葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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オレオール到達後、おそらくの本編終了後を想定した物語です。
死者の魂との対話を果たした後、中央諸国のクレ地方戦士の村の跡地に戻りたいと言い出したシュタルク。そのシュタルクに不安を感じたフェルン。そしてフリーレンはどうするかについて原作でもいつかはこの辺に言及されて欲しいものを盛り込んでみた作品となっています。

あくまで未来IFの作品としてお楽しみください。


アフターオレオール本編
願い望まば春遠からじ ~ If wish for happiness, can spring be far behind ~


■新たな旅の終わり


長い旅の末、魂の眠る地(オレオール)に辿り着いたフリーレン一行は死者の魂との対話を果たした。

そこで、誰と出会い、どのような事を話したのか。それは各々の胸の内にしまい込むべきこと。

伝えられた言葉、秘められた覚悟、込められた願い。それぞれの想いを胸に、ようやくこの旅の目的も終わる。

 

「ずいぶん時間掛かっちゃった。けど、これでアイゼンから頼まれた依頼も終了だね」

 

フェルンとシュタルクと合流した後、フリーレンは伸びをしながら旅の感想を述べる。

彼女らしい淡白な言い方にフェルンは苦笑する。

そんなに簡単な言葉でまとめられるような旅路ではなかったのだが……

 

かくして旅の目的を果たした、フリーレン一行。一方でフェルンの胸に残るのは僅かな心残りと焦燥。

 

『ずっと続くのではないか』

心の何処かで漠然とそう感じていた旅路も終わりを告げた。同時にこのパーティーでいる理由も消える……

 

フェルンはハイターの遺言に従ってフリーレンに師事している。

特別な理由がないならこれからも付き従うべきだろう。

叶うことならずっと傍にいたいとも思う。

 

……だが、シュタルクはどうなるのだろうか?

 

少なくとも、旅の思い出を語りに一度アイゼンの元へ帰るのだろう。

では、その後は……?一緒に旅を続けてくれるのだろうか?

 

いつの間にかフェルンの隣にシュタルクがいることが自然となってしまっていた。

彼の隣は安心できて、そしてどこかこそばゆくて心地いい。そんな状況に甘えていたことに改めて気づく。

魂の眠る地(オレオール)が近づくたびに感じていた焦り。

後回しにしていた旅の終わりという現実に、結論を出す日は迫っている。そんな気がした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――そして、フェルンが望まぬまま事態は結論へと加速する。

 

「師匠の所に向かう前にクレ地方の戦士の村……の跡地に向かってくれないかな」

 

それは、エンデを出発して南下を始めた直後。シュタルクが口にした一言から始まった。

 

シュタルクの真剣な訴えにフリーレンは「いいよ」とだけ応える。こうして、あっさり次の目的地が決まった。

しかし、フェルンの目に映ったのは、彼の翳りのある訴え。それは来るべき時の到来を予感させた。

 

■かつては村だった地


 

それから、おおよそ1年ほどかけた南下。

旅を始めて、3人が揃ってからエンデにたどり着くまでは随分時間を掛けた。

魔族との抗争や自然のトラブル、資格試験など様々な出来事が重なり苦労した。

対して、南下ではトラブルもなく、順調に中央諸国のクレ地方へと到着する。

 

そして現在。シュタルクが見下ろす眼下には、幼少の頃に過ごした土地が広がっている。

 

「帰ってきちまったな」

 

丘の向こうに見える戦士の村の跡地。リヴァーレ襲撃後10年近く、誰にも手入れされず放置されている。

遠目に見ても並ぶ建造物は廃墟と化し、よく見ると魔物まで住み着いていた。

 

風に揺られる草木。それは自然の豊かさではなく、放棄された土地の荒れ果てた様子を物語っている。

 

幸か不幸か、凶悪な魔物が徘徊し、盗賊の類は村に近づけなかったのだろう。

屠られた戦士たちの骸は魔物に喰い尽くされ、骨すら残っていない。

しかし、そこには戦士たちの魂というべき剣や防具が朽ちてもなお残っている。

 

懐かしむようでもの悲しい……複雑な表情で跡地を見つめるシュタルク。

その表情にフェルンは道中に考えないようにしていた事実を思い出す。向き合うべき結論はいよいよ目前に迫っている。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

村の跡地に降り立ったフェルンとフリーレンは魔力感知のためのソナーを発射する。

存在に気づかれる可能性はある。だが全滅させる予定なので、この際気づかれても構わない。

 

フリーレンたちの存在に気づいた様子の魔物たちが、建物の影や周辺の森の影から続々と出てくる。

 

「命懸けで戦った戦士たちが眠る場としては、およそ似合わない様相だね」

 

こちらを警戒しながら唸る魔物たちと対峙したフリーレンは杖を構える

 

「フェルン、シュタルク、日が落ちる前には野営地を作りたい。さっさと片付けよう」

「わかりました」

 

フェルンはフリーレンの言葉に応じて圧縮していた杖を取り出して構える。

魔物へと 魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を放とうと構えた刹那。

戦斧を構えたシュタルクが、魔物とフェルンの間に割って入った。

 

「シュタルク様……?」

 

村の跡地に着いてから思い詰めたように一言も喋らなかったシュタルク。

 

「……俺がやるよ。俺にやらせてくれ……」

 

