺もそれに続く。
「篝、星漿体は任せる! 私はやつを
「はいっ!!」
しかし意外なことに、扇は単独でパパ黒に挑むことを選んだ。扇との連携は何度もしているから、二人で戦ったほうが絶対に優位なはずなのにそうしなかった。
何が扇にその決断をさせたかわからない。だが、今なら一人でなんとかなると考えたのであれば、それは俺にとっても好都合だ。面倒ごとは嫌いだから。
だから俺は途中で扇から離れ、理子の元へ駆け寄った。
その背後で。
「術式解放──焦眉之赳!」
扇が術式を解放した。途端に扇の呪力が膨れ上がり、熱を放ち始める。
普段は周囲への影響の大きさから、縛りで封じている炎の呪力特性が術式解放によって露わになったのだ。
「……は? 扇のオッサン? なんでここに?」
それを見たパパ黒が、かぱっと口を開けて唖然とした。
しかし、振るわれた刀に即座に対応するのはさすがと言えるだろう。炎の呪力特性によって熱と炎を放つようになった扇の攻撃を、最低限かつ凄まじい速度で回避していく。
「禪院の恥め……! よもや星漿体まで手にかけるとは! その非道、見過ごすわけにはいかん! 死ねぃ!」
「おおっと……なんだ、オッサン知らない間に随分と腕を上げたじゃねぇか……! 五条悟よりもよっぽど張り合いがあるぜ!?」
記憶の中にある姿よりも、何段も高い力量から放たれる攻撃の数々は、パパ黒としても脅威に映ったのだろう。直前まで、夏油に向けていた意識が今や完全に扇に向いていた。
そのスキに俺は理子に駆け寄って反転術式を行使する。なんとかして蘇生を試みる。
「禪院さん……理子ちゃんは……!」
「わかりません……ですができる限りのことはします……!」
理子の身体を挟んで反対側で、夏油が悲痛な顔で問うてくる。
だが……しかし、これは。管制呪法の対象にできない! 肉体の損傷も治りはするが、一定より先に進まない!
前者は言うまでもなく、ここまでの二人で言及したことだ。
そして後者もまた、魂が存在しないから起きる現象だ。反転術式での治療は魂に刻まれた設計図に沿って行われるものだから。
そう、この身体には。天内理子の魂は、ここにはない。手遅れだ。
これはもう、人間の手に余る。死んでしまった命を蘇らせるなんてことは……。
……管制呪法は、死後の世界で用いられていたメニュー画面が元になっている。その中の機能の一つ、購入は色んなものが購入できるが……どうあがいても、このメニュー画面は本来死後の世界用のものなのだ。
だから購入できるラインナップの中に、真実蘇生が可能な道具は、それだけは、存在しない。
だが……どのみちダメで元々だ。俺は管制呪法によってメニューを開き、メッセージ機能を起動した。目の前に浮かび上がる仮想のキーボードに、文章を打ち込んでいく。
送り先は、運営。何の運営だって? 決まってるだろう。
このメニュー画面の元になった、異世界でのバトルトーナメントの運営。すなわち──冥府の女主人にして死の女神、イザナミノミコトその人である。
まさかこういう使い方をすることになるとは、十年前は思いもしなかったけどな。
『前略イザナミノミコト様へ。先ほど死んだ天内理子と、黒井美里の魂を現世に戻していただくことは可能でしょうか?』
返信は、すぐに来た。
『愛しい我が子へ。その両名は既に死亡し、魂は現世を離れたため戻すことはできません』
……ダメか。俺はため息をつきそうになった。
が、すぐに続きがあることに気づいてそれを飲み込む。
『ですが天内理子については、その世界の理に基づく範囲でなら戻せます。つまりその子は相応の呪力を持ち、呪力を用いない攻撃によって死亡したため、呪霊としてであれば戻すことが可能です』
……っ、なるほど! 呪術師が呪霊になることを防ぐために、呪力がかかわる攻撃で殺すのは呪術界の常識!
そして理子は銃で頭を撃ち抜かれて死んでいる。構築術式で弾丸を作ったならともかく、パパ黒が使っている銃はただの拳銃でしかないはず……!
……ただ、呪霊になっての蘇生は蘇生と言えるのだろうか。ただの化け物となっての蘇生は、周りはもちろん彼女自身も受け入れはしないと思うのだが。
いや、直哉のように生前の姿と自我を完全に維持した呪霊だってあり得るのだから、ワンチャンそれに賭けてみる価値はあるか?
しかしどっちに転んでも、魂がない肉体で天元との同化は不可能だよな……? それはもう、星漿体としての役割は果たせないも同然では……。
……ええいあれこれ考えてもキリがない! どうなってもおかしくないんだから、もうどうにでもなれの精神だ!
俺はイザナミノミコトに嘆願のメッセージを飛ばした。
『天内理子だけでも構いません。彼女を現世に戻してあげてください』
『愛しい我が子が望むのであれば、そうしましょう。せっかく妾の領域に踏み込みかけた魂を戻すのです、少しサービスもつけておきます。喜んでくれるとこの母も嬉しいです』
い、イザナミノミコト様……!
アフターサービスが充実しすぎている……! こんなんママって呼んじゃうよ……!
そんな風にちょっと感動しつつ、メッセージをスクロールしたところ。
『あなたは女の子とえっちなことをするのが大好きなようなので、今傍にいる男の子に取られないようあなたが持っているモンスターボールに入れておきますね』
い、イザナミノミコト様ァ!? なんてことをしてくれているのか!?
いやそりゃあ俺の性自認は男のままだから、女の子とそういうことするのは好きだけどさ!? だからってそんな頻繁にことを致しているわけではないし、そもそも天内をそういう意味でほしいと思ったことなんてな……。
……いやちょっと待てよ。なんで俺が女の子とそういうことをしているって知ってるんだ?
