とある一人の社会人投手がプロ入りしてから数年後のプロ野球界。
ある一組のバッテリーが、ひとつの約束を叶えようとしていた。

パワプロ15のサクセスのうちの一つ、神楽坂グループ野球部のストーリーから数年後のプロ野球界での話です。
原作知らないとハードル高いかな?
後半になるにつれて聖ちゃん可愛いしか言ってませんが。

1 / 1
実況パワフルプロ野球15 サクセス(神楽坂編) Few Years Later

 ―――ライトが眩しいなぁ。

 

 それが最終回のホームグラウンドに出た、俺こと『小波(こなみ) ケイ』が最初に思った感想だった。

 

 いつものようにブルペンで数十球投げ込んで、いつものようにマウンドへ向かったつもりだ。

 でも、いつもと同じ感覚じゃないのはなぜだろう。

 グローブやスパイクの具合を見ても変わったところはないし、調子の悪い時に感じる手足の重さもない。むしろ、いつもより体が軽く感じるほどだ。

 今の状態を一言で表すとしたら――絶好調というしかない。

 

 なぜだろう。そう思って目線をあげると、案外すぐに答えに辿り着いた。

 ゆっくりとマウンドまで歩いて行く俺を待つ野手の輪の中に、彼女を見つけたから。

 

 『六道(ろくどう) (ひじり)

 

 俺を神楽坂野球部を代表するピッチャーにまで鍛え、さらに『とっておき』まで教えてくれた、俺の大切な恩人だ。

 雨の日、涙に濡れながら野球への絶望を叫び、それでも俺の言葉で野球を愛し続けることを決めてくれた。

 甘いものが大好きで、たまに俺におはぎを作ってくれたっけ。ものすごく甘かったけど、ものすごく美味しかった。

 

 彼女の野球人生にはあまり良い思い出はないらしいけど、それでもテスト入団を果たし、ついには一軍にまで上り詰め、こうして目の前にいる。

 ちょっと自己陶酔かもしれないけど、俺の言葉を信じてくれたことで、彼女はこの夢の舞台に立つことができたんだ。そのことが、俺にとってすごく嬉しい。

 具体的に表現するなら、今すぐ駆け寄って抱きしめたいくらい。試合中だから自重するけどさ。

 それにしても今日は大変な試合になったなぁ―――なんて他人事みたいに感じながら、スコアボードを確認しつつマウンドへの歩みは止めない。白線はしっかりまたぎましょう。

 

 この試合は序盤から、いわゆるノーガードの殴り合いになった。初回から点を取り合い、両チームともに毎回ランナーが二塁まで出る。片方がリードすれば片方が追いつき、中盤までそれの繰り返し。抑えを任される身としては、出番があるのかないのかとかなりハラハラしていた。

 そんな試合がこう着したのは、7回。

 相手に1点をリードされた直後、裏の攻撃。相手が逃げきりのために自慢の“勝利の方程式”を発動させる。

 先陣を切った若手のリリーフピッチャーに7回を三者三振に切って取られ、完全に向こうが流れを握るかと思われたが、このまま流れを渡すまいと8回表をこちらのリリーフが踏ん張り、どうにか望みをつなぐ。

 しかし8回裏の攻撃。そのマウンドには、全日程の終盤まで来て、防御率が1点をきるような化け物が仁王立ちしていた。

 その後ろには救援成功率九割の守護神も控えており、先頭打者の二番打者を三振で切って取られたときは、そのまま逃げ切られるかと思った。

 

 けれど今年二軍からスタメン3番にまで登りつめた若武者が化け物からの初球を引っかけ、ボテボテとなったサードゴロを気迫のヘッドスライディングで内野安打に。

 ここで4番に回るわけだが、なんと驚いたことに、ここで4番がまさかのバント。この突拍子もない采配が見事に成功し、ツーアウト2塁として晩年二軍から3番の若武者と同じくスタメンまで這い上がった、4年目の5番打者、通称ルーキー。プロになって3年の間、規定打席どころか一軍に昇格したこともないので新人王の権利を持っていて、そのためベンチ内でも他の新人たちとひっくるめて、あだ名のように『ルーキー』と呼ばれている。

