葬送フリーレン~アフターオレオール~ 作:rvr75_raiden
■剣の墓標と蔵の中の剣
中央諸国 クレ地方 元戦士の村
長きに渡る
この地に残ることを決めたシュタルクと、彼の人生と決断に添い遂げる決意をしたフェルン。そして彼らの望みに寄り添うことを誓ったエルフのフリーレン。
彼らは様々な人々の助力を得て、ようやく安寧の日々を手に入れていた。
これは、シュタルクとフェルンの関係も一段落……はとう前に乗り越え……彼らのもとに一粒種が降りたった頃。
シュタルクが自分自身と家族の人生に向き合えるだけの覚悟を持った時に語られた一人の戦士とその家族にまつわる物語だ。
✧ ✧ ✧ ✧
クレ地方にフリーレン一行が根を下ろすより10年近く前。
かつてこの地に住まい、各地に優秀な戦士を排出していた1つの村があった。
戦士たちが優秀だったが故か、それとも何らかの運命を動かすためか、その村は強大な魔族によって襲撃され、一夜にして滅ぼされた。
たった一人の、シュタルクという少年を残して。
その一人の少年、幼きシュタルクを生かすために魔族と戦い抜いた戦士達は亡骸となり、長い月日と共に朽ち果て、いまは骨すら残ってはいない。
彼らの身につけていた剣や鎧だけがその地に残り、それらは帰ってきたシュタルクが作った剣塚に安置されている。
「女神の祝福のもとに安らかなる眠りがあらんことを……」
1年と少し前、シュタルクと結婚し、ようやく1つの小さな幸せを手にしたフェルンにとっては大切な人物と出会わせてくれた恩人達である。
だからこそ、彼女は毎日そこへ出向き、手を合わせ日々の幸せへと感謝を祈る。
魔法使いの身ではあるが、僧侶のハイターに育てられた彼女は女神様の教えに準じ生きている。
英霊に対する日々の生に対する感謝は美徳の一つではあるが……それ以上にこの地は彼女の夫であるシュタルクを産み出した地であり、彼らは同じ一族……つまりは家族。
家族とは、とても強い絆で結ばれた……なによりも大切なものだと、一度はすべてを失った彼女は、そう思うのだ。
「花に水……は必要がないのは助かりますね」
祈ると同時に、魔力が尽きるまでは枯れることない魔法で編まれた花畑に魔力を注ぐ。彼女の小さな日課の1つ。
花畑は今までフリーレンが見て分析してきたという色鮮やかで様々な花が年中咲き誇っている。
フリーレンのかけた魔法がすぐに消えることもないし、もちろんなくなれば、再度魔法をかけて咲かせればよいのだが……一度咲かせた魔法の花を維持しているのは彼女の小さな趣味だ。
親族が眠る地が常に美しくあるようにと。
「さて、帰ってお食事の準備をしましょうか」
そうして小さな日課を終えた彼女は家族の待つ自宅へと帰るのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
家にしつらえられた納屋の一角。
この家の体裁上の主、赤い髪の戦士のシュタルクは古い剣の手入れをしている。
錆こそないが、大小様々なヒビが入っており、力加減を間違えれば折れてしまいそうな……そんな剣。
まだ住み始めてさほど時間はたってないのでこの納屋には、そう物は多くない。
旅暮らしと違って、住み始めれば思い出とともに自然と物は増えていくさとこの家を作った人物は言っていた。
その納屋に、最初に置かれたのは、このボロボロの剣と、原型をとどめていない胸当てらしき防具の欠片だ。
シュタルクがそれを見つけてから、家ができるまでの間も人目のつかない場所に隠し続けていた。
『その剣は、大切なものなのですか?』
かつてフェルンに問われた事がある。
『みなさまが眠る場所に、共に弔ったりはしないのですか?』
それは、シュタルクにとっては核心を射抜く言葉であり
『……刃が、欠けております。それに薄っすらとですが、根本に大きなヒビも……
きっと魔物に一太刀でも浴びせれば砕けてしまいます』
聡い妻であるフェルンであれば、もはや誤魔化しようもなく悟られているのだろうと確信を得るのに十分なものだった。
『シュタルク様、それはお義父様の剣ではありませんか?』
父の事など知らない筈のフェルンが何故にそこまで知ってしまっているのか……
心当たりといえば、この地でシュタルクとフェルンと初めて繫がった日、彼女は夢にシュタルクの兄のシュトルツが現れたと言っていた。
そして、シュタルクの幼少時代の記憶を僅かながらに見たとも。
ハイターの墓を訪れた時、シュタルクも彼の魂と僅かながらに邂逅した覚えもあるため本当の事だろう。
(隠し事は得意じゃないけど、ここまで筒抜けだと父親としての威厳すら保てないな……)
手入れを終わった剣を壊れないように鞘に納めながらシュタルクは独り言をつぶやく。
「――なあ、どうしたもんだろうな、親父……」
剣塚に刺して弔うわけでもなく、剣としての役割をまっとうするでもなく、かつて父の腰に携えられていた剣は今は主もなく納屋の奥に眠り続ける。
フェルンからしても土足で踏み込むにはあまりにシュタルクの心の奥に根ざしすぎた領域。
それ故に僅かながらの遠慮からくる膠着状態がしばらく続いていた。
事態が動いたのは、ある日やってきたアイゼンから持たらされた1つの申し出からだった。
■戦士に捧げる霊石
ここはシュタルクとフェルン、そしてフリーレン が住まい、穏やかな時間の流れる我が家の中心の居間。
「だぁ~!あ~~!」
という元気な声で白いヒゲを引っ張って嬉しそうに笑っているのは最近ハイハイを覚えたばかりで、目を離すと何をしだすかわからない……が、この場にいる誰もが目に入れても全く痛くないぐらい愛らしい2人の第一子の男の子のシュタアル。
「ははは、こらこら……」
そして、髭を乱暴に引っ張られても笑顔で笑っているのはシュタルクの師匠兼養父であるアイゼン。
シュタアルという名はアイゼンが「鉄(アイゼン)を超える鋼」を願って付けてくれた名である。
シュタルクがその話を聞いたときは随分と重い使命を背負っちまったなとついつぶやいてしまったものだが……