ま、まさか俺の第二の人生を観測してるのか!? ちょっとお母さん!? それはプライバシーの侵害ですよ!?
俺がそうやって内心の抗議をメッセージに打ち込んでいる最中、理子の身体からじわりと呪力が湧き上がった。
今までなかったもの。今までの彼女ならあり得ない、黒く禍々しい気配を伴った呪力だ。
それはあっという間に一つの塊となったかと思うと、次の瞬間俺が首から下げているネックレス……に取り着けてある勾玉。つまりは瀞宮の一つに、勢いよく吸い込まれていく。
明らかに呪霊の気配だし、見た目も見た目だ。思わずぎょっとして飛びのいたものの、勢いは変わらずものの数秒もかからず瀞宮が完全に吸収してしまった。
しかも瀞宮は真っ黒に染まったが、数秒でヒスイの姿に変わった。つまり完全に制御下に置いてしまった。
なんでこんなに早く……と思ったが、恐らく現時点での理子の呪霊が呪霊的にものすごく格が低いとかそんな感じなんだろう。
お、遅かったか……。俺は思わず深いため息をついた。
その傍らで、夏油もあっけに取られて固まっている。
「……い、今のは、呪霊……だったよね?」
しかしぼーっとしているわけにもいかない。とりあえず、と言った感じで問いかけてきた。
俺はそんな彼に、うんと頷く。
「呪力を持つ人間が、死後呪霊に転じることはままあります。恐らくそういうことでしょうね」
「姿を見せるより早く、君のほうに吸い寄せられていったようだけど……」
そして今まさに呪力が吸い込まれた勾玉が外からきちんと見えるように、指で持ち上げた。
「これは瀞宮という、呪霊操術が宿る特級呪具です。当家の忌庫にあったものを使っているのですが……なぜか勝手に取り込んでしまったようで……」
「ええ……」
少し引いた様子を見せる夏油に、俺はとりあえず中の呪霊理子を出すことにした。
しかし出てきたのは、まさかの卵である。自ら動く気配はみじんもない。
ただ、卵と言うにはかなり大型だ。ダチョウ並である。だがまぎれもなく、呪力で構成されていた。呪霊であることには間違いないだろう。
「……こんな呪霊、初めて見たな……」
「わたしもです。なるほど、普段なら制御に時間がかかるのにすぐ終わったのは、呪霊としてはものすごく格が低いからということですかね……?」
そんな風につぶやいてみる。管制呪法でステータスを見る限り、間違いなくこの卵は理子であり、俺の呪霊として調伏されていた。
である以上、色々とやれることはあるはずだが……それ以前に、俺は天内理子という人物との接点は一切ない。原作知識で彼女のことは多少知っているが、それだけだ。
あくまで一方的な認識のみである。呪霊になったとはいえ、このまま俺が理子の身柄を持っているのもどうなんだろう。
ということで夏油に譲ろうとしたのだが……どうやら呪霊操術として調伏済みになっているらしく、夏油に譲ることができなかった。そのまま二人して途方に暮れる俺たちである。
そんなことをしている間にも、扇とパパ黒の戦いは続いているわけだが。扇が呪力特性をフル活用しているせいで、周辺にぼちぼち火が付き始めている。あっちもあっちでどうしたもんだろうか。
「おーおー、派手にやってんなぁ!? 俺も混ぜてもらおーじゃん!」
と、そこに五条悟が現れた。服は血まみれだが、ケガを負っている様子はほとんどない。原作通り、反転術式を死に際で習得して復活したんだろう。
そして呪術の核心をつかんだことで、明らかにテンションがおかしくなっている。そんな様子を見て、夏油がかすかに目を見開いた。
「悟……! よかった、無事だったか……」
が、その夏油が何か声をかけるより早く、五条は扇とパパ黒の戦いに向けて無下限の術式反転「赫」をぶち込んだ。完全に二人ともぶつかるタイミングとコースだった。
当たり前と言えば当たり前だが、二人ともそれを飛びのいて回避。ターゲットを失った赫は、そのまま薨星宮本殿の一部に直撃して吹き飛ばした。
「……ええ……悟……こないだ叱られたばかりだろ……」
それを見た夏油が、先ほど以上にドン引いた様子を見せた。薨星宮の破壊自体は、既に扇が飛び火という形でやらかしているので、俺からは何も言えないわけだが。
扇もパパ黒も、死んでいたはずの五条の登場に驚いてはいたが、どちらも呪術の知識はきちんとある。だから反転を習得したことはすぐに気づき、五条に向けて声をかけていた。
「反転術式か!」
「死にぞこないめ! 私もろとも撃ちおったな!? 猿を祓ったあと五条家にそのまま討ち入ってもよいのだぞ!?」
「やれるもんならやってみろよオッサン!!」
かくして、呪術界の聖地とも言える薨星宮の本殿で、半ば三つ巴の異能力バトルが始まった。
しかもここで使われている異能力は、炎の特性を宿した呪力を振りまきまくる扇と大量破壊が本領とも言える五条悟による。はっきり言って迷惑極まりない、大怪獣バトルみたいなもんだった。
一応形式上は、扇・五条VSパパ黒という構図ではあった。でも扇と五条が連携なんて、できるはずがないからなぁ。
何せお互いに隔意がある禪院家と五条家だ。巻き込み前提、って感じの立ち回りしかしてなかったよね二人とも。
最終的にパパ黒は、戦いに割り込んだ俺と夏油の妨害で扇と五条の術式を抑えきれず、敗死することになったが……薨星宮の本殿は三分の一くらいが崩壊することになった。
もちろんこの件で彼らは上層部から大目玉を食らったわけだが、天元がとりなしてくれたのでお咎めなしで決着する。
「星漿体をむざむざと殺されようとは……まったく不甲斐なし……!」
「申し訳ありません、父さま……」