彼は静かに戦斧を振りかざす。そして、鬼神の如く魔物たちに飛びかかっていった。

 

■村の跡地のキャンプにて


 

跡地の中にいた魔物はあらかた片付いた。とはいえ、近隣にも潜んでいるだろうからしばらく油断はできない。

無事な家屋を探してみたが、どこも焼けて長い期間放置され、朽ちている。屋根があっても倒壊の危険がある。

そうなると結局村中央の広場に野営地を設置することになる。

 

「木材や石材を固定する魔法があったら良かったんだけどね。今度探してみようか? いっそ作ってみるのも面白いかもしれないけど」

 

夕食の準備をするフェルンの近くで魔導書を読みながらフリーレンが言う。

 

(フリーレン様はこれからも魔法収集の旅を続けるつもりなのだろうか?)

 

フェルンは手を止める。フリーレン様が望むなら、私もついて行きたい。

三人でいられたらどんなに良いだろう。

でも、シュタルクは……?

 

ふと、シュタルクの姿が見えないことに気づいた。魔物との戦闘でかなり疲弊したはずだが、周りを見渡す。

 

「フリーレン様、シュタルク様は?」

「シュタルクなら遺品を集めてるよ」

フリーレンは明かりの方向を指す。

「魔法の灯りを渡してあるから大丈夫。夕食前には戻ってくるでしょ」

「……少し、心配ですね」

 

「そうだね」と呟いたフリーレンは魔法の明かりで照らされた場所を見る。シュタルクは黙々と朽ちた鎧と武器を運んでいる。

少なくとも夕食で呼びに行くまでは続けそうだ。

 

「アイゼンが生きている以上、シュタルクが魂の眠る地(オレオール)で対話したのはこの地にいた人たちなんだろうね」

「お兄様がいた、と伺っています。厳しい修行の中で優しくしてくれていたとも」

 

シュタルクはシュトルツや村人に関する詳細をフェルンにもフリーレンにも話していない。

未熟な自分は大事にされていなかったが、兄は別だった。そう告げたシュタルクに対して、それ以上のことを根掘り葉掘り聞くのはフェルンも失礼だと思っていた。

だが、リヴァーレとの戦いの中で聞いた話と照らし合わせればおおよその経緯はフェルンとフリーレンにも予想はつく。

 

「対話をしたからこそ、今向き合っているのか……シュタルクはこれからどうするつもりなんだろうね?

魔物を駆逐して墓を建てても、放置すれば今度は野盗の住処になってしまうかもしれない」

 

国や領からの支援があれば別だ。しかしここは10年近く放置された地だ。再開拓事業が立ち上がるのはかなり先になるだろう。

 

その後、夕食の準備ができたため、フェルンはシュタルクを呼び戻した。彼は沈んだ面持ちで一言も喋らないまま食べ終わると、また遺品の整理へと戻っていった。

 

■戦士たちの剣塚


 

シュタルクを追いかけたフェルンの目の前に広がる風景。

規則正しく地面に突き刺さった剣。その光景は、グラナト領の不死の軍勢を弔ったときのことを思い出す。

 

シュタルクはその剣の塚の前で片膝をつき、両手を胸の前で握り、祈っていた。

フェルンはシュタルクには声をかけず、背後でその姿を見ていた。

 

魂の眠る地(オレオール)の中でさ、兄貴に会ったんだ。

 嬉しかったよ。あんな別れ方で2度と会うことはできないと思っていたから」

 

シュタルクはまるでフェルンがいることに最初から気づいていたかのように語りだす。

 

「兄貴に言われたんだ。俺にとってはもう思い出すことも苦痛な記憶になっているかもしれないけど、親父のことを悪く思わないでくれって。

 唯一の希望を残そうと、俺を逃がすために、一緒に戦った仲間たちのことを忘れないでいてくれって」

「シュタルク様……」

 

フェルンは知っている。辛すぎる現実は、人の心から記憶を消してしまう。

自分だって、ハイターと出会う前の記憶は曖昧だ。両親をあんなに愛していたのに。

それは心の安全装置。おそらくは子供の頃、失った現実と向き合う強さがなかったから。

 

「ここに来てやっと思い出したよ。

 出来が悪いから大切にされてなかったなんて、安い言葉で自分を誤魔化していたなって。

 本当にたくさんの仲間に助けられて、今にたどり着いていたんだなって……」

 

ゆっくりと語るシュタルクの言葉にわずかな嗚咽の声が交じる。

 

「皆……ごめん……こんなになるまでずっと……」

 

遺品を見る度に、思い出せずにいた仲間の顔と名前が呼び起こされる。

村で暮らした頃の何気ない出来事が心をよぎる。こらえても涙がこぼれる。

 

気がつけばシュタルクはフェルンの前で地面に両手を叩きつけて声を上げて泣いていた。

 

「シュタルク様……」

 

大魔族の前から一歩も退かなかった、誰よりも臆病で勇敢な戦士。

そんな人類屈指の戦士が声を上げて泣いている。

その涙を止める術をフェルンは知らない。朽ちた戦士たちの思い出はシュタルクだけが知るものだ。

 

「私は……」

 

掛ける言葉も見つからない。フェルンは泣き続ける彼をただ黙って抱きしめることしかできなかった。

 

■彼はそうして旅を終える


 

