葬送フリーレン~アフターオレオール~ 作:rvr75_raiden
■アイゼンの朝
「ぬ…… む……」
かつて魔王を討ち果たした勇者一行の伝説的な戦士として名をはせたのは80数年……いや90年前だったか?
アイゼンは窓からさす朝日を顔に浴びて目覚める。
今日もなぜか妙な所で寝ている。ベッドで寝ていたはずなのになぜだと思いながらタオルケットをベッドの上に畳みながらいそいそと朝食の準備を始める。
いい天気だ。午前中は畑の手入れをして、午後は街へ散歩に行こう。酸っぱめのぶどう酒があるなら晩酌用に買って帰るのもいいだろう。
そんな風に思いながら軽めの朝食を食べてから歯を磨いていると玄関のほうから騒がしい声が聞こえてきた。
いや、正直を言うと割と目覚めてすぐから気付いていたのだが……、碌に連絡もよこさず、突然こんな時間帯から何なのだと若干腹も立って放置していた。
向こうもいたたまれなくなってきたのか、そろそろ構ってやらないとドアを破って入ってきかねない。
「やれやれ」
ドアの前に行くと声が聞こえてくる。
「開けてくれよ師匠ぉ~。突然来たことは謝るからさー。
うーん、……全然返事がない。
……まさか!師匠も体調が悪いのか!?
待っててくれ! 今すぐに中に!」
外で、ヂィンと 重い金属を構える独特の鈍い音が聞こえる。
「よし!」
「良くない。阿呆か」
何やら勢いよく振りかぶっていた……と思わしき瞬間にアイゼンはドアを開く。
「ふべっ!!」
開いたドアの先にアイゼンが見たのは顎を手で抑えながらジタバタと呻く彼の愛弟子の姿。
「よく来たな……と言うべきか、何をやっているんだお前はというべきか
まあ、いい。入れシュタルク」
「師匠ぉ~」
いつかの式以来、師弟兼義理の親子の再会はそんな朝のドタバタで始まった。
✧ ✧ ✧ ✧
思えば30数年前にエーラ流星を最後に見た日。
それからまた時間を空けてフリーレンと再会し、弟子の少女を連れていた彼女に
その時に彼の弟子のシュタルクを拾って前衛として連れて行くようフリーレンに頼んだ。
結果として3人は長い旅の末にオレオールへとたどり着き、そしてまた中央諸国へと帰ってきた。
旅の中でどんな事が起きたのか、はおおよそシュタルクから聞いてはいるが、当人が妙にぼかして話すためどういう心根の変化に基づいたのかはアイゼンは知らない。
ただ、わかっているのはシュタルクがかつてフリーレンの連れていた弟子のフェルンを生涯の伴侶として選び、フェルンもまたシュタルクの想いに応えてシュタルクに添い遂げると誓って今に至る事。
親代わりのアイゼンとしては経緯などは当人たちの大切な思い出として残っていれば良く、ただその一生を共に歩み、幸せで居てくれさえすれば良い。
そう想っている。
フリーレンから聞いた話。その結論に至るに当たってずいぶんと揉めたらしいが。それもまた、1つの思い出であろう。
彼らは、シュタルクの故郷、かつては戦士の村のあったクレ地方の一帯を拠点に根を下ろし、家を建てて暮らし始めていた
アイゼンもその地にいた戦士たちの魂に敬意を込め、支援する形で一枚噛んではいるのだが、今はそれは余計な話だ。
「飲め」
小さめのテーブルをシュタルクと囲み彼の眼の前に茶を差し出す。
「ありがとう、師匠」
来客用の紅茶などもなくはなかったが、アイゼンとシュタルクの間でその様な気遣いも要らぬ。
彼が子供の頃からよく飲んでいた、常用の薬草を煎じた茶葉のお茶だ。
眼の前で湯呑みを手にとって飲む、愛弟子の姿を見て感慨深く感じる。
大きくなった――
アイゼンの元を飛び出したのは彼が15歳ぐらいの頃か。
あれから何年も経ち、身長も伸びたのは当然のことながら、顔つきが変わった。
少年の頃の面影はあるものの、多くの苦難を駆け抜け、その手にかつて失った家族を取戻した愛弟子は誰から見ても大人の戦士の顔つきだ。
とはいえ、アイゼンからするとまだまだ未熟さも垣間見えてしまう所はあるが……それでも我が子同然の弟子の成長が嬉しくないはずはない。
さて、そんな感慨にふけるのも束の間。ちょっとした疑問に至る。
――なんでこいつは一人で里帰りしてるのだ?という事だ。
✧ ✧ ✧ ✧
「で、事前の連絡もなく何をしに来た?」
茶を飲み終えたシュタルクにアイゼンは問う。
「息子が親の元を尋ねるのに理由なんているかよ?」
もっともらしく言うシュタルクだが、アイゼンは彼の目がちょいちょい泳いでいることを見逃さない。
覚えがある。これはアイゼンにちょっとした隠し事をしているときの仕草だ。
そう、例えばアイゼンのお気に入りの食器を割ってしまったとか……そういった類のやつだ。
「まあ、お前が俺の元を訪ねてくれる事自体は、悪い気はしないがな……」
回りくどいのは戦士の流儀ではない。真っ向から聞いてしまったほうが話は速いだろう。
「お前、なんで一人できた。フェルンはどうした? "今は"、そういう時期ではないだろ。」
アイゼンのストレートな追求に「ゔ……」っと言葉をつまらせるシュタルクに、やはり何かあるなと確信する。
冒険者をやめたとて、フェルンやシュタルクがほぼ無職になったかと言うと別にそういう訳ではない。
フリーレン一行は魔族に占拠されてから荒れ地となっていた戦士の村近隣の魔物を駆除し、人の手に土地を取戻した。
結果的にシュタルクは現状、クレ地方の代表という事になっている。これはフリーレン一行に恩のある貴族達の計らいによるものだ。
数多くの大魔族打倒に関わっているフリーレンたちは勇者なき時代のちょっとした英雄であり、実績に違わぬその力は政治上の強力なカードになる。
どこかの国のどこかの領地に住むとなるとパワーゲームのコマにされかねない。
彼らの功績やシュタルクの血筋を加味すれば、その土地を与えてその様な懸念とは切り離してしまったほうが何かと安心だということだ。
そうなるともちろん自衛は必要だが、これは彼らが今まで築き続けた様々な人との繋がりが自然と為し得ることだろう。
ともかくだ。
