葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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幕間の短編集_in_After_Aureole

■若奥様は待っている


 

中央諸国 クレ地方

 

10年以上前、戦士の村と呼ばれていた地には村とも言えない小さな集落ができている。

屋敷……と呼ぶような建物ではないが、族長の家屋が会ったであろう場所に鎮座した新築の家。

そこに住んでいるのはかつてオレオールへと旅をした元勇者一行の魔法使いフリーレンとその弟子のフェルン、その夫であり、その血筋の関係で名義上この地の主となってしまったシュタルク。

 

(………)

 

と言っても今はシュタルクはちょっとしたお仕事でグラナト領にまで出掛けており、現在はフェルンがお留守番である。

フリーレンは……一緒に留守番だったのだが、ちょっとした知らせを機に大急ぎで家を出てしまった。

 

比較的近所に未発掘のダンジョンが見つかったとかなんとか。

 

「はあ……」

 

『目処はついたからもうすぐ帰るよ。お土産もなにか探しておく』

 

アンニュイな表情でソファーに座るフェルンはシュタルクからの受け取った手紙を畳んだ。

グラナト領の使いの鳥が運んできたものだ。つい昨日届いた。

おそらく、今日の昼過ぎに帰って来るはずだ。

 

帰るべき我が家を手に入れ、シュタルクとようやく結ばれ、こんな穏やかな日々が来るとはという幸せ若奥様となったフェルンだったが……

シュタルク自身が故郷一帯の地域を管理する立場となってしまったため、彼は日々故郷を立て直すべく勉強の日々だ。

 

もちろん、シュタルクを支えたいフェルンも事務的な仕事は手伝っているのだが、こういう状態になると手元の仕事が終わったら何もすることがない。

有り体に言えば退屈だ。というか……新婚だというのに、現在シュタルクが家を空けて5日目。

1,2日は平気だったそろそろ深刻なシュタルク分不足に苛まれていた。

 

「シュタルク様が足りない……」

 

家には一人しか居ないため、こんな意味不明な言動も出来てしまう。口にしたところで全く意味はないが。

テーブルに突っ伏してテーブルの上に置いてあるシュタルクの愛用のティーカップを指でツンツンついているが気が晴れない。

 

考えてみると、シュタルクと出会ってから数日彼の顔を見ない事態は一級魔法使いの一次試験の時など特殊な事情の時ぐらい。

それ意外は基本的に、散歩や買物ぐらいの距離感しか離れないのが常日頃だった。

数日に渡ってシュタルクに接触出来ないのはこの生活が始まってからだ。

 

新婚なのだ、熱々なのだ、覚悟を決めたシュタルクが言葉にしずらい事を少し前にようやく解禁して、色々致してくれるようになったばかりなのだ……

もっと、こう……糖分が高めな日々があって叱るべきではないのか!?

 

一時的な枯渇のあまり、そんな感じ思考が頭の中をぐるぐる回る。

第3者のフリーレンから見ると、二人揃っている時、傍目に糖分過多な気はするのだがこういうものは当事者の実感が全て。

 

あと半日もせずに帰ってくるはず……ただただ気持ちだけがはやる。

帰ってきたら……抱きついて……撫で回して……吸って(?)……引きずり込んで(?)……

 

「……ッッ」

 

何かが臨海を迎え

突然、確信と覚悟を秘めたような顔つきでフェルンは立ち上がった。

そのまま無言でツカツカと部屋を移動し、クローゼットの扉を開く。

 

その中に掛けられているのはシュタルクのジャケットの換え。

この生活が始まってから新しく買ったものもあるので新旧いくつかあるが……比較的赤いものが多い。

 

ちなみに、今は仕事の関係上割とかっちりした正装で出かけているため、いつもの赤いジャケットはこの中だ。

 

「………」

 

ハンガーにかけてあるシュタルク愛用の赤のジャケットを無言で取り出したフェルンはそのままリビングに戻る。

ソファの前にまで来たフェルンは、少々はしたない……気もしたが……周りを見回して誰もいないことを確認し、シュタルクのジャケットを胸に抱きしめながらソファにダイブした。

 

フェルンはそのまま赤のジャケットに顔を埋めつつソファの上でゴロゴロと寝返りを繰り返す。

普段の彼女からすると目を疑う程に幼稚な行為だが、暴走する気持ちは止まらない。

 

――スゥぅぅぅぅぅぅぅ

 

無音の部屋の中で響く深呼吸の音。

普段使いしている彼のジャケット。こんなこと(?)もあろうかと『服の汚れを綺麗さっぱり落とす魔法』をあえて掛けずに置いておいた。

かび臭くならないように程よく天日干しもしている。

 

鉄分を含む汗の匂い。ああ汗臭い。とても……、彼の匂いがする。

 

そんな風に思ってしまうのにフェルンの瞳の奥に戻ってくる活力。

 

ジャケットに顔を埋めたまま、ピタリと動かなくなったフェルン。

ちなみに、動いてはいないがやや大きめの呼吸音はなおも部屋に響いている。

 

呼吸音が止まったタイミングでやっとジャケットからフェルンの顔がでてきた。

 

「……片付けよう」

 

ある程度満たされた瞬間に我に返るアレ。一種の賢者モードと呼ばれる現象。

しかし、根本的なシュタルク分不足に関しては解決していない。

とりあえず、ジャケット吸いをしたことにより冷静さはあと半日は持つだろう。

 

もうすぐシュルクが帰って来る。

この時フェルンは、この欲求不満がキーとなり、暴走するきっかけとなるアイテムをシュタルクが持ち帰ってくることになるとは思いもしなかった。

 

■お酒は二人が揃ったときに


 

北側諸国 グラナト領

 

「伯爵、これは?」

 

と眼の前に置かれた木の箱に入れられたワインの瓶を不思議そうに眺めるのは、グラナト領に仕事と勉強も兼ねて来ているシュタルク。

仕事……というのも戦士ではなく、領主としての勉強として文官のお仕事の手伝いだ。

 

「ああ、蔵の整理をしていると何本か出てきてな。結構前に献上されて寝かせていたものだ。

銘柄は今も続く老舗の名品だ。何本かあったから手土産にどうだと思ってな」

 

基本的に現地で数日の短期の仕事をやって、ついでにノウハウを学び。

故郷であり、自分の領地でもあるクレ地方の”元”戦士の村。その中で彼の妻であるフェルンの待つ自宅に帰る。

もちろんフリーレンも待っている。気まぐれに出かけてなければ、だが。

 

当然ながら、彼の元には時折荒事の Help も来るため戦士業もやめた訳ではないが基本的にはそんな日々を過ごしていた。

 

で、そんな中、世話になっているグラナト領から明日帰るのだが……土産にどうだと言われたのが先のワインの話。

 

「なんか、すごく高そうですね……」

「ああ、割と上物で15年ほど寝かせたからちょうど飲み時期だ」

「へぇ~。幾らぐらいするものなんですか?」

「一本の元の原価がシュトラール金貨5枚ほどだ

 熟成後はどんな値がつくかは、専門家に鑑定させんと判らん」

「へぇ~…………はあッ!?」

 

予想外に結構な金額が出てきてシュタルクは思わず手に持った木箱を落としそうになるが、一瞬で冷静になり思いとどまる。

お酒ってそんな高いの? マジで? いや銘柄に書かれた地域全然知らないんだけど!?

