葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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夜の果実酒は禁忌の様に甘く

■幼子と一級魔法使い


 

北側諸国 魔法都市オイサースト

 

その中央となる魔法協会の一級魔法使い達の控室。

シワのない協会指定の制服とローブ。まるで生真面目が服を着ているかのような、無愛想な表情の男。

彼は静かに佇んでいる。眼の前には木製の柵の付いた、小さなベビーベッド。

 

男には全く似合わぬそれの中には穏やかな表情の幼子が眠っていた。

 

一級魔法使いのゲナウは生来、真面目で融通の効かない性格である。

本人も仲間内からはさぞ嫌な性格と思われていることだろうと自覚している。

現在の地位である一級魔法使いの位を授与された時から師であり、協会の長であるゼーリエ。

師の命であればどのような任務もこなす。そして、戦う力のない者達を守るためならば命だって惜しくはない。

今まではそう思って生きてきたような人生だ。

 

――そういう人生だった。そう思っていた。

 

「もう、軽々しく死んで良いような立場でもなくなったな」

 

眼の前でゲナウに向かって無邪気に笑い手を伸ばしている小さな存在。

この子は誰かの助けなくしては生きてすらいけない。

今のゲナウにとっての最大の役割。任務の失敗による死はこの子の存在すらを危うくする。

いや、あるいはどうにかなるかも知れない。が、しかし。誰かの手に委ねることだけはどうしても感情が許容しない。

まさかこんなふうに思う日が来るなんてと未だに思えてしまう。

 

自分に向けて伸ばす小さな手。人差し指を当ててやると握りながら小さな存在は声を上げて笑う。

 

「せっかく美人の母親の娘に生まれたんだ。何処かの誰かのような無愛想な顔に育ってくれるなよ……」

 

そう自分で言いながら苦笑して頬がゆるむ。どうかこの娘の未来が明るい日々であるように願わずには――

 

「……惚気か?」

「ッっ!?」

 

突然背後から声をかけられ、ビクリと体が反応した。

ガラにもなく声を上げて驚くところだったのをギリギリ耐えた。

魔力感知は怠った覚えはない。真後ろに立っていたのは同じく一級魔法使いのゼンゼだ。

長い髪を媒体にあらゆる事をこなす、一見すると10代の少女のような魔法使いだ。

おおよそ同世代であるため、実際の年齢は少女と言うには無理がある。本人には言えないが。

 

「ゼンゼ、いつの間に」

「割と前からだ。お前が子供の前で棒立ちして独り言を言っていたので、面白そうだから観察していた」

「……魔力を消してまでやることか」

 

ゲナウのツッコミは無視してゼンゼが続ける。

 

「で、この娘が本日ゼーリエ様にお披露目と名前をつけていただく……ゲナウの娘か」

「そうだ」

 

ゲナウは極力顔に出さないようにしている。しかし照れのようなものが見えて、面白いなとゼンゼは分析する。

 

そう、本日はゲナウの娘を魔法協会の長のゼーリエにお目通しする日となっている。

 

「背中を押した私が言うのもなんだが、押したあと1ヶ月ほどで手を出すとは思わなかったよ」

「……言うな。……いやまて。色々と語弊がある!!」

 

ゼンゼは腕を組みつつ小首を傾げながら「なにか違うのか」という表情をしている。

「キャベツの中から生まれたとでも?」

「……いや、そういう訳では」

「つまり、することはしたのだろう?」

「……ぐっ」

 

そんな、父親の苦戦を知ってか知らずか赤ん坊がグズり始めた。

 

「しまった、騒ぎすぎたか!?」

「む、少々やりすぎたか……おい、ゲナウどうすれば良い? 高い高いとかしたら良いのか?」

 

彼女の得意魔法で髪の毛を操作してのニョキニョキとベッドに手を伸ばす。

 

「やめろ!お前の高いは怪我で済む高さじゃないだろう」

「む……、そうか?では程々の高さで」

「そもそも、そんな物騒な方法で赤ん坊をつかもうとするなと」

「なにを言う、一度掴んだら決して離さないように安全に掴むぞ」

「だからそれが怖いと言っている!」

 

と、大人二人が慌ただしく騒ぐ合間に赤ん坊はより大きな声で泣き出す。

 

「やめなさいッ!」

 

スパーンと良い音を立てて2人の頭が紙の束のようなものでひっぱたかれた。

その音の発生源。そこに立っていたのはブロンドの髪の美しい長身の美女の魔法使い。

そして、今はゲナウの相方でもあるメトーデが立っていた。

 

「いい大人が二人して何を大騒ぎしているのですか?」

「子供が泣き始めたので……」

「それは見ればわかります」

 

メトーデはつかつかとベッドまで歩み寄り、慣れた手つきで赤ん坊を抱き上げる。

状況を知ってか知らずか、大泣きをしていた涙はピタリと止まった。

 

「いい子、お腹が空いたのですよね……

 さて、ゲナウさん。少し部屋の外に出ていてもらえますか?」

「私がか?……いや、いい。ドアの前に立っていよう」

 

一瞬、何故自分が!?と思ったが、これからどうするかを考えると流石にそれが一番だろう。

例えば、ファルシュあたりが偶然控室に入るとさぞかし気まずかろう。

あとはまぁ、……気持ち的になんとなくだが……他の男に見せるのはなんだかとても良くはない。

 

「終わったら教えてくれ」

 

そう言いながらゲナウは廊下に出た

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ドアの前に立ちながら、天井を眺める。

喫煙者ならこういうときこそタバコが吸いたくなるのだろう。だが、あいにく魔法協会の施設内はほぼ全館禁煙だ。

そういう意味では、愛煙家ではなくてよかったのだが……少々退屈だ。

 

そもそも、こんな状況になった経緯、おおよそ1年ほど前の出来事を思い出す。

 

■君と交わした口約束


 

事の起こりはメトーデとゲナウとの間で交わした口約束から始まった。

 

