葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

14 / 34
蝶の髪飾りを外した日

■ある朝の風景


 

中央諸国 クレ地方 元戦士の村

 

20年以上前、その地には優秀な戦士たちを排出してきた戦士の村があり、その者たちにより辺り一帯の平穏が治められていたという。

しかし、魔族達の大攻勢により村は滅び、長きにわたり廃墟が広がり魔物の跋扈する手付かずの土地となっていた。

 

村が滅びてから十数年の時が過ぎたある日、伝説の魔法使いフリーレンとその弟子の魔法使いフェルンと戦士シュタルクがその地に訪れ、魔物を一掃し、彼らはその地に根を下ろした。

若い冒険者だったシュタルクとフェルンはそうあるのがごく自然であるように家族となり、さまざまな人達の支えのもとにその地の復興に尽力したと言われている。

 

……そして、それから更に十数年の時が過ぎた。

 

「そろそろみんなが集まってくるから、このお皿並べてもらえますか?」

「はい、お母さま!」

 

小さな村にある彼らの家の中央。

家族団らんの場である居間の隣に設えられたキッチンでは長い紫の髪を揺らし料理をするフェルンと、

その間のカウンターへ踏み台越しに頭をのぞかせる、まるでフェルンをそのまま幼い少女にしたような女の子の2人が一家の朝食の準備に追われていた。

 

「ただいまー。フェルン。薪割り終わったよー」

そう言って笑顔で部屋に入ってきたのは赤い髪と瞳が特徴的な戦士シュタルクと

「……いつものことだけど、朝から二人でやる量じゃないよ、あれ……」

汗だくで疲労困憊といった表情の青紫色の髪の少年。

髪の色こそフェルンに近いが、三白眼とハネた髪型は少年時代のシュタルクを思わせる見た目。

 

シュタルクはそんな我が子の頭をポンポンと軽く叩きながら

「まあ、爺さんたちの工房の釜の燃料もあるからな」

と朗らかに笑うが少年は憮然とした表情でその手を両手で受け止め

「なんで工房の燃料まで俺達でやってんのさ!」

と抗議の声を上げるが、シュタルクは「まー、そう言うなって」と笑顔で受け流した。

 

「おかえりなさい、シュタルク様にシュタアル」

「お父さま、シュタアル兄さま!おかえりなさい」

 

少女は父の姿を確認するとすぐさまテーブルにお皿を置いてから父親の足元に駆け寄って嬉しそうにしがみついた。

 

「エリシア、ただいま。お父さんは今汗臭いから、あんまり触っちゃだめだぞー」

「お仕事頑張ってきたお父さまは臭くなんてありません」

「そんなこと言ってくれるのウチだとお前だけだよ……」

 

ちょっぴり涙目でそう語ったシュタルクは

愛娘を愛おしさのあまり、抱き上げようとしたが、その瞬間――

 

「あなた、ストップ!

 明らかに汗臭いので、シュタアルと一緒に汗を流して着替えてからにしてください」

 

鋭く制止の声をかけてきた妻の声に、条件反射的にピタリと止まる。

 

「言い方ぁ……、お風呂とか沸いてないよね?」

「水は張ってます」

「冷たい!でもありがとう」

 

そんな伝説の魔法使いフリーレンと共に旅をしていた時代の英雄とも呼ばれる夫婦、シュタルクとフェルンとその家族の朝はだいたいこのような感じだ。

 

父と兄を見送った少女は台の上に登り、またカウンター越しに顔をのぞかせてフェルンに問う。

 

「フリーレンさまとティア姉様は?」

「朝食が出来上がる頃に起きてくるでしょう」

 

上着を脱いで「父さんいくよー」と風呂場に向かう子はアイゼンから"鉄を超える鋼(アイゼンを超えるもの)"と名付けられた長男シュタアル。

遅くまで魔導書を読み漁っていたのか、フリーレンと抱き合う形で熟睡し「兄様……そこはだめですぅ」と寝言を言っているのはフリーレンから"深紅の瞳"と名付けられた長女ティアフォート。

そして、楽園を冠する名、エリシアと呼ばれた少女は彼らの3人目の子。今は末の妹。

 

紫の髪と少し朱の差した瞳、姿のおおよそはほぼ母のフェルンの血を感じさせる少女。

 

「お料理も焼き上がったし。2人が戻って来る前に盛り付けましょう」

「はい!」

 

これはその少女のちょっとした奮闘の物語である。

 

■母の後ろ姿


 

「ねえ、フェルン」

「なんですか?フリーレン様」

 

一番最後に起きてきたフリーレンは申し訳無さそうな、納得行かないような微妙な顔をしつつ、愛弟子でありこの家のお母さんであるところのフェルンに声を掛ける。

 

「……朝の準備、大変でしょ? だからそのー。起こしてくれたら私もちゃんと手伝うんだけど……」

「フリーレン様とティアを起こす労力に比べると大した苦労ではありませんよ」

「「うっ」」

 

まあまあ寝坊を自覚した2人はシュンとうなだれているが、そんな様子も顧みずフェルンは温め終わったコーンスープをお皿についでいく。

特別怒った様子はないが、こういうところでポイントを稼いでおかないとどこかで爆発した時に小言を言われてしまうのは長年の経験からフリーレンもわかっている。

 

「まあ、肩揺らしたぐらいだと起きてくれないからなーフリーレンは」

 

と、汗を流して着替えてきたシュタルクが居間に顔をのぞかせつつ会話に割って入る。

が……

 

「あなたとシュタアルはもう少しちゃんと髪を乾かして。水滴がしたたってます」

「――わっ、ぷッッ!」

 

フェルンは指を二人に向けながら魔法で温風を2人に浴びせかける。

簡易の生活魔法とはいえ杖なし即射発動の魔法は結構な高等技術だ。が、フェルンは難なく使いこなす。

 

(お母さまはすごいなぁ……)

 

高等な魔法を使いこなし、家庭内の家事全般を取り仕切りながら、日中は父のシュタルクと共に領地の管理業をこなす。

時々、協会が立てた近隣の初等の魔法学校で特別講師としてフリーレンとともに教鞭をとることもある。自慢の母親。

 

「さて、準備が終わりました。エリシアもお手伝いありがとう。

 フリーレン様とティアは一度顔を洗ってきて、皆揃ったら朝ご飯にしましょう」

 

パンっと手をたたきながら朝の準備の完了を告げるフェルン。

 

「はい……、あの……洗い物は……」

「私とフリーレン様でやります……」

と順に言いながら、洗面所に向かうフリーレンと娘の姿を見ながら。

「はい、お願いしますね」 と告げる母は顔こそ満面の笑みだったが目が笑っていなかった。

 

……まあ、とにかく、エリシアにとって母は凄くて綺麗で憧れの女性である。

 

そんな事を思いつつ居間のテーブルに向かうフェルンの後ろをパタパタと追いながら少女が見上げる視線の先に見えるのは、フェルンが幼い頃から愛用している銀の蝶の意匠がしつらえられた髪飾り。

母の綺麗な長い髪をまとめつつもアクセントとなる銀のアクセサリー。

大切に扱われてきたのか、少女の年齢より長く母と寄り添っているのにまだ輝いて見えるその髪飾りが少女はとても好きだった。

 

「ん? どうかしたの?」

「――いえ、なんでもありません」

 

自分もいつの日か、もう少し大きくなって髪を伸ばしたらあんな綺麗な髪飾りを付けられたら……

理想の像に少しでも近づけるのだろうか?

 

小さな少女は母の姿を見ながらそんなふうに思う。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんな母に憧れる少女にとって気になることが1つ。

フェルンは入浴時や就寝時を除けば、本格的な水仕事をするときや部屋の掃除をするときなど、髪を後ろでまとめる時があり、このときばかりは髪飾りを外す。

母の髪に舞う蝶はその時はいない。おそらく当人は気にはしていないだろうけど、少女にとってはそれはちょっとだけ……淋しいことだった。

 

そんな時、髪を整える時に使っている母フェルンの化粧台に鎮座している髪飾りを見て思う。

 

(こんな時になにかいいものはないでしょうか?)