それは長い時間だったようで、短い時間だったように思えた。

 

「落ち着きましたか?」

 

流す涙も枯れ果てた様子のシュタルク。女の子に大泣きした姿を見せてしまったことに気まずそうな顔をしていた。

こんな姿は誰にも見せたくはなかっただろう。特に仲間で、異性であるフェルンに対しては。

 

「ごめん、恥ずかしい所見られちまったな」

「いえ……」

 

誰かを想い、悼み涙することは決して恥ずかしい事ではない。

と、フェルンはそう思ったが上手く口に出して伝えられなかった。

 

「あのさ、フェルンに聞いてほしい事があるんだ」

 

――きっと

 

「俺は……」

 

――ずっと考えないようにしていた事の結論は

 

「ここに残ろうと思う」

 

――ここで出てしまう。決まってしまう。

 

「だから、俺の旅はここで終わりだ」

 

告げられてしまった言葉はもう引き返せない覚悟をはらんでいるように聞こえた。

 

「シュタルク様、本気なのですか……?」

「……ああ、フリーレンにも伝えてくれるか?悪いが前衛はまた別で雇ってくれって」

 

月明かりの下、シュタルクはフェルンを見つめる。

震える拳を握りなおす、シュタルクの仕草は旅の中で何度も見た姿だ。

 

「後悔はしたくないんだ」

「シュタルク様……」

 

シュタルクの瞳はフェルンを捕らえて離そうとしない。

 

「俺の旅はここまでだ。師匠のところに行って旅のことを話した後、戻ってこの村を立て直す」

「本気で言っているのですか? ここはもう誰もいません」

 

フェルンの疑問にシュタルクは頷く。

 

「立て直したいんだ。ここは、兄貴や親父、俺を逃がすために戦ってくれた村の皆が眠る地だ。このままにはしておけない。

 戦士の村じゃなくて普通の村で良い。ここで戦った誇り高い戦士たちが眠っていられるように。俺だけでも最期まで覚えていられるように」

 

「……」

 

勇者ヒンメルは各地に像を立てた。フリーレンが忘れられないように。記録と共に残した思いやりだった。

エルフの僧のクラフトはかつての偉業と名前すら忘れられて女神に救いを求めた。

シュタルクも兄シュトルツと仲間の戦士たちが誰からも忘れられることを悲しく思うのだろう。恐ろしく思うのだろう。

 

(わたしが止められることではない……だけど)

 

ここで終わりなのですか? これでお別れなのですか? もう会えないのですか?

 

たくさん、シュタルクに聞きたい事があるのに言葉に出ない。

 

「だからさ、今のうちに言うべきことは言っておこうかなって」

 

そんなシュタルクから切り替えされた言葉。

 

「シュタルク様、いったい何を……」

「出会ったときからずっと俺の背中を押してくれていることすごく感謝している。フェルンが後ろで見守っていてくれたからこそ俺はなんだって乗り越えられた」

 

シュタルクは深呼吸をしながらまた震え出した腕を強く握り直して止める。

 

「――俺は……フェルンが好きだ」

「……ッ!!」

 

シュタルクの言葉にフェルンは息を呑む。しかし、シュタルクの表情は重い。

 

「だから、俺はフェルンの幸せを願うよ」

 

これは……何の告白なのだろうか。シュタルクの言葉が耳から入ってくるのに心に落ちてこない。

 

「10年、いや、もっと掛かるかも……。だけど、立て直しが落ち着いて、もう一度出会うことがあったなら」

「……」

 

なぜだろうか……次の言葉を聞きたくない。本当は望んでいたはずだったのに。今は聞きたくない。

シュタルクは深呼吸をしてから言葉を続けた。

 

「――もし、その時まで……フェルンが誰も選んでいなかったら……俺と結婚してくれますか?」

 

続いて出てきたのはプロポーズの言葉だった。

しかしシュタルクは……そんな事が起きる事はないかのような顔をしていた。何かを諦めているような表情。

 

「……プロポーズの言葉は、二人の明るい未来を夢見て紡がれる言葉だと……そう思っていました」

 

長い旅の間、確かに心が繋がっていた気がした。互いに想い合えていると、そう感じていた。

そのはずなのに、どうしてこんなにも空虚に響くのか。

 

「シュタルク様……どうしてですか。なぜそんな悲しそうな顔で言うのです。まるで断って欲しいように、断ち切って欲しいように聞こえます」

 

シュタルクは悲しげな顔のまま視線を少し下げながら口を開く

 

「俺は……俺はフェルンが大事だから。一緒にいたいけど、俺の勝手でフェルンからフリーレンのことを奪えない。フリーレンからフェルンを奪えない」

「……だったら!」

 

一緒に来てはくれないのか、ずっと3人で共にいられないのか?