今のシュタルクやフェルンは領民がまだほとんど居ないとは言え領主夫婦という扱いになり、本来は連絡もなく「暇だから一人で里帰りする」というほどホイホイ自由の効く身ではない……
(大丈夫なのか、こいつは……)
可愛さ余って不安が百倍。我が弟子のことながら色々と心配になる。
怪訝な目でじーっとシュタルクのことを見ていると、申し訳無さそうにシュタルクは口を開き始めた。
「フェルンはいま……あんまり動けないと言うか、なんというか……」
「らしいな」
「その事もあって、ちょっと難しい状況にありまして……」
アイゼンとしては立場的な話をしたかったのだが、思ったより違った方向の回答が返ってきた。
「何を言っている……?」
「今はちょっと冷戦状態……」
「はあ?」 と、アイゼンは柄にもなく素っ頓狂な声を上げてしまった。
アイゼンが二人の様子を最後に見たのは結婚式の時だ。なんだかんだ終始仲睦まじい様子だった2人がなぜ……?
と……真剣に悩もうとした時、フリーレンから時々来る手紙に、くだらない痴話喧嘩の仲裁が面倒だという愚痴の記載が毎度書いてあることを思い出した。
眼の前ではいい大人……となったはずのシュタルクがシュンとしょげている様子を見ると存外くだらない話なのか、それとも言葉通り深刻な話なのかはアイゼンには見当もつかない。
「フェルン~……やっぱり心配だよぉ……」と小さい声でぼやいている辺りシュタルク自身はずいぶんと未練まみれの様子だ。
かつて妻子持ちだったとはいえ、ずいぶんと昔の話で自分の経験がこの二人に当てはまるのかはよく判らない。
「何がどうなってるんだ、フリーレン」
アイゼンは窓の外を眺めながらかつての友人に助けを求めるようにつぶやいた。
■憤慨と反省と後悔と
『いい加減にしてください、シュタルク様!』
という癇癪が、家の中に響いたのは久しぶりのことだ。
記録更新と言わずとも今回は大きいなと思って居間に駆けつけたフリーレンが見たのは、怒った様子でシュタルクを睨むフェルンと、何やらオロオロするシュタルクの姿だった。
『ご、ごめん……フェルン!何か気に触ったか? でも俺フェルンのこと心配で…… 今は魔法もうまく使えないみたいだし、体も重そうだったから大変かなって』
シュタルクの最後の一言に込めた意味はわからないでもないのだが、表面的な言葉面が悪い。
フェルンの背後にチリチリと燃えていた火にくべられた言葉は油を注ぐ結果となって、一旦フリーレンが2人を引き剥がして事なきを得たのが昨日のことだ。
アレやこれやと二人の間を行き来して仲介人役をしていたら丸一日を費やす結果となった。
もういっそ距離をおいて冷静になってもらうかと、シュタルクを早朝からフェルンと顔合わせる間もなくアイゼンの元に行かせたのはフリーレンの判断だ。
その後、起きてきたフェルンがシュタルクの不在を知った時のショックを受けた表情を見るにちょっとやりすぎだっただろうかと反省はしている。
とはいえ、今のフェルンと師匠でもあり”経験豊富な年上のお姉さん”でもあるフリーレンがじっくり話をしたかったのは事実だ。
なんせ今、フェルンはシュタルクとの間に第一子を宿しており、旅暮らしだった頃とは別の意味で大変な日々を送っているのだ。
……このへんはフリーレンにとっては未知の領域過ぎて本で読んだ知識以外わからないが。
そんなフェルンは、現在珍しく机に突っ伏しながら自己嫌悪に陥っている最中だ。
フェルンはハイターによる女神様の教えの下で育てられたからか当人なりの正義を曲げない頑固なところがある。
状況はどうあっても自身の選択は人道において正しいと確信を持つ彼女が日々の行動や選択に間違っていたと嘆くケースは、フリーレンの目からしても珍しい。
自分が間違っていた、言葉が過ぎた、とフェルンから謝ったりするケースは大概においてフリーレンに関することが3割、シュタルク(との痴話喧嘩)絡みが7割といったところである。
こういう時にフェルンは道理ではなく感情を優先して行動を決めてしまうからだとフリーレンは想像している。
というか、今回もそうで……そう考えると、なんだかバカバカしくなってきたとも思えるが、時期が時期なので放置はできない。
台所で洗浄した水を沸騰させつつ、さてどうするものかと棚の上の茶葉を探すと、そう言えば……という物を見つけた。
「フェルン。これ、気分が落ち着くっていうハーブのお茶」
フェルンのお気に入りのティーカップに沸かしたハーブティーを入れて突っ伏したままの彼女の前に差し出した。
「ハーブティー……?」
僅かに顔を上げて視線だけを向けるフェルンにフリーレンは加えて説明する。
「気分が落ち着かなくなることもあるだろうって、シュタルクが買い出しに行ってた時に買ってきてくれたやつだよ。
今のフェルンの体にも大丈夫なやつだってさ。意外って程でもないけど、なんだかんだシュタルクなりに気を利かせてくれてるよね、普段から」
昔から周りに気が利かないと言われがちだが、出会ってから数年のシュタルクを見ていたフリーレンからするとなんだかんだとシュタルクは気の利く男である。
知らないから、最初の一歩でつまずきやすい彼は、似たような失敗がないように、誰かを傷つけることがないようにと常に気を配っている。
ただまあ、そこで自己を顧みないところまでやり始めるとフェルンが怒るので日々微調整を繰り返すのが彼らの日常だ。
頑固で気難しいフェルンと、少し臆病で気優しいシュタルク。双極の二人だからこそ調和が取れているのだが今回は初物の問題で少々バランスが決壊してしまったというところか
「シュタルク様……、うっ……違うんです。そんな事言いたいつもりじゃなかったんです……」
ハーブティーの入ったカップを両手で包みながら心此処にあらずな状態のフェルンがぼやいている。
彼女のお気に入りのカップはここに暮らし始めてから、身の回りのものが必要だと二人で買い物に出たときに買ってきたものだ。
よく似たデザインでシュタルクとフリーレンの物もある。
しかし、まだちょっと熱いはずなんだが……手は大丈夫なんだろうか?