 

■特別な日


 

シュタルクとフェルンの一家にとって誕生日とは特別なものだ。それは、子供だけではなく大人も等しく大切にしている。

これはエリシアが産まれるもっと前、父と母が出会うきっかけとなった旅をしていた時期からそれとなく習慣化したものだと聞いている。

現在はもちろん、大人の誕生日に対して子供たちがなにか強要されることなどはない程度のお約束。

 

……が、しかし、昨年の事。シュタルクは妻のフェルンの誕生日前にあまりの忙しさに準備が間に合わず、長男の少年を巻き込み連名で肩叩き券(と言う名の延長申請)を渡した結果。

1週間にわたり、夕食の主食のおかずが一品減らされる……どころではなく一品だけになるという静かな怒りを買った。

シュタアルは完全に巻き込まれ事故だが、今年からはちゃんと何か考えようと反省したらしい。

少しだけ大人になった彼は、母や妹たちの誕生日になにか用意するようになった。

 

ちなみに、幼いエリシアに理由がわかる由はないが、上記の事件後にしばらくは朝方に少々疲れ気味な父と何やら肌艶が充実した感じの母を見ることになったという。

父のシュタルクはなんやかんやタフな人物なので置いとくとして、母のフェルンが嬉しそうなのであればそれはそれで良いかなと思ってはいたが、あれは何だったのか。

よくわからないがいろいろあって、母の怒りは手打ちになったらしい。

 

それはさておき誕生日プレゼントだ。

いつもであれば、姉とフリーレンと共に街に出て大きめのケーキの注文をして母にプレゼントとして渡すというのが定番だったが、いい機会なのかもしれないと思った。

 

とはいえ……

フリーレンからもらった『大きさの割に結構な額まで貯められる魔法式の貯金箱』の中身を振って手持ちのお小遣いを出してみると、母に似合うアクセサリーを用意するにはおそらく心もとない……

エリシアはまだ幼く、家事手伝いのお小遣い程度のお金しかもらっていないため大金は持ち合わせていないのだ。

 

うーむどうすればいいでしょう……?と思案した結果。

 

「そうだ!うってつけの人がいます!」

 

まずは第三者で頼れる人間に相談から始めることにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「んで、悩みごとがあるって俺のところに来たってか?」

 

父と母曰く、頼れる僧侶だが生臭坊主と名高いザインさま。

聖都まで用事があったからということで経路上にあるクレ地方の村まで遊びに立ち寄ったそうである。

「ちょっとの間滞在するから、部屋貸してくれない?」ということで、昔建てたプレハブ小屋を改築した部屋で寝泊まりしている。

お友達のゴリラさん?ゴリラのお友達さん……?と合流するまでにまだ少し時間があるということらしい。

 

「客間に泊まっていけばいいのに」と父のシュタルクが伝えた時にうんざりした顔で

「幸せそうな家族の団欒に男一人混ざり込むと死にたくなると思うから勘弁して」と言っていたのをエリシアも覚えている。

 

「はい。ザインさまはお父さまやお母さまの誕生日に八面六臂の大活躍だったとフリーレン様から聞いています」

「間違っていないようで、随分話が盛られているような……」

 

ザインはアドバイスはいろいろした気がするけど大活躍かと言われるとよく分からん。

などと考えつつも「まあ、詳しい話を聞こうか」部屋に招き入れた。

 

■欲しいもの


 

「なるほど、フェルンが、髪飾りを外した時に代替できるアクセサリーね」

「はい」

 

渡された貯金箱の中身を確認する。

いろいろ手伝いをしてコツコツためたということだが、入っている金額を見て納得した。

そりゃまあそうだろう。このぐらいの年齢の娘に大金を渡すのも間違っている。

 

ザインはうーむという姿勢で考え込む。

 

「流石に大人一人のアクセサリー買うには厳しいな……」

「そうなんです……なにかいい案はないでしょうか?」

 

小さい女の子が困った顔で懇願してくるといい大人としては無下には出来ない。

いや変な意味ではない。誓ってだ。年上……である必要性がそろそろ無くなってきたがザインは大人なお姉さんが好きなのだ。

 

そんな様子を見る少女は小首をかしげる

 

「ザインさま?」

「あー、いやなんでもない」

 

まあ、片付けるべき問題は2つだ。「安価でどうやって入手するか」「足りない資金をどうするか」。

後者は……何ならザインで用立ててもいいが、子供に金銭を……となると流石にいろいろ問題もありそうだ。

お菓子を買う程度のものならともかく額が大きくなるとフェルンの怒りを買う。後でシュタルクに持ちかけよう。

 

「ま、とりあえずは専門家に聞くのが一番だ」

 

膝をパンと叩いたザインは腰を上げ、ついでに少女の頭を撫でつつ立ち上がった。

めっちゃ髪がツヤツヤしてるなこの娘……、フリーレンが合うたびに頬ずりしたり撫で回している気持ちがちょっとわかった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「で、儂のところに聞きに来たというわけか」

 

いや、それ数十分前に俺が言った台詞な……とは口にせず表向きは肯定する。

ザインは足元にいる少女の背中を手でぽんと叩いた。

 

「娘が母親の誕生日にプレゼントを作りたいってことだ、いい大人としては手伝ってやりたいだろ」

「ティシュレーさん、お願いします」

 

ペコリと頭を下げる少女に「うーむ」と髭を撫でる白髭のドワーフ。

彼は父と母の村の立て直しにエリシアが生まれる前から関わっている工房長のティシュレー。

 

「いや、儂の気持ち的には無料で引き受けてやりたいんじゃがのう」

 

シュタルクとフェルンの子供達の事は産まれたときから見守ってきた。本音はもうなんでもお願いを聞いてあげたい。あげたいのだが……

 

「シュタアルの小僧の注文以降、親族割引の禁止と入出金のチェックを言い渡されてな……」

 

というティシュレーの言葉に

 

「あいつなんかやったの?」

「シュタアル兄さまの注文ですか?」

「今、兄様の話をしました?」

 

と口々にコメントを述べていたら、なんか一人増えた。

 

「うぉ……妹のほうか」

 

ザインの言葉に「違います、お姉ちゃんですよー」と言いながらエリシアを後ろから抱きしめて撫で回す少女。

少し外ハネのする赤い髪、引き込まれそうな深紅の瞳。エリシアの姉に当たるティアフォートだ。

 

「なんじゃお前も来たのか」

「母様の課題が終わってしまったので、からかおうにも兄様も朝食後どこかへ行ってしまいましたし

 少し外に出てみたらこの子の姿を見かけたので来てみました」

「おまえ、もうちょっと兄ちゃんのことを大事にしてやれよ、あいつ頑張ってるよ」

 

真顔でちょっとひどい事を言う少女にうんざりした顔でコメントするザイン。

 

「何を言います、世界で最も兄を敬愛し、大切にしている妹は私以外いませんよ」

「あー、そう……」

 

この娘はエリシアとは方向性の違う性格。ザインの知る限り小賢しさだけはいったい誰に似たのかというレベル。

ああ言えばこう言う子なので基本的にレスバはしないのが得策だ。

 

「ティア姉さま……苦しいです……」

と少女の中で、少しくすぐったそうに訴える妹を見た彼女は……

「世界一かわいいあなたが悪いのですよー」妹を抱きしめたまま擽り始めた。

 

そんな様子を見ていたティシュレーは言い難そうに

「話し続けていいかの?」

と訴えて来るのでザインは「ごめん、続けて」と返した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「前に、シュタアルの小僧から剣の発注を受けての。

 なかなかに無理難題の多い物を注文してきたのでな……面白そうなので言い値で受けちゃったんじゃが」

「あー、なんか持ってましたね。あれティシュレー様が作ったんですね」

 

腕を組んでとくとくと語るティシュレーに、ティアフォートは相づちを打つ。

 