と、混乱したが割ってしまっては一大事だ。

 

「そんな……ずいぶんな値段のものをお土産って……これを……」

「ああ、一本持っていくといい。旨い肉と合うだろう」

 

……あ、やっぱり飲むんだ。

気前が良すぎる……いつだって資金難なシュタルクとしては原価がそれほどで現在プライスレスなものなら売ってしまうことを考えてしまうが……いや、適切な売り先知らんけど。

と、難しい顔をしていると、考えていることを察したのかグラナト伯爵は愉快そうに笑った。

 

「まあ、気持ちもわかるが、そういうものは美味いときに手に入ったのなら飲んでしまえ。酒は飲むものだ。資産として扱うなんて無粋の極みだぞシュタルク。

まあ、あと気の狂った価格のワインは割とある。これはまだ、”優しい”方だ」

「はあ……そんな、もんですか」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「これが……原価でもシュトラール金貨5枚もするワイン……ですか」

「そうらしい……」

 

帰宅した時は玄関を開けて顔を見た瞬間に華やいだ笑顔で「おかえりなさい」と

共に温かい抱擁で包んでくれたのだが……

そんな5日ぶりの感動の再会の抱擁もどこへやら、という様子でお土産のワインを眺めるのは一級魔法使い兼領主代行でかつ、今はシュタルクの若奥様なフェルン。

 

ちなみに、シュトラール金貨は10枚もあればシュタルクとフェルンとフリーレンが3食おやつ付きで1年間過ごせる金額だ。

今目の前にある一本のワインが3人の半年分の生活費と同等以上の価値を持つという。

 

世の中にはもっととんでもない価格のお酒もあるらしいが、今のシュタルクたちにとってシュトラール金貨5枚分というのは随分な高級品だ。

と言っても、この手の高級品は市場に流すとすぐに話が回る。それで譲ってくれたグラナト伯爵の耳にでも入ればまぁ当然失礼極まりない話となる。

 

((……じゃあ、もう、飲むしかない))

 

というか、そこまで言われるといっそ飲んでみたい。

 

旅の中でちょいちょいお酒は飲んだはりしたが、シュタルクやフェルンにとっては寒冷地で暖を取るためという意味合いが強く。

高級で美味しいとされるお酒はあまり口にしたことがない。

というか、あまり前後不覚になる訳にもいかず、いいお酒を飲むに飲めない日々だった。

 

今は家があり、酔いつぶれてもそのままベッドに飛び込めば誰にも迷惑がからない。

強いて言うならパートナーに迷惑をかけるかもしれないが。そこはもう、夫婦だし……お互い様でこれぐらいはよかろう。

 

そして、実はフリーレンが昨日から隣町で発見されたダンジョンに向かっており、しばら家を空けている状態。

夫婦二人きりで高級なワインが一本。申し訳もないが、こんな好条件そうそう訪れないだろう。

 

フェルンがゴクリと喉を鳴らす。

幼かりし頃の保護者ハイターは晩年酒を好んで飲むというほどのことをしなかったがフェルンによく言い聞かせてくれた。

 

『熟成された赤ワインというものは、よく焼かれた美味しいお肉の味を引き立てながらも、ワイン自身の味も相互に高めあい……それはそれは幸せな時間を提供してくれます』

 

そんな恩師の言葉を思い出しつつ……

 

「……シュタルク様。お肉を……赤ワインにあうお肉を買ってきましょう」

 

真剣な表情でシュタルクの方を向いてそう訴えかけた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「奮発していいお肉を買ってしまった……」

 

隣町まで急いで買い物に出た2人はしばらく吟味した結果、そのお店で買える中では上質な厚切りの牛肉を購入してきた。

もちろん一般販売しているものだから貴族たちが口にする類のものとは異なるだろうが……フェルンとシュタルクは全く持って庶民の舌なので問題はなかろう。

 

「フリーレンにバレたら絶対に怒られるな」

「数日も家を空けて出かけた上に、このタイミングでいないフリーレン様が悪いので構わないでしょう」

 

まあまあ辛辣なことを言うフェルン。実際シュタルクが戻る前に出てしまったフリーレンにも責はあり

どのタイミングで戻るかわからないフリーレンを待つぐらいなら、先にいただいてしまっても言い分は立つ。

 

いろいろ言い訳はしているが……

久々に夫婦水入らずの二人きりでいいお酒を使って晩餐……それはとても、夫婦っぽいシチュエーションでいいのではないか?

いつもフリーレンもいるし、なんだかんだで二人とも割と多忙だ。そんな最中に飛び込んだこの機会はたっぷり活かしてもいいんじゃないのか?

 

と、二人して思っているがあえて口にしない。

 

「まあ、残ったらまたフリーレンとも一緒に飲めばいいしな」

「そうですね、残ったら」

 

そう、残ったら……残らなかったら仕方ない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ジュ~~~という食欲をそそる音を鳴らしているのは先程買ってきたお肉。

 

キッチンには火の魔法で加熱が出来る火の元の台がありフェルンはそこでフライパンを使ってお肉を焼いている。

香草を足しているためか鼻腔をくすぐるいい匂いがする。こういう料理は冒険中に猪などを狩って捌いて作ったりしていたので慣れたものである。

 

なんとなく気になって、調理するフェルンの背中をカウンターに座って見ていると彼女はこちらを振り向いて

「楽しみですね」と笑った。

 

最初はお酒を飲み慣れない自分には度が過ぎたものだと思ったが、フェルンがこんなに喜ぶならたまにはこういうのも悪くない。

シュタルクは高級ワインをわけてくれたグラナト伯爵に心の中で深く礼を述べる。

シュトラール金貨数枚クラスのお酒は、まだまだ資金的余裕のない我が家では高級品だが、フェルンと一緒に飲むお酒が楽しいなら

一緒に美味しく飲めるお酒を探索するのも悪くない。……とシュタルクもその時はそう思っていた。

 

余談ではあるが、今のこの場にいないフリーレン。

実は適当にフラッと長期で家を空けているわけではない。二人にそれなりに気を使っている。

というのも、どうやらフェルンとシュタルクは自分がいるとなんか色々遠慮しているらしい事をそれとなくフリーレンも感づいているためだ。

いい感じで盛り上がりそうなときには家を空けて二人きりにしたほうが色々捗るであろうと、節目節目で家を空けている。

ダンジョン探索とかアイゼンの家に遊びに行くとか理由は様々だが。

 

何が捗るのか? フリーレンも詳しく説明することは出来ないが、捗ることで家族が増えたりとかそういう事であり……ひいてはフェルンの願いに一歩近づくらしい。

それはすごく……嬉しいことではある。

 

話は戻って……

 

「シュタルク様、お皿とグラス、並べていただけますか?」

 

むふー、といった感じの表情でフライパンを持ったフェルンがシュタルクに声を掛けてきた。

シュタルクも来るのは判っていたし、ちょっと暇だったのでテーブルに上の準備はあれこれ終わらせている。

 

「よし、じゃあいただこうか!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「おいしい……」

「口当たり、甘いな!」

 

それが、二人向き合ってグラスを交わして乾杯をした後、一口目を付けた二人の感想だ。

ワインはもちろん飲んだことはある。シュタルクとしては酸っぱくて難しい味だなと言うのが当時の感想だった。

 

もちろん、初めてエールを飲んだ時は苦いだけでなんでこれをみんな喜んで飲むんだ?