そして俺は、理子を救えなかったことで扇から憂さ晴らしのような折檻を受けたのだった。理不尽。
五条と夏油が割って入ってくれたが、扇がそんなもんに応じるはずもなく。これは家族の問題だから口出しするなとキレる始末である。本当にこいつはもう。
ただパパ黒というかつての恐怖の象徴を乗り越えられたわけで、その点に関しては吹っ切れたような顔をしていたから無駄ではなかったと思う。直後に上から怒られたせいで、せっかくのいい気分が台無しになったってところだろうな。
扇のそういう心の動きを、ほぼほぼ正確に読めるようになってる自分にちょっと嫌な気分になるが。
「お前なんであんなクズの言いなりになってんの?」
「何か弱みを握られているとかなら、話聞くよ」
で、その折檻も終わったあと。こっそりと五条たちから、そう声をかけられた。
それはそう。俺もそう思う。
だから俺は、うっすらと笑みを浮かべてこっそりと返す。
「そういうわけではないのですが、思うところがなければこんなところに連れてはこないですよ」
この言葉に、二人とも一瞬きょとんとする。しかしすぐに、それぞれの表情を浮かべた。
五条は吐き気を催すような顔。夏油はいかにも悪だくみしてますとでも言いたげな顔だ。
「いかにも上層部のゴミどもがやりそうな手口じゃん。さすが禪院、やることが汚いのなんの」
「やだなぁ、五条くん……わたしは一緒に現場まで来て命のリスクを負ってるんですよ? 一緒にしないでほしいですね」
「いや変わんねーだろ……」
「まあ、賢い手ではあるよね。私も今度やってみようかな?」
「やめとけよ傑、お前まで腐っちまうぞ」
覚醒したばかりでまだテンション高いのもあるんだろうけど、相変わらずクソガキだなぁこいつ。言いたい放題じゃん。
でもこれ、逆に俺が禪院の女的にまっとうな態度取ったら、もっとクソミソに言ってきてたんだろうなって確信もある。どっちに転ぶのがマシなのかは、正直わからんのよな。
ただここでこう言っておけば、原作が始まって以降の危険度が高すぎる事件のあれやこれやに、五条から巻き込んでくれるんじゃないかなって打算があったからね。
関東の事件に、京都を拠点にしている禪院家の人間が関与する機会って意外と少ないんだよ。その点、五条悟からの口添えとかがあれば、動きやすくなるだろ?
こちとら同学年ってだけで、五条悟と強制的に戦わされてるのだ。これくらいの役得はないとやってられない。
……まあ、それはそれとしてウザ絡みされるようになる可能性も否定できないから、匙加減の難しいところでもあるだろうけど。
***
さて、その後の話をしよう。
まず物語自体への影響だが、これは現時点ではほとんどないと言えるだろう。天元は星漿体との融合に失敗し、肉体がリセットできなかった。彼女たちと六眼を巡る因果も破壊されてしまっている。
原作と同様の流れであり、この結果天元は近いうちに呪霊操術の効果対象となる。メロンパンが待ち望んでいた展開だ。
まあその点に関しては、俺がタイムふろしきみたいな若返り系のアイテムを買えば、なかったことにできるわけだが……。
こっちから天元にアクセスする方法は今のところ見当たらないし、タイムふろしきの話を下手に他人にするわけにもいかない。
ただ天元は自身の結界内で起きていることは大体承知しているはずだから、問題だというなら向こうから何かしらアプローチしてくるだろう。それまでは様子見かな。
一方で、原作と異なる流れを辿ったこともある。たとえば薨星宮の中ですべての騒動にケリがついてしまったため、五条たちが盤星教・星の子の家に乗り込むことがなかったこととか。
これは言い換えると、夏油闇堕ちの最初の一因となる非術師の醜い一面を見る機会がなかった、ということなのだ。決定的な理由ではないにせよ、現状に疑問を抱き始めるきっかけなだけに、この先の夏油がどうなっていくかが現時点では読めなくなった。
ただまあ、夏油の闇堕ち自体は遅かれ早かれ起こるとは思っている。呪霊操術の使い手で、自身のフィジカルも極めて高い夏油傑という人間は、メロンパンこと羂索が乗っ取る対象としてはあまりにも都合がよすぎるんだよな。
そして羂索は、呪術総監部の上層部に既に手を伸ばしている。何かしらの形で、夏油を高専から離反させるように仕向けることも難しくはないだろう。
何せ千年以上もの間、歴史の裏の裏で暗躍し続けてきた黒幕だ。そういうやり方は得意中の得意だろうから。
しかしこの辺については考えたところで、俺からどうにかできるものでもない。せいぜいが夏油の身体が乗っ取られたときに備えて、下手なことを夏油の前で言ったりやったりしないくらいだろう。
いやまあ、この点については黒縄やどこでもドアを出した時点でだいぶ怪しいのだが。反転術式のアウトプットができるガチな戦闘要員、というのもツーアウトっぽい気もする。
だからこれからは、もっと慎重に動かないとまずいんじゃないかなって思ってる。俺の身体を乗っ取って術式奪われたら、マジでシャレにならんし。
そして明確に原作と異なる流れは、もう一つ。それがこれだ。
「……どうしましょうね、これ」
ひとしきり事件の後始末などを終えて京都高専の寮に戻った俺は、イザナミ様のいらぬお節介によって俺のものになってしまった天内理子……の呪霊……の卵を机に置いて、うなっていた。
いや本当、どうすればいいんだこれ? あれから何回か様子を見てるけど、いまだに一度も動く気配がないんだが。
おまけに、管制呪法のメッセージ機能を使っても反応がない。おお天内よ寝ているのですか。
「どうすればいいと思う?」