「いろいろ面白くなって、作ってたら予算オーバーしてのう」

「職人がやりそうなやつだな」

 

半眼になりながらザインが応えると、ドワーフのティシュレーはおどけた調子でテヘペロの仕草をしながら

 

「お前らの母ちゃんと秘書連中にバレちゃってめっちゃ怒られた」

 

その場の全員が 「あ~~~」 といった反応で回答する。

この村はさまざまな支援は受けてはいるものの、収入のメインはシュタルク、フェルン、フリーレン3名や他の面々の出稼ぎによるところも大きい。

交易街が賑わえばもう少し変わるのだろうけど、妙な使い込みには厳しくなるのは仕方ない。

 

「あの玩具みたいなものにどんな予算が……」

ティアの呆れてこぼした一言に一瞬ティシュレーが固まる。

 

「……はいはい、出た出た。玩具みたいなもの!お前の母親も似たようなこと言いおったわ、漢のロマンの判らんやつめ!」

「母様も言ったのであれば概ね事実ではないですか?」

「かぁー、これだから魔法だけで全部片付けようとする連中は……、武具と道具は夢が詰まっとるんじゃぞ」

「兄様はご自慢の武具で、練習用の棒を構えた父様に一本も取れていませんが」

「あの大陸屈指の怪物にいい武器構えただけで勝てるか!

 いいか、あれは刃をアタッチメント状に付け外しできるだけじゃね―ぞ。

 あの小僧に合わせて杖と聖典の特性も持ち合わせとる。更にはオプションの魔力を込めたカートリッジを挿すことでだなぁ――」

 

なんか妙な言い合いが始まったのでザインは「あの2人仲悪いの?」とエリシアに聞くと

「ティア姉様は、家族外でシュタアル兄さまと仲の良い人にはだいたいあんな感じです」

としれっと応える。

 

『俺はそんなふうに評せるお前がちょっと怖いんだけど……』とは言わないことにした。

 

さておき……

きりがないのでザインはパンパンと手を叩いて二人の注目を集める。

 

「爺さん、ティアも、ストップだ。話がずれてる。

 今はこの子のフェルンへのプレゼントの話だろ」

 

「だって、儂らの作品あの小娘ばかにするんだもん」と愚痴るドワーフに「あとで聞いてやるから」とフォローしつつ、ティアの様子を確認すると

 

「そうだったの?」

「はい、そうです」

 

と、エリシアに確認を取っていた。実に加熱も早ければ、冷却も早い……

 

「まぁ、とにかくだ……、この子の手持ちの金額内で銀細工の髪飾りを作る見積もりをしてやってくれるか?」

「あー、すまんの嬢ちゃん。とりあえずどんな物を作りたいんじゃ」

「あっ、はい。欲しいのは……」

 

ドタバタしたがようやく一歩前に話が進みそうだ

 

■お金がない!


 

「まぁ、だいたいこれぐらいじゃ」と提示された金額。

それは銀細工のアクセサリー長期維持の魔法も上乗せしたものとしてザインからも納得できる金額感だった。

 

「むぅー」

悔しげに貯金箱を抱える少女は頬を膨らませている。

彼女の望むものを用意するには少々……というか割と足りない。

 

「まあ、仕方ないよな。家のお手伝いで渡されたお小遣いは多分アクセサリーじゃなくてお前が街に出て、お菓子を買ったりするのに十分な金額を……ってところだろう」

 

なんとなく手を繋いで交易街に向かっているのは父親のシュタルクに会うためだ。

親なら子供のために資金出してやれ……! と言いたいところだが妙に義理とプライドの高いこの娘はそれを望まない様子。

 

『姉様が手伝おっか? スポンサーかつ連名で』

 

可愛い妹のためなら何でもしてあげる!という姉の申し出を断ったのだ。

『ティア姉様は、ティア姉様でお母さまのお誕生日の準備をしてください!』『あれっ?』

とまあ、有耶無耶のうちに、彼女もプレゼントを用意する事になってしまっていた。

 

両親と兄を手玉に取る紅い少女の唯一の弱点、末の可愛い妹。

一緒に居たら被害が少なくて助かる。あの娘はお転婆ではないが……用意周到で賢しいのだ。

お願い事をしてきたと思ったら回避不能な事態に巻き込まれている事が多い。

 

そんな事を考えているうちに領主の事務室のある建物の前に到着した。

 

「着きました!」

「じゃあ、シュタルクに、お仕事貰いに行きますか」

「はい!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「え、何? ザイン?」

 

面会に来た娘を全力で抱き上げてくるくる回ったりした後、ザインの存在に気づいたシュタルクが放った一言が先の言葉。

 

「真っ先に気づけよ、親バカか」

「あははは……、恥ずかしい所を見られちゃったな」

 

部屋に入るなり幼い愛娘が飛びついてきたらそうなるのか?

独り身のザインには判りようもないが……まぁ、その娘可愛いもんな、と1人納得する。

 

「で、どうしたの?」

 

ザインが腰に手を当ててため息をついているとシュタルクはキョトンとした顔でこちらに聞いてきた。

面倒なので「用があるのはそっち」 っと片手でエリシアの方を指し示す。

 

「ん?」

「お父さま。お仕事をください」

「……は?」

「お金が欲しいのでお仕事をください!!」

「どういう事?」

 

シュタルクが助けを求めてくるようにこちらを見てくる。

やっぱりだめか。

 

「あー、なんだ。シュタルクお前、フェルンの誕生日の準備勧めてるか?」

「……ぐっ!? いま……何をあげるか見繕ってます……」

 

まだ決めてないのかよ!眼の前の愛娘はもうかなり具体的に何をプレゼントするか決めてるぞ……

と、奥さんの誕生日プレゼントの準備で本気で奥歯を噛みしめている。古くからの友人の姿を見るとちょっと呆れてくる。

しかし、とは言え

 

「まぁ、毎年考えるとネタ切れになるよな……」

 

もう十数年もフェルンと寄り添う気苦労はわからないでもない。

 

「ザインならわかってくれるよなぁーーー!

 大変なんだよ。もう何あげて良いかわかんねーよ」

「おまえ、娘の前で何いってんだよ……」

 

とエリシアを見ると、考える仕草をしながら

 

「お母さまはお父さまのプレゼントだけは妥協を許しませんから…………」

 

わかってあげれちゃうのかよ。もうやだ、この家族。

 

ちなみに、フェルンは高級品を要求する訳ではなく、気持ちの入りようを気にするタイプだ。

適当に選んだ宝石の指輪より、全力で考えて用意したハンカチなどに喜ぶ。

ある意味では究極の難物。

 

「わかったわかった、シュタルク。お前の相談は後で聞いてやるから……

 今はこの子の問題だ。どんなのでもいい、仕事を斡旋してやれ。俺が手伝ったらできるようなものだ。

で、お前の仕事を手伝って、俺とお前でこの子にご褒美って体裁でいい。」

「仕事って……あー」

 

シュタルクはようやく話の流れに気づいたようだ。

 

「この子ができる仕事か……、でもいいのか?ザインの負担がやけに多い」

「おまえとフェルンは、別の仕事があるだろ。それに、それは家族のためだけじゃない。

 大事なことだ。だから、こんなことぐらいなら手伝ってやるよ」

 

その代わり俺はプレゼントの用意はせんぞと顔に書いてあるのを見てシュタルクは苦笑いをする。

 

「わかった。ザインに任せるよ……でも、お金も責任も俺が全部持つよ。それぐらいやらせてくれ」

「へいへい」

 

シュタルクはエリシアにちょいちょい手招きをすると少女は嬉しそうに彼の下へ駆け寄る。

シュタルクは愛娘の頭をなでながら

 

「エリシア、ごめんな、本当はお父さんが行ってやれればよかったんだけど、お仕事もあるから。

 だからザインの言う事ちゃんと聞くんだぞ。あと、危ないこともだめだ」

「はい、お父さま!」

「よし、いい子だ」

 

