葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

17 / 34
オレオールからの旅を終えたシュタルクとフェルンが定住生活を始めたアフターオレオールの(いつもの)番外編です。
時系列は #5 指輪を望みて天命を待つ と #6 幸に門なし、ただ僧侶の招く所 の間の話。となります。

もうじき家が完成すると言われたシュタルクとフェルンは、家財道具を買い揃えようと隣街まで買い物に出かける。
露店を回りながら小物などを買い揃えつつプチデートのようなものを楽しむ二人だったが、その最中でシュタルクは迷子の少年と出会う。
商人の家の子を名乗る迷子の少年は「母が欲しがっていた髪飾りを買ったので母を探している」と訴えるのだった。

迷子の少年の出会いから始まる、商人の親子と、行商と旅人の平和な旅の道を願う物語です。


迷子と行商のラプソディ

■旅行く若人に幸運を


 

中央諸国 クレ地方街道

 

「行ってくるよ。お母さん。

 今日は初めての行商なんだ。見ていてくれよ……」

 

一人の若い青年は父から自立を認められ商人になりたてでようやく自分の馬車を買ったばかりだ。

この道の先にある都市で物品を仕入れ、別の街で売る。

そうして商人たちの人生と生活は成り立っている。

 

その青年は街道の隅に置かれている女神の像に両手を握り祈っている。

石碑と女神像はこの地方のいくつかの箇所に置いてあり、道行く旅人を見守り守ってくれるという。

 

「また、帰りに寄るから」

 

青年は女神の像のそう伝えて、力強く立ち上がる。

 

(さあ、行こう。仕事はこれからだ)

 

街道はここ数年で整備された。

これらの石碑や女神像を軸に悪意あるものを寄せ付けない魔法が展開されている。

行商人や旅人が安全に行き来できるようにとこの地をまとめている領主が発案し街道の整備と共に敷設されたものだという。

 

母が眠った場所にこの像が置かれた理由は偶然なのかどうかは青年にはわからない。

ただ、この像が旅行く人たちを見守ってくれるのであれば、それは天に召した母がまるで見守ってくれるような気がして……

 

言葉にするのは難しいが、この偶然を大切にしたいと、そう願うのだ。

近年発展を遂げているクレ地方の交易街の周辺を拠点に活動を始めた青年は、その偶然への感謝を胸に今日旅立った。

 

 

■生活に彩りを


 

中央諸国 クレ地方 元戦士の村

 

時期はシュタルクとフェルンが結婚して領主夫婦となる少し前まで遡る

 

「明後日には引き渡せるぞ」

 

今日の仕事を終えた後、只今建築中の我が家の状況を見に来たシュタルクとフェルンにそう告げたのはアイゼンの紹介でシュタルク達の家を建てに来たドワーフの職人ティシュレー。

 

シュタルクとフェルンは現在、フリーレン設計・アイゼン協力の元で組み立てた仮設のログハウス住まいだ。

テントと野営の生活に比べれば随分快適だが、なんだかんだ一部屋しかないのでずっと暮らせるかと言えば手狭で不便ではある。

 

思えば随分根無し草の生活が続いたためマイホームというと感慨深い。

そんなふうに幸せそうに並び立ち家の完成を楽しみにしてくれる二人の姿は、職人のドワーフからすると何よりモチベーションに繋がる。

 

「マジか、爺さん!じゃあ、いよいよって感じだなー」

「ようやくログハウス生活からも卒業ですね」

 

待ちに待った……とは言っても、完成が間近なのは言わずとも見ればわかるが、二人にそう伝えたのは理由がある。

 

出来立ての家には色がない。生活の彩りがまだないのだ。

新品だからこその状況だが、新品故に致し方ない。

 

「でだ、注文をもらっていた設備のほうの出来は保証するし、ベッドとか大型の家具も用意してある」

 

ちなみに当人たちには伝えていないが、寝室に置いたのは1台のダブルベッドだ。

どうせ夫婦になるんだから家の完成とともに一緒に寝ればよかろうというドワーフ達の心遣い。痛み入ってもらおう。

まあ、それはさておき。

 

「だがの、生活道具がないし飾りもない」

 

と伝えるとシュタルクは腕を組んで「なるほど?」と答えた。

フェルンは「生活する道具は最低限あるような?」とキョトン顔だ。

 

「わかっとらんだろ。 要するにテーブルに飾る花すら無いってことじゃ。

 文化的に過ごすなら、花瓶とか、写真立てとか、お気に入りのマイカップとかそういうの揃えろと言っとるんだ」

 

フリーレンと同行する旅暮らしの長い二人は、いわば質実剛健の塊となっている。

何となくその必要性に納得はしきっていない様子だ。

 

「いいから。明日は休日だ。街で日用品のマーケットが開かれとるから!

 二人で行ってこい!」

 

■マーケットは賑わう


 

「おおおお、賑やかだなぁ」

 

朝早くから戦士の村の跡地から馬車で移動すること4時間程。

ティシュレーの情報通り、隣町では日用品マーケットが開かれているようだ。

 

通行人に聞いた限り今日は随分と商品が充実しているらしい。

どういう理由か、ここ最近は商流の道が安定しており商品の流通が十数年来活発になってきた……ということだ。

 

出店を構えているものや、自前の店舗内を構えているものなど様々だが随分賑やかにやっているので

一通りの生活用品を揃えるのには十分そうな雰囲気ではある。

 

それにしても、お昼前についたので街はかなり大勢で賑わっている。

 

「人が多いですね、はぐれてしまうと合流が大変そうです。

 シュタルク様、お互い状況がわからなくなったらあちらの女神像の前に移動しましょう」

 

大きな街はだいたい中央の交差点にランドマークとして何らかの公共設備が置かれている。

噴水だったり、勇者の像だったり、女神像なり様々だがこの街もその事例に違わず翼の生えた女神の像が立っている。

 

フェルンが微笑みながらそれを指さしてシュタルクに集合場所にしようと伝えるとシュタルクは考え込むように「そうだな……」と反応する。

 

「どうかしましたか?」

 

煮えきらない反応にフェルンは不思議そうにシュタルクを覗き込むと、シュタルクは「よし!」と言いながらフェルンの手を取った。

 

「えっ?」

「移動中は繋いでいよう。はぐれた時は女神像前で集合でいいけど、はぐれちゃうと時間がもったいないし」

 

笑顔でそうフェルンに伝えるシュタルクにフェルンはあんぐりと口を開けたまま固まってしまう。

 

何を言っているのだ、この男は……

だって私達はつい先日、一生をささげようと将来を誓いあったばっかりで……

……あ、いや、十分か……

 

いやいやいや、でも往来で人目も気にせずそんな……手を繋いで歩くだなんて……

 

何の気のない不意打ちに内面は慌てふためくが表面上は顔色一つに変えずに「はい」とだけ答えるフェルン。

握ったその手は本人の意志とは裏腹に、せっかく触れた手を離すなんてとんでもないと強く握り込んでしまう。

 

といってもフェルンの握力なのでシュタルクからすると

『人の多さに驚いているのかな?』

ぐらいの感覚だ。こちらも別の意味で表情一つ変えない……というかずっと笑顔だ。

 

「なんか、こういうの久しぶりのデートみたいでいいよな」

「……そうですね」

 

結局の所、目の前のシュタルクの屈託のない笑顔でたいてい許してしまう。

それにしても、少し前まではこんな積極的に攻めてくる事なかったのに……と思いつつ

 

(あったかい……)

 

握られた手の平から伝わる熱にフェルンの内心は満足感で満たされてしまう。

 

「じゃあ、行こうか。どんな道具を揃えよう。掃除道具とか?」

 