 さてこのルーキー、なぜ三年間も二軍で燻っていたのかと、起用する監督自身も不思議がるほどの逸材だ。冬の間にどうやってか急成長を遂げ、オープン戦での活躍を皮切りに一軍に定着。その後も『泣かず飛ばず』と言われていた二軍時代が嘘のように打ちまくり、打率は三割を大きく超え、得点圏打率も七割台でそのほとんどが長打という怪物に化けた。

 現在は目下、打率・ホームラン王・打点王の三タイトルを独占しており、最多安打の争いにも絡んでいる。このままいけば三冠王どころか四冠も射程圏内だそうだ。今日の全打点も、半分は彼がもぎ取ったもの。

 そんな怪物を有する我がチームにとって現在の状況は、ほぼ唯一の逆転のチャンスであると同時に、相手のやることが分かっているがゆえに絶望的なものだ。

 一塁が空いている。そんな場面でわざわざ今年最初から最後まで絶好調の男と真っ向からやりあうのは、よほどのバカかチームよりプライドの方が大事な奴ぐらいだろう。もちろん相手バッテリーは自分のチームの勝利を望む。誰もが予想し、そして我がチームにとっては最悪の選択―――敬遠。

 

 悔しそうにバットを置きながら一塁へ向かうルーキー。

 これでツーアウトながら1,2塁。ルーキー君は走塁もうまく足も速いので、打球が長打になれば逆転も夢じゃない。

 しかしうちの六番は乱打戦のこの試合中、調子が悪かったのかここまでノーヒット。めぐってきた再三のチャンスも潰してる。相手にもその印象を持たれているのだろうか、相対していた相手投手が、あからさまに落ち着きを取り戻して彼を攻略していた。

 

 そこでベンチが動く。

 代打として出てきたのが―――『六道 聖』。

 

 一度だけ、聖ちゃんとは対戦したことがある。と言っても十球勝負の時なんだけど。

 彼女がストライク判定になった十球の中で見逃したのは、たった一球。俺が最初にど真ん中へ投げ入れた初球だけだ。あとは全部、空振りかヒットかファールか。

 最後も得意球だったフォークを痛打されたし。あの時に投げたフォークは、あの頃の自分にとって、まさに渾身の一球だった。プロになった今でも、ポンポン投げられるような球じゃない。

 その時はブランクもあったせいか、どうにか提示された点数内でクリアできたけど心臓に悪いことこの上なかった。ボーダーラインまで残り一点だったし……。

 

 聖ちゃんのメインポジションはキャッチャーだ。そのため神楽坂の練習試合でたまに炎上してしまったとき、よくアドバイスをもらっていたから、ピッチングの配球に関しても少しわかる。なにせ、バッテリー組んでたのがあの人だったから、こっちで配球を考えてたなぁ……リードは単純で捻りも無かったし、痛打されれば俺のせいだったし……せめて慰めの言葉ぐらいくれてもよかったじゃん、腰巾(こしはば)さん……。

 まぁ何を言いたいのかと言えば、彼女に下手な配球で挑むのは勇気がいる。なぜなら彼女は配球を読んで打つ球を待つ、『読み打ち』ができるからだ。投手や捕手の配球の傾向はもちろんのこと、ランナーが出塁してればどこの塁にいるか、ランナーは誰で走塁の能力は良いのか悪いのか、はては『自分がどういう打者として見られているのか』という点まで考慮に入れ、相手が投げてくる一球を読み切る。

 といっても、与えられるチャンスは少ない。やっぱり女性選手ということと、一軍になったばかりで経験が少ないことが原因だろう。今も代打専門の選手を出し切った後に、ようやく代打で呼ばれるほどだからな。

 それゆえに、あまりいい成績は残せていない。レギュラーや準レギュラー的な位置にいられればもっと試合に慣れることができたはずだったけど、こればかりは仕方ないか。

 

 しかし出番が少ないということは、つまり相手が持つ情報が少ないとも取れる。相手が取れる選択肢が多い代わりに、多すぎるがゆえに単純な選択肢を選ばせ、それに絞って読み打ちをすることもできるわけだ。おそらく、聖ちゃんが読み打ちできることも知らないはず。

 そして現在の状況も、選択肢の絞り込みに優位な状況だ。

 

 ちょっと状況を整理しよう。

 八回裏、一点のビハインドでツーアウトながら一、二塁。一塁走者のルーキーはさっきも述べたとおりだが、二塁上の3番もルーキーほどではないが足はある。外野への打球で、よほど野手の真正面に飛ばさない限りは生還できるはず。

