葬送フリーレン~アフターオレオール~ 作:rvr75_raiden
■ 独自キャラクター(原作キャラクター以外に登場する主なキャラクター)
- シュタアル(Stahl) : シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。15歳。まっすぐな性格の青紫の髪と三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。14歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- アルヴィラ(Alvira):ヴィアベルとエーレの娘。14歳。ブラウンの緩やかなウェーブのかかった髪の少女。すこしプライドが高く素直ではない(かった?)女の子。ティアフォートと相性がいいんだか悪いんだか。
- ルーエ(Ruhe):フェルンの教え子兼仕事上の秘書。19歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ。
- エリシア(Elyssia):シュタルクとフェルンの間に生まれた次女でシュタアルの妹。10歳。感情豊かで素直な幼い頃のフェルンそっくりな女の子。
■ 前回までのあらすじ
北部戦線の防衛拠点・北壁の街の魔法使いヴィアベルとエーレの一人娘アルヴィラは出自と能力に自信と確信を持つ誇り高き少女。
しかし、その誇りと自信は二人の兄妹の出現により打ち砕かれる。その結果、彼女は功を焦りミスを侵す。
魔物に殺される寸前、アルヴィラを救ったのはその二人の兄妹、シュタアルとティアフォートだった。
そんな二人に複雑な心境を抱きつつも、彼女は二人に興味と関心を覚える。
そんな中、父の勧めで中央諸国クレ地方に帰る兄妹について行き、収穫祭に社会見学命じられる。
ためらう娘にヴィアベルは「まだ14歳のお前は、青春ってやつを買ってでもやっておけ」と背中を押す。
そうして、北の地で孤高だった少女は温かな地へ、新たな出会いに期待と不安に心揺らしながら向かうのだった。
■翌朝の目覚め
「う……ん……?」
日記をつけている途中で眠ってしまったことに気づいた。これは、はしたない……
アルヴィラは顔を上げて朝の訪れを確認する。周囲を見渡すと見慣れない部屋。
「そうだ……中央諸国のクレ地方に来ているのでした……」
起き上がってカーテンを開けると朝日が差し込んできた。
「日差しが温かい、いい朝……」
アルヴィラの故郷は北側諸国のさらに北端。
北壁の街、魔族や魔物から人間の居住区画を確保するための城壁都市。戦線維持を目的に建築されたある種の軍事拠点であり、寒冷で痩せた土地にある。
戦略的優位性を第一に考慮された場所であり、土地の豊かさは二の次となっている。
それがダメだ……とは言い切れない。そういった場所があるからこそ北側諸国で享受できる安全もある。
無論、コストはかかるのでいい顔をしない貴族も多いだろうが……彼女の父のヴィアベルの権威や、様々な後ろ盾もあり、概ね賛同されている。
そんな父ヴィアベルが今頭を悩ませているのが後継者というところだが……
これはいずれアルヴィラも真剣に取り組まなければならない。
まあ……しかし、今はそんな話はさておこう。
平和な場所にある種の留学に来ているのだ。朝の穏やかな朝を享受してもいいだろう。
……と思っていたのだが
―― ガッシャーン!!
というちょっと空気にそぐわない衝撃音が外から響いてきた。
✧ ✧ ✧ ✧
「いってぇ……」
「ははは、シュタアルもまだこれは無理か」
苦笑しながら手を差し伸べるのは、クレ地方に建設された街の主となった英雄……爵位を受け取らぬ当人曰く今も戦士のシュタルク。
薪の束の中から手を掴まれ、上半身を持ち上げられたのは青紫の外ハネした髪と三白眼の少年のシュタアル。
並ぶといかにも親子というよく似た特徴の二人は、朝の薪割りの仕事中だった。
「こんな巨大戦斧みたいな斧使えねーよ!」
硬い巨木を割るためにかなり大ぶりの斧を使ったのだが……
失敗して、木材に斧が刺さったまま持ち上げてしまった。結果として背後にひっくり返ってしまった。
「よし、貸してみろ」
「砕かないでよ……」
「何年やってると思ってるんだ」
シュタアルから斧をシュタルクが受け取ったそのあたりで。