とまあ、普段遠慮がちなシュタルクが積極的に触ってくれる幸せをじんわり噛み締めていると彼の方から何を買おうかと問われた。

ふむ……掃除道具は確かに心もとない。買うか買わないで言えば買うのだけれどフェルンとしては……

 

「料理道具や食器がもっと欲しいです。

 今は旅の間で使っていたものを利用していますけど、家が建ってキッチンが出来るならもっと道具や食器があればシュタルク様やフリーレン様にたくさんお料理を作ってあげられます」

 

その言葉を聞いたシュタルクは嬉しそうに

 

「よし、じゃあ、あっちの台所道具中心の露店街に行こうか。

 フェルンの料理のレパートリーが増えるなら最優先だ」

 

フェルンの手を引いて歩き出す。

 

「はい、シュタルク様!」

 

そんなに楽しみにしてくれるなら料理人冥利に尽きるもの。

これから長い生活を共に過ごすのだ。食卓を幸せにできる道具をたくさん買おう。

フェルンはそんな想いを胸にシュタルクに手をひかれ歩き出す。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「うーん……」

 

料理用の金物を売っている露店の前で彼女の手に馴染みそうな二本の包丁を眺めてフェルンは首をひねる。

フェルンから見ると大体同じ形に見えるが、価格差がある。

安易に安いものを選ぶのは得策ではない。安い高いには理由があるはず。

 

とはいえ、予算の都合もあるから何でも高いモノとはいかないけれど……

 

「どうした?」

「シュタルク様、これ」

「うん?」

 

フェルンが指さした価格差のある包丁2本をみてシュタルクは「ああ」と頷いた。

 

「多分材質が違うんだよ。安い方は通常の鉄製なんだけど……

 もう一方は、もう少し希少鉱物が混ぜられていると思う。武器でもよくある」

「違いがあるものですか?」

 

という素朴なフェルンの疑問に腕を組んで考え込むシュタルク。

 

「モノによりけりだと思うけど、大抵は錆びにくいとか欠けにくいとかそんな感じだと思う」

「なるほど。それは、助かりますね」

「店主さん、その辺どんな感じ?」

 

シュタルクとフェルンの様子をにこやかに眺めていた店主さんにシュタルクが声を掛ける。

 

「兄ちゃんの予想で合ってるよ。わずかながらのオリハルコン合金製だ。

 武器屋で歌ってるようなそれとは違うが、日用品にも効果的ってことで作られたもんだ。

 刃物としての質も上がるけど何より、長期間使っても刃こぼれとか欠けにくい」

 

金物屋のおっちゃんは笑いながら説明しつつ親指を立てた。

 

「だってさ、フェルンどっちがいい?」

「じゃあ、せっかくだしコチラの良い包丁にしましょう」

「おっちゃん、この包丁、買うからケースに入れてもらっていい?」

「まいどありー。 奥さん、目利きの旦那さんがいてよかったねぇ」

 

シュタルクの事を旦那と言われたフェルンは若干言葉に詰まってから「いえ、あのまだ……」と言い直そうとするが、

 

「新婚かい? こんな美人の奥さん羨ましいねぇ。他の商品もおまけするから見てってくれよ」

 

と言葉を続けられて訂正するタイミングを見失う。

シュタルクはシュタルクで「商売上手だなー、おっちゃん」といつものノリで店主と仲良くなりつつある。

なんとなく平然とやり過ごすシュタルクが気に入らなくて頬を膨らせながらお尻をつねった。

 

「痛ったぁ! え? なに?」

「尻に敷かれるどころか、尻を掴まれているのか。大変だな兄ちゃん」

 

爆笑気味な店主をよそにぷくっと膨れるフェルンをあやしつつ。

「尻を掴まれるってどういう意味だよ……」とぼやくシュタルク。

まあ、尻には……敷かれていると思う。シュタルクとしてはフェルンのお尻ならいくらだって敷いてくれて構わない。

 

それはさておき……

 

「他の道具やスプーンとかフォークとかを選んでからお支払いしてきますね、少し待っててください」

「わかった」

 

ケースに入れた包丁を受け取ったフェルンはそのまま小さな籠に大人3人分のシルバー物を入れてから

子供用の小さめのものが並ぶコーナーで口元に指を当てて何やら考え込んでいる。

 

「何個……必要でしょうね……?」

 

そんなことをボヤいている様子を遠巻きに眺めていると、「幸せもんだね、兄ちゃん」と店主に煽られ回答に詰まる。

 

「最近かなり被害が減ったとは言え、街道の運行がもうちょっと整ってりゃもう少しさっきの包丁みたいな道具ももっと揃えれるんだけどゴメンな兄ちゃん」

「街道、まだ危ないのか?」

「うーん、いつかの戦士の村がなくなって以来は土地が荒れちまってな。結構魔物が出るようになったから中々ね」

 

自分たちが来て村の跡地近辺の魔物を駆逐してまだそれほど日はたってない。かなり出現数は減ったと思うがそれでも完璧ではないだろう。

旅の途中は通る道が安全ではないのは通りかかったその場の出来事ではあったが、暮らし始めた今はそうではない。

 

今のシュタルクたちには考えるべきことはあるのかもしれない。

 

そんな小難しい事を考えていると「まあ、若者が気にするこっちゃねーよ」背中を叩かれた。

……叩く隙を見せてしまったのは自分の落ち度。店主のおっちゃんを睨み返すと笑ってレジの方へ去っていった。

 

さて、次はどこへ行こうか。そう思いながらシュタルクが外を眺めた拍子、なんとなく周りをキョロキョロしながら歩く少年が目に入った。

 

■迷子の少年


 

ここで間違いないはずだ。この近くのはずだ。歳幼い少年は、マーケットで賑わう街をさまよい歩く。

 

「お母さんが来たのは……この近くのはずなんだ……」

 

小声でつぶやきながら歩く少年は少し涙ぐみそうな瞳を拭って、再度前を向いて歩き出す。

少しでいい、なにか手がかりを……せめて場所だけでも……

 

そう思いながらも人混みの中をひた歩く。

 

「おっと、わりいな坊主。気をつけろよ」

 

ドンという衝撃と共にそんな声がかかった。

大きな荷物を持った男とぶつかってしまったらしい。

小さな子供と荷物を持った大人では体重差がありすぎて少年は当然の様に弾かれて倒れそうになった。

 

(うわっ!!)

 

地面とぶつかる!!

少年がそう思って目を瞑った瞬間

 

「大丈夫か?」

 

という声と共に、感じたのは大きな腕に抱えられた……そんな感覚だった。

✧ ✧ ✧ ✧

 

なんとなく、気になってしまった。

迷子……なのだろうけど、その少年の表情は、なんとなく……見覚え、いや違う……

 

―― お前は逃げろ、シュタルク

 

『身に覚え』 のようなものを感じた。失って、手の届かないものをただ探し求めて歩く焦燥。

 

「……ほっとけないよな。ごめん、フェルン。すぐ戻るから」

 

そして、シュタルクが声をかけようとした直前、通りすがりの男とぶつかった少年が転びそうになった所を抱きとめた……というのが今しがたの出来事。

 

「怪我はないか?」

「え、あ、はい……」

「良かった。立てるか?」

「……ありがとうございます」

 

見た目は幼い子なのにはっきり返事をして、礼も言って返せることに関心したシュタルクは少年の服に着いた土埃を払ってから頭を撫でる。

 

「えらいな。 お父さんとお母さんはどうした……?」

「………」

 

少年はシュタルクの質問にためらうよう考えてから

 

「父とはぐれて……母を探しているんです……」

「うん?」

 

ちょっと少年の回答が判るようで判らなかった。

シュタルクはうーんと腕を組んで考え込んでから

 

「とりあえず、はぐれたらしいお父さん探そうか。俺も手伝うから」

 

シュタルクの提案に少年が返事をするより少し早く

 