「なかなか重症だね……」
いつもの喧嘩ならシュタルクが譲歩してくるまでむっすー状態なのだが、今回は最初から自己嫌悪に陥りまくっている。
それもそのはず。今回の痴話喧嘩において、フリーレンから見てもシュタルクの行動に落ち度自体はない。
何なら頑張りすぎたぐらいだ。フェルンの生活に不自由がないように、彼女の身に危険がないようにと……何から何まで些細なことまで。
クレ地方の領地の引き継ぎの手続きの協力とノウハウの教育をお願いしているグラナト卿にもしばらく暇を貰っての徹底ぶり。
重要な事は自宅まで使いを回して手続きをしてくれるのでグラナト卿もずいぶんと気前が良いことである。
余談だが、フォーリヒのオルデン卿からも度々物資が届く。厳重に密封された箱からおしめセットが出てきたのを見た時は流石に呆れてしまった。
フェルンの身の安全も加味して、落ち着くまでは伝達の範囲は絞っているのだが……油断ならない御仁である。なぜ連絡をよこさないという彼なりの抗議だったのかもしれない。
さて、話を戻そう。
こんな状況になってしまったのは分析すれば至極単純な話で、
気を使いすぎたシュタルクと自分のことは自分でやりたいフェルンの自立心の強さが空回りした結果である。
フェルンはどちらかと言えば身内の世話を焼きたがる側の人間なので、過度に世話を焼かれる状況がフラストレーションだったのかもしれない。
そこに加えて普段手足のように使いこなしている魔法の出力が安定しない。下手をすると制御に失敗して暴発するため実質使えない状況である。
「……フリーレン様……なんと言えば許してもらえるでしょうか。ちゃんと帰って来てくれるのでしょうか……」
不安げに問いかけてくるフェルンにフリーレンはため息をついてから返答する。
「申し訳ないと思うなら素直に謝ればシュタルクは聞いてくれるよ。アイゼンへの報告も兼ねてだから予定だと明後日には戻ってくるかな」
「明後日……そんなに長いのですか……」
いや移動込みの里帰りと考えると結構短いって……と思わず突っ込むところだったが。やめておこう。
おそらく今のフェルンにとってはとても長いのだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
「フェルン。こういうときに精神が不安定になるのは仕方ないし、私達にとって魔法がうまく使えないことの不安ぐらいはよく分かるよ。
だからさ、シュタルクに強く当たる前に私にも相談してよ」
「なにせ私は師匠兼お姉さんだからね」と付け加えるフリーレンの言葉にも力なく「はい……」とだけ答えるフェルン。
ちょっとしたジョークも混ぜたのにいつものツッコミが無くては張り合いが無くて実にさみしい。
さてさて昨日、フェルンの鬱憤が爆発してしまったきっかけは何だったっけか。些細なこと過ぎて記憶に薄いことだったことだけはよく覚えている。
あー……そうだ思い出した。フェルンがつまずいてコケたりしないようにと庭中の小石拾いをし始めたとかそんな感じの話だ。
まあシュタルクもフェルンのためになら何でもしてあげたかったのだろうとは察するに余りある。
ここ数日は本当にそんなことばかりでフェルンの周りあわただしく走り回っていた。当人はとても嬉しそうにしていた気もするけれど……
が、しかし、流石に小石程度でコケはしないだろう……という呆れる気持ちと、自分の為という理由でシュタルクを不要に働かせたくない気持ちとの掛け算で瞬間的にキャパシティーオーバーとなった……と言った具合だろうか。
(本当はもっと優しく止めたかったんだろうなぁ……)
空になったカップを手放そうとしないフェルンを見てそう思う。
こうも効果があるとは思っても見なかったため、まいったなぁという感じで頭を掻くフリーレンはフェルンの顔を覗き込んで彼女に問う
「……さみしい?」
そう聞くとフェルンは
「はい……、謝りたいから会いたいし、傍にいて欲しいから……寂しいです」
と肯定した。もう少しはぐらかした応えが返ると思っていたフリーレンは少し驚いたように目を開いてから苦笑した。
「最近フェルンは、ずいぶんと素直になったね。数年前とは別人みたいだ」
率直な感想を伝えると、ようやくフェルンが笑顔を見せてくれた
「フリーレン様とシュタルク様には、察してくれるのを待つよりそれぐらい素直に伝えたほうが話が早いというのはここ数年で身につまされましたから」
「じゃあ、今度も素直に伝えてあげないとね」
そう言うと少し伏し目がちにフェルンは「でもしばらくは……」と下を向く。
「フェルン。千年以上を生きる元勇者パーティの伝説の魔法使いの事、もうちょっとばかり信じてよ」
「フリーレン……様……?」
不思議そうな表情で顔を見上げるフェルンにフリーレンは握り拳で胸をトンと叩きながら
「私に任せて。でも次からはこうなる前に自分で仲直りしてね」とフリーレンは笑って答えた。