温かといえば温かなのだが、見てるこちらがムズ痒くなる光景ではある。

ここにフェルンまで加わったら後光でザインは灰になって消えてしまうんじゃないだろうか。

 

「まっ、仲良きことは良きことかな……」

 

窓の外を見ながらザインはしみじみとつぶやいた。

 

■金策の姫君


 

「どんなお仕事をお願いされたんですか?」

 

エリシアはワクワクした様子でザインに聞いてきた。期待に答えるためシュタルクから渡された紙束をパラパラとめくる。

これは街に移り始めた住人からの嘆願書だ。最近困っていること、助けて欲しいことなど、大小さまざま書いてある。

ここにあるものをどれか1つでもエリシアがこなしたら条件クリアということだ。

それで、彼女が納得する形で報酬を得ることができる。

 

「まあ、しかし領主代行ってのは大変だな。

 逃げた猫の探索……?こんなのもやるの?便利屋かよ、手が回らんだろ」

 

というと、エリシアはうーん?と悩んだ顔をしてから思い出したように手を叩いて笑顔になる。

 

「そういうのはルーエ姉様が得意です」

「あー、フェルンの徒弟の娘? 当たりの強い黒髪の……いや、フェルンの関係者はみんな俺に当たり強いな……」

「そうなんですか?」

 

キョトンと疑問符の浮かんだ顔でこちらを見てくるのでザインは苦笑して少女の頭を撫でる。

 

「お前は別枠だよ。できればそのまま優しい大人になってくれ。じゃないとここに来た時に俺がつらい」

 

「わかりました!」と笑顔で返してくれる少女のありがたみになんか泣けてきた。

 

「それで、今日は逃げた猫ちゃんを探すんですか?」

「んー、もっとわかりやすいヤツのほうがいいな……おっと、悪い。一枚落ちた」

 

パラッと一枚依頼書が落ちたのをエリシアが拾う。

その内容を見た彼女は「んー??」と悩んだ後ザインに手渡しながら「これなんて書いてあるんですか?」と質問してきた。

 

「んー?、害獣駆除だ。畑とかに来るやつだな」

「それが良さそうです」

「えっ? 危ないのはやめとけってシュタルクも言ってたろ」

「危なくないです。私、うさぎとかいろいろ捕れますよ」

 

Oh、ワイルド……

もっと、蝶よ華よと育てられてるのかと思ったが、そういえばこの子の兄姉のことを考えたらそりゃそうか。

 

「具体的には何ができるんだ……?」

 

網を構えて捕まえるのもちょっと嫌だが女神の三槍で小動物ぶっ刺すのもちょっと嫌だ。

罠とか仕掛けて取ってるのか?

 

「はい、フリーレンさまから防御魔法の他に非殺傷魔法をたくさん教わりました」

「あいつ、10歳にも満たない娘に何教えてんの!!」

 

いや、才能はあるんだろうね。親もアレだし姉もアレだ。

そんなツッコミにも耳を貸さず、目的の決まった少女は嬉しそうに駆け出した。

 

「ザインさま!早速、行きましょう!」

「うぉーい、引っ張るなー。オッサンは急に走れないんだ」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「じゃあ、お願いします。このへんで大量発生しているラット種を間引いていただくだけでも構いません」

 

という畑の主に案内された畑に隣接された森。

もちろん、全滅させるのはちょっと無理だし、それはそれで生態系に問題を起こす。

 

畑へ過剰に被害が出ない程度に間引きするという自治体向けの仕事だ。

 

「ちなみに、捕獲でもいいの?」

「構いませんよ、処理しますので」

「ラットを……?肉に……?」

「人の食用ではありませんが、肉を食べる種のものを飼ったり養殖する人もいますので」

 

うーむ、鳥や魚の類か……? まあこれから発展させる街の資源を無駄なく循環する活動の一つか。

あまり深く考えないでおこう。

 

「エリシア、行けるかー?」

 

声を掛けると、畑の逆サイドで可愛くブンブン手を振る少女が子供用の杖を構えているのが見える。

フリーレンからプレゼントしてもらったものだ。成長に合わせてまた買ってあげると言っているそうだが……

なんというか、孫のような溺愛ぶりである。

 

「いけまーす」

「気配を感じたら昏倒させてくれー。俺の方で回収するー」

 

という訳でお仕事開始だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「……いや、凄すぎない?」

 

ラット寄せの餌に作物を用意し、ザインが回復魔法を過剰掛けする。

すると何が起きるかと言うと……作物は若干腐るのだ。

これを利用して一気に害獣を引き寄せる。

 

あとは、エリシアが感知した小動物に昏睡魔法をかけていく方法だ。

ザインは適当に火ばさみで回収して檻に入れていく。

 

さて、何がすごいかというと……その精度だ。

少女は引き寄せられたラットの姿が見えた瞬間に昏睡魔法を当てる。

この手の魔法は、射出後の着地点に広がる魔力の波を一定範囲にばらまくものだが、走るラットに当てるのはなかなか難しい。

てっきり罠の餌にかじりついた瞬間を狙い撃ちするのかと思ったが、この少女は姿が見えた瞬間に当てるのだ。

 

(まるで、どこからいつやってくるのか判ってるみたいな撃ち方……)

 

反射神経ではない。なぜならこの昏睡魔法、一般攻撃魔法とは異なり射出から着弾までの時間が割と長い。

つまり、姿が見える前に撃ってないと当てられない。

 

「一体どうやってんだか……」

 

タネは全く判らんが、手を止めるわけにはいかないので黙々と回収する。

あと半刻ほどすれば依頼主から用意されてた檻いっぱいに貯まるだろう。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

結局、日が沈む前に用意されていた檻の方が満タンになった。

これを今から締めるのだと思うとなかなかに心が痛むが害獣なので仕方ない。

 

昏睡魔法の砲台となっていた少女のもとへ駆け寄り労りの声を掛ける。

 

「お疲れ様、エリシア。終了だ。依頼完遂だぞ」

「終わ……った?」

 

集中しすぎていたためか、精神統一でもしていた雰囲気から意識が戻ってきたような様子に見えた。

少女は立ち上がろうとして、そのままつまずきそうになった。

 

「おっと」

 

ザインはそれを少しかがんで受け止める。

 

「……すみません……集中力と魔力が……」

「まあ、あんだけやればそりゃそうだろう」

 

渡された檻の中ではぐったりしているラットの大群が眠っている。

年端もゆかない女の子がやった仕事としては少々常軌を逸している。

 

「こんだけ減らしたらしばらく被害もなくなるだろ」

「よかったです……」

 

魔力やら諸々を使い切った少女はそのまま眠ってしまった。

 

「やれやれ……、とりあえず家に送り届けてからシュタルクに報告するか」

 

■仕事も終えて


 

「ザイン様……とエリシア?!」

 

シュタルクとフェルンの家に戻ると買い物から戻った様子のフェルンと鉢合わせした。

 

「よぉ。この子を送りに来たぞ」

 

まだ夕日が差す時間帯だが、背中ですやすやと眠る少女をフェルンに見せる。

 

「近くにいることは把握していましたが、今朝から見かけないと思ったらザイン様の所に行ってたのですね」

 

どうやら魔法で位置のトレースはしているらしい。まあ年端もゆかぬ子どもの動向を見守るのもまた親の務めだろう。

 

「今日一日ここと街を駆けずり回ったら疲れて眠っちまったけどな」

 

「そうですか」と両手をこちらに差し出してくるフェルンに背中の子を向けると、眠った子を起こさないようにそっと抱き上げた。

ゆっくりと微笑みながら我が子を抱きかかえる姿は堂に入っている。

 

ザインの視線に気づいたフェルンは「なんですか?」という顔をしたので

 

「いや、初めて会ったときは人見知りで世間知らずの嬢ちゃんだと思ったのに、もうすっかり熟練の母親だなと思ってな」

 

と、素直に感想を述べるとフェルンはさも心外だと拗ねて頬を膨らませて反論する。

 

「何年前の話ですか。もう3人も育てているんですよ」

 

