葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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君の隠し事は華より尊い

■二人の関係値を悪友曰く


 

一級魔法使いメトーデは魔法都市オイサーストでも有名な美人の魔法使いだ。

 

長いブロンドの髪と整った顔立ち。凹凸に富んだ女性特有の優雅なプロポーション。どうしたって街中の男たちの視線を引く。

しかし、彼女はオイサーストに居を構えてから男性に声をかけられたことはほぼない。

なぜなら、一級魔法使いとなって以来、大抵は無愛想な男が隣にいたからだ。

 

一級魔法使いメトーデは、一級魔法使いゲナウのパートナーである。

 

着任してすぐに、協会トップのゼーリエから北部高原の魔族を狩る任務を命じられた

そして、二人で行動するようになってからそれなりの期間を過ごすことになる。

常に二人で行動し、阿吽の呼吸で任務をこなす。付かず離れずの関係だ

いい加減周りも「そろそろなにか変化あれよ!」と思い始めた頃

 

ちょっとした、いや、大きな変化が生まれた。

 

あろうことか、この2人、少し離れた任務地での仕事の後にやってくれた

こっそりと翌日2日間程を休暇にして、お忍びで泊まりの旅行に出たのである。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「――こうして、我々はその真相を暴くべく……」

「おい……、ゼンゼ、この忙しいタイミングで何をしている」

 

執筆作業を行っていたゼンゼの背後からぬっと人影が現れる。

 

「む……、ゲナウか。ずいぶん速いな」

 

オイサーストの魔法協会の執務室。一級魔法使い達の作業スペースがそれぞれ割り当てられている部屋だ。

ここでは、現地任務のない期間に、魔導書の解読、研究、執筆。あるいは協会が支援する魔法使い要請学校向けの資料作成などを行っている。

 

「ほう……メトーデと私の行動記録から先日の出来事に対する考察。……なんだこれは?」

 

うねうねと動く髪で複数のタスクを器用にこなす傍ら、ゼンゼ本体は何かの書類を夢中で書いていた

嫌な予感がしたので確認してみればこれである。

 

「報告業務だ」

「誰への?」

 

都合が悪くなると明後日の方向を向いて応えようとしないのはいつもの事。

 

「メインの仕事はちゃんとやっている。空いた時間に何の研究をしようと私の自由だろう?」

 

ゼンゼから渡されたのは、彼女に割り当てられた任務の報告書と収支報告書だった。パラパラとめくる限り、確かに完成している。

しかしだ、言いたいことはそこではない。

 

「なんの研究をしようとお前の勝手だ。しかし、私のプライバシー権は何処へ行った」

 

そう言うとゼンゼは窓の外を見つめる。

 

「明後日の方向を見るな……」

「そう言ってもな……で、実際の所どうなのだ?」

「お前には関係ないだろう」

 

ふーむ、と考え込むゼンゼ。一方でゲナウは背中で冷や汗をかく。

 

実際の所どうだと言われると……めちゃくちゃどうもこうもある。激動だ。

『ほうっておくと生活が心配だ』と、メトーデが頻繁にゲナウの自宅に来るようになった。

最低限の栄養が取れればいいと思っていた夕食という名の補給。それはテーブルを囲んだ食事となった。

書類まみれだった部屋がやたら綺麗になっていい匂いがするようになった。

洗面所のコップと歯ブラシその他諸々。日曜品の数が2人分になった。

一人暮らしの男が寝起きできれば良い程度の自宅と日常。みるみるうちに鮮やかに色づいていった。

 

こうも違うものなのかと。

己の表層的な生真面目さと地味さは自覚している。

しかし、それは生活の彩りをこうも無くさせていたのだと気づき、そこそこ凹んだ。

その一方で彼女が傍にいるだけで変わる日常の風景。それを穏やかに見ている状況に心地よさを感じざるを得ない。

 

「……とはいえ、当人には伏せているが……

 メトーデに男はいるのか?という問い合わせが日々絶えなくてな。ちゃんとした報告を……」

「受け付けなくていい、そんな馬鹿な問い合わせ」

 

そう答えた辺りで、ゼンゼの口角がわずかに上がる。

常に半眼で何事にも興味なさそうなゼンゼがニヤついた顔を見せた。ゲナウを先の発言は失敗だったと後悔する。

 

「やけに食い気味に答えるじゃないか。なにか困るのか、ゲナウ? ちなみに問い合わせは冗談だ」

「ッッ……」

 

おそらくは、全面的にバレてはいるのだろう。しかし、あえて知らぬフリでこちらに絡んでくる。

『はっはーん?さては何かあるな』とでも言いたげな、わざとらしい表情でこちらを見てくる同僚に、何か言い返してやりたいが言葉が思いつかない。

なにせ、裏では言い訳のしようがないことを色々とやったためだ。

 

とりあえず、咳払いをしてから会話を中断する。

 

「……とにかくだ。我々は同じ一級魔法使いの同僚ではあるが、公私混同した関わり方はやめろ」

 

その場を逃げ去ろうとしていた、ゲナウに背後から声がかかる。

 

「では友人として言わせてもらうよゲナウ」

 

「何だ」と答えて振り向く。そこには普段見かけない、存外に優しげな顔をしているゼンゼがいた。

 

「あまり女を待たせるものではないよ。私も他人のことは言えないが、君はいい大人だろう?