と、思っていたが……気がつくと不思議と慣れてしまったので

「お酒ってのはそんなもんで飲み慣れたら美味しく感じるんだろう。ワインを飲む修行(?)が足りないんだ」

そう解釈していたのだが、違った。ワインに合う料理と一緒に飲む、上等な物は美味しいのだ。

 

フェルンを見ると、口元に手を当てつつ大きな瞳をより一層見開いて驚いた表情をしている。

 

「今まで、私達が飲んでいたのは何だったのでしょう……別物です」

 

以前は路銀調整しながらの旅の中だったし、今もそんなに資金に余裕があるわけではない。そんな生活が傾くレベルのお酒買わないよなとシュタルクも笑う。

領主のお屋敷とかに呼ばれた時とかにはでてたのかもしれないが……正直ああいう場で出されるお酒って飲むに飲めない。

故に高級なワインを向き合ってじっくり飲むのは二人とも初めてのことだった。

 

「フェルン、おかわりいる?」

「は、はい……お願いします!」

 

空になったグラスを見たシュタルクは瓶を持ってフェルンのグラスにワインを注ぐ

 

「少し酸味もあるから肉にもあうなー。すっげーおいしい」

「はい、本当に……これは……すごく、語彙を失う感じでおいしいです。ハイター様……これが美味しいお酒というものなのですね」

 

ごめんよ、フリーレン……これは残らないわ……だめだわ。

窓の外の夜空を見上げると星空に薄く、悲しげな表情でサムズアップするフリーレンが見えた気がした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「はれ……もうあんまり残ってないれしゅ」

 

よほど気に入ったのかカパカパ飲んでいたフェルンが残り一杯程度になった瓶の中を淋しげに見つめながらそう言った。

ワインの瓶を持って底を確認したシュタルクは「本当だ……」と同意する。

 

「いいよ、フェルンが飲んでくれよ」

 

自分とシュタルクの空のグラスを交互に眺めたフェルンからは「わかりました~」と間延びした返事が返ってきた。

シュタルクは割と酔ってしまった自覚はあるが、自覚できるということはかろうじてまだある程度の判断はできる。

眼の前のフェルンはどうだろうか? ちょっと呂律が回ってなかったが。

 

「はい」

 

とフェルンのグラスに注いだあたりで、もし泥酔しているなら自分がもらったほうが良かったかな?とも思う。

グラスをフェルンに差し出すと、フェルンは突然ふらふらと立ち上がった

 

「え、なに……どうしたの?」

「そっち行きましゅ……」

「なんで?」

 

テーブルをゆっくりと回り込んでフェルンはシュタルクの座っている席に移動を始めた。

だいぶ酔っているためか、テーブルを支えに艶めかしくゆるゆると歩き、そのままシュタルクの膝に横向きに腰掛けた。

こうされるとシュタルクとしてはフェルンが後ろに倒れないように腕で支えざる得なくなり、いわゆるお姫様抱っこスタイルになる。

 

「え、なになになになに?」

 

突然のフェルンの奇行にアルコールで茹で上がっていた頭が若干冷静さを取り戻す。

フェルンは「シュタルク様のにおいがしましゅ」とシュタルクの胸元に収まりながら頬ずりをしている。

 

「んーーー」っと、テーブルのあるワイングラスに手を伸ばし始めたので、とりあえずシュタルクが代わりにグラスを取ってフェルンに手渡す。

 

「この状態で飲むの? こぼさないでね……」

 

こぼれてシミになっても翌日フェルンの魔法で洗えるけど。こぼしちゃうのも勿体ないのでとりあえず注意は促す。

こんなにわかりやすく甘えてくるのは、普段のフェルンからすると珍しい。酔っているせいで理性のたがが緩んでいるのか。

だとするなら普段はやっぱりこれぐらいの欲求を抱えているのだろうか?

新婚早々になんだかんだ頻繁に数日空けて待たせているのって申し訳ないな……という気持ちにも若干は感じる。

だが、それはそれ、これはこれ、やらねばならぬことはしっかりやらないといけないのだ。

 

まあ、そんなシュタルクの気持ちを知ってか知らずかフェルンは御機嫌な様子でグラスに残った最後のワインを一気に飲んだ。

 

「フェルン。そんな一気に飲んでだいじょ……ッッ、んっぐ!」

 

大丈夫かと注意しようとフェルンの顔を覗き込んだ瞬間、流れるような動作でテーブルにグラスを置いたフェルンはそのまま返す腕でシュタルクの首筋に腕を回した。

唐突な出来事に目を見開いてしまう。シュタルクの眼前にはお酒のせいか赤みがさしたフェルンの顔。

そして、判るのは口の中に強制的に流し込まれてくる先ほどまで味わっていたワインの味。

あとは、なんかワインじゃない柔らかい何かが口の中に侵入してくる感触。

 

「ッッ!!! ん~~~~!!」

 

口内に入ってくるワインとおぼしき液体と、シュタルクの口の中を弄る様に動く何かが

――ちゅっ、――くちゅっ……という粘性のある独特の水音を部屋に響かせる。

 

シュタルクの片手はフェルンの背中を抱えている。これは……離す訳には行かない。支えがなくなるととても危ない。

空いたもう片方の手でこの状況を打破は出来なくもないが……顔を掴んで引き剥がすというのは流石にできない。

そしてフェルンの腕はシュタルクの首をガッチりロックしており絶対に離さないという強い意志を感じる。

 

要するに無理やり引き剥がすと相当御機嫌を崩すだろうから、シュタルクに出来るのはフェルンの肩をタップすることぐらいだ。

わずかに開いた片目で必死に肩をタップするシュタルクの様子を見たフェルンは嬉しそうに首に回した腕をより強く締め付けてくる。

 

そのまま姿勢を直したフェルンがより深く口内に侵攻してきた折に、シュタルクの口内の舌が捕まった。

薄っすらと開いている彼女の瞳には『捕らえました』という喜びに満ちた色が見える。

 

「んん~~~!んんー!!ん~~~~!!」

 

こうしてシュタルクの舌が何度も弄ばれ、

何往復も口の中のを行き来する液体からワインの味がしなくなった頃。

ようやく、フェルンの腕の力が解かれてシュタルクの口も開放された。

 

「何なのッッ!!?」

「これではんぶんこ……」

 

そう言ってシュタルクとの間にねっとりとした糸引く唇を満足気に動かし

ニッコリと笑ったフェルンはそのままシュタルクの胸と腕の中で燃料切れのようにパッタリと意識がシャットダウンした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

あまりに突然過ぎてびっくりした。

とりあえず、……酔っ払ったフェルンの唐突に閃いた悪戯、だと思うことにしたい。

 

「そんなに欲求不満抱えさせてるかなぁ?」

 

いやいや、結構頑張ってると思うんだけど……え、もしかして足りないの? 色々気になるがシラフになると聞けない。

テーブルの椅子でこの姿勢のままはちょっと辛かろうと、フェルンを抱えたまま立ち上がる。

酔いが回っており少しふらつくが腕の中にある存在は絶対に守らなければならない。それは戦士の矜持だ。

なんとか踏ん張りながらソファーまで移動して、ゆっくりとフェルンを横向きに寝かせた。

 