「随分と大きな音が鳴りましたけれど……あ、おはようございます」
「おはようアルヴィラ。早いね」
「薪割り……ですか?」
アルヴィラは足元の割れた薪を拾い上げた。
「そう。暖炉とか台所の釜とか、あとあっちの工房の炉とかで使うからね」
「……素朴な疑問ですが」
アルヴィラは割る前の木材の元へと立ち寄り一つを取った。予想していたより固くて重い。
これを物理的に斧で割るのは……見た目以上に難しそうに思う。
「魔法ではいけないのですか?」
彼女の言葉とともに木材の縦横へ光が走る。するとカランと音を立て、薪は割れて地面に落ちた。
「―― そこの二人は、そんなことは百も承知で朝からトレーニング代わりにやっているから無駄です」
アルヴィラの疑問に答えたのは背後からの聞き覚えのある声。
「……別に、ティアフォートさんに聞いたわけではありません」
「あら、おはようございます。アルヴィラさん。淑女らしいご挨拶がなくってよ?」
「ぐっ……おはようございます!」
視線の先にはタオルを持ったティアフォート。ぐぬぬぬぬと向き合いながら睨み合う。
シュタルクが傍で小さく二人を指さしながら「なにこれ?」という顔を向けたので、シュタアルは首を振った。
「はいはい、やめやめ。ティアの言う通り、朝のトレーニングの一環でやってるだけだよ。
と言っても、この時間に起きている母さんは朝食の準備だし。フリーレンやティアは……いつもこの時間は余裕で寝てるし、この方が早い」
「兄様!?」
ティアフォートが珍しく苦情の声を上げた。
「あらー、ティアフォートさん朝が弱いのでいらして?」
「朝食前にぶっ飛ばしますよ……」
また睨み合いをはじめた二人をやれやれという様子で見ていると。
「シュタルク様、シュタアル様、朝食の準備をするのでそろそろ戻って汗を流すようにと……ティア様にアルヴィラ様。おはようございます」
声の主は黒髪と黒い瞳が特徴的なシュタアルたちの姉弟子のルーエ。フェルンの教え子兼仕事上の秘書でもある。
ちなみに昨日着ていたエプロンドレス姿はやめたらしい。彼女も汗を拭くためのタオルを持ってきていた。
シュタアルが、ティアフォートとルーエの二方向で用意されたタオルに一瞬どうするべきか迷っていると……
シュタルクが指さして『お前はあっち、俺はこっち』という意図のジェスチャーを取った。
と同時にシュタルクは娘のティアフォートから受け取る。
「あっ……父様!?」
「ありがとうな、ティア」
嬉しそうに受け取った父を見てティアフォートはしょうがないと小さくため息をついた。
ここで残念がるとおそらく父のシュタルクは朝からへこんでしまう。そうなれば母フェルンの耳に入って厄介だ。
シュタアルは「えぇっと」という顔で様子を見ていると――
「シュタアル様、どうぞ」
「……あ、うん、ありがとう姉さん」
「はい。どういたしまして」
父の指示の意図が読み切れないが、一先ずタオルを掴むと彼女は嬉しそうに手渡してくれた。
そんな様子を見ながらアルヴィラは「なるほど……、朝イチが良いのですね」と一人頷くのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
アルヴィラが居間に戻るとフェルンが朝食の準備をしていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「フェルン様、おはようございます。はい、ぐっすりと」
フェルンは「よかった」と言いながら調理の続きを始める。
居間のテーブルでは少し背伸びをしてお皿を並べている女の子。
フェルンをそのまま小さくしたような同じ紫色の髪の少女エリシア。
「アルヴィラお姉さん、おはようございます」
「おはようございます、エリシアさん」
その隣ではルーエが手慣れた様子でカトラリーを整えている。
エリシアがパタパタと寄ってくるので思わず頭を撫でてしまう。
癖なのか、頭を撫でるとそのままぐいーっと寄ってくる。まるで子猫。
「朝食準備のお手伝いですか?」
「はい!お母さまは朝忙しいので手伝ってます!」
「そう、偉いのですね」
目線を合わせて伝えると満面の笑顔に「むふー」という自慢げな表情が乗る。
コロコロ変わる表情についこちらも笑ってしまうのだが。
(フェルン様は……表面的には儚げな笑顔を見せる人だ……顔がそっくりでも環境が違えば、なのかしら?)