 気遣いで立ち止まっているのなら、それはかえって失礼というものだ」

 

「……何の話だ」

 

とぼけるのは嘘だ。本当はわかっている。メトーデはきっと待っているだろう。

結論を出せずにためらっているのは自分だ。それは自分の体裁のためなのか、それとも彼女のメンツと将来のためなのか。

 

もし後者だとするならば、それは彼女の覚悟に対してあまりに失礼な話だ

と目の前の古くからの友人は言っているのだ。

 

「心当たりがあるなら、よく相談することだな」

 

そう言い残しながら部屋から出ようとするゲナウにゼンゼはひらひらと手を振っていた。

 

■夕暮時、君はショーケースの前で待つ


 

その日の仕事を終えて帰路に就く。外はちょうど日が沈み、街灯が魔法の光で輝き出す頃合いだ。

まだ、街が寝静まる時間ではないので商店街は賑やかだ。

 

ゲナウは雑踏の中に覚えのある魔力と見覚えのある後ろ姿を見つけた。

ボリュームのあるブロンドの髪と長身。そして背後から見ても判るくびれた腰と形の良い尻……いやそれは関係ない。

 

メトーデだ。今日は事務仕事のみで会うことがなかったが、彼女も仕事帰りの様子だ。

服飾店の前で立ち止まり、ディスプレイを眺めている。何か欲しい服でもあるのだろうか、と近づいていく。

 

「メトーデ!」

 

声を掛けると、彼女にしては珍しく驚いていた。魔力感知を切っていたのか、声をかけられて初めて気付いた様子だ。

 

「ゲ、ゲナウさん……!?」

 

振り返ったメトーデは慌ててゲナウからディスプレイされているものを視界から遮る。

 

「お前がそんなに慌てるなんて珍しいな。そんなに集中するほど気になるものがあるなら買えばいい」

「いえ、まだ少し気が早いものでしたので……」

 

普段、緩やかな笑顔に冷静さを添えて真っ直ぐに回答を返す彼女にしては、少し歯切れが悪い。

 

「??? 季節もの衣服か?

 まあいい。今帰りか、今日はどうする?」

「はい、今日は少し早めに上がって用事を済ませていました。そろそろゲナウさんも仕事を終える頃だろうと思いまして」

 

メトーデはゲナウの帰りを待っていた。つまり、今日も彼の家で夕食を作り、その後どうするかは雰囲気次第といったところか。

ちなみに、メトーデが自宅へ帰宅する……という選択肢は荷物を取りに行くこと以外では最近はあまりない。

雰囲気次第でその後どうなるかは……この場では説明すまい。

 

「わかった、帰ろう」

 

ぶっきらぼうに答えて家のある方へ身体を向けるゲナウ。メトーデは「はい」と満足げに笑って駆け寄った。

ゲナウが確認しなかったディスプレイの中身には、母子連れのマネキンが飾られていた。

 

■2人だけではない


 

ゲナウという男は、生真面目が制服を着ているような男だ。

だが、気難しい表面の裏に、年相応の感性と優しさを持ち合わせている。ただ、それを表に出すのがとにかく苦手だ。

結局のところ、ステレオタイプの真面目な理想の大人を演じているだけ。

しかし、一皮むけば子どものよう純真さと捻くれ方併せ持つ人物。そして、それはやはり中身も愛嬌程度に気難しい人間といえる。

 

メトーデは彼のそんなところが気に入っていた。

少しずつ対話を繰り返す中で彼の優しさに気付いた頃。失礼ながらも「可愛らしい」と思ってしまった。

 

そうやって、互いに理解を積み重ねながら、ようやく先月理解し合えた。

昔から苦手なこともなく何でも器用にこなせてきたメトーデとしてはずいぶん時間を掛けてしまった。

だが、その価値はあったと思っている。

 

そんな自分が、今また柄にもなく迷っている。受け入れてくれると分かっていながら、どう伝えればいいのか分からない。

万に一つでも困った顔をされれば、大切に積み重ねてきたものが壊れてしまうのではないだろうか……

 

ゲナウは言葉もなく隣を歩く。さりげなく馬車が通る車道側へ回り、メトーデをかばうように立っている。

この様な時間に馬車が走ることは稀なのに律儀なことだが、彼らしい。

 

「ゲナウさん」

 

と声を掛けると、視線だけこちらを向けて「どうした?」と返してくる。

 

「今日、早めに上がって用事を済ませていたとお伝えしましたが」

「ああ」

「今日は少し体調が悪くて、協会かかりつけの医院に行っていました」

 

そこまで言った所でゲナウは立ち止まった。

 

「大丈夫か? 病気か?」

 

察しは、少し悪い……その辺は予想通りでメトーデは苦笑する。

表情には出さないが、本気で心配してくれているのはよく分かる。

 

「いえ、そういう訳ではないのですけど。帰ってからお話ししましょう」

 

さて、賽は投げられた。己の覚悟のためにも振った話だ。

 

「分かった、後で聞こう」と言い、再び歩き出すゲナウの後にメトーデは続く。

 

(ゲナウさん、あなたはどういう顔をしますか?喜んでくれますか?)