 

「でも、やるべきことを決めたんだ。

 だから……これは俺にとっての我儘だ。フェルンもフリーレンも巻き込めない」

 

そう続けるシュタルクの顔は真剣で、何も言い返せなくなったフェルンは――――その場から逃げ出した

 

■師は優しく厳しい


 

「フェルンっ!!」

 

追いかけるべきか?シュタルクは迷う。その瞬間、背後の足音に振り返ると、そこにはフリーレンがいた。

いつも感情の読みにくいフリーレン。その目は怒りと悲しみと憐憫が交じる、複雑な表情に見えた。

 

「シュタルク」

「フリーレン……来ていたのか」

「ついさっきだけど、大体状況は察しがつくよ」

「そっか」

 

口下手なフリーレンが何かを言おうとしているのが直感でわかった。

それは大切なことだと、彼女の表情が告げている。フリーレンは再びシュタルクに視線を向け口を開いた。

 

「シュタルク。もう少しフェルンに優しくしてあげて。あの子は昔から……大人になった今でも誰より寂しがり屋なんだ」

 

知っている……。だから守りたかった。

 

「優しく……しているつもりだったんだ」

 

彼女を泣かせてしまった今、シュタルクがそんな言葉を言えるはずもない。

 

「いつもはね。でも今日は0点だ」

「……手厳しいな」

「シュタルクは今、フェルンを追いかけてから掛ける言葉は何かあるの?」

 

無表情なフリーレンの言葉は容赦がない。今のシュタルクに対して冷酷な言葉にも聞こえた。

 

「ない、けど……このままってわけには」

 

フリーレンはやれやれとばかりに表情を崩す。

 

「私が言えた話じゃないかもしれないけど、子供の頃からこういうのが苦手だね。

 もっと大人になったと思ってたけど、まだまだ手がかかるなぁ」

「ごめん……」

 

「素直に謝るところはシュタルクの美点だけど、いつもフェルンを怒らせているところでもあるんだよ。

 なんで、こんな説教をされているかわかってる?」

「全部わかってたはずだったんだけどな……」

 

そう言ってシュタルクは夜空に輝く月を仰ぎながらため息をついた。

 

「私が、もう一度フェルンを連れてくる。今度はちゃんと話すんだ。

 二人が納得できる結果はきっとあるはずだよ」

 

出会った頃、人の心の機微に疎いと思っていたフリーレン。彼女は優しく笑いながらシュタルクへ告げる。

間違いなく、フリーレンはこの場の誰よりも大人なのだろう。

 

■彼女の告白


 

子供の頃に味わった胸の奥から湧き出てくる耐え難く冷たい感覚。これを悲しみと呼ぶのだろうか。

あの時は全て失って死ぬ覚悟すらできてしまった。しかし、今は積み上げてきたものがそれを許さない。

 

ただ、心の奥底に大事に積み上げてきたはずの大切な気持ち。それが両手の指の間からぽろぽろとこぼれ落ちてゆく様な感覚が抑えられない。

どうすれば止められるのか今のフェルンには思いつかない。

 

逃げ出したフェルンは焼け落ちた屋敷の中で膝をついて泣いていた。

 

「フェルン、やっと見つけた」

「フリー……レン……様?」

「まったく、こんなに泣き腫らして。シュタルクは後でお仕置きだね」

 

両脇に拳を当て「怒ってます」というポーズで告げるフリーレン。彼女はあえておどけた口調を選んでいるように思えた

 

「違うんです。フリーレン様、これは」

「違わないでしょ。なんとなく知っているよ」

「……」

「誰に似たのか、不器用な子たちだね」

 

誰に似たのかは言うまでもない。フリーレンなりのジョークだろう。

少し、落ち着いたフェルンは改めて今の状況を整理する。

 

「シュタルク様はこの地に残るようです」

「そうみたいだね」

「もうこれからの旅にはついて行けないとも」

「それだけ?」

「……全部片付いてから、もし再会することがあったら結婚してほしい……と」

 

フリーレンは呆れた表情で空を仰ぐ。

「そんなこと言ってたのか……」

ぼやいてからフェルンに向き直った。

 

「ずいぶんと身勝手、というより断られることを前提としたような話だね」

「おそらく、そのつもりだったのだと思います」

 

フリーレンは、はあとため息をついた。彼女はハンカチを出しながらフェルンの涙を拭き取る。

 

「ザイン程上手くやれなくて参るね。私からすると単純な話なのにどうしてそんなに拗れるんだか」

「……フリーレン様?」

 

フリーレンはフェルンの両肩に手をおいて、フェルンの瞳を見つめる。

 

「フェルンもシュタルクもさ、なんで魂の眠る地(オレオール)を目指したんだい?」

「それは、死者の魂との対話を――」

「違うよ。アイゼンから頼まれて、私が行きたかったからだ。フェルンとシュタルクはそれを助けてくれたんだ。

 その道中で私の面倒を見てくれたのも、魔族と命がけの戦いもそうだ。何もかも全部私のわがままに付き合ってくれたからだ」

「フリーレン様、でもそれは……」

「何も違わないよ。だというのに君たちは私の始めた旅に付き合い、果ては人類の宿敵である大魔族すらも何体も退けた英雄にもなった」

「……」

「二人とも命をかけて……何年も私のわがままに振り回されたんだよ」

 

フリーレン視点で極端にまとめると、そうかもしれない。

 

しかし、フェルンにとっては生きることはフリーレンと共にあることだった。シュタルクにとってはアイゼンの代わりに冒険をすることが目的だった。

それが果たされとて、何も望むべくはない。これからもそうだと思っていた。

 

だから、それは違うとフェルンは涙を浮かべて首を振る。

 

「聞いてフェルン。大事なことだ。フェルンもシュタルクももっと我儘で良いんだよ。我慢しなくていい。欲しい物を全部願っていいんだ」

「フリーレン様、でも……」

 

