失敗作たちが崩れ落ちる。肉塊へと戻っていくそれらが完全に沈黙した瞬間、塔の奥深くから、地鳴りのような重低音が響き渡った。
ゴゴゴゴゴ……
かつて何者かを封じるために作られたであろう、巨大な鋼鉄の扉がゆっくりと左右に分かれていく。
その先には、時計塔。
天を突くように鋭く伸びる石造りの巨塔は、まるで見上げる僕たちを圧殺せんとするかのような、言葉にできない重圧を放っていた。
冷たい石の壁の奥から、ドクン、ドクンと不気味な脈動が聞こえる気がする。まるで、この建造物そのものが一つの巨大な意思を持つ生き物であるかのように。
僕は、肺に溜まった冷えた空気を静かに吐き出した。
「……たぶん、ここが最後だ」
ゼータもまた、限界まで目を細めて塔の頂を睨みつけている。
「何がいると思う?」
「さあね」
ゼータは肩をすくめたが、その指先はすでに武器の柄をいつでも引き抜けるよう微かに震えていた。
「だけど、決着はつける必要がある」
僕たちは短く視線を交わし、濃密な闇が渦巻く時計塔の中へと足を踏み入れた。
内部は、耳膜が痛くなるほどの異様な静寂に満ちていた。外界の音は一切遮断され、ただ中央に鎮座する巨大な歯車だけが、冷徹な一定の速度で火花を散らしながら回り続けている。
カチ、カチ、カチ──。
秒針が刻むその金属音は、塔の壁に反響し、僕たちの心臓の鼓動を強制的に支配していくような錯覚を覚えさせた。上へ登るほどに空気は薄く、そして冷たくなっていく。そして、最上階の円型の広場に辿り着いた。
そこに、一人の少女がいた。
純白の修道服は、埃一つなく厳か。
雪のように透き通った白髪が、窓から差し込む青白い月光に照らされて淡く輝いている。
だが、その美しい顔の半分は、不気味なほど漆黒の目隠しによって覆い隠されていた。
彼女は、十字架を模した椅子へと無数の太い拘束具で縛り付けられていた。
細い両腕、首筋、そして足首にまで幾本もの細い管が突き刺さり、怪しく明滅する透明な薬液が、彼女の脈拍に合わせて今もなお体内へ強制的に流し込まれている。
僕は思わず息を呑み、目を見開いた。
「……ウィクトーリア」
つい数日前まで、同じ戦場で背中を預け合った少女。誰よりも深く神を信じ、誰よりも慈愛に満ちていた、僕たちの聖女。
その気高い姿が、今は見るも無残な実験台として、ただの「器」のように目の前に転がされていた。
脳裏の霧が晴れ、すべての点と線が繋がる。
「彼女も……聖教と教団の操り人形だったわけだ」
僕は奥歯を噛み締め、低く呟いた。
「『聖女シリーズ』とは、よく言ったものだね」
ゼータは彼女を縛り付ける鋼鉄の枷を見つめたまま、凍りつくような息を吐き出した。
「……偽りの信仰に使い潰される消耗品か。哀れなものだね」
僕は静かに頷き、剣の柄に手をかける。
「助けよう。彼女も被害者なんだから」
僕が救いの手を差し伸べようと、床の一歩を踏み出した──その瞬間だった。
世界から、すべての音が消えた。
正確には、カチ……という時計の刻み音が、無限に引き延ばされたかのように遅くなった。僕の脳が、これから起こる致命的な崩壊を察知して時間を引き延ばしたのだ。
縛られていた少女の唇が、ゆっくりと、恐ろしいほど滑らかに開く。
「──神の声が聞こえる」
直後、世界が爆ぜた。
──ドンッ!!!!
それは魔力という名の、純粋な質量爆弾だった。
大気が一瞬で沸点に達し、衝撃波が床の石畳を大蛇のように波打たせながら粉砕する。塔全体が悲鳴を上げて激しく傾き、全方位から吹き付ける暴風が僕たちの視界を奪った。
「くっ……!」
僕とゼータは反射的に足元へ魔力を叩きつけ、防壁を展開しながら後方へと大きく跳躍する。だが、ただの余波であるはずの風圧だけで、防壁の表面にピキピキと亀裂が入るのが分かった。
立ち込める白煙が、渦を巻いてゆっくりと晴れていく。中心を見た僕は、肌が粟立つのを感じた。
あれほど頑強だった特製の拘束具が、内側からの圧力だけで文字通り木端微塵に砕け散っていた。
引き千切れた無数の管から溢れた薬液が、豪雨のように床へ滴り落ち、熱を帯びた石畳の上でチリチリと音を立てて蒸発していく。
その立ち込める水蒸気の奥から、少女がゆっくりと立ち上がった。
音がない。衣擦れの音も、床を踏みしめる足音すらもしない。重力から解き放たれたかのような、不気味なほど滑らかな質量感。
彼女はまるで、これから夜の礼拝へと向かうかのような自然な動作で、床に深く突き刺さっていた一振りの古びた聖剣へと手を伸ばし、それを静かに引き抜いた。
黒い目隠しのせいで、彼女がどこを見ているのかは分からない。しかし、その顔には操られている者の狂気も、苦痛も、怒りすらもなかった。ただ、すべてを赦し、すべてを包み込むような──酷く残酷なまでに穏やかな微笑みだけが、その唇に浮かんでいた。
「こんにちは。おはようございます。そしてこんばんは」
──空気が、凍りつく。
肌がチリチリと焼け付くような圧倒的なプレッシャー。格が違う。世界そのものが彼女の味方をしているかのような錯覚。
彼女が剣の切っ先をわずかにこちらへ傾けただけで、僕の全身の細胞が、これまでに経験したことのないレベルで「引き返せ」「逃げろ」と猛烈な警鐘を鳴らし始めた。冷たい汗が、頬を伝って床へ落ちる。
「恐れないで」
少女は、鈴の音のように透き通った声で、静かに、そして優しく告げた。
「死ぬ時間が来ただけです」
ゴォォォォォン…………ッ!!!!
その宣告に呼応するように、頭上の巨大な鐘が、鼓膜を破らんばかりの大音響で鳴り響いた。重く、暗い鐘の残響を背後から後光のように背負いながら、少女が静かに、完璧な構えで剣を掲げる。
──聖女シリーズ
最高傑作のウィクトーリア。
かつて守るべき対象だった聖女は今、人類が到達し得ない領域の「絶望」となって、僕たちの前に立ちはだかった。
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