「頭目どもを……殺し過ぎたことが、問題だと?」
「そうだ。戦争とは、敵を多く殺せば勝ちになるゲームではない」
奇しくもそれは――アスタが見張り塔で、冗談めかし願ったこと。
『いっそわかりやすく、いっぱい殺したら勝ちってことにしろよ』と。
「現実はまるで違う。多く殺すことが、望む結果を生むかは条件による。奴は見誤ったのだ、敵の弱点が
「実際、そうだったではありませんか。……彼らは欲にまみれた獣でした」
「いいや。
「……変数」
「魔物がうようよと蠢く漆黒の地で、夜の包囲戦。この状況下で、俺が最初から狙っていたのはな――」
ほんの僅か。
ほんの僅かだけ、垣間見える唇が弧を描く。
「――『背水の陣』の構築だ」
自ら灯りを消し、闇に紛れたつもりになっていた盗賊たち。
だが、一度派手に戦端が開かれれば、濃厚な血の匂いに誘われ魔物が集う。
いまや戦場は、どこもかしこも魔物が潜む漆黒の
「そこへ背後から電撃的な奇襲だと? ああ、見事に大戦果だろうとも。おあつらえ向きに派手な炎や毒まで使ってな。……たくさん殺したな、彼らをまとめていたはずの頭目たちを。おかげで盗賊たちの恐怖は最高潮だ。……だがな?」
――ゴクリ。
女
「この状況で、誰が退ける?
そう、パニックになった盗賊たちの状況とは。
「まさか、盗賊たちは……“村に逃げ込もうとしている”と?」
「そうだ! 錯乱のあまり村だけが“唯一の避難所”に見えているのだ! 奴らは命が惜しいからこそ、前に前にと死へ突き進む! ……俺はその背中を、ほんの少し押してやるだけでよかった」
別に、この指揮官とて高みの見物をしていたわけではない。
使える手駒を、突入させるだけが戦術ではないのだ。
もう停戦も撤退も不可能。
取りまとめられるリーダー層の多くは、アスタ自身によって間引かれてしまっているのだから。
「普通なら、散り散りになっただろう。だが、今の条件下では、奴の『合理』が機能しない。今夜、戦場を狂走する者たちは――“暴徒と化した群衆”という災害だ」
使い魔を通じ、俯瞰しているはずの副官よりも……鉄仮面の指揮官は、遥か深く戦場の汚泥を見据えていた。
退路を断たれ窮地に追い込まれた人間は、どこまでも止まらない。
「まさか、ヤン
「無論だ」
「……さすがに、男爵が気の毒になりました」
「気の毒か。……しかし、どうせ奇襲を仕掛けるなら、奴は堂々と囮になるべきだったな」
「囮、とは?」
「松明を大々的に掲げ、自ら名乗りあげ、ほどほどに敵を殺し……そうして、盗賊たちに“ギリギリで男爵を殺せそうだ”と勘違いさせるラインを狙うべきだった」
それは、アスタのような無駄を嫌う合理主義者からすれば、明らかに戦術的愚行。
ただの無意味な消耗行為に他ならない。
朝になれば、アスタを糾弾するために王国正規軍がやってくる。
それまでに片をつけねばと焦る状況下で……あえて、消耗戦と遅滞戦術を狙えというのだ。
「しかし、どれほど愚かに見えようとも、ヤバマーズ男爵はそれを選ぶべきだった。その上で、一旦は切り札を懐に温存すべきだったのだ」
「さすがに……その、無茶な作戦では?」
「確かに、随分と危うい博打になるがな。しかし、この方法で小康状態のまま夜を明かすことさえできれば……“領主自らが、大軍の足止めに成功した”と武勇伝に仕立てられる」
「朝に来る正規軍を、勝利条件に書き換えると仰るのですか!?」
「ああ、目標の再定義だな。男爵は王国正規軍の到着に、薄々勘付いていたはずだ。だから選べた……正規軍を奇跡の目撃者にしてやる手が」
そして、アスタならばその危うい綱渡りすら成功させ得ただろう。
そう、指揮官は『己の敵』を高く評価した。
「敵を狙い殺すのではない、奴は“状況を狙い殺す”べきだったな」
暫し、絶句する女
「……その、ですが。それを黙って見届けてやるほど、ヤン
「まあ、な。さすがに邪魔をする」
鉄仮面が、肯定するように小さく傾いた。
「これはまるでフェアな戦いではない。俺は、ヤバマーズ男爵というイレギュラーの情報をある程度は握っている」
「ですが、男爵は……きっと、指揮官の影すら掴めていないでしょう」
「こうも情報が非対称である以上、正直、どうとでも料理できてしまう」
この情報格差は、あまりにも致命的。
最初からどう転んでも、準備を整えている側にしてみれば……。
「仮に、男爵がどんな手を打とうとも……そう、仮にこの戦いを何十、何百回と
アスタは目の前の盗賊団と戦っているつもりだが……実態は、裏で糸引く巨大な蜘蛛の巣に絡め捕られている。
「ヤバマーズ男爵は、僻地の領主としては稀に見る傑物やもしれん。……だが、指揮官としては、あまりに才能を腐らせている」
「……ヤン
「シャルル殿下は机上の理論しか知らんが、ヤバマーズ男爵は現場しか知らん。結局、奴は『学問としての戦争』を体系的に学んでいない素人だ」
どこか残念そうに、鉄仮面の指揮官はため息を漏らした。
「独学の天才では――“殺し”は上手くなれても、“勝ち”の定義を見誤る」
とうとう、潜んでいた大蜘蛛が脚を動かし始める。
「よく理解できたよ……ヤバマーズ男爵。貴様は持ち前の才能で、群れの弱みを見抜き、的確に突ける優れた合理主義者だ。しかし、殿下と同じく犠牲を許容できぬ理想主義者でもある」
アスタを確実なる死へと引きずり込もうとする、強固な運命の歯車が。
「故に、貴様が次に辿る道筋は――」
昏く激しく、不吉に回り始めていた。
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