『大人は子の未来に希望を見出すものだ。使命じゃない、これはただの願いだ。そして名は名だ』
名付け親であるアイゼンはそう言っていた。
実にアイゼンらしい言葉だが、その願いはこの子の人生に何かしらの影響を与えるだろうとシュタルクは考える。
かつてすべてを失って空っぽだった自分の拾い、与え、満たしてくれた己自身の中身のように。
幼い頃に大切な人からもらい受けたものや願いは己を形成する核となる。
まあ、それはさておき。アイゼンはシュタアルが生まれてからはというもの割と頻繁に遊びに来ている。
血の繋がりなどは関係なく言わば初孫だ。可愛くて仕方がなく、同時に名前のつけた子が誇らしくて仕方ないのだろう。
割と乱暴に髭を引っ張り回されている状況にも関わらず、彼は笑顔を絶やさない。
「これが一番の親孝行だったのかもな……」
と、自分の持ち帰った旅の思い出話のときより随分とテンションの高い師にシュタルクは複雑な気持ちを覚えなくもないが、この場に居合わせる全員が幸せそうであればそれはそれで構わない。そう思える光景ではある。
とはいえ、その日アイゼンが訪れてきたのは何も可愛い孫に髭を引っ張り回されるためだけではない。
まあ、もちろんそれも大きな理由ではありそうなのだが……別件で訪れてきたのは事前に連絡を受けている。
放っておくとシュタアルは体力が尽きるまで髭で遊び続けそうなので……
「シュタアル、アイゼン様は大事な話があるのであまりいたずらしては駄目ですよ」
と、フェルンはゆっくりとアイゼンにしがみついたシュタアルを後ろから持ち上げる。
若干、アイゼンの方が残念気にしている感があるが……話が進まないので心を鬼にしてそのまま引き離す。
玩具(?)を取り上げられたシュタアルは「あ~~」と声を上げるが、フェルンもこういう場合は胸元に引き寄せて抱きしめると不思議とおとなしくなるのを母親になってすぐに学習済みである。
お腹の中にいた頃に覚えたであろう鼓動や心音がよく伝わるから……とフェルンは推察しているが、以前その様子を見ていたシュタルクは「柔らかい物に弱いのは俺の血かなぁ……」とボヤいていた。
言わんとしていることはわかるし、シュタルクがそれを好きなこと自体は(対象がフェルンであることに限り)決して否定をするものではないが……
子供相手に何を言っているのだと、フェルンもその時は目で射殺していた。
閑話休題。
おとなしくなるようにシュタアルを抱きしめていると今日も今日とてシュタルクが横目でチラチラ見てくるのでフェルンは「後でなんでも聞くからさっさと本題に進んでください」と視線で促す。
「あー、……で、師匠。今日はなんか知らせたいことがあるって手紙でもらったと思うんだけど」
渋々、本題を切り出したシュタルクの言葉にアイゼンは頷き、続ける。
「ああ、以前言っていたが……お前の埋めた剣塚の墓標にふさわしい霊石が見つかった。
少し魔力を帯びた大きな硬化水晶だ。大きさと品質も良い。戦士の眠る墓石にはちょうどいいだろう。
どこかの好事家に見つかる前に回収しておきたいがどうだ?」
切り出された話はそんな話だった。
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この地にたどり着いたばかりの頃、魔物の駆除の後にシュタルクが真っ先に始めたことは、戦士の遺体があったであろう場所に残った彼らの遺品の装備の回収だ。
剣を墓標代わりに、鎧を大理石代わりに。骨すら残らぬ彼らにとっては身につけていた装備が唯一存在を証すものであり、名前すら掘られていない。
想いはシュタルクの心の中にあり、この地を守り戦った証拠はシュタルク以外誰も知らない。
結果としてできたのは、シュタルクがこの地に残るきっかけを作った戦士の魂の眠る剣塚。
たった一人の少年を守るために戦った誇り高き愛する兄とその仲間達。
そして、最期まで判り会えなかった父……
本来、アイゼンからの申し入れは願ってもない話だ。いつまでも野ざらしの剣ではいけない。
だがしかし、そんな意に反してシュタルクの口から出たのは難色を示す言葉だった。
「……師匠。ありがたい話なんだけど、まだ――」
そんなシュタルクにアイゼンは当然の如く疑問を投げ掛ける。
「何故だ?このまま剣が朽ちていくのを眺めているつもりか?」
金属部分が多い剣を雨ざらし天日ざらしではそう遠くないうちにだめになってしまう。魔法である程度緩和出来るが限界はある。
「いや、そんなことは……」
アイゼンはそんなシュタルクの様子にため息をついた。
怒っている様子ではないが、呆れているようではあった。
「まったく、大人になったと認めたらすぐに子供のように振る舞うな……相変わらず、隠し事の下手なやつだ。
悩みがあるなら素直に言えばいいだろう。
フリーレンとフェルンから伝え聞いているぞ。お前が納屋に一本だけ剣を隠し持っているとな」
「ぐっ……」
フェルンどころかフリーレンとアイゼンにまで筒抜け……
慌ててフェルンの方を見ると彼女はプイっと顔を背けた。
隣のフリーレンはごめんね!っていった風味でおどけて小さく舌を見せていた。どこで覚えたんだその仕草……
(相談せずにいた事、怒ってるのかな……)
アイゼンやフリーレンはさておき、シュタルク一人で悩みを抱えることはフェルンが怒りそうなことではある。
「霊石そのものは抑えている。注文すれば数日で届くものだ。どうする?」
アイゼンの言葉は、急かしているがあくまで冷静にシュタルクの判断を仰ぐものだ。
シュタルクが迷うのはその残された一本の剣を弔うことに未だ飲み込めない想いがあるからだろうと理解したようだった。
「何を思い悩んでいるのかは……、あえて問いただしはしないが、採掘屋達に確保させ続けるのも不憫だ。それにタダではない。早めに結論は考えておけ」
アイゼンは突き放つような言い様だが、その実、霊石の確保や諸々の手続きなど実に手厚い対応を裏でやっている。
それだけ大切なことだと認識してくれているのだろう。
「ごめん、師匠……すぐに、すぐに返事するから」