ごもっともだ。未だ独り身でふらふらしている身としては耳が痛い。

まあ、僧侶だからそれでもいいんだけどね……嘘です。よくはないとは思ってる。

 

「今日はこのあとどうされるんですか?」

「ん~、とりあえずその子の報酬の件で一度シュタルクと話すために街に行って、そのまま酒場で飯かな。あ、そのままシュタルク借りて良い?」

「駄目です」

 

せっかくだし一緒に飲みに行くのもよかろうと思って聞いたがフェルンからは即NGが出た。

 

「代わりに、この子に付き合ってくれたお礼も兼ねて、我が家で夕食はいかがですか?お酒も出しますよ?」

「いや、飲んでいいなら外でもいいじゃん」

「駄目です。シュタルク様は外で酔うと余計な厄介事を抱えて帰ってきます」

「なんじゃそりゃ」

 

要するに、酔って判断が甘くなった領主様にいろいろお願いする不届き者が多い……らしい。

普段からお願いされたら断らない男ではあるのだが……何か問題があったようでフェルンがNGを出すようになったようだ。

 

「シュタルク様は普段あまり飲みませんが晩酌相手がいると喜びます」

「フリーレンやフェルンが一緒に飲んでやればいいじゃない」

「私が飲むと晩酌だけで済まなくなって……――いえ、なんでもありません」

「……あ、そう」

 

まあ、夫婦だしいろいろあるよな。

 

「とりあえず、シュタルクに聞いてから考えるよ」

「普通に断らないと思いますよ」

 

そんな気はするな、と思いつつもひらひらと手を振りながらその場を去った

 

■幼い隠し事


 

「あったまいてぇ……」

 

手慣れた様子で腰のポーチから聖典を取り出しページをパラパラとめくる。該当の頁を見つけると頭に手を当てて女神様の魔法を発動させた。

二日酔いを毒・状態異常と捉えた解除魔法だ。本来こういう使い方ではないが、ザインなりの応用方法。

 

えーと、と周りを見回すと、いつの間にか見慣れたシュタルクとフェルンの家の居間にいた。

自分が寝ていたのはそこにあったソファーだ。タオルケットが掛けてあるのは……誰かに感謝だな。

 

「おはようございます。これお水です」

 

と、すぐ隣から幼い声がかかる。この声は

 

「エリシアか、悪いな」

「はい、昨日たくさんお世話になったのでこのくらいは」

 

昨晩、シュタルクに仕事の報告ついでに夕食の話をした結果、

『え、ザインがウチの夕飯来てくれるの?』

と、あまりに嬉しそうに言ってくれたので、結局ご相伴にあずかった。

そこまで嬉しそうにされると断れない。

 

子供たちが寝静まる頃合い……といっても長男のシュタアルあたりは途中までつまみだけ齧って混ざっていたが……

ささやかな晩酌が行われた。

程よく酔ったシュタルクはそのままフェルンに連れて行かれた。その後、フリーレンと一緒に飲んでいたら結局ソファーで倒れていたようだ。

ということは、タオルケットはフリーレンだろうか?

 

「お母さまと朝ご飯を作っていますので、食べていきますか?」

「俺の分まで作っていたら、食べていくしかないだろうな」

「はい!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ザイン、今日はどうするんだ?」

「ん?」

 

というのは、朝食を終えたシュタルクの発言。

 

「そういうお前らは今日も仕事か?」

「はい、シュタルク様はその足で領主館へ。私も家のことをお手伝いのライニ様に引き継いだら、そちらに向かいます」

 

そう言ってフェルンは、シュタルクとザインに水の入ったコップを差し出してから、定位置のシュタルクの隣に座った。

 

「……まあ、ザインが良ければなんだけど今日もエリシアのことお願いできるかな?」

「そりゃ、まあ構わんが」

「あの子、嬉しそうにしていました。何をしているのか聞いたら『秘密です』って笑顔で」

「そうか」

 

フェルンに言えないのは当然だ。

とはいえ、幼い少女の隠し事なので、親のフェルンに予想できないはずもない。

 

「あの子なりに、私たちの手を煩わせたくないみたいです。この街にいる間だけでいいので、見届けてくれると」

「まあ、一度受けた相談事だ。最後まで面倒見てやるよ」

 

そう答えると、夫婦は笑顔で「頼んだ」「お願いします」と嬉しそうに答えた。

 

■注文へ


 

「これぐらいあったら十分だのう」

 

先日の仕事の報酬を入れた貯金箱をティシュレーに差し出した少女は、誇らしげな顔をしている。

報酬をその額になるように調整したのはシュタルクとザインだが、無粋なことは言わない。

この少女はしっかり仕事をした。

 

「よし、嬢ちゃん。ここからは仕事の話だ。

アクセサリーを作るにはまずどんなデザインにするかだ。

本来は、職人任せでも良いんだが……嬢ちゃんはそうではないんだろう?」

 

この娘は周囲の人間に大切にされているのだなと、後ろから眺めていて思う。

ドワーフの棟梁は子供向けでも仕事の対応は丁寧だ。

 

「はい! 蝶の意匠にしたいです」

「今つけているものみたいなのか。ふむ、外形はおおよそできるが、内部のデザインは実物を見ないとわからんな」

 

ティシュレーの言葉にうーむと思案した結果、少女はパンと手を叩いて応えた。

 

「フリーレンさまから記憶の透写魔法を教わってます。今度撮ってきます」

「銀細工はこちらでやっておく。細かい模様はいったん置いといておおよその形はこちらで作っておこう。

 結びとなる紐は……そうだな、嬢ちゃん組紐はしっとるか?」

「知りません……」

 

「そうか」と言いながらティシュレーは商品棚の中をゴソゴソと漁って何かを探し始めた

 

「お、あったあった、こういうものだ」

 

そう言って出してきた紐をエリシアとザインは覗き込むように見る。

そこにあったのは、紐を何重にも編み込んで作られた一本の紐。

美しく、簡単には切れそうにないものだった。

 

「綺麗です!」

「丈夫そうだな」

「一部の地域の武具の飾り付けや結び紐として利用されていたものだが……

アクセサリーの飾りとしても使われることがある。なにせ、丈夫じゃ。見た目も良い。

リボンでもいいが……まぁ、なんだ。そういうのは歳がな」

 

この土地のある意味一番権力のある人間にその発言はかなりギリギリなんだが……

とザインは背中に冷や汗を感じる。……が、わかる。

いや、あの夫婦の見た目は黙っていればまだ20代でも通じるだろうが……おそらく他ならぬ当人が今更リボンは無理だろう。

 

「素敵ですー」

 

ぱああああと輝く表情で紐を見つめる少女は組紐の細工に夢中だ。

 

「作ってみるか?」

「私がですか?」

「せっかくのプレゼントだ。お嬢ちゃんの手作りもあったほうが良いだろう。

なあに、そう難しくない。これが編み方を書いたマニュアルだ、わからんかったら聞きに来い。

下地の糸はサービスしてやる」

「ありがとうございます。頑張ります!」

 

その後、ドワーフの若手から手ほどきを受けて、赤い紐と編み込み道具を受け取ったエリシアは嬉しそうに自宅に帰っていった。

さあ、シュタルク……とシュタアルとティアよ……末の妹はとんでもないプレゼントを用意するぞ。

お前らはどうするんだー?