「いっつもやってもらってたし、俺がやってもいいよな?」

 

フェルンの頭を浮かせて自分の膝を滑り込ませる。フェルンに比べると少々かたいかもしれないがそこは我慢して欲しい。

 

「いつも家で待たせていてゴメンな……でももうちょっとだけ頑張らせてくれよ」

 

そう言いながらフェルンの頭を撫でると僅かにくすぐったそうに体を揺らした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

およそ30分ほど経過した頃。

 

「ん……、ここは?」

 

フェルンが目を開いた。

 

「目が覚めた?片付けは明日俺がやるから、今日はもう休もうか」

「シュタルク様……ん」

 

シュタルクの言葉を聞いたフェルンは寝転んだ姿勢のまま両手をシュタルクに向けて差し出してくる。

 

「なに?」

「はこんで」

「えぇっ……」

 

どうやら、このお嫁さまは今日はとことん甘えるつもりのようだ。

しょうがないなーと寝ているフェルンを起き上げてから、背中に背負う。

フェルンを背負って運ぶだなんて慣れたもの……いや嘘。めっちゃ柔らかい。ちょっとお酒混じりのフェルンの匂いがする。

 

「んー、しゅたるくさまのえっち」

「なんでだよ」

 

まだ酔が残っているからか少しフラフラするがコケるわけにもいかないので気合でフェルンを2階へと運んでいると耳元では何やら嬉しそうなフェルンが「しゅたるくさま~」と呼んでくる。

「なに?」と聞くとクスクス笑いながら「なんでもないです」フェルンは答えた。

泥酔……というほどかはわからないが随分と陽気になっているようで寝室にたどり着くまでそんなやり取りを3回ほど繰り返した。

 

「フェルン、着いたよ」

 

寝室のベッドの前にたどり着いたので背中のフェルンに声を掛けると「フフっ」という声とともに

 

――はむっ!

 

耳を噛まれた。痛くはないので、いわゆる甘噛か。

しかし、噛みつかれたシュタルクとしては突然耳に感じる妙な感触には反応せざるを得ない

 

「はうっっ! ちょっ!なになになにっっ!?」

「しゅたるくさま、お耳かわいい、おいしそう……」

「……フェルン、何いってんの!?」

 

いただきます、という声と共により一層深く噛みついてくる。もちろん甘噛で。

 

「あふん……。ちょっ! フェルンやめて。

 力出なくなるから!」

 

執拗な耳責めに脱力してベッドに倒れ伏せるとそのままフェルンはシュタルクに覆いかぶさるような姿勢となった。

 

「……シュタルク様、かわいい……」

さっきまでの酔いの回ったふわふわ状態から打って変わって、なんとなくフェルンの声が鋭くなった気がしたその瞬間、首筋に噛みつかれた。

 

「痛ったぁ……!

 ちょっ、えっと、フェルン?」

 

と恐る恐る背後を振り返ると、いい顔で微笑むフェルンの顔。

ただ、瞳の奥に宿る光がなんとなーく狙いを定めた肉食獣のそれを想起させる。

 

「もう、遅いし今日はとりあえずベッドで寝ない……?」

「シュタルクさま……、食欲と、睡眠欲が満たされたら……後は何が足りないと思います……?」

 

ちょっと何言ってるかわからない。

あと、掴まれてる両手、魔法か何かわからないけど、ベッドに固定されて動かせない。

 

「今夜はフリーレンさまもいません。私達、夫婦が二人だけ……夜もまだまだ長いです……

 ねえ……シュタルクさま、何が足りないのですか……」

「な、なんだろうね……」

 

そのまま、フェルンの指先が示す通りにひっくり返され、ベッドにお仰向けに転ばされる。

その時見えたフェルンの顔は普段の彼女の様子からは異なり、恍惚さと嗜虐心を半々に混ぜた様な……悪い顔をしている。

 

流石にここまで来て何が望みかわからないほど子供でもない。

 

(これが全力で酔ってしまったフェルンかぁ……)

 

そう思いつつ、自身に覆いかぶさり今も首筋を舐めたりはむはむしている彼女に

もう抵抗することを諦めたシュタルクは「今夜はフェルンの望むままにする」と心に決め、天井を見つめつつぼんやりと

 

(…………ありだな)

 

と心のなかで呟くのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

結局翌日、いつもより遅れて起床したシュタルク。

すでにフェルンは起きている様子でリビングに出ると朝食の支度をしていた。

昨晩の片付けをやろうと思ったのだがそれも終わっていたらしい。

 

シュタルクの顔を見た彼女は申し訳なさげに昨晩の泥酔っぷりを謝ってきたので、

何も問題ないとなだめはしたのだが……

 

(フェルンは覚えているタイプなんだな)

 

昨晩の酔っ払ってからの記憶がしっかり残っていたようで……

ひたすら「何故あのようなはしたない事を……」と落ち込んで(?)いた。

 

うん、まあ、そうだね。

過去一責め立てられたものね……とは思ったが口には出さないでおく。

 

なんやかんやと血色だけはものすごくいいのでフェルンも色々溜まってたんだなぁ、と感じる一方で自分のせいでもあるので……きっとガス抜きは必要なのだと反省。

何をかと詳しくは申し上げられないが、もうちょっと頑張ろうと心に誓うシュタルクだった。

 

そして、そんなこんなでちょっとした夫婦の晩餐会は幕を閉じ

フェルンはシュタルクと二人きりの時以外は深酒を控えるようになり

シュタルクはそんなフェルンが好みそうなお酒をこっそり収集するようになったという。

 

~ お酒は二人が揃ったときに fin ~

 

■おしどり夫婦はデートがしたい


 

※本作は 蝶の髪飾りを外した日の後日談となります。

※時系列も本編から離れており、オリキャラ数の多い話になります。ご注意ください。

 

中央諸国 クレ地方

 

かつて戦士の村があったこの場所にフリーレンとフェルンとシュタルクが根をおろして十数年。

そこに建てられた彼らの家の中では、重大な会議が行われていた。

 

「えー、それでは……ご意見のある人」

 

といったのは青紫の色の外ハネしたツンツンヘアー、そして三白眼の少年。

 

「はい!」

「じゃあ、ティアさん」

 

挙手をして指名されたのは燃えるような真紅を髪と瞳に閉じ込めた可憐な少女。

指名された彼女は意気揚々と語り始めた。

 

「その、極秘経路……というか先日まで滞在していたザイン様の書き置きから流出した父様の計画していたデートコースの一部。

 いかほど母様の心に響くかを検証するために、私と兄様でまずロケテストとして一度回るべきだと思います」

 

どやぁ、という妹の表情を無視して少年は黒板に走らせようとした手を止め、書きかけの内容にバツ印を書いた。

「はい、却下ー」

 

「なんでですか!」

「良いわけ無いだろ!無駄にコストかかる上に何が悲しくて妹とデートコース回らないとだめなんだ!」

 

むぅ……と頬を膨らませる妹を無視して次の意見を募ろうとした瞬間

「はい」

と挙手したのは、朱の刺した瞳に紫の髪、全体の容姿はフェルンをそのまま幼くしたような少女。

「はい、エリシア」

「シュタアル兄様とティア姉様が一緒にお出かけするなら私も連れて行ってほしいです!」

兄と姉のやり取りと同様に指名されたのが嬉しかったのか、楽しそうに元気に答える。

 

そんなエリシアの回答を聞いた、兄様ことシュタアルはうーんと唸りながら熟考する。

 

「連れて行ってあげたいけど、流石に予算がね」

 

下心のない純真なかわいい妹のお願いに心動かされるが、どうにもならないものはどうにもならない……

そんな様子に若干納得いかないのはティアフォートの方。

 

「兄様、反応が随分違いませんか?」

「お前のぽっと出の我儘とエリシアのお願いは重みが違うんだよ」

 

それを聞いたティアフォートは頬に手を当ててため息を付く。

 

「……兄様は、私にそんな口を聞いても良いのですか?