「へえ……、それでその子のお父様を探した後に女神像の前に行く訳ですか?」

 

透き通るような声なのに若干の怒気が込められたことがなんとなくわかってしまう。

そんな声が背後から聞こえてきたシュタルクは『ギクリ』という効果音があればこういう時のことを言うんだろうなという姿勢で固まる。

 

「うっ……ちがうんだ、フェルン。 ちゃんとフェルンと合流してから許可を取って……」

 

振り返った先にいたのは頬をぷっくり膨らませたフェルンが立っており。

片手に抱えた紙袋とは逆の手で拳を握り

 

「――――――ッ!!」

「痛い、痛い、やめてフェルン」

 

ぽかんとする少年を傍目に久々にポコポコ叩いてきたのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「お名前を聞いてもいいですか?」

 

一通りポコポコし終わり、近くの喫茶店に入った3人。

フェルンは注文したホットミルクを少年に渡しつつ問いかけた。

 

「僕は……セルブスト……といいます……」

「よろしく、セルブスト様。私は魔法使いのフェルンです。こちらは戦士のシュタルク様」

「よろしくな」

「はい……あの、よろしくお願いします。

えっとシュタルクさん、さっきはありがとうございました。

コチラのお支払いも必ずお返しします」

 

迷子になった少年……に似つかわしくないしっかりした受け答え。

はて、と思いながらフェルンとシュタルクは顔を見合わせた。

 

「流石に、ホットミルク一杯なんておごりだから気にしなくていいよ」

「でも、父には不用意に意味もなく他者に金銭的な貸しを作るなと厳しく言われているので」

 

シュタルクとフェルンもなるほど……と考える。それぞれ思ったことは異なるが。

 

「意味なくなんてないさ、ここの支払いをすることでセルブストと話ができて仲良くなれた。そのためのホットミルク代なんて安いもんだよ」

シュタルクの話を聞いたフェルンはやれやれと言う表情で作ってからセルブストに向き直る。

「セルブスト様、お父様は行商をされている商人の方でしょうか?」

「えっと、シュタルクさん、ありがとうございます。わかりました。それではお言葉に甘えます。

 フェルンさん、様付けしなくていいですよ、僕は子供なので……父、いや両親に関してはそうですね、仰るとおりです」

 

フェルンはなるほどと頷く。 歳の割にしっかりしている、これは両親の教育や考え方の影響だ。

この少年は行商をしている親から道すがらに様々学びながら普段の生活をしているのだろう。

 

「で、お父さんとはぐれて、お母さんを探しているってどういう事だ」

「う……その……父といっしょにこの街にきて……

 以前から母が欲しがっていた髪飾りを買ったので、それを届けたくて父には秘密で母を探していて……」

「うーん?」

 

少年の言い分が突然たどたどしくなる。

困ったシュタルクは隣のフェルンをみるとフェルンもこちらを見て首を振った。

 

「つまり、お父さんには秘密ってことか? じゃあ、お母さんは?」

「母は、この街に来ていた、はずなんです。だから……探しています」

 

ふむ、どうするべきか。とシュタルクは腕を組んで考える。

自分とフェルンにはまだ子供はいない……が、まがいなりにも将来を誓ったのだいずれ人の親になる……よね?

と、フェルンを見るとなんだかキョトン顔で首をかしげられた。可愛い。

いや、そうではない。いわゆる自分たちも人の親として考えるべきなのだ。

それに、セルブストの言うお母さんの状態がいまいち釈然としない。この街にいるという話なのか?

そもそも何故今近くにいない? そう考えると、はぐれたらしい父親に委ねるのが最も正しい。

 

「……」

「シュタルク様?」

 

だが、今の話を総合すると事情があって父親には秘密で飛び出したんだろうなぁ……

腕を組んだシュタルクは「うーん」と言いながら頭を捻る。

 

放置はできない、何等か助けはしてあげたい、さりとて全てこの子の言い分を聞くのも何か違う気がする。

悩んだ末シュタルクは「よし」と言いながら自身の膝を叩いた。

 

「俺達は今日のマーケットで日用品の買い物に来ている。で、まだ色々店を回る予定なんだ。

 そこでセルブストが探しているお母さんのことを店の人に聞こう、その条件ならしばらく一緒に手伝うけど、どうだ?」

 

シュタルクの提案に少年は目を見開いて驚いた。てっきり親に突き出されると思っていたからだ。

実際助かる。母の手がかりがあるであろうマーケットの人間も年端もいかない子供一人よりかは保護者同伴の方が通りはいいだろう。

 

「はい、お願いします。

 でもいいのですか?ご夫婦でお買い物されていたのですよね?」

 

少年の気を使った言葉に、フェルンがその手の勘違いってもう訂正するだけ無駄なのかなぁ……

実際問題、夫婦だと伝えてもさしたる問題にはならないな……などと考えていると

 

「フェルンと俺は夫婦じゃないよ」

 

とシュタルクの方から否定の声が上がった。

これにはフェルンもなんとなくムッとなる。

この手の話は相手に否定されるとなんだかむしょうに腹立たしい。

フェルンが胸元に手を上げた両手をぎゅっと握った辺りで……

 

「もうすぐお嫁さんになって貰う予定なんだ。だから今いろいろ頑張ってる」

「そうなん、ですね……すいません。妙な話を持ち込んでしまって」

「いいよ、こういうのは……縁ってやつだろ、なあフェル……ン?」

 

そういって、隣を見たシュタルクが見たのは妙なポーズでプルプルしているフェルンの姿だった。耳も少し赤い。

ポカポカするつもりで拳を握ったところでシュタルクのお嫁さん発言を聞いて、拳の落とし所を見失ってしまった。

 

「……どうしたの? あの……フェルンさん? 」

 

羞恥心だけが膨らみ上がり、比例するように顔が赤いまま頬が膨らむ。

 

「あーーーー、えっと……はい」

 

そう言ってシュタルクはフェルンの方を向いて両手を広げる。いわゆる抱き止め待ちの姿勢。

 

「――――――ッ!!――――――ッッ!!」

 

無慈悲なる、理由なき、ただの羞恥心の発露なだけのポコポコがシュタルクを襲う。

だが、いつもと違って怒られている訳ではないとわかっていると痛くない。

「あははは」という感じで甘んじて受けるシュタルクと無心で叩くフェルン。

 

妙な儀式が始まったのを真正面で見せつけられたセルブスト少年はとりあえず店員さんを呼んでテーブル会計をお願いしたのだった。

 

■少年を連れてのお買い物


 

結局そのまま、少年を連れて買い物を続けつつ、同時に彼の母親の足取りを追うことにした3人。

ただ、シュタルクはこれに条件をつけた。

 

『たぶんセルブストのお父さん、お前のこと探しているんじゃないのか?

 出会った場合、俺達はセルブストを引き渡すことになるけど、それでいいか?』

 

セルブストはこれに了承した。

流石に行きがかり上この二人にこれ以上の迷惑をかけられないからだ。

 

そんな訳で二人の買い物の後をついていっては、彼の母の足取りについて聞いて回った。

 

「あの、半年ほど前にこの街を訪れた女性の行商を見ていませんか?この様な顔の……」

 

少年は首にかけたペンダントの中の写真を店の店主に見せて確認を取る。

反応はまちまちだが、確定情報は中々見つからない。根気よく聞いて断片的な情報を合わせるしかないのだろう。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

それはさておき

立ち寄る店の先々で「ご家族でお買い物ですか?」 と声をかけられる。

フェルンもいい加減訂正と事情の説明をするのも面倒になってきたので

「はい、そのようなものです」と返すようになってしまった。

最初は夫婦宣言にも照れていたフェルンだったが、開き直ると堂々たるもの。

 

もちろん他人の子供を連れ回す不審な男女カップルなんていれば下手すると憲兵に突き出される。

そうするしかないといえばない。

 

とまあ、実際は嘘なのだがなんとなく家族設定には信用される様子。

これは親子扱いされても適当に笑顔で合わせてくれるセルブスト少年の対応によるものも大きい。

そんなノリで店を回り、現在は陶器製の皿やコップなどを扱う店の中にいる。

 

(シュタルクさんとフェルンさん、二人共左手に指輪をしている。

 言葉通り、結婚の約束をしていて、今日はこれからの生活のための買い物ってことかな?)