呪霊のことは呪霊に聞いてみるか……と思って、手持ちの呪霊の強化選手枠、軍曹ことアシダカグモの呪霊に聞いてみたところ、返答はこうであった。
『知らんがな』
でしょうね。ラドンもそうだそうだと言っています。
育成の過程で
実験体枠の呪霊はそもそもこうした会話が成り立つほど知能高くないし、これは俺が自分で調べていくしかないんだろうな……。
とりあえず管制呪法でメニュー画面を呼び出して、理子の呪霊についてわかることを見ていこう。
まず、管制呪法がとらえている魂から呼び出されている名前は、「呪胎・天内理子」である。
呪胎。これは言ってみれば卵や幼虫に当たる呪霊のことを言い、通常の呪霊とは異なり成長の過程で明確に姿を変える呪霊のことだ。
つまり変態する呪霊ということになるのだが、こいつらは変態すると爆発的に能力が向上するという特徴も併せ持っている。
原作でわかりやすい例は、
しかし変態後は直毘人だけでなくナナミン、真希を加えた三人を同時に圧倒した。もちろんそれは領域展開があったからこそではあるのだが、逆に言えば変態をした呪胎はその域に容易に到達し得るのだ。
今俺の手元にいる……ある? 天内理子も、そういう可能性を持っているのだろう。この極端に低いステータスも、その前振りだと思えば納得できる。
しかしこの卵の状態で、一体どう成長させればいいのやら。動く以前に意識がないとなれば、能動的に動いて経験値を稼ぐことだってできないのに。
なんかこう……この卵に対して、他にアプローチをする方法はないだろうか。
「……わたしの呪力を流し込んでみますか」
とりあえず、そうしてみる。特に変化は起きなかったが、何もしないよりはマシかなって。
あとは、何か購入するという手もあるだろう。そうだな……フィスのコンポート(ポケモンSV)とか買って食ってみるか。タマゴパワーはタマゴが手に入りやすくなるだけじゃなくて、孵化にかかる時間(正確には移動距離)も減らせたはずだし。
サンドイッチでもいいんだが、ゲームでの描写を見る限りあれ結構デカいからな……絶対途中で飽きる。間違いない。
それに比べてフィスのコンポートなら大きくない。ちょっとしたスイーツ程度のものだし、実際スイーツとして完成度高いと思うし。
まあ一緒についてくるけいけんちパワーひこうはまず意味をなさないだろうけど、もう一つくっついてくるそうぐうパワーフェアリーはちょっと怖くもある。これからしばらくの間、やたらファンシーでフェアリーな呪霊とばっかり遭遇するようになったらどうしよう。
そんな付随効果にちょっとだけ怯えつつ、あの世からウーバーされてきた異世界のスイーツを堪能する俺だった。
***
ポケモン由来のタマゴパワーで孵化までの時間が短くなるのは、孵化に必要な歩数が減るという効果があるからだ。つまり歩かないと意味がない。
ということで、定期的にフィスのコンポートを食べてはそこら辺を30分ほど散歩するという日課が加わった。
具体的には任務に出る直前に食べる形だ。こうすれば色々と無駄なく済むと思って。
そうしたら懸念通り、やたらファンシーな見た目の呪霊との遭遇率が高かったわけだが、呪霊は呪霊。遠慮なくシバいてやっている。
それはさておき、初夏から夏にかけては呪術師の繁忙期である。12月から積もりに積もった負の感情が芽吹くのがこの時期であり、それは懐玉が起きた時期の直後に当たる。
つまりあの事件からしばらく、俺はものすごく忙しかった。西日本を中心にあっちこっち飛び回り、呪霊をぶっ飛ばし続ける日々である。高専にも実家にも帰る余裕がないでやんの。
毎年のことだから慣れてはいるが、それでも面倒だ。本当に面倒。呪霊の発生頻度、もっとなんとかならんか。
今から2011年が怖い。個人的に1995年が一番忙しかったけど、東日本大震災がある年は絶対もっと忙しいんだろうなぁ……。
なんというか、九十九が根治を目指すわけである。俺も賛成だ。
こんなものは対症療法でやってていいものじゃないって、毎年思う。パトロンになっていい。
しかし今のところ九十九との接点はないため、どうすることもできない。禪院に所属しているということもあって、とにかく俺に今できるのは呪霊を祓い続けることだけだ。
俺の付き人兼妾の二人も既に準一級術師であるため、この時期はそれぞれが単独任務に当たることになった。おかげで誰も俺の身の回りの世話をしてくれないし、ちょっとした息抜き(隠喩)もできやしねぇ。
ただ今年は手持ちの呪霊で育成ゲーができる。この手のゲームが好きだった俺にとっては、任務に次ぐ任務の日々でこれがなかなかの息抜きになった。
軍曹はめきめきと成長しており、今や一級呪霊相当だ。戦力としても十分で、繁忙期の今は普通に助かってる。
元が雑魚呪霊だったこともあってさすがに術式は持っていないが……その出自から生まれ持った毒と糸を、結界術や式神術と絡めて使ってくる呪霊とか普通に強キャラである。もう少しステを上げたら、十分特級と呼べるんじゃないかと思ってる。
それに普通に会話も可能だから、話し相手にもなってくれるしな。関西で捕獲したからか、関西弁なんだよ軍曹。会話のテンポもいい。そういう意味でも、いい息抜きだ。
もちろん呪霊ではあるから考え方の違いとか、本能的な差はあるんだが、瀞宮つまり呪霊操術のおかげで反逆されたり俺の意に反することはしないから、安心して扱える。
俺が死んだ後のことはどうなるかわからんが、まあそこは誰かが何とかするだろう。たぶん。
実験体として使役していた呪霊くんは、残念ながら繁忙期の激務に耐えきれずお亡くなりになった。彼で試したあれこれは忘れないので、迷わず成仏してほしい。
