アスタが、猟兵を率い快進撃を続けていた。
ちょうど、その頃。
――ドォォォンッ!!
遠く、立ち昇る火柱。
大広間の古ぼけたシャンデリアが、カシャンカシャンと不吉に微震する。
「ひぃぃいいいっ!! 始まった、始まったぞっ!」
「……まあ、賊が押し寄せたなら……そりゃ、そうなるでしょうなあ」
閉じ込められた商人らの反応は、見事に二分されている。
だが、どよめいていたのは、なんと少数派。
さきほどの興奮の熱が冷めて、淡々としている者の方がいっそ多い。
「今さら……なあ? さっき散々、騒いだし」
「ああ。賊に襲われた経験など、業界じゃ自慢にもならん。……経歴書に一行、綴る価値すらないな」
「なんとかなるでしょう。私は数年前、もっとえげつない領地紛争に巻き込まれましてねぇ。あの時は数週間、立ち往生でした……」
元より隊商を引き連れ、商売だからとこんな魔境に来るような手合い。
修羅場経験なら、嫌ほど持っている。
いつまでもガタガタ震えていられるほど、世知辛い時代を生きる商人は甘くもない。
「この地では武装は嗜みと言っていたな、ちょうどいい。私は無防備なまま首を差し出すつもりはないぞ」
「同感だ。……我々は、屋敷に陣取らせてもらうとしようか」
豪商バルトロメウスが頷くと、空気が引き締まる。
結局は、バルトロメウスもそちら側の人間。
酸いも甘いも噛みわけた『冒険商人』の遍歴は伊達ではない。
マナーだと言われたならどれほど不条理でも、ふてぶてしく波に乗る度胸がある。
様子を見届け、給仕のヘイホーは一礼した。
こういう話になるのは、彼には予想内だった。事務的に対応する。
「ええ、一向に構いませんよ。ヤバマーズの伝統ですので」
「話が早い。ならば、中庭に待機させている配下も入館させて構わんな?」
「はい。ですが――手勢を配置してよいエリアにつきましては、いくつか制限がございまして」
あくまで慣習、礼儀作法の一環として案内していくヘイホー。
聞いた商人たちは動き出すと、話し合って従僕や護衛を要所に配置。
徹底的に守りを固めていく。
しかし、そこに屋敷で働く使用人、ヤバマーズ領民も入り混じっていくわけだ。
当然のように婦人たちまで、物騒な鉈だの包丁だのを構えていた。
すると、現実問題として――。
「おい、そこのボロ服。妙な動きをしたら容赦なく心臓をぶち抜くぞ」
「そっちこそ、ブサイク顔を床に転がして掃除させてやる。胴体とおさらばする準備はいいか?」
――ギロリ。
“おかしなことをすれば殺す”と一触即発。
立場も育ちも異なる者同士が、狭い箱に押し込められて「仲良しこよし」で共闘など不可能。
商人の護衛同士も、領民も誰も心を許す気などない。
だが、そんな張り詰めた只中に――決定的な例外がいた。
「ボリマッシェ商会長」
「……なんだ、こんな時に」
「これは失礼いたしました、温かいお茶のお代わりはいかがですか?」
ヘイホーは平然とした手つきで、ポットを傾けていた。
一切の震えなし。
注がれた液体は、波紋一つ立てずにカップを満たす。
「……先ほどから、外で何が起きているか本当に理解しておるのか?」
「ええ、もちろん把握しております。ですから、こうしてお代わりのお茶を淹れているわけでして」
「はあ? 正気か?」
ヘイホーはちらり。窓の外へ視線を向けた。
「おかしいでしょうか? 男爵閣下がお戻りになられた際……もし、お客人の喉がカラカラだったら、不徳を問われるのはボクですし」
「要するに、アレか。お前は主人に叱られぬよう、お前の責任を果たしている、と」
「仰る通りです、ボクは主君に
「絶対に?」
「はい、絶対に。そうなっては心が折れてしまいます」
「……お前、本当にそれでよいのか?」
思わず、バルトロメウスは素でツッコんでしまった。
自分の都合の問題かよ、と。
「まあ、戦後処理にはさすがに駆り出されると思うのですが。でも、少なくとも今はここがボクの担当なので」
「縦割り判断が過ぎるだろう。というか怖くはないのか?」
「うーん。まず、正直なところ。ボクは戦場に関してお役に立てませんし」
「それは……まあ、そうなのかもしれんが」
確かに、この給仕。
どう見ても、戦える身体つきではない。色白でひ弱な体躯。
すると、給仕ヘイホーは恥じることもなく言う。
「元より、男爵閣下には“やれることだけをしてればいいぞ”と言われているので、思いきり専念しようかと思っております」
「専念、なあ……」
「有事だからといって、客人をないがしろにするのは余裕のない行いですよ。主人である男爵閣下がなんとかすると出て行ったのだから、とことん信じてお任せすればいい話ではないですか」
「妙に、筋は通っているのだがな?」
バルトロメウスは、髭をなでる。
どうにも腑に落ちない。不自然極まりないのだ。
命が懸かった有事に、もてなしを提供されていることが?