 さらに外野の間を破るような長打になれば一点は確実、ギャンブルだがルーキーの足なら逆転も狙える。逆に相手は一点さえもやりたくはない。次に点を取れるという保証もないからだ。

 相手ピッチャーはまだクリーンヒットを打たれているわけでもなく、調子もいいんだろう。ストレート主体で攻めるこの強気な速球派右腕は、速球派に多く見られるコントロール難に苦しんでいる様子はなく、コントロール自体は良い。変化球はそれなりだが、カットボールやSFFといった引っかけさせるためのボールを持つ。

 そしてバッターは女性選手。やはり非力だという印象を持たれるだろうけど、その印象は悔しいことに間違っていない。

 それならばストレートの力押しで引っかけさせるか変化球で内野にボールを転がさせて、アウトに取る。キャッチャーの脳内で状況把握が完了し、現在のピンチからの脱却法も二つ思い浮かぶ。

 その二つの脱出法に大差はそれほどなく、選ぶのはキャッチャーの思考パターンだ。

 今日スタメンマスクをかぶるあのキャッチャーは、よくテレビで『投手の気持ちのいいように投げさせたい』と常々考えていると発言していて、それが本当なら使ってくる選択肢もいよいよ一つに絞れる。

 

 相手のキャッチャーはこう考えたんじゃないだろうか。

 女性だがプロの一軍選手であり、打数が少ないとはいえ守備固めではなく代打として、しかもツーアウトで一点差を争うような緊迫した場面に出されるからには、パワーではなく一点をとれる場所にまでボールを運べるミートヒッターだと。

 安易にアウトコースを攻めて上手く打たれれば最悪の場合、逆転される可能性もある。

 ならば力負けさせるような速球をインコースに投げ込み、バットの根元に当ててゴロを打たせようと。

 見逃されても内側にバッターの意識を向かせることができる。そうすればアウトコースも使えるようになる。

 そう考えて、インコースにストレートを要求する。

 

 あのバッターボックスの中で、聖ちゃんはそう考えていたそうだ。

 つまり、聖ちゃんの“読み”は大当たり。

 

 インコースにやってきた直球へ、バットを待ってましたとばかりに叩きつけた。

 乾いた打撃音を残して、打球は左中間を深く切り裂く。

 相手の外野手がボールを回す間にルーキーが生還し、走者一掃のタイムリーツーベースに。

 後続が倒れるものの、これで逆転。聖ちゃんのお手柄だな。

 

 そして9回。クローザーである俺が内線で呼び出され、ウグイス嬢にコールされて、マウンドに登った。

 不振だった6番の守備位置は捕手だったので、そのまま聖ちゃんがマスクをかぶることに。

 

 内野手の輪の中に入る。

 コーチからボールを手渡され、「調子はどうだ」と聞かれた。

 

 ―――絶好調に決まってる。

 

 そう答えたらコーチは笑って俺の背中をたたき、「頼んだぞ」と一言だけ言ってベンチへ帰っていった。

 内野のみんなも口々に俺を励まして、コーチと同じように背中をたたいて守備位置に戻っていく。

 この瞬間が一番、心に来る。みんなからの信頼という重荷(プレッシャー)に、武者震いさえ覚えるほどだ。

 

 それぞれの守備位置へと戻っていくみんなを見届けると、マウンドに残されたのは俺と聖ちゃんの二人だけ。

 とりあえず口元を隠して、会話をする。

 

「――やっと来たね」

「うん……長かった」

 

 聖ちゃんの眼は、プロの舞台でマスクをかぶることができる嬉しさでキラキラしてて、それでどことなく涙目にも見えた。

 よっぽど待ち焦がれたんだろう。

 俺もうれしいよ。なんたってさ。

 

「約束、守ってくれたね」

「……当然だ。私をここまで導いてくれたのは、ケイなのだからな」

「ありがと、聖ちゃん」

 

 ―――いつかプロのグラウンドで会おう。

 俺が神楽坂からプロに入るとき、聖ちゃんが野球部に入部するとき、俺と聖ちゃんが交わした約束。

 しかも味方同士でバッテリーを組むなんて。すごく驚いたけど、同時にとても嬉しかった。

 

