好奇心の下僕   作:かんぱにい

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ピエール・コルネイユ『ル・シッド』


自信を持ちすぎると、危険を招く。

生徒会室に入るやいなや、俺に声がかかる。

 

「よう、綾小路。回答用紙は持ってきたか?」

 

聞き覚えのある軽い口調。

視線を向ければ、案の定というべきか、そこには南雲先輩の姿があった。

椅子に深く腰掛け、こちらを見ながら愉快そうに笑っている。

 

「……ええ、まあ」

 

曖昧に返事をする。

すると南雲先輩は満足そうに頷いた。

まるで期待していた答えが返ってきたと言わんばかりだった。

その表情を見ているだけで嫌な予感しかしない。

自信たっぷり。

余裕綽々。

何か面白い玩具でも見つけた子供のような顔をしている。

 

どうしてこうなったのか。

話は数日前に遡る。

 

 

 

期末試験前日。

校内の空気はどこか張り詰めていた。

廊下を歩く生徒たちも普段より静かで、参考書やノートを抱えている者が目立つ。

 

当然だろう。

この学校において試験結果は、そのまま自分の進退、ひいてはクラスの命運に関わる。

必死になるのも無理はない。

もっとも、生徒会室周辺だけは少し事情が違った。

他の部活は大抵活動停止。

運動部も文化部も休みに入り、試験へ向けた追い込みをしている。

だが生徒会はそうはいかない。

活動日は規則正しく決められている。

試験前だからといって、簡単に予定を変更する組織ではなかった。

 

が、それで困る人間もほとんどいない。

生徒会に所属するような人間が、前日になって慌てて教科書を開く姿は想像しづらい。

少なくとも堀北兄や橘先輩。

そして一之瀬や南雲先輩を見ている限り、その認識は間違っていないだろう。

 

実際、生徒会室の空気もいつも通りだった。

書類を整理する者。

パソコンへ向かう者。

雑談を交えながら仕事を進める者。

試験前日特有の焦燥感など、どこにも見当たらない。

俺も割り振られた作業を片付けながら、静かに時間を潰していた。

 

そのときだった。

 

「綾小路」

 

向かい側の席から声が飛んでくる。

この生徒会で最も面倒事を運んでくる人物だ。

 

「なんですか」

 

顔を上げる。

面倒臭いという気持ちが漏れていたかもしれない。

南雲先輩は妙に楽しそうな顔をしていた。

嫌な予感しかしなかった。

 

「テスト結果で勝負しないか?」

 

生徒会の仕事をしていたはずなのに、いきなり試験の話になっている。

というか俺と先輩との間に会話などなかったのだから、あまりにも唐突すぎる。

もっとも、相手が南雲先輩なら今さら驚くことでもないが。

 

「話になりませんね。お断りします」

 

即答した。

考えるまでもない。

勝負する理由がないからだ。

すると南雲先輩は大げさに肩を落とす。

 

「つれないなぁおい」

 

口ではそう言うが、まるで堪えていない。

むしろ楽しんでいるように見える。

 

「だいたい、一年と二年とじゃ試験の中身が違うでしょう?」

 

学年が違う以上、試験範囲も違う。

比較対象として成立していない。

極めて当たり前の指摘だった。

 

それを、

 

「関係ない」

 

南雲先輩は一蹴した。

まるで問題ですらないと言わんばかりに。

わかっていたことではある。

この人に理屈は通じない。

正確には通じているのだろうが、面白そうなら無視する、そういう人間だ。

 

「それにさ」

 

南雲先輩は椅子にもたれながら笑う。

 

「お前、自信あるんだろ?」

「別に」

「嘘吐くなよ。その反応自体自信あるって言ってるようなもんだぜ?」

 

勝手な理論だった。

反論しても意味はないだろう。

どうせ別の理由を見つけてくる。

何度断ったところで吹っ掛けられるのがオチだ。

ならば話を終わらせる方法は一つしかない。

 

俺は手を止め、南雲先輩を見る。

 

「……わかりました」

 

その言葉に、南雲先輩の目がわずかに細くなる。

 

「ほう?」

「では、南雲先輩は俺に何をくれるんですか?」

 

数秒。

生徒会室が静まり返った。

近くで書類を整理していた先輩ですら手を止めている。

誰もがこちらを見ていた。

南雲先輩は怪訝そうに眉を上げる。

 

「あん?」

「勝負を受ける対価ですよ」

 

俺は当然のように続けた。

 

「何も用意できないのなら結果だけ見て勝手に悔しがってください」

 