シュタルクの言葉を聞いたアイゼンは肩の力を抜いたようにため息をついて立ち上がり、シュタルクの肩をたたいた。
「まあ、急かせるような言い方をしてしまってすまなかった。ひとまず答えが出るまで、厄介になっても構わんか?」
アイゼンの言葉にシュタルクは苦笑いをしながら
「……もちろんだ」
と応えた。
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シュタルクから滞在の了承を取り付けたアイゼンはそのまま片手を上げながら客室の方へ向かう。
そんなアイゼンの後をフリーレンが追って声をかけてきた。
「アイゼン、お茶でも入れようか?」
「ああ。というか、お前はあっちにいなくていいのか?」
横目でチラリとシュタルクの方を見ると、フェルンが歩み寄っていく姿が見えた。
「こういうときは意外と私が近くにいないほうが良いんだよ」
「……知恵が廻るようになったな」
「成長したって言ってよ」
少しだけふくれっ面をするフリーレンをみてアイゼンは苦笑する。
「まさかあのフリーレンが空気を読んで意図的に二人きりにするなんて、ヒンメルやハイターに聞かせてやりたいもんだ」
色褪せない思い出の中の2人と変わりゆく時代。いつか自分もあの2人に再び出会うことがあったのならいろんなことを聞かせてやりたい。
■父親と錆びた剣
「シュタルク様……」
胸元に幼いシュタアルを抱いたままフェルンはシュタルクの隣に座る。
「フェルン、ごめん……」
思うところがあると謝罪から入ってくるのは昔からの相変わらず。
「私に謝るほど悪いことをしたのですか」
「いや、そんなことはないけど……でも、俺はフェルンに相談もしていな……」
ずっと、父の剣の事で迷っていたこと。それをフェルンやフリーレンに伝えずにいた事。
それは謝罪するべきことだと伝えようとした時、フェルンの人差し指で言葉が遮られた。
「シュタルク様は本当にしょうがない人ですね……」
そう言ってフェルンはシュタルクの肩に身を寄せ体重を預ける。
フェルンが身を寄せたことで手が届く位置に来たからなのかシュタアルがシュタルクの服の裾を掴んだ。
「あー?」
幼い瞳は不思議そうに父親を見つめている。
そんなシュタアルの頭をフェルンは優しく撫でた。
「シュタルク様の悩んでいること、全部はわかりませんが、どうして悩んでいるのかは知っています。
……ゆっくりと考えたら良いと思います。私はずっと隣で支えますから」
「……フェルン」
「ですけれど」と1拍置いたフェルンは空いている方の手でシュタルクの手を掴んだ。
「逃げずに答えは必ず出してください。
あなたは……今は私の夫で、そしてこの子のお父さんなのですから――」
フェルンの言葉に耳を傾けるシュタルクは、父親と呼ばれるようになった日のことを思い出す。
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それは数ヶ月程遡る話
「シュタルク様……抱いてあげてください……」
そう言ってきたのは人生最大の大仕事を終えたフェルンの言葉。
シュタルクにとって今まで様々な戦いを共に駆け抜けてきたフェルンがここまで疲弊した様子を見たのはもしかしたら初めてかもしれない。
全身が汗だくで、目元には涙の跡もあり、全力を尽くしたであろうその体はまだ疲労を抱えている。
それでも満面の笑顔で、ようやく泣き止んばかりの小さな新しい命を大切そうに抱きかかえる彼女の姿に、これが慈愛に満ちた母の姿なのだと感じた。
「おめでとうございます。元気な男の子です」
オルデン家からはこの日のために遣わされたベテランの使用人のライニはフェルンから受け取った子を用意していたタオルで包み、優しくシュタルクへと渡す。
「……あ、ありがとうございます……」
壊れないよう、傷つかないよう、恐る恐る震える手で受け取った子供を抱き上げると、その子はシュタルクが何者か判っているように嬉しそうに笑う。
その姿を見て、そしてその手に抱いて感じたのは重さ。物理的なものではなく命の重み。
シュタルクが諦めてしまえば簡単に失われてしまう脆い存在なのに、それが世界で何よりも大切なものだと本能が訴えかけて来る。
気がつけば、「ありがとう……」と感謝の言葉を何度もつぶやきながらボロボロと涙を流していた。
そうして初めて実感したのは妻のフェルンは母親になり、シュタルク自身は父親になったのだという事実。
そして、どんな困難があっても、何があったとしても父とは子を愛して止まない物なのだという実感。
「嬉しくて泣くことは悪いことではないと思います。でも、落ち着いたら毅然としてくださいね」
―――シュタルク様は……その子のお父さんになったんですから
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「……お父さん、か……」
フェルンに言われたことを反芻しつつ、父親として家族を持った日の事を思い出しながら、また納屋にしまってある一本の剣を手に取る。
遺品を掘り返していたあの日、シュタルクの父の剣を見つけた時は息が詰まった。
大切なものだと、己が家族の大事なものだと瞬間的に思った。
それと同時に嫌悪感にも近い、複雑な感情も覚えた。
どれだけ修行に打ち込んでも、どれほど痛みを伴う程の訓練をしても一度も振り向いてくれなかった父のものだと。
村を代表し、守り続けるためには仕方のない話なのだ……期待に答えられない自分が悪いのだ……幼い頃は何度もそう自分に言い聞かせ続けていた。
であるならば、父の剣を剣塚に刺さなかったのは、未だに残っていた子供のわがままの残滓なのかもしれない。
発見してから、こっそりと隠し持ち……時間も経過して、シュタルク自身の立ち位置が変わった。
「なあ、親父……」
自分のことを見て欲しいと、認めて欲しいと声に出せずとも剣に乗せた想いは届くこともなく、果ては何もかもが灰燼へと消えた。
今現在のシュタルクの生きる人生においては最早思い出でしかない終わった話。
