ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第98話 夜更かしたちのナイトキャップティー。

 アスタが、猟兵を率い快進撃を続けていた。

 ちょうど、その頃。

 

 ――ドォォォンッ!!

 

 遠く、立ち昇る火柱。

 大広間の古ぼけたシャンデリアが、カシャンカシャンと不吉に微震する。

 

「ひぃぃいいいっ!! 始まった、始まったぞっ!」

「……まあ、賊が押し寄せたなら……そりゃ、そうなるでしょうなあ」

 

 閉じ込められた商人らの反応は、見事に二分されている。

 

 だが、どよめいていたのは、なんと少数派。

 さきほどの興奮の熱が冷めて、淡々としている者の方がいっそ多い。

 

「今さら……なあ? さっき散々、騒いだし」

「ああ。賊に襲われた経験など、業界じゃ自慢にもならん。……経歴書に一行、綴る価値すらないな」

「なんとかなるでしょう。私は数年前、もっとえげつない領地紛争に巻き込まれましてねぇ。あの時は数週間、立ち往生でした……」

 

 元より隊商を引き連れ、商売だからとこんな魔境に来るような手合い。

 修羅場経験なら、嫌ほど持っている。

 いつまでもガタガタ震えていられるほど、世知辛い時代を生きる商人は甘くもない。

 

「この地では武装は嗜みと言っていたな、ちょうどいい。私は無防備なまま首を差し出すつもりはないぞ」

「同感だ。……我々は、屋敷に陣取らせてもらうとしようか」

 

 豪商バルトロメウスが頷くと、空気が引き締まる。

 

 結局は、バルトロメウスもそちら側の人間。

 酸いも甘いも噛みわけた『冒険商人』の遍歴は伊達ではない。

 

 マナーだと言われたならどれほど不条理でも、ふてぶてしく波に乗る度胸がある。

 

 様子を見届け、給仕のヘイホーは一礼した。

 こういう話になるのは、彼には予想内だった。事務的に対応する。

 

「ええ、一向に構いませんよ。ヤバマーズの伝統ですので」

「話が早い。ならば、中庭に待機させている配下も入館させて構わんな?」

「はい。ですが――手勢を配置してよいエリアにつきましては、いくつか制限がございまして」

 

 あくまで慣習、礼儀作法の一環として案内していくヘイホー。

 

 聞いた商人たちは動き出すと、話し合って従僕や護衛を要所に配置。

 徹底的に守りを固めていく。

 

 しかし、そこに屋敷で働く使用人、ヤバマーズ領民も入り混じっていくわけだ。

 当然のように婦人たちまで、物騒な鉈だの包丁だのを構えていた。

 

 すると、現実問題として――。

 

「おい、そこのボロ服。妙な動きをしたら容赦なく心臓をぶち抜くぞ」

「そっちこそ、ブサイク顔を床に転がして掃除させてやる。胴体とおさらばする準備はいいか?」

 

 ――ギロリ。

 

 “おかしなことをすれば殺す”と一触即発。

 立場も育ちも異なる者同士が、狭い箱に押し込められて「仲良しこよし」で共闘など不可能。

 商人の護衛同士も、領民も誰も心を許す気などない。

 

 だが、そんな張り詰めた只中に――決定的な例外がいた。

 

「ボリマッシェ商会長」

「……なんだ、こんな時に」

「これは失礼いたしました、温かいお茶のお代わりはいかがですか?」

 

 ヘイホーは平然とした手つきで、ポットを傾けていた。

 

 一切の震えなし。

 注がれた液体は、波紋一つ立てずにカップを満たす。

 

「……先ほどから、外で何が起きているか本当に理解しておるのか?」

「ええ、もちろん把握しております。ですから、こうしてお代わりのお茶を淹れているわけでして」

「はあ? 正気か?」

 

 ヘイホーはちらり。窓の外へ視線を向けた。

 

「おかしいでしょうか? 男爵閣下がお戻りになられた際……もし、お客人の喉がカラカラだったら、不徳を問われるのはボクですし」

「要するに、アレか。お前は主人に叱られぬよう、お前の責任を果たしている、と」

「仰る通りです、ボクは主君に絶対に(・・・)叱られたくありません」

「絶対に?」

「はい、絶対に。そうなっては心が折れてしまいます」

「……お前、本当にそれでよいのか?」

 

 思わず、バルトロメウスは素でツッコんでしまった。

 自分の都合の問題かよ、と。

 

「まあ、戦後処理にはさすがに駆り出されると思うのですが。でも、少なくとも今はここがボクの担当なので」

「縦割り判断が過ぎるだろう。というか怖くはないのか?」

「うーん。まず、正直なところ。ボクは戦場に関してお役に立てませんし」

「それは……まあ、そうなのかもしれんが」

 

 確かに、この給仕。

 どう見ても、戦える身体つきではない。色白でひ弱な体躯。

 

 すると、給仕ヘイホーは恥じることもなく言う。

 

「元より、男爵閣下には“やれることだけをしてればいいぞ”と言われているので、思いきり専念しようかと思っております」

「専念、なあ……」

「有事だからといって、客人をないがしろにするのは余裕のない行いですよ。主人である男爵閣下がなんとかすると出て行ったのだから、とことん信じてお任せすればいい話ではないですか」

「妙に、筋は通っているのだがな?」

 

 バルトロメウスは、髭をなでる。 

 

 どうにも腑に落ちない。不自然極まりないのだ。

 命が懸かった有事に、もてなしを提供されていることが?