普通なら後輩が二年生の生徒会副会長に向けて言う台詞ではない。

だが、勝負というものは本来対等なものだ。

受ける側に利益がなければ成立しない。

まして俺は最初から断っている。

それを無理やり持ちかけてきたのは向こうだ。

ならば条件を求めるのは当然だった。

南雲先輩はしばらく無言だった。

そして、

 

「……言うじゃねぇか」

 

ゆっくりと口元を吊り上げる。

怒っているわけではない。

むしろ逆だ。

面白い玩具を見つけた時の顔。

 

その笑みを見た瞬間、やはり断り続けるべきだったかもしれないと思った。

 

「なら5万は無条件でくれてやる。一教科勝つ毎に10万。仮に全科目勝ったんなら追加で5万やるよ」

 

さらりと言っているが、とんでもない額だった。

無条件で5万。

さらに一科目ごとに10万。

仮に全科目で勝利した場合、追加で5万。

合計で60万ポイントになる。

 

一年生にとってはもちろん、上級生にとっても無視できない金額だ。

学食で何食食べられるか、などと考える気はないが、それでも魅力的な条件であることは間違いない。

それに、それだけの条件を提示するということは、それだけ勝つ自信があるということでもある。

 

「点数の水増しは無しですからね」

 

念のため釘を刺しておく。

この学校ではポイントを使って点数を購入することが可能だ。

勝負をする以上、その抜け道を塞いでおく必要がある。

 

すると南雲先輩は呆れたように肩をすくめた。

 

「んなつまんねーことするかよ。だいたいそんなんじゃ俺とお前とじゃ勝ちが見えてる」

 

その言葉に嘘はないのだろう。

南雲雅……二年生全体に強い影響力を持つ男。

集められるポイントの量も、俺とは比較にならない。

もしポイントによる補正を認めれば、勝負ですらなくなる。

だからこそ彼もそんな方法を嫌うのだろう。

勝って当然の勝利に価値はない。

南雲先輩はそう考える人間だ。

 

「俺が勝ったら綾小路、お前、俺の下に付け」

 

不意に提示された条件。

だが驚きはなかった。

むしろ、ようやく本題が出てきたかという感想の方が近い。

南雲先輩がただの遊びで勝負を持ちかけるとは思えない。

故に、何かしら目的があるはずだと考えていた。

そしてその内容も、ある意味では予想通りだった。

 

一瞬、生徒会長の肩がわずかに揺れる。

本当にわずかな変化だったが、見間違いではない。

俺が負ける可能性を考えたのか。

あるいは南雲先輩の思惑を察したのか。

どちらにせよ、生徒会長らしからぬ反応だった。

 

「ポイント不足のお前にとっちゃ、悪くない提案だろ?」

 

試すような視線。

まるでこちらの返答を楽しんでいるようだった。

確かに、一般生徒からすれば悪い条件ではない。

南雲先輩の庇護下に入る。

そう考えればむしろ好待遇ですらある。

俺としては絶対避けたいことだが。

 

「ええ、構いません」

 

俺は即答した。

勝負の条件は十分に魅力的だ。

 

そして何より。

俺が負けることなどありえないのだから。

 

 

「本当に大丈夫なんですか?」

 

南雲先輩が生徒会室を後にすると、入れ替わるように橘先輩が近づいてきた。

 

周囲に聞かれないよう声を落としているあたり、本気で心配しているのだろう。

 

「橘先輩」

 

呼びかけると、橘先輩はどこか複雑そうな表情を浮かべた。

 

「南雲君はあれでも会長のライバルとなれるだけの器はあります」

 

真面目な口調だった。

ただ、その言葉の中に引っかかる部分があった。

 

『あれでも』

 

言いたいことはわかる。

実際、普段の南雲先輩を見ていると、とても生徒会長と肩を並べる人物には見えないこともある。

 

しかし、まさか橘先輩の口からそんな評価が出てくるとは思わなかった。

それだけ南雲先輩を高く評価しているのだろう。

あるいは、それだけ警戒しているのか。

 

「問題ありません。大船に乗ったつもりでいてください」

 

少なくとも、俺にとって今回の勝負に不安要素はない。

そう答えると。

橘先輩は一拍置いてから小さくため息を吐いた。

 

「……泥舟じゃないといいのですが」

 

思わず沈黙する。

随分な言い様である。

心配しているのか信用していないのか、いまいち判別がつかない。

 

いや、ここまで来ると判別する必要もない気がしてきた。

俺は橘先輩の横顔をちらりと見る。

表情は真面目そのもの。

冗談を言った様子もない。

つまり本気だ。

…………さてはこの人、俺のこと嫌いだな? 