 

など、考えつつ顎に手を当てニヤニヤしていると

 

「悪い顔しとるのう」

 

とドワーフに言われたのでザインは姿勢を変えずに「うっせぇ」と返した。

 

■蝶の髪飾り


 

ドワーフに髪飾りの蝶を発注し、組紐を作り始めてから二日が経った。

組紐も一色で、過剰な装飾はしないため、エリシアでも作成を進められている。

蝶の髪飾りは概ね出来ているので装飾の模様の案をくれとティシュレーから連絡を受けたエリシアは母の後ろ姿を眺めていた。

 

(動いているお母さまの後ろ姿を見てもなかなか難しいです……)

 

記憶の透写魔法は、文字通り記憶の透写だ。ディティールは記録者の記憶の鮮明さに依存する。

要するに、細かい模様などは曖昧に映るため、見ながら魔法で陣に転写するしかない。

写真の魔法でもよいが、あれは映す台紙が高価なのでエリシアには用意できなかった。予算オーバーだ。

 

今日はフェルンは休日で、シュタルクは午前で切り上げる日。明日は二人ともお休みの日。

これは、そういう日を設けないと働き続ける2人にお弟子さん達が強制的に割り当てた休暇と聞いている。

 

フェルンは家にいると家の仕事をするし、シュタルクも兄の訓練の相手や、狩りに出たり釣りに行ったりと食料確保したりとなんやかんやしている。

魔法学校や母の課題がない日のフリーレンやティアを見ると、休日はもっとゆっくりするものだと思う。しかし、重要なのは髪飾りだ。

 

母のフェルンは、掃除をする時に髪をまとめるため髪飾りを外す。その時が狙い目だろう。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「♪~」

 

鼻歌を交えながら母フェルンはキッチンを掃除している。

 

(今がチャンスです!)

 

トテトテと母が髪飾りを外して置いた戸棚を下から見上げる。高い。背伸びをして届く距離ではない。

 

飛行魔法はあれで制御の難しい魔法であり、エリシアにはまだ使えない。

天才肌で何をやらせても、初見でそつなくこなす姉が珍しく浮遊の練習中に何度も転落して擦り傷だらけになっていたのを見るに、一朝一夕でできる魔法ではないだろう。

物質操作魔法もまだ教えてもらっていない。ならば……

 

テーブル席にあった椅子を静かに移動させ、席の上にカウンターに置いてあるエリシア用の踏み台を乗せる。

台座の足を強引に椅子の上に乗せているため、安定が悪いが……これで届きそうだ。

 

椅子から台座に登り、戸棚の上のものを覗く。――あった。髪飾りだ。髪留めのピンなど小物の入った瓶の間、ハンカチを下敷きに銀細工の髪飾りが鎮座している。

 

(なるほど、こういう模様になっているのですねー)

 

背伸びをしながら、髪飾りをじっと眺めつつ転写用の台紙の陣に見えたものを魔法で書き込んでいく。

 

(もう少し、よく観察してっ……ッッ)

 

 ガタンッ!

 

という音と共に感じたのは、足元を支えていた地面が突然崩れてなくなったような感覚だった。

 

――『地面や足場の確かさがない場所はそれだけで自分の欠点を増やしているようなものだから、あまり長くいちゃいけないよ』

 

昔、フリーレンから何かあった時の冒険者のサバイバル術という名目で教えてくれたことを思い出した。

 

バランスを崩し傾く瞬間、とっさに出した手で瓶が床に落ちていく。

必然的にガラスの瓶は派手な音を立てて地面で割れてしまった。

 

(あ……)

 

だめだ……いけない……転んで落ちてしまう。下には瓶の破片が転がっている。

 

(凄く痛いのかな……?)

 

すべてがスローモーションに感じた。

 

「エリシアッッ!!!」

 

母の声を聞くまでは。

 

■母と娘


 

地面に叩きつけられ、先に落ちたガラスで肌を切ってしまう……そんなふうな恐怖感で目を瞑った少女が感じたのは

覚えのある母の香りと体温だった。……そして僅かながらの血の匂い。

 

恐る恐る目を開けると、眼前に見えたのは泣き出しそうなほどにこちらを心配そうに見つめる母の顔だった。

ゆっくりと周りを見回すと、自分が母の両手で抱きとめられて地面に叩きつけられなかったことを理解した。

では、血の匂いは……?

 

「怪我は?痛い所はない?」

「……だい……じょうぶ……です……」

 

ショックで少々意識が混乱したが徐々に意識がはっきりする。

台の上から、バランスを崩して落ちた。一緒にガラスの瓶も落としてしまい、その上に落ちるかと思ったが、母の腕の中で助かった。

 

――では母は?

 

戸棚から離れた位置に降ろされてから、ようやく状況を把握した。

 

「……お母さま!」

「無事そうで良かった……」

「お母さま、血が……腕が……」

 

わずかに感じた血の匂いは母の腕から流れる血だった。転落したエリシアを受け止めてそのまま地面にあった破片で肌を切ってしまっていた。

 

「お母さま……ごめんなさい……、わたし……こんな……、ごめんなさい……!」

 

浅はかだった、考えが足りなかった、想像力が不足していた、愚かだった。

己が愚かさが母を傷つけてしまった。そのことばかりが頭の中でぐるぐる回り、瞳からは涙がこぼれ落ちる。

 

コツンと頭の上に感じるのは痛みすらない拳の感覚。

 

「駄目よ、こんな危ないことを、一人で……。お母さんに言ってくれないと」

 

血が流れた腕を抑えたままの母は、娘の無事に安堵したように柔らかな表情で見つめ返してくる。

 

「ごめんなさい、おかあさま……、おかあさま……、お母さま、お母さま!」

 

エリシアを降ろしたあと、正座の状態だった母の胸に抱きついた。

大好きな母の温かさ、香り、やわらかさ。それを傷つけてしまった自分の罪。

どうしてもそれが許せなくて「ごめんなさい」と何度も言い続けながらも涙は止めどなく溢れ落ちる。

 

そっと、頭を撫でられる感触と耳元から聞こえる「大丈夫よ」という母の声にエリシアはより一層強く抱きついた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ただいまーって、うわ何だ!?」

 

と、沈黙を破ったのは少々服に土汚れまみれで帰ってきた長男のシュタアルと

 

「そこで、シュタアルと鉢合わせしてさー、服を魔法で――」

 

偶然鉢合わせたフリーレンだったが、フェルンの様子を見て一瞬で態度を改めた

 

「シュタアル、全速力でシュタルクのところに行ってこのことを知らせて連れてきて、多分ザインも居る。5分ぐらいで」

「いや、片道20分ぐらいかかる距離だよ!?」

「君と、シュタルクが本気で走ったらそれぐらい行けるでしょ。早く!」

「―――ッッ!! わかった!」

 

フリーレンのいつになく真剣な口調に少年は少し気圧された後、表情を変えて頷いた。

 

「フェルン、エリシアを抱いたままでいいから動いちゃ駄目だよ。

 刺さった小さいガラスがないか確認してから止血しよう」

「大げさですよ、フリーレン様。旅をしていた頃、これぐらいの傷は――」

「フェルン!」

 

普段、フリーレンがフェルンに強くでることなんて少ないがこのときばかりは逆だったようだ。

 

「申し訳ありません。判りました。お願いしますフリーレン様」

 

と告げられた言葉を聞いた彼女は頷いてタオルを取りに行った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「あがががが………はやい、はやい、はやい、死ぬ、振り落とされる」

「だったらもっと強くしがみついてくれ!」

 

シュタルクの相談事を彼の仕事場で茶をすすりながら聞いていたら、突然彼の息子のシュタアルが入ってきたのは数分前の事。

「ノックぐらいしろよー」と注意する前に彼の口から告げられたのはフェルンが流血するような怪我をしたという話。

 

気がついたら、シュタルクの背に乗せられ彼の家に向かって運搬されていた。

常軌を逸するスピードだ。そこいらへんの早馬より早い。脚先が早すぎてぶれて見えない。

その、となりを並走する息子も含めて訳がわからない。

 

「もうやだこの親子ぉ!」

「何か言ったかザイン?!」

「……」

 

口を開いたら舌を噛みそうなので苦情は後で言うことにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

応急処置はフリーレンがきっちりと済ませてたようだ。流石の手際とは言える。

フェルンの腕に回復魔法をかけながら、状態をよくよく観察する。

ガラスの破片の上に腕を差し出し、その上からエリシアが落ちてきた衝撃で大きなガラス片が刺さってできた傷のようだ。

幸い、小さいガラス片が刺さってしまった様子はないようだ。

 

