葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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オレオールからの旅を終えたシュタルクとフェルンが定住生活を始めたアフターオレオールの番外編です。夫婦喧嘩シリーズ2。
「春を超えて、願いは実る【完】」でフェルンが第4児を身ごもっていた理由のお話……

アイゼンの家に遊びに行っていたフリーレン&子供達が自宅に帰った時に見たのは魔法で吹き飛ばされるシュタルクと吹き飛ばしたフェルンの姿。
謝り倒すシュタルクと返事をしないフェルンに唖然とする面々だが、このままで良いはずもなく……

ちょっとおバカで少しだけエッチかもしれない夫婦と家族のドタバタ劇です。

原作とは時系列が離れており、1次に登場しないオリジナルキャラクターはそこそこ登場するため苦手な方はご注意ください。


夫婦喧嘩は家族も食わぬが役に立つ

■数日ぶりの我が家は爆発とともに


 

中央諸国 クレ地方

 

かつては大陸に大勢の優秀な戦士を輩出し、戦士の村と呼ばれた地が魔族に滅ぼされてはや幾年。

長年の間放棄されてきたその地だったがオレオールへの旅路を終えたフリーレン一行が訪れた事により事態が一変する事となる。

 

この地に腰を下ろしたシュタルクとフェルンは様々な支援者の協力のもとに廃墟と荒れ地だけの地を開拓し、家を建て、集落を形成し、街道を整備し、そこにつながる街を作る事で長い月日をかけて領地としての体裁を整えた。

 

さて、現在は街道に隣接する街に殆どの機能が集約されており

戦士の村の跡地はシュタルクとフェルンとその関係者が住まう小さなかくれ里のような場所となった。

そこに建てられた彼らの家に住まうのは、もうフリーレンやシュタルク、フェルンだけではない。

シュタルクやフェルンの子供達も今はその一員である。

 

とはいえ、今この時はフェルンとシュタルク以外は家の中にはいない。

子供達とフリーレンは数日前から祖父であるアイゼンの元を訪ねており、今日はその帰りの日。

 

「お家が見えました」

と小走りで駆け出し指さして喜んでいるのは少し朱い瞳と紫の髪、外見はフェルンの幼い頃そっくりな少女のエリシア。

 

「エリシア、走ると危ないよ」

「はーい、ごめんなさい、フリーレンさま」

 

フリーレンの元に戻ってきたエリシアは少し前までそうしていたように再度フリーレンの手を握る。

素直に言うことを聞いて戻ってきてくれる少女の様子に満足したフリーレンは少女の頭を撫でる。

相変わらずツヤツヤの髪の手触りが良くずっと触っていたくなる。

 

そんな様子を少し後ろで見ていた両手と背中に荷物を山盛り持った青紫色で父譲りの外はねした髪と三白眼の少年は薄く微笑みながら

「エリシアは本当に元気だなぁ……ティアももう少し見習ったほうがいいぞ」

 

少年の少し後ろで杖に体重をかけながら歩く深紅の瞳と鮮やかな紅い髪の少女は息を切らせながら反論する。

「……兄様……は……もうすこし……歩きっぱなしで……疲労した……か弱い妹を……助ける……べきだと思いますぅ」

 

やれやれという表情を見せた少年は妹の元に駆け寄り、手に持っていた荷物を片手に寄せて『ほれ』と手を差し伸べる。

「何いってんだよ、お前たちの荷物全部俺が持っているだろ」

「こんなことで……私が満足……すると、思ったら……大間違いですよ……」

 

と言いながら、杖を収納した少女は兄の手を握る……というより腕ごとしがみついてきた。

 

「こら、しがみつくな!あー、もう。重い! 歩きにくいから!」

「兄様……レディに対して……なんという……失礼を……私の体は……フェニックスの羽毛の如き……」

「そんな軽いなら自分で歩けよ! あと、なんだよその触れると燃えそうな羽毛!」

 

生まれてからこの方こういう困った事態は魔法で解決し続けてきた少女。

今日はフリーレンから「魔法の利用禁止!基礎体力のためにちゃんと自分の足で歩くこと」を厳命されているため息も絶え絶えになっている。

 

「シュタアル兄様、ティア姉様ー。お家はもうすぐそこですー」

と手を振る末の妹エリシアと「おー」と答える両手の塞がった長男シュタアル。

最近母譲りに膨らんできた胸をしがみついた腕にこれでもかと押し当てつつも「やっと……休めますぅ」吐息も絶え絶えな長女ティアフォート。

 

そんな、シュタルクとフェルンの子供達3人と保護者のフリーレンがようやく辿り着いた我が家の前で見た光景は

玄関先で突然輝く魔力光と衝撃音、そしてきりもみ回転して飛んでいく父シュタルクの姿だった……

 

■飛び出すシュタルク、引きこもるフェルン


 

「おわぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

宙を舞う父はドップラー効果で音程を変えながら4人の元を通り過ぎていく。

 

「……父さん?」

 

地面に激突したシュタルクはそのまま一度バウンドして、回転しながら吹き飛び、ドワーフの工房の隣にある薪置場に激突した。

見た目には惨劇に等しいその衝突劇は言葉にするならば「ドンガラガッシャーン」といった物音を立てる。

常人ならただでは済まない様な事故。しかし、この程度だとかすり傷程度で済むのが大陸を代表する戦士シュタルクという怪物なのでその心配は不要だったりはする。

 

「お父様ッッ!?」

「「うわぁ……」」

「フェルンの非殺傷(?)魔法か……。大人一人吹き飛ばす規模になるなんて……我が弟子ながら見事な威力」

 

4者3様の反応。

エリシアは慌てふためきながら激突した父の元へ向かい、シュタアルとティアフォートは事態を引き起こしたであろう当人に視線を移し

フリーレンは「本当は相手に尻餅をつかせるぐらいの衝撃の魔法なんだけどな~」と考え込んでいた。

 

なお、兄姉が視線を向けた先、シュタルクを吹き飛ばした当人はというと……

表情は薄いのだが、なんとなく家族には判る怒気をはらんだ眼つきで見下すようにシュタルクが吹き飛んだ方角を見つめている。

寒いからかストールを巻いてはいるのだが……やけに体のラインと下着の色のわかるような薄いシルク生地のネグリジェ姿……もう少ししたらそろそろお昼時なのだが

シュタルクが吹き飛んだ様子を確認した後、ばッっと振り返って駆け出すように家の中に入っていった。

 

バタンと閉まる玄関のドアを確認した後

 

「……なに、今の?」

 

どうコメントしていいのか判らず、シュタアルの口からは疑問だけ飛び出す。

 

「あれは母様の勝負下……服です」

 

なにか確信があるような様子のティアフォートは口元に拳を当てながらそう答えた。

 

「は? ……いや、勝負服ってなんかもうちょい、かっこいいローブじゃなかったっけ?」

 

母の普段の格好はいくつかある。自宅にいる時は概ね白のワンピースの服に気温に合わせて黒のローブを着たり脱いでたり。これがスタンダードだ。

領主館に向かう時は専用のコートを着ている。これは父も同じだ。華美に過ぎず、かといって来客の礼節に不足はないといった格好。

シュタアルが勝負服だと思っているのは一級魔法使いに支給されている協会支給のローブだ。青を基調としたパリッとしたローブ。

大陸をはせる魔法協会の威信を表した優美さのある作り(もちろん性能も申し分ない)となっている。

一級魔法使いの証でもあり、中央に努めているメンバーは好んで着ている一方でフェルンをはじめとするアウトロー組は全然着ていない。

シュタアルはかっこいいなと思っているけど其の実ほとんど母が着ているところは見たことがない「記念にもらいました」と飾ってあるだけのローブである。

 

――閑話休題

 

「兄様、あれはそういう勝負ではありません。母様の勝負というのは……」

「……いや、まって。説明しなくていいよ」

 

説明を続けようとする妹だったが、ろくでもない話が飛び出しそうな気がしたので聞かないことにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「んんーーーーっ」

 

と、父の手をとって懸命に引っ張っているエリシア。「フリーレンさま手伝ってっくださいー」と踏ん張っている後ろでは

エリシアの様子をじっと見つめながらちょっとすすけた手記に魔力で転写しているフリーレンの姿があった。

 

「大丈夫だよ、エリシア。ゴメンな、怪我はないか?」

 

そんな拍子に目を開いたシュタルクはムクッと起き上がり、何事もなかったかのように眼の前にいたエリシアを抱き上げる。

 

「それはこちらのセリフですぅ」

 

少々目の前で起きたことの衝撃に驚いたのか若干泣きそうな感じですんすんとしゃくり声を上げている。

 

「エリシアもフリーレンも、おかえり。師匠は元気そうにしてた?」

「お祖父様は元気そうでした。お父様は一体何事ですか……?」

 

ものすごく心配そうに見つめてくる娘に「あー、えーっとね……」若干目をそらすシュタルク。

 

そんな様子にやれやれという様子でフリーレンが口を挟んできた。

「年に1度のタイミングに何やってんのさシュタルク……どう見てもフェルン怒っているよね」

「いや、ちょっと、やむにやまれぬ事情がありまして……」

「その事情ってフェルンが納得出来るような内容?」

「うぐっ………」

 

実に痛い所を突いてくれる。

納得してくれるなら吹き飛ばされていない。

なんなら、「シュタルク様ならそうでしょうね」と納得した上でそれでも腹の虫がおさまらないからぶっ飛ばした可能性まである。

 