 そうだ。社会人で最後の大会の前にやったキャッチボールの続きを、今からやろうよ。いつか聖ちゃんと、こんな大舞台でキャッチボールをやるのが夢だったんだ。

 俺ができた恩返しは神楽坂の野球部への入部くらいだったけど、でも聖ちゃんがここまで来たんだから、俺はしっかり恩返しできたんだなって思いたい。

 あとでいろいろ話を聞きたいな。

 

「じゃあ、いっちょやりますかぁ」

「……そういえば、プロの試合でボールを受けるのはケイが初めてだ」

「え、マジで?」

 

 もちろん一軍公式戦でって意味だろうけど、なんか嬉しいな。

 聖ちゃんの初体験のお相手になれるとはね。

 

「むぅ……変な意味に聞こえるぞ」

「気にしない気にしない―――それに」

「?」

 

 『とっておき』も、今まで温存してきたから。

 

 そう言うと聖ちゃんの顔が真っ赤になった。

 なんで投げないんだ、とか、あれを使えばもっと楽になっただろうが、とか言ってきたけど。

 

 聖ちゃんに捕ってもらいたかったし、聖ちゃん以外が捕れる保証もなかったし。

 

 そんなことを言えばもっと赤くなった。

 ほんともう、かわいいよなぁ。

 

 ―――(なま)ってないだろうな?

 

 赤い顔で、聖ちゃんはそれだけ確認した。

 

 もちろん恩人からもらった武器を(にぶ)らせるわけがない。毎日10球前後、登板のない日は20~30球投げ込んで、ずっと感覚を忘れないようにしていた。

 すべては今日この日のためと言っても、ぜんぜん過言じゃない。

 これから相手をする打者3人の傾向と基本的な投球方針、ついでに球種とサインを確認して、聖ちゃんは扇の要へ。

 

 なんだろう、この安心感。気心が知れてるからなのか、すべてを聖ちゃんに任せられるような気になった。

 3球ほど投げこんで肩の調子を再確認して、先頭打者を迎える。

 先頭は右打ちの3番打者でミート力もそれなりにあり、なにより長打も狙えて足も速い。『塁に出すと厄介な選手』とほとんどの評論家が口を揃えるほど、めんどくさい相手だ。

 ま、抑える自信はあるけど。

 ―――聖ちゃんからリードが来た。

 頷く。どちらかというと、俺は速球派だ。変化球にも自信はあるけど、やっぱり自慢はストレート。聖ちゃんも、そこをちゃんと分かってくれてるらしい。

 

 腕を振り上げる。足を上げ体をねじりながら、筋肉を弓の弦のように引き絞るイメージで体を緊張させていく。

 “弓”が十分に引き絞られる感覚を感じながら聖ちゃんを見ると、聖ちゃんはもうミットを構えていた。そこに投げればいいんだね、全力で。

 

 重心を前に移動させることで得られる運動エネルギーと、体中の筋肉を使った“弓”による加速力を白球に与えて、思いっきり腕を振りぬく。

 右打ちの3番の胸元に近いストライクゾーンにボールが放たれ、まるで弾丸のようにボールが聖ちゃんの構えたところに突き刺さった。

 スピードガンは155㎞/hと表示。MAXから-1㎞か。うん、絶好調だ。

 

 思わず見送ったようだけど、脳内で反復させる時間は与えない。バッターボックスから出ないのをいいことに聖ちゃんから送られてくる次のサインに頷き、“弓”を引き絞る。

 しっかり腕を振れれば、変化球だろうと思ったところに投げられるんだ。放たれた白い“矢”は、先ほどのストレートより球速が格段に遅い。

 ヌルリ、と右打者から逃げるように変化していく。ただでさえ球速の遅い球種であるカーブ系統の球種でも一、二を争う遅い球―――スローカーブだ。インコースに投げたものの下にわずかに外れているが、それでも構わない。さっきの速球からの落差を見せつけるだけでも十分に効果があるんだ。150㎞の後で100㎞前後の緩い球を見せられれば、打者にとってのリズムを大いに狂わせることができる。