 

まだまだ子供だが、相手を見て需要を分析するのは親譲りの行商人の癖だろうか。二人の人となり以外の情報を分析し始める。

道端で途方に暮れていた自分を助けてくれたこの二人にはなにかお礼がしたい。

自分に一体何が出来るだろうか?

 

(……そうだ)

 

先程から見ている限り、どの商品がいいのかを二人相談しながら悩んでいる様子。

どちらがいいか相談することも楽しんでいる様子もあるけれど、良品の見極めなら少しは自信がある。

こんなことでも役に立てるのであれば……

 

「シュタルクさん、もしどれにするか迷っているのであれば、よければ僕にも見せてもらっていいですか?

 見習いですが商人なのでちょっとした目利きぐらいなら……」

 

もしや……二人の逢瀬のじゃまになるかな?と思っておずおずと申し出ると、シュタルクは少し驚いた表情で答える。

 

「え、いいのか? それはある種のセルブストの商売道具だろ?」

「構いません。どうせ修行中の身ですし、参考ぐらいに思っていただければ」

 

そう伝えると、2人の恩人は顔を見合ってから頷き

 

「よしじゃあ、頼もうか」

 

そんな形で、シュタルクとフェルンが欲しい日用品の候補を持ってきては

セルブストが良品の見極めをするという流れが出来上がった。

 

しばらくは、情報を集めながら、3人でマーケットの買い物を楽しむ。そんな状態が続いた。

 

『その女性なら取引をしたから知っている』

『商業ギルドの寄り合いの馬車群で次の街に街道沿いに進むと言っていたぞ』

『同じ方角に向かう人を乗せてあげるとか気のいい人だったよ』

 

セルブストの母の情報も少しずつ集まっていた。

少なくともこの街には訪れていたということだった。

 

しかし、確信に足る情報にはまだ足りない。そんな状況が傾いたのは突然のことだった。

 

■とある行商人の事情


 

「これ、良さそうに見えるけど、どうだろ?」

「はい、これはですね……」

 

セルブストはシュタルクとフェルンの迷っているものに対して、

趣味やセンスを褒めつつ品質の善し悪しやデザイン性などの観点から”自分が選ぶなら、どういう理由でどうする” と言ったことを客観的に説明してくれた。

 

あくまでシュタルクとフェルンの自宅づくりを重視するため決して選択の強要はしないのでシュタルクとフェルンもふむふむと彼の言う事を興味深げに聞いていた。

 

「博識なのですね。 将来はご家族の方と同様に行商をされるのですか?」

 

生き方。家業があるならそれは継ぐべきだ、というのが世間一般の考え方。そこには一族が連綿と受け継いできた資産と技術がある。

受け継ぐものがないなら冒険者になったり、兵に志願したり。色々だ。それを人生の自由と呼ぶ人もいる。

資産や生活が豊かだった訳ではなかったが、両親から叩き込まれたものはこの身に確かに宿っている。

それは間違いなく幸せなことなのであろう。セルブストはそう思っている。

 

「……はい、いずれは、そうしようと思っています」

「そうですか。きっと上手くいくと思います」

「既に商売上手だもんな。 セルブストにおすすめされたものいくつか買っちゃったし」

「あははは……」

 

恩人の二人が喜んでくれるならこんなに素晴らしいことはない。

 

ふと母との会話を思い出す。

 

―― あたしたち行商人は商品を通して人の笑顔を運ぶ職業だと思っている。

 ―― 口先の技術で人の笑顔つくって食っていくバチあたりな職業さ。

  ―― でも…… あたしはそれが好きだ。

 

(そうだね……お母さん……)

 

そう思いを馳せていた、そんな時、聞き覚えのある声が少年の名を呼んだ。

 

「セルブスト!!やっと見つけた! 一体どこに行っていたんだ!!」

 

息を切らしながら走ってきた男は、そう言いながらも勢いよく少年に向かってきて彼を抱きしめた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「申し遅れました。私、中央諸国を中心に活動させていただいておりますハンデルと申します」

「はあ……、ご丁寧にどうも」

 

話の流れからすると……おそらくセルブストの父親であろうという人物がついに現れた。

立ち話というわけにもいかないと彼に誘われるまま場所を商業ギルドの控室に移した一行。

 

シュタルクはハンデルから名前と、登録商業ギルド等が書かれた紙を受け取った。

物珍しげにその紙を眺めるシュタルクは

『商人はギルドの登録証みたいなものを配布可能な形にして自分を宣伝するんだ。いろいろ考えてるなー』

と感慨深げにしている。

 

商人に限らず、雇われで生計を立てるものは名前を売っておいて損は無くもないが、得は多い。

 

「北側諸国と中央諸国間で毛皮や食材の運搬を中心にやっています。ご用命とあらば」

 

シュタルクが渡された登録証の写しを隣から覗き込んだフェルンはふと気になったことを口にした。

「道具や工芸品も取り扱っているとありますが……?」

「ああ、それは……」

 

少し言葉を渋るハンデル。するとその隣から回答の言葉がでた。

 

「それは、母が担当していたものです」

「セルブスト……! ええ……妻が担当してたいものですが、今は事情があり取り扱っていません。いずれそこからも消す予定です」

「そう……ですか……」

 

不自然さは感じたがフェルンは何かを察したように引き下がった。

 

「話を戻しましょう。 セルブストを保護して頂きありがとうございます。

 街に着くや否やはぐれてしまって途方に暮れておりました」

「……」

 

商人のハンデルの言葉にセルブストは顔を伏せたまま黙り込んでいる。

 

さてどうしたものだろう? 割と一通り揃ったとはいえ、考えてみれば自分たちの買い物をしている最中になんだか妙なことになってしまった。

シュタルクはフェルンの方を見た。

 

ご機嫌伺いではなく、純粋にどうしようか?という目配せのつもりだ。つたわれー。

そんなフェルンはというとシュタルクの視線に気づくとくすっと笑ってから

『シュタルク様のしたようにようにどうぞ』 という表情をしたように見えた。

 

多分、だけど……シュタルクのつい焼いてしまうおせっかいに最後までフェルンも付き合ってくれる……そういうことなのだろう。

 

今まで同行していた彼の様子。集めていた情報、先ほどのやり取り。総合すると流石にわかってくる。

何より、彼と出会ったときに感じたもの…… 彼が探して求めている母親というのはおそらく既に。

 

「セルブストは偶然出会って、俺達が商品選びで困っていた所を彼の目利きで助けてもらっていたところでした。

 その小さな行商人の手腕にはとてもお世話になっていましたよ」

 

腹芸は正直苦手だが……この親子にとっては触れたくない問題だろうと思う。

 

「そうですか……それは何よりです」

「セルブストは……道具や工芸品の造詣が深いようでした。お母様の影響でしょうか?」

 

少し回りくどいが、話の核心をついてセルブストの問題を解決してやりたい。

 

「道具や工芸品、しばらく商材として取り扱わなくなる事と今この場に奥様がいらっしゃならない事、セルブストが飛び出したこと、多分関係しますよね」

「……」

 