 

―― これはもう2人だけの話ではありません

 

■君の隠す相談事


 

ゲナウの自宅はオイサーストの住宅エリアにある一軒家だ。屋敷というほど立派なものではないが、家族住まいするような規模はある。

 

元々一人暮らしで、寝て起きるだけができればよかった。ゼーリエに仕え始めた頃は社宅のような集合住宅でも良いと伝えた事を覚えている。

彼の上司であるゼーリエはそんな彼の意見に「バカかお前は」と一蹴した。

 

『私はお前たちに過酷な指令を出すことになる。その分の報酬も十分に出す。それが一級魔法使いであることの証だ。

 そんなお前が貧相な生活をするなぞ許されん。与えられた役割をこなし、得た立場に見合った生活をしろ。それがひいてはこのオイサーストの都市そのものを良くする』

 

要するに、一級魔法使いの名に恥じぬ生活をせよということだ。もちろん、ゲナウも普段からの浪費を増やすつもりはない。

だが、選ぶものはしっかり選べということで結局家を買った。

正直持て余していた。だが、結果論で言えばこうして彼女を受け入れられる状況でよかった様にも思う。

 

「ただいま」

 

と、言ってしまうのは最近なんとなくついてしまった癖だ。

しかし、相手は家の中ではないと気付いたときには既に遅し。背後から小さな笑い声が聞こえてきた。

 

「ふふっ、おかえりなさい」

 

メトーデはそう言いながら、少し重めのブーツを脱いで室内用の軽い靴に履き替えようとしていた。

そんな彼女にゲナウは手を差し伸べて支える。

 

「ありがとうございます」

「ああ……」

 

最初はそのままで良いと言ったのだが、彼女曰くこのほうが楽だし部屋も汚れないということで、一理あるなと最近は自分もそうしている。

 

「では、お食事の準備をしますね」

 

そう言って、キッチンに立とうとするメトーデだったがゲナウが制止の声を掛ける。

 

「まて、メトーデ。お前は休め、病院に行く程度には体調が悪いのだろう。私がなにか作る」

「ですが……」

「……そもそも今までお前が作りすぎだ。確かに料理は私のほうが下手なのだろうが、簡単なシチューぐらいなら作れる」

 

そう言ってメトーデを強引にソファに座らせて休ませる。苦笑いをするメトーデは了承の意を示したが、どこか心配そうな表情をしていた。

そんなに料理出来なさそうだろうか?

 

それからしばらく、野菜や肉を煮込んでシチューを作り、残っていたパンを手頃なサイズに切って食卓に並べる。

少し前までは一人分の食事を適当に買ってきて熱を通すだけだった。しかし、こうして二人分の食事を用意している自分に驚く。

 

「存外に慣れるものだな」

 

料理の話だけではない。

彼女が、足繁く自分の元に通ってくれているのは何も、世話女房のような事がしたいだけ……というのは否定はできないが……

結局のところは、ゲナウが「お前は私の傍にいろ」と伝え望んだ結果だ。メトーデはその意に応えてくれているとゲナウは思っている。

だからこそ迎え入れた。仕事以外の自分の領域に人を迎え入れることなどしなかった自分がだ。

 

「よし」

 

彩りよく食卓がきれいに並ぶと満足感が高い。きちんと整列していることは大事だ。

準備ができたとメトーデを呼びに行くと彼女はソファーの上でうたた寝をしていた。

いつもなら、書籍を読むなどで時間を潰していると思っていたのだが……

ここ最近、彼女が体調不良を訴えている通り、何かに疲労して不安定なようだ。いや、体力的な話ではない。

 

―― まるで何かに魔力を吸われてい、魔力量を不安定にしているような ……

 

「メトーデ、お前……」

 

彼女が体調不良を訴えた至極シンプルな結論に思い至った。

心当たりは、ありすぎるので今更どうもこうもないのだが、タイミング的にはメトーデの里帰りの時でもおかしくない……し、それ以外でも割と心当たりもある。

いや、この際そんな話はいいのだ。

 

不甲斐ない自分を、パートナーとして握手を交わしたあの日から受け入れてくれた。傍にいてくれた彼女に、今はただ触れたい。

壊れやすい何かを気遣うように手の甲でブロンドの髪を避けながら頬に触れる。

今の関係となった現状でもそれはとても神聖なものに触れる感覚がある。禁忌を犯すような罪悪感に襲われるときがある。

 

「察してやれなくてすまない。負担をかけてばかりですまない……私はいつも何かが至らないな……」

 

誰に聞いてほしいわけでもなくそうつぶやいた時。メトーデのまぶたが僅かに動いた。

 

「ん……、ゲナウ……さん……?」

 

頰に当たる感触に目を覚ましてしまったのか、ゆっくりと目を開けたメトーデはそうするのが当然かのように頬に触れる手を両手で掴んでそのままゆっくりと顔を押し当て頬ずりをしている。

少し冷えた手の甲に当たる人肌はとても暖かく、自分ではない他者のぬくもりがそこにあるのだと感じさせる。

そこまでした所で、頭が覚醒したのかメトーデは大きく瞳を見開いた。

 

「ッッ!? 私、今まで眠って……?」

「食事の準備ができた。立てるか?」

 

彼女の頬にあたっていた手でそのまま彼女の片手を握り、正面まで引いて立てるかどうかを確認する。

本来そこまでしなくても立てるのであろうが、何となくそうしたかった。

 

「……はい」

 

寝顔を見られたのが恥ずかしかったのか、寝ぼけてやった反応が恥ずかしかったのか、耳まで赤くしている。

メトーデは差し出された手を握ってゆっくりと立ち上がる。

 