何を望めばいいのか、何を願えばいいのか今のフェルンにはわからない。

そんなフェルンにフリーレンは優しく微笑む。

 

「ねえ、フェルン。フェルンは知らないかもしれないけど、私って実は千年以上生きるエルフなんだ」

 

突然に、今更で誰もが知る事実の告白。「何を今更?」という表情の後。

フェルンはついフリーレンにつられて笑ってしまった。

 

「フフっ……なんですか、それ……」

 

ようやく、調子を取り戻したフェルンの顔を見たフリーレンは少し胸をなでおろしながら言葉を続ける。

 

「だからね、頑張ったフェルンとシュタルクの我儘にこれからの数百年付き合うことなんてそんな苦じゃないんだ」

「……数百年もかけたら私もシュタルク様も死んじゃいますよ」

「それぐらいの覚悟があるって受け取って。

 ねえ、フェルン……。フェルンは何を望むの?

 私は私のできる限りでフェルンの望むことを何でもしてあげたい。きっとシュタルクも本当はそうだよ。だからもっとフェルンの我儘を言ってよ」

 

フリーレンはそう言うと我が子をあやすようにそっとフェルンを抱きしめる。

 

「80年程前、私は自身の願いに気づくことすらできなかった。

 その結果、二人に出会えたなら無駄ではなかったのかもしれないけど。

 だけど、魂の眠る地(オレオール)にたどり着くまでヒンメルとは死に別れる事になってしまった」

 

「……フリーレン様」

 

だからね……と続けるフリーレンは、ゆっくりとフェルンに問いかける。

 

「フェルンはまだ間に合うよね? フェルンの目の前には掴み取れる手はあるのだから」

 

フェルンはいつの間にか涙が溢れ出ていた事に気づいた。心の奥に閉じ込めていた感情が溢れ出てくる。

それはさっきまでの冷たいものではなく、もっと違うもの。

 

「フリーレン!……様!! 私は……私はっ!!――」

「うん。全部言って」

 

心の奥底にしまっていた物を不器用にぽつぽつと語るフェルン。フリーレンは彼女の言葉に一つずつ頷きながらも聞いてくれる。

普段の生活では子供のようなだらしなさを見せる彼女。しかし、このときだけは母のような包容力をフェルンに感じさせた。

 

■そして彼女は彼に向き直る


 

「シュタルク、待たせたね」

「フリーレン」

 

フリーレンの連れてきたフェルンは泣き腫らした後なのか目元が赤い。

シュタルクをまっすぐ見つめる彼女の視線。フェルンはフリーレンと一つの結論に至ったのだと安堵する。

いつの日だったか大事にしよう、優しくしようと心に誓った。

 

だが、そんな彼女を泣かせてしまった。その事実にシュタルクの心はチクリとした痛みを感じる。

 

「まずは二人で存分に話し合いなよ。私はあっちで待ってるから」

「本当に、ありがとう」

「いいよ、これぐらい。ほっといたらヒンメルやハイターに合わせる顔ないし。ザインからも説教されちゃうよね」

 

ひらひらと手を振りながらその場を後にするフリーレン。

初めてであった頃、紅鏡竜に襲われた村に3年も世話になった事を「短いね」と言っていた。

しかし、去りゆくその背中は随分と変わったのだと感じさせる。

 

「……シュタルク様。

 まずは、先程のお返事をさせてください」

 

彼女が望む結論があるなら、全てそうするまで。シュタルクは筋を通した。

「ああ」とだけ応えて覚悟を固める。

 

「シュタルク様の申し入れ、お断りします」

 

ああ、やっぱり……

 

「……そっか、わかった」

 

夜空を仰ぎながらフェルンの言葉を反芻する。

ここに来て残る決断をしてから覚悟をしていた。

大切な人から拒絶されるのは身を引き裂かれるように悲しいことだ。だが、これは仕方のない話。

 

今日は少し離れた場所で休もう……

 

フェルンの顔も見ることが出来ない。

視線も顔もフェルンから背けようとした瞬間。上着の両衿を掴まれ、顔を引き寄せられて睨まれる。

 

「うおっ」

 

現在、シュタルクとフェルンには頭一つ分の身長差がある。結果的にシュタルクが屈む姿勢となる。

 

「いいえ!シュタルク様はわかっていません」

「ええっ、なんで……?」

 

シュタルクはもっとスッパリと静かに事が終わることを予想していた。

この状況がどういう事態なのか分からず思わず情けない声が出てしまう。

しかし、フェルンはなぜか安堵したような表情を見せた。

 

「やっといつものシュタルク様に戻りました」

「いや、だって俺は至って真面目な話を」

「私言いましたよね。プロポーズって、きっと二人の明るい未来を夢見て紡ぐ物だって。

 シュタルク様は、本当にあれで私と一緒にいる明るい未来がイメージ出来ていましたか?」

 

いつかのフリーレンの言葉を思い出す。イメージ出来ない事象は魔法でも発動しない。

イメージ出来ない言葉は決して実現出来ないのだと。

 

「それは……」

「だから、全部受け入れられません」

 

シュタルクを見つめるフェルンはきっぱりと告げる。

 

「全部!?そんなにだめ?」

「はい、シュタルク様はダメダメです」

 

畳み掛ける様に言葉を返してくるフェルン。彼女の言葉にシュタルクは思考が追いついてこない。

 

「要するに、プロポーズはお断りでここでお別れって事……なんだよね?」

「違います。だから全部お断りしますと言っています」

「ごめん、全然わかんない……」

 

もはや張り詰めた真剣な顔を全く維持できない。萎縮したシュタルクはフェルンの言葉に頭を抱える。

そんな姿にフェルンは「本当に仕方ない人ですね」と笑顔を見せた

 

「シュタルク様は何故、全てを望む願いを切り捨てているのですか?」

「それは、だって……そんな我儘は、そこまでは許されないだろ……」

 

たった一人の我儘で誰かの人生を歪ませてしまうなんて……

許されていいのだろうか?