シュタルクの言葉にハンデルは口をつむいだ。

セルブストの話を聞く限り、母と会えなくなったのは半年ほど前。シュタルクたちがクレ地方に戻って来る少し前の話だ。

それまでは商業ギルドは可能な範囲での護衛をつけつつ相互に隊を組んで都市間の流通を行っていたそうだ。

 

「お父さん。お母さんは……少し前にこの街に来てから帰らなくなった。 仕事の理由があって帰らないんじゃないだろう?」

「セルブスト……、お前……」

「本当のことが聞きたい。前に進むためにちゃんと聞きたいんだ……」

 

セルブストは自身の持っていたカバンの中から一つの小箱を出した。

 

「これ、昔、お母さんが素敵だって言ってた髪飾り。僕は自分の脚で探して、見つけて……交渉して買ったんだ。でも、お母さんに渡せなかった」

「……」

「一縷の望みにかけて、この街に来た時にお母さんを探した。でも居なかった……お父さん、本当の話を教えほしい」

 

ちょっとした助け舟を出したつもりだったシュタルクは小さく嘆息する。

立派なものだ。シュタルクが手助けをしてやらないといけないなんておこがましかったかもしれない。

どうやらこの小さな少年は想像以上にしっかりした大人なようだ。

 

■約束


 

『ごめんねぇ……あんたとあの子を残してこんなヘマ……』

 

商業ギルドの旅団が、街道の近くの森から出現した魔物の群れに襲われた。

凶悪な魔物に人が食い殺される。とりたてて、珍しくもない……この時代当たり前にある事故だった。

 

それでも商人たちの一人一人に生活があり家族があり夢があったのだ。

そんな中、ハンデルの妻は魔物に襲われそうになった仲間をかばって大怪我を負ってしまった。

僧侶も居ない道中の致命傷……

 

『私を捨てて、みんな逃げて……そうするのが一番被害が少ない』

 

合理的で、英雄的な、献身的な、犠牲的精神……皆がそう称えた。

 

『お前を捨てて行ける訳が!! お前が残るなら私も残る!』

『あんたまで逝ったら、家で帰りを待ってる坊やを誰が育てるんだい……あの子は才能がある。

 よく観察し、見たものを記憶し、頭もよく回る。 必ず商人として成功する。誰かが導いてあげなきゃ……だから、逃げて!』

 

どんなに抵抗しても、彼女の意思は固く。曲げることはなかった。

その気高さが、尊く、美しく、そして何より悔しかった。 どうして彼女なのかと。

こんな場所で魔物に襲われるために置いて行かれることの恐怖とは……いかほどのものなのだろうか……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「妻は……この先の街道を移動する旅団を救うために、魔物に襲われました」

「……」

「すまない。お前に説明できなかったのは俺の弱さだ」

「……ありがとう。お父さん……」

 

セルブストはそれ以上、顔を伏せたまま何も語らなかった。

 

「シュタルクさん、フェルンさん、本当にありがとうございました。私はこの街での商いも終えましたので、この子が落ち着いてから帰ろうと思います」

「そっか……わかった。セルブスト、今日はありがとう。お前のお陰で、買い物楽しかったよ。

 上手く説明できないけど、きっとセルブストの商人の技術ってお母さんから受け継いだものなんだろ? 大切に……しろよ」

 

なんとなくわかっていたはずだったのに、本当に、うまく言えない。

不甲斐なくて、拳を強く握る……とそっと温かい感触が触れた。フェルンの手だ。シュタルクが握りしめた手のひらを解くよう指を差し込み、その手に柔らかく握り締めた。

 

「フェルン……」

「シュタルク様の……シュタルク様のせいではありません。だから、その想いに後悔なんてしないで……シュタルク様が負い目になんて思わないでください」

 

フェルンはシュタルクの隣で、彼の手を握ったまま毅然とした態度を崩さない。

そんな彼女の様子を見て、シュタルクは目を閉じ苦笑する。

 

「……全く、頼りになるお嫁さまだ……」

 

そうだ、彼がたどりついた結論にある後悔も悲しみも彼自身のものだ。シュタルクが負い目に思うのはとても失礼な話だ。

シュタルクが別の境遇を抱えていたとしても彼の母が失われた悔しさと後悔は彼ら親子のものであり本来は他者が介入する問題ではない。

 

「一時だけでしたが、僕も、楽しかったです……またいずれどこかでお会いしましょう」

 

セルブストは少し寂しげな笑顔でシュタルクとフェルンにそう告げた。

 

この時、この物語は終わりを告げる……そう、思っていた。

 

■英雄と呼ぶべき姿


 

行きは乗り合いの馬車で来たが、帰りは荷馬車を1台丸ごと頼むことにした。

購入した物品の内、手持ちでもって帰るのが難しい椅子やテーブルの様な大きなものから、皿やグラスといった割れ物などを安全に運ぶためだ。

 

「……」

 

シュタルクは木箱に荷物を黙々と詰めながらも考えていた。

一体何が解決したのだろう? あの親子は救われたのだろうか? 誰もが心の底から笑える結論は……本当になかったのだろうか。

 

「気になりますか?」

 

フェルンは魔法で荷物を荷馬車に乗せながら、シュタルクを見てそう聞いてきた。

 

「どうなんだろうな……終わった話だ。今から救える誰かが居る話じゃない。

 セルブストとハンデルさんが、乗り越えて前を向くしかない……そういう事だって、わかってる……」

 

荷物を詰め終わったフェルンは杖を格納しながらシュタルクの方へ歩を向ける。

 

「……フェルン?」

 

キョトンとした顔で首を傾げシュタルクの様子が少し可笑しくてフェルンは苦笑してしまった。

彼のそのあり様は、その想いは……とても、誇らしく、美しく、そして愛おしいと思う。

 

心の底から他者の幸せを願えるその彼の高潔さを傍らで支え、ずっと寄り添っていたいと思う。

フェルンはシュタルクの手を取った。

 

「いつかまた、シュタルク様の様な人を必要とする人々が大勢現れると思います。

 全てを救えないこともこれから先、たくさんあると思います。

 それでも救いたいと、救いたかったと願うシュタルク様の想いは……私がわかっています。私が肯定します。

 ……だから、たとえ届かなくてもシュタルク様の願いに否定も妥協も……必要ないことだと、私は思います」

 

握られた掌から感じる熱がその言葉の想いの強さを感じさせる。

「ありがとう……」

 

たった一言しか返せなかったが、フェルンが隣にいてくれてよかったと、想いを乗せてシュタルクはフェルンに笑いかけた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

購入した荷物も詰め終わり馬車で出発しようとしたときだった。

 

「待って、待ってください!! シュタルクさん! フェルンさん!! セルブストはコチラに来ていませんでしたか!?」

 

息を荒らげたハンデルはセルブストの行方をシュタルクとフェルンに聞いてきた。

先ほどまでこの場で作業は二人で行っていた。もちろん心当たりはない。

 

「何かあったんですか?」

「来て……いませんでしたか……。わかりました。ありがとうございます!」

 

この場を去り、次の聞き込みに向かおうとするハンデルにシュタルクは「待ってください」と声をかけた。

 

「あいつ、居なくなったんですか?」

「はい……、少し目を離した間に……居なくなっていて……ここにも居ないのなら、街道へ……向かったのか……」

 

シュタルクは少しの間共にいた彼の行動と言動を思い起こす。

情報収集の中で、頭の良いあの少年はおそらく母の情報が途切れたおおよその場所に目処がついていたのではないか?

だとするなら、さきのハンデルの言葉に確信を得た彼は、母の最期を迎えた場所に

 

―― 『以前から母が欲しがっていた髪飾りを買ったので、それを届けたくて父には秘密で母を探していて……』

 

亡き母の、存在しない墓標へと華を添えに……

 

「最近魔物の数は減ったと聞いています……!!