全身を見せあった仲でも、なお見せたくないものが残っているのか。己の心根や、それに基づく衝動とは、往々にしてそういうものかもしれない。

此処から先の会話はそれに準ずる話だ。自分達がどうしたいのか、何処へ向かうのか。相手にどうして欲しいのかをちゃんと伝えなければきっと前には進めない。

 

――『あまり女を待たせるもんじゃない。私も他人のことは言えないが君はいい大人だろう? 気遣いで立ち止まっているならそれは失礼というものだ』

 

大きなお世話だと思ったが、存外に旧友というのは鋭いものである。有難すぎて頭が上がらない。

 

「メトーデ、食事をしながらでもいいし、後でもいい。伝えたい話があるのだろう?」

 

心ゆくまで話をしよう。自分たちのこれからを決める大切な話だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

結局食事の間は無言……というよりメトーデは何かを伝えたそうだったが、言えずじまい様子だった。

 

(私から切り出したほうがいいのだろうな……)

 

おおよそ、夕食を食べ終えた頃、そう考えたゲナウはコップに水をついでメトーデに差し出した。

ワインや酒は……さすがに翌日も仕事なので控えておこう。

 

「メトーデ」

 

と声を掛けると、いつもなら「はい」と銀鈴を鳴らすような声が返ってくる。あれは彼女の自信と確信の表れだったのだろう。

今はなにかに迷っているような感情が読み取れる。

 

「体調が悪いと言ったな。おそらくここ数日前から魔力量の枯渇や出力が不安定になっているのだろう?」

「……」

 

無言で視線をそらす彼女の仕草は、否定を含んでいない。肯定はしないが、おそらくその通りなのだろう。

 

「あとは、軽い吐き気や、だるさといったところか」

「ご存知だったのですか?」

「いや。だが、推さ――」

 

スっと、メトーデは正面のゲナウに手をかざして制止を掛けてきたため声を止める。

 

「―――待って、待って頂けますか……ちゃんと、ちゃんと私の口から伝えます」

 

片手を胸に当てて軽く深呼吸をしているメトーデを見ると新鮮だ。

 

「……ここ最近、明らかに魔法の調子が悪く発動しない事が増えました。

 直近で書類仕事が多かったのはゼーリエ様にその旨をご連絡したためです」

 

妙に書類仕事が回ってくる月だと思ったら、そういう理由か……

 

「その、体調不良を起こす他の可能性に心当たりもなく……」

 

つまり、心当たりのある事は1点あるということだ。いや、1点……回?の話ではないのだが

 

「それで、数日前になるのですが、周期的にそろそろ来る月のものが来なくて……」

「……なるほど」

 

なるほど、と言ってはみたがこれに関しては男のゲナウにそれ以上言えることはない。

男性にはない成人女性特有の生理現象という理屈で知っている程度の知識しかない。

 

それはともかくだ。

 

「今日の医院も、その、そういう理由で……」

 

お互い、結論は分かりきっている。それでもここまで回りくどく説明するのは、きっと彼女が覚悟を決めるのに時間を要するからだ。

いつも冷静で決断の速い彼女がここまで狼狽している。おそらくそれは自分のことだけではなく、ゲナウのこともあるからだろう。

急かしてはいけない。先に結論を言ってもいけない。彼女自身の口から述べられる言葉を、ただ受け止めよう。

 

「ああ」

 

だから、ゲナウは彼女からの言葉を待つ。

 

■私の語る隠し事


 

自分が選んだのは、誰かのために命がけになれる優しい人。ただ、それを表に出すのが苦手なだけの不器用な人だ。

そんな人物がメトーデの眼の前で言葉を待っている。

 

「今日の医院も、その、そういう理由で……」

「ああ」

 

それでも、気難しい人物ではある。伝えたらどういう反応をするだろう。

喜んでくれるだろうか。無反応だろうか。困った顔をするだろうか。

 

「つまりは……私と、ゲナウさんの……」

「……」

 

ゲナウは顔をそらすことなくメトーデの顔を見ていた。

 

「子供が出来ました……」

 

やっと言えた。掛けられる言葉を待つメトーデの耳に届いたのは椅子を引き、ゲナウが立ち上がる音だった。

一瞬、この場から立ち去るのではと背筋が凍った。だが、ゲナウが移動した先はテーブルを回り込んだメトーデのすぐ隣だった。

 

彼は片膝をついて視線の高さを下げる。椅子に座るメトーデを少し見上げる状態だ。

 

「メトーデ……メトーデ。こっちを向いてくれないか?」

 

ゆっくりとゲナウの方向を向いたメトーデの手をゲナウはそっと握る。

 

「最初から伝えておけば、こんなに悩む必要のなかったのかもしれないな……

 ありがとうメトーデ。私を支えてくれて、私を受け入れてくれて。本当に感謝している」

「……ゲナウさん」

 

「故郷を焼かれたあの日、私はこの世界で一人きりになってしまったのだなと思った。

 あとは、師と仲間のために戦って死ぬだけだと、そう思っていた」

「……」

 

ゲナウはかつて故郷を魔族に焼かれ、そこに住む者たちを皆殺しにされた過去がある

助ける力は持っていたはずなのに、ただ間に合わなかった。自分の知らない所で奪われてしまった。

その現実を突きつけられた場にメトーデも居合わせていた。

普段は冷静な彼がコントロールできないほどの殺気をみなぎらせていたのはあれが最初で最後だ。

 

「……私はもう一人ではないのだな」

「――はい……。はい……」

 