「年に一度って何?」

と言いながらやって来たのはシュタアルとティアフォート。

 

「うーん……」

とシュタルクは悩みながらフリーレンに視線を向けると「説明するしかないんじゃない?」と言う様子で肩をすくめた。

 

■秘密の記念日


 

彼らの母であるフェルンはとにかく年に1度の記念日を大切にする人だ。生誕を祝う誕生日などは特に大事にする。

当人も夫や子供達や師匠や近しい弟子たちの誕生日をとても大切に祝うし、彼女自身もそうやって祝ってもらうことを大切にしている。

もちろん祝い方はその時々で様々だが、プレゼントがあろうがなかろうが隣人を愛し敬い祝う気持ちが何より大事だと子供達も母から言い聞かされている。

 

要するにシュタルクの妻であり、シュタアルたちの母であるフェルンはこれがないがしろにされるとめちゃくちゃ拗ねる。

 

「実は昨日はお母さんが楽しみにしていた記念日でさ……」

 

というシュタルクの言葉にシュタアルとティアは顔を見合わせた後、ティアはふるふると首をふる。

「なんか知ってる?」「いえ知りません」 と言った目配せだ。

 

「なんというか、色々致し方ない事情もありまして、間に合わなかったと言うか……」

「すっぽかしたという訳だね」

 

言いにくそうに言葉を濁すシュタルクに横からすっと挿し込むフリーレンの言葉に「うぐっ」 と言いながら胸元を握る。

 

そんなシュタルクの顔を覗き込むような位置からティアフォートが問いかける。

 

「父様……正直におっしゃってください。母様は割とガチガチに勝負下……服でした。 一体どういう日だったのですか?

 回答によっては、私は母様側に付きます」

「あっ、ずるいぞ!」

 

そんな問いかけに父シュタルクは両手で顔を隠しつつ。

「ティアフォートすまない。今はちょっと言えない……」

と答えた。

 

 

二人の誕生日は全然別の日だ。なんならもう既に祝った後だ。

結婚記念日はまだ先になる。これは我が家では子供達が両親に何かをプレゼントする日と決めている。

そうするのが……一番平和だからだ。これは長男シュタアルの負担が大きいが致し方ないと覚悟済みである。

 

では一体何の日だったのか……

思い返せばここ数年、この時期にはフリーレンに手を引かれてアイゼンの家に泊まりで遊びに出かけている気がする。

 

シュタアルがそう悩んでいると

 

「とりあえず、フェルンとも話さないとダメだし一度家に入ろうか?」

 

と、腕を組んだフリーレンがまずは帰宅をと促した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「お、おー……?」

 

玄関から入り、まずは家の中央。家族団欒の場であるリビングに向かった。

リビングはすぐ隣に母のフェルンが料理をしやすいように台所とカウンターが備え付けてある。

 

そのすぐ隣、家族全員が食卓につける大きなテーブルがある。

違和感はそのテーブルの上。

 

シュタルクとフェルンの子供達は基本的に見た目以上に食べる。

フリーレンも食べるし、フェルンも結構食べる。何ならシュタルクが一番食が細いまである。

 

それ故割とガッツリ系の料理が並ぶ。

 

しかし……おそらく昨晩用意したのであろうテーブルの上の料理はいつもと比べて随分と瀟洒なラインナップだ。

なんだか、いつもと違っておしゃれ蝋燭台が煌々と輝きスープや鶏肉がいい色で照らされている。

ひと晩放置されて冷え冷えに冷めているが……

 

「ちょっとしたパーティーって感じの様相だね……父さん?」

 

この場に、母のフェルンが居ないため定かではないが……生まれてこの方ずっと側にいた子供の身としては……

かなーり、ウキウキでこの料理を作ったことは想像に難くない。

 

「父様……」

「お父様ぁ……」

 

娘二人に見つめられた父シュタルクは……

 

「………ッッ!!」

 

めちゃくちゃ汗だくだった。

 

この料理、上品に飾り付けてあるのでよくよく見ないとわからないが

漁港から取り寄せた、食べるとやたら元気になっちゃう貝とか

長距離を泳ぐことで有名なスタミナ抜群な魚のソテーとか

北部から取り寄せたと思われる一度睨まれると死ぬまで追いかけてくる凶暴な地走鳥の照焼とか諸々

あと、フェルンが好きそうなワインも……

 

経験上知っているシュタルクとしてはコメントしづらい感じの料理が並んでいる。

一見すると美味しそうなんだけど……子供達はできれば気づかないで欲しいなっていう親心

 

なお、シュタアルとエリシアは知る由はないが、ティアフォートにはしっかりバレている。

 

「これ、母さん、相当楽しみにしてたやつだよ……」

「……料理もそうですけど、このロウソク、本当の火ではなくて魔力の光ですね。

 まだ光っているということは、母様は今も魔力を供給し続けています」

「お父様……」

 

服の上から心臓の部分を握ったシュタルクは

「やめて、そんな目で見ないでぇ……」とつぶやいている。

 

ロウソクの上の擬似的な魔力の炎はまだ何かをシュタルクに期待しているのか

『私怒ってます』という意志の現れなのか……

あるいはその両方か……

 

そんな中、家の中の魔力の流れを調べていたフリーレンはフェルンの居場所を感知した

 

「どうやらフェルンは、寝室だね……シュタルク、どうする?」

「……まずは、俺から行ってきます」

「まあ、そりゃそうだよね……、怒らせたのシュタルクだし」

 

淡々と返すフリーレンに「はい」と返事をしながら猫背な姿勢のまま寝室に向かうシュタルク。

 

そんな父の背中は……なんだか妙に小さく見えた。

 

■我が家の岩戸のフェルンさん


 

寝室の前に到着したシュタルクはゴクリと喉を鳴らす。

まずはノックだろう。対応を間違えると状況が悪化する。

ノックの後はなんと声をかければいい……考えろ!考えるんだ!

 

まずは謝罪か、いや、待て……謝罪は既に言った上でふっとばされている。

つまり、謝罪スタートは既に詰みだ。

では、遅れてしまった理由の説明はどうだろう……いや完全に謝罪より駄目だろう。

 

ではどうすれば……? 「愛している、今すぐにでも抱きしめたい」とでも叫ぶか?

でも、子供達の前だしなぁ……うーん。

 

ドアを開けるという一点においては実は割とそれが正解に近かったりするのだがそういうノリにはなれないのがシュタルクという男。

 

無論フェルンもガンガン来る暑苦しい系はむしろ嫌う。

優しく、さり気なく隣にいて困った時に手を差し伸べてくれるシュタルクの様な人柄だから傍にいれる。

しかし、それはそれ、これはこれ。 そんなシュタルク故にぐっと攻めてきて欲しい気持ちはあるのだ。

 

そんな内心もつゆ知らず。シュタルクは熟考する。

というか子供達の顔を見た時点で気持ちが若干お父さんモードに寄っているので、今は愛を囁くような言葉がちょっと言えない。

 

昨夜の件でお怒りなのか壮絶に拗ねているのか、あるいは両方なのか、いずれかなのかは間違いない。

 

初手を間違えれば長期化は免れない……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんな父の様子を階段の手すりの影から遠巻きに見ていたシュタアル達。

 

「父さんはどうして固まってるんだろ?」

「いつもの謝罪から入るとおそらく駄目なことにようやく思い至ったけど

 他に切れる手札が無い……と言ったところではないでしょうか?」

「お父様頑張ってください!!」

 

エリシアは胸の前で小さな拳を握りしめて頑張れのポーズを取る。

そんな妹の様子を見ながらも兄姉は「まあ、初手は駄目だろうな」という顔をしている。

 

既に長期戦の構え。

 

「あ、座った」

 

ドアの前でシュタルクは膝をついて座り込み……

そのまま膝の前に両手を突いて頭を下げた

 

「ごめんなさい! フェルン!! 俺が悪かったです!」

 

((結局謝ってる!?))

 

どうやら、誠心誠意謝ることにしたらしい。

聞いたところによると東方の一部の島国に伝わる、心の底から謝罪するときの姿勢……らしいポーズ。

傍らで見ていたシュタアルは父と母のパワーバランスを感じざるを得ない絵面だなと思わずには居られない。

 

シーーーーーン、と静まり返る寝室前の廊下。

 

『………』

 

フェルンの方に反応はない。

 

「お父様……」 エリシアが心配そうに父を呼んだ瞬間。

スパァーーン!! という勢いの良い音が廊下に響き渡った。

 

「ふべッ!!」

 

盛大なアッパーを食らったように父シュタルクの顎を衝撃が襲った。

頭は勢いよく持ち上がり、そのまま廊下の壁にぶつかる。

 

「ピンポイントの衝撃を遠隔かつ、視界に捉えていない位置に……、さすが母様……」

 

くだらないことで魔法使いとしての高みを見せつけてくれる母にティアフォートは恐れ慄く。

 

ぶつけた後の頭を擦ったシュタルクはなにやらドアに張り付いて……泣きついて?なにか言っているようだが……

 

『知りません!! あっちに行っててください!!』

 

というフェルンの一声でシュタルクの初手は玉砕したのであった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

戻ってきたリビングに展開された緊急対策本部。

そろそろお昼時でちょっとお腹も空いてきた。

 

「これ、食べて良いのかな?」

 

手を付けられていない、昨晩の食事を指差すシュタアルだったが

 

「良いですけど、兄様はそれを食べた後、私と共にお風呂に入っていただきます」

 

ティアフォートが平然とした顔でとんでもないことを言い出した。

 

「何でお前と一緒に入らないといけないんだ……」

「後学のために、どれほどの効果が出るのか見極めようと……」

「どういう意味だよ……いや、もう食べないけどさ」

 

とりあえずろくでもない事が起こる前に諦めることにした。

一体あの料理に何が……そしてそんなものを共に食べる気だった両親は何なのだ?