ちなみにシュタルクは未だ泣き止まないエリシアを抱きしめ、娘の頭をなでながら治療の様子を見ている。

シュタアルは箒とちりとりで散ったガラス片の掃除。

 

棚から落ちたらしいフェルンの髪飾り、怪我をしたフェルン、泣き止まない少女、それぞれ順に見てザインは状況を察した。

 

(まあ、誰も悪くないんだよなぁ……)

 

誰もが誰かを想って行動した結果の出来事。強いて言うなら幼い迂闊さが招いた不幸な事故。

迂闊さを戒めるのは親の役割だが……、この行動に出た少女の純真な想いは尊重されるべきだ。

 

「なあ、フェルン……

 エリシアは別に悪戯でこんな事をした訳じゃないから、余りキツくは……」

「ザイン、判ってる。フェルンはもう注意をしたからこれ以上、この子を叱るつもりはないよ」

 

後ろからかかったのはシュタルクの声。フェルンは眼の前で少し苦笑いをしている。

娘のエリシアは、シュタルクの顔を申し訳無さ気に見上げた。

 

「エリシアの言い分もわかるよ。何も言われないならそれはそれで嫌なんだよな。

 じゃあ、罰として今やっている秘密の事、お父さんとお母さんにも教えてくれないか?

 危なくならないように、お父さん達にも手伝わせてくれ」

 

サプライズプレゼントを予定していた子にそれはまあまあの罰だが、らしいと言えばらしい。

しかし、誰に似たのか律儀な少女に必要なのはその子が納得できるやさしい禊だろう。

 

逡巡の後、シュタルクの上での中で小さく頷いた少女は

 

「判りました……じゃあ」

 

と口を開いた。

 

■銀の蝶


 

「親子揃って似たようなことをやりよるの」

 

そう漏らしたのは、少女を抱きかかえたままの両親がやって来たのを見たドワーフのティシュレー。

 

「え、なんかやったっけ?」

「お前らの結婚前にやった騒動忘れたか」

 

そう言われてシュタルクは

「ぐっ……」

と言葉に詰まり、フェルンはその時の事を思い出してクスクスと笑った。

当然その事を知る由のないエリシアは頭にはてなマークが浮かぶばかりだ。

端で聞いていたザイン自身も間接的にしか聞いていないが……まあ、この家族らしい結論だなとは思った。

 

「これを」

 

と言って差し出されたのはフェルンの髪飾り。

 

「まあ、実物を見て作るのが早いの……他になにか注文はあるか?」

「それは、この子が望むように」

 

そう言って抱きかかえた少女を差し出した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

あちらではティシュレーにエリシアが一生懸命に説明をしている。

フェルンは腕に包帯を巻いたまま、少女を膝の上に乗せて嬉しそうにそれを眺めている。

 

「どうするんだシュタルク? あれに並べるプレゼントにするのはなかなかに骨だぞ」

「ははは……、そうね……、どうしよう、ザイン」

「ま、タイミングと言い方の問題だな」

 

そう言うと、シュタルクは「うーん」と悩みだす。

この男は来年も似たようなことで悩むのだろうか?

 

この数日後、ドワーフ達の指示の下で少女が作った組紐と銀細工の蝶を合わせて

少女の望む新しい髪飾りが完成した。

 

■いつかあなたが大きくなった日


 

誕生日の日、お祝いは夕食の時みんなが集まって行うが、プレゼントを渡すのはその日任意のタイミング。

少女はフリーレンと共にケーキを取りに行く前に、髪飾りを持って居間にいる母の元へ向かった。

 

居間にはフリーレンがキッチンカウンターの定位置で魔導書を片手に紅茶を飲んでいた。

 

「お母さま」

 

母を呼ぶと台所から手を拭きながら「どうしたの?」とフェルンが出てきた。

彼女は小さな小箱を大切そうに抱える娘を確認すると、娘の正面で膝を折って娘に視線を合わせて微笑んだ。

 

「完成した?」

「はい!」

 

エリシアが差し出した小箱を受け取ったフェルンは「開けてもいい?」 問うと、少女はコクコクと頷く。

箱を開けると中に入っていたのは銀細工のキレイな蝶と蝶が止まる華の様に括り飾られた組紐の髪飾りだった。

 

「これなら、髪をまとめる時にも蝶の飾りがつきます」

 

嬉しそうにそう説明するエリシアの頭を撫でてから「ありがとう」と伝え

フェルンは頭につけた髪飾りを外した。続いてそのままエリシアからプレゼントされた髪飾りで髪を後ろでまとめる。

 

「似合いますか?」

 

そう聞いたらエリシアは目を輝かせて「はい、とても」と答えた。

フリーレンを見ると「いいんじゃない?」というふうにサムズ・アップしていた。

 

「素敵な髪飾り、ありがとうエリシア」

「お母さまが喜んでくれてよかったです」

 

満面の笑みの娘を見ているとフェルンは一つ思いついた。

 

「エリシア、後ろを向いてくれる?」

「?? 、はい」

 

そう応えて、後ろを向いたエリシアの髪の形を整えて先ほどまで自分が付けていた蝶の髪飾りを彼女の髪に差し込む。

留め具をぱちんと止めた音を聞いた少女は

 

「お母さま?!」

 

と驚いた様子だ。フェルンは両手をかざし魔法で2枚の鏡面の壁を空間に呼び出す。

 

「……どう?」

 

少女の目に写ったのは2枚の鏡越しに映る、いつも背を追いかけてていた母の髪飾りを付けた自分の後ろ姿。

 

「これは……!お母さま!?」

 

頭の後ろに手を当てて自分の髪についた髪飾りの存在を確かめながら少女はものすごく驚いた表情でいる。

娘のその姿に満足したフェルンは満面の笑みで応える。

 

「まだ、少しサイズが合いませんね。でも、とても良く似合っている」

 

そう言ってフェルンは娘の頭を撫でる。

 

「もう少し、エリシアが大きくなって、髪が伸びた頃……その髪飾りをあなたが付けてくれますか?」

 

その一言に、エリシアは母の表情を見上げる。フェルンはとても満足気な表情だったが

 

「でも、これは……お母さまの大切なものじゃ……」

「フリーレン様にもらった、凄く大切なものです。だからいつかはあなたにつけて欲しいの」

 

カウンターではその様子を嬉しそうに眺めながらフリーレンが紅茶を飲んでいた。

 

「フリーレン様、いいですよね?」

「それはフェルンのものだ。これからどうするかなんてフェルンの好きにしていいよ。

 でもそうだな……これからもずっとフェルンに連なる子たちが大切にしてくれるのなら……

 

 ――それは素敵なことかもしれないね」

 

時代はどこかで移り変わり、いつかはフェルンとシュタルクもフリーレンの元からいなくなる。

これは、きっと想いは繋がり続けると祈りを込めた継承なのだろう。

 

「フリーレン様の期待に応える素敵な女の子になってくれますか?」

「ッッ! はい!」

 

少し躊躇いつつも、はっきり肯定の意で応えながら少女は母の胸に飛びついた。

 

■それぞれに思ふ


 

ザインも交えて小さな誕生日パーティが開かれたあと。

子供たちも寝室に向かい、ザインは爺さんたちのところで飲み直すよとフリーレンと共に外に出かけた。

 

居間にはシュタルクとフェルンが二人きり。

といっても、一緒に後片付けをしているのだが。片付けは主にシュタルクの仕事……となんとなく決まっている。

 

「今日、ずっとそれ付けてるな」

 

エリシアにもらった蝶の髪留めの飾り。

いわゆるポニーテール状にした髪の境目に蝶が止まっている様に見えるものだが、フェルン自身がよほど嬉しかったのかずっと付けている。

 

「駄目ですか?」

「いや、よく似合ってる。その……、可愛い……ちがうな……綺麗だ……と思う」

「……ありがとうございます」

 

お互いにいい加減もういい歳で、3人も子供が居る状態で初々しい恋愛とは無縁なはずなのに

未だに、こういう事には不器用な様子にフェルンは苦笑する。

言い換えると、未だに初々しさを醸し出すこの夫が可愛くて仕方ない。

 