そんな結論に至ったが、口には出さないでおいた。

 

 

 

「さて、試験結果を発表する」

 

教室に入ってくるなり、茶柱先生はそう言った。

いつものような前置きはない。

出席確認もなければ雑談もない。

手に持っていた紙をそのまま黒板へ貼り付ける。

その瞬間、教室中の視線が一斉にそこへ集まった。

 

試験で赤点を取れば退学。

この学校において試験結果は常に重要な意味を持つ。

 

特に今回は、須藤の件もあった。

普段以上に気になっている生徒も少なくないだろう。

俺も席に座ったまま黒板へ視線を向ける。

 

貼り出された一覧には、生徒全員の得点が記載されていた。

 

まずは国語。

ざっと確認する。

赤点者はいない。

 

教室のあちこちから安堵の息が漏れた。

続いて数学。

こちらも問題なし。

 

理科……赤点なし。

 

社会……赤点なし。

 

順調すぎるほど順調だった。

以前のDクラスなら考えられない結果だろう。

 

平田や櫛田を中心に進めてきた勉強会。

その成果が数字として現れている。

 

そして、茶柱先生がわずかに間を置いた。

 

「残念だが山内……赤点回避だ」

 

教室が静まる。

一瞬だけ。

本当に一瞬だけだ。

 

「う、嘘だ……!」

 

顔面蒼白になった山内が立ち上がる。

自分の名前を呼ばれたことで、退学を宣告されたと勘違いしたのだろう。

だが。

 

「…………って、赤点じゃねぇのかよー! ビビったじゃん!」

 

次の瞬間には大声を上げていた。

教室の空気が一気に緩む。

あまりにも山内らしい反応だった。

 

「うるさいぞ」

 

茶柱先生が冷たく言う。

しかし山内は気にした様子もなく、自分の点数を何度も見返している。

 

本当に危なかったのだろう。

見ようによっては感動的ですらある。

もっとも、本人にその自覚があるかは怪しいが。

 

英語……こちらも赤点者はいなかった。

教室の中に安堵の空気が広がる。

 

誰一人として脱落者は出なかった。

それだけでも十分な成果と言えるだろう。

少なくとも、以前のDクラスでは考えられない結果だった。

 

そして、自分が退学にならないという安堵が教室に広がると、今度は別の方向へと意識が向き始める。

 

人間というのは不思議なもので、自分の心配がなくなると途端に他人が気になり始める。

 

誰が高得点を取ったのか。

誰が足を引っ張ったのか。

順位はどうだったのか。

そんな声があちこちから聞こえてきた。

 

そして。

 

「ま、まじかよ……」

 

誰かが呆然と呟く。

その声をきっかけに、周囲の視線が一か所へ集まっていった。

 

「全教科100点……」

「おいおい、嘘だろ……」

「満点って取れるもんなのか?」

 

ざわめきが広がる。

どうやら気付かれたらしい。

黒板に貼られた一覧表の最上部。

そこに並んでいる数字は、確かに全て100だった。

もっとも、俺としては特別な感想はない。

事前に予想していた結果そのままだからだ。

 

「おめでとう綾小路。全教科満点は学年でもお前一人だ」

 

茶柱先生がそう告げる。

祝いの言葉というより事実確認に近い口調だった。

俺は軽く会釈だけ返した。

 

拍手が起きるわけでもない。

羨望の声が飛ぶわけでもない。

ただ教室には何とも言えない空気が漂っていた。

 

過去問のおかげではなかったのかという驚き。

あの試験内容で満点を取れるのかという困惑。

俺ならば満点も取れるのだろうなという納得。

 

様々な感情が入り混じっている。

それも当然か。

 

普段の俺は、少なくとも満点を量産するような生徒には見えないだろう。

むしろ目立たない側の人間だ。

その認識とのズレが、今の空気を生み出している。

 

ふと、右側から視線を感じた。

見なくても誰なのかは分かる。

堀北だ。

しかも少しだけ不満そうな気配が混じっている。

以前から俺の実力を疑っていたわけではない。

だが、それでも実際に結果として突き付けられると、思うところはあるのだろう。

俺は特に反応しなかった。

ここで何か言ったところで面倒になるだけだ。

 

「ないとは思うが、もし採点間違いがあれば今日の放課後までに持ってくるように。以上」

 

茶柱先生はそう言うと、黒板を軽く叩いた。

話は終わりだという合図だ。

教室のざわめきは、しばらく収まりそうになかった。

 

 

「綾小路くん、助かったよ」

 

教室を出て間もなく。

廊下へ出たところで、平田が柔らかな笑みを浮かべながら声をかけてきた。

肩の力が抜けたような表情を見る限り、ようやく試験の重圧から解放されたのだろう。

 