手を握って、薄っすらと笑ってくれたゲナウの顔を見た瞬間。メトーデの瞳からは、気づけば涙がとめどなく溢れ出ていた。

涙を流したのは、いったいいつぶりだろうか。もう覚えていないほど、感情の制御は幼い頃に叩き込まれていた

 

「泣くな、メトーデ。お前がそんなだと、こちらも調子が狂う」

 

そう言って、壊れそうなものを大切に包むようにゲナウはメトーデを抱き寄せ、彼女が泣き止むまで抱きしめ続けた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「落ち着いたか?」

「――はい。すいません、魔力も制御できず……いろいろ初めての経験で、少し不安定になっていたようです。

 ごめんなさい、普段はこんな無様は……」

 

弁明するメトーデの頭に、ゲナウは手を置く。年頃の女性にはやや失礼かとも思ったが、自分たちの関係性を考えれば日常のスキンシップの範囲内だろう。

 

「無様なんてことはないさ。人として当然の不安だ。お前がその程度でいちいち反省していては私の立つ瀬がない」

「そう……でしょうか?」

 

ちょっとしたジョークのつもりだったが、真面目に受け取られてきょとんとされてしまった。

ゲナウは話を続けるためにごまかす形で軽く咳払いをする。

 

「ま、まあなんだ。人それぞれということだ。そんなことより」

「はい……」

 

状況ここに至っては、もう是非もない。選ぶべき選択も、かけるべき言葉も、たった一つしか存在しない。

 

「何も準備ができてなくてすまない。こういう時に、事前に用意した指輪を出すのが良い男なのだろうな。

 至らない私だが、それでも、私の妻に……夫婦になってくれるか? メトーデ」

 

飾り気も、気の利いた言葉も、ロマンあふれる雰囲気もかなぐり捨て、ストレートに伝える。

もとより、そんな器用な真似ができる性格ではない。

不満があるならもちろん聞くが、改善できるかと言われれば無理だろう。

 

メトーデは椅子に座ったまま、一瞬きょとんとした顔を見せる。やがて口元を抑え、わずかに肩を震わせて笑い始めた。

彼女らしい上品な笑い方ではある。しかし、そんな反応をされると思っていなかったゲナウとしては少々いたたまれない。

 

「ごめんなさい……、ごめんなさい……いえ、ゲナウさんは何も悪くはありません。

 ただあまりにゲナウさんらしい言い方が可笑しくて……」

 

そんなに予想通りの言葉だったろうか。

少し憮然として「返事はどうした?」と聞くと、メトーデは笑うのを止めてくれた。

彼女はゲナウの手を両手で取って胸元へ引き寄せ、祈るように握った。

 

―― ああ、やはり……

 

「ええ……、幾久しく――」

 

―― 彼女は優雅に、誇らし気に、佇むその姿こそが

 

「よろしくお願いしますね。私の不器用で優しい旦那様……」

 

―― どんな華よりも美しい

 

ゲナウがゲナウらしいなら、メトーデはメトーデらしい受け答えだ。今まで言われたことがあった訳でないが、それでもそう思った。

薄く微笑む彼女に引き込まれそうになるが、体調不良の話を聞いた手前、無理はさせられないと思いとどまる。

 

「ああ、約束しよう」

 

その夜。ゲナウの言葉とともに、長らく魔法協会の多数をヤキモキさせていた懸案事項は、解決を見たという。

 

■ゼーリエ様の言う通り


 

「式に私は呼ばれるのだろうな?」

「出会い頭、藪から棒に何だ?」

 

数日後のこと。協会の執務室にはゼンゼとファルシュが先に来ており、こちらに気づいたゼンゼが、振り返ることなく声をかけてきた。

 

「休み明けから、やけにメトーデさんが嬉しげに左手を見ていたので、確認してみると指輪をされておりまして……これはもうそういうことかなと」

 

と、ゼンゼの出会い頭の一言に対する意訳を述べているのはファルシュだ。いちいち目聡い。

 

「で、どうなのだ?」

 

詰めてくる2人の同僚に頭を抱える。答えを返そうとした瞬間に、よく通る透き通った声が背後から聞こえた。

 

「婚約はしていますよ。式を上げるかはまだ未定ですが……」

 

メトーデだ。

今日は、ゼーリエへの報告と現在抱えている事案の引き継ぎなどのために協会まで来ている。ゲナウはもちろん、彼女に休みを取らせるつもりだ。

 

「まあ、つまり、そういうことだ……」とゼンゼとファルシュの方を向き直った瞬間

 

―― パァンッッ!! ――

 

という破裂音が部屋に響き渡り、紙吹雪や布のようなものがゲナウの頭に降りかかった

 

「「おめでとう」」

 

鳴ったのはお祝い用のクラッカー。ずいぶんと用意のいいことだ。

 

今更だが協会の1級魔法使いには何故か賑やかしの人材がいない。強いて言うなら一番賑やかなのはヴィアベルあたりになる。

と言っても、彼の場合は人当たりがいいだけで、彼自身が騒がしい訳ではないのだが……

 

結果論として、同僚を祝う場でもいつもどおりの口調とテンションでクラッカーを構える同僚二人の様子はシュールだ。

 

遅れて背後からも破裂音が聞こえたので振り返ってみるとレルネンとデンケンがクラッカーを鳴らしていた。

二人共何故かヒゲメガネと三角帽子を被っている。デンケンはヒゲメガネ要らないだろうと突っ込むべきか迷ったが。

 