 

「まあ、どう考えても父様が責任を持って食べるべきものでしょうね」

「なるほど」

 

それは確かにその通り。

母が気持ちを込めて作ったのだ、丁寧な飾りつけは父を深く想っているその真心を表している……様に思える。

それをつまみ食い的に横から食べるのは良くないことだ。

 

そんなふうにうんうんと一人納得して頷いている兄にティアフォートは

(たぶん理解していないのだろうなぁ……)

と半眼で見つめる。そういう捻くれていない素直なところは兄の愛嬌ではあるのだが。

 

そんな事をやっているとシュタルクが部屋に帰ってきた。

 

「駄目でした……」

 

肩を落としてしょんぼりした様子で帰ってきたシュタルクは子供達とフリーレンに告げる。

 

「見てたよ……」

 

いつものキッチンカウンターの定位置で魔導書を開いて読んでいたフリーレンはため息を付きながら本をパタンと閉じる。

 

「シュタルク、第一声からいきなり謝ったりしてないよね?」

「う”……」

「いつも言ってるけど、フェルンは自分の気持を理解してもらえてないと思った時に一番拗ねるからそこら辺ちゃんと理解して行動してよね」

「……はい」

 

父親が怒られている珍しい風景……という訳ではまったくないのだが、なんというか見てる子供達側としてはコメントをしがたい。

 

「お父様、元気だして」

 

と服の裾を引いて父を慰めるのは末の妹のエリシア。

 

「心配かけさせてゴメンなエリシア!!」

 

なんだか感極まったシュタルクはそんな娘を抱き上げて、抱きしめて、頬ずりする。

 

しかし……

 

「にあああ! お父様……いつもよりちょっとジョリジョリしますぅぅ」

 

若干困った顔で拒否の意を示すエリシア。

今朝の様子からすると、シュタルクは昨日からそのままのスタイルだろう。

こういう事を言われないように父は毎朝マメにケアをしているのをシュタアルは知っている。

 

「あああああ、ゴメンなエリシア」

「ちょっと痛かったです……」

 

ゆっくりと地面に下ろされたエリシアは頬を擦りながらぼやく。

 

最後の癒やしにも見捨てられたような気持ちになったシュタルクはますます肩を落とす。

 

「私達にアレをしなくなったのは適材適所なんでしょうか」

「おい、ティアやめろ……」

 

父シュタルクは肩を落としたまま、何やら獲物を見る様にも見える瞳でこちらを見ている。

表情の裏には「していいの?」と描いてある。

 

若干青くなりながら、ティアフォートとシュタアルはブンブンと顔を振った。

そうだ、父はそういう人だった……子供達全員等しく大好きなのだ……

 

結局、父シュタルクはしょんぼりしたまま「外の空気を吸ってくるね」と玄関のドアを開けて外に出てしまった。

 

■領主様の事情


 

家の外にある比較的大きな木の太い枝に縛り付けられた手作りのブランコ。

これはシュタアルが幼い頃にシュタルクが作ってくれたものだ。

今でも、枝が折れて壊れないように補強の加工が施されている。

これを作ってくれた父は、格好良くて、優しくて……子供心に憧れたものである。

今は違うのかと言われたらそんなこともないのだけれど……

 

ブランコに落ち込んだ様子で座っている父を見ると物悲しい……

 

「………」

 

なんかもうちょっと格好の付く落ち込み方ないのか……と思いながらもシュタアルは声をかけた。

 

「父さん、結局のところなんなんだよこの状況?」

「ブランコに座って落ち込んでます……」

「いや、そうじゃなくて」

 

母は何故そこまで怒っているのだ。

怒ったり拗ねたりするのはそんなに珍しいことではないが、魔法でぶっ飛ばしたり、部屋に引きこもるのは中々に無いことだ。

 

「………結婚記念日ってあるじゃん」

「もうちょい先だけどあるね」

「あれは、俺とフェルンが結婚した日なのね」

「そりゃそうだね」

 

流石にそれは判る。プレゼントの準備も進めないとだし。

とするなら昨日は結局なんだったのだ。

 

「昨日は……さ、俺がフェルンに旅が終わっても傍にいようって告白した日なんだよ」

「へぇ……」

「え、反応薄い……」

 

思い切って告白(?)したのに普通に流されてしまったことに落胆の様子のシュタルクだったが……

正直なところ、もったいぶった割に割と予想の範疇だったなと思ってしまった。

 

しかし、気になったのはそこではない。

 

「その記念日って、何でいつも俺達って祖父ちゃんの家に行っているの?」

「………」

「なんで顔背けるのさ」

 

そうだ、何故その日は自分たちに知らされず毎年なんとなく祖父の家に遊びに行っているのだろうか?

 

――『明日から私達だけで泊まりでアイゼンの家に遊びに行くよ』

 

そう、毎年なんとなくフリーレンに声をかけられて……

結果自分たちはそんな日があったことを知らない。

 

「あー、えーーと……その……だな……」

「??」

 

言い淀む父に首を傾げる。

 

「ティアとエリシアには言うなよ」

「うん……」

「告白した記念日は、子供達抜きで二人きりの水入らずの夜をだな……」

 

まあ、考えてみれば、フリーレンと自分たちが家を空ければ結果的に夫婦ふたりきりだ。

結果的にそうなるのではなく、そうするために出掛けていたということか……

 

「うーん、まあ、要するに、アレだよ……」

 

その言い方だと

「いや、何だよ?」と思わなくもないが……

 

「要するに俺達が見てないところで仲良くする日だったってこと?」

「んんんーーーー、まあ!お前風に言うとそうなる……のかな……?」

 

なんだか、もう少し意味が違うのか、父シュタルクはちょっと含ませ気味な応答をした。

まだ夫婦の機微の細かいところは知らないシュタアルにはちょっとわからないが……なんかいろいろあるらしい。

 

そして、どうでもいいけど、さっきから微妙に魔法の気配がする。

方法はわからないが、おそらくティアフォートは聞き耳を立てている。

事情を聞いてくるから大人しく待ってろって言ったのに……

 

「んで、そういう日だって判ったけど。どうしてこうなったのさ?」

 

と、未だしょんぼり明け暮れない父はシュタアルを見ながら

「聞いてくれる?」とぼやいた……

 

なんか聞く気がちょっと失せたけど聞くしかあるまい。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そう、あれは……そろそろ、今日は仕事を終えて帰らなければ!フェルンも待っていると、中々終わらぬ仕事にシュタルクが焦っていた時だった。

 

「シュタルク様……ソワソワしすぎです。理由は察しますが……その理由を考慮すると周りに示しが付きません」

「う、すまん……エアフォルク」

 

シュタルクに注意をしたのはフェルンの内弟子兼秘書のルーエの兄である、エアフォルク。

かつてシュタルクとフェルンに救われ、しばらく預かっているうちに最終的には教え子となり、今はシュタルクの様々な面で右腕となっている青年。

実務でも大変頼りになるが、シュタルク同様に戦斧を使った戦士としても優秀である。

 

ちなみに、本来は戦斧技を継いでくれると嬉しい我が子のシュタアルは戦斧は重いから体に合わないと剣技中心。

共通の基礎的な事を除くと、アイゼンから学んだ技も彼なりに咀嚼しているが、正規の弟子とは言い難い。お父さんは凄く寂しい。

 

強いて言うなら、シュタアルの剣技は……兄シュトルツのそれに似ている。

本人は勇者ヒンメルの文献を参考に、そしてオルデン卿や知己を頼って学んでいると言っているが……シュタルクから見るとどうしてもかつての兄のそれを思い出す。

本人に聞いても首を傾げるばかりで全く理由はわからない。

もちろんシュタルクの気の所為かもしれない。二度と見ることの叶わない兄の美しい剣筋を見たのは随分と昔の話だ。

 

それはさておき……

 

シュタルクの様子にため息を付いたエアフォルクは

「こちらと……こちらの書類は私の方で処理しておきます。

 領主印の必要となる事項のみまとめておきますので後日、対応をお願いします」

といってシュタルクの机の上に重なっていた書類の束を全て自分の机に運んでいった。

 

「ありがとぉぉぉぉ、この街はお前がいないと絶対に回らないよ」

 

救いの神に祈るような表情で礼を言うと

 

「阿呆なことを言ってないで、さっさと手元の書類を片付けて家庭の平和を勝ち取ってください。

 それがこの街の平和に繋がります」

 

何を大げさな……と周りのものが聞いたらいぶかしむだろうが……

この街の領主の片翼であるフェルンのパフォーマンスは本当にこの街の明日を左右する隠された最優先事項である。

彼女がいるからこそ回っていることも多い。もちろんシュタルクが居ないと回らないことも多い。

 

「はい……がんばります」

 

と威厳も無く頷いたシュタルクが残りの仕事を片付け始めてしばらく経ったころ……

 

なんだか、廊下のほうが騒がしくなってきた。

 

「領主様!! ちょっと助けてください!!」

 

ノックもなく突然開いたドアと駆け込んで来た数名の男衆。街の商工会の人たちだ。

「おい、失礼だぞ」と言うエアフォルクの一声に「すいません」と謝ってからシュタルクの方に駆け寄ってきた。

 

「領主様! うちの会長、今日の打ち上げの会費に娘の学費にためてた金に手を付けてたらしくて飲み会の会場にカミさんが怒鳴り込んできて!!」

「ええ……」

 

いや、それはどう考えても怒られて然るべきでは……と領主的にも思うんですが。

と頼れる部下の顔を見ると、頷いてくれた。

というより、とっとと追い返して仕事終わらせろと顔に書いている気もする。

 

「あのー、そういうのは家庭の事情だし、流石に当人同士で……」

「会長のカミさん、元冒険者でめちゃくちゃ強くて……もう手がつけられないんですよ。シュタルク様しかいないんです。おねがいしますうううう」

 

本人は常に否定しているが、現在大陸最強の戦士と評されるシュタルクや実力派の魔法使いフェルンの存在を聞いてやって来てその土地に帰化する元冒険者は少なからずいる。

商工会の会長さんの奥さんもそういう手合いなのだろう。

 

というか、男衆束になっても勝てないの?