しかしまだまだわからないことも多いし、試してみたいことも多い。
というわけで、実験用の呪霊2号は既に捕獲済みだ。こいつ相手にして、さらなる実験を積み重ねていく所存である。
……にしても、天内理子の卵が孵る気配はまだない。ステータス画面にも、「うまれるまでまだまだじかんがかかりそう」って表示されてるし。
というかこの表示、最初はなかったんだけどな。タマゴパワーを使い始めてから表示されるようになった辺り、もしかして天内理子、ポケモンになりつつあったりするんだろうか……なんてちょっと怖かったりもする。まあそのときはそのときやろとも思ってはいるんだけど。
そんな彼女のことは五条も夏油も気にしているらしく、時折状況を確認するメールが送られてくる。状況に変化がないから、変わりなしってメッセージと今の写真を撮って送り返してるけどさ。
一体生まれてくるのはいつになるのやら……。そして生まれてきたとして、その姿は果たしてどうなっているのやら。
そんなことを考えながら任務を続けて、ようやく呪霊の発生が落ち着いてきた九月。
いよいよ今年の姉妹校交流会がやってきた。俺にとっては授業参観みたいな交流会である。
***
前にも言ったが、姉妹校交流会は初日が団体戦、二日目が個人戦というのが慣例である。そこは今年も変わらない。
そんな今年の交流会だが、初日の種目は呪霊討伐レースだった。原作の交流会編であったのとまったく同じルールである。
これはたぶん、楽厳寺学長のアイディアだろうな。原作で五条が毎年変わり映えしない、みたいなこと言ってたし。
ただしこの団体戦、俺と五条は出禁である。俺は一級の最上位クラス、五条に至っては特級だ。このレースで放たれる呪霊の上限が二級なのだから、まるで相手にならないのである。
というわけで俺は応援に回り、その人数不足を解消するためにたった一人の一年生が参戦することになったわけだが……。
いやあ、夏油が強いのなんのってね。やっぱ呪霊操術って無法だよ。
特にこの世界の夏油はパパ黒戦にほぼ参加していないから、原作では失った虹龍が健在だ。手持ちで最高硬度、と言うだけあって攻撃がろくに通ってなかった。
しかも夏油自身も鬼のように強い。式神使いが本体まで強いとか、そりゃあ学生相手じゃ無双するわなって。
俺が鍛えた妾の二人のおかげで大量に繰り出された呪霊の大半は抑え込めたんだが、逆に言うと彼女たちはそれで手一杯だった。おかげでレースの得点になる呪霊を祓う余裕がなく、大駒二つを釘づけにされた京都校側は残念ながら団体戦に敗北してしまった。
「申し訳ありません、篝様……負けてしまいました……」
「この失態、いかようにも罰していただければと……」
試合後、まるで戦国武将みたいなことを言いながら土下座してきた二人が良くも悪くも印象的だった。
もちろん罰するなんてするはずないから、その晩は二人をベッドの中で慰めてあげたわけだけど。
明けて二日目、個人戦。
「篝、父はお前を応援しているぞ」
「はい父さま。必ずや禪院に勝利を捧げて見せます」
「その意気だ。期待している」
扇、去年の宣言通りにマジで見学に来やがった。勘弁してほしい。
「篝様のお父様、子煩悩な方なのね」
「禪院家というとその辺り厳しいイメージがあったけど、そうでもないのかな」
なんて京都校の生徒たちは言っているが、もちろんそんなことはないので安心してほしい。扇は娘の活躍が見たいのではなく、すごい娘を育て上げた自分はもっとすごいというマウントのために来ているんだからな。
何がどうしたらそういう評価になっていくのか俺にはわからんが、扇の中ではそうなんだろう。本当にどうしようもないやつである。
……ただ、前世死ぬまでブラック企業勤めだった身としては、たとえ自分可愛さのために来ているのだとしても、それっぽい応援の言葉を投げかけてくれるのは、マシなのだとも思ってしまうのである。
扇の思惑は承知しているし、同時にカスだとも思ってるんだけどなぁ。人間、色々とままならないもんだなって思うなどする。
だが、今回交流会を観戦しに来たのは扇だけじゃない。
「ほーん、ここが高専ねぇ……。初めて来たけど、やたら結界多いんやね」
悲報、直哉来る。
……とはいえ、こっちはまだマシだ。何せ直哉自身が言うところの「アッチ側」の戦いを見たい、という理由だからな。
要するに見取り稽古というやつだ。自分を高めたいがためなので、娘が五条に勝ってるところを見ていい空気が吸いたいだけの扇に比べたら、万倍マシなんだよ。
「けど今んとこ、見る価値ありそうなんはそんくらいやね。篝ちゃんも大変やなぁ、こないなところで4年も過ごさなアカンなんて」
ただ、これがなけりゃなぁ。俺はこれ見よがしにため息をついた。
強さに対して貪欲かつ真摯なところだけは、本当素直に褒めてやれるんだけどさ。こうやって息を吸うように全方位にケンカを吹っかけるもんだから、既に周りの空気が悪い。
直哉のこういう振る舞いは、俺にとっちゃ今さらなことだ。だから言葉を交わすのも面倒なんだが……それはそれとして、こんなドブカスと同意見だと思われるほうがあとあともっと面倒である。
他人からの心象がどれだけ大事なのかは、前世の社会人経験からわかっている。だから俺はため息とともに直哉の頭をシバいた。
「いきなりやなぁ、何すんの篝ちゃん」
それでこのリアクションで済むのだから、これでも直哉的にはだいぶ譲歩しているというか、軟化しているというか。
ただ、これは俺が相手だからだ。普段であれば、女にこんなことされたらブチギレるのが直哉なのだが、曲がりなりにも俺は直哉に一度も負けていない身である。