いや、違う。そこではない。
(僻地の下級貴族ならば、男使用人は総出で参戦させるだろう。……というか、そもそも戦えない男を召し抱える発想が、地方領主にはあまりないはずだが?)
そうなのだ。
伝統的な地方領主は、男は『平時は従僕、有事は兵士』。
田舎の従僕とは、概ね、私兵の言い換えに過ぎないのである。
(荒事がまるでできぬ、もてなしの専門職が屋敷にいる……それはもはや、王宮や大貴族の贅沢な論理だぞ。戦えぬ男に、高い給金を払う余裕があるのか?)
だから、バルトロメウスにとって――給仕ヘイホーは、あまりに浮いている。
この点。非常に誤解はあったが。
正直にヘイホーが“実は事務官なんです”と真実を告げても驚かれただろう。
大学で高等教育を受け、複雑な作業をこなせる人材を、僻地の男爵家が独占している。
それが、既に大貴族の利権を揺るがす異常なのだから。
すると、ヘイホーが何かに気づき、ぽんと手を叩く。
「ああ、そういえばそうでした」
「ううん? 何がだ」
「お茶で、お腹がたぷたぷになっても困りますよね?」
「……確かに。さっきも茶をたらふく飲んだばかりだ」
もはや、トイレが近くなりそうなレベルである。
「お好みを察せられず失礼いたしました。もしかして、ワインやツマミの方がよろしいですか?」
「はあ。……なんとも、至れり尽くせりだな」
「今夜は長くなるかと思います、気を張り詰めても仕方がないはずですよ」
「それもそうか。……どうせ、どう足掻いても長丁場か」
もう、呆れはどこかへ吹っ飛んだ。
緊迫感が失せて、なんだかどうでもよくなってくる。
「私には重めの赤を持ってこい。……良ければ、そこの護衛どもにも少しだけ飲ませてやってくれ。気がほぐれる程度にな」
「かしこまりました、軽食も差し入れましょう」
「そうか。そうだな、そうしてやってくれ」
バルトロメウスに付き従う殺気立っていた配下たちも、どこか「やれやれ」と苦笑しながら肩の力を抜いた。
不思議なことに、この狂った屋敷の空気に、誰も彼もが少しずつ毒されていく。
やりすぎなほどに、顔色を伺い回るヘイホー。
それが、どうしてか落ち着きを与えている。
商人側どころか、警戒を強めた領民側にも……。
「すみません、みなさん。すこし手伝ってくださいますか?」
「ったく、仕方がないわねえ……」
「まあ、アタシらも屋敷のお仕事って言われたら、ねえ?」
「ありがとうございます。助かります、みなさん!」
外がどれほどの血の海であろうとも、平常の香りを振りまいている。
日常が維持されている錯覚が、場の秩序を保つ。
豪商バルトロメウスは腑に落ちた風情で、ふわり思った。
ことさら大きな皮肉を込めて。
(……なるほどな。例えば、こういう比喩はどうだろうか?)
古くさい、野蛮な戦国乱世なままの
どういうわけか。なぜか、流行りの
そんな特異点が、ヤバマーズ男爵家なのである、と。
***
屋敷の商人たちには見えぬところ。
影ながら、目となり耳となってアスタを支えるオノレ。彼は使い魔を操作しつづける。
そんな彼は、今――。
「アスタ様を、どうか……お助けくださいっ。お願いいたしますっ……」
「そう言われてもね?」
極めて湿度の高い、脅迫めいた嘆願に責められていた。
(これ……とりあえず、アスタが生き残ったら顔面に一発ぶち込んでいいよね? もはや労災だろ、これ)
これまでアスタに押し付けられてきた数々の無茶振り。現在の理不尽な修羅場。
オノレの心のダムに溜まった鬱憤は、まさに決壊しようとしている。
なにせ、アスタは――。
(あのバカ。万が一の策にって……遺書まで俺に預けるなんてっ!)
――預けられたオノレは、さすがに貧乏くじが過ぎた。
いつも応援ありがとうございます!
「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。
作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!