弔い、英霊として奉り、戦った事実を忘れること無く感謝する……ただそれだけの話。
だからこそ今、分からない。この剣の主である父はシュタルクの事を本当はいったいどう想っていたのだろうか。
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「件の剣はそれか」
納屋の入口から聞き慣れた声がする。
「師匠」
アイゼンはそのままシュタルクの隣までやって来て剣の刀身をゆっくりと眺める。
「ヒビが入ってなければ立派なものだ。しかし、剣としてはもう死んだも同然ではあるな。
なぜ後生大事にとっている」
その質問にどう応えるべきか、シュタルクは一瞬迷ったが既に把握されているだろう。
「親父の剣だ。そこのマントと胸当てといっしょに落ちていた。
なんか、塚に立てることが……出来なかった」
「父親か……」
アイゼンは戦士の村にいた頃のシュタルクの事はあまり細かくは聞いていない。
本人が口にしていたことだけだ。ただ、断片的な話からおおよその推察は立つ。
村から一人逃げて来た彼は修行の最中でも常に自身を役立たずだと卑下していた。
シュタルクは拾った当初から体は同年代の子と比べるのがバカバカしくなる程の逸材だ。
無駄のない、子供特有のやわらかさ靭やかさを兼ね備えた筋肉。
ちょっとやそっとでは息も切らさない並外れた持久力。
静に入れば他の一切を遮断する集中力。
これは資質の一言では済まない研鑽の上で成り立つものだ。
ましてや、本来、厳しい鍛錬の末の能力を幼い子供の身で獲得するのは正気の沙汰ではない。
戦士の村で過ごしていたシュタルクが何故そうなったかなど判りきった話だ。
そんな彼が父に対して思うところがあるという。
(理解も、和解もする前に、逝ってしまわれたか……)
無理もない。大人の手助け無しに生きていけない程に当時のシュタルクは幼かったのだ。
親の真意などわかろうはずもない。
「聞き及んだお前の兄や、仲間たちとともに弔うことに抵抗があるのか?」
「わからない……」
「判らない? 何故だ? 」
アイゼンがシュタルクの方を見ると彼は口元を抑えて悩んでいた。
「どう考えても弔うべきなんだって判ってる。最後はそうするべきだって」
「ふむ……」
「でもいま、抱えていた想いをすべて妥協して、ただ弔ってしまえば……
俺は2度と親父のこと考えなくなっちまう。そんな気がする。
きっと真意はもう誰にもわからない。でも、わからないからこそ俺だけはちゃんと理解してあげたいんだ」
アイゼンは、少し彼を侮っていたかと反省した。
恨みや憎悪で、整理できずに苦しんでいたのかと思っていた。
「――だって、俺はもう人の親で……。俺自身が、俺の子に、何も理解されないまま忘れられるなんてやっぱり淋しいよ。
俺は……そんなことは嫌だ……」
泣いて笑うような、複雑な笑顔を浮かべるシュタルクを見てアイゼンは少し安堵を覚えた。
こいつはまだ倒れていない。俺の弟子は、俺の息子は大丈夫だ。乗り越えられるだろう。
「そうか……、では存分に悩め。俺も一緒に悩んでやる」
そう言って、アイゼンはシュタルクの腰に後ろから拳を当てる。
10年程前なら肩ぐらい叩こうものだが、もうアイゼンでは手が届かず格好がつかない。
シュタルクは随分大きくなったのだ。
■霊石を求む
翌朝、目覚めたシュタルクが目にしたのはやわらかく大きな双丘……ありていに言ってしまえば時期的に平常時よりサイズアップしているフェルンの胸元だった。
すぐ近くから聞き慣れたフェルンの吐息が聞こえてくる。実はと言っては何だが比較的いつものことで、寝ているうちにお互いがお互いを抱き枕にしてしまう。
(…………)
悲しいかな、こういう時とりあえず思考が一度停止してしまう。
朝から妙に気になるというよりかは、このまま彼女の鼓動と呼吸の音に包まれて埋まったままでいたいという衝動に駆られるからだ。
まあ、いつもなら、そうしてしまうのだが、今は……そういう時ではない。
(そうだ、朝だった……!!)
強い気持ちで自分を奮い立たせ、フェルンを起こさないようにと、自由の効く左腕を後頭部に回して包み込むように抱えている彼女の手をそっと掴む。
ゆっくりと引き剥がそうとするとフェルンの顔が不満げに歪んだ。
「んぶッ!!」
本能的に抱きかかえているものを取り上げられる事を嫌がる反応か、より強く抱きしめられたシュタルクの顔はより深く谷間へと引きずり込まれる。
(外れないッッ!ちから強!?)
無茶な姿勢とは言え、フェルンの細腕のどこにそんな力が湧くのか……全く外すことが出来ない。
結局5分程そんなワチャワチャを繰り返した結果、フェルンの脇腹をつつくことで一瞬の隙を作り、ようやく抜け出すことに成功した。
脇腹をつついた時に変な声を出させてしまったが……シュタアルも専用ベッドで寝ているし、フェルンも起きた様子はない。
(変な汗かいちゃった……)
早朝の素振りでもしながら頭を整理するつもりだったのだが……やる前から汗だくである。
「―――から……」
不意にフェルンの口から声が溢れ、起こしちゃったか!?と反応してしまう。
「……私が……隣で……支えますから……」
寝言だ。……だが、これは偽らざるフェルンの意思であろう。
(やっぱり、気を使わせちゃってるよな。ゴメンなフェルン)
フェルンもアイゼンも、そして苦言も言わずに事態を静観しているフリーレンもシュタルクの迷いに付き合ってくれている。待ってくれている。
差し伸べられた手を取らず、向けられた厚意を受け取らないのは違う。その時間はありがたく考えさせてもらおう。
だが、その優しさの上にあぐらをかくのもまた間違っている。だからこそ、今はまっすぐ逃げずに考えるべきだ。
✧ ✧ ✧ ✧
いつもなら目が覚めると自分を包むように身体に回されている触り慣れた筋肉質な腕がいないことにフェルンは気付いた。
上半身を起こし、キョロキョロと見渡すとシュタアルはすやすや寝息を立てており、シュタルクだけがいない。
―― ブンッ!