『ところで、ゲナウさんは果実酒は好きですか?』

『突然何の話だ?好きといえば好きだが』

『私の一族のいくつかある隠れ里の一つでは隠蔽も兼ねて農園と果実酒を作っている村がありまして』

『それがどうした』

『今回のお礼の話です。そろそろ収穫祭も近い季節です、一緒にいかがですか?』

『……旨いんだろうな?』

『もちろん。北部高原の近辺の街ではそれなりの銘柄で売っているはずですよ』

 

シュタルクとフェルン、フリーレンが住み始めたクレ地方。そこで遭遇したトラブルによりゲナウはメトーデに『貸し』が出来た。

メトーデはお返しに彼女の一族の里の1つで作っている酒を振る舞ってくれるという。

他人の里帰りに同行する。どう考えても普通ではない状況だ。

どうするものかと考えたが、紆余曲折の末、現在は彼女の里の近くまで来ている。

 

北部高原の魔族討伐はゲナウとメトーデの仕事である。比較的近くの任務の折に翌日を休暇にして立ち寄ってから帰ろうという形だ。

2人で休暇をとってオイサーストから向かうのは避けた。目ざとい仲間が五月蝿いと思ってのことだが……

バレバレだった事は後に知ることになる。

 

北部高原中でも南側に位置した確かに幾つかの果実の栽培にちょうど良い。寒すぎず、暑すぎない気候の一帯。

遠目からでも赤い実が実っているのがよくわかる。メトーデから聞いた通り収穫時期ということであろう。

 

「ゲナウさん、あそこに見える果実園が里で管理しているものです」

「ああ、よく実っているな」

「ええ」

 

普段はゲナウに負けぬほど折り目正しく冷静に振る舞うメトーデ。だが今日は少しテンションが高く楽しげだ。

 

「果実酒は早いものだと半年もせずに出荷していますが、

 この時期は、出荷外としている長期醸造の特別なものが蔵出しされて振る舞われます。

 ゲナウさんにはそれを味わっていただきたくて」

「ずいぶんと嬉しそうだな」

 

そう伝えるとメトーデは頬に手を当てながら苦笑する。

 

「そうでしょうか? ……そうかも知れませんね。久々の帰省で舞い上がっているのかも知れません」

 

そう言って長い髪を揺らし柔らかな笑顔を見せるメトーデ。目を奪われそうになり、とっさに目をそらした。

 

「まあ……帰るべき場所があるのは良いことだ。そのために私達は懸命に戦っている訳だからな」

「幸いにもこの里は無傷で残っていますからね」

 

メトーデは長年魔族を狩る事を生業とする魔法使いの一団の出身だ。

そういう一族がいるということ以外、実態はあまり広く公開されていない。

人が知るとその情報はいずれ人語を解する魔族の耳にも入るためだ。

結局幾つかの村に隠れ住んでいる状態ということだ。

 

今回の村も表向きはただの農園の広がる村。住民は魔法使いとそうでない普通の人も半々存在するらしい。

メトーデの生来の村かどうかはわからない。故郷と呼ぶ理由は世話になった人物がここにいるからということだ。

 

「見て下さいゲナウさん、あちらが村の入口です」

 

メトーデは嬉しそうに軽い足取りで駆け出した。普段の凛とした姿とは違った可憐な少女のようで、ゲナウはあっけにとられた表情になる。

 

ゲナウの表情を見て、どうやら自分の行動に気付いたらしい。メトーデは少し赤くなりながら咳払いをした。

 

「すみません、少々……はしゃぎ過ぎたようです」

 

佇まいを直す彼女に、苦笑いをしつつ言葉を返す。

 

「……そんなことはない。故郷に帰ったんだ、同行者に紹介したくはなるものだろう」

「少し恥ずかしいですね。私の大好きな景色だったのでゲナウさんにも見ていただきたくて」

 

「「……」」

 

おせっかいな同僚数名がその様子を見ていればあまりの空気に悶絶するであろう。

そんな状況に置かれていることはゲナウ自身が自覚している。

 

(なんなんだこの状況!?)

 

いや、流石に判ってはいる。

ここに来るきっかけになった理由も。妙齢のメトーデがたった一人の男を故郷に招待する理由も。全ては一つの結論にたどり着く。

だがゲナウはそこに感情がついていけない。

 

(何故私なんだ、メトーデ)

 

メトーデの振る舞いに気づいてからずっとこの疑問がついて離れない。

華のように艶やかで美しく、誰よりも優秀な彼女。本来であれば黙っていても引く手数多であろう。誰の目にも明らかな高嶺の花。

何故自分なのか。一級魔法使いであること以外は自分はロクな人間ではない。ただ、ゼーリエに命じられてペアを組んだだけの間柄だった。

 

「……ともかく、村に入ったら里長もやっているお祖母様に挨拶へいきましょう

 事前に手紙も出しているので。今夜の宿泊の準備もしていただけていると思います」

 

メトーデの言葉に悶々と悩んでいた状況から頭を切り替える。

 

「……わかった。せっかく休暇を利用したのだからゆっくりさせてもらう」

「そういえば、ゲナウさん。村に入ったら魔力はできるだけ抑えめでお願いします」

「んん? まあ、判った」

 

隠れ里にも色々事情があるのだろう。と、ゲナウはとりあえず了承で答えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そう、そんなふうに思ってしまったが最期。魔境に足を踏み入れてしまったのだった。オイサーストの控室前で待機するゲナウは当時の事を思い出す。

いや、もっと前から狡猾な蜘蛛の糸に絡め取られていたのかもしれない。既に捕食寸前の蝶々のような状態だったのだ。

 

控室のドアの前、現在もゲナウは待機中だ。今更言っても仕方あるまいとため息をつく。

現状に不満がある訳ではない。やり直せるならやり直したい……とも今更思わない。

 

ただ、あの時もう少しいい感じに立ち回れなかったのか……

そんな、男としての悲しい後悔はある。

 

■君と同行者の関係性


 

メトーデは事前に客人を連れて戻ることを連絡していたらしい……

が、村に入った瞬間から凄まじく妙な視線を感じる。

 

ざわざわと聞こえてくる声。「男だ……」とか「年下の少女じゃない……」などの声が混ざっている。

どうやら、客人が来る以上の情報を伝えていなかったようだ。どういった人物が同行するかは里の者たちも知らなかったらしい。

 

メトーデは村人たちへ挨拶をしつつも、至って平静でいる。むしろ反応を楽しんでいるようにも見える。

その様子からすると、あえて伝えていなかった可能性もある。

妙齢の娘の里帰りに男の自分が同行する事実。ある程度こういう反応になるとは予想はしていたが……年下の少女とは?