「皆さん有り難うございます」

 

とメトーデが至極普通に礼を述べたので、渋々ゲナウもそれに続くことにした。

同僚たちの心遣いはありがたい。ありがたいが、このシュールな空間と時間は何なのだ、という疑問は尽きない。

おおよそ賑やかなパーティに向かない面々である。

 

「それにしても、ようやくですか……これでゼーリエ様への報告業務からはお役御免です。きっかけは何だったのですか?」

 

メガネの位置を直しながら、妙に引っかかることを言うファルシュ。

 

「なんだその、報告業務とは――」

 

とゲナウが確認する前にメトーデが「実は私の妊娠が判明しまして、二人で相談の結果です」と普通に説明してしまった。

 

「ゲナウ……もうちょっと早く手を打てなかったのか? でき婚って、お前……」

 

メトーデの説明を聞いたゼンゼは眉をひそめこちらを睨んでくる。これに関しては事実なので本当に何も言えない。

 

「ゲナウさんは見た目に反して繊細な人です。

 そういった人生の転機となるような事象に対しては、石橋を叩いた上で何度も問題がないか、相手に不都合がないかなど。

 様々な検証を繰り返した後に万全を期して渡る人ですから、仕方がありません」

「おい、待て、やめろメトーデ」

 

フォローになっていないフォローに制止の声を掛けるがメトーデは止まらない。

 

「『どれだけはぐらかすつもりだこいつは』と思ったことは両手で数えられない程度の回数しかありませんが、

 それはゲナウさんの優しさの現れです。私は甘んじて全て受け入れたいと思ます」

 

指輪の輝く左手を胸に当て、聖女のように優しく微笑み、そう宣言するメトーデ。その場にいた全員が「おお~」と言いながら拍手で讃えた。

 

ただ一人ゲナウは(本当に何なんだこの時間は……)と微妙な心持ちで空を仰いだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

控え室を後にして、本命であるゼーリエとの謁見の間へ向かう。ゲナウとメトーデは事の次第を説明し、メトーデはしばらく任務から外れて休む必要がある旨を告げた。

 

併せて、その期間中のメトーデの代替要員として、他の一級魔法使いに引き継ぎが必要である旨をゲナウは説明した。

女神の魔法まで使う彼女の万能さに追いつける人間は、そうはいないのだが……。

 

「ゲナウ、メトーデ、まずは……言っておこう」

 

ゲナウの説明を一通り聞いた後、目を開いてゲナウとメトーデの2人に交互に視線を向けたゼーリエが口を開いた。

 

「よくやった。優秀な魔法使いの才能と血を後世に残すのは何よりも重要なことだ。

 特に信頼のおけるお前達であったことに私は満足している」

 

言葉の通り満足気に笑っているゼーリエに「勿体ない御言葉です、ゼーリエ様」とメトーデは返す。

ゼーリエは続いてゲナウの方に視線を向けて宣言する。

 

「で、だ。ゲナウ。お前も休みを取れ」

「……は? いや、しかし……グッッ!」

 

自分はメトーデとは違い、任務に対して支障はない。休む理由はないはずだと説明する前にゼーリエに魔法で口を閉じられる。

 

「反論はなしだ。何より優先されると言ったろう。

 お前、メトーデの状態にかかわらず、北部高原に出て任務に就くつもりか? 馬鹿者め」

 

どうやら、思いの外、師は怒ってらっしゃるようだった。

 

「魔法使いは妊娠中、子供に栄養と共に魔力を吸われるため、魔法の発動や制御がままならない。

 要するにメトーデは、出産が終わるまで一般人とそう変わらん。これは高度な魔法使いであるほど精神的な負担が大きい」

「……」

「いいか、お前が全部支えろ。これは命令だ」

 

ここまで言われてやっと口を開放された。

人としては至極当たり前のことを言われたが、魔法協会のトップが最高峰の魔法使いに対してそのように言うとは、思いもよらなかった。

 

「しかし――」

「答えは『はい』か『Yes』だ」

 

有無を言わさぬ子育推進のゼーリエに気圧されてゲナウは根負けする。

 

「――承知しました」

「レルネン、北部高原の魔族対策はしばらくお前が指揮しろ。他の面子はお前の判断で好きにしていい」

後ろで控えていたレルネンは「わかりました」とだけ答える。ゼーリエの一声で当面の仕事が消し飛んでしまった。

 

ここまで一連のやり取りを見ていたメトーデはずっと横でクスクスと笑っている。

焦る旦那を見るのが好きな嫁で大変困る。

 

「以上だ」という言葉の後にレルネンからマントを掛けられつつの謁見の間からの去り際。

 

「これは老婆心だが、メトーデの身体のことを慮るなら式はさっさとやってやれ。

 そういう所で点を稼がないからお前は尻に敷かれているんだ」

「ぐっ……!!」

 

実に返す言葉もない言葉を残してゼーリエは去っていった。

 

「よろしくお願いしますね、旦那様」

 

そんな声がかけられた隣を見ると、メトーデは幸せそうに笑っていた。

現状に不満は欠片も感じないが、最後は手の平で踊らされていたような気になるのはどうしてだろうか。

 

――まあ、これはこれでいいのか。特に不満はない。

 

これから先どれだけの時間を供に過ごすのか、まだわからないが……

おそらく今後いかなる時もゲナウはメトーデに敵う気がしない。

そう思いながらゲナウはメトーデの手を取りながら立ち上がった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――以上が、様々なリサーチの元で判明した、我らが悪友が己のパートナーと関係を深めるために紡いだ物語の全容である。