 

「私は嫌です。何一つ諦めたくありません」

「だけど、きっと迷惑がかかる。時間も掛かっちまう」

 

だから、退こうと思った。それがきっとフェルンに対して迷惑とならないだろうと。

だが、彼女はそれを許さないと。瞳の奥に宿った光はそう告げている。

 

「先程フリーレン様は仰っていました。私達が望むことをフリーレン様の出来る限りで叶えてあげたいと。何百年かけても平気だと。

 シュタルク様もそう思っているだろうと。私も、そうありたいと思っています。」

「……えっと」

 

フェルンの瞳の奥に見える光に彼女の覚悟が見えた気がした

 

「どうして仰ってくれないのですか? シュタルク様の望むことを隣で支えて欲しいと」

「俺は……」

 

――過去なんて関係ありません。私の見た戦士シュタルクは一度たりとも逃げたりしていません。

 

思えば随分昔に感じる。18歳の誕生日のとき、プレゼントされる事の意味を理解できなかった。

あの日にフェルンに告げられた言葉を思い出した。

 

――この先、逃げるかもしれねえぞ

 

「シュタルク様、あなたの願いから、そして私達から逃げないでください」

 

――私達が逃しません。

 

「でも、俺は……」

 

――選ばないなら、勝手に選びますよ

 

「シュタルク様が心の奥底で望むことはなんですか?」

 

フェルンはシュタルクの上着の衿から手を離す。ゆっくりとシュタルクの両手を取って握り、重ねる。

そして、自身の額を彼の両手へと当てた。

 

(俺は、迷惑をかけられないと理由を付けて……本当の願いから逃げていたのか)

 

「教えてください、シュタルク様。あなたが欲しい物は、掴みたい未来はなんですか?

 あなたはいつも自分が本当に欲しいものがわからないと言ってばかりです。でも、そんな筈はないでしょう?」

 

シュタルクに言葉を告げるフェルンの姿は、人の幸運を一心に願い祈る女神の姿に似ている。

交錯する思考の中。フェルンを見たシュタルクはそう感じた。

 

■それは彼の我儘と願い


 

手繰り寄せたい願いは確かにこの手の中にある。フェルンはシュタルクの心の奥底にある願いを強く感じていた。

シュタルクは何度も息を飲み言葉を止めている。きっと慎重に言葉を選んでいるのだ。

 

「俺は……」

 

そんなシュタルクが

 

「俺はこの村を立て直したい。兄貴も、親父も、皆も……やっぱりこのままにしておけない!」

 

ようやく紡ぎ出した不器用な言葉。

 

「はい……」

 

このシュタルクの想いと覚悟は本物なのだろう。

 

「……でも、フェルンやフリーレンとも一緒にいたい。フェルンを守る役目は他のやつに任せられない。俺だけでありたいんだ」

「はい……」

 

しかし。そんなシュタルクから、ついにこぼれ落ちたエゴと本音の欠片。

 

「だから、時間がかかるかもしれないけど。

 大変かもしれないけど。

 もう遠くへ旅にだって出られないかもしれないけど。

 それでも……側にいて……手伝ってほしいんだ」

 

それが揃ってやっと、シュタルクの願い足り得るのだろう。

 

――はい。一緒に頑張りましょう

 

いつの日か、そんな風に声をかけた。それは初めてシュタルクと一緒に魔族と戦う直前のやり取りだったか。

 

(あの時は本当に脱力するオチが待っていたけれど)

 

今度のシュタルクの言葉は覚悟がこもっていた。だが、フェルンにとっては大切な事がまだ足りない。

 

「それだけですか?」

「……そう、だと、思うけど…?」

 

判らなさそうな顔をする。つい先刻、事も無さげに言った言葉を忘れたのか。

そう思うと、フェルンはつい憮然な表情をしてしまう。

 

「本当に? そもそもシュタルク様はもっと違う話をしていませんでしたか? 明るい未来の話です」

「うっ……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

フェルンの核心を貫く言葉にシュタルクはたじろいだ。

 

断ってもらうつもりで、諦めていた時はあんなに簡単に口にできたのに……と。

すべてを受け入れると。フェルンは心の底から楽しそうに言う。

 

「あの、えっと、なんだっけ? 明るい未来の話……」

 

そんな彼女に改めて伝えることが難しい。死ぬほど恥ずかしい。

この期に及んでのリテイクはなんと言えば良いのだろうか。シュタルクは背中に脂汗が滲むのを感じる。

 

「……子供をたくさん作ろうとか……あれっ違う?……いや、違わない……のか?」

「……えっち」

「まってまって。そうじゃなくて!」

「……」

 

煮えきらない、シュタルクの様子にふくれっ面を見せるフェルン。

むーっ!と声が聞こえそうな顔でこちらを見上げてくる姿に目を奪われる。さりとて、うまく言葉が出てこない。

 

―― 世話が焼けるね!