原作で直哉が真希の強さを最期まで認められなかったのは、自分が見下していた女が自分が心底尊敬していたパパ黒と同じ存在になったからこそ。シンプルな呪い合いで格上であるなら、ある程度は冷静でいられるらしい。
もちろん、原作と違って自分と同年代で明確に格上の存在が、成人前から身近にいる影響も大きいだろうけどな。それでも俺以外に対しては大体ドブカス節全開なので、この世界でも躯倶留隊からの評価はクッソ低い。
「何じゃないですよ。人の心とかないんですか? ほら、皆さんの顔を見てみなさいな」
「無理言わんといてぇな。そら俺かて、人間相手なら人の心持って接するよ。けど雑魚相手にそない気ィ遣ても意味ないやん?」
はん、と鼻で笑いながら、両手をひらひらさせてあからさまに嘲笑う直哉。
俺はそれを見て、丑の刻参りの刑に処すことにした。
今年京都校に入った新入生、芻霊呪法持ちなんだぞ。夜中に突然大事なところに激痛走らせてやるからな、覚えとけよ。
「……なに? なんやの篝ちゃん、これから養豚場に出荷される豚見るみたいな目ぇしてるやん」
「別に、なんでもありませんよ……」
「絶対何かあるやつやん、それ。まあええわ、返り討ちにしたるさかいやれるもんならやってみぃや」
「あ、じゃあ遠慮なく」
許可が出たので、俺は直哉の髪の毛を無造作につかんで有無を言わさず数本一気に引き抜いた。
「アイタぁっ!? 何すんねん!?」
「やれるものならやってみろと言ったじゃないですか」
「そういう意味とちゃうかったやろ今の!? そら確かに額面通り受け取ればそうかもしれへんけど!」
「ボコボコにした躯倶留隊の隊員に、防げないやつが悪いとか言っていたそうじゃないですか。つまりはそういうことですよ」
「こ、このクソアマァ……!」
そこから先は、大体いつもの通りの流れだった。沸点の低い直哉が突っ込んできて、俺がぶち転がす。初お目見えのあの日以来、禪院家ではよくある光景だ。
当たり前だが、誰も俺を止めなかった。ホント、心象って大事だよね。
まあ仮に誰かが止めたとしても、扇が続けろって言っただろうけどさ。相変わらず、扇は俺が直哉をボコしまくることに愉悦ってるのだ。
とまあそんな感じで、ヤムチャみたいな体勢で地に伏した直哉をよそに、二日目の個人戦は始まった。
「おせーよ篝。時間ギリギリとか何考えてんの?」
「ちょっと輩に絡まれましてね。でもそう言う五条くんは、時間を守ったことなんてないでしょうに」
試合会場で顔を合わせてすぐに軽口を叩きあう俺たちだが、五条は既にサングラスを外している。青く美しい六眼の輝きが、まっすぐに俺を射抜いていた。そこに油断はない。
やれやれ、しんどい戦いになりそうだ。そう思った俺の予想は外れることなく、試合開始の合図と同時に俺たちは激しい格闘戦を展開した。
のみならず、五条は蒼や赫を合間合間にぶちかましてくる。空中のあちこちに置き蒼はマジで勘弁してほしい。
もちろん食らうわけにはいかないから、俺は回避したり結界で逸らしたり弾いたりなどする。でもそんなことをしていれば、会場はあっという間にボロボロだ。
去年の東京高専更地事件を教訓に、今年は会場を開けた場所にしたと聞いている。観客に被害が及ばないように、観客席も相当離した上で結界まで張っているが……それでも余波があっちこっちを破壊していた。
だがそこまでしてもなお、俺たちの戦いに決着がつくことはなかった。何せ俺には、無下限バリアを突破するすべがない。
黒縄などの術式に干渉する道具を購入すればいいのだが、俺の購入……世間にそうだと認識させている再構築は、材料が必要ということになっている。このため、五条は最初の内に材料になりそうなものを片っ端から破壊したり吹き飛ばしたりしたため、表向き購入を使うことができない状況に追い込まれているのだ。
しかし五条のほうも、俺に有効打を与えられないでいる。俺の結界術は、天元や羂索と言った表に出てこない人間(あいつらを人間と言っていいのかどうかは正直わからんが)を除けば、現代最高水準だと自負している。
実際、俺が本気で張った結界は今の五条の蒼や赫に一、二発耐える。これらを駆使して立ち回る俺は、そもそも遠隔攻撃にはめっぽう強いのである。
つまり戦況は膠着している。しかしこのまま続ければ、結界を何度も張りなおす必要がある俺のほうが不利。
となれば、この状況を打破する方法は一つだ。
数分の戦いの末、互いに決定打を欠く中で俺は五条の前で印を結んだ。
左手だけで結ぶ印。薬指と小指は折り畳み、人差し指と中指は少し隙間を空けて立てる。加えて親指も大きめに立てるという、非常にシンプルな印。
その名は
それを、眼前の対戦相手たる五条に突きつけるように差し向ける。
「まさか!?」
観客席からどよめきが上がるより早く、五条が驚愕に目を見開いた。だがもう遅い。
「領域展開──
俺の宣言と共に、俺と五条の身体は領域の中へと収められた。
内と外に隔てられ、二人だけとなった結界の中。そこに描き出されたのは、伊勢神宮や出雲大社と比較しても劣ることなき壮麗な神社の姿だった。
どこからともなく川のせせらぎが聞こえてくる、神社の境内。それが俺の生得領域の姿。
そしてそれは、かつてあの世で戦った異能力バトルトーナメントにおいて、最後に死の女神たるイザナミノミコトに謁見した場所の景色でもある。
あれは、あの出来事は、やはり俺にとって非常に大きな衝撃を与えたことがよくわかる景色とも言えるだろう。
「まさか領域展開とはね……やっぱお前、おもしれー女だわ、……んッ!?」