同郷の人間にもそんなふうに思われてるのか? ……と少し奇異の目でメトーデを見た。

 

「……流石に、年下の少女を連れて里帰りをした前科はありませんよ?」

 

視線を変えずに、通りかかる人へ笑顔と手を振りながらの一言。どうにも、考えていることがバレているようだ。

細かいことにいちいち突っ込んでいてはメトーデのペースに乗せられる。ゲナウは極力話の要点だけ聞くに留めるようにした。

 

「なぜ、私のような人間が来ると伝えなかったんだ?」

「面白いと思いまして」

「今の様子を見ればわかるが、悪趣味ではないか?」

「いえ、どちらかと言えば別に驚かせたい人が居まして」

 

そんな彼女に連れられてたどり着いたのは村で最も大きな家。

勿論、農村にある家なので豪邸ではない。他より少し大きいだけといったものだが。

 

「私のお祖母様……と言っても血縁者ではありません。幼い頃からの育ての親といったところです。

 お祖母様はこの村と一族の長を務めているだけに中々に手強い人ですので。

 こういうところで驚かせて一本取っておきたいなと」

 

メトーデの一族は魔族を狩る事を生業とする者達だ。

おそらく両親が健在という状態には成り難いのだろう。

こういった隠れ里の中で育ち、密かに修行をしながらいずれ前線に出ていく。結果、育ての親は別にいるといったところであろうか。

無論それ以外の事情は様々であろうが、あまり根掘り葉掘り聞くべき話ではない。

 

「そういうくだらない悪戯は止めて素直に孝行しろ。縁者への挨拶をするなら、私はその辺をぶらついてくる。今日泊まれる宿を教えてくれ」

 

ゲナウはくるりと反転してその場を去ろうとする。

今更だが、2人でメトーデの育った家に入るのは何かが致命的にまずい予感がした。

真綿で首をゆるゆると締められているような、そんな不思議な感覚に襲われる。

 

一旦離れようと一歩を踏み出そうとする寸前のところでガシッと背後の襟を掴まれる。

 

「ゲナウさんの今夜の泊まりはこちらですよ」

「なんだと……?」

「今夜の泊まりはこちらですよ」

 

笑顔で2回言われた。

 

「メトーデ、お前は……どうするんだ?」

「ここは私の実家代わりの様なものなので」

 

つまりは、一緒に泊まると。メトーデの実家に。サプライズで紹介されて。本気か?

 

メトーデの言わんとしていることはわかる。頭では理解していはいる。

とは言えだ、それとこれとは関係なく。ゲナウとメトーデの今の間柄は少々、シンプルなようでお互いの感情は複雑だ。

現状ゲナウはメトーデと何かある訳では無いのだ。何もしていないし、肩書は仕事上のパートナーというのが正しい。

 

いっそ、自分が気の迷いで手を出していたほうが楽だったかもしれない。

先日の局面も、今この場でもその方が色々面倒もなかったのではないかとさえ思う。

では結局どうしろというのだ?とゲナウの頭の中で思考はぐるぐると回る。

 

「お祖母様、メトーデです。只今戻りました」

 

ゲナウが悶々と悩んでいる間にメトーデは構わず鍵を開けて入口のドアを開ける。

 

「おかえりなさい、メトーデ」

 

入口に入ってすぐに返ってきたのは少し年老いた女性の緩やかな応答の声。

魔族と戦い続ける一族であるメトーデのいう手強い人物。てっきり相当な難物が出てくることを予想していた。

しかし、出迎えに立っていたのは、思いのほか上品で優しげな女性であった。

 

魔力とは人体を流れるエネルギーの一つである。

それをコントロール可能な魔法使いは人の域を逸脱しないまでも長寿になりやすい。

つまり、極端な衰え方をしない傾向にある。

 

眼の前の人物も多分に漏れずと言った風だ。若いとはもう言えない見た目ではあるが。

身近な例で言えばレルネンやデンケン。年齢の割に所作の端々は若者に見劣りしない彼らに通ずるものを感じる。

 

「あなたが、メトーデの連れて来ると言っていたお客人ですね。お名前はなんというのかしら?」

 

あまり、こちらを見ても驚いていない様子。おそらくメトーデのサプライズは失敗なのだろう。

 

「この度はお招きいただき、ありがとうございます。ゲナウと申します。

 私も彼女と同様に魔法協会所属の一級魔法使いをやっています。こちらもお名前を伺っても?」

「これはご丁寧に。ごめんなさいね、私から名乗るべきでした。

 メトーデが男性を連れて帰ってきたと聞いたものだから。嬉しくて、浮足立ってしまって。

 メトーデの親代わりをしているミッテルと申します」

 

後ろでメトーデが頭に手を当てた。「先に感知されていたのですね」とため息をつく。どうやら彼女の望む結果にはならなかったようだ。

聞いたというより魔力で察知されたということなのだろうか? 極力抑えていたのに気づいたのであれば中々の使い手ということになる。

 

というか、村に入る前に魔力を抑えていたのはこのためか。メトーデを睨むと「ごめんなさい」という感じの目配せを返してきた。

 