 私、悲しすぎて、先月のティシュレー様に支払う予定の代金が揃わず私に泣きついてきた事、母様に話してしまうかも……」

「ぐっ……!!」

 

シュタアル少年は現在フェルンの定めた学業と自ら課した修行の裏でひたすらアルバイトに勤しむ日々を送っている。

というのも、シュタルクお抱えの工房技師に色々武器や道具を発注していたためだ。

少し前に彼の相棒となった工房製の特殊な剣もその一部となる。「俺の考えた最強の剣」を実現してくれたのは工房のドワーフたちの技術力あってこそ。

だが、高く付いた。結局、随分なコストが掛かっていたことがフェルンの耳に入り、それはもう落雷とも言えるお叱りを受けたのである。

 

その罰として、労働を元に規定額まで自分できっちり支払いをするというルールが課された。

アルバイト解禁を機にシュタアルのお小遣い制度は廃止され、工房への支払い以外も自給自足で毎日が資金難にあえぐ日々である。

 

――閑話休題

 

「そんな話はどうでもいいので……もとの話に戻そうぜ。

 ……お願いします」

「では来週の休日、領主館向かいのケーキ屋さんで季節のフルーツとクリームたっぷりロールケーキで手を打ちましょう。

 もちろん私とエリシアを連れて」

「私も良いのですか?」

 

驚いたような、申し訳ないような、一緒に行けるのが楽しみなような複雑な表情のエリシアが反応する。

「兄様がいいって言ったら一緒に行きましょうねー」とエリシアの頭を撫でるティアフォート。

二重の脅しではもう兄に抵抗することは難しい。母の雷は何より怖いし、お利口な末の妹の前では良いお兄ちゃんでありたい……

 

「お前……くっ……わかった。一個ずつだぞ」

 

とシュタアルが折れたあたりで妹二人はお互い手を叩いて「やったぁ」と歓声を上げた。

 

「君等、何の会議しているのさ」というのは部屋の隅で魔導書を読みながら様子見してたフリーレンの一言。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

さて、シュタルクとフェルンの子供達がこの取り留めない会議をしている理由は他でもない。

先日のフェルンの誕生日に、毎年のネタに苦しんだシュタルクはいつもとは趣向を変えて休日1日を使ったデートを申し込んだのだ。

シュタルクとフェルンはパッと見20代で通じてしまう見た目をしているが、既に3児を養っているそこそこベテランになってきたおしどり夫婦だ。

今更デートなど……と思いきやシュタルクのその申し出にフェルンはとても喜んだ。

 

子供達から見ても、物静かな母が何をするにも鼻歌混じりで楽しげだったり、どんな服を着ていくかを嬉しそうに物色していたりと……

一言でいえば、むちゃくちゃ浮足立っていた。

 

それ自体は良い。普段忙しい母には相応の報酬があって然るべきだ。

自分たちがかける労りと夫であるシュタルクの労りでは栄養素がおそらく違う。

シュタルクと何かすることでしか得られないものはあるらしく、フェルンは舞い上がっている様子だった。

 

だが、この天まで上がった母の期待が父の双肩にかかっていることは間違いない。

これはリスクを伴う。要するに、何らかの問題でデートが失敗しては家庭内の平和に関わる。

願わくば、何もかも幸せの最中に終わってくれれば良いのだが……問題は父だ。

 

父シュタルクは大陸最強の戦士、英雄シュタルクとして有名な人物であると同時にクレ地方の民衆からもとても好かれている優しい領主。

そして、子供たちや家族を溺愛する優しい父親。……ではあるのだが、vsフェルンとのことになると割と分が悪いことが多い。

 

もちろん、傍目にも愛妻家であるのは一目瞭然なのだが……

根っこが超純朴人間故に、いくつになっても乙女ハートを忘れない母フェルンの対応には遅れを取りがちになる。

そんなこんなで、そんなに奥さんに頭が上がらないことある? というのが彼に近しい者たちの共通認識だ。

 

という訳で、ふりだしに戻って「デート成功させよう大作戦」である。

ちなみに、フリーレン曰く「ほっといても大丈夫だと思うよ」と彼女は今回は作戦には不参加。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

戦士の村の跡地にあるシュタルク達の自宅から少し離れて、街道のすぐ近くに建設した交易街にあるクレ地方の領主館。

ここが日中帯のシュタルクとフェルンの仕事現場にあたる。

 

シュタルクとフェルンはそれなりに役割を別けているため、同じ部屋で机を合わせて仕事をしている訳ではなく

それぞれに割り当てた執務室で仕事をしている。内容が異なると関わる人間も変わってくるからだ。

 

シュタルクは外交や街から上がってくる嘆願・要望に対して承認したり、施策を打ったりする役割。

フェルンはそれに対して資金、資材、人材などリソース上の制約を加味して適切かどうかの監査を行う役割。

フェルンはシュタルクのように人の輪を崩さず調和を生み出すことは出来ないし、シュタルクはフェルンの様なきめ細やかな配慮が苦手だ。

互いに苦手分野を補いながら、飴とムチの様な存在で領主業を回している。

もちろん彼ら二人だけで回るものではないが。

 

そんな訳で今日も今日とて書類と睨み合うお仕事の最中だ。

 

「♪~♫~」

「……」

 

そんな中フェルンの秘書兼、魔法使いとしての教え子に当たるルーエは鼻歌交じりに書類仕事をこなしているフェルンの様子をまるでツチノコとかいうレアな魔物を見るかのような目で見つめていた。

 

ここ数日そんな調子であり、理由も一応知っている。 知ってはいるけれどもやっぱり違和感がすごい。

恩師であり、師でもあり上司でもあるフェルンはいかなる時も冷血と取れる冷静さで物事に当たる人物だ。

そんな師が、鼻歌交じりに楽しげに仕事をしている。

 

(……これは、シュタルク様は、大変でしょうね……)

 

相当楽しみにしている。浮足立っている。あのフェルン先生が。

フリーレンからすれば「フェルンは昔からそんなもんだよ」と言いそうではあるが、ルーエのように親愛と供に憧れと尊敬と畏怖を持っているものからすると、心の隙のようなものをフルオープンにしているフェルンは兎に角珍しいのだ。

 

「ルーエ」

「は、はい!」

「今日はもう大方片付いてしまっているので、早めに上がってもらっていいですよ」

 

しかもいつもより仕事が早い……

 