その景色をちらちらと横目に見ながら言う五条が、突然鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くして固まる。
無理もない。今の彼は、頭の中に突然この領域の情報が叩き込まれているんだからな。
……俺は確かに、弱冠十六歳という若さで領域展開を完成させている。だがそれは、管制呪法による底上げ以外にも、様々な底上げを組み込んでようやくできたものだ。
完全な地力と言うわけではなく、いくつかの縛りを織り込んでようやく実現できているのだ。
その中の一つに、展開と同時に領域の情報を相手の頭に開示するというものがある。原作で秤金次が領域展開時に行っているものとほぼ同様の内容であり、これは領域が持つ必中効果によってなされている。
ここで開示される領域の効果は、以下の六つだ。
一つ。この領域に、攻撃力は一切ない。
二つ。この領域内に存在するものは、全員が固有のライフゲージを持つ。このライフゲージは頭上に表示されっぱなしとなる。
三つ。この領域内に存在するものは、あらゆる攻撃を受けても肉体的なダメージを負わない。
四つ。そのダメージに代わって、ライフゲージが減少する。
五つ。ライフゲージがゼロになったものは気絶し、さらに五分間あらゆる呪力操作ができなくなる。
六つ。誰か一人でもライフゲージがゼロになったら、その瞬間にこの領域は終了する。
「あー……つまり何? 格ゲーしようぜ! ってことか?」
「はい、そういうことです。ただしラウンドは一度だけですけど」
そう、ぶっちゃけて言えばそういう領域である。呪術総監部の上層部が知ったら、すごい嫌われそうな領域かもしれない。
ただ実のところ、これは格ゲーを強制する領域ではない。厳密に言うと、俺の領域「黄泉平坂滔々三途」とは、
そのため、最初に開示した効果以外にも、表に出していないものはたくさんある。たとえば、この領域および術式自体には確かに攻撃力はないが、
だから実のところ、現時点で俺の勝ちは決まったも同然だったりする。何せ五条、直前まで展開しようとしていた落花の情をやめてしまっているからな。
そこまで狙ってやったわけじゃないんだが、結局術式の開示とは何もすべてする必要はない、ってこったな。隠したほうがいい情報は隠すべきなのだ。
まあ五条の行動が、格ゲー領域が攻撃力を持たないと聞いて不要と判断したのか、ただの慢心なのかはわからないが。しかしどちらにしても、俺にとっては好都合だ。
「そういやお前、禪院の出のくせしてゲームとか漫画めっちゃ詳しかったなぁ……」
「五条くんだって、デジモンとか桃鉄とか好きじゃないですか。嫌いじゃないでしょう、こういうの?」
「まーな。それに必殺効果がないって言うなら、やりようはいくらでもあるだろうし……なッ!」
その辺りのことを知らない五条は、楽しそうに赫をぶっ放してきた。格ゲー的に言うなら、開幕と同時に波動拳で牽制するようなものだろうが、その威力は波動拳の比じゃない。
もちろん俺はそれを避けるが、今までと異なり積極的に攻勢に出る。
何せここは俺の領域内。相手の術式は中和されるため、無下限バリアを無視して俺は攻撃を当てることができるからな。
……というのはポーズ。実のところ、既に勝負は決まっている。
だからこの先の俺の行動は、五条に自らのライフゲージを確認する暇を与えないためだけのものとなる。
なぜなら、俺から直接攻撃を受けていないはずの五条のライフゲージは、
***
あの世での話をしよう。俺が体験した、転生特典を賭けた異能力バトルトーナメントの話だ。
このトーナメントに出場できるのは、神々が設定していた寿命の前に自殺以外の要因で死亡した善人のみ、とされていた。
要するに、早死にした人間に対する一種の救済措置である。だからなのか、敗北した人間にも恩恵をあずかる仕組みがあったのだがそれはともかく。
このトーナメントにおいて、出場者には何か一つ、異能力が与えられた。それを駆使して、ときにはポイントで購入した道具なども用いて、転生特典を勝ち取れという趣旨である。
そしてここで与えられる異能力は、一部の例外を除きその人物の死因に関係するもので統一されていた。
たとえば俺の所属していたブロックを無敗で勝ち抜け、見事準優勝に輝いたオッサンの死因は、あまりにも激しすぎるSMプレイを敢行した結果の腹上死である。
彼に関与した同ブロックの人間は、誰もが「それで死んだのはアンタに原因があるのでは……? なんで出場できてるんだ……?」と思ったんじゃないかと思うが、それはさておき。
そのオッサン、ナビゲーターのお姉さんに殴られたり罵られたりするだけで大喜びするド変態であったのだが、手に入れた能力は強かった。
何せ自身が受けたダメージをため込み、増幅させて相手に返す、という反射系の能力だったからな。
購入したアイテムでライフの回復ができたから、相手の攻撃をとにかく喰らいまくっては反射、反射しては回復というゾンビ戦法で予選を無双してくれた。
こっちの攻撃を喜び勇んで喰らい、恍惚の表情で反射してくるオッサンという絵面は、結構な地獄だったぜ。誰もがオフにしていた痛覚設定を、オンにしていたのはあのオッサンだけだったと思う。
何が一番地獄って、そんな変態に手も足も出なかったことだよ。マジでなんだったんだろう、あいつ。
さすがに各々の情報収集が進んだ本戦では苦戦するシーンもあったし、だからこそ優勝も逃したのだが、それでも自身が勝ち取った特典の一部を俺たち予選敗退者にも恵んでくれたオッサンは、一応光の変態だったとは思う。