 だが、魔物は、奴らは人を襲って成功した場所を本能的に覚えています……まだ……危険なのです。

 妻の墓標を作るため、資金をため……討伐隊を編成して、魔物を駆逐しようと努力してきたのですが……まだ届かない……

 セルブストまで失ったら私は……私は一体どうしたら……ッッ!!」

 

顔を覆い、膝から崩れ落ちるハンデル。

商人である彼は魔物には無力な存在だ。それでも彼にできることで、亡き妻への責任を果たそうとしていた……たとえ今届かないのだとしても。

 

「―――ッッ!! フェルン!!」

 

亡き妻と、子を想い……泣き崩れる親を見捨てて…… 自分は明日を笑顔で過ごせるのか。

 

「…… はい、シュタルク様の、望む通りになさればいいと思います。私が後ろで支えます」

 

ひとときでも触れ合い、笑顔をくれた少年が、この世から失われていいのか……

 

「ハンデルさん、俺達が行ってくる、必ず連れて返ってくる。 だから……信じて待っててくれないか」

 

否だ! 断じて……そんな事は許容できない。 あってはならない。

ならば己の信じる信念を貫くしか……、その方法以外の選択肢はない。

 

「シュタルクさん、フェルンさん……あなた達は、いったい……」

 

顔を上げて救いを求めるように見上げるハンデルにフェルンは薄く微笑みながら答えた。

 

「かつて、魔王を滅ぼした勇者一行の伝説の魔法使いフリーレンの弟子の魔法使いフェルンと……

 その魔法使い達を守り、一歩も退く事無く大魔族とすら戦い続けた……英雄シュタルク様です」

「えい……ゆう……?」

 

フェルンの言い様にシュタルクは額を抑えて「そういう言い方やめてぇ」とぼやく……

 

「ただの戦士シュタルクだ。 でも絶対に無事につれて帰るから。信じてくれよ」

 

そう言って、ありもしない救いを求めるハンデルに笑顔で手を差し伸べる彼の姿は――

 

それは、間違いなく英雄と呼ぶべき姿だと、ハンデルは後に人に語ったという。

 

■焦がれるモノ、ねらうモノ、救うモノ


 

こっちだ。今まで聞いた情報を総合すると、クレ地方の森の間に切り開かれた街道の途中。

近道になるということで昔は賑わっていたが事故が頻発したことにより今は通行が禁止されている。

 

半年前に商業ギルドの旅団が事故にあったという場所。間違いなくそこが母の襲われた場所。

その場に残り、魔物の餌となり、他の者達を救った母が……ここに眠っているはずなのだ。

 

(お母さん! お母さん! 会いに行くよ……渡したいものがあるんだ……)

 

もう会えない、わかっている。

もう、あの笑顔は、貧困も、苦難も、笑い飛ばすあの快活な笑い声はもう聞けない。わかっている。

 

それでも、届けたい物がある。届けたい想いがある。

だと言うのに、半年たった今でも襲撃地に残された母は野ざらしのまま放置されているだなんて……そんなことが許されていいはずがないのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

街道とはいえ、森の間を突き抜けるこの道は暗がりで夕刻の今は随分と暗い。

 

おそらくここが襲撃地。

 

野ざらしの壊れた荷馬車は木材故に森の湿気などにより錆び、朽ちてボロボロになっている。

そこかしこに散らばる車輪や台座の破片には藻が生え、無数の虫が住み着いており、暗がりで不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「どこだ…… お母さん……、一体どこで……」

 

壊れた荷馬車の本体の向こう、見覚えのある生地の布が見えた。

母が商いをするときに着ていた服だ……

 

「お母さん……」

 

母を呼びながらセルブストは荷馬車の向こう側に回り込む。

徐々に見えてくる、生地の断片の向こう……

 

「ああ、こんなところに……

 ごめんね……一人きりで……みんな、守るために……お母さん……」

 

そこに居たのは、ぼろぼろになった服の生地と……食い尽くされ、わずかながらに残った女性の遺骨の跡。

 

「うっ……くっ……」

 

たとえ居なくなったとしても、恥じること無く、強くあろうと思っていた。

亡骸を見たとしても、真摯に向き合い、弔い、贈り物を備えて、笑顔で帰れる自分であれるつもりでいた。

 

「……う、あ……ああ………あああああああああああああああああああああッッ!」

 

悲しみと、悔しさと、寂しさと、懐かしさと渦を巻く感情の向こう

心の奥底から生まれる慟哭は小さな少年の心で受け止めるには、あまりにも重く大きく。

少年は、その場で膝をつき、地面を拳で叩きながら―――

 

泣き叫んだ

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

森の奥。荒い息を吐き、蠢く巨大な獣は普段聞かぬ物音に耳を動かした。

 

声がする。それにうまそうな匂いがする。まだ若い、柔らかそうな、肉の匂い。

 

十数年前、とある村の崩壊と共に魔物の数が増えた。

狩る者たちがいなくなったと同時に、上質な餌が大量に増え、捧げられた上質な魂により皮肉にも魔力の豊富な土壌が増えた。

 

森に巣食う魔物は、活発化し、強力になり、そして場合によっては知恵も付ける。

 

―― 死んだニンゲンは 、 生きてるニンゲンを 呼び寄せる

 

それは善悪関係なく、弔いに来る者、遺品を奪いにくる者様々だったが、そんな事情は捕食者であるモノには関係ない。

なんでもいい。どんな事情でも構わない。来てくれさえすれば。爪と牙で動かなくしてしまえばそれまでだ。

 

餌だったものが、次の餌を呼ぶのなら是非もないのだ。

獣であるその身に笑顔という概念は存在しないが、その魔物の内心は歓喜に湧いた。

 

久しぶりだ。せっかく飾っておいたのに何も来なくなったのはひどくつまらないことだった。

やっと来た。今来ているやつも食った跡をその場に置いておけばまた次のやつが来ることだろう。

 

そうして、久々の人の到来に湧いた魔物は軽い足取りで静かに、小さなニンゲンの背後からその肉を狙う。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

嗚咽も涙も尽きようとした頃、背後から物音がした……

その場から立ち上がり、警戒しつつカバンの中から念のためにと用意した短剣を取り出す。

 

「……誰だッ! ここは、死者が……お母さんが眠る場所だ、それを荒らすやつは……どこかへ行ってくれ」

 

当然、帰る返答はない。 だが確実に何か居る。 害意を感じる。

しんと静まり帰る森の中、大きな荷馬車の本体の向こう影になって隠れた場所になにか居る気がする。

 

ゆっくりと、回り込み姿を確認しようとする。

 

そして、ようやく、荷馬車の向こう側が……

 

「……何も……いない?」

 

何もいなかった。確かに、物音がした後、何かいた感じがしたのだが……

 

――― ポタリ と、肩の上に液体のようなものが落ちてきた。

 

「え……?」

 

その瞬間、感じたこともない寒気を感じた。

絶対に助からない……背筋も凍る様な、胃の奥から黒くて冷たいものが湧き出て全身が凍るような感覚。

 

振り帰ると、大きな口を、嗤うように開けた、巨大な牙と、角と、爪を持った熊のような魔物がセルブストを見ていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

小さいが、柔らかくて、美味そうだ。

 

肉食獣の様な魔物がセルブストを見たときに思ったのはそんな事。

わざわざ爪でずたずたにする必要もない。一口で咀嚼してしまえばいい。

 

ひと吠えしたら、ニンゲンの子どもは尻餅をついて動かなくなった。

まあ、戦う力のないものはそんなものだ。何も守るものもなくこんな場所に餌に釣られてきたことを後悔でもすればいい。

魔物にとってはどうでもいい事。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

魔物が、出ること、考えないわけではなかった……小柄な自分はうまく隠れてやり過ごせば……なんとかなるという甘い見積もり。

それ以上に母の事をなんとかしたかった。

 

「こんな……終わり方なんて……ごめん……お母さん、お父さん……」

 

魔物の咆哮で、身動きができない……怖くて、恐ろしくて、身体が言うことを効かない。

巨大な口はセルブストに牙を向けて、肉を引き裂き噛み砕こうとしている。

 

(もう……だめだ……!!)