 幸運なことに反応してしまったらしく、止めようとしたんだろうけど少々遅かった。

 中途半端なハーフスイングは聖ちゃんのアピールによってストライクになり、これでやっかいな打者を追い込んだことになる。

 そしてすぐさま聖ちゃんから次のサインが来るんだけど……よく分かってらっしゃるな。

 一球見せ球に使ってもよかったけど、基本的にストライク先行、できれば三球で終わらせたい俺の思考を理解して尊重してくれる。その上で勝てる配球ができるんだから流石だ。

 

 打者のバットから最も遠いストライクゾーン、アウトローにストレート。これは入れる。

 引き絞られた弓から、渾身の“矢”が放たれた。

 インコースを二球続けられ、タイミングも崩されてただでさえ打ちにくい場所に速い球を放られれば、さすがに打ち返すのは難しいだろう。

 3番打者は最後のストレートを呆然と見送った。

 

「ストライーーーク!! バッターーーーアウッ!!!」

 

 大げさな動作でアンパイアが三振を宣言する。

 さぁ、この調子で終わらせよう。

 

 右の4番打者。こちらは典型的なパワー型助っ人でブンブン振り回す分、一発が怖いけどそこさえ気を付ければ楽な相手だ。

 まぁ俺としても真っ向勝負で負ける気はしないんだけど。

 俺の強気が伝わったのか、聖ちゃんのサインが強気だ。

 ……いや、聖ちゃんって頭良いから、相手に何か言われたんじゃないかな……。あ、バッターが聖ちゃんの方を見た。あれは何か言い返されたぞ。

 なんて言ったんだろうなぁ。

 

 ……まぁいいや。

 さっさと終わらせる。

 “弓”から放たれた三球は全てストレート。インロー、アウトロー、インハイで見事に扇風機になってくれた。

 マスクとってドヤ顔する聖ちゃんが可愛いです。

 

 あと一人。勝利を待つファンの声援も一層熱くなってきた。

 一発があれば同点だから、相手側の応援もヒートアップしていく。

 この異様な熱気に包まれる空間。この瞬間が、たまらない。アドレナリンがドクドクと溢れているのが分かる。クラクラしそうだ。

 

 最後の打者は左打ちの五番。どっちかと言えばパワータイプのバッターだけど、ミートヒッティングもできる。けど今の状況じゃ、後続に期待するのは難しいと思っているのか、一発を狙っているらしい。聖ちゃんのサインがそう言っていた。

 そのサインに頷く。

 俺のフォームに合わせて、観客が願うように叫ぶ。「打ってくれ」と。「抑えてくれ」と。

 

 まずはアウトコース真ん中からほぼアウトローまで落ちるフォーク。ギリギリ入ったようで、審判の手が上がる。

 一軍の捕手でも落差がありすぎて後逸したりするのに、よく一発で捕れたな。高いところから、というのもあるんだろうけど、さすが聖ちゃんだ。

 スローカーブほどではないとはいえ、フォークにもストレートとの球速差はある。スローカーブは変化も大きいので左打者相手に投げると、ぶつけてしまったり甘いところに入ったりするので、ちょっと投げづらい場合があり、フォークはそういう場合の代用品だ。この打者がカーブ打ちが得意っていうデータもあったし。

 次はインハイへのストレート。直球に強いのかタイミングを崩し切れてなかったのか、どうにかといった感じでカットされる。ボールはバックネットに飛んだ。

 観客の声による後押しもあってか、いつも以上にストレートがキレてる気がするな。

 

 『あと一球、あと一球』。観客席からの大合唱だ。

 ……ラスト一球なんだし、“あれ”使おうか。

 聖ちゃんはアウトローにストレートのサインだけど、球種のサインにだけ首を振る。

 あ、困ったような顔をした。

 

 スローカーブ―――違う。

 スライダー―――はずれ。

 フォーク―――違うよ。

 SFF(スプリット・フィンガー・ファスト)―――違うったら。

 

 もっと良いのがあるじゃん。聖ちゃんが教えてくれた、とっておきの“あれ”が。最初に言ったでしょ、今日のために温存してきたって。

 残りの選択肢を思い出したのか、聖ちゃんはこっちから見ても分かるほど、顔を赤くした。

 反応が一々可愛いなぁ。“あれ”のサインは決まってなかったから、頷いて聖ちゃんの推測を確定して上げる。

 球種が変わったので、コース変更。ど真ん中に聖ちゃんがミットを構えた。

 