「気にするな。大したことじゃない」

 

俺は短く答える。

実際、大げさに礼を言われるようなことはしていない。

今回の試験勉強に関して、俺自身が勉強会を開いたわけではなかった。

 

中心になって動いたのは平田や櫛田たちだ。

俺がやったことと言えば、その補助程度。

試験範囲を一通り確認し、出題されそうな分野を絞り込んで問題を作成しただけだ。

 

もちろん、それなりの精度は意識した。

単なる予想問題では意味がない。

理解度を測りつつ、本番でも応用が利くような内容に調整したつもりだ。

 

とはいえ、それを配って終わりではない。

実際に教える役目を担ったのは平田や櫛田たちだった。

俺は裏方に徹したに過ぎない。

 

問題を作る時間も、授業後に確保したわけではない。

生徒会の仕事を早めに片付け、その合間を縫って生徒会室で作成していた。

さすがにあの量を作れば、生徒会長も気付いていただろう。

それでも何も言われなかった。

黙認したのか、それとも興味がなかったのか。

理由は分からないが、少なくとも咎められることはなかった。

 

「それに、今回は幸村も手伝ってくれたんだろ?」

 

勉強会を成功させた要因は、一つではない。

俺が用意した問題だけで全員が赤点を回避できるほど、この学校は甘くなかった。

もちろん、俺自身が指導役に回れば、もう少し結果は良くなっていただろう。

少なくとも須藤の件で、それなりの成果が出ることは証明済みだ。

相手の理解度に合わせて教え方を変えることは難しくない。

必要なのは知識よりも観察だ。

 

しかし、それをクラス全体にやるとなれば話は別だった。

いかんせん時間が足りない。

生徒会の仕事もあれば、自分のやるべきこともある。

 

全員を個別に見るだけの余裕はない。

だからこそ、平田や櫛田、そして幸村のような人間が必要になる。

 

「うん、人に教えるのは苦手って言っていたけれど、頑張ってくれたよ」

 

平田はどこか嬉しそうに頷いた。

幸村は以前、自分は人に教えることには向いていないと言っていた。

勉強はできても、それを相手に理解させるのは別の能力だ。

それに、どちらかと言えば個人主義のきらいがあった。

だからこそ、積極的に勉強会へ参加するタイプではなかったはずだ。

 

「そうか」

 

短く返しながら、少しだけ考える。

何か心境の変化でもあったのだろうか。

あるいは、クラスの現状を見て考えを改めたのか。

 

理由は本人にしか分からない。

だが、その変化が今回の結果に繋がったのであれば、歓迎すべきことだろう。

 

「ちなみに堀北は?」

 

何気なく尋ねる。

今回の勉強会は平田たちが中心になって動いていた。

だが、堀北も以前からクラスの学力向上には人一倍こだわっていたはずだ。

 

「堀北さんは……」

 

平田はそこで言葉を止めた。

何と言えばいいのか迷っているような、どこか困った表情を浮かべる。

その反応だけで、おおよその察しはついた。

 

「今回も特に何もせず……いや、できずに終わったのか」

 

言い直したのは、怠けていたわけではないと分かっているからだ。

堀北が努力を惜しむ人間ではない。

むしろ必要以上に抱え込む性格だ。

 

問題は、努力と結果が必ずしも結び付くとは限らないこと。

 

「そう……だね」

 

平田は小さく頷いた。

肯定しながらも、その声には歯切れの悪さが残る。

言葉を選んでいるのだろう。

 

堀北を責めたいわけではない。

それでも事実として、今回の勉強会で目立った働きはなかった。

 

いや、正確には、できなかった、と表現した方が適切なのかもしれない。

 

前回、池や山内を突き放した件。

あの一件のあと、堀北が二人へ謝罪したという話は聞いていない。

俺が知らないだけという可能性もあるが、少なくとも平田や櫛田の耳に入らないとは考えにくい。

となれば、何もなかったと見るのが自然だろう。

当然、その影響は残る。

 

男子だけの話ではない。

勉強会以前から、女子生徒からの反感は決して小さくはなかった。

一度失った信頼は、そう簡単には戻らない。

堀北自身もそれは理解しているはずだ。

 

だからこそ、積極的に前へ出られなかったのかもしれない。

 

一方、麻耶やさつきが表立って堀北と衝突している様子は見られない。

見ている限りでは、二人と堀北ではどうにも反りが合わない。

あの二人の性格を考えれば、不満があれば遠慮なく口にしそうなものだが、今のところそうした場面はない。

おそらく俺が堀北と話す機会があることを考慮しているのだろう。

 