■稽古をしよう
「よし、こんなもんかなっ!」
「お前……しばらく見ない内に、家庭的になったな……」
食事が終わってからアイゼンの部屋の片付けや、服の洗濯、
武具や防具の整備など徹底的にやり込んだシュタルクは額から流れ出る汗をきらめかせながら非常にいい笑顔で答える。
「そうか? 師匠といっしょに暮らしてた時、俺結構頑張ってたじゃん」
「ふーむ、そうだったか……?」
確かに言われてみれば、そんな気もする……
一見すると大雑把な様で、実は妙なマメさを持つこの男は一度作業を始めると黙々と没頭する。
老人の一人暮らしなアイゼンの部屋は今はすっかり片付き、埃1つこぼれていない。
「まあ、しかし……子供の頃はそんなに家事の知識はなかったろう」
台所でやかんに水を入れて湯沸かしてお茶を入れようとするシュタルクにアイゼンは声を掛ける。
「フェルンと結婚してからさ、色々勉強したんだ。
グラナト卿やオルデン卿のところの執事さんとか色んな人に聞いたり、本で勉強したり」
「……お前にしちゃずいぶん殊勝な心がけだな」
アイゼンの言葉にシュタルクが頭をかきながら「そうかな?」と照れた様子を見せた。
褒められたと受け取ったのならそれはそれでいいだろう。関心はしたのだ。
「子供の頃は座学を嫌ったお前がどういう心境の変化だ」
「うーん……不公平かなと思ってさ」
「なぜだ?」
シュタルクの言葉にアイゼンはストレートに疑問を述べる。
「言葉にすると、きっとフェルンはそんなことはないって怒ると思うんだけど……
それでも俺は、俺の我儘で旅をやめてまで傍にいてくれたフェルンに甘えるだけは嫌で
傍にいるだけじゃなくて、行動で何かを返したかったんだよ」
「……なるほど」
誰かのために進んで動きたがるのは彼らしい考えだ。
とはいえフェルンはあの物臭なフリーレンに子供の頃から寄り添ってきた良くも悪くも世話焼きの少女だ。
本当にいい方向にも悪い方向にも絶妙に噛み合う二人である。
「お前がそう思うのは悪いことではないが、当のフェルンはそれを望んだのか?」
シュタルクは少し苦笑いをしながら
「ちょっと勝手をやりすぎちゃったみたいだ。今動けないフェルンには無理だろうって勝手に決めつけて親切を押し付けちまったかもしれない」
……思っていたよりずっとシュタルクの中身は大人になっていた。
まあ20代も半ばに差し掛かろうとしているので、ヒト種の大人としては当たり前なのかもしれない。
「だから帰ったら、俺の我儘でフェルンの事を手伝わせてほしいってちゃんと伝えようかなって。そうやって返していきたい事をわかって貰おうかなって」
「まあ、好きなようにやってみろ。何かあったら骨は拾ってやる」
満足気に返すアイゼンにシュタルクは苦笑しつつも「大層なことは起きねーよ」と答えた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ところで、帰ったら伝えるにしても、そもそもいつまでここにいるつもりだ?」
部屋を出て、木漏れ日が地面に落ちる森の小道。シュタルクの前を歩くアイゼンは素朴な疑問を口にした。
フェルンの状況は一応アイゼンも聞いている。本来ちょっとした小競り合い程度でシュタルクが傍を離れるべきではないだろう。
「フリーレンがフェルンを落ち着かせるから少しだけ時間をくれって、それがだいたい明日の予定ってことなんだけど」
「ずいぶんと曖昧な目安だな。身体のことがあるにしてもフェルンも聞き分けがない子供でもあるまい、存外に喧嘩別れしたお前が傍にいないことこそ不安に思っているかもしれんぞ」
アイゼンの言葉にシュタルクはキョトンとした表情を返す。その可能性を見落とすのだとすると相変わらず自分の存在を低く見積もる癖は抜けていないようだ。
「そっか、そうだといいな……」
一瞬立ち止まったシュタルクはそう答えてから、小走りでアイゼンのあとに続いた。
「この辺でいいだろう。ほれ」
アイゼンはそう言いながら2本持ってきた木刀の内、長柄の片方をシュタルクに手渡す。
これはシュタルクが普段使っている戦斧に合わせたものだ。
シュタルクも「サンキュー師匠」といいながらそれを受け取った。
「そこそこ頑丈なものを選んだが、武器が破壊されたら負けだ。後はいつもどおり倒れても負け」
「わかった」
これはシュタルクが言い出した稽古試合。
アイゼンとしては今更シュタルクに稽古もなにもないだろうと1度断りはしたが、キャッチボールを親にせがむようにお願いしてくるので結局了承した。
「今のお前が俺に遅れを取ることがあるとするなら、経験の差からくる隙の突き方ぐらいだ。それ以外はもうお前は俺の域をとうに超えている。だからお前はやつを討てた」
「……俺は未だに師匠に勝てるイメージが沸かないよ」
グローブを付けた右手を見つめながら答えるシュタルク。
心構えとケジメの問題か……と、嘆息しながら少し離れた位置でアイゼンは構える。