 プロ入りしてからもずっと封印し続け、今日が初披露になる『とっておき』の一球。

 聖ちゃんにしか取れない、特別な『魔球』。

 

 開発した人は左のサイドハンドだったけど、握りを工夫して右のスリークォーターでも完璧に再現して見せた。

 

 ラスト一球。前の二人の決め球から、ストレートにヤマを張ってるかもしれない。実際、捕手が聖ちゃんでなければそうしていたけど、今日は聖ちゃんだ。

 なにせこの“弓”から放たれる矢は、プロどころか今まで対戦してきた相手でも見たことがない正真正銘の『奥の手』だからな。

 

 奥の手を放つ。

 そんな奥の手のパッと見は、抜けたような遅いストレート。

 ボールの回転でストレートじゃないのは分かるだろうけど、バッターは打ち頃の球だと思ったのかバットを出してきた。

 

 ――その瞬間。

 ボールがバッターの手元で逃げるように変化し、滑らかな三日月をストライクゾーンに描いてバットから逃れ、聖ちゃんのミットに収まった。

 

 これが俺のとっておきの『クレッセント・ムーン』。聖ちゃんの先輩、『橘 みずき』が編み出した魔球だ。

 

 スタジアムが勝利への歓声で爆発する。

 そのなかで俺と聖ちゃんは歩み寄り、握手した。

 

「……クレッセント・ムーン、みずきが右投げになったのかと思ったぞ」

「教えてもらった時はサイドでの投げ方だったから、あとでいろいろ工夫したんだ。どう、錆びてなかった?」

「―――ケイに教えて正解だった。錆びるどころか傷一つない」

 

 嬉しそうに笑う聖ちゃん。

 俺も、そう言ってもらえて嬉しいよ。

 

 このあとチームのみんなとハイタッチしてベンチに戻り、聖ちゃんからもらったウィニングボールを勝利投手の奴に渡そうとしたら、「六道さんにあげて」だって。

 他のみんなも聖ちゃんに声をかけ、労をねぎらっている。良い人たちだ。このチームに入れてよかったと思う。俺も、聖ちゃんも。

 

 コーチから呼ばれた。どうやら今日のヒーローに選ばれたらしい。

 この試合のヒーローは、一点差の最終回を抑えてセーブを挙げた俺と、もちろん逆転タイムリーの聖ちゃん。

 アナウンサーが、お決まりの文句となった放送席と観客への報告が終わると、まず聖ちゃんにマイクを向けた。そりゃそうだ。今日の勝利の立役者なんだから。

 

『六道選手からお話を伺いたいと思います。八回ツーアウト、絶好のチャンスでの代打起用でしたが、緊張はしましたか?』

「え、えと、とにかく打つことに集中した……しました」

『9回には守備について小波選手をリードしましたが、どうでしたか?』

「うぅ……こ、コントロールが良くて、リードしやすかった、です……」

 

 今、緊張でガチガチになってうまくしゃべれない聖ちゃんに、腹話術みたく後ろから助言してやってます。

 といっても敬語の注意くらいだけど。

 と、聖ちゃんの方をあらかた聞き終わったのか、マイクが俺の方を向いた。

 

『続きまして、小波選手です。今回、初めて六道選手とバッテリーを組みましたが、どうでしたか?』

「そうですね。リードも上手いですし、キャッチも上手ですから、安心していろんなボールを投げられました」

『いろんなボールと言えば、最後のバッターに対しては今までの小波選手の持ち球に無かったボールで三振を取りましたが、あれは何だったんでしょうか?』

「――あ~、あれっすか?」

 

 ふと聖ちゃんの方を見ると、つーんと赤い顔で拗ねてた。そんな顔しても可愛いだけです。

 苦笑しながら、インタビューに答える。

 

「あれは、俺の『とっておき』です」

 

 観客席がドヨドヨする。

 まさかの新球種披露に困惑と興奮と期待が混じってるのだろうか―――なんて言い過ぎかな。

 放送時間も終わりに近いらしく、アナウンサーが締めの一言を求めてきた。

 

『最後に、ファンの皆さんに一言お願いします!』

「え~、みなさん! どうか『六道 聖』をよろしくお願いします!!」

 

 場内から聞こえる暖かな笑い。

 そんな中、いきなり注目の的にされた聖ちゃんは顔を真っ赤にさせながら、オロオロしてる。

 アナウンサーが、聖ちゃんへマイクを持っていった。

 聖ちゃんが俺の方へ助けを求める視線を送ってきたけど、それはできない。主役は聖ちゃんだからね。

 ―――オロオロする姿が小動物みたいで可愛くて観察したい、なんて不純な理由じゃないよ?