彼が今、どこの世界でどんなプレイに勤しんでいるかは知らないが、いたいけな女の子になって前にも後ろにも色々とぶちこまれたいと言っていたから、まあそういうことをしてるんだろう。
イザナミノミコトみたいな女の子になりたいとも言ってたから、不敬の極みで神罰を喰らってる可能性もありそうだが。
まあ変態の話はさておき、そういうわけで死因に関係した異能力を誰もが持っていたわけだが……翻って俺の前世の死因はというと、カフェインの過剰摂取である。
何せブラック企業にそこそこの期間勤めていたんでね。強いエナドリを常飲していたのがまずかったんだろう。
これにより、俺があの世で獲得した異能力。それは毒の付与だった。
しかし既に死んでいるあの世でのトーナメントにおいて、毒は現世におけるそれとは定義が違っていた。様々な種類、強さ、効果がある現世の毒と違い、あの世のトーナメントにおける毒はゲーム同様、「ライフゲージを徐々に減らす単一のバッドステータス」であったのだ。
そこに痛みや苦しみをもたらす効果はなく、それ以外の何物でもなかった。
ここまでが前提の話となる。そんなトーナメントでおこぼれに与り、そこで利用されていたメニュー画面を術式としてこの世界に持ち込んだ俺は、ずっと気になっていることがあった。
バトルトーナメントで用いる異能力の性能は、他の能力と同じくポイントを振ることで強化できた。つまりメニュー画面内に、ステータスの一つとしてきちんと枠が設けられた項目だったのだ。
そいつが、転生してからも普通に残っていた。毒付与という枠が、画面内にはずっとあったのである。使うポイントが経験値になってからも、その枠に変わらず経験値を振ることさえできた。
しかしその能力が使えるようには、一度もならなかった。何をどう頑張っても、存在するステータスなのに効果を発揮することはなかったのである。
俺はこれを、どうにかして使えないかとずっと試行錯誤してきた。
だからだ。だからこそ、俺は領域展開の能力を、効果を、あの世のバトルトーナメントの仕組み再現と定義した。
こうすることで、かつて使っていたあの世での能力を再度使えるようになるはず……と、そう期待して。
果たして俺の目論見は、成功した。今、領域内にいる俺は、一時的に二種類の能力を持った状態となっている。
さらに言えばこれは、あの世の仕組みを再現しているだけで、呪術廻戦という世界における領域展開に則ったものであることには変わりない。
つまりこの領域内において、俺の術式効果は必中する。そう、どこにいても俺は、領域内の他者にいつでも毒を付与できるのである。
そして先にも述べた通り、この毒はただのバッドステータスであり、痛みや苦しみをもたらさない。肉体を蝕む効果は一切ないため攻撃に該当せず、ライフゲージというシステム上の数値を減らすだけの、生命的に極めて無害なものなのだ。
ゆえにこの状態異常は、この世界の人間には治す手段がない。どれだけ反転術式を回そうが、肉体には異常がないのだから意味がないのだ。当然、薬の類も無意味である。
つまりこの領域。格ゲーのふりをした、一方的なハメ技系クソゲーなのだった。
五条がこれに気づいたのは、彼のライフが4分の1を切ってからだった。途中何回か攻撃を当てていたから、気づくのが遅れたのだ。
「やっぱお前めちゃくちゃ性格悪ィだろ!? なんだこの領域ざっけんなよバーーッカ!!」
かくして五条は、最後にそう捨て台詞を残してぶっ倒れた。ライフゲージがゼロになったのだ。
同時に領域が終了し、景色が元に戻る。領域は外から中の様子を見ることができないから、はた目には何が起きたかわからないだろうが……それでも、俺の前で五条が倒れ伏し、その呪力さえも失われているように見える以上、結果だけは誰の目にも明らかだろう。
「よしッ! よくやったぞ篝! それでこそ我が娘よ!!」
扇の歓声が、真っ先に俺の耳をつく。まるで子供のようにはしゃぐ扇に対して、内心の歓喜を抑えながらぺこりと頭を下げて応じる俺。
こうして二度目の姉妹校交流会も、俺は無事に勝利をつかむことができたのだった。
今回の話を投稿するに当たって、タグにガールズラブが追加されているのはそういうことです。
お察しいただけるかと思いますが、今後もし続きを書くとしたら、天内がメインヒロインになるかと思います。
あと原作で扇の呪力が炎っぽい描かれ方してたのに、アニメだと普通の呪力みたいな雰囲気だったのはどういうことかと考えた結果、ボクは彼の能力を「術式は呪力を精密に操作するとか増大させるとかそういう系、炎っぽかったのは呪力特性によるもの」と解釈しました。
普段炎っぽくないのは、よく考えて行動しないと周りに被害が出まくるから縛りで封じているからで、術式解放とはそれを一時的に解くものではないか、と見ています。
焦眉の急が元ネタと思われる名前も、炎の特性によって出る被害によって自分が(主に社会的に)追い込まれるかもしれない、というところからかなぁと。
すべて完全な独自解釈なので、実際のところどうなのかはわかりません。すべては猫のみぞ知る。
最後に篝の領域展開ですが、読者の方はそこよりも篝があの世で戦った変態のオッサンのほうが気になっている可能性が高いかもな・・・詰め込みすぎたかな・・・と反省しております。
そんなオッサンが今、どこの世界でどんなプレイに勤しんでるかについては、ボクの別作品をご参照ください。期待にたがわぬプレイにまい進してるTSロリがそこにはいます。
・・・と、自作を宣伝したところで、今回の更新を終わりにいたしましょう。続きを書くかどうかはわかりませんが、そのときはまた性懲りもなく・・・とでも思っていただければ^^