とはいえ、件の人物は至ってまともそうな人物と見える。妙なことにはならなさそうだと安堵してゲナウは胸をなでおろす。

と同時に、片手を頬に当てて小首をかしげる姿勢でゲナウに投げかけられた言葉。

 

「ゲナウさんのことは……婿殿、と呼べばよろしいのかしら?」

「……よくありません」

 

いや、既に妙なことになっていた。

なるほど、メトーデを育てただけあり表向きだけで評価はできない。これは厳しい戦いを強いられるのかもしれないとゲナウは薄々覚悟した。

 

■あなたの想いと私の感情


 

そろそろ日も沈む頃だが、部屋は準備中なので晩餐も兼ねて村を見て回ることになった。

約束していた果実酒を振る舞うにはいいタイミングであろうと外に出ることにした。

 

メトーデの故郷の村は大きな村ではない。しかし、収穫祭時期で出店も出ているし商人も頻繁に出入りしている。

結果的に規模に反して賑やかな様子で盛り上がっている。

夕刻という時間的に特産の酒を飲み始めた人達の乾杯の音と笑い声で賑わっていた。

 

「普段の静かな風景も好きだったのですけど。賑やかな光景も良いものですね。誰もが笑顔と活気に満ちていて」

 

隣を歩くゲナウは「ああ、そうだな」と同意しつつも周りを見回している。

 

説明を求めると色々語ってくれる。しかし、日常の会話においてゲナウの応対は大抵そっけないものだ。

彼をよく知らない人間は冷たい印象を受けるだろう。しかし、肯定や同意の言葉を発した時の彼は、そう思っているだけだ。

そんな素直な意思を、ストレートに返しているだけ。

 

見渡すと出店を間を嬉しそうに駆け回る仲の良さそうな兄妹の姿。

両親が慌てて小走りで追いかける様子を眺めている彼を見ていると心が安らぐ。

ゲナウは常に無表情だが本当にそういう光景が好きなのだろう。任務中の張り詰めた時の様子とはまた違った印象がある。

 

試験監察官として出会った時。一級魔法使いになってからゼーリエと組んでパートナーを組んだ時。

メトーデにとってゲナウは正直そこまで良い印象はなかった。冷徹で、嫌な人。表向きにはそう見えた。

 

どのタイミングだったのかメトーデの中でも今にしてはわからない。

組んだ直後に言われた言葉がきっかけだったのかもしれない。

任務で戦う最中で気づいたのかもしれない。行動を共にする日常の中に見たのかもしれない。

彼はただ、感情を表に出すのが苦手なだけの不器用な人である。

人を救うことに懸命で、他者の痛みに心を痛め、平和な営みに心の安らぎを得る。

 

本当にただ普通の、ありきたりの善人。

 

そして、それを表現する方法が判らず。苦手にしている自分にコンプレックスを抱いているだけの人。

 

ヤマアラシのジレンマ。それをゲナウの中に見た時、年上に対して失礼ながらも、可愛いと思ってしまった。

裏にある優しさと、そのあり方が愛おしいと思ってしまった。

 

(きっとすぐには信じてはもらえないのでしょうね)

 

ゲナウとメトーデはお互いに大人である。流石にこんな誘われ方をして、何も思うところがないとは思っていないだろう。

だが、ゲナウは自分が好かれる理由に納得をしていない事は判る。とは言ってもその想いを口で説明するのは難しい。

自分もそういうきらいはあるからわかる。理屈で物事を判断する彼は、理屈で説明できない感情の理解に時間を要する。

 

それが当たり前のことだとゲナウに理解してもらうまで、メトーデは行動と言葉で示し続けるしかないのだろう。

手強い相手を観察・研究し、様々な手を試行するのは慣れたものだ。きっと難しく考えることではないと自分に言い聞かせつつ――

 

■君の馴染の店


 

ゲナウがメトーデに連れられて入ったのは彼女の馴染みの店。今の時期でも出店ではなく店舗内で営業している。

昼の定食と夜の酒場をやっているような地元の店だ。

メトーデのような顔なじみが頼んでおけば酒蔵からの卸しもやってくれるらしい。

 

ということで、事前に予約をしていたようだ。

昔なじみという店主はメトーデの顔を見るなり

 

「おいおいメトーデちゃんが来たぞ、今日の主役だ!」

 

と大はしゃぎする様子から、メトーデ本人の処世術もさることながら、華のある人間の影響力は計り知れないと思い知る。

ゲナウは飲食店で顔を覚えられた覚えがない。いや、もしかしたら時々来る地味男ぐらいで覚えられているかもしれないが。

 

「メトーデちゃんが一級魔法使いになって帰ってきて。今回はメトーデちゃんのいいひと――」

 

店主がオードブルと酒瓶を並べ、嬉しそうに何かを言いかけた途中、おそらく奥さんであろう人物が脇腹に肘鉄を食らわせた。

店主は「ぐふぅ……おまえ、何を……」と脇腹を抑えながら呻いている。

 

「ほほほ。ごめんなさいね。この人、昔から知っている娘が立派になってはしゃいでしまったみたいで

 次の料理ができた頃にまた持ってきますから。それとこれ、注文のお酒。ではごゆっくり~」

 

手渡された酒瓶をメトーデは少し苦笑いをしながら受け取る。

そそくさと店の奥に帰っていく店主を見る限り。何が言いたいのかは察するに余りある。

 

「で、それが一般市場に回していない酒というやつか?」

「ええ。長期熟成させているものです。より甘みが強く出ているものだ……と聞いています」

「伝聞系か?」

「ええ、私も初めて開けるもので。私の誕生月に生産したものを記念にとっておいてくれたようです」

「なるほ……ど……? いや、ちょっと待て。それはそんなに軽々しく開けて良いものな――」

 

ゲナウの静止の声が言い終わらぬ間。キュポンという良い音と共にコルクが抜かれた。

何の道具も使っていないあたり、物理操作の魔法を利用して抜いたようだ。器用な奴め……と本来なら思っていたところだが

 