 

魔物はセルブストを丸呑みしよう大口を開けて――

 

――――「まだ、諦めるには早すぎるだろ!」

 

噛み砕かれると思った瞬間、聞き覚えのある声と……突風のように凄まじい勢いで何かがセルブストの隣を通り過ぎる感覚。

 

それを感じた瞬間、真正面で 『ガインッッ』 と、硬質なもの同士がぶつかる鈍い音が響き空気を揺らせた。

 

■救いの一撃


 

魔物とぶつかりあった何かが響き渡らせた衝撃音は波紋となり森を揺らす。

 

―― ゴアアアッッ!

 

遅れて聞こえた低い唸り声とともに巨大な魔物は地面を揺らしながら背後に転がった。

 

「いったい……なにが……?」

 

理由がわからなかった。眼の前に居るのは、少し前まで街で共にいたシュタルクだ。

彼は身の丈ほどある大きな黒い塊をぐるぐると回してから刃の先についた血を振り払った。

 

それは、とても大きく、鋭く、美しい、力強い戦斧……だとセルブストは思った。

 

「間に合ったみたいだな。良かった」

 

セルブストの方を振り返ったシュタルクは肩に戦斧を掲げてかがんで少年の頭を撫でる。

 

「セルブスト、お前が他の人に迷惑をかけたくなかったことも、それでもお母さんにそれを渡したかったこともわかる。

 でも、一人でやろうとするな。ハンデルさんも心配してた。相談しろよ。弔いたかったんだろ」

 

それまでの恐怖が、安堵に変わった気がした。その瞬間、涙が溢れ出てきた。

 

「シュタ……ルク……さん、う……うう……ごめ……ごめん、ごめんなさい……」

 

強大な魔物に人が一人で立ち向かうなんて本来愚かしい行為だ。でも、どうしてかわからない。それでも大丈夫な気がした。

 

「謝らなくていいよ。セルブスト、どうしたい?

 お前はここで何をしたい? どうすれば、お前は明日を笑って迎えられるんだ? 」

 

シュタルクのその言葉を聞いた時、理解した。この人は……助けに来たのではない……救いに来たのだ……

自身の様な愚かな、たった一人の子どもの想いを……

 

祈るように、願うように、言葉が出た。

 

「助けて…… 助けて……ください。 お母さんを…… 、一人きりの、こんな場所から……解放して……助けて……僕には……できない……」

 

その言葉を聞いた、シュタルクはセルブストに微笑み

 

「任せろ」

 

とたった一言述べて立ち上がった。

 

―― ガアアアアアアッ!!

 

魔物も吹き飛ばされた状態から起き上がり、唸り声を上げる。

彼は立ち上がった巨大な魔物に、向き合い、戦斧を構えた。

 

その背中は……まるで―――本に描かれた英雄譚で謳われる……

 

「英雄……」

 

まだ小さなセルブストには、その戦士の背中は、確かに、そう見えたのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

最初の一撃で砕かれた片方の牙、そのまま斬られた口元の傷。

巨大な魔物は、対峙する斧を構えた戦士を天敵に値すると認めた。

 

力任せだけでは勝てないと考えた魔物は魔力を練り始める。

 

「力任せのデカブツかと思ったら、魔法まで使うのか」

 

魔力を精密には分析できないが、力の本流は感じられる。これは魔族や魔物特有の魔法発動の傾向と直感的に悟った。

上空に無数に浮き上がる針のようなものを目視で確認したシュタルクは

 

「フェルン!!」

 

上空で待機してもらっていたパートナーの名を呼んだ。

 

一斉射出されるトゲはシュタルクとセルブストの双方を狙う。

セルブストは思わず顔を覆う。激しい衝撃音が鳴るが、自身の身には特に何も感じない。

 

恐る恐る目を開けると

 

「セルブスト様、無事ですか?」

「フェルン……さん?」

 

美しい紫の髪を揺らしたフェルンが隣に立っていた。杖を構えたその姿は……

 

「フェルンさんも……お強い魔法使い……だったのですね」

「はい、シュタルク様と共に戦う、魔法使いです。

 シュタルク様がアレを倒すまでの間、貴方は私が守りましょう」

 

まっすぐな瞳でそう告げた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタルクは襲いかかる魔物の爪を紙一重で躱す。

巨大な魔物だ。油断はできない。 一撃でももらえば致命傷になる恐れもあるだろう。

 

だが、そんな恐怖など、そんな恐れなど、眼の前の少年の明日が閉ざされる恐怖に比べたら

 

「どうって事はない!!」

 

シュタルクの振り上げた一撃は魔物の腕を切り飛ばした。

血を撒き散らしながら叫び声を上げる魔物は残った腕でシュタルクに襲いかかる。

 

巨大な質量の打ち下ろした腕が地響きを鳴らしながら地面に叩きつけられた。

魔物は内心で嗤う。ニンゲンなど、鍛えていても力のかぎり叩き伏せれば粉々だ。

勝利を確信した時

 

「所詮は魔物……愚かですね」

 

そんな声が聞こえたと同時に

 

―― 閃天撃!

 

叩き伏せたはずの男の声とともに、魔物の視界は暗転し……二度と目覚めることはなかった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

目を疑った。魔物の一撃を躱し、舞い上がった戦士の放つ、上空から叩き伏せる斬撃により巨大な魔物は真っ二つになり塵となった。

それは、只人の商人の子供であるセルブストにとっては常軌を逸する強さ。

 

「シュタルクさん、あなたは、本当に、物語に描かれるような……英雄様……なのですか……?」

 

塵となって消えていく魔物を背後にコチラに歩いてくるシュタルクに……あまりに幻想の様なその光景に思わずそう聞いてしまった。

 

「ただの戦士シュタルクだ。 お前の隣に居るフェルンのほうが、よっぽど魔物と魔族倒してるんだぞ」

「え……?」

 

驚きながら隣にいたフェルンを見る。

 

「そう……なんですか……?」

唖然とした表情で聞いてみると彼女は「さぁ、どうでしょう。いちいち数えてませんから」 と笑いながら答えた。

 

■弔い


街道沿い、森から出た少し開けた場所。

 

「ここでいいですか? 街に帰ったほうがよくありませんか?」

 

布に包んだ母の遺骨を胸に抱くセルブストにフェルンは問いかけるが

「いえ、ここにしようと思います」とセルブスㇳははっきりと答えた。

 

さきの戦いのあと、フェルンはあえて魔力のソナーを発射し、しばらくは他にもいた魔物を誘き寄せての一掃を行った。

時間にしてほんの数刻。 魔物は次々と現れたが、それらの攻撃はことごとくシュタルクにより防がれ、たった一匹を残すことなく、フェルンの魔法によって撃ち抜かれた。

 

その後、弔いたいと願ったセルブストの願いを聞き、遺品と遺骨を弔うことにしたのだが。

 

「この街道で人を守りたいと願った母の意思を、尊重したいのです」

 

そう語ったセルブストにシュタルクは

 

「そうか、セルブストは強いな……」

 

そうつぶやいてから、弔うために、少し開けた見晴らしの良い街道の端、穴を掘り始めた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

買ってきたアクセサリは遺骨とともに埋めた。値打ち物は置いておくと誰かに持っていかれるかも知れない。

名前もない墓石を埋めた場所に添え、手を握り祈る。

 

「ようやく、弔えた……今までごめんねお母さん」

「セルブスト……」

 