 いや、違う。そこではない。

 

(僻地の下級貴族ならば、男使用人は総出で参戦させるだろう。……というか、そもそも戦えない男を召し抱える発想が、地方領主にはあまりないはずだが?)

 

 そうなのだ。

 伝統的な地方領主は、男は『平時は従僕、有事は兵士』。

 田舎の従僕とは、概ね、私兵の言い換えに過ぎないのである。

 

(荒事がまるでできぬ、もてなしの専門職が屋敷にいる……それはもはや、王宮や大貴族の贅沢な論理だぞ。戦えぬ男に、高い給金を払う余裕があるのか?)

 

 だから、バルトロメウスにとって――給仕ヘイホーは、あまりに浮いている。

 

 この点。非常に誤解はあったが。

 正直にヘイホーが“実は事務官なんです”と真実を告げても驚かれただろう。

 

 大学で高等教育を受け、複雑な作業をこなせる人材を、僻地の男爵家が独占している。

 それが、既に大貴族の利権を揺るがす異常なのだから。

 

 すると、ヘイホーが何かに気づき、ぽんと手を叩く。

 

「ああ、そういえばそうでした」

「ううん? 何がだ」

「お茶で、お腹がたぷたぷになっても困りますよね?」

「……確かに。さっきも茶をたらふく飲んだばかりだ」

 

 もはや、トイレが近くなりそうなレベルである。

 

「お好みを察せられず失礼いたしました。もしかして、ワインやツマミの方がよろしいですか?」

「はあ。……なんとも、至れり尽くせりだな」

「今夜は長くなるかと思います、気を張り詰めても仕方がないはずですよ」

「それもそうか。……どうせ、どう足掻いても長丁場か」

 

 もう、呆れはどこかへ吹っ飛んだ。

 緊迫感が失せて、なんだかどうでもよくなってくる。

 

「私には重めの赤を持ってこい。……良ければ、そこの護衛どもにも少しだけ飲ませてやってくれ。気がほぐれる程度にな」

「かしこまりました、軽食も差し入れましょう」

「そうか。そうだな、そうしてやってくれ」

 

 バルトロメウスに付き従う殺気立っていた配下たちも、どこか「やれやれ」と苦笑しながら肩の力を抜いた。

 

 不思議なことに、この狂った屋敷の空気に、誰も彼もが少しずつ毒されていく。

 

 やりすぎなほどに、顔色を伺い回るヘイホー。

 それが、どうしてか落ち着きを与えている。

 

 商人側どころか、警戒を強めた領民側にも……。

 

「すみません、みなさん。すこし手伝ってくださいますか?」

「ったく、仕方がないわねえ……」

「まあ、アタシらも屋敷のお仕事って言われたら、ねえ?」

「ありがとうございます。助かります、みなさん!」

 

 外がどれほどの血の海であろうとも、平常の香りを振りまいている。

 日常が維持されている錯覚が、場の秩序を保つ。

 

 豪商バルトロメウスは腑に落ちた風情で、ふわり思った。

 ことさら大きな皮肉を込めて。

 

(……なるほどな。例えば、こういう比喩はどうだろうか?)

 

 古くさい、野蛮な戦国乱世なままの地方貴族(グラス)に。

 どういうわけか。なぜか、流行りの知の洗練(ワイン)を、なみなみ注ぎ込んでしまっている。

 

 そんな特異点が、ヤバマーズ男爵家なのである、と。

 

***

 

 屋敷の商人たちには見えぬところ。

 

 影ながら、目となり耳となってアスタを支えるオノレ。彼は使い魔を操作しつづける。

 そんな彼は、今――。

 

「アスタ様を、どうか……お助けくださいっ。お願いいたしますっ……」

「そう言われてもね?」

 

 極めて湿度の高い、脅迫めいた嘆願に責められていた。

 

(これ……とりあえず、アスタが生き残ったら顔面に一発ぶち込んでいいよね? もはや労災だろ、これ)

 

 これまでアスタに押し付けられてきた数々の無茶振り。現在の理不尽な修羅場。

 オノレの心のダムに溜まった鬱憤は、まさに決壊しようとしている。

 

 なにせ、アスタは――。

 

(あのバカ。万が一の策にって……遺書まで俺に預けるなんてっ!)

 

 ――預けられたオノレは、さすがに貧乏くじが過ぎた。




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