もうそれ、飲み会の会場のお店はエラい事になってない?

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なんか……、オチが見えた気がする」

 

というシュタアルの言葉にしょんぼりしたままの父シュタルクは

 

「え、もうちょっとだから聞いてよ」

 

と、シュタルクはすがるように息子の服の裾を引いている。

 

「……みんな待ってるし、手短にお願いします」

 

そう言うとシュタアルは手近な岩の上に座り込んだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

結論から言えば、結局現地には向かった。

 

エアフォルクには止められたが、放置はできないだろうと結局向かってしまった。

 

部屋からの去り際

「どうなっても知りませんよ……。フェルン様に対しては私も頭が上がらないのでフォローしかねます」

と言われてしまった。

 

そして、現地。

怒り狂い、暴れる会長の奥さんを止め、破壊された店内の片付けを手伝い……

 

それでもまだいがみ合い続ける商工会の会長夫婦をなだめ……八面六臂の活躍をした……と思う。

 

全てが終わった……と思った時にはもう日が変わっていた。

 

その事実に気づいた時、街の領主であり英雄と名高きシュタルクは店の中央で絶望を叫んだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「そりゃ、母さん怒るわ」

「ですよね……」

 

一部始終の話を聞き終わったシュタアルは冷たい眼差しで父に言い放った。

 

「連絡は?」

「出来てませんでした……」

「説明は?」

「帰宅してからしました……」

 

事情を聞いた上で怒っている、ということだ。

無理もない。約束がある日に連絡もなく、日が変わるまで家に帰らなかったのだ。

 

……いや、慎重な兄弟子のことだ、事態の報告は行っている可能性がある。

それが本人からの連絡ではないこと、そして了承取ってすらいないことが問題な気がする。

 

「ところで、日が変わった後とはいえ一度帰宅してから、俺達が帰った時にぶっ飛んできたのはなんで?」

 

という、思い浮かんだ素朴な疑問。

 

「あー、それは帰って説明したのがお前たちの帰宅直前ぐらいだったから」

「ん?」

「えっ?」

「どういう状況?」

 

時系列がよくわからず謎に思っていると「ああ!」と言いながらシュタルクは手を打った。

 

「深夜に帰ったらフェルンが家に入れてくれなくて、ずっと玄関で待ってたんだよ」

「何してんだよ父さん……」

 

拗ねた母に家に入れてもらえなくて玄関で塞ぎこんでいる父、これでも領民にはとても愛される領主様……

 

要するに、朝方起きてきた母にようやく家に入れてもらって、事情を説明と謝罪した結果ぶっ飛ばされ、シュタアル達はその現場に遭遇したと……

 

もう何やってんだかこの夫婦は。

唐突にデートしてイチャイチャしたり、休日はソファで膝枕で耳掃除してたり……

かと思ったら、喧嘩して魔法でぶっ飛ばされたりと……二人共中身は一体何歳で止まっている。

 

天を仰ぎながらそんな事を考えつつ深呼吸をしたシュタアルは

 

「まあ、何にしても……とりあえず母さんには部屋から出てきてもらわないとな……」

 

そうつぶやいた。

 

■子は鎹(こはかすがい)と人は言うらしい


 

「えー、というわけで……第何回だったか忘れたけどなかよし家族会議です」

 

リビングにおいたホワイトボードの前で司会をするシュタアルの正面に座る面々のうちティアフォートは「そんな名前でしたっけ?」と首を傾げる。

 

「そこで正座している父さんの引き起こした事故により、拗ねて引きこもってしまった母さんを部屋から引きずり出さないといろいろままなりません」

「ごめんねぇ……」

 

言ったところでいい大人なので明日業務日になったら普通に出てきそうだけど、家の中で両親はピリピリしたままだろう。

流石にそれはご勘弁頂きたい。

 

「というわけで、エリシアとティアフォートは一度母さんのところで説得を試みて欲しい」

「私達がですか?」

「兄様、不満をいう気はありませんが、理由を聞いても?」

 

ちょっと押し付け感を感じたのか、眉を吊り上げたティアフォートはシュタアルに問う。

 

「まあ、シンプルにお前達だったら多分ドア開けてくれるだろうなと。

 母さんの懐に入り込むという意味ではエリシアが最強なんだけど、たぶん父さんがだめな現状、母さんに交渉はお前しか無理だ……と思う」

 

エリシアはキョトンとした顔で「サイキョーっってなんですか?」と首を傾げている。そういう所です。

 

その隣で胸を強調するような姿勢で腕を組んでいるティアフォートは珍しく兄が素直に頼ってくるのでちょっと照れの見える様子。

 

「まあ……判りました、兄様がそこまで私を頼りにするのであれば……」

「うん……まあ頼むよ……」

 

場合によっては妙な見返りを求めてくる可能性を危惧していたシュタアルは胸を撫で下ろす。

今回に関しては妹にとっても非常に良くない事態なのでそこは協力するしかないということか。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

部屋の前に到着したエリシアとティアフォートはドアをノックする。

 

「お母様……エリシアです。お顔見せてください……帰ってきたのにお母様のお顔見えないの寂しいです」

「母様……とりあえずお話をしませんか。ここには父様と兄様はいません。このままで良い訳がないのは母様も認識されているはずです」

 

とにかく対話が成り立てば何らかの進展はある。まずは相手の懐に飛び込むことだ。

 

「お母様……」

 

エリシアのダメ押しの開けてくださいコールと共にガチャっという音の跡にドアのロックが解除され、ドアが僅かに空いた。

 

「母様?」

 

開いたドアの向こうに人がいない。どうやら魔法で開けたらしい。

これは簡単なようで難易度が高い。なんせロックのつまみを回してドアノブをひねりながらわずかの力で押すというアクションは非常に繊細なコントロールを要するためだ。

 

時々、キッチンで魔法を使って並列に調理する姿を見たことがあるが……

本当に妙なところで格の違いを見せつけてくる。

 

「エリシア、入っていいみたい。行きましょう」

「はい」

 

エリシアの手を握って部屋に入った先。

光が入らず、暗くなった部屋の奥、そのベッドの上には……

 

――シーツお化けがいた。

 

「みやああああああああ! おばけ怖いいいいいーーーですぅぅぅ」

 

シーツお化けに驚いてガバッとティアフォートの後ろに抱きつくエリシア。

ちょっと可愛すぎたので、額を手のひらで押さえて気持ちを落ち着かせつつ。

 

「落ち着いて、普通に母様だから」

「……そうなんですか?」

 

魔法使いの性で、どうしても見た目と同ぐらいに魔力の形状で他人を見てしまう。

なので見た目がどうあろうが母はわかる。魔力を抑えていても、その特徴は隠しきれない。

まあ……今は隠しているのは、着ている服と思われるが……おそらくまだ勝負下着とベビードールの寝間着姿。

 

普段着に着替えていないのは母なりの父への抗議であろう。

そのメッセージを純朴な父が正しく受け取っているかどうかはさておき……

そういう意味ではあの兄にしてあの父ありだなとリビングで待機している二人を思い浮かべてティアフォートは嘆息した。

 

未だ顔すら出さないシーツお化け状態のフェルンは、シーツの隙間からすっと手をだして、こちらに手招きをしてくる。

ティアフォートとエリシアは首を傾げながら顔を見合わせた。

エリシアは「私ですか?」という様子で顔に人差し指を当てる。

十中八九そうであろうとティアフォートはコクリとうなづいた。

 

「はい……」

 

という返事とともにオズオズとエリシアはシーツお化けな母のフェルンに近づいていく。

 

「お母様……?」

 

そう言って、エリシアが首を傾げたと共にこまねいた手がガバっとエリシアの腕を掴んだ。

 

「んにゃ!?」

 

妹は驚いた時に微妙ににゃんこ語が出てくるの可愛いなぁ等とティアフォートが思っている間にエリシアはシーツお化けに食べられた。

正確に言えばシーツの中に抱き込まれてそのままベッドに引きずり込まれた。

 

「あれ、お母様だ………あふぅ……」

「……」

 

シーツの中の母を確認した……と思われるエリシアは次第に動きが緩やかになり、10秒ほどで静かになった。

ベッドの上で蠢くシーツの中からは『すぅぅぅぅぅ』という吸引音が聞こえる。

何をしているんだ……いや、予想はつくけど。

 

しばらく、妹の何かを吸引し続けた母の動きが止まった。

再度シーツの中から生えてきた腕はまたこちらに手をこまねいて来る。

 

あなたも来なさい……と、そういう訳か……

 

母は子供達に対して圧倒的優位な技を持っている。柔らかく包み込み、抱きしめ、眠りにいざなう技だ。

これは何故だかわからないが……抵抗することができない。本来そんなことはあり得ないが……魔法を使っているのか、固有能力でも持っているのか……

母の愛のチカラだと本人は言っているが、効力がちょっとよくわからない。

なんなら兄が最も恐れている母の力でもある。

 

しかし、同じことをされて自分もダウンすると交渉ができない。

 

「か、母様……とりあえず、お話しませんか? お顔見せてください……」

「………」

「わ、私は全面的に母様の味方です。母様の要望を、父様に正しく伝えますので……

 今更謝ってほしいとか理由を説明して欲しいとか、そういう訳ではないのですよね?」

 

慎重に今手持ちにある手札のカードを切っていく。

 

「……本当ですか?」

 

久しぶりに母の声を聞いた。と同時にティアフォートは内心でニヤリと笑った。

 

――よし!食いついた!