風を切るような音が聞こえたので窓から外を見るとシュタルクが戦斧を構えて素振りをしている姿が見えた。
少しだけ朝冷えのする時期。フェルンはストールを巻きながら眠っている我が子を起こさぬようにそっと部屋の外に出た。
「おはようフェルン」
庭まで出ると、シュタルクはフェルンの方を向かず視線だけ向けて声をかけてきた。
「シュタルク様、今日は特に早いのですね」
基本的にシュタルクは余程疲労を重ねない限りは寝坊をしない。疲労を重ねる日は……まあ、無くもない……お互い様だが。
「ちょっと考えたいことがあってさ、うるさかった?」
「いつもより朝が寒くて目が覚めてしまいました」
「うっ……、ごめん……」
そう言われるとシュタルクも返す言葉もない。
別に温めてあげていた訳ではないのだが……、お互いがお互いをってのはある。
しばらくの沈黙の後、シュタルクは素振りをしながら言葉を続けた。
「師匠の申し出。とりあえず受けようと思うんだ」
シュタルクの言葉にフェルンは当然の質問を返す。
「答えは出たのですか?」
そんな問いに対してシュタルクは斧を振りながら勢いよく「まだ」とだけ応えた。
「では何故?」
フェルンの追求にシュタルクは素振りをやめて、戦斧の柄を地面に付けた。
「多分、悩み続けても答えは出ない。だから、期限をつけようかなって。
全部終わるその日までに結論を出すよ。だから、俺は親父の剣をきっちりと弔う準備を進める」
朝日が射す中で笑う夫の笑顔に魅入りつつ、相変わらず自罰的に厳しい彼に苦笑する。
「シュタルク様がそれで良いのなら、私もそれに賛同します」
フェルンの言葉を聞いたシュタルクは「ありがとう」と小さく呟いてまた素振りを再開し始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
案外朝には弱いアイゼンが目覚めて起きてきたのはおおよそフリーレンと同じタイミング。
シュタルクとフェルンが朝食の準備を一通り終わらせた頃合いだった。
朝食を取り終えたタイミングでシュタルクはアイゼンに向き直った。
「師匠。墓標となる霊石の件、話を進めてくれないか?」
シュタルクの言葉にアイゼンは目を見開いた。
と言っても彼の表情の違いを見分けられるのは弟子のシュタルクと古い友人のフリーレンぐらいだが。
「良いのか?」
「答えが出た訳じゃないけど、頼む」
シュタルクの勢いに一瞬気圧されたアイゼンだったが、すぐに持ち直しでうなづいた。
「判った。剣や防具は回収しても構わんな?」
「ああ……かまわない、けどそんなのどうするんだ?」
シュタルクの質問にアイゼンは腕を組みながら応える。
「金属具はすべて溶かせて土台の骨にする。加工して錆止めの魔法をかければ問題がなくなる」
「錆止めの魔法って、言葉だけ聞くと便利そうなのですけど、道具に利用するケースを見ませんよね?」
と口を挟んできたのはシュタアルに朝食後のミルクを与えていたフェルン。
「ああ、それはね。 結晶化しちゃうからだよ」
フェルンの問いにフリーレンが紅茶を飲みつつ応える。
「錆止めというより……逆に鉄鉱石みたいな状態にすることで状態を安定化させるんだ。
要するに鉄としての頑強性や伸縮性の特性はほぼ無くなっちゃうから使い道が限られるんだよ」
「なるほど……、土台とするというのはそういう」
腕を組んで話を聞いていたシュタルクは納得がいったというふうに目を開く。
「つまり、剣はすべて、墓標の一部になるってことだな……」
兄の剣も、仲間たちの武器も全部墓石へと変わる。父の剣もそこに加わる。
失われてしまう。でもそれで良いのだろう。剣は振るう持ち主が居てこその武具だ。
だから……すべて持ち主の魂の元に帰るべき物だ。
「炉に焚べる日は、お前に任せる。工房の連中にもそう伝えておこう」
アイゼンはシュタルクの考えていることを理解しての言葉であろう。
ならば後はシュタルク自身の問題だ。
■思い出の中の思い出無き父
『どうしたシュタルク、打って来い』
『その程度か、俺を失望させるな』
『それで音を上げるならお前は失敗作と言わざるを得ない。出直してこい』
シュタルクの記憶の中の父はおおよそそのようなイメージだ。
何度も繰り返されたその言葉はいつしかシュタルクから失望への恐怖という感情を消し去り、何かを言われても泣き崩れることすら無くなった。
それでもシュタルクが無事でいられたのは兄の優しさが守ってくれていたからだと思う。
そんな兄と
「親父の事を悪く思わないで欲しい」と言われていたのを思い出す。
幼かったシュタルクにとって大人だった父は絶対的に正しい筈の存在だった。
だから、父が間違っていると言うならば自分がなにか間違っていたのだろうと。
たとえ褒めて欲しくても、自分が間違っているから褒めてもらえず、感謝してほしくても、自分が間違っているから感謝はされない。
相手は正しく、自分が間違っている。子供特有の、親に対する絶対的な信頼がそうさせていた。