セルブストは顔を上げてシュタルクとフェルンの方を向いて深々と頭を下げた。

 

「本当に、ありがとうございました。この御恩は、時間を掛けてでも、必ず……」

 

シュタルクとフェルンはその様子をみてから、顔を見合わせて笑った。

 

「そんなに、重く捉えなくてもいいよ。

 でも、一つだけお願いしていいか?」

「は、はい……なんでも!」

 

セルブストは前のめりになりながらシュタルクとフェルンに向き合う。

 

「この道の先……今はまだ、朽ちた地しかありませんが……いずれ村ができると思います」

「ああ、5年か10年か少し先になるかも知れないけど、きっとできるからさ……

 セルブスト、お前が商人として自立した時に商品を運んできて、商いをしてくれないか?」

 

眼の前の未来の夫婦は、そう言って笑っていた。

 

「そんな……ことで……いいんですか?」

「ああ、約束だ。 だからセルブストもハンデルさんの元で勉強して立派な行商人になってくれよ。

 そうやって一人前になることがセルブストの母ちゃんの、願いでもあるんじゃないかな」

 

なんて、無欲で、不確かで、彼らにとって得も何もない……そして優しい願いなのだろうか……

そうであるならば……救われたこの身にできるのは……

 

「……わかりました。必ず……何があっても……お約束します」

 

覚悟を持ってその願いに答えることであると、小さな商人は、その約束を果たすことを胸に誓った。

 

「だから、そんなに重く受け止めなくていいよ。

 さあ、必ず連れて帰るからって約束したから、ハンデルさんのところに帰ろうか」

 

そういって手を差し伸べてくるシュタルクに、セルブストは「はい!」と答えて駆け出した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

日も沈み、上空は一面星空になった頃。

 

「本当に、お世話になりました」

「いや、こちらの方もありがとうございます」

 

セルブストを送り届けたハンデルからも似たようなやり取りで何度も礼をすると言われ、そこそこ断ったのだがどうにも引いてくれなかったため……

「じゃあ、この荷馬車のレンタルの料金支払いだけでも……」

と冗談で言ったら、大喜びで支払いの代行手続きを済ませてくれた。

 

「また、何かの機会にお礼をさせてください。どちらにお住みになっているのですか?」

「あー、昔さ……あっちの方に戦士の村ってあっただろ?」

「はい、有名でしたね……」

「最近その場所に住み始めたんだ」

 

苦笑いしながらもシュタルクが答えると。

 

「戦士の村の跡地……なるほど、あの近辺一帯の魔物が駆逐されたという報告は、そういう……」

 

ハンデルはなにか納得がいったように頷いた。

 

「いずれお役に立てる日が来ると思います。 必ず、恩に報いますので……」

 

ハンデルのその言葉に、隣にいたフェルンはくすっと笑った。

 

「セルブスト様とハンデル様は、本当に親子ですね」

「そんなに重く捉えなくていいって、何度も言ってるんだけどなぁ……」

 

シュタルクはそう言いながらも、「じゃあな!セルブスト、ハンデルさん」と言いながら手綱を使って馬を歩かせ始めた。

 

その姿が見えなくなるまで見送り続けた親子。ようやく手を振るのをやめた時

 

「お父さん、目標ができたんだ。 恥じること無く、胸を張って、僕はまたいつかあの人たちに会いたい。

 だから、これから、もっと仕事の事、僕に教えて欲しい」

 

少年は夜空を見上げて父にそう語りかけた。

 

■夜空に誓うこと


 

色々あったので帰りは随分と遅くなってしまった。

暗がりの移動は中々危ういため、フェルンは魔法で煌々と光る光源を馬車の先頭に出現させた。

 

「あのさ、フェルン……」

「はい、なんでしょう?」

「ありがとうな」

「どうしたんですか? 改まって」

 

隣でくすくすと笑う彼女は何でもお見通しですと言うような笑顔をシュタルクに向ける。

どうしてこういう時、格好の着くことを言えないのだろうか。 もう少し大人として成長すればなにか変わるのだろうか。

 

いつも背中を押してくれてありがとう、わがままを支えてくれてありがとう、どんなときでも信じてくれてありがとう

 

たくさん言いたいありがとうの言葉はあるのだけれど、上手く言語化できなくて淡白な言葉で済ませてしまう。

こんな言葉で全部伝わるだなんておこがましいとはわかっているけど、それでもわかってほしい。恥ずかしくてうまく言えない。

 

「お嫁さんになってもらうために、今色々頑張ってるんじゃなかったですっけ?」

「ええっ、今それ引っ張り出すの?」

 

焦って声を上げるとフェルンは「冗談ですよ」と言いながらシュタルクの肩に頭を乗せて、体重をかけてきた。

 

「………」

 

彼女がそうしてくるならば、シュタルクだって答えるしかない。

手綱を片手に持ち替えて、おずおずとフェルンの腰に手を伸ばす。

 

「~~~~~っッ!!」

 

腰に手をかけていいのか?もっと寄せていいのか? いいよね!将来誓いあったんだし!夜道は寒いし!

こうして肩を並べて身を寄せあったって、何もおかしくないよね!?

 

そんな言い訳を考えながら、手のひらをワキワキしていると

 

「シュタルク様、早くしてください」

 

と逆に伸ばした手を掴まれてフェルンの腰に強制的に腕を回す構図となった。

なんとなく、さっきよりぎゅーっとフェルンが身を寄せてくるのが判かる。

 

もっと強めに腰を抱いたほうがいいのだろうか?

 

……いや、まあ、それはさておきだ……伝えたい話があったのだ。

 

「あのさ、今回のことで色々考えることもあって……やりたいことが一つ増えたんだよ」

「なんですか? まあ、わからないでもないですけど」

 

肩に頭を寄せてきているのでフェルンは上目遣いでシュタルクを見てくる

 

「うぐ……いや、あのさ」

「はい」

 

おずおずと語りだすシュタルクの想いをフェルンは笑顔で受け止める。

 

「道を……安全な街道を……作りたいなって。魔物に襲われず、快適に移動できる、そういう道を……作りたい」

「そうですね、作りましょう」

 

「俺達の村にももう少し街道沿いの場所に色々建てて、たくさんの人と商品であふれかえる場所を作りたいんだ」

「素敵ですね、頑張りましょう」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタルクとしてはまあまあ無茶な事を言った気もするのだけど、スルスルと合意されてしまった。

 

「……って、俺の勝手な願いだけど、本当にそう思ってる?」

 

フェルンの顔を覗き込んで怪訝そうに聞いてくるシュタルク見たフェルンは思わず吹き出した。

 

「思ってますよ」

 

そうか……変わったのだなと。

 

何一つ……自分の願いを望まなかった彼は。

フェルンにもフリーレンにも何も願わなかった彼は、今こうして夢を語り、それを助けて欲しいとフェルンにお願いしているのだ。

 

―――こんなにも……嬉しいことはない。

 

「シュタルク様が私のしたいことを、シュタルク様のできる限りで叶えようとしてくれている様に……

 私もシュタルク様が望むことを、私の出来うる限りで叶えてあげたいと、以前言いましたよね?」

 

おまけで、「シュタルク様が私に不器用ながらに告白してくれた日のことです」と添えられると

シュタルクとしては「お、おう……」としか返答できない。

 

「だから、ずっと隣で必ず支えます。それ以外に何かありますか?」

 

隣でそう答える彼女にシュタルクは空を見上げつつ

 

「そうだな……そうだった。じゃあ……頑張ろう」

 

そう答えて、手綱を握り、肩を寄せ合う二人は完成を待つ我が家のある故郷へと帰るのだった。

 

~ 迷子と行商のラプソディ fin ~

 




ご意見、コメント等はマシュマロまたはXまで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。