その一歩が、誰かの戦いを終わらせるなら 作:読み専から初めての執筆
文字や言葉がおかしかったら教えてください
初執筆と言えるようなものではございませんが、気になって貰えたら幸いです
今、目の前で『戦術』の派手な攻撃が飛び交っている。火花を散らす斬撃。空気を歪ませる衝撃波。誰かが詠唱した言葉の残滓が、耳に残る。
戦術訓練場はいつも騒がしく、そして少しだけ眩しい。
いつも後列で弱々しい火の玉を発射しているだけの僕は、自分にはない「才能」を羨ましいと思うこともなく、ただぼーっとそれを眺めていた。
羨ましい、という感情は不思議と湧かない。
諦めているわけでも、拗ねているわけでもない。
ただ、あれは自分のものではないと、最初から分かっているだけだった。
現在行われている戦術訓練では、五人一組のチームを作り、リーダーとフラッグを決める。
フラッグを奪われた時点で敗北。単純明快で、誤魔化しの利かないルールだ。
僕の役割はフラッグの護衛の一人。
もう一人の護衛は、戦術がちゃんと強い人だ。
彼は炎を自在に操り、鞭のように振るうことができる。
立っているだけで、周囲の空気が熱を帯びるのが分かる。
それに比べて僕は、火の玉を飛ばすことしかできない。
しかも小さい。遅い。威力もない。
だから、この配置は妥当だった。
「お前は無理に前に出なくていい」
開始前、彼はそう言った。
命令口調ではない。配慮に近い声音だった。
「フラッグの近くにいろ。危なくなったら下がれ」
「分かりました」
短く答える。
それ以上、話すことはない。
フラッグ役の一年生が、ぎゅっと旗を握りしめている。
指先が白くなっていた。
僕はその少し後ろに立つ。
自然と、足の位置を確かめる。
ここなら、三歩でフラッグの右に動ける。
後ろにも、一歩分の余裕がある。
――悪くない。
開始の合図が鳴った。
前線が一気に動き出す。
戦術同士がぶつかり合い、視界が何度も遮られる。
僕は攻撃のタイミングを測りながら、ほとんど動かない。
撃つとしても、牽制の火の玉を一発、二発。
当たるとは思っていない。
当たらなくていい。
大事なのは、誰がどこに立っているか。
誰がどこへ動こうとしているか。
敵チームの前衛が、正面から突っ込んでくる。
炎の鞭がそれを迎え撃つ。
一見すると、問題はない。
けれど――。
(……違う)
言葉にはならない違和感が、胸の奥に引っかかる。
視線を少しだけずらす。
敵の後列。影になる位置。
そこに、動きがあった。
考えるより先に、身体が反応した。
地面を蹴り、半歩、位置を変える。
次の瞬間、さっきまで僕が立っていた場所を、刃のような戦術が通り過ぎた。
驚きはない。
「やっぱり」という感覚だけが残る。
そのまま流れるように、もう一歩動く。
気づけば、フラッグと敵の間に立っていた。
「……え?」
誰かの声が聞こえた気がした。
僕は反射的に、火の玉を放つ。
弱々しく、頼りない一撃。
でも、それでいい。
敵の動きが止まった一瞬を、味方が逃さない。
炎の鞭が振るわれ、戦況は一気に傾いた。
ほどなくして、訓練終了の合図が鳴る。
勝った。
らしい。
「さっきの、どうやったんだ?」
炎の鞭の先輩が、不思議そうに聞いてくる。
「えっと……違和感を感じて、無意識で動いていたら避けていたので分からないです。」
嘘は言っていない。
本当に、それだけだった。
彼は納得していない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
教師も、何か考え込むような視線を向けただけで、評価を口にすることはなかった。
たぶん、今日の訓練も、僕は「何もしていない」扱いだろう。
それでいい。
僕は、戦術を振るう才能を持っていない。
前に立って、誰かを圧倒する力もない。
だからせめて、邪魔にならない場所にいよう。
危なくなりそうなところには、立たないようにしよう。
そうやって動いているうちに、
たまたま、戦いが終わることがあるだけだ。
――それだけの話だ。
訓練が終わると、戦術訓練場は一気に現実に引き戻される。
誰かが勝敗を喜び、誰かが悔しそうに舌打ちをする。教師の号令が飛び、次の組が準備に入る。
僕はフラッグ役の一年生に軽く会釈をして、少しだけ距離を取った。
さっきまで立っていた場所が、なんとなく落ち着かなくなったからだ。
「助かりました」
小さな声でそう言われる。
「いえ……たまたまです」
本当に、たまたま。
彼はそれ以上何も言わず、旗を抱え直して前に出ていった。
僕はその背中を見送りながら、訓練場の端へと歩く。
視界の隅で、次の戦闘が始まるのが分かる。
――また派手だな、と思う。
火力も、規模も、全部が僕の手の届かないところにある。
僕の名前は、早瀬 凪。
年は十五。戦術学園に通う、ごく普通の一年生だ。
普通、という言葉がどこまで当てはまるのかは分からない。
戦術の成績は最低ラインぎりぎりで、実技評価はいつも「可」。
飛び抜けて悪いわけじゃないけれど、良いところも特にない。
教師からの評価はだいたい同じだ。
――「真面目」「指示は聞く」「前に出ない」。
たぶん、それが僕の全部だと思われている。
別に、訂正するつもりはない。
前に出たいと思ったことも、ほとんどないから。
僕は昔から、動くことだけは嫌いじゃなかった。
走るのも、歩くのも、場所を変えるのも。
どこに立てば邪魔にならないか。
どこにいれば、誰かの視界を塞がないか。
そういうことを考えるのは、自然だった。
戦術の才能がないと分かったときも、特に落ち込まなかった。
できないものは、できない。
それだけの話だ。
代わりに動術の適性が高いと診断されたけれど、それも大した話じゃない。
この学園では、動術はあくまで補助だ。
評価表の片隅に、小さく数字が書かれるだけ。
だから僕は、今もこうして後ろにいる。
前に出る理由がないし、
後ろにいるほうが、よく見える。
戦闘が始まると、人は意外と同じ場所に立ち続ける。
自分が安全だと思った位置から、なかなか動かない。
でも、その「安全」は、すぐに古くなる。
少しずれるだけで、当たらなくなる攻撃。
一歩変えるだけで、意味を失う戦術。
それを見ていると、
動くことは、そんなに悪いことじゃないと思える。
「ナギ」
名前を呼ばれて、振り返る。
炎の鞭の先輩が、こちらを見ていた。
さっきより、少しだけ表情が硬い。
「さっきの……あれだ」
言葉を選んでいる様子だった。
「お前、前からああいう動きだったか?」
「……どういう事、でしょう」
「いや……」
彼は一度言葉を切ってから、首を振った。
「いい。気にするな。次も同じでいい」
「分かりました」
それだけの会話。
先輩は前線に戻っていき、僕はまた端に立つ。
たぶん、今日の訓練の記録には、僕の名前はほとんど残らない。
ダメージ量も、撃破数も、誇れるものはないから。
でも、それでいい。
誰かの代わりに立つ場所があって、
誰かが無事に終われるなら。
僕は、動く。
それが、今の僕にできる唯一のことだから。
――その一歩が、誰かの戦いを終わらせるなら。
たぶん、それで十分だから。