✧ ✧ ✧ ✧
『親って……もっと立派なものだと思っていました』
そんな言葉を漏らしたのは幼いシュタアルにミルクをあげていた時のフェルンの言葉だ。
『私を産み、守ってくれた両親、助けてくれたハイター様。生きる術を与えてくれたフリーレン様。誰もが私達の想像だにしない知識と使命感を持ち子供を守り導いているのだと』
『フリーレンはちょっと違わないか?』
フェルン言葉に素朴な疑問を投げかけると彼女は苦笑して応えた。
『フリーレン様は人としては問題も多いですけど、それでも確かに幼い私を支えてくれた一人ですよ』
『そっか……。
知識と使命感……たしかに、子供の目からはそんな風に見えてたのかな?』
シュタルクには確かなことは判らないが、右も左も知れない子供から見ると親の判断は絶対的な正しさを持っているものだと思っていた。
『けど、蓋を開けてみれば……結局少し前まで誰かに手を引かれていた私達が、あの頃から地続きに手探りのままに親となってしまっているのが真実だと思うと少し可笑しくて』
フェルンはそう言いながらミルクを飲み終えたらしい我が子の姿勢を変えつつ、自分の着衣を直して、彼を抱きかかえたまま背中をトントンと優しく叩く。
口から溜め込んでいた空気を吐き出したのを確認するとフェルンは『いい子ね』と言いながら彼を抱きしめた。
フェルンはオルデン家からお手伝いに来ているライニさんから、様々な事を実地で教わり、みるみるうちに本当のお母さんになっていた。
シュタルクも何もしていないわけではないが、隣で見ていてもその努力と勤勉さは尊敬に値する。
けれどそれは女神に与えられた使命感に準じた訳でも、彼女の生まれつきの資質でもなんでもない。
我が子のために親であろうと必死に努力している。
何のことはない。今シュタルクとフェルンは子供の親であれるように、親としていられるように、思い悩み、学び、親でいようと努力している。
幼い頃あれほど絶対的な存在だったものは気がつけば自らがその立場に立っていて、蓋を開けてみればそれぐらいあやふやな存在だった。
大人も親も、完璧な存在ではなく悩み続けている。
それは、自分達だけではなく己を支えてくれた先人達もそうだったのだろう。
『考えてみればあたり前のことなのに、実際にそうなってみなければ判らないものですね』
フェルンはそう言いながらシュタルクに向かって微笑んでいた。
✧ ✧ ✧ ✧
亡骸無き魂の眠る場所、戦士達の剣の塚。
そこは、シュタルクがこの地に来た時に墓を模して作ったものだ。
形式的な話で言えば、残された武具以外は何も無い墓。だが宿る魂はあると思っている。
塚の中で一番高い位置に挿したのは、兄の使っていた剣だ。
当時の戦士の村の最強の剣士であり、襲いかかってきた魔族に最期まで立ち向かい、シュタルクを逃がしてくれた兄。
そして、シュタルクが持っているのは納屋から持ち出した父の剣。
「親父、やっぱり親父と俺との思い出じゃ、親父が何を考えていたかって判らないよ。
でも兄貴は親父のこと許してやれって言っていた」
結局、余裕のない子供が見たままの世界を見たままに思い出として残しているだけの風景
「きっと俺の知らない事情や、知らない親父がいたんだろうな」
判り会えないまま、父の想いも知らないまま、逝ってしまったのでもう二度とわからないだろう。
でも――
「親父、俺も家族と子供をもったんだ。あの日子供だった俺は、親父と同じ父親になったんだよ。
あと、この地域一帯の領主みたいなものにもなっちまった。笑っちゃうだろ?」
兄の剣の隣に、父の使っていた防具を置き、その直ぐ側の地面に剣の切っ先を向けた。
「毎日悩んでばかりだ、いつも迷ってばかりだ、間違うことだって沢山ある。
でも、振り返ってみたら昨日より少しだけ前に進んでる」
ここにある剣は数日後には引き抜いて、炉で溶かして慰霊碑の土台とする。
だから、これは一時的であり形式的なものだ。しかしシュタルクにとっては必要な禊とも言える。
「大人も、親もそんなものだとようやく理解した。
親父も――そうだったんじゃないのか!!」
シュタルクはそのまま、兄の剣の隣に勢いよく剣を突き刺した。
「兄貴、親父、今までごめん。ようやくこれであの日の家族が揃った」
突き刺した剣からシュタルクが手を離そうとした時
―― 大きくなったな……
一瞬そんな言葉がシュタルクの耳に響いたと同時に眼の前が強い光に包まれた。
✧ ✧ ✧ ✧
眼の前に映ったのは赤毛の女性が胸に抱いているタオルにくるまれた赤ん坊と、それを受け取った大人の剣士。
……少し記憶より若いが、間違いない。右目の傷、隻眼の黒い剣士、父だ。
赤毛の女性は体中汗だくで、少し疲れている様子だけど嬉しそうに何かを父に言っている。
うっすらとした記憶だがわかる……あれは、早くに亡くなってしまった母だ……
そして、これは少し前に同じ光景をシュタルクは見ている。
(これは俺が産まれたときの記憶……か?