✧ ✧ ✧ ✧
アイゼンはポケットから1枚のコインを取り出し、親指で弾いた。地面についた瞬間が勝負の開始の合図。
優れた戦士である二人は集中力を高め、動体視力と反射神経がこの瞬間に爆発的に高まる。まるで周りの世界が突然スローになったように感じる。
くるくると回るコインが二人の顔の高さを通り過ぎ、そのまま地面に触れた
――― チィィィン ―――
と、金属のコイン独特の音が二人の耳に届いた瞬間。屈んだ二人は低い姿勢のまま跳躍するように駆け寄り獲物を振るう。
2本の木刀の間から芯のぶつかり合う音が森の中に響き渡り、音の後にわずかに遅れて衝撃が響いて木々の葉が揺れる。
お互い衝撃を殺しながらわずかに後方へと下がった。初手から獲物を壊して決着では元も子もない。
そのままお互いに間合いを詰めながら、撃ち合いといなし合いがしばらく続いた。
(強いな……)
アイゼンの体には勇者一行として旅をしていた頃程の力はもう無いが、技術は決して衰えたりはしていない。
そして、木刀を使ったこの稽古試合は力より技を問う訓練だ。それでも、シュタルクの技は確実にアイゼンへと追いすがってくる。
シュタルクが振りかぶり縦一閃の一撃を放とうとした瞬間、アイゼンは足下にあった石礫を蹴って飛ばし態勢を崩させようとする。
わずかに横へとずれて体幹を崩すことなくそれをシュタルクは躱す。相手の行動を予測と想像をしていなければ出来ない動きだ。
対象の動きをよく見ており、感覚だけに頼らずに思考を巡らせている。
1年近く前に久しく再会した時は、出会い頭の虚を突いてアイゼンはシュタルクから一本を取った。
この時にアイゼンはシュタルクの未熟さを戒めたが、どうやら日々しっかりと成長をしているようだ。
拮抗する二人の戦士の業は彼らの精神力と体力が持つ限り延々と続くが、少しずつ終焉に傾きつつある事もわかってきた。
「フフッ……、はははッ……」
撃つたびにわかる。攻撃をいなし、躱し、返す刃の一撃は着実にアイゼンの想像と期待値を超えてきている。
アイゼンは久しぶりに声を上げて笑ってしまった。
「どうした!師匠! なにか面白かったか!?」
「ああ、面白いな! ……いや、嬉しいのかもしれん……なぁ!」
「そうか……っよ!」
お互いに同時に放った横薙ぎの一撃が交差しぶつかる。
その衝撃に森全体が揺れるかのような振動が走った。
ぶつかりあった震源の中心の場に二人の姿は既になく
アイゼンとシュタルクはその衝撃を殺すようにバックステップで間を空けて後方の地面に降り立つ。
「……残念だが、そろそろ獲物が限界だな」
「そっちこそ」
「じゃあ次は最後だ」
格上が相手でも倒れなければ負けない、そんな風にシュタルクに教えたのはいつの日だったか。
一度も倒れること無くこうして戦える程の実力になった愛弟子とそれを育ててくれた全てに感謝をしたい。
万感の思いを込めてアイゼンは木刀を振りかぶる、シュタルクも同じ構えだ。
初撃と同じ低くした態勢から、今度はなんの合図も待たず感覚のみで飛び込み
お互いに今振り絞れる全力の一撃を解き放った
✧ ✧ ✧ ✧
「――むっ……」
ふと気が付き、ムクリと起き上がる
「師匠、気がついたか!」
安堵したような声が隣からかかってきた
「俺は……気を失ったのか?どれぐらいだ?」
アイゼンは両手を広げては握る動作を繰り返してから体の各所の調子を確かめながらシュタルクに問いかける
「5秒ぐらいだよ。師匠の木刀が割れて、攻撃が直撃しちまった……体の方は大丈夫か?
あててて、俺も体中しびれて動けないや」
「問題ない。それと……」
単純にここまで詰められたのは随分久しぶりなのかもしれないなと、アイゼンは苦笑する。
「この勝負はお前の勝ちだシュタルク。お前はもう俺より強い」
負けを認めてしまうこと。今は存外に悪い気持ちではない。
その言葉を聞いたシュタルクは意外そうな顔をした。
「ははっ、ははは……」
もしかしたら初めてかもしれないな……」
というシュタルクにアイゼンは「何がだ?」と問う
「師匠が俺のことを真正面から賞賛してくれたこと」
「んん?そんなことはないだろう。なにか出来た時はいつも褒めてやってるだろう?」
失礼な、そんなことはないだろうと憮然として表情を返すアイゼンだったがシュタルクは退かない
「いーや、よく思い返してくれよ。師匠はいつもそういう時出来て当然だみたいな言い方してたぜ」
「む……そうか、気をつけよう」
頼むぜー。と言いながら座り込んでいたシュタルクは地面に大の字になる。
「これで。恩は返せたかな?」
己を超える戦士となること。それを頼んだ訳ではない、だがシュタルクはそうあってくれた。
「……そうかもしれんな。お前に全てを叩き込んだこと、フリーレンと共に旅をさせたこと。何も間違っていなかった」
シュタルクと逆サイドにアイゼンも大の字になる。アイゼンも今しばらく動けそうにない。