「なにか?」

「……いや、良い」

 

『それは大事なものではないのか?』

そう聞こうかと一瞬思った。が、振舞われる自分がそれを聞くのはとても失礼なことに思えた。

彼女が振る舞いたいから。自分と一緒に味わいたいから。だから、開ける以外の答えなど無い。

何故自分なのだと開けた後に疑問に思うのは無粋の極みであろう。

 

そんな、ゲナウの考えを知ってか知らずかグラスに酒を注ぎながらメトーデは告げる。

 

「――何やら、ずいぶん難しく考えている様子ですが……

 そんなに気にする必要はありませんよ。私もこんなものが残っていることを知ったのは、つい先日確認した時です。

 こんな機会でもなければ、そう開ける機会もありません」

 

こうもバレバレだと返す言葉も思いつかない。

というかそこまで読まれているのか……と思いながら曖昧に「そうか……」と相槌を打つ。

 

「重く考えていただかなくても結構ですよ。でも、どうしても気になるならたっぷりと恩に着ていただいていいですよ」

 

コロコロと眼の前で楽しげに笑っているメトーデ。具体的な要求を出さずゲナウを試すような事を言いながらグラスを差し出してくる。

 

「考えておく……」

 

直視ができない。彼女の視線から目をそらしつつグラスを受け取る。

肯定したのが意外だったのか。メトーデは1拍おいてからクスっと笑って「約束ですよ」とつぶやいた。

 

いつの間にか恩に着ることになってしまった。

考えておくと言ってしまった手前で否定すると度量の狭さを露呈するだけ。もうこの場は流して酒と晩餐を楽しむことにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

酒は長期熟成させただけある。果実の甘味と酸味がよく浸透しており飲みやすく合わせて食事が進む。

 

気分が良くなり饒舌になる中で、様々なことを会話したように思う。

任務のこと、協会やゼーリエの事、先日のフェルンとシュタルクの様子――

 

「今になれば必然だったようにも思ったが。フリーレン一行と試験後に再会した時とあんな風になるとは思いもしなかったな」

 

ゲナウは幸せそうな2人の様子を思い出しながらポツリと呟く。

 

「そうでしょうか? シュタルクさんは無自覚だった様子ですけど。少なくともフェルンさんは出会った頃からずいぶんわかりやすかったように思いますが」

 

フェルンが懸命にシュタルクの看病をしていた様子。それは言われてみればたしかにそうだったのかもしれないが、

当時の自分からすると仲間への思いやりなのか。もっと深い感情に基づくものなのかは正直判断材料がない。何とも言い難いところだ。

言い直せば、その時はあまり興味が出なかったとも言える。試験時の様子からすると予想していたより仲間想いなのだなと感心したぐらいか。

 

「ゲナウさんはあの時シュタルクさんと一緒に死にかけていました。だから、戻ったあとのフェルンさんの取り乱し様を見ていませんから」

 

苦笑しながらメトーデは続ける。

 

「報告書などで見た限り。彼女は魔法使いとなる前は沢山のものを失って生きてきたようですからね。

 誰よりも得たものや人のつながりを大切にしているのでしょう。再び幸せを得ることができたのなら、それは本当に喜ぶべきことです」

「その割にはお前はずいぶん嫌われていたように見えるが」

「嫌われている訳ではないと思いますけれど。苦手にされていると言うか……少し警戒されていたのでしょうね」

 

ゲナウにはその感情はよくわからないが、メトーデは苦笑しながら続ける。

 

「嫉妬という感情をうまく処理できなかったのでしょう。その時は直接的にシュタルクさんの事ではありませんが。

 わずかながらに気にされていた様にも思います」

「今では違うのか?」

 

メトーデはグラスを空になったグラスを眺めながら面白そうに答える。

 

「今はゲナウさんが近くにいると認識されているからでしょうね」

 

油断していたところにボディーブローを打たれた。

完全に無防備な所に打たれたため回答に詰まる。危うく咽せて咳き込むところだった。

 

「――さて、そろそろいい頃合いです。家の方に戻りましょうか」

 

待っても答えは来ないだろう。判っていたのかメトーデはそう言ってゆっくり立ち上がる。

気がつけば酒瓶も殆ど空になっており、思ったよりずいぶん飲んでしまっていたのだと自覚した。

立ち上がるとわかったが、思ったより酔いが回っているようだ。

 

支払いをしようとすると、いつかの礼だから全額もつという事で遮られた。

二人共、協会から給金をもらっている立場なのでどうということはないのだが。

女性に全額を出させて後ろで黙っている状況は、いたたまれない気分になる。

次は少なくともこうはならないようにしなくては、心に誓うが……

次を期待している自分に気づいて自嘲気味に笑ってしまった。

 

――もういい加減。意地を張ることを止めたほうが良いのかもしれない。

 

■君の不満と甘い稲妻


 

「お食事は楽しめましたか?」

 

まだ賑やかさが残る村の通りを抜けて、メトーデの生家にたどり着く。

そこで、入口で出迎えてくれたメトーデの祖母のミッテルに声を掛けられた。

 

「はい、お酒の方は手配ありがとうございました」

「あなたのご両親が用意するように依頼されたものでしたが、どうでしたか?」

「ええ、大変美味しかったです。お父様とお母様には感謝ですね」

 

気軽に飲んでくれと言われたが、やはり重要なものじゃないか……と、もう今更言うまい。

もう飲んでしまって空になってしまったのでどうにもならない。十二分に楽しめたという結論で済ますしかない。

それで良かったのだとメトーデに思わせるのはゲナウの態度次第ということになる。

 

――それはともかく。できるだけ考えないようにしていた問題がある。

 

「お部屋の方も準備出来ていますよ」

 

と、そう言われて案内された、今夜寝泊まりする部屋――

 

「……やはり、そう来たか」

 