 

原稿を書き終えたゼンゼは書類を置いて満足げに深呼吸をする。

 

「結局、ゲナウの目を盗んでは書ききったのですか」

 

呆れ気味なとファルシュは原稿の束を取りパラパラとめくる。

 

「趣味だよ。魔法使いにもセカンドライフは必要だろう。歴史に名を残す作家になるのも悪くないではないか」

「これを一般流通する書籍にしたら、あなたはゲナウから命を狙われますよ」

 

そう言われると確かにという具合に考えた仕草をするゼンゼだったが、彼女から出た次の言葉は

「わかった、じゃあ製本してから王立図書館と聖都の書庫に寄贈しよう」というものだった。

 

絶対に何らかの形で保管するつもりのようだ。

願わくは、自分や友人たちが存命の内は、この本が世間の表舞台に出てこないことをファルシュは祈るばかりである。

 

■とある経過点


 

それから時は17年ほど経過する。

 

休日の朝食後のひととき。母親譲りの長く輝くブロンドの髪を髪留めでまとめた少女が、巨大なぬいぐるみを胸に抱き、むくれながら悩んでいた。

魔法協会直営の高等魔法学校でトップの成績を誇り、模範生として称えられる彼女だが、休日は案外ラフな格好で家で脱力している。

母親ことメトーデは『普段真面目な娘が脱力する姿もかわいいので良し』として特に注意はしない。

 

とはいえ……

 

「どうしたの、膨れていても可愛いけれど拗ねてたら可愛い顔が台無しだわ」

 

淹れたばかりの紅茶をテーブルに置きながらメトーデは少女に話しかける。

 

「お母さんは、お父さんと出会った当時あまり仲良くできなかったと聞いたけど、最終的にどうやって仲直りをしたの?」

「あら、どうしてそんなことを聞くの?」

 

という質問に、少女は憮然とした顔でぬいぐるみに顔を埋める。

ちなみにこの巨大なぬいぐるみは、娘が十歳の誕生日に夫のゲナウが買ってきたものだ。

彼がいつもと変わらぬ様子で大きなぬいぐるみを背負って帰ってきた時のインパクトは、今でも忘れられない。

 

「協会に上がってきた報告書によると……中々派手な騒ぎが起きたみたいだけど、読み上げましょうか?」

 

メトーデがそういった所で、事情を話さねば聞きたいアドバイスは得られないと悟った少女は渋々と語りだす。

 

「……昨日学園に短期の編入生が一人来たのは聞いてる?」

 

それはメトーデも聞き及んでいる。というより、ゲナウと一級魔法使いのヴィアベルが推薦状を書き、自分や数名がサインをして召喚したのだ。

クレ地方で燻っている一人の少年を一度オイサーストに引っ張り出せというゼーリエの命でもある。

 

なお、その少年、単純な魔法使いとしての能力不足で5級試験に落ちており、なんとも招集理由を作るのに苦労した。

高等部に所属する学生は殆どが一般的に魔法使いと認められる5級以上の資格を持っている。

学内トップ3はいずれも一級魔法使いを親に持ち、指導者を含む幼い頃からの環境がものを言う世界なのだ。

 

しかし、その少年はただ一点において非常識極まっていた。

実践における魔物の討伐数である。同年代どころか、一人前とされる大人の魔法使い達と比較しても尋常ではないほど多い。

その年齢では考えられないものまで狩っている。いったい誰に何処へ連れ回されているのか……は彼の近くにいる人物を思えば想像に難くないが。

 

とにかく、そういう少年だ。

ちなみに当人は、この招集に分不相応だと相当抵抗したようだ。だが、メトーデと同じく一級魔法使いである彼の母に、抵抗むなしく屈して了承したと聞いている。

 

「なんというか……私の勘違いで酷いことを言ってしまって……」

「あら……」

 

ふむ、とメトーデは考え込む。誰かに似ていつも正しく、模範的であろうとする娘は、その反動で少々唯我独尊を貫きがちなところがある。

その娘が他人との距離を推し量り悩んでいるのはとても珍しく殊勝なことだ。それ以上に母としては同世代の男の子に関する話が出てきたのが非常に興味深い。

 

ちなみに、報告書のあらましはこうだ。

学園内の研究棟で飼育していた合成獣(キメラ)の1体が逃亡した。

それは学園内を逃げ回り、巣でも作る材料にするつもりだったのか、生徒たちの荷物を奪いながら構内を駆けずり回った。やがて事態に気づいた生徒たちによる大捕物が始まった。

 

そこに偶然……なのか必然なのか、手続きのために学園を訪れていた少年が合成獣と遭遇。

良くも判らぬまま盗難物の一部を奪い返した辺りで女生徒たちがその場に合流し……

結果的には、ドサクサに紛れて合成獣はその場から逃げた。

現場に駆けつけたラヴィーネ教師が見たのは、犯人が曖昧なまま追いかけてきた女生徒たちに捕縛され、吊るし上げられて悲しげに涙を流す少年の姿だったという。

 

とまあ、勘違いで酷い事――の内容はおおよそ想像がついたが……

 

「何かの喜劇ですか?」

「現地では全員真剣そのものだったんです!だって、手に私のパ……いえ、それはいいとして……」

「喜劇って、演者がは真剣であるほど観客からは面白いそうよ?でも、騒動がそこまでだったなら仲裁時に謝ればすんだ話ですね」

 