「俺に人生に何かが残ったこと。
お前がそれを受け取ってくれたことに……
そうだな、満足している。」
髪色も、体格も顔つきも、種族すら違うこの二人は同じ戦士であり
同じ体勢で笑い声を上げるその様子は誰から見ても確かに親子の姿だった。
■お久しぶりです
「それで、結局どうするんだシュタルク」
クールダウンも落ち着きようやく体が動くようになってきた頃にアイゼンはシュタルクに確認した。
シュタルクは「よっこらせ」といいながら体を起こす。
「色々吹っ切れた。迷うことも、遠慮することも、なにもないんだろうな。
いちばん大事なことは、どう思われたって、全部ぶつけるしか無くて。そうだな……
俺は今、今すぐにでも、フェルンに会いたい。会って抱きしめて、話がしたい」
にかっとした笑顔でアイゼンに笑いかけるシュタルクは言葉の通り迷いも全て吹っ切れたような顔をしていた。
「恥ずかしげもなく……まあいい。
なら、こんな所でへばっている場合か」
「そうだよな。フリーレンに悪いけど、荷物をまとめて急いで帰るよ」
シュタルクはよろよろと立ち上がりながら行動を始めようとした瞬間
「――それには及ばないよ」
と、聞き覚えのある声が聞こえた。
二人が振り返った瞬間、そこにいたのはフリーレンと防御魔法によく似た薄い膜のようなものに包まれて浮いているフェルンの姿だった。
ちなみにフェルンは耳を赤くした状態で明後日の方向を見ている。
「フェルン、下ろすよ?」
「……はい」
ゆっくりと地面に降りてからフェルンはアイゼンに深く一礼した後もシュタルクの方を見ようとしてくれない。
してはくれないが、おずおずと両手をシュタルクの方向に差し出した。
「あの……フェルンさん?」
「………」
シュタルクは頭をガリガリと掻いてから「聞いてたのか」とぼやく。
ならば仕方ない。二言はないと、もつれそうな脚を引きずりフラフラとフェルンのもとに歩み寄る。
「ごめんな……」
シュタルクはフェルンの身体の負担にならないよう、差し出された腕の下から背中と腰に腕を添えて柔らかく、
ゆっくりと抱き寄せると、フェルンはそれが定位置だというようにシュタルクの首筋に腕を回した
自然とシュタルクの耳元に当たるフェルンの横顔。
耳に入ってくる彼女の吐息からは心の底から安堵するような大きな息づかいが聞こえた。
「……謝らないでください。シュタルク様は何も悪くないのですから」
「うん。ごめん」
「もう……私の方も、きつく言ってごめんなさい」
その姿のまま、しばらく動きそうに無い二人を傍目にフリーレンはアイゼンに手を差し伸べる。
「立てる?」
「……ああ」
アイゼンはフリーレンの手を取って立ち上がった。
「来る途中凄い音が聞こえたよ、普段どんな稽古をシュタルクにつけていたの?」
「シュタルクが小さい頃は流石にもう少し、控えていた」
「どうだか……」
「これ以外のやり方を知らん」
フリーレンとしては大切な愛弟子を守る最強の戦士を生み出してくれたその手腕に是非はないが、
親子揃って加減を知らずに不器用なことだと薄く笑う。
「念入りに結界も貼ったし、しばらくあのままだろうから、とりあえずアイゼンの家で休ませてもらっていい?」
「どれぐらいだ?」
「いつもなら、10分ぐらい」
フリーレンの言葉にアイゼンは呆れるように嘆息する。
「いつもってなんだ」
「いつもはいつもだよ。
小競り合いしているなーと思ってしばらく時間をおいたら大体ああなってる。
フェルンが納得するまで離さないんだよ」
なんとも言えない表情をするフリーレンをみてアイゼンも察する。
冷戦状態なんていうから心配したが、損をした。
「まあ、最近の中では規模の大きめの小競り合いだったのは間違いないよ」
「大きい小競り合いってなんだ……」
本当に動きそうにないので、アイゼンは折れた木刀とシュタルクの使ったものを回収してフリーレンと共に小屋に帰ることにした。
残った二人は……そう距離もないし、シュタルクもいるから大丈夫だろう。
✧ ✧ ✧ ✧
「満足したか?」
シュタルクとフェルンがアイゼンの小屋に戻ってきたは30分程してから。
二人は俗に言うお姫様だっこの状態で帰ってきた。
「いえ、これはシュタルク様が今の私に山道は危ないから任せろと……」
「いや、そういう話じゃない」
シュタルクに言ったつもりだったのだが、フェルンが帰り着いた時の姿のことを刺していると勘違いして答えてきた。
慌てて訂正するほど恥ずかしいなら家の前でおろしてもらえば良かろうと言おうかと思ったがやめた。
フェルンとはまだ、会釈以外の挨拶もそこそこなのだ。
「まぁ、なんというか……今更だが久しいなフェルン
壮健そう……というべきなのか判らんが、元気そうで良かった」
フェルンの今の状態はあまり外には知らされることはない。