当たり前の様にベッドが一組しかない部屋に案内された。

関係をどう思われていようが流石にまずかろう。声をかけようと後ろを振り向く前に背中をトンと押された。

 

本来、小柄な女性に軽く押された程度で体勢は崩れない。だが……思わず前につんのめる。

それは彼女らの身につけた業によるものなのか。魔法の効果でも付与したのか。部屋の中に押し込まれてしまった。

 

「お祖母様っ!?」

 

「ごゆっくり」という一言の元、ドアが自然と閉じられた。密封された瞬間に部屋中を魔法の光が一瞬走る。

体勢を立て直したメトーデは、慎重にドアノブを手に取る。数回開閉を試すが、全く動く気配がない。

 

「どうやら、魔法でロックされたようですね」

「窓も開かないようだな……」

 

窓も物理的に動く気配がない。

メトーデはそのままドアに手を当てて、魔法の解析をしている様子だ。

 

「遮音もかかっているようですね……外の音が一切聞こえません」

 

テーブルに書き置きを見つけたので中身を読んでみる。

『夫婦の条件を満たすと、明日の朝には解除されます』とだけ書いてあった。

 

ベタベタな内容に頭が痛くなり思わず額に手を当てる。

ゲナウの肩越しからメトーデも内容を確認し「お祖母様……」と声を漏らす。

 

「条件か……」

 

と、二人の視線が向くのは一組のベッド。

するとメトーデは言葉もなく、ベッドのもとに向かい、そのまま腰掛ける。

 

「おい、メトーデ!?」

 

つい、焦って声を荒げてしまった。

しかし、メトーデはベッドに手を当て魔法がかかっているか解析を掛けていた。

どういうつもりだ!?と危うく問いかけるところだったが押しとどまる。

 

「……なにも、仕掛けられている気配はありませんね。

 おそらくですが、何もせずとも明日の朝に解除はされるでしょう」

「強制解除は?」

「時間をかければ出来ます。しかし、正直その労力を費やすなら自然解除を待つほうがマシでしょう」

「一晩寝る……か」

 

つまりは、ほぼブラフだろう。何ならブラフであることを気付かれるところまでセットなようにも思える。

 

「それほど強力な結界ではありません。

 ……どうしてもと言うなら、力技でドアごと吹き飛ばしても――」

 

そう、この状況は力技で抜け出すことはできる……しかし、それは――

 

「――それは駄目だメトーデ」

 

ゲナウはメトーデの両肩に手を置く。

 

「ゲナウ……さん……?」

 

(いい加減、覚悟を決める良い機会なのかもな)

 

強力な魔族を相手に命を失うかも知れない戦いに幾度となく挑んできた。

そんなゲナウが自身を鼓舞しなければ踏み出せない覚悟とは何なのだろう?

己のことながらバカバカしくて笑ってしまう。ゲナウはそのままメトーデが腰掛けていたベッドの隣のスペースに腰掛けた。

 

「その必要はない……故郷の家なのだろう。そんなことのために傷つけていい訳がない」

「……であれば、朝までこのまま待ちますか?」

 

メトーデは肩に当てられたゲナウの左手を両手で掴んだ。視線を伏せたままゲナウの掌を自身の頬に当てさせる。

 

「こうしてこのまま……」

「メトーデ!」

 

彼女の顔をまっすぐに見つめながら語気を強めて名前を呼んだ。少し驚いたような表情でこちらに向き直る。

その瞳はまっすぐにこちらを見ている。こういう時に視線を外さないのは実に彼女らしいと、ぼんやり思う。

 

「……今日、私は誰かさんにしこたま酒を飲まされて、いまいち冷静な判断ができないらしい。

 ここから先は酔いの回った人間の行動だ、好きに受け取ってくれて良い」

「……」

沈黙するメトーデの視線はその言葉の続きを促しているように見えた。

 

「この結界の解除には、条件を満たす必要があるんだろう?

 ……だったら、その条件を満たしてしまえば良い」

「おそらく、お祖母様の悪ふざけですよ……いいのですか? 誰かの思惑に踊らされるような事はお嫌いでしょう」

「今日は……お前なら、構わない……と言ったら?」

 

当然、悪ふざけだろう。

ここで何もしないでいることは、理性的な行動かもしれない。

ただ、理性的な行動こそが誰にとっても正しいことなのか? おそらく、そんな訳がないだろう。

 

「メトーデ、お前は最初からこのトラップの事をある程度知っていただろう」

「……」

 

ここに来て初めて、彼女のわずかに動揺した顔が見れた気がした。

そこまで鈍い男だと思われていたのだろうか。別の疑問もわくが今は脇に置いておく。

 

「お前がそうするのであれば、私はお前の身を慮る事を辞める」

「私のことを慮ってくれていたのですか? ……いえ、そうですね、ゲナウさんはいつもそんな理由で身を引いてばかりです。

 みんなあなたが優しい人だと知っているのに、悪ぶって逃げてばかりの臆病な人です」

 

メトーデから漏れた一匙の不満。彼女の日頃の態度の心の奥底が垣間見えた気がした。

 

「ならもう、好きにするぞ。嫌なら拒絶しろ――」

 

そう言って、頬を掴んでいた左手を首筋に回し、少し強引に引き寄せてメトーデの唇を塞ぐ。

 

――数刻前まで自分も飲んでいた果実酒の甘い味がした。

 

数秒か、十数秒か、どれぐらいの時間重なっていたかわからなくなった頃、お互い顔を離すとメトーデはくすっと笑った。

 

「ちょっと、お酒の味がしますね」

「お互い様だ。甘かった」

「初めての口づけの感想としては上々ではありませんか?」

 

どうやらもう、メトーデいつもの調子を取り戻したらしい。開き直っただけかもしれないが。

今度はメトーデからゲナウの首筋に両腕を回し、2回目の口づけを交す。

 

唇が離れると同時にメトーデはゲナウを掴んだまま背部に倒れ込んだ。そのままゲナウがメトーデを押し倒したような姿勢になる。

 