 

『六道選手からも、どうぞ!』

「えと、えと……こ、これからも、精進していきます……あ、応援、よろしく」

 

 場内から、温かい拍手。

 アナウンサーが締めの一言を言って、中継が終わった。

 俺はそのまま帽子を取って、手を振る観客にあいさつする。

 

 聖ちゃんは……ぼーっと観客席を見ていた。

 いま見ている光景が夢なんじゃないかと思ってるんだろうか。自分がプロの舞台に立ってるってこと。

 今までにも打席には立った事がある。ヒットも打ったし、守備は本業じゃないにしてもファーストを守ったこともある。

 それでも、『キャッチャーとして』試合に出て俺の球を受けて、お立ち台に上ったのは今日が初めてだ。

 明日になると醒めてしまうかもしれない、長い夢なんじゃないかって思ってしまうほど、待ち焦がれていた光景なんだろう。

 

 でもさ、これは夢じゃないんだ。

 現実に起こっていることなんだって教えるために、聖ちゃんの手を取って万歳をした。

 聖ちゃんは驚いたようだけど、観客の歓声を聞いて前を向く。目がずっと真ん丸だ。現実なんだと気付けども、刺激が大きすぎて混乱してるらしい。

 

 落ち着こうよ、と頭をクシャクシャとなでてやる。

 子ども扱いするなとばかりに睨まれても、涙目じゃ怖くないよ。むしろ可愛い。

 聖ちゃんのコロコロ変わる表情を堪能したところで、そろそろ戻った方が良いだろう。

 

「さ、戻ろうか」

「……ん」

 

 

 

 

 

 テレビのインタビューとかで遅くなって、けっきょく帰るのはみんなの中で一番最後になってしまった。

 ロッカールームで荷物を片付けると、女子の更衣室の方へ向かう。プロ野球界でも女性選手が多くなってきて、うちのホームグラウンドにも作られたんだ。ほぼ聖ちゃん専用だけど。

 ……覗かねぇよ。

 聖ちゃんが車を持ってるらしいから、送ってもらうだけだっての。まぁ、俺も免許持ってるけど。

 女性を出迎えるのが紳士ってもんだろ。

 

 

 更衣室のドアをノックする。返事がない。

 

 名前を呼んでみる。これまた返事がない。

 

 不用心にも鍵のかかってないドアを恐る恐る開けると、バッグを抱えて眠り込んでいる聖ちゃんがいた。

 試合とインタビューが終わって、気が抜けたのかな。

 よっぽど緊張したんだろう。ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。

 

 ………はぁ、しょーがない。聖ちゃんの家は教えてもらっってるし、俺が送るか。

 ここがホームで助かったよ。ビジターで宿泊場所がホテルだった日には、新聞になんて書かれるか分かったもんじゃない。

 家に送り届けてすぐ出れば―――と考えたところで。

 

「……あれ、聖ちゃんの家の鍵、どうするべきだ?」

 

 聖ちゃんが眠っているのなら俺が聖ちゃんちを出た時、カギを閉める人間がいなくなる。

 俺が聖ちゃんの持ってる鍵を預かる? そうしたら明日の試合に来るときに聖ちゃんが家の鍵を閉められないじゃないか。

 聖ちゃんちに泊まる、という選択肢は、まごうことなき地雷。誰かから闇討ちするぞと言われても笑えない事態になる。

 

 その後もあーだこーだとウダウダ悩んでいたが、俺も疲れたし考えるのをやめた。

 自分のバッグと聖ちゃんの分、そして聖ちゃん自身を負ぶって、駐車場への道を行く。

 思ったより軽い背中の感触を感じながら、どうやって自分の家に何事もなく無事に帰れるかをずっと考えていた。どう考えても積んでるでしょ、この状況は……。

 

 でも眠る聖ちゃんの顔を見るととても幸せそうで、そんなことで悩んでる俺が小さい男のように思えた。

 

 寝顔を見ながら、俺は祈る。

 