 

■そういう覚悟を決めた日だった


 

――私は今、何を聞かされているのだろう……

 

若干オーバーフロー気味になってきたティアフォートは、微笑みながら頷くという動作から、思考を切り離した。

ちなみにエリシアは母の腕の中で熟睡中だ。元気そうにしてはいたが、朝から移動で疲れたってのもあるだろう。

 

ティアフォートに思いの丈を語り始めた母フェルン。

たしかに最初は今回の件の不満について話していた。

 

まずは第一報はちゃんとしてほしかったとか、

少しぐらい遅れても気にしていないが日が変わるまで忘れていたのは何事かとか、

昨日という日がどれほど自分たちにとって大切な日だったのかとか……

 

―― 未熟だった自分たちがようやく自分の人生を選び取った、そんな日ではなかったのかと

 

―― どれだけ時が経ってもなお、変わらぬ想いがお互いに宿っていると、言葉と行動で示す日ではなかったのかと

 

……という気持ちの吐露までは良かった。

家族として、娘として素直に聞けた。だが、そこからはもうグダグダだった。

 

内心は父のことが大好き過ぎて惚気と不満が交互に湧いて出てくる。

 

例えば……

仕事柄、人前に出つつも毅然と振る舞う様になった姿は格好良くて大好きだけど、自分以外の御婦人に良い顔するのはどうしても許せん……とかそういう話。

 

(愛、重いなぁ……)

 

そしてティアフォートは理解した。

 

―― これ、いろいろと建前言ってるけど、結局イチャイチャしたい時間確保できなくて怒ってるだけだな……と

 

いや、恐らくもっと生々しい感情からくるアレだと思うが親のそういう気持ちを娘の自分が代弁するのは憚れる。

 

もちろん、怒りに任せてひと晩家から父を締め出した母の自業自得でもあるんだろうけど、時に脊髄反射の怒りは論理を超越する。

その時はそうしないと気持ちが抑えられなかったのだ。

 

と、そんな事を考えつつ、きりが無いのでいったんこちらから切り出そうとティアフォートは口を挟んだ。

 

「あの……母様……?少しいいですか?」

 

と声を掛けると「はい、なんでしょう?」と笑うようになった母は少々ガス抜きが出来たのか少し冷静さを取り戻しているように見えた。

 

「普段から父様に言いたいことがあるのは、理解しました。

 昨日のために私達が毎年、お祖父様の家に出ていた理由もなんとなく判っているつもりです」

 

いちおう秘密にしていたのか、娘が察している事実に照れているのか

「そうですか……」

と普段の通りの表情だが若干耳が朱い。

 

ふと、リビングにあった料理を思い出す……どんだけ頑張る気だったんだこの人……

 

「一度、父様にしっかり言い聞かせたうえでここに連れてきます。

 母様の気持ち含めてしっかりお話してください。二人が納得できる結論は必ずあるはずです」

そういうとフェルンはくすくすと笑い始めた。

「どうしましたか?」と質問すると

 

「いえ、昔そんな話を何処かで聞いたなと」

 

嬉しそうに笑う母だったが覚えがなかったティアフォートは首を傾げる。

 

「こちらの話です。気にしないで。あと、ごめんなさいね、ありがとう」

 

そう言いながらふんわりと抱きしめてくる母。

 

柔らかくて、暖かくて、恥ずかしくて、嬉しい…… 不思議な感触。

 

どれだけ大人っぽく振る舞っても、冷静に努めてこれをされるとどうしても……

理屈を超えたところで、この人の娘であることを痛感せざるを得ない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「というわけで……いったん落ち着いてくれました」

 

多少ごねた母から強制的に引きはがしたエリシアを背中におんぶしたティアフォートは待機していたシュタルクとシュタアルに説明した。

 

「そうか、本当にありがとうなティア。流石だ」

 

そう言いながら、両手でティアフォートとエリシアの頭を撫でるシュタルク。

 

「……おまえ、凄いな……」

 

目を丸くして、そう呟く兄に

「空よりも高く、海よりも深く尊敬と感謝をいただいていいですよ?」とティアフォートは笑った。

 

「とまあ、落ち着いてくれました。くれましたが……わかってますよね、父様」

「……はい」

「話を聞いてくれるというところまでで、あとは父様の態度次第だ、ということです」

「ですよね……」

 

未だ手のつけられていない、やたら元気になってしまう料理をチラ見したティアフォート。

 

「とても……とっても簡単な結論だと思いますよ。選択を誤らぬよう」

「……判ってるけど、ティアフォートどういう意味で言ってるの……」

「……さあ、小娘なのでさっぱり判りません」

 

いたずらっぽく笑う娘に「ははは……」と苦笑いでごまかすしかないシュタルク。

この子の将来が怖い。

 

「……シュタアル、後でルーエとエアフォルクに明日は午後からになるって言っておいてくれる?」

「わかった」

 

と、父から聞いたあとに、ん?午後から?これからなんかあるのか?

とシュタアルは首を傾げるがとりあえず納得することにした。

 

「話はついたみたいだね」

 

と、ここまで大人しく話を聞くだけだったフリーレンはパタンと読んでいた魔導書を閉じて立ち上がる。

 

「シュタアル、ティア、さっき連絡しておいたから今日はライニの家に泊めてもらうよ。

 温かいスープと焼きたてのパンを用意しておいてくれるってさっき返事が来た。

 流石、仕事が早い」

 

フリーレンが連絡を取ったのはシュタアルたちにとっては生まれた頃からいるお手伝いさんだ。

もともとはオルデン家で働いていたとシュタアルは聞いている。

 

家事全般だけではなく、勉強を教えてくれたり、徒手空拳の基本までなんでか教えてくれたりしているので、母と姉弟子の次ぐらいにシュタアルにとっては頭の上がらない人物。

 

「フリーレン、そこまでしなくても……」

 

おいおい、とフリーレンに訴えかけるシュタルクだったが

 

「シュタルク……、私には判っているよ。久しぶりに、本気を出すんでしょう?」

「いや、何の?普通だよ」

「家の周辺には防音の結界を多重に貼っておくから。どこでどんなプレイをしても大丈夫。あと、最近消臭の魔法も開発したんだ」

「そんな倒錯的なことしないからね!普通に寝室で……ってやめてフリーレン、子供達の前!」

「そう言いつつ、以前、居間が凄いことになっていた事を私は覚えているよ」

「えぇ……父様……」

 

娘がまじ引くわという目で見てくる。そんな目で見ないで……

 

「やめてよ!そんなことは……ちょっとソファーに座ってたら後ろからフェルンが……いや違う、そうじゃない」

「フェルンのせいにしたら駄目だよ、シュタルク……」

「フェルンのせいにしているんじゃなくて、子供達の前で何言わせるんだって話!」

「つまりなにかしてたんだね?」

 

してやったりという表情のフリーレンの首根っこを掴んで部屋の隅につれていき耳打ちをする。

 

「シュタアルもティアフォートも多感な時期だから変なこと吹き込まない!」

「えー」

「えー、じゃないでしょ!」

「でもフェルンとこれから頑張るんでしょ?」

「頑張るとか言うな、頑張るけど! あと本当は意味判ってないだろ!」

 

ちなみに後ろで聞き耳を立てているティアフォートは概ね理解している。

さらにその後ろで控えているシュタアルは、これから父が何を成そうとしているのかイマイチ想像に及んでいない。

何やら夫婦が仲良くする行為がなされるというのは理解できるが……彼の上限値はキスとハグあたりで止まっているのでそれ以上が想像できない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「まあ、フェルンが約束してくれた事をシュタルクも一緒に頑張ってくれてることだってぐらいは理解しているよ」

 

そんな事を言ってフリーレンは子供達を連れてライニの家に出発した。

言ったところで歩いて5分程度の場所ではあるが。

 

……まあ、言い様はいろいろアレだったが、実際問題子供達のことではフリーレンの貢献は本当に言葉では表せないぐらいに助かっている……

 

「すまない、フリーレン……!シュタアル達のことを頼んだ!」

 

そう祈るようにつぶやいたシュタルクは「行くか!」と覚悟を決めて顔を上げる。

まるで魔王を相手取るような覚悟を決めた表情だが、向かうのは昨晩怒らせた奥様ことフェルンのいる寝室である。

 

■待ってた奥様は不完全燃焼


 

『父様……私が見る限り、母様のつけていた下着……あれは新品のものです』

『なんでそんな事知ってるの……?』

『この意味がわかりますか?』

『ねえ、お父さんの話聞いて?』

『そうです……母様はいつでも、父様にだけは、新しく美しく綺麗だと思って欲しいという乙女心の現れです』

『いつも綺麗だって言ってるよ?』

『ええ、仰るとおり、母様はもう若い生娘ではありません。他ならぬ父様の手により……』

『原因は否定しないけど、そんな酷い事思ったことないよ? あと、フェルンはまごうことなきティアのお母さんだよ?』

『だから、父様だけは!必ず態度と言葉で証明せねばならないのです、いつも母様は綺麗だよと!』

 

ここに来る前に娘と交わした会話を思い出す。

自分なりに、蝶よ花よと育てたつもりだったのにどうしてこんな性格に育っちゃったんだろう?