「ここから先に進む前に、私に言ってくださる言葉はないのですが?」

「……ずっと、私の傍にいろ。片時も離れるな」

 

その言葉を聞いてメトーデは嬉しそうに、華やぐ様に微笑む。

 

「ゲナウさんは、もっとロマンティックで端的な言葉ってご存知ではないのですか?」

 

そう言われて、ぐっ!という唸り声と共に苦しげな表情でゲナウは呻く。

 

「……恥ずかしいから言いたくない」

「それはもう、認めているようなものではないですか。あとは口にすればいいだけですのに」

「……」

「可愛い人……」

 

メトーデはそう言って、ゲナウの顔を抱きしめながら自らの胸に埋める。

 

「この場で恥ずかしいなら、最中でもいいです。耳打ちでも良いから必ず言ってくださいね」

 

そう言われて、ゲナウは人生で初めて己が理性というものが崩れ去る瞬間を実感した。

それは稲妻に打たれたような衝撃に感じるものなのだと初めて知った。

 

■いつも君の手のひらの上


 

翌朝、目覚めると裸のメトーデに包みこまれるように抱きしめられていた。その事実に気付いてギョッとした後、起こさぬように慎重に抜け出した。

顔を洗うために廊下に出ると、メトーデの祖母のミッテルと遭遇する。

挨拶を交わした時の『昨晩はお楽しみでしたね』という顔は今も目に焼き付いている。

 

――この二人に自分はどこまで踊らされていたのだろう?

 

ゲナウとしても一つ言いたい。乗せられたのではなく自らの意思で選んだのだと。決して雰囲気に流された訳ではないのだと。

メトーデの掌の上で踊らされたつもりもなく自分で選んだのだと、そう主張したい。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

時は戻ってオイサーストの控室前。

ゲナウは誰に言うでもない言い訳を心の中でつぶやいていた。

件の出来事からしばらくしてメトーデが身体の不調を訴え始め、検査をしてもらった結果はご覧のとおりだ。

 

(まさか、一回で当たってしまうとは思いもよらなかったな……)

 

後悔をしている訳ではない。しかし、同僚達からの「あいつやりやがった」という目はしばらく続くことになった。

なにせ華のあるメトーデの存在は関係者内外に目立つのだ……

などと一人考え事をしていると

 

「何故そんなところで突っ立っているのですか?」

 

不意に声をかけられた。

聞き覚えのある声の主は顔を見ずともわかる。

 

「ファルシュか、すまんな。中は少しばかり取り込み中だ」

 

外に出てから少しばかり時間が経過したため、もうじき終わると思うが……

 

「いえ、部屋の中と言うよりあなたに言伝です。ゼーリエ様の準備ができたのでそろそろ謁見の間に来るようにと」

「その事か」

「ずいぶんとご機嫌のようです。今日のことを楽しみにされていたようですね」

「未来に優秀な魔法使いを残していきたいというのはゼーリエ様の悲願だからな」

「それだけではないようですが……」

「???」

 

いまいち、思い当たる点がなくゲナウは首を傾げる。

 

「まあ、話してみればわかるでしょう。

 事の顛末は今度飲みに行ったときにでも聞かせてください」

 

ファルシュはそう言いながらゲナウの肩を叩いた。

そんな話をしていると、ドアが開いてゼンゼが顔を出した。

 

「メトーデから聞いたぞゲナウ。2人のときは顔に似合わずダーリン・マイハニーと呼び合うように言っているらしいな」

 

顔を出すなり、心底呆れたと言いたげな顔でゼンゼはいきなりそんな事を言い出す。

 

「どこからそんな出任せの出鱈目が出てきた」

「……顔に似合わず意外なイチャつき方ですね」

「おい待て、ファルシュ信じるな」

 

ファルシュが来ていることを見て察したゼンゼ。彼女は部屋の中にいるメトーデに声をかけてくれた。

再び顔を出したゼンゼに悪びれる様子は一切ない。

 

「まあ軽いジョークだ、気にするな」

「たのむから、人が多いところでそんなくだらない事をやってくれるなよ」

 

と、ゲナウはそんなゼンゼにため息をつきながら注意を促す。

そんなゼンゼは後ろを向き、何処吹く風だ。

 

「メトーデの準備が終わったようだ」

 

ゼンゼがそう言うと、直後に部屋から娘を抱きかかえたメトーデが出てきた。

 

「ゼーリエ様が待っているようですので、行きましょうかダーリン」

「お前も乗るな……」

「マイハニーが抜けていますよ?」

「勘弁してくれ……」

 

ゲナウは頭痛を耐えるようにこめかみに手を当てながらメトーデの隣を歩き始める。

 

あとに残された、ファルシュは隣で表情薄く笑っているゼンゼを見つつ

 

「ゲナウは自身の浮ついた話に抵抗力がないのです。あまりからかうとかわいそうですよ」

「話に乗っておきながら何を言う。それよりファルシュ」

「なんですか?」

「飲みに行くなら私も誘え」

「酔って暴れないなら構いませんよ」

「一級魔法使いの中で最も温厚で平和主義者を捕まえて何を言っている」

「……まあ、そういうことにしておきましょう」

 

そう言いながら、ファルシュは眼鏡の位置を直しつつ軽くため息を付いた。

 

■未来はそうして回っていく


 

「ゼーリエ様がご機嫌だそうだ」

 

と、ゲナウは聞いたばかりの情報を、移動中の世間話としてメトーデに振ってみる。

 

「少し前にフリーレンさんからフェルンさんの第一子ご懐妊の連絡を受けたそうです」

「そうなのか?」

 

ゲナウは初耳ではあるが、頃合い的にはそうなっていてもおかしくはない。

そう言えば、こちらもメトーデの一時離脱のためドタバタしており連絡ができていない。

 

「その時に、男の子なら元勇者パーティの戦士アイゼン様。女の子ならフリーレンさん。二人が名付けの親になることになったと伝えられたらしくて」

 