 願わくば彼女が見る夢が幸せであるように。

 願わくば彼女がずっと自分の好きなことを好きなだけできますように。

 

 誰にともなく、俺は祈る。

 シンデレラ・ストーリーがハッピーエンドで終わるように。

 

 そんな聖ちゃん(シンデレラ)は、俺の背中で気持ち良さそうに眠っていた。

 

 

 

 

 




どうもこんにちわ、イザナギです。はじめましての方は初めまして。
かつて書いていたパワプロ小説のリメイクです。大幅な加筆修正を行いました。
あまりにも勢いに身を任せ過ぎていたなぁ、とリメイク前の小説を読んでそう思いましたね。人に見せられるもんじゃなかったよ。よくあんなの出せたよ。そしてよく観想下さいましたよほんとにありがとうございました○○ ○様(念のため伏字)感謝感激の極みです。ぐう聖すぎますよ。

加筆修正点は、試合中の描写などですかね。圧倒的にたりてなかったので。知らない人にはなんのこっちゃでしょうが気にしないでください、黒歴史なんで。
3000字くらい加筆して1000字くらい消したのかな?と思ったら7000字ほどの追加だったでござる。一か月かかるわけだそりゃ。

さてオリジナル主人公の『小波 ケイ』君。神楽坂の守護神としての能力をかわれ、プロ入り。中継ぎとして順調に好成績を収め、シーズン終盤からは抑えとして活躍、新人王を受賞したって裏設定があります。長くなりそうなので省きましたが、あったところで意味も無いのでさらしました。
能力としては
スリークォーター投法(ワインドアップ)
右投右打 MAX156km/h コントロールB スタミナD
変化球:フォーク6、SFF3、スライダー4、スローカーブ2、クレッセントムーン7
ノビ5、安定度4、ピンチ4、奪三振、投手威圧感
……強くね?いや強いね。なんだこれ、なにこの「ぼくのかんがえたさいきょーのしゅごしん」は。メジャー行けよ。
プロ入りして数年たってるって設定なので、入団時からかなり成長したと考えてください。覚醒したってやつかな?

そうそう、ツッコまれる前に一つ。
スクリューであるクレッセントムーンは、一応右投手でも取得できます。自分が作った投手の中に右投げでクレッセントムーンを覚えてる投手がいたので。データは消しちゃいましたしなにぶん最近やってませんので、けっこう怪しいのですが(汗

しかしシンカーとスクリューは別種のボールです。ウィキペディアあたりで調べてみたのですが、利き腕の方向に落ちるのは変わらず、軌道が多少違うらしいです。
カーブのように緩く変化するのがスクリューで、鋭く変化するスラーブのようなツーシームのような鋭い変化をするのがシンカーなのだそうです。
よって右投手でも『スクリュー』を投げることは可能で、左投手でも『シンカー』を投げることは可能なのだそう。
パワプロ方式で行くとケイがクレッセントムーンを覚えられないので、上の話を採用させてもらいました。パワプロじゃなくなるけど許して?
2012のクレッセントムーン、えぐくてカッコいいね。どうやったら手に入れられるんだろう……

さてこの話、15が前提の話ですが、その後の話が14のサクセスなため、それを意識してみました。といっても14はやったことないんですけどね。なのでネットでかき集めた知識を総動員して、でも量が絶対的に少なかったので、少々オリジナル要素を入れてみました。
それが五番打者のルーキー君です。プレイヤーキャラをイメージしてます。プレイヤーキャラなら実際に『怪物』と呼ばれてもおかしくなさそうなんで、思い切ってぶっとばしてみました。
能力的には
↑4BBBBBBでチャンス5、走塁4もち
その他いろいろはご想像にお任せします。
最初は本気で14とクロスさせようとも思いましたが、諸問題の矛盾解決に詰まり、断念しました。何か違う気がしても気にするなっ!
聖ちゃんの能力はパワプロ15に搭載しているものを参考にしています。↑3BEFDAAでチャンス4、キャッチャー◎持ちです。

ちなみにその後のケイ君ですが、無事()聖ちゃんちにお泊りすることになりました。もげろ。
何もしなかったよ。紳士だから(笑)

さて、ウダウダと長い話もここらへんにして。
ご読了、お疲れ様でした。こんな駄文に目を通していただき、誠にありがとうございました。
それではっ!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。