ではなく……つまりは、今フェルンが掛けて欲しい言葉を端的(?)に説明してくれたのだろう。

利口な子だ。ただ、シュタルクにはちょっと制御出来ないが。

 

「よし!」

 

寝室のドアの前で気合を入れる。ノックを3回した後「フェルン、入るぞ?」と声をかけた後にノブに手をかける。

カチャっと扉の鍵がある音が聞こえた。これはつまり、入って良いということだろう。

 

部屋の中はカーテンが閉じられて暗くなっている。

と言ってもまだ昼過ぎなので中が見えない、というほどでもないのだが。

見慣れた部屋のベッドの上、そこには……

 

――シーツお化けがいた

 

「あの、フェルンさん……?」

 

事前に言われたティアの言葉もあり、どういう言葉をかけるべきかと考えていたが吹っ飛んでしまった。

とりあえず、どうするべきだ? 無理やり引きはがすのは絶対に違うだろう。どうすれば顔を見せてくる?

 

「今更、何をしに……来たんですか……?」

 

そんなふうに、思っていたら向こうから声をかけてきた。

 

――とても……とっても簡単な結論だと思いますよ。選択を誤らぬよう

 

ここで選択を誤ってはいけない。

であれば、今はもう丸裸の気持ちでぶつかるしかない。

 

出会ったときから境遇が似ているようで全く性質のことなる二人

そこに折り合えるところが……心地良いものがあったからずっと傍に居続けた。

 

「……フェルンに会いに来た。

 昨日の夜からずっと会いたかった……

 なのに、今朝吹き飛ばされる直前の怒った顔しか見てない。

 フェルン、お願いだ。顔……見せてくれないか?」

 

そう伝えると、一瞬ためらったような動きを見せたシーツおばけは……

 

「……ッッ」

 

やっぱり何かを言いたそうで。だけど何かを飲み込んでいて……

 

――そっか……

 

シーツおばけな彼女の隣にゆっくりと座る。

 

――確かに、とても簡単な答えだ

 

珍しく、彼女のほうが少し引いた。普段はすぐにこちらに寄ってくるのに。

 

――会えない時はただ、とにかく無性に会いたい

 

「フェルン、嫌ならひっぱたいてでも止めてくれ。

 なあ、顔を、見せてくれないか……」

 

――顔を見て、抱きしめたい

 

ゆっくりと、肩の辺りに手をかけて掴んだシーツをしゅるしゅると引っ張り彼女の顔を露出させた。

 

――そんなシンプルな事が言えなかったんだな。

 

今朝、彼女が激怒した理由なんて……本当にその程度の事だったのだ。

簡単で、単純で、シンプルな、心の中の真ん中にある感情。それが共有出来てないと思われたんだ。

 

(いったい、どんな表情で待っていたのかと思えば……)

 

その瞳はちょっと潤んでいて。正面にいるシュタルクの姿が見えるぐらいに真正面に彼のことを捉えている。

 

「やっと、ゆっくりフェルンのきれいな顔が見れた。

 ただいま。遅くなってごめん。1日ズレたけど、今も変わらず大好きで、愛してるよフェルン」

 

――そうだ。そんな日だったな……

 

子供達が生まれて、仕事も忙しくなって、周りも賑やかになってきて、それ自体はとても幸せなことなのだけれど……

少し……お互いに少しだけ歳を重ねて、なんとなしに……周りの目もあって言う機会が少なくなったちょっとした一言を……

初めてそう伝えた日に改めて言い合おうと、たったそれだけを言うことを目的に始まった日だった。

 

「おそいですよ、シュタルク様……」

 

そう言った彼女はシーツを脱ぎ捨ててシュタルクに抱きついてきて

 

「私も……大好きです……愛しています……」

 

ようやく、彼女の怒りは終わりを見たのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

いや、終わったのは今朝怒ってた件一点のみでした。

全然終わってない。

 

何が? それはもちろん待ち続けていた奥様の不完全燃焼が。

そんな状況でベッドの上で正座で向かい合う二人。

 

「シュタルク様、私はこの日のために、色々準備をしてきました」

「はい……」

「どういうことか判りますか?」

「多分……」

「返答は、はいかYesでお願いします」

「はい……」

 

どんな独裁者だ……

 

「シュタルク様が、領民のために懸命になること、私なりに理解しています。

 それが駄目な事とは言いません」

「はい……」

「ですが、それはそれ、これはこれ。夫婦関係は夫婦関係です」

「はい……え?うん? つまり……? 」

 

察しの悪い夫に、フェルンは胸に手を当ててシュタルクに問いかける。

 

「……シュタルク様、私のこの姿を見て、どう思いますか?」

 

ついに来た。

フェルンは今朝見たときから、というか恐らく待っていたであろう昨晩から、薄っすらと下着と体のラインの見える生地の薄いベビードールの服と、昔からこういう時に来てくる勝負用とかいう下着姿だ。しかもティア情報によると新品だということだ。

 

「すごくエッ……綺麗だと思います……」

「……言い直す前の方でお願いします」

 

ちょっとだけ耳を赤くしながらフェルンはいう。

同じぐらい顔を真赤にしながらもぐぬぬという表情のシュタルクは

 

「……ものすごくエッチだなって、思いました。

 こう、なんと言いますか……好きな感じです……」

 

聞きながら瞳を閉じ、顔まで赤くし始めているが表情は

「続けてください」と言っている。

まだ……言葉が必要なのかと……

これ以上は言う側もちょっとつらい。

 

「あの……ええっと……興……奮……すると思います。……持て余します」

死ぬほど恥ずかしくてうまくいえねぇぇぇ!と心の中で大地を叩く。

 

「まあ……良いでしょう」

 

とはいえ、お気には召してくれはしたらしい。

ひとまず、胸をなでおろしているとシュルシュルと布と肌の擦れる音が聞こえた。

フェルンの方を見ると、ベビードールの服がベッドの上にパサッと落ちた。

 

「フェルン……?」

「シュタルク様……、私は……昨晩のやり直しを要求します……」

 

そう伝えてくるフェルンの瞳は……捕食者のそれに似ているなとシュタルクはなんとなく思った。

 

「お……お風呂入ってきて良い……?」

 

決して、逃げるわけじゃない。

ただ、体勢を立て直す必要はあると感じただけだ。他意はない、絶対に。

だって、昨晩から身体洗ってないし。

 

理屈は通るはず、そう思ってフェルンを見るとそれでもなお彼女の瞳は嗤っていた。

 

「判りました……一緒に入りましょう」

 

いきなり退路は絶たれた。いや、もとより退路はない。

「フェルンが満足をする」その一点だけしか決着のしようはないのだ。

 

■真の戦士に退くことは許されないとか父は言っていた


 

かぽーーーーん

 

という音は先程シュタルクが置いた風呂桶から風呂場に反響して鳴り響いた音。

身体を流し、湯船に浸かりようやく一息ついた……なんやかんや昨晩からノンストップだったのでお風呂は心身にしみる。

 

落ち着いて湯船に浸かっているのは一人で入れたから。

なんとかフェルンを説き伏せた。

 

「お風呂は……みんな使うしね……」

 

そう、若気の至りだった頃とは違うのだ……

若気の至りとお風呂というコラボレーションより導かれる結論はこの場では触れるまい。

 

だが、今は家族全員が使う共用の場……いや、昔からフリーレンも使ってる共用の場ではあるんだけど……

そんな情事………ではなく事情を持ち込む訳にはいかないのだ。

 

フェルンをこれ以上待たせるとよろしくはないが……汗臭さが残ると駄目なので念の為にもう一度身体を洗ってから上がろう。

そう思って風呂場の椅子に座り、石鹸を取ろうと手を伸ばす。

 

「あれ?石鹸どこだ?」

「こちらです」

 

すっと、差し出された石鹸をフェルンから受け取る。

 

「ありがとう、フェルン」

 

ん?

 

……いやまて? それはおかしい

 

バッと慌てて振り向くとバスタオルを身体に巻いたフェルンが頬に手を当てたままシュタルクの身体をまじまじと眺めていた。

 

「明るい場所で直視するというのは、服が透ける魔法で見る時や薄暗い場所でみるのとはやはり異なる趣がありますね……」

「ねえ、フェルン。何言ってるの?」

「……シュタルク様の鍛え上げられた筋肉の話ですよ?」

 

待っててくれるって言ったじゃん……!!