ああ、なるほど……、話が読めてきた。

というか、出禁を叩きつけてからも文通や人伝いでやり取りしているのだから、いい加減取り下げればいいのにと思わなくもない。

 

「結果は?」

「第一子は男の子だったそうです。フリーレンさんの出番は女の子が生まれるまで持ち越しになったようですね」

「ゼーリエ様がノリノリになっている理由はそれか……」

 

要するに、結果論としてフリーレンより先んじることになったと……

 

「あの2人が張り合っていると思うと可愛いですよね」

 

ゲナウは、うーんと複雑な顔をする。なんせ娘にとって名前は一生のことだ。

伝説の魔法使いであるゼーリエの由来であることは大変名誉なことだ。しかし、妙なことにならないよう自分が目を光らさねばならない。

 

「ん……? ところで、シュタルクの子はこの子と同世代ということになるのか」

「そういうことになりますね」

 

何もかもタイミングはチグハグだった。だが最終的にそうなった結果は面白いと思ってしまう。

 

「縁あれば、どこかで巡り合うかもしれないな」

 

ゲナウはミルクを飲んだ後でメトーデの腕の中ですやすやと眠る我が娘の顔を見る。

 

「私達が合わせてあげてもよいのでは?」

 

メトーデは少し不思議そうな顔をしながらゲナウに問う。

 

「それはこの子がいずれ望めばそうしよう。私達が強要すべきことではあるまい。

 この子は人生で必要な時に、必要な人と出会うだろう。世界はそういう風にできている」

「そうですね、それはそうかもしれません」

 

世間話に区切りがついたところで、ゼーリエの待つ部屋のドアの前までたどり着いた。

 

「さて、行こうか」

「はい」

 

そう言ってゲナウは謁見の間のドアを開けた。

 

■彼の地へ


 

中央諸国クレ地方

 

ゲナウとメトーデが娘を連れてゼーリエの元を訪ねてから、しばらく時間が経った頃のこと。

 

「あれ?これって……」

 

魔力を帯びた鳥が来ているとフリーレンに聞いた。

2階のバルコニーになっているスペースに出てみると、シュタルクが見たのは手すりに止まっている一羽の鳥だった。

魔物の類ではないと安堵し、よく観察するとどこかで見た覚えがある気がした。

 

「こいつは確か……ゲナウが連絡する時に飛ばしていた鳥に似ているな」

 

そんなに何度も見たわけではないのでうろ覚えだが、たしかこんな蒼い羽毛の比較的大きな鳥だったように思う。

そういえばと、なぜ見覚えがあったのかを思い出した。随分前にフリーレンが魔法で捕縛して動かなくなってしまったのだ。

そんな鳥を、後でゲナウに謝り倒しながらシュタルクが返したのだった。

 

「今日はフリーレンに捕まらなくてよかったな。おっと……」

 

手すりに止まる青い鳥に声を掛けると、今度はシュタルクの肩に乗った。

バルコニーの入口から声がかかる。青紫の髪で、小さな男の子を腕に抱えたフェルンだった。

 

「シュタルク様、どうでしたか?」

 

バルコニーの入口から声がかかる。青紫の髪の小さな男の子を腕に抱えたフェルンだった。

 

「ああ、多分使い魔の鳥じゃないかな。ゲナウが飛ばしていた鳥に似ているが、どうだろう?」

「メッセージを持ってきた使いの鳥であれば、脚に何かついていませんか?」

 

フェルンにそう言われてシュタルクは脚を確認すると、何かくくりつけてあった。

 

「これか。ちょっと我慢してくれよ……」と言いながら小さな筒状のものを取り外す。

それを覗き込んだフェルンは「魔法で圧縮された手紙のようですね」と答えた。

 

フェルンがシュタルクの隣に寄ってきた時、男の子は興味津々で鳥に手を伸ばすが、ひらりとかわされ、鳥はベランダの手すりまで逃げてしまった。

蒼い鳥はシュタルクに一礼するように頭を下げると、飛び去っていった。どうやら、小さな筒を手渡すのが役割だったらしい。

それはさておき……

 

「ゔぅぅぅーー」

 

よほど触りたかったのか、フェルンの腕の中の子は悔しげにぐずり始めてしまった。

 

「……あ、まずい」

 

これは大泣きしてしまうとシュタルクとフェルンは慌ててあやし始める。

いかんせん特殊な環境下で育った二人の子育ては手探りだ。

まだまだドタバタになってしまう。

保護者たるエルフは冒険こそ頼りになるが、この手のことは自分たちと大差ない。

知識があるのは、最近オルデン家から来てくれたお手伝いさんだけだ。

 

いい子いい子と揺らしてみたり。高い高いとやってみたり。

20分ほどの悪戦苦闘の結果、泣き疲れて眠ってくれた。

 

二人して胸をなでおろしてから、受け取った小さな筒を取り出す。

フェルンが魔法で圧縮を解除すると手紙と1枚の写真が現れた。

 

写真を手にしたシュタルクはそれを見てくすっと笑う。

 

「そっか、意外……って程に意外な訳でもないのかな?」

 

その様子を見たフェルンも隣から写真を覗き込む。

そこに映るのは見知った顔のメトーデとゲナウ。そして二人の間でメトーデの腕の中に眠る赤ん坊の姿だった。

そう言えば、ここに来てくれた時も二人で何かありそうな空気を醸し出していた。思い出して思わず笑みがこぼれる。

 

「……落ち着いたら私達もオイサーストへ挨拶に行きましょう」

 

フェルンとシュタルク、そしてフリーレンが変わっていったように

きっと自分たちがまだ知らない沢山の変化があるのだろう。

 

「そうだな。この子にもいろんなものを見せてあげないと」

 

フェルンが作り上げたいものは人と人とのつながりの先にある。

この先も願わくば多くの出会いに恵まれますようにと、女神に祈るのだった。

 




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