 

遠くからかすかに聞こえたフリーレンの声。

 

「ッ!?」

 

瞬間。シュタルクとフェルンの立っていた地面が輝き出す。

徐々に収束する光はやがて華となった。

 

夜風に吹かれた花びらが宙に舞う。二人を取り囲む辺り一面に花畑がひろがっていた。

 

「なんだこれ!?」

 

慌てたシュタルクが辺りを見回す。

木にもたれかかって座るフリーレンが手をひらひらと振っていた。

 

説明するまでもない。フリーレンの花畑を出す魔法だ。

普段は無表情なフリーレンが目に見えてわかるような笑顔で訴えている

 

『いいから、さっさと告れ!』と

 

もはや時間の経過という退路すら断たれた。言い直しの言葉はどうすればいいのか判らずじまい。

 

頭が真っ白なままシュタルクは口を開く。

 

「なんっ……というか……。多分、瓦礫片付けたら、この辺に住める家とか建てると思うんですよ……」

「はい、それで?」

「だから、あのー、フェルン」

「はい」

 

だめだ、フェルンの顔を見て言えない。目の前にいるフェルンは答えを促すように相槌を返してくる。

 

―― もうヤケクソだッ!!

 

シュタルクは目を閉じ、自身にも言い聞かせるように告げる。

 

「大好きです!」

「……はいっ」

 

口から言えたのはそんな単純で全力な一言。

短すぎだ!何かを付け足さなければ! 慌てて続く言葉をひねり出す。

 

「だから……その。―― 俺のお嫁さんになってくれますか!?」

 

……言った自分でも「なんじゃそりゃ?!」という言葉が出て来てしまった。

 

無論、この状況で十全に準備が出来るわけもない。しかし、いつか習った紳士の立ち振る舞いはどこに行ってしまったのか。

恥ずかしすぎてフェルンの顔が見られない。

 

思わず明後日の方向へと顔をそらしてしまう。おそらく、顔は自身の髪より赤いだろうとシュタルクは痛感する。

 

だが、返事を聞くためにフェルンの顔を見ないわけにはいかない。

 

なぜか何も言ってくれないフェルン。

「ここで回答してくれないのかよ!」

そう思いながらシュタルクは薄目を開けてフェルンの方を見た。

 

かすかに捉えた視界に映る顔。それは、シュタルクの様子すらも楽しげに見つめる満面の笑みだった。

彼女は「ようやく目が合いました」と小さく呟いた。

 

「……喜んで」

 

彼女は満天の星空の下。魔法の花々に囲まれて――

 

「私もずっと、今でも。シュタルク様のことが、大好き――」

 

シュタルクの胸に飛び込んだのだった――

 

■不器用で愛しい子達


 

「これでいいよね、ヒンメル、ハイター」

 

離れた場所で見ていたフリーレンは嬉しそうな笑顔で杖を収納する。

 

「これで一段落かな」

 

魂の眠る地(オレオール)の別れ際のやり取りを思い出す。

 

『僕から最期のお願いだよフリーレン。今後、絶対に一人にならないで。君がその手に掴んだ絆はそれを可能にする未来へと君を導くはずだ。

 だから、それを守るために全力を尽くすのがこれからの君の戦いだ』

『死ぬ前にも言いましたが、これからもフェルンのことお願いしますよ。多分フェルンだけにはならないと思いますが』

 

かつての仲間たちは死んだ後も実にお節介だ。

視界の向こうでは、感極まって涙を浮かべながらも笑っているシュタルクとフェルン。

シュタルクはフェルンを両手で抱き上げ、二人は花畑の中でくるくると回り始めた。

 

「あ、コケた」

 

花畑の中に倒れ込んだ二人の勢いで、花びらが夜空に舞う。

 

実は今後の生活を左右する話。遠目に見ていただけではなく視覚と聴覚を強化して一部始終を観察していたフリーレン。

流石にこれ以上は野暮かなと彼女は魔法を中断する。

 

立ち上がり、野営地の広場へと向かいながらも一人思う。

 

「……本当に誰かに似て、不器用な子たちだ」

 

凄くシンプルな結論なのに随分と遠回りしてしまった。

「ここに皆で一緒に暮らそう」ぐらいの話なのに。

 

誰かを想って遠慮して言い出すことができない二人だからこそ惹かれ合うのか。

事の真意はフリーレンにはわからない。しかし、そんな二人の全てが愛おしく、ずっと大切にしようと思う。

 

「そういえば、記憶の映像って精神魔法で切り出して記録情報に変換出来るんだっけ?」

 

以前、エーデルが黄金郷のマハトへ掛けた魔法。奪い取った記憶をデンケンを経由して見せてもらった。

100年の記憶を切り取るなんて達人芸はできないだろう。しかし、10分程度の記憶の切り抜きなら音と光の魔法と組み合わせた像に出来るかもしれない。

二人の記念の思い出としてアイゼンに見せてあげるのはちょっと面白そうだ。

 