後ずさりながらもそんな視線を向けると彼女は

 

「そうですね、端的に言えば……今日は我慢できませんでした」

「寝室には……必ず行くから……ここは退いてくれないかフェルン」

「お断りします」

 

断固として退いてくれないッ

 

胸元で引っ掛けている巻いたバスタオルの端を指先で外しながら、フェルンがゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。

広めと言えども一軒家のお風呂、そんな全力で逃げられるスペースなどもどこにもない。

 

「先ほども言ったとおりです。

 私は昨晩のやり直しを要求します……」

「フェルン、まっ―――」

 

そんな彼女の言葉への返答を待たずして……

床にパサリと落ちたバスタオルから露出した彼女の躰の全容をシュタルクが視界に入れる前に……

シュタルクの頭はフェルンの腕によって絡め取られ、柔らかな谷間に沈んでいくのだった。

 

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「兄様……質問があります」

「んーー?なに?」

 

ここは自宅から少しだけ離れた位置にある、お手伝いさんのライニの家。

ティアが突然言い放ってきた質問に、差し出されたシチューをぱくつきながら答えるのは兄のシュタアル。

 

「兄様は……子どもの作り方、理解されてます?」

 

そんな妹の突然の質問にシュタアルはシチューを吹き出した。

 

「ゲホッ……ゴッホ……

 お前はなにを突然言い出している?」

「いえ、今日の兄様の発言を思い返すと少々その辺の基礎知識は大丈夫なのかと思いまして」

 

背後から、ハンカチを出しながら「会話をするときは食事の手を止めてください」と苦言をのべるのはこの家の主のライニ。

シュタアルは「はい、すいませんでした……」と言いながらハンカチを受け取り、口元を拭いた。

 

「兄様が本番時に方法がわからなくては一大事です」

「少なくともガールフレンドもいない未成年にその懸念いらねえよ」

「ガールフレンドはいませんが、妹がここに」

「そうだな、兄もここにいる。つまりは心配いらない」

 

ティアフォートが兄に対して妙な弄り方をするのはいつものこと。

慣れた相槌で受け流していく。たまにボディーにいいものが入るが……

 

「そんなことより、知っているのですか?

 まさか!!……本当にご存じ……ないのですか……?」

 

稲妻が入りそうな程にオーバーリアクションで驚きを表現するティアフォート。

なんか妙にイラッとして 「し、し、し、知っとるわ!!」 とつい答えてしまった。

 

「そうですか、ではご説明をどうぞ……」

 

ニヤリ笑った妹の顔を見た瞬間、してやられたことを実感した。

なんという安易な罠にかかってしまったのか。だが後には引けない。

 

「ま、まずは……愛し合う……夫婦の二人の……

 所謂、なんかあって好きって気持ちが、絶頂を迎えたときに、その……」

「なるほど、兄様、その絶頂を迎えるという状態について詳しくお聞きしましょう」

「えっ? その、つまり……二人の気持ちが絶頂を迎えるって事はだな――」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

全力を尽くしたかの様な様子のシュタルクの襟首をやけに血色の良くなったフェルンが掴み廊下を歩く。

 

「……フェルン、許して……」

「……だめです明日の朝までは許しません」

 

小一時間ほどのお風呂によってすっかり身体も綺麗に洗った二人は着替えてリビングに向かう途中。

フェルンも流石に寝間着はやめて今は普段着にしている。下着は臨戦体勢だが。

 

「威厳なんていらないから、尊厳だけは守ってほしい……」

「先程の件はシュタルク様の尊厳を十分に考慮し、私達の夫婦としての息のあった阿吽の呼吸のごとく有意義な共同作業だったように思います」

 

言い方ぁ……呼吸とタイミングがあってたことは否定出来ない。

お互い、積み重ねた研鑽の日々は嘘をつかない。

 

「さて、シュタルク様。昨晩から休み無しで疲れたと仰るのであれば、お料理を温め直しますので食べてください」

「アレを……今から?」

「はい、この日のためにひと晩中頑張れるというものを揃えました」

 

ひと晩中何を?とは言わないが……そうまでして求めるフェルンに対して

戦士シュタルクには……退くことが許されない。

 

ここで頑張ることで家庭と、家族と、あと街の平穏が守れるのであれば……どんな願いも答えるべきである。

いや、そんな義務感でするわけではないのだけれど

 

(どんなときも何度でもたちあがり続けることが、真の戦士……

 そうなのか、師匠……)

 

窓から外の空には若干困った顔のアイゼンが見えた気がした。

 

■LOVE


YOU GONA TAKE YOU

 

たどたどしい兄の説明を要約すると、愛し合う夫婦2人が……彼の説明が曖昧なのでここでは「仲良し」と仮称する……

相互の気持ちが高まり、激しく「仲良し」する事によって、2人の何かが絶頂を迎えた時……

天の女神の意思に想いが届き、「仲良し」を終えた母の身体に新たな命が宿るとかなんとか。

 

末の妹のエリシア生誕時のドタバタを見てたからか、キャベツ畑やコウノトリとか言わないあたりは評価したい。

 

「兄様……」

「な、なんだ……?」

「40点、としましょう」

「低いのか高いのかすら解らん……」

 

妹の評点にうんざりした顔でシュタアルは返す。

 

「曖昧だった所を隠語と捉えると不思議と部分的に間違っているとは言い切れない微妙さが兄様らしさのポイント高くて良かったです」

「なんの評価?」

「しかし、その手法で子が宿されるのであれば私達の兄弟は100人に収まりません」

「どういう事?!」

 

兄妹のトンチキなやり取りを見ていたフリーレンはライニに問いかける。

 

「なんと言うか、止めないんだね?」

「はい、シュタアル様もティアフォート様もオルデン家の源流たる戦士の一族の正当な後継者で在らせられます。

 特にシュタアル様は今の段階でこれらの知識に不足があると実感していただくのは将来に向けて悪い事ではないと考えます」

「うーん、確かにと言うべきか否か……シュタアルの将来ねぇ……

 とりあえず、ティアに変な感じで歪まされるのも可哀想だから止めようか……」

 

エスカレートしないうちにと椅子から立ち上がったフリーレン。

そんなフリーレンの行動もライニは笑顔で肯定する。

「ご随意に……フリーレン様もその意思決定をする権利のある1人ですので」

「妙に重い言い方やめて……

 ティア、シュタアルで遊ぶのはその辺にして。そろそろ可哀相だ」

 

そんなフリーレンの言葉に「はあ~い」とティアフォートは答えた。

その後ろでは「おちょくられていると思ってたなら最初から止めてよ!」とシュタアルが涙目で抗議の声を上げている。

でもまあ、保護者としてはシュタアルがどう認識しているのか聞いてみたかったので仕方ない。

 

「ところでティアは何でそういう話を理解しているの? 学舎の座学はシュタアルと共通でしょ?」

「フリーレン様の蔵書で学びました。48の表の技と裏の技とで96種類あるとかなんとか書いてあるやつとか、数冊。

 いつか役に立つだろうと読み込みました」

「え?私そんなの持ってたっけ?」

「さあ……父様か母様が入手してこっそりフリーレン様の書庫に隠し入れた可能性はありますが」

 

よくわからないがこの子も随分偏った知識になっていそうだ……

それにしてもこういう知識は社会において口にしづらい話として扱われるが

何故か連綿と受け継がれていてエルフのフリーレンにとって本当に不思議で仕方ない。

 

ちなみにエリシアはソファーの上でまだ熟睡中。

この子が起きていたら流石に初手で止めていたな……

 

それにしても、こうして子供達3人の面倒を見ていると思う。

 

――本当に賑やかになったものだ。

 

フェルンをハイターから預かり二人で旅を始め、シュタルクと出会い……旅の果に二人は家族となり、今はその子供たちが加わり……

この家族を中心にたくさんの人が増えた。

 

「まったく、フェルンとシュタルクの野望はとどまることを知らないな――」

 

この地を再び人の住める地にしたいというシュタルクの願い。

家族を作り、人の輪をつなぎ、フリーレンが一人ぼっちにならない未来を作りたいというフェルンの願い。

 

その両方の温かな芽吹きを感じる。

はてさて、その根幹の二人は今頃どうしていることだろうか?

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― くしゅん!

 

シーツの中で、温かい大きな湯たんぽのようなものに温められているのだけれどずっと裸でいたせいか小さなくしゃみが出てしまった。

 

少し冷えただろうか? とフェルンは現在胸元ですやすや寝息を立てている湯たんぽ……もといシュタルクを強めに抱きしめた。

 

入浴後(?)に昨晩用意した料理を二人で食べ、3時間程ノンストップの第2ラウンドの末、昨日から一睡もしていなかったシュタルク側に限界が来た。

合計何回目だかもうイマイチ覚えていないが、最後の力の全てを放出したシュタルクはそのままフェルンに覆いかぶさった状態で気を失った様に眠ってしまったのだ

 

『シュタルク様!? え? 大きくなったまま……!?』

 

いつかの戦いの中、『俺はまだ立っている』という戦士の矜持をはからずも実演された状態となってしまったのだが……意識は飛んだらしい。

 

本当に突然意識が落ちたのでびっくりしたが、寝息が聞こえてくるのでフェルンは胸をなでおろした。

ちょっと、強壮効果が強すぎたのだろうか……?