鋭いメトーデの言葉に少女は少し嫌そうな顔をしてからため息を付いた。

 

「同日の報告に近隣の森のドレイク討伐に関して報告は?」

「レルネン様が対応していた件がありましたね」

 

ドレイクとは、翼の代わりに四肢が強靭に発達した竜である。飛行はできないが攻撃的で、獣と竜の特性を併せ持つため危険性が高い。オイサースト近隣の森に住み着いた個体を、念のためレルネンが昨日討伐したと報告されていた。

 

「その件、別々で報告されているけど、先の合成獣の大捕物の件と連続してて」

「なるほど」

「実際に討伐したのは――」

 

話によると、先の件は教師が仲裁に入ったものの、生徒たちからすれば部外者で目つきの悪い少年への疑惑は晴れなかった。「魔物みたいなものが持っていった」という彼の主張も、聞き入れられなかったようだ

結局「真犯人を捕まえたら疑いが晴れる」ということで逃げ込んだ森へ合成獣の追跡劇と相成ったと。そのさい、公平を期すために代表して娘も同行したというお話……

 

「ごめんなさい、割とオチが見えてしまったのだけど……」

「聞いてきたのお母さんでしょ」

「たぶんですけど、白馬に乗った王子様がピンチのときに助けてくれたって感じのお話でしょう?」

「違います!」

 

魔法に長けた娘は、追跡魔法で少年より先に合成獣を発見して追い詰めた。だが、合成獣が他種を呼び寄せる鳴き声を上げたため、件のドレイクが現れたということだ。

魔法使いが竜種の魔物を一人で狩るというのは相当の実力と技量が必要で、どれだけ優秀であろうと実践経験に薄い娘が一人で倒せるものではない。

 

「……殺されるかもしれないって思った時に編入生が割り込んできて……」

 

今この娘が無事であるということは、そうでしょうねと。

なにせ彼は、単独で竜の魔物の討伐は初めてではない。非常識な話だが父親や祖父の非常識な力、周囲にいるレジェンドクラスの人物達を考えるとさもありなんというべきか。

 

「……本当に馬鹿げている。魔法で武器を召喚したとしても、剣で両断なんてあんなの本質的には魔法使いですらない」

 

娘は随分と納得がいかない様子だが、こうして話を聞くと、夫のゲナウやヴィアベルが彼にこだわる理由も分かる気がする。

まあ、それはさておきでだ。

 

「つまり、お礼も謝罪も言えずに休日になったと」

「……だって」

 

むーっと頬を膨らませたままの無回答は概ね肯定と見なして良い。

そこではじめの質問に戻る訳か。夫婦となった自分たちのケースを聞くのは一足飛びな気もするが、この子は分かっているのだろうか。メトーデはそう考えたが、やがて嘆息して深く考えるのをやめた。

 

「……相手のことをよく知りなさい。あなたのことを知ってもらいなさい。そうすれば小さな行き違いなんてすぐに解決するわ」

「それだけ?」

 

あまりにあっさりとした話を聞いた娘はきょとんとした顔で問いただす。

 

「それだけよ。あなたのお父さんは、口下手で、無愛想で、言葉も足りないけど、家族のこと誰よりも大切にしていると知っているでしょう。

 相手のことを信じられないのも、疑ってしまうのも知らないから。

 興味がでたのなら、相手を許したいなら自分の価値観だけで判断せずに相手を知ってみなさい。

 許されたいなら、あなたの事を知ってもらいなさい。まずはそこから」

 

顔を伏せて考え込む娘は、視線だけこちらに向けて返答する。

 

「……難しくない?」

「そうね。思ったより難しいわ。お母さんとお父さんはすごく時間が掛かった。お父さんあんなのだから知ってもらうのに苦労したわ」

 

思い出しながら語るメトーデの笑顔は娘の目から見ても魅力的な女性の姿に見えた。

 

「あなたはまず、勘違いしたこと素直に謝ることから始めてみたら?」

「……」

 

しばらく、難しい顔で考え込んでいた彼女は自身の頬を自らの手で叩いた。

 

「あら……」

「ありがとう、お母さん。いろいろ話していたら整理できたわ。悩むぐらいならまず謝ってみる、お礼は……言えたら……多分……」

 

娘の徐々にしりすぼみになる覚悟にメトーデは苦笑いしながらも

 

「出来る範囲でやってみなさい」

 

と伝えた。

こういう事で生真面目に悩む辺りは父親に良く似ている。

今後、どうなるかはわからないが、その少年との出会いは多かれ少なかれ彼女の常識と価値観を破壊するのだろう。

しかし、人との出会いは往々としてそんな物だ。

 

「仲良くなったら家に呼んでお母さんに紹介してね」

「なりません!」

 

自身が故郷を出て一級試験を受け、一級魔法使いと成り、大勢の人と出会ったように願わくば、今後もこの娘にたくさんの出会いと成長の機会に恵まれるようにとメトーデは祈るのだった。

 

――ちなみに……

 

彼女の謝罪はというと、学内の第二、第三の勢力(?)と第四の乱入者の介入により、有耶無耶になってしまう。

結局、改めて謝罪とお礼を言う機会はずいぶんと先の話となってしまうことを今はまだ誰も知らない――

 

~ 君の隠し事は華より尊い fin ~

 




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