無論、儚げな笑顔を見せるだけで、現在のフェルン当人は全く儚くはないのだが。
彼女の普段を知っている者に言わせると個性豊かな家族を仕切る質実剛健の化身である。
「フェルン、俺も朝食の準備を手伝――ぐはっ」
と、居間に入って来たらしいシュタルクの声が聞こえたと思ったが。小さな衝撃の後、うめき声と共にまた居間の外へ転がり出てしまった。
いつの間に取り出したのか判らない杖からはしゅうしゅうと煙が上がっている。
「いくら自宅とはいえ、女性のお客様がいらっしゃる時に、半裸で居間に出て来ないでください」
眉一つ動かさず、冷静に述べる姿は堂に入っている。
部屋の外ではシュタアルの「父さん!!父さん!!」という声が聞こえる。
呆気に取られているアルヴィラを見たエリシアは
「いつものことなので気にしないでください」と笑っていた。
ルーエも慣れた様子で「シュタルク様はいつもああですから」と穏やかに微笑んでいる。
その後フリーレンが「おはよう……いい匂いがする」と言いながら降りてきた辺り、朝食の準備が完成した。
■街と子供達
「フェルン様のお食事……やっぱり美味しいですね」
先日から数度の食事でわかってはいたのだが。美味しい。
いや、決して実家の食事がダメというわけではない。決して……
現在ヴィアベルが防衛している北壁の街は比較的痩せた土地だ。なかなか豊富な食材が揃うわけではない。
そんな中、父のヴィアベルと母のエーレが色々な工夫をこらしていることは、子供のアルヴィラにも分かる。
(パパ、ママ……ごめんなさい。でも美味しいの……)
だが……やはり、抗えないものは抗えない……
「そうだろ。遠慮せずおかわり何杯でも食べてくれよ!」
というのは、アルヴィラの3杯目のスープのおかわりを注ごうとしたシュタルク。だが……
「シュタルク様……アルヴィラさんは女の子なんですよ……言い方はもう少し気を使ってください」
「シュタルク、エルフでもわかる。今のは女の子に失礼だ」
「父様……いまのは私でも言われたら傷つきます」
フェルンとフリーレン、ティアフォートから非難の声が上がる。
「え……なんで……? ごめんね……」
「……い……いえ、申し訳ございません」
シュタルクとしては、女性は食が細いべきだという考えに関しては少々疑問が残るのだが、とりあえず謝罪する。
アルヴィラはなんとなく申し訳なさそうに、赤い顔をしつつシュタルクからスープのおかわりを受け取った。
「……いや、いいんだよ。健康的だと思うし……なあシュタアル!」
全員の刺すような視線に、シュタルクはこの場で唯一自分以外の男児である我が子に助け舟を求めた。
「いや、俺に振らないでよ!!」
一斉に視線を向けられたシュタアルはびっくりした様子で青くなって答える。
――とまあ、朝食は賑やかに幕を閉じた。アルヴィラの昨晩のちょっとした不安も忘れ去るように
✧ ✧ ✧ ✧
「本当に良いのですか?」
「はい、まだ時間はありますし、準備は私とシュタルク様とルーエで進めているので街を散歩してみてください」
「ありがとうございます!!」
というフェルンの薦めで街の方まで足を伸ばして散歩することになった。
「じゃあ行こうか、アルヴィラ」
エスコートを付けて。
「なんで私まで……」
なんだか、余計な紅いおまけも付いて。
「いや、お前がついて行くって言ったんだろ」
「だって……兄様が……」
ブツブツ言うティアフォートを見たアルヴィラは、ふっと小さく笑った。
そのまま大げさに、手の甲を口元に当て、いわゆるお嬢様スタイルをとりながら。
「あら、ティアフォートさん、ご自室でお留守番していただいても、およろしくてよ!!」
「うっさいわね!」
似合わない喋り方をするなと表情に乗せて睨んでくる。
ティアフォートの反応に満足したアルヴィラはポーズを解いて歩き出す。
「はいはい。では行きましょう、ティアフォートさん。あなたが案内してくれるのでしょう?」
珍しく根負けしたティアフォートと、言い負かしたアルヴィラがずんずんと歩いていくのを見たシュタアル。
「まったく……」
様子を見るしかないなと、軽く頭を掻いてから小走りでついて行くことにした。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタアルだー」
「シュタアル兄ちゃんだ!」
「チガウオンナ連れてる!今度ルーエねーちゃんに言ってやろう!」
街の中央の噴水広場、朝食を終えたばかりの時間帯にも関わらず。
ボールを持って遊ぶ子供達が一斉にこちらに集まってきた。
「違っ!! いや……お前ら……止めろよ……!!そもそも了承もらってるから!この程度で怒りもしないから!」
余裕ぶった口ぶりとは裏腹に、シュタアルは内心で「多分」と付け加えるが。
「兄様は……精神年齢の近い者と心を通わせる妙な特技がありますね」
「精神年齢関係ねーよ!時々遊び相手になってやってるだけだろ!父さんも時々やってるから!」
「否定の言葉になってませんよ」
そのまま、どんどん子供達は押し寄せてくる。