そのため、事が無事に済むまでは会うことはないかと思っていたが妙な形で再会してしまった。
「はい、アイゼン様もお変わり無いようで」
「ああ」
自分から会いに行っても良かったのだが、アイゼンが居ると結局は気を使わせてしまう。
少なくともシュタルクはアイゼンの相手をしだすだろう。そうなるぐらいなら落ち着いてからでいいだろうと思っていた。
フェルンの今の新しい命の息吹を感じさせるその姿は、シュタルクたちが幸せに過ごしている証拠なのだろうとは思うが……
アイゼンはフリーレンに向き直って問う。
「これも今更の話だが、連れてきてよかったのか?フリーレン」
「予定ではあと3ヶ月ってところらしいよ。目立つのは良くないけど、私が気をつけていれば外出には問題ないよ。
まあ、安静にしているに越したこと無いけど……あんまり閉じこもってばかりだとフェルンもストレスが溜まって暴れちゃうから」
横目でフェルンを見るフリーレンだったが、その視線に気づいたフェルンはムッとした表情に変わる。
「そんな事はしません、子供扱いしないでください」
「そうだね、もうすぐお母さんになるしね」
まだまだ反論ありそうという雰囲気のフェルンを「フェルン、どうどう落ち着いて」となだめるシュタルク。
そんな姿を見届けたフリーレンは
「ちょっとした喧嘩が起きてクールダウンさせようと思ったんだけど、結局二人一緒に居るのが一番が安定するみたいだ」
向こうで「どういう落ち着かせ方ですか!」「ごめんよぉ」と言い合っている二人を見て嬉しそうに言うフリーレン。
「比翼の鳥と連理の枝か……」
「なにそれ?」
「あの二人のことだ」
おそらく、言葉の意味そのものの事を聞いたのだろうが曖昧な回答にフリーレンは首を傾げた様だった。
「??、まあいいか。フェルン!アイゼンに言いたかったこともあるんだよね」
「あ、はい。そうでした」
ふと気づいたように、我に返るフェルン。
「なんだ?」
心当たりのないアイゼンは素の疑問を返した。
フェルンの隣でアイゼンと似たような表情をしていたシュタルクはフェルンから耳打ちをされると
納得した表情に変わり、「あの事か」とぽんと手を叩く。
■名付けの親
手を繋いだ夫婦はお互いに目を合わせてから微笑み
「アイゼン様」
「師匠。お願いがあるんだけど」
「お願い?なんだ?」
今更アイゼンにできることなどそう多くはないのだがと思いながら続きを促す。
「アイゼン様。私はいつか、アイゼン様と交わした約束をもうすぐ果たせそうです」
「ああ、そうだな」
「だから。その時にお礼を頂きたく」
なるほど。そう言われては答えざるを得まい。
「俺に出来ることなら何でも構わんぞ」
眼の前の二人は昨日まで夫婦喧嘩をしていたのが嘘のように微笑み合う。
「この子が男の子だった時、師匠から名前をもらいたいんだ」
「ほう」
アイゼンはヒゲを撫でる仕草で考える
「いいのか? 恩人に決めてもらうにしてもフリーレンも居るだろう」
「はい、だから女の子だった場合はフリーレン様に決めていただこうと思います」
「なるほどな」
つまり女児の名前をフリーレンに、男児の名前を自分にという訳かと理解する。
「そういうこと。アイゼン。お願いできる? 男の子らしい名前って何にしたらいいか私にはわからないしさ」
「まるで、女の子らしい名前なら任せろという口ぶりだな、フリーレン。なんなら俺はそちらでも構わんぞ」
「やめてよそういうの……、頑張って考えるから……」
なぜかフリーレンは中腰でジリジリとアイゼンに構える。
どうやら、どうしても譲りたくない一線はあるらしい。
「わかったわかった。男児だった場合の名前を俺が考えればいいんだな。
俺の趣向で考えるぞ。それでいいんだなシュタルク、フェルン。納得できなかったら自分たちで考えろよ」
「そんな事しないよ」
気楽に応えてくれるが、シュタルクとフェルンの期待がちょっと重い……
子供の人生に関わるし、まずは100ケースほどリストアップして絞り込むかと独りごちる。
いや、その前に確率の問題の方をはっきりさせておこう。
「ちなみに、生まれた子が女児だった場合は俺はお役御免でいいか?」
という素朴なアイゼンの疑問に真っ先に反応したのはフェルンだった
「いえ、その場合はまた次の子に……」「……うん?」「え……?」
なるほど。まあ、考えておくしか無いかとアイゼンは理解する。
一方でフェルン、シュタルク、フリーレンは何やら騒がしい。
「……え、フェルン!?」
「あれ……?違ったんですか?」
「いや、ち……がわない……のか?」
「頑張ってね」
「……頑張りますよね?」
「えっ、俺!? ……頑張る……のかな? うん、頑張るよ!頑張ろうな、フェルン」
「え、あっはい……頑張りましょう」
バタバタとする3人を傍目に、アイゼンは嘆息をする。
やたら頑張るらしいが、何に頑張るんだお前らは……
「要するに、無駄にならんように次の子の計画はするという話だろう?