「は、早いですね……」

「今週の休暇の日には仕事の心配しなくていいぐらいにしておきたいので」

 

にこやかにそう答えるフェルンにルーエは「どうか、この恩師夫婦のデートが無事平穏に終わりますように」と願わずにはいられない。

この夫婦のちょっとした痴話喧嘩はさして珍しいものでもなく、ただの日々の生活のアクセントで波のようなものだ。

寄せが大きければ帰りも大きい。ある意味のこの二人の関係が健全である証拠でもある。

 

とはいえ、機嫌が悪い時は単純に巻き込まれたくもないので……平和であるならそれに越したことはない。

 

(お願いしますよシュタルク様……)

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

もう一方のシュタルクは、仕事の合間の休憩時間に先日のザインと相談しながら決めたデートプランの候補をまじまじと眺めていた。

 

「……」

 

案はいくつかある。領地内名所巡り、聖都観光、近隣の町巡りなどなど。

 

領地内名所めぐりに関しては悪くはない。ここ十数年頑張ってきた。その光景を見て回るのはそれなりに楽しそうだ。

だが、年に1回のフェルンの誕生日に申し込んでそれはないんじゃないかと。それなら普段から二人で散歩に出れば良い。

あと、領主夫婦が二人領地内を練り歩くとほぼ視察である。領民には自由にのびのびと仕事をして欲しいのでこの案はいったん保留。

 

第2に聖都観光。一般的には悪くはない。聖都は観光名所でもあり外部から旅行客も多く取っており、きれいな場所も多い。

だけど、フェルンとシュタルクが行くとハイター様のお墓参りになってしまう。あと、絶対にハイター様の家にも寄ることになる。

これは流石にデートという浮足立った気持ちで行く場所ではない。折を見て子供達も一緒に連れて行かないとかと思いつつやっぱり保留。

 

となると、近隣の町巡り……とても地味だが消去法的にはそうなる。

ザインのおすすめとしてはここから西の町に南部から疎開してきたという人が営む喫茶店があるらしく。

中央諸国や北側諸国ではあまり見かけない黒豆を焙煎したお茶を出すお店が最近流行っているらしい。

少し苦いが独特の風味が不思議と後味を引く……というのと紅茶と同じく砂糖とミルクを混ぜると苦みも無くなり子供でも飲める美味しさになるらしい。

 

「昔、旅をしていた時はほとんどフリーレン任せで、自分では行き先を決めていなかったけど……こういうのも悪くないか」

 

フェルンと二人、馬車を走らせてのんびりとその行程すら楽しむ……悪くない気はする。

ちなみに、もう少し高速移動する方法もあるのだが、都市から距離のある田舎町ではまだまだコストが馬鹿にならず、移動方法は古式ゆかしき普通の馬車だ。

 

「よし、とりあえず、隣町の情報を調べようか」

 

そう言えば、初めてのデートはガチガチにフェルンの好きそうな場所だけを選んでコースを決めてしまったことを思い出す。

気難しい彼女は「らしくない」と残念がったが、今にして思えば、残念がられて当然だったようにも思う。

彼の妻のフェルンはシュタルクの隣で彼と同じ光景を見ることを重んじる。

結果はどうあれ、何故それを選んだか? の理由は結構重要なのだ。

 

(また、残念がられないようにしないとな)

 

フェルンが見たいものを見るのではなく、二人で見たいものを見るのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「結局俺がやるのか……」

 

妹に気配遮断の隠蔽魔法をかけてもらって領主館のシュタルクの部屋の窓から様子を伺うのは、長男のシュタアル。

まずは更に具体的なデートコースを入手し、先手を打てるようにしなければならない……ということになった。

さて、誰が? と妹二人を眺めると、あ、俺か……という流れ。

 

兄弟子は本日出張中で部屋にはシュタルク一人。さりとて、現代の戦士の最高峰。音の一つも建てたら隠蔽してても気づかれる可能性がある。

というか、この手の領域の人たちは理屈じゃなく感で探り当ててくるから本当に怖い。

 

シュタルクが部屋を出た瞬間に潜り込んで、なにかヒントになるものを探す。

そんなつもりで窓から中をこっそりと覗き込――

 

「何してんだシュタアル?」

 

――もう……とした瞬間に既に窓の直ぐそばに立っていたシュタルクと目が合った。

 

「え、っと……父さん、これは……ちがっ」

「危ない。落ちるぞ?」

 

潜り込むところではなかった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

見つかったことで慌てて落ちそうになった所を父シュタルクに掴まれそのまま部屋に侵入した(?)のを確認したのは外で見ていたティアとエリシア。

 

「さすが兄様。転んでもただでは起き上がらない」

 

ある意味成功した姿を見てなんとも言えない表情で適当なコメントを述べたティアを見上げたエリシアは「いまのは成功したのですか?」 と素朴な疑問を口にする。

まあ、この際だから父から直接聞いてしまったほうが良いかも知れない。

侵入という行為を取ったことはおそらく父はあまり叱らないだろう。

母なら怒るだろうが。

 

「……パン屋さんでおやつを買って帰りましょうか」

「でも、シュタアル兄様は?」

「兄様は自分でどうにかするでしょう。むしろ私達がここでたむろしていると逆に」

 

……と言った当たりで、ティアの背筋に一瞬冷たい感覚が走る。

まるで大型の肉食動物に狙いを定められたような悪寒。

 

「……ティア様。何をしているのです」

 

反射的にエリシアを抱えてバックステップを取ろうとしたところで鋼糸の様な糸で絡め取られた。

 

「しまっ……ルーエ!」

「兄妹揃って何やらやっていると思えば……」

 

糸の先を見ると、その先に立っているのは艷やかな黒髪の姉弟子ルーエ。

糸自体はティア一人ならそのまま燃やしてしまえば良いのだが、今はエリシアを抱えているためそれは出来ない。

妹が火傷をしてしまう。

 

「なんとなく……理由は察せなくもないですが。ここはあなた達の遊び場じゃないんですよ」

「遊びではありません。家族平和のため活動です」

 

ため息を付いたルーエはとりあえず糸を切り離して開放する。

 

「兎に角こちらへ。フェルン先生にバレたら全部筒抜けになりますよ……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なんでまた、窓から入るなんて妙なことを」

 

突然の奇行に出た息子に紅茶を注ぎつつ、とりあえず聞いてみる。

 

「いや、まあ……うーん」

「怪我したら危ないから正面口から入ってくれよ」

 

子供達は仕事場に入って悪戯で資料を荒らすような性格ではないのは判っている。

おそらくはなにか知りたいことが合ったからだとは思うんだが、素直に聞いて良いものか。

 

「何したかったのか聞いて良いのか?」

 

シュタアルはものすごく苦虫を噛みしめるような顔で悩んでいる様子。

 

「……父さんは、母さんとデートする約束してたよね」

「あー、そうだな」

「大丈夫?」

 

という我が子の一言で

「あー、なるほどー。そういうことねー」という感じで腹落ちする。

 

「俺ってそんなに信用ないかな?」

「信用はしているけど、母さんの事で信頼は五分五分かな……」

 

手厳しい。手厳しいが、悪戯をしたい訳ではないのはよく判った。

この子達はこの子達なりに心配してくれていたのだろう……ちょっと悪ノリがすぎるけれど。

 

