ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第101話 よくできました。ただし、お前の計算式には逃げ道が足りない。(後半)

「頭目どもを……殺し過ぎたことが、問題だと?」

「そうだ。戦争とは、敵を多く殺せば勝ちになるゲームではない」

 

 奇しくもそれは――アスタが見張り塔で、冗談めかし願ったこと。

 『いっそわかりやすく、いっぱい殺したら勝ちってことにしろよ』と。

 

「現実はまるで違う。多く殺すことが、望む結果を生むかは条件による。奴は見誤ったのだ、敵の弱点が見えすぎるが故に(・・・・・・・・)。盗賊どもの戦う動機が、“飢え”や“欲”でしかないと」

「実際、そうだったではありませんか。……彼らは欲にまみれた獣でした」

「いいや。飢えや欲(それら)は今の状況においては、考慮に値しない変数に過ぎん」

「……変数」

「魔物がうようよと蠢く漆黒の地で、夜の包囲戦。この状況下で、俺が最初から狙っていたのはな――」

 

 ほんの僅か。

 ほんの僅かだけ、垣間見える唇が弧を描く。

 

「――『背水の陣』の構築だ」

 

 自ら灯りを消し、闇に紛れたつもりになっていた盗賊たち。

 

 だが、一度派手に戦端が開かれれば、濃厚な血の匂いに誘われ魔物が集う。

 いまや戦場は、どこもかしこも魔物が潜む漆黒の(あぎと)

 

「そこへ背後から電撃的な奇襲だと? ああ、見事に大戦果だろうとも。おあつらえ向きに派手な炎や毒まで使ってな。……たくさん殺したな、彼らをまとめていたはずの頭目たちを。おかげで盗賊たちの恐怖は最高潮だ。……だがな?」

 

 ――ゴクリ。

 女魔術師(メイガス)は、放たれる威圧感に喉を鳴らす。

 

「この状況で、誰が退ける? 心柱(しんばしら)たる頭目を失い、四方八方からの襲撃を受ける。敵味方の区別すらつかぬ恐慌状態と化した連中が、生き残るために向かう先はどこだ?」

 

 そう、パニックになった盗賊たちの状況とは。

 

「まさか、盗賊たちは……“村に逃げ込もうとしている”と?」

「そうだ! 錯乱のあまり村だけが“唯一の避難所”に見えているのだ! 奴らは命が惜しいからこそ、前に前にと死へ突き進む! ……俺はその背中を、ほんの少し押してやるだけでよかった」

 

 別に、この指揮官とて高みの見物をしていたわけではない。

 使える手駒を、突入させるだけが戦術ではないのだ。

 

 もう停戦も撤退も不可能。

 取りまとめられるリーダー層の多くは、アスタ自身によって間引かれてしまっているのだから。

 

「普通なら、散り散りになっただろう。だが、今の条件下では、奴の『合理』が機能しない。今夜、戦場を狂走する者たちは――“暴徒と化した群衆”という災害だ」

 

 使い魔を通じ、俯瞰しているはずの副官よりも……鉄仮面の指揮官は、遥か深く戦場の汚泥を見据えていた。

 退路を断たれ窮地に追い込まれた人間は、どこまでも止まらない。

 

「まさか、ヤン指揮官(コマンダン)は……最初からそこまで、お考えに?」

「無論だ」

「……さすがに、男爵が気の毒になりました」

「気の毒か。……しかし、どうせ奇襲を仕掛けるなら、奴は堂々と囮になるべきだったな」

「囮、とは?」

「松明を大々的に掲げ、自ら名乗りあげ、ほどほどに敵を殺し……そうして、盗賊たちに“ギリギリで男爵を殺せそうだ”と勘違いさせるラインを狙うべきだった」

 

 それは、アスタのような無駄を嫌う合理主義者からすれば、明らかに戦術的愚行。

 ただの無意味な消耗行為に他ならない。

 

 朝になれば、アスタを糾弾するために王国正規軍がやってくる。

 それまでに片をつけねばと焦る状況下で……あえて、消耗戦と遅滞戦術を狙えというのだ。

 

「しかし、どれほど愚かに見えようとも、ヤバマーズ男爵はそれを選ぶべきだった。その上で、一旦は切り札を懐に温存すべきだったのだ」

「さすがに……その、無茶な作戦では?」

「確かに、随分と危うい博打になるがな。しかし、この方法で小康状態のまま夜を明かすことさえできれば……“領主自らが、大軍の足止めに成功した”と武勇伝に仕立てられる」

「朝に来る正規軍を、勝利条件に書き換えると仰るのですか!?」

「ああ、目標の再定義だな。男爵は王国正規軍の到着に、薄々勘付いていたはずだ。だから選べた……正規軍を奇跡の目撃者にしてやる手が」

 

 そして、アスタならばその危うい綱渡りすら成功させ得ただろう。

 そう、指揮官は『己の敵』を高く評価した。

 

「敵を狙い殺すのではない、奴は“状況を狙い殺す”べきだったな」

 

 暫し、絶句する女魔術師(メイガス)

 

「……その、ですが。それを黙って見届けてやるほど、ヤン指揮官(コマンダン)はお優しくはないのでしょう?」

「まあ、な。さすがに邪魔をする」

 

 鉄仮面が、肯定するように小さく傾いた。

 

「これはまるでフェアな戦いではない。俺は、ヤバマーズ男爵というイレギュラーの情報をある程度は握っている」

「ですが、男爵は……きっと、指揮官の影すら掴めていないでしょう」

「こうも情報が非対称である以上、正直、どうとでも料理できてしまう」

 

 この情報格差は、あまりにも致命的。

 最初からどう転んでも、準備を整えている側にしてみれば……。

 

「仮に、男爵がどんな手を打とうとも……そう、仮にこの戦いを何十、何百回とやり直したところ(・・・・・・・・)で、俺はそれに合わせ何百通りの殺し方でも提供してやれるだろうな」

 

 アスタは目の前の盗賊団と戦っているつもりだが……実態は、裏で糸引く巨大な蜘蛛の巣に絡め捕られている。

 

「ヤバマーズ男爵は、僻地の領主としては稀に見る傑物やもしれん。……だが、指揮官としては、あまりに才能を腐らせている」

「……ヤン指揮官(コマンダン)

「シャルル殿下は机上の理論しか知らんが、ヤバマーズ男爵は現場しか知らん。結局、奴は『学問としての戦争』を体系的に学んでいない素人だ」

 

 どこか残念そうに、鉄仮面の指揮官はため息を漏らした。

 

「独学の天才では――“殺し”は上手くなれても、“勝ち”の定義を見誤る」

 

 とうとう、潜んでいた大蜘蛛が脚を動かし始める。

 

「よく理解できたよ……ヤバマーズ男爵。貴様は持ち前の才能で、群れの弱みを見抜き、的確に突ける優れた合理主義者だ。しかし、殿下と同じく犠牲を許容できぬ理想主義者でもある」

 

 アスタを確実なる死へと引きずり込もうとする、強固な運命の歯車が。

 

「故に、貴様が次に辿る道筋は――」

 

 昏く激しく、不吉に回り始めていた。




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