何を騒いどるんだ?お前らは」
「アイゼンは知らないかもしれないけど、色々大変なんだよ」
「おおよそ手順は知っているが……なぜフリーレンが得意げに答えるんだ」
「と、とにかく考えておいてくれよ師匠!」
収拾がつかなくなると見たのか妙なことをフリーレンが口走らないのか心配になったのか
シュタルクはフリーレンの口を塞ぎながら割り込んできた。
まあ、なるようになるだろう。
「わかった。あと、できるだけ予定日前に呼べ。
周囲の護衛ぐらいは俺とフリーレンがやってやる」
「私も?」
「当たり前だ」
✧ ✧ ✧ ✧
「本当にここでいいのか?」
アイゼンの住む森を抜けた中央諸国の街道沿いの道。
真っすぐ行けばクレ地方の村の位置までたどり着く。
「ああ、師匠ありがとうな。あと色々巻き込んでごめん」
「……基本、暇な隠居生活だ。時々これぐらいのトラブルが迷い込んでも退屈せずに済むぐらいの話だ」
「そっか、でもごめん。出来るだけ心配掛けないようにするよ。
なあ、フェルン」
殊勝なことを言ってくれるシュタルクだが、その腕には彼の妻であるところのフェルンが恥ずかしげに収まっている。
来る時はフリーレンが魔法で運んできたようだが、帰りにあたって
『シュタルクがいるならシュタルクが運んでよ。シュタルクはフェルンの旦那さんでしょ』
ということだ。まあ、わからないでもない。
腕の中に収まる当人も恥ずかしげにはしているが嫌がってはいない。
シュタルクの呼びかけに「はい」と答えたフェルンは意を決したようにアイゼンに向き直る。
「アイゼン様。お約束した件は必ず守りますので待っていてください」
と覚悟を新たにする。
お願いはしたのだが、あまり重く捉えられても困るのだが……
「フェルン。ああ言ったがそう思い詰めなくてもいい。
その子はお前たちがそう望んだから、大勢の人がお前達の幸せを願ったから今そうして生まれようとしている。
だから、気にするな。誰かのためじゃなく、他ならぬその子のためにだけに出来ることをやってやれ」
「アイゼン様……」
「シュタルク、お前が支えるんだぞ。今度はいい感じにだ。やりすぎるなよ」
「わかってるしなんでもやるけど、ちょっと言い方厳しくない?」
ちょっと涙目でぼやくシュタルクに戦士とはそういうものだといいながらフリーレンに向き直る。
「フリーレン、お前にばかり負担をかけてすまんな。フェルンはもとより、シュタルクのこともよろしく頼む」
「負担なんて思ったこと無いよ。私もすごく楽しみにしているんだ」
出会った頃のフリーレンならいいもしないであろう言葉だなと何となく思う。
悠久の時間を生きるエルフはこの十数年で本当に感情豊かに話すようになった。
「フェルンとシュタルクの子供だ。きっとかわいい子が生まれる。たくさんの事を教えてあげたい。
ヒンメルのこと、ハイターのこと、アイゼンや私のこと、フェルンやシュタルクと出会ったときのこと
君が生まれてきた世界はたくさんの素敵な出会いに満ちているのだと」
両手を広げてそう告げるフリーレンにアイゼンは
「そうだな。それは俺も手伝おう」
表情の見えにくいアイゼンにしては珍しく、3人にもわかるような笑顔で答えたのだった。
■それから
「で、兄様の名前はお祖父様から頂いたのですか」
「そうですね」
それからおよそ10年後。
フェルンに似た引き込まれるような大きな瞳に深い紅を封じ込めて、鮮やかな赤い髪をした少女は先の件で生まれた男の子の後に生まれた妹の女の子。
その娘は台所で紅茶とクッキーを用意する母の様子を見ながらカウンター席に頬杖を突きながら母の思い出話を聞いてきた。
「その後、私はフリーレン様に考えていただいたと……
お祖父様に考えてもらっていたらどうなっていたんだろう?」
フリーレンは生まれ落ちた女の子の真紅の瞳を見た瞬間に名前を即決した。
対してアイゼンは複数の候補を挙げ、シュタルクと相談しつつ丸1日の熟考の末に決めていた。
普段、時間にルーズなフリーレンのほうが決断と思い切りが良いのはちょっと面白かったが
アイゼンの考えた女の子の名前というのも少し聞いてみたかった気はする。なにせとにかく勤勉な人だ。
どういう名前であれば愛らしく響くのかなどを綿密な調査の上で考えただろう。
「今度会ったときに直接聞いてみたら?」
と、複数のカップに紅茶を注ぎながらフェルンが答える。
「教えてくれなさそう……」
「まあ、恥ずかしがり屋ですからね」
注文になかったことは検討していないとごまかす姿が目に浮かんでつい苦笑してしまう。
そうしていると娘は思い出したように素朴な疑問を問うてくる。
「それで結局、喧嘩はその後収まったんですか?」
「どうかしらね……」
結局、シュタルクはその後……元通り甲斐甲斐しくフェルンの身の回りのことを手伝い続けることにしたようだった。ただ少なくともフェルンに相談するようになった。
フェルンもシュタルクの行動を認めるようになった。そんな所でピリピリしても結局何も得をしないと身にしみて理解したからだ。ただ、小さな不満は小さい内に伝えるようにした。
そうして少しだけ前より歩み寄り方を覚えて不器用な夫婦は少しずつ器用になっていく。それでいい。
「はい、クッキーとお茶の用意できた。みんなを呼んできてお茶の時間にしましょう」
「はーい。って、書斎で頭抱えてる父様には?」
シュタルクは休日だというのに街の方から出てきている嘆願書や許可申請の書類と格闘中である。
それでもずいぶん手伝って減らしてあげたのだが何にでも親身に、真剣になってしまう夫はこの手の書類処理に良くも悪くも手間暇をかけがちだ。
何にでも親身になって考えるからこそ、彼のもとには人が集まってくるのはあるのだが。
「お父さんのお世話はお母さんの仕事です」
「はいはいわかりました、じゃあ父様以外を呼んできます」
そう言ってパタパタとフリーレンの居るであろう蔵書庫に向かっていった娘を見送ったフェルンはエプロンを外してシュタルクのいる書斎部屋に向かう。
なんせこのままでは夕飯の時間になっても出てこない。
ドアをノックして声を掛ける
「シュタルク様、お茶を用意しました。あちらで少し休憩を挟みましょう」
「あーい」という返事と共に開く扉から顔をのぞかせたシュタルクは休日のためか、仕事モードのフォーマルスタイルではなく旅の頃から馴染みのあるツンツンヘアだ。
「あとは……
お忙しい様子なのでその後は妻の手も借りたい所ではないですか?私もお夕飯の準備までは手が空きます」
笑顔でそう伝えるとシュタルクは
「うう、フェルーン、ありがとー」
涙目になりつつ、両手を掴んで礼を言ってくる。
そんな姿にやれやれと苦笑いしながらフェルンはシュタルクの手を引いた。
こうして世話を焼き合って生きていくのが自分たちなのだろうと感じながら今日も一日があわただしく過ぎていく。
これもまた1つの幸せの形であろう。
~ fin ~