「で、何をしてくれる予定だったんだ?」

「……それとなく、母さんが満足するように、父さんをフォローできたらなって」

 

まったく、おせっかいな子供達だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「おおよその話は理解しました……エリシア様、お口にクリームが、そのまま」

「座席配置おかしくない?」

 

領主館近くの人気のスイーツ店。なんなら兄に約束したフルーツとクリームのロールケーキを頬張る少女二人と黒髪の女性。

 

最初は「シュタアル兄様に悪いのでは?」とためらっていた幼い少女も一口ケーキを口にした途端ご満悦顔でパクパクと食べ始めている。

エリシアの真横に座り口についたクリームをハンカチで丁寧に拭いているルーエも表情には出さないが、非常に満足気なオーラを背中にまとわせている気がする。

ティアは自身も含めて誰しもエリシアに甘いなと思いながら半眼になりつつルーエに述べた。

 

「いや、良いんですけどね。奢ってもらっているし。

 とにかく、母様の期待が妙な所に着地しないようにコントロールしないと後々厄介かなって」

 

ティアフォートの言葉を聞いたルーエは額に手を当てため息を付いた。

 

「裏で手を回されていたとか聞いたらそれこそ機嫌を損ねますよ。

 まあ、確かに先生はここ数日かなり浮足立っています。よほど楽しみなのでしょうね」

 

彼女の師はこの子達の母親であり、夫シュタルクを支える妻であり、それと同時にシュタルクという一人の男性に恋した少女の側面もいまだ持ち続ける。

弟子のルーエから見て一回り年上の女性であるにも関わらず未だに美しく魅力的に映るのはそのせいでもあるのだろう。

 

「ですが、フェルン先生はシュタルク様が先生のために必死に考えていることすら楽しんでいらっしゃいます。

 上手くいくかいかないかに関わらず、そこはもうおまかせするしか無いと思いますよ」

 

他人事……という風に言うのもちょっと違うが、実際には関与するほうが問題になりやすいのだ。

師はこの手の話にはサプライズ性や浪費したコスト等より、真心の入り具合を重要視する。

上手くいかないことがあるとするなら、シュタルクの想いが足りなかった場合だ。

端的に言えば、フェルンの事より別の仕事や他人への親切を優先してしまった場合。

 

「むーー」

 

頬を膨らませ、何やら納得がいかない様子の真紅の少女だが、反論しない時はおおよそ理性と論理で納得はしている。

拗ねるのは精神的な反抗心でしか無いのでこういう時はなんだかんだでおとなしい。

 

「まあ、あなた達の大好きなお母様に心から楽しんで欲しいという健気な子供心から来る心遣いは、家庭の平和なんて妙に捻じ曲げずに素直に伝えるべきだと、私は思いますよ」

 

ルーエはそう言ってエリシアを見ると、少女は嬉しそうに

「はい、お母様はお父様と一緒のお出かけしていっぱい楽しんで欲しいです」

そう言って笑った。

 

「ほら、この通り」 とルーエはティアに視線を向けると、彼女はロールケーキの残りを半分に切った内の一つを一口で頬張り、

ケーキのそしゃくの中で「わかりましたよ、もう……」という言葉をちょっと誤魔化しながら言って白旗を上げた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「お前たちが生まれる前は、フェルンとフリーレンとずっと旅暮らしでさ」

 

書類にサインを書きながらポツポツと語りだす父の言葉にテーブル備え付けの椅子に座ったシュタアルは相槌を打つ。

 

「その時は結婚どころか、付き合うとかそういう発想すらなかったんだけど……まあそれはいいか。

 当時は特に理由もなければ四六時中ずっと一緒にいてさ、なんとなくそばにいるのが当たり前だった」

 

今のシュタルクとフェルンは、夫婦なりに家では共にいるが日中の殆どの時間、働いている時はほぼ別活動だ。

もちろん奉公に出たりギルドなど団体で勤務している場合の夫婦は大抵そんなものだが。

 

「今にして思えば、ちょっと特異な時間を過ごしたなって思うよ」

 

シュタアルは父の淹れてくれた紅茶を口にしながやや眉を寄せる。

母のデートの準備が大丈夫なのかと父に聞いたところから今どういう話をしているのだ?

馴れ初め話?

 

「ノリでデートに誘ってみたこともあってさ、結局なんでそうするのかお互いもわからないまま

 フェルンの好きそうな場所って言うところを練り歩くだけでそうする事に特に何の目的もなくて

 楽しかったけど、やっぱり、今考えても変な感じだったな」

 

やはり、よく判らず、シュタアルは逡巡しつつも父に問う。

 

「あの、父さん。何の話?」

「言っただろ、お前の父さんと母さんは特異な環境で一緒だったって話」

「うーん……?」

 

腕を組んで頭を捻りながらはてなマークを浮かべる我が子を見たシュタルクは作業の手を止めずにくつくつと笑う。

 

「年甲斐もなく、デートで浮ついている母さんが気になるんだろ?」

「うん……まあ」

 

シュタアルにとって、いや妹のティアにとってもだろうが母は若くして一級魔法使いの資格を取り、今でも実戦実力派の魔法使いとしては大陸屈指だ。

母が未だに1対1で勝てる気がしないと歌う魔法使いはフリーレンを除いてもほぼ数名の超有名人ぐらい。

博識で、冷静で、したたかで、そして暖かく、その根底は慈愛に満ちた大好きな母。

 

そんな人が普段見ない顔と様子を見せて浮かれるのが意外だったのか心配だったのか、それとも……

 

「お前のお母さんは……フェルンはさ、昔から今みたいな感じで、初めて会ったときから取りつく島もないぐらい大人びてたよ。

 冒険者として生きていくために、フリーレンについていくためにそうである必要があったんだろうな。

 そのまま俺を隣で支えてくれて、そしてお前達の母親になった。後はお前たちも知っているだろ?」

 

そう言いながら、シュタルクはシュタアルに向かって笑いかける。

 

「うん、まあ……」

「だから、大人になった今でも、ちょっとずつ、昔得られなかったものをそうやって取り戻しているんだよ」

 

まるで自分に言い聞かせるようにそう語るシュタルクを見てシュタアルは首をひねる。

 

「よくわからないよ……母さんの様子と今の話にどういう関係が?」

「お前の母さんの心根は見た目以上に若いってことだ」

 

仕事も一区切り着いたのか羽ペンをペン差しに戻してからシュタルクは背もたれに身を任せて伸びをする。

 

「お前たちが、そんなに心配する必要はないよ。

 なんせお父さんは今やフリーレンを抜いて世界で一番お母さんに詳しいからな。もう、プロの専門家と言って良いぞ」

「なんだよそれ」

 

父の虚勢を張ったような言い方が可笑しくて少し笑いながら答える。

 

「お前たちがお母さんの事を大事にしているのは判ってるから。だからまあ……父さんに任せとけ」

 

シュタアルの隣にまでやってきたシュタルクはその隣りに座って、我が子の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「なんか、出来ることある?」

「いつも通り、お兄ちゃんしててくれたら良いよ。出かけている間、ティアフォートとエリシアの面倒見ててくれ。

 お前がしっかりしててくれたら、フェルンは安心してデートに集中して楽しめるからさ」

 