父は、泣き止んだ赤ん坊の顔に指を差し出すとその子はその指を力強く握る。
意外そうな顔をしたシュタルクの父は、まだ赤ん坊のシュタルクを嬉しそうに高く掲げた。
父は口を開き、何かを言っているが言葉はシュタルクには聞こえない。
――ああ、でもわかるよ。
――ここで俺の名前が決まったんだな。強き子になるように。シュタルクと。
父が寝台の上の母に赤ん坊のシュタルクを渡すと、入口から赤い髪の少年が少し遠慮がちに入ってきた。
おそらく幼い日の兄だろう。父と母が兄に対してなにかを伝えると兄は嬉しそうに赤ん坊のもとへ駆け寄り頭をなでていた。
幸せそうな家族の光景。本当にそうだったのか、シュタルク自身がそうあって欲しいというものを見せられているのかはわからない。
しかし、先日の自分が感じた幸せと何一つ変わらぬものがそこにはあった様に見えた。
✧ ✧ ✧ ✧
「――タルク様!……シュタルク様。大丈夫ですか?私が判りますか?」
気がついた瞬間、シュタルクはフェルンに支えられていた。
「あれ……、フェルン……?」
「よかった。急に膝をついて脱力したので、何事かと……。立てますか?」
「気を失ってた?」
「膝から崩れ落ちてたところを支えてすぐですが、数秒自失しているように見えました」
フェルンの顔を見るに本当にそうだったのだろう。現実には数秒の出来事だったようだ。
今のは何だったのだろうか、オレオールから連れ帰ってきた魂の記憶の一部なのか、それともシュタルクが求めて止まないモノを自己暗示で見てしまったのか。
物言わぬ父の剣はまるで「自分で勝手に考えろ」と生前の憮然とした仕草で語りかけてきている様に思えた。
なんだか可笑しくて小さく嘆息してから「ありがとう」とフェルンの肩を軽く叩きシュタルクは立ち上がった。
■あなたのターニングポイント
幼い頃、父に対して尊敬と畏怖が混じった感情で相対し、ちゃんと話し合う間もなくその機会を失うことになった。
行き場を失った気持ちは小さな憎しみと後悔、残りは自責の念となって心に残っていった。一種のトラウマと言うやつだ。考えないようにして生きてきた。
しかし、時は過ぎ大人となったシュタルクはもう目を背いていけない状況にたどり着いた。
父に本当はどう思われていたのか? そのことばかりが頭を堂々めぐりして考えがまとまらなかったが……
今ここに来て、ようやく考えがまとまった。
――関係ない。
そう、関係がない。生前の父がシュタルクに対して失望を覚えていたのかもしれない。
あの日の自分はその父の期待に応えられず、親子らしい関係を築けていなかったのかもしれない。
だが、関係などない。
父と母が愛しあったからこそ自分が産まれ、兄やたくさんの仲間たちに背を押され、守られ生きてきたからこそシュタルクに今がある。
師であり親代わりであるアイゼンと出会えた。
隣を歩いてくれるフェルンと出会えた。見守ってくれるフリーレンと出会えた。
そして、家族となり、父親になることが出来た。
ならば、ここに導いてくれた大勢の人たち、産み落としてくれた父と母、その全てが今のシュタルクを形成する大切なものだ。
だから……関係がない。
相手が真の意味で愛を注いでいたかどうかなんて関係がない。尊敬したいから尊敬するのだ。
愛情があったと信じたいから信じるのだ。大切なことだと思うから愛するのだ。
それはすべて、今繋いだ手の先にいるフェルンとその腕に収まっている我が子の未来につながるのだから。
✧ ✧ ✧ ✧
「俺の我儘で、ずっとひとりきりにして悪かったな、親父……
やっぱり、みんな一緒にいるべきだ……。まあ、兄貴以外は、親父が来ると悲鳴上げるかも知れないけど」
在りし日の思い出。父が訓練場に来るやいなや休憩中だったものも含めて全員がわたわたと真面目に訓練をしていた光景を思い出して一人笑う。
傍目には冷酷に見えるほど、堅物で、真面目で、厳しかった父だ。戦士の村の全員がある種の畏怖の目で見ていた。
それでも、戦士の村が魔族の襲撃にあうあの日まで安定していたのは父のような人間が村や家族の守るために前に立ち守り続けていたからなのだろう。
「不器用なだけだったんだよな……なあ、兄貴……」
方向性は違えど、自分もそうだからわかる。
だから今度は自分がうまく伝わるように努力しなけれならないのだ。
「いいのか、シュタルク?」
一部始終を見ていたアイゼンは後ろから声をかけてきた。
「ああ」
「では、せっかく塚に挿したんだ。回収する前に後ほど祈らせてもらう」
実父と養父。アイゼンも色々言いたいことはあるだろう。
そして、その姿はシュタルクには見せようとしてくれない。このひともまた、不器用な父なのだ。
「不器用な奴だらけで参っちゃうよな」
フェルンの腕の中で不思議そうに見ている我が子の頭を撫でると不意にフェルンが声をかけてきた。
「シュタルク様はそれぐらいいつも迷って、一生懸命に考えて、誰かのために頑張っている背をこの子に見せてくれれば良いと思いますよ」
「そうかな?」
「それに……」
フェルンはそう言いながらクスクスと笑い出す。
「シュタルク様が小賢しいと、可愛げがありません」
「どういう意味?」
結構若者とは言い難い歳が近づいてきたにも関わらず、未だに妻に可愛いと思われているのは威厳ある一家の大黒柱であろうとする者としてはどうなのか?
疑問は尽きないが、まあフェルンが幸せそうならそれでいいか。と、道に迷った時にいつも手を差し伸べてくれる彼女に感謝しながら空を見上げる。
―― まだまだ、やらないといけないこと、至らないこと、沢山あるけど……
―― 親父が望んだことじゃないかもしれないけど、頑張ってみるから見ててくれよ
■炉に焚べる剣
数日後、採掘屋のドワーフが大きな霊石が運んできた。前言通りの美しい硬化水晶。
宝石のような価値はないが、慰霊碑にはふさわしい。
それと同時に
「シュタルク、本当に良いんだな?」
「ああ、頼んだ」
こちらは別の……というか村の一角に工房を構えたアイゼンの古馴染みの職人ドワーフのティシュレー。
剣や防具の金属具を炉で溶かし、慰霊碑の土台を作ってくれる。
「さっき、霊石の採寸は出来た。寸分違わずはまり込む様に作ってやるぜ」
作業費はきっちりもらうけどな!という彼の言葉にシュタルクはやれやれという様子で苦笑いしながら。
「判ったよ」
と返した。
✧ ✧ ✧ ✧
ドワーフ達は、剣塚の剣に祈りを捧げるように一礼をしてから一本ずつ抜いていく。