 

『何にしても……頑張ってくれてるんですよね……?』

 

苦笑しながら頭を撫でた後、覆いかぶさっていたシュタルクを隣におろしたフェルン。

 

ベッドに敷いてあるもの全てにお洗濯の魔法を掛けた後、

足元までズレていた毛布とシーツを手に取り、自分ごとシュタルクを覆うように被せて今に至る。

 

抱きしめていると癖のある髪が肌に触れて、少しこそばゆくて気持ちいい。

それぐらいの距離に好きに触れていい人肌があることに多幸感を感じつつ、より強く胸元に引き寄せるように抱きしめながら頭を撫で回す。

目を覚ますまでの間は匂いを嗅いでみたり、顔中にキスマークを付けて遊んでみたりと好き勝手している。

 

―― だって、寝落ちして隙だらけなシュタルク様が悪い。

 

一緒に寝てもいいのだけれど、シュタルクが全身隙だらけな状態というのはこういうときぐらいなので自分も微睡むまでは好き勝手にさせてもらおう。

 

もちろん、起きたら起きたですることをするのだけれど……

手を伸ばして確認してみたところ、どうやらまだ臨戦状態の模様。

 

「料理の効果なのか、シュタルク様が新たな力に目覚めたのか……」

 

流石に寝ている最中にこれ以上そちらへの悪戯は可哀想なので、握っていた手を離して再度シュタルクの頭をきゅっと抱きしめた。

 

そんな折、もぞもぞ動き出したシュタルクは両腕をそのままフェルンの腰に回して来た。抱き枕を抱えるような姿勢になる。

 

いつも寝ている時の定番の姿勢。

起きている時は自ら進んでやらない割にこの状態のときは好んで谷間に顔を埋めてくる。

 

「ん~~~~、フェルンー、愛してる~~大好きだ~~」

 

体を抱き寄せてくるシュタルクは寝言でそんな事を言っている。

 

「私も、大好きですよ……。愛してます。

 来年も、再来年も……子供たちが大人になっても、私達がおじいちゃんとおばあちゃんになっても何年でも言葉で確認しましょう。

 ずっと傍にいます。おやすみなさいシュタルク様」

 

今シュタルクは聞いてはいないだろうけど……とても大切な約束。

 

もちろん明日も言ってくれてもいいし、毎日言ってくれてもいい。

ついでにお仕事に支障がないなら明日もしてもいい。

 

それでも変わらぬ節目は大切だ。

だから、来年も、再来年も、何年経ってもこの日だけは変わらぬ愛を語り届けたいのだ。

 

そうしてフェルンは瞼を閉じた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

頬に触れる温かく柔らかい感触、一定のリズムで聞こえる心地良い振動音、ずっとこうしていなくなる感覚……

 

だけど何かをしなければならなかったはずだ。

大切なことを伝えて、あと、誰かの望むことをして……

 

「……シュタルク様……」

 

聞き慣れた声が聞こえる。そうだ、フェルンだ……

彼女に伝えないといけない言葉があって、ずっと焦ってて……どうしたんだっけ?

 

そう思った瞬間。徐々に記憶が脳裏に展開されはじめた。

 

そうだ、約束を破って、ものすごい喧嘩して……落ち込んでるところを……シュタアル達に助けてもらって、あとはそれから……

 

瞬間的に覚醒する。

 

「寝てたッッ!?」

 

毛布とシーツをまくり上げてガバっと起き上がり、キョロキョロと周りを見渡すと……

 

「えっ、暗!? もう夜?」

 

そうだ、言うべきこと……言ったよね? と、額に手を当てながら空いた手をベッドにつくと「ふにょ」っとした柔らかい感触。

 

「おわっっ! フェルン!?」

 

何を掴んじゃったのかはもう言うまでもないのだけれど、鷲掴みしちゃったので「ごめんよぉぉぉ」と言っていると……

 

「シュタルク様……?」

 

フェルンが目を覚ました。 彼女も周りをキョロキョロ見渡してから状況を把握したのか「ふぅ」と一息ついた後。

ベッドに寝転んだままシュタルクを手で招く。

 

なにか言いたいならそのまま言えばいいのに、起き上がるために抱きかかえろってことかな?

という感覚でそのままフェルンの方に顔を近づけると……

 

フェルンの目の色が変わった……気がした。

正確に言うとそんな判断もできる間もなく首に腕を回され唇を塞がれているのでよくわからんけど、目の奥の色は変わってたんだろうなぁと推察するばかりだ。

 

「―――ん……んん……ふっ……」

 

まあ、寝室だしいいよねとシュタルクはフェルンのやりたいことに身を任せることにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「おはようございます。シュタルク様」

「先に挨拶したほうが良くなかった?」

「したいことを優先した結果です」

「そっか……

 いや、それより……俺フェルンに言うべきこと言ったよね?

 やるべきことも、やれてたよね?途中から夢じゃないよね」

 

そう言うとフェルンは口元に手を当てながら……

 

「シュタルク様の記憶をたどって言った言葉とやった行為を私に説明していただければ、記憶との照合がはかどりますよ?」

 

なるほど……じゃない。

 

「そんな恥ずかしい説明できません!」

 

といっても、フェルンがずっとニコニコしているので、多分夢じゃないんだろう。

でも、念押しをしても悪くはないだろう。

 

「あの、フェルン……念のため言っておくけど。凄く、愛してます。あの日からずっと。変わらず。

 で、その……」

 

と言っているとフェルンは口元を手で抑えながらクスクスと笑っている。

 

「3回目ですよ」

「ええ、俺に2回目言ったこと、全く記憶にない!?」

 

と叫ぶと心底可笑しそうに「それはそうでしょうね」と彼女は苦笑した。

 

しばらく含み笑いをこらえていたフェルンだったが

一通り笑い終えたのか「さて」 と彼女は手を叩いた。

 

「なに?どうしたの?」

 

と返すとフェルンは「えい」と言いながら覆いかぶさってきた。

「おわっ!!」

 

いわゆるフェルンがシュタルクを押し倒した姿勢で彼女は眼下のシュタルクに語り掛けた。

 

「シュタルク様、シュタアルもティアフォートも喧嘩する私達を仲裁してくれるぐらい立派な子達になりました」

「そ、そうね……」

 

ティアフォートに至っては、ちょっと怖いぐらいだ。

 

「エリシアも、お利口で日々感心するばかりです」

「それはその通りだけど、どうしたの?」

 

いや、なんとなく、この流れで言いたいことはわからないでもないけど……

 

「私達の体力的にも、もう一人ぐらいは普通に行けるんじゃないかなと」

 

ですよねー。

見た目以上にノリノリな彼女に白旗を上げつつ。

今夜はやっぱりフェルンの望むままにするしかないなと抱き寄せて、夜はさらに更けていくのだった。

 

■結果は塞翁が馬と誰かが言っていた


 

時期は少し過ぎ……収穫祭も終わった頃。

シュタアルとティアフォートが収穫祭の前夜祭で発覚した4人目のことを知ったのは北壁のお嬢様のちょっとした来客騒動が落ち着いてからであった。

 

「15歳差の兄弟……」

 

膝と手を地面について驚愕の表情を浮かべているのは長男のシュタアル。

世間一般で見れば、兄弟の年齢差はおおむね4~5歳差ぐらい。

よく離れていても10歳差ぐらいだろう。

 

なので、大切な妹二人の3人兄妹でFIXだと心の何処かで思っていた。

だが、父と母はその常識と想像を超えてきた。ここに来てまさかの弟か妹+1ときた。

 

向こうでは母に抱きついたエリシアが

「すごく楽しみです。フリーレン様、男の子か女の子か判るんですか?」

「もう少し育たないとわからないかな~」

 

などと賑やかに話している。

いや、確かにおめでたい。おめでたいと思う。

反対もしない。生まれてきたら溺愛してしまう自覚すらある。

 

だが、あそこで微笑ましく笑っている夫婦に問いかけたい。

「流石に打ち止めだよね?」と……

 

そんな風になんとも言えない気持ちを抱えていると肩に手をかけてきたティアフォート。

 

「兄様……何を塞ぎこんでいるんですか?」

「塞ぎ込んでねえよ。ただ、ちょっと……元気過ぎる親になんて言ったらいいかわからなくなってただけだ……」

 

肩に手をおいたまま「ふう……」と思わせぶりにため息を付いたティアフォート。

空いた方の手で大げさに父と母に手をかざす。

 

「見てください、父様と母様の幸せそうな姿……家族としては喜ぶべき素晴らしい光景じゃないですか」

「わかってるよ、それは否定してないって……」

「いいえ、兄様はわかっていないでしょう。

 つまりは、あれが……兄様曰く『仲良し』して『想い』が『絶頂』を迎えた……その夫婦の姿なのです!!」

 

とまで言ってから、2拍ほどおいて耐えられなくなったティアフォートはプークスとばかりにお腹を抱えて笑い出した。

 

「おまえ、本当に……人生謳歌してて羨ましいわ……」

 

そんな妹の様子にもう一周回って怒りすら湧いて来ず、感心すらしてしまう。

 

「兄様がいちいち、思い悩み過ぎなんですよ。成るようにしかなりません

 そうであるならば、喜び、楽しんだものが絶対勝者です。さあ」

 

そういって、手を差し伸べてくるティアフォートはいつもの表情の薄い顔とは異なり随分楽しそうだ。

 

「まあ、そうだよな……」

 

そう呟いてシュタアルは膝の土を払ってから立ち上がって妹の手を取った。

 

ああそうだ。新しい命の芽生えは、いつだって家族の笑顔と愛で包まれているべきだ。

 

そうして少年はお祝いの言葉に悩みながらも父と母の元へ駆け寄るのだった。

 

~ 夫婦喧嘩は家族も食わぬが役に立つ fin ~

 




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