フェルンという女性は今はシュタアル達の母親であり厳然としてそれは変わらない。いつだって子供達を愛し、信頼し、心配している。

ただ、一人の女性として逢瀬を楽しむためにたったの1日だけその肩の荷を軽くしてあげることこそ助けだという。

 

ニカっと笑う父の顔をみたシュタアルは少し困った顔をみせた後、大きな嘆息をして表情柔らかく崩した。

 

「…………、判った。そうする」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

溜飲が降りた様子のシュタアルを見送ったシュタルク。

残りのもうひと仕事を片付けるために残りの書類を取り出して、机の上に持っていこうとした当たりでドアがノックされた。

 

「どうぞ、あいてるよ」と返事して入ってきたのはフェルンだった。

 

「私にプロの専門家がいたなんて知りませんでした」

「聞いてたか……」

 

そう言ってフェルンは残っていた書類を持ち上げてシュタルクの机の上に置いた。

 

「私の仕事は片付きました。週末に向けて残らないよう、夕飯の用意の時間まで手伝いますからさっさとやりましょう」

「え、早……」

「シュタルク様が個々の仕事に時間を掛け過ぎなんですよ。……人を想って熟考するのはシュタルク様らしいのですけど」

 

不満を言っているようで、その横顔はどことなくそれは誇らし気にも見える顔ではフェルンは言う。

 

「……ごめん」

 

シュタルクの言葉を聞いたフェルンは薄く微笑みながら答える。

「私もシュタルク様に関しては夜の生態すら知る世界で一番詳しい専門家ですから」

「ねえ、否定しないけど、言い方……」

 

はいはい、と曖昧な返事をしながら書類を仕分けるフェルンを見てから、シュタルクも負けじと仕事を再開する。

 

「……私のことで、子供達が騒いでいたそうですね。

 ティアとエリシアが私のところに謝りに来ました。何も悪いこと自体はしてないのに可笑しいですね」

 

不意にフェルンからそう声をかけられた。

シュタルクは窓から侵入しようとしていた我が子を思い出し苦笑しながら「愛されてるよな」と返した。

フェルンはその言葉を、冗談混じりの皮肉と受け取ったらしく困った顔をしつつも笑った。

 

「騒がせてしまってごめんなさい。少し年甲斐もなくはしゃいでしまったせいですね。母親失格です」

 

そう答えるフェルンの方を見てシュタルクは一瞬、手を止める。

そんなふうに思わせたくて誘った訳じゃないんだと、そう伝えたいと、ただ思った。

 

「――良いんじゃないか」

「え……?」

 

再び手元の筆を進めながら

 

「歳甲斐なくはしゃいだっていいじゃないか。心が健全な証拠だ」

 

シュタルクはゆっくりとフェルンに語りかける。

 

「家族も出来て俺達も少しいい年になったかも知れないし、

 あの子達の前ではいい親であることが俺達の役割かもしれない」

 

――そう、シュタルクの願いに寄り添うことを決めて、旅が終わってからも二人助け合って駆け抜けてきた。

 

「でも……

 フェルンはいつだって、出会った頃からずっと色褪せず変わってないよ――――」

 

――そんなシュタルクの言葉が、ただただ気なって手元の作業が止まってしまう。

 

「美味しいものや甘いものが好きで、こっそりと可愛いものが好きで……

 

 フリーレンや俺が渡したものは全て宝物の様に誰よりも大切にしてくれて……

 

 気に入らないことがあるとすぐにふくれっ面になって膨れて拗ねて……

 

 それでも、いつだって俺やフリーレンのことを信じて支えてくれて……

 

 フェルンはいつだって――、俺にとっては……」

 

――夫のバカみたいな言葉が、無性に嬉しくてずっと聞いていたいと想ってしまった。

 

「―――旅をしてたあの日から変わらず、可愛い女の子だと思うよ」

 

いつかのプロポーズと違って、そうであることが自然だという様に淀みも躊躇いも緊張すら感じない。

ただ、フェルンの心のなかへ挿し込むようにすっと入ってくる。

 

「……なにを、今になって……そんな―――」

 

一瞬の心の油断。不覚にも周りが見えなくなっていた。

そんな心の隙に挟まるように顔の正面に紙の束が差し出される。

 

「この書類終わったぜ。代わりにフェルンの持ってるそれ、くれないか?」

 

隙あり、と言いたげないい笑顔でシュタルクが正面に立っていた。

 

「……はい」

 

今更告白めいたことを言っておいて、同時に淡々と仕事を続けていた夫の姿がちょっと面白くなくてフェルンはほっぺをふくらませて拗ねる。

まあ、仕事を早く終わらせろと言ってたのはフェルンだからシュタルクは悪くはないのだが、それはそれ、これはこれである。

 

そんな頬を膨らませたフェルンを見たシュタルクは「やっぱり、フェルンはフェルンだな」と笑う。

この際、子供達の心配事も解消してしまおうと書類を受け取りながらシュタルクは言葉を続けた。

 

「なあ、フェルン」

「……何でしょう?」

「今度のデート、フェルンと一緒に行きたいところがあるんだ―――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「じゃあ、家の事よろしく頼むな」

「お食事は、ライニ様にお願いしていますから朝から来て作ってくれます。くれぐれも言うことはきっちり聞くように」

 

まだ朝も早い時間、シュタルクとフェルンはいつもと違う外行きのラフな格好で並んで立っている。

 

「判ってるって。楽しんできてよ」

 

送り出しにきているのはシュタアル一人。他の面子は休日だからかまだ起きてきてない。

 

結局、あの日以降もフェルンは浮足立っている様子ではあったが、周りの面々も気にしていることに配慮したのか少し落ち着きを見せるようになった。

期待が天元突破したというより、シュタルクから聞いた予定に満足している……というのがフェルンの言葉。

サプライズ……的にやるのではなく二人で決めるという形で父は本当にうまくやったようだ。

どことなく、父と母との関係性というか力関係に対して少し侮りすぎていたのかも知れない。

 

(母さんが、父さんとのデートを心の底から楽しむなら……か)

 

二人の心配をするより、二人に心配させない様に振る舞うほうがいいらしい。

それが逢瀬の成功になるなら是非もない。

 

家の正面に停めてある馬車にシュタルクが先に乗り、後から隣の席に乗ろうとするフェルンに手を差し伸べている。

母は父のそういうところが本当に好きなのだろう、満足気に微笑んでその手を取って隣に座った。

 

「夜には戻るから」

 

そう言って手を振るシュタルクを同様に手を振って見送るシュタアル。

ゲートをくぐって二人の姿が見えなくなってから小さく嘆息して頭をガリガリと掻いた。

 

「大人になんなきゃな……」

 

両親はあの性格なので子供達の手がかからなくなるとそれはそれで寂しがりそうだが……

だが、助けると決めたのだ。いつか支えると決めたのだ。自身の身はまだまだ手のかかる子供でしか無いのだろうなと思いつつ

 

少年の心は少しだけ大人に一歩近づきつつも、雲一つ無い空を見上げる。

 

……今日は晴れて良かった。

 

「さて、ライニさんが来るまで下準備しとくかー」

 

そう言いながら少年は皆がまだ眠っているであろう自宅のドアを開けるのだった。

 

~ おしどり夫婦はデートがしたい fin ~




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