「案外、魔法収集の旅をしなくても暇をする必要はないかもしれないな」

 

1000年ほど前。フランメが晩年毎日楽しそうに魔導書を書いていたことを思い出す。

そういう日々を過ごすことも長い人生の中に時折あってもいいだろうと満足げに笑った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

花畑に倒れ込んだシュタルクとフェルン。

 

「……」

「……」

 

シュタルクが覆いかぶさる様な体勢で二人はしばらく無言だった。

 

「……あの、フェルンさん」

「……なんでしょう?」

 

お互い、顔から火を吹きそうなほど赤くなっている。

普段なら慌てて飛び退くべきシーンだ。だが、今はそうしなくて良い。なぜならさっきお互い好きって言ったから。

 

……とシュタルクは自分に言い聞かせる。

そうしないと腰が引けて飛び退いてしまいそう。

 

だが、勇気だ。勇気を出せ俺!と自分を鼓舞する。

 

「……えっと、その、ちゅーとかしても……いいんでしょうか?」

「……駄目だと思いますか?」

 

その返し方ありかよ!!と心の中で叫ぶシュタルク。

長年、フェルンに付き添っていると、さすがに分かる。

「自分で判断して決めてくれ」 ということだ。

要するに遠回しな許可だ。必要なのは覚悟だけ。

 

「……よし、じゃあ……やるぞ!」

「……はい、どうぞ」

「……本当にやるよ?」

「……はい、やってください」

 

なぜ2回も確認するのか。フェルンにそんな表情をされた。

 

やけくそになりつつも、フェルンに顔を少しずつ近づけるシュタルク。

どうしていいのか判らなくて、だんだん唇が突き出ていく。

 

クスッ

 

おそらく、シュタルクの姿を見てフェルンは笑ったのだろう。

「情けなくてごめんよ」と思いながらも、そのままじわじわと唇を近づけていく刹那。

 

「――じれったいです。シュタルク様」

 

そんな言葉が聞こえた。それと同時に首に腕を回される感覚と――

 

―― 唇に感じる柔らかくて温かい感触。

―― フェルンから香る花のように甘い匂い。

―― 口蓋に触れてくる柔らかい何か。

 

「んっ……」

 

わずかに漏れ出た彼女の声。それは耳を通じて……シュタルクの脳髄に突き刺さった。

 

(あ……駄目だこれ……。コントロールできない……)

 

シュタルクの……今までの人生。鉄壁を誇ってきた彼の理性。

相手の失礼にならぬよう。怖がらせぬよう。えっちなことにならないよう。固く守ってきた鋼の理性。

 

脳裏に『ピキッ』という音のしない音が響いた気がした。

 

そこから、嵐の日の川の防波堤が決壊するかの如く。流れ出てくる欲情の波。

それに飲まれたのは小さなシュタルクの意識。彼は生まれて初めて心の奥底から湧きでた巨大な感情一色に染まってしまった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「んっ……はぁ……」

唇が離れた瞬間、二人とも止めていた呼吸を整えることになる。

 

ここまでの濃厚な接触は当然の如く、お互いに初めて。

感想を言い合うべきなのか。気の利いた睦み言を言うべきなのか。

 

フェルンはゆっくりと目を開いた。目の前には当然シュタルクの顔。

 

「え……?」

 

ただ、その瞳にいつもと違うものを感じる。

 

紅い。彼の髪の毛より。流れる血より。燃え盛る炎のように紅い。

熱のようなものを感じる。

 

そんな瞳がフェルンの瞳の奥だけを見つめていた。

 

「シュタルク……様……? ……どうしたんですか?」

「フェルン……、ごめん。俺。全然。足りない――!」

 

初めてならコレで上々。そう思っていたフェルンの誤算。

 

「えっ……ちょっ!! シュタルク様!?」

 

フェルンは本日改めて、今まで如何にシュタルクが自分に遠慮……。

いや、大切にしてくれていたのかを思い知ることになった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

焚火を付けたまま一人で眠るわけにも行かない。故にフリーレンは焚火の近くで毛布にくるまりながら魔導書を読んでいる。

遠くから人の声が聞こえてきた。シュタルクとフェルンだ。

 

「……?」

 

なぜか膨れっ面のフェルン。そしてほっぺたにビンタ跡のあるシュタルク。

二人はひたすらに「シュタルク様のえっち」「ごめんよぉ」のやり取りを繰り返していた。

 

「随分早く戻ってきたけど、人間はああいう話の後って子作りとかするんじゃないの?」

 

フリーレンとしては素朴な疑問……のつもりの身も蓋もない質問。

それはつい先程の出来事に対して火に油を注ぐこととなり……

 

「シュタルク様!フリーレン様!そこに正座してください!」

「えっ、なんで?」

「……はい」

 

フリーレンは突然命じられ、渋々応じる。

シュタルクはごく素直に応じた。

 

「シュタルク様、フリーレン様!何事をするもTPOというものが――!!」

 

なぜかフェルンの説教が始まった。フリーレンは隣のシュタルクの顔を覗き見ると

「まあ、家と寝室はちゃんと作らないとだめだよね」と遠い目をしている。

 

「やれやれ、二人の選んだ道はまだまだ先は長そうだ……」

 

星を見上げてそう呟くフリーレンと共にこの騒動は幕を閉じた。

 

~ fin & to be continued ~




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