誰もが、この場にいる英霊に敬意を払ってくれているんだなと感じる。
そうやって作業する姿を見ているとティシュレーが声をかけてきた。
「意外そうな顔をしているな?」
「いや、そんなことは……爺さんたちの仕事が丁寧なのは知っているしさ」
「そういう意味じゃねえよ。アイゼン、息子にドワーフの流儀を教えてやれ」
話を振られたアイゼンは「ふん」と嘆息しながらシュタルクの隣にやってきた。
「剣だろうと斧だろうと槍だろうと、全ての武具には使い手の魂が宿る。体の一部だと言って良い。
だから、主の身体のないコイツラは刀身こそが戦士そのものだ」
「戦士そのもの……」
「少なくとも、俺達はそう考えている。だから最大限の敬意を払う」
「そっか……、でも師匠、割と武器とか道具とかある程度は使い代えてなかったっけ?」
シュタルクがそう返すと後ろでティシュレーが大笑いをしていた。
アイゼンはため息を付きながら反論する。
「シュタルク、お前……そういうところだぞ。良いように受け取れ。あれだ、新陳代謝のようなものだ」
「えぇ……」
そういうところとはどういうところなのか……
なんか、難しいなぁと考えているとティシュレーも面白そうに口を挟んだ。
「程よく新陳代謝してくれねーと俺達職人が食っていけねーからな。
でもまあ、要はここだ!」
ドンと、ティシュレーはシュタルクの胸を拳で叩く。
「受け取り手の心の在り様だ。今あそこにある剣に魂が宿ると俺達は信じるから、あれは戦士そのものなんだ。
だから、これから剣を炉に焚べるのは彼らの火葬であり弔いだ。だからお前も祈れ」
「心の在り様として、信じるから……か、そっか。その通りだな、師匠、爺さん!」
そうだ、同じだ。本当の事実など関係ない。自分がそうであると、信じたいから信じるんだ。
だから……これは十数年前に一人の少年を生き残らせるために死力を尽くして戦った戦士達の真の火葬であり。弔いだ。
■父と子と家族
その後の作業はつつがなく行われた。土台の材料には遺品の剣や防具だけでは当然足りなかったため、
「最初に見積もりしてた時点でわかってた」とティシュレーたちが在庫の素材から出してくれたらしい。
どこまでも、見落としのない職人で助かる。
霊石の正面はきれいに削られ、戦士達の名前が刻まれている。
全員分思い出せるのか不安だったが、回収した遺品の数と思い出せた名前の数が一致して本当に良かったとシュタルクは胸をなでおろす。
流石にここで思い出せてない名前があったらあまりにもひどい話である。
「親父、兄貴、本当にありがとう……」
慰霊碑の名前に手を当てながらシュタルクがそうつぶやくと
「ようやく、一区切りつきましたね」
と、シュタアルを腕に抱えたフェルンが後ろから声をかけてきた。
「流石ティシュレー様。フリーレン様が設置してくれていたお花畑、ちゃんと残るように作ってくれたんですね」
慰霊碑の周りは魔法で作られた枯れない花がきれいに咲いている
「お義父様もお義兄様もこれでようやくやすからに眠れるとよいのですけど」
「大丈夫だよフェルン。親父も兄貴も満足しているさ。俺が言うんだから間違いないよ」
というと、フェルンはクスリと笑いながら応える。
「つい先日まで随分悩んでいたのに」
「良いんだ。信じるって決めたんだ。
今俺が、親父や兄貴や家族のこと、大切だって思っているから……今はそれが全てなんだ」
「シュタルク様がそう信じるなら、妻の私も信じるしかありませんね」
フェルンがそう答えると胸元でシュタアルが「あい!」と声を上げる。
目を見合わせたシュタルクとフェルンは一瞬あっけにとられてから同時に吹き出した。
「そっか、お前もそうだよな……俺とフェルンの子だし」
「そうですね、私達の子です。だから今度は、シュタルク様がこの子達と言葉でも重ねてください。
大切に想い合えていると、自然と信じ合えるように。シュタルク様にはそれが出来るはずです」
「そうだな……
――いや、待って。フェルンさん。子『達』?」
フェルンの言葉に気持ちよくうなずこうとした瞬間に若干引っかかるワードがあった。
目を丸くするシュタルクに対して言葉を発したフェルンはあっけらかんとした様子で応える。
「はい、達です。知らなかったんですか? いつも最後はあんなに好き勝手にするのに」
「いや……、それは、大変申し訳なく……はは……あはははは、そっか……じゃあ、もっと頑張らないとだな」
「そうですね、頑張りましょう」
フェルンの言葉を聞いたシュタルクは我が子ごとフェルンを抱きしめて笑う。
こうしてフェルンと共に歩めること、父親となれたこと。そして家族を持てたこと……
自分を守ってくれた人達、後押ししてくれた人達、大勢の人に感謝の祈りを捧げながら。
✧ ✧ ✧ ✧
「そう言えば、今回はずいぶんおとなしかったなフリーレン」
と、アイゼンは隣に佇んでいたフリーレンに声をかけた。
「だって私、お父さんの気持ちとかわかんないし……お母さんの気持ちならかろうじて」
「それを聞いたら今のフェルンが笑うぞ」
顎に手を当て、「うーん、確かに」とフリーレンはぼやく。
「でも、炉の火力とか霊石浮かせたりとか、錆止めの魔法かけたりとか結構色々やってたんだけどなぁ……」
「そういうのは、あそこで身を寄せ合ってるシュタルクとフェルンが落ち着いたらそれとなくアピールしておけ、夕飯のおかずが一品ぐらい増えるだろ」
「安っ!」
しょんぼり顔のフリーレンにアイゼンは嘆息しながら「そんなもんだろう」と返す。
「でもまあ、私は2人で乗り越えられるって信じてたし、私の出番なんて荒事がなければ本来これぐらいだよ」
そう言って満足気に微笑むフリーレンを見たアイゼンは「そうだな」と返しつつ自嘲気味に笑う。
シュタルクの思う父親像に実のところアイゼンも彼の実父と同様に良い背中を見せてはこれなかったという自覚はある。
だが、だからこそ大丈夫だろう。彼の弟子はいつだって転んで、失敗して、それでもまた立ち上がって前に進む。
「フェルンもいるしね、私も、アイゼンもしばらくは元気でしょ?」
「何も言っとらんが」
「何年の付き合いになると思ってるのさ、古馴染みのアイゼンの考えそうなことぐらいわかるよ」
「ふん」と憮然とした反応を返すが、今の感情もバレバレなのだろう。
だがまあ、フリーレンの言う通りだ。たとえどうなってもみんなが支える。
だから、きっとシュタルクは良い父親になれるだろう。
~ fin ~