俺を挟むことで、余計な対立を避けている。

そんな印象を受ける。

とはいえ、それで関係が改善したわけでもない。

いつか爆発することのないよう、気を配っておくべきだろう。

 

 

 

「ほらよ」

 

机の上を滑らせるようにして、南雲先輩が五枚の解答用紙を差し出した。

国語、数学、英語、理科、社会。

赤ペンで記された点数は、どれも90点台だ。

俺は一枚ずつ目を通していく。

 

国語96点。

数学95点。

英語97点。

理科94点。

社会97点。

合計479点。

 

なるほど、自信たっぷりだっただけのことはある。

 

二年生ということを差し引いても、かなり優秀な成績だ。

普通であれば文句なしの首位だっただろう。

──普通であれば、だ。

 

「どうぞ」

 

今度は俺が、自分の解答用紙を五枚まとめて差し出す。

南雲先輩は余裕の笑みを浮かべたまま、それを受け取った。

 

「さて、何点だったか──」

 

一枚目を見た瞬間、その笑みが止まる。

二枚目。

三枚目。

四枚目。

そして五枚目。

 

南雲先輩の視線が、ゆっくりと俺へ戻ってきた。

その表情から、先ほどまでの余裕は綺麗に消えていた。

 

「おい南雲、綾小路の点数は?」

 

隣にいた役員の一人が、不思議そうに声をかける。

返事がないことを不審に思ったのか、他の役員たちも自然と南雲先輩の周りへ集まってきた。

 

「どれどれ……」

 

一人が解答用紙を覗き込み、そのまま動きを止めた。

 

「……は?」

 

さらに別の役員も身を乗り出す。

そして。

 

「全教科満点……」

 

信じられないものを見るような声が、生徒会室に落ちた。

 

「嘘……」

 

別の役員も小さく呟く。

さっき教室でも、まったく同じような反応を見た気がする。

生徒会に属する者なのだから、もう少し語彙を増やす努力をしてほしいものだ。

 

とはいえ、全教科満点という結果に驚く気持ち自体は理解できなくもない。

 

高校の定期試験で満点を並べる生徒など、そう何人もいるわけではないのだから。

 

ふと隣を見る。

一之瀬は口を少し開けたまま、俺の解答用紙と俺の顔を何度も見比べていた。

 

「一之瀬?」

 

声をかけると、一之瀬は肩をぴくりと震わせた。

 

「あ、うん、どうしたの?」

 

どこか上の空といった様子でこちらを見る。

 

「それはこっちのセリフなんだが」

「あっ……」

 

ようやく我に返ったのか、一之瀬は照れ笑いを浮かべた。

 

「本当に満点でびっくりしちゃって」

「まあ、賭けまでしている以上、一点も落とすことはできないしな」

 

勝負を受けた以上、中途半端な結果では意味がない。

そのために、試験範囲は隅々まで確認した。

そもそも、高校一年の範囲程度で落としていれば、自分に負けたことになる。

 

もっとも、高校範囲の復習にそれほど時間は必要なかったが。

ようやく再起動した南雲先輩の顔には、悔しさ半分、驚き半分といった表情が浮かんでいた。

 

「賭けは俺の勝利ですね」

 

静まり返った生徒会室で、俺は淡々と告げた。

 

「お前……」

 

南雲先輩は解答用紙を握りしめたまま、苦々しい表情を浮かべる。

先ほどまでの余裕はどこへやら。

勝負を持ちかけた側が、一言も言い返せずにいる。

 

「約束の60万pt、支払いをお願いします」

 

念のため確認しておく。

相手は南雲先輩だ。

踏み倒すような人間ではないと思っているが、約束は口に出した方がいい。

 

「……次は俺が勝つ」

 

それだけ言い残し、南雲先輩は踵を返した。

ドアを開き、そのまま生徒会室を出ていく。

扉が閉まったあとも、部屋には妙な静けさだけが残った。

次とは言われたが、まさかまた同じように学力勝負を挑んでくるんじゃないだろうな。

だとすれば俺の勝ちは揺るぎようがない。

 

それにしても、まだ業務は終わっていないはずだが。

よほど悔しかったのだろう。

 

ちょうど今、端末に60万ptの振り込みがあったという通知があった。

 

まあ、今の俺は気分がいい。

俺は先輩の前にあった書類に手を伸ばした。




これにて一学期編終了
次回からは夏休み編

皆さんどうやら綾小路を生徒会長にしたい模様。
どうすれば生徒会長にできるんだろ……。
綾小路が生徒会長やってる二次創作見たことない。
あったとしてもそのまま使うわけにもいかないし……。

綾小路を生徒会長に

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