ちなみにシュタルクからの今年のプレゼントは『デートに行こう!』だった。

今更何を言っているのかと笑ってしまったら赤面して拗ねてしまって、まあいろいろあった。

相変わらず、なんというべきか……一言で言うなら大勢に好かれるにも関わらず誰にも渡したくはない存在を地で行く人だ。

 

長男と長女の方は二人共少し良いハンドクリームを別々に送ってきた。

水場仕事で肌荒れしないように……ということだったが同じ発想に行き着いた様子で

被っていたことを知った兄妹は肘で小突き合っていた。主にティアがシュタアルを攻める形で。

もちろん嬉しいのだが、揃って同じ結論に達したのが可笑しくはあった。

 

「まあ今回は、フェルンが血まみれになる怪我をしたってシュタアルに言われた時は本当にびっくりしたよ」

「ああ、そういえばそんな怪我も久しぶりですね」

 

フェルンがこともなげに言うのは正直彼女にとっては流血に忌諱感がないからだ。

旅の途中は割と日常茶飯事的な部分はあったし、定住後も表沙汰にはしないけど依頼をこなす中で夫婦揃ってボロボロになったことは割とある。

 

「今回含めてどれもこれも、シュタルク様に貫かれて血を流した時の痛みに比べれば大したことありません」

「ねえ、子供たち居ないからってそれを居間で言うのやめてくれる? 苦情は寝室で何時間でも聞くから……」

 

魔族と戦って体を貫通するぐらいの傷を追った経験より痛かったと言われると……

シュタルクはあの日のことを謝るしかないが……流石に時効を訴えたい。

だって……そりゃぁ、もう……痛くないでしょ?流石に……

 

片付けがいったん終わってソファに座ったシュタルクにいつの間に温めていたミルクティーを差し出して、隣に座りながらフェルンは微笑む。

 

「あの子達が無事平穏に暮らせるなら、私はなんだって出来ます。血を流すことなんて大した事ではありません」

「そうだな……それには全面的に同意だ」

 

フェルンの腰に手を回して自身の方向に抱き寄せるとフェルンは自然と体重をシュタルクの方に寄せてきた。

触れた肌から感じるのは、感じ慣れた重さ、かぎ慣れた髪の香り、触り慣れた温もり。

 

「私達が得てきたもの、そして背負ってきたものはいつか否応なくあの子達に譲る日が来ます」

「ああ」

「だからその時まで、あの子達に惜しみなく愛を注ぎ続ける事が今の私の成すことです」

 

シュタルクは苦笑しながら応える

 

「今日は誕生日でいろいろもらってる立場で何言ってんだよ」

 

茶化して言うと脇腹をつねられた

 

「痛ぁ!なんだよ!」

 

ソファーに横たわって痛みを訴えると、そのままフェルンは倒れたシュタルクにおおいかぶさるようにすり寄ってくる。

あっ、ちょっと様子変だと思ったら、これ……アルコールの高揚が割と残ってるやつだ……と気づいたのは自分の瞳が見えるぐらいにフェルンの瞳を凝視した瞬間。

 

「ちょっと、フェルンさん……、居間はだめだ! 明るいし、フリーレンがいつ帰ってくるかわからないし……」

 

フェルンの笑みがなんとなくいつもと違う。ちょっと悪い顔だ。多分止まらない。

 

「シュタルク様……注ぐべき愛は、多いほど良いと思いませんか?」

「まって、何を注ぐ気、ちょ……、待って、ああっ……!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんな夫婦がなんやかんやしているのを知ってか知らずが家の外に出ているのは、

そういう日ぐらいは配慮がいるよねと示し合わせた大人二人。

何ならうつらうつらし始めた子供たちにも熟睡する魔法をしれっと掛けている。

 

「今回はありがとうね、ザイン」

「急にどうした?」

 

ドワーフたちの工房に備え付けの酒場でエールを煽るフリーレンはザインに感謝の意を添える。

 

「本当は私が、ザインのやっていたようなフォローするべきだったかなって」

「何も変わらんだろう。あの子がたまたま頼る先にしたのが俺だっただけだ。

 フリーレンに頼んだら、フェルンにバレると思ったんじゃないか?」

「そうかもしれないね……そういう意味じゃ私もまだまだだな」

 

そう言ってフリーレンは少し苦笑いを見せる。

 

「どういう意味だ?」

「ザインみたいなことちょっとはできるようになったって思ってたんだよ」

「ますますわからん……、俺がいない間でも上手くやってこれてたんだろ?

 それはシュタルクとフェルンの成長もそうだけど、フリーレンの努力もあってこそだろう?」

「そうだね……そう思うけど。でもまだまだだ。子供の感性は嘘をつかない」

 

残っていたエールを全部飲んだザインは空のグラスを上げてお代わりを促す。

 

「考えすぎだ」

「ザインらしい謙虚な姿勢だね」

「含みのある言い方どーも」

 

定住してから十数年、我らがエルフ様は随分考え方を変えて自由奔放に生きていると思っていたが

案外まだ変化をお望みのようだ。実に貪欲なことである。

 

「まだまだ、ザインからも学ぶことがありそうだからまた来てよ」

「遠回しな言い方しないで最初からそう言ったら良かったんじゃねーの?」

「お礼を言いたかったのも事実だよ」

 

そう、ゴリラからの連絡もあってそろそろ居心地の良いバカンスも終了して出発だ。

 

■また元気で


 

「ザインさまっ!!」

 

旅の荷物をまとめて、村の門の方まで向かった時に後ろから声をかけられた。

兄と姉に手を引かれて、パタパタと駆けてきたのは末の妹のエリシア。

 

「ゴリラのお友達さんと連絡がついたから出発されるって」

「親友の戦士ゴリラな」

「ゴリラの戦士さんですか?」

「あー、うん、それでいいや。当人の望み通りのインパクトだし」

 

どうもこの子の中でゴリラが名前じゃなくてそういう生物の扱いになってる節があるが……

完全に当人の付けた名前のせいなのでもう、補足しない。

 

「あの、たくさん助けてもらって、ありがとうございました!」

 

ペコリと頭を下げた少女の後頭部を見て気づいた。 少し髪型が違うなと思ったらそういうことか。

 

「蝶の髪飾り、フェルンからもらったのか?」

「いえ、今日はお借りしてます。もう少し大きくなって髪が伸びた時、私に付けてほしいって。

 まだちょっと、大きくて不格好です」

「んなことはないだろ。よく似合ってる」

 

そういって、髪型が崩れない程度に撫でていると少女は満足そうに微笑む。

 

「そこ、ヒソヒソすんな!」

 

何やら変な視線を感じたので指を差しながら、振り返って兄妹の方を見て訴えた。

 

「えー、だって……」

と半眼でボヤいたのはティアの方。

「いや、俺何も言ってない……」

兄貴の方は苦笑いしながら見ていたようだ。

 

「また来てくださいね!」

 

上の娘もこれぐらいの愛想をもてないものか……

と、おもっていたら両親とフリーレンもやって来た。

 

「間に合って良かった。また、南部に行くんだって?」

「ゴリラが復興支援にご執心でな。まあ、あいつらしいんだけど」

「私達に今何かできるわけではありませんが、よろしくお願いします。

多くの人が救われることを祈っています」

 

フェルンからすれば今は帰ることの難しい故郷の出来事。

「まあできる限りのことはやってくるよ」と返しておく。

 

「ザインさま、お元気で!」

「ああ、元気でな。ちゃんとシュタルクやフェルンのいう事聞くんだぞ」

 

「はいっ!」

 

その返事を聞いたザインはひらひらと手を振りながらゴリラとの合流地点へと歩き出した。

 

晴れやかな空の下、 旅の僧侶は少女に別れを告げ、少女もまた少しだけ大人になり日常へと帰る。

これはそんな少女の小さな物語だ。

 

~ fin ~

 




ご意見、コメント等はマシュマロまたはXまで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。