「生意気なクソガキどもめーー!懲らしめてやる」
と、シュタアルは手近にいた子どもを捕まえて脇をくすぐり始める。
「見たか、これが大人の力だーー!!」
「あひゃ……!あはははは、やめろぉーーー!はなせー!」
「くそぉ……なんて大人は卑怯なんだ!!」
とかなんとかやってるのを傍目に見ているのは連れ立った二人。
「……シュタアルさんはすごいのですね」
「……」
感嘆を述べるアルヴィラに、ティアフォートが頭を抱えて応えた。
結局、くすぐりの刑で騒いだ後も子供達はシュタアルにべったりになっている。
「ボールで遊ぼう」「鬼ごっこして」「かくれんぼが良い」等と言いたい放題の状況。
「ごめんな、この後収穫祭の仕事なんだよ」
「えー、みんなそういう!学舎休みなんだからもっと遊んでよ!!」
「いや、お前らもお父さんとお母さんのお手伝いしろよ!!」
と、少年たちに混じりながら言い合っている兄を見たティアフォートは嘆息する。
「まあ、良くも悪くも純真ですね。怖いくらいに父様と行動が一緒です」
父も、気まぐれに街に出ると人に囲まれる性質だ。折角二人で散歩に出たのにと母のフェルンも呆れる程度に。
善良が故に特に文句のつけようもないのだが……フェルンとしては不満がない訳でもない。
「お二人を見ているとさもありなんですね」
「全く困った兄様です……」
ちなみに、今の言葉は一番歳幼かった女の子の手を引いているティアフォートに向かって放った言葉。
シュタアルに群がった中でひとり取り残されていた小さな女の子。その手を引いたティアフォート。
だが、彼女は別の意味で受け取ったらしい。
(改めて、説明するのも癪ですわね……)
とりあえず、そのままにすることにした。
✧ ✧ ✧ ✧
「あのね、それで向こうの森でうさぎさん見つけてね……」
「……うん、それで?」
ティアフォートに話しかける少女は、先程からたどたどしくも何かを懸命に説明している。
心配そうなその表情は、困っていて助けを求めている様子だった。
「元気がなくて……私を見ても逃げなくて……。それでね……元気が出るまでお世話しようと思って」
「……」
「お野菜あげても……食べてくれない……お腹が黒くなってて……お病気なのかなって……」
「そう……」
そこまで説明した少女は下を向く。
足を止めたティアフォートは屈んでその少女に視線の高さを合わせた。
「その子は……まだお家にいるの?」
「うん……」
―― 『黒い……枯れ葉……どうして?』
アルヴィラの脳裏に昨日の見回りの最中に見た気になる出来事がフラッシュバックした。
「アルヴィラ……、寄り道をするわ。兄様を呼んできて」
「……わかりました」
✧ ✧ ✧ ✧
「これで……多分大丈夫かな?」
「本当?」
わずかながら女神の魔法を使えるシュタアル。
多少の傷の治療と、簡易の解毒、浄化など。魔力出力の足りない彼に出来ることは初歩の初歩だが……それでも今回はなんとかなった。
顔を上げてヒクヒクと鼻を動かしはじめた件のうさぎ。少女が野菜を近づけるとうさぎは勢いよく齧りはじめた。
「食べた! お兄ちゃんありがとう!!」
「俺でなんとか出来て良かったよ……教会の神父さんにうさぎの治療は頼みにくいしね」
少女の拾ってきたといううさぎは家の倉庫でこっそり匿っていたらしい。
腹部にできていた明らかに不自然な黒い模様。シュタアルの解毒と浄化の魔法をしばらく掛けると消えていった。
「黒い腐敗…… この子は森で拾ったとおっしゃってましたね?」
「「うん……北側の街道の向こうの森の近くで……」
(昨日のあたり……)
アルヴィラは腕を組んで考え込む。
「俺たち、そろそろ時間だから行こう。あと、あんまり一人で街の外に勝手に出たらダメだぞ。危ないからな」
「……ごめんなさい」
シュタアルは少女の頭を撫でながら笑う。
「怒ってないよ。でもお母さん心配するからこれからは気をつけるんだ」
「うん!!お兄ちゃんもお姉ちゃんもありがとう」
笑顔で礼を述べる少女を背に3人は自宅へと戻る。実際そろそろ良い時間ではあるのだ。
「アルヴィラ……昨日の件って、関係しているのかな?」
「わかりませんが、可能性はあるように思えますわ……」
「……父様と母様の耳に入れておきましょう」
という点で合意して、3人はシュタルクとフェルンの待つ家へと戻っていった。
■収穫作業と二人の少女
家に戻った頃には本日の収穫作業の準備を終えたフェルンが待っていた。
「お帰りなさい。楽しかったですか?」
「はい。街で小さな子たちが遊んでいました。平和で良い街ですね」
「そうですか……であれば何よりです」
フェルンと笑顔で散歩の感想を話していると
シュタルクとフリーレンが倉庫から鎌やスコップフォークを持って出てきた。
「この時期はみんな忙しいから、学舎とか休みにしているんだよ。
子供達は少し退屈をしているかもね」
「ああ、なるほど……」
そういえば、そんな事を言っていたなと思い起こす。
「シュタアルぐらいの年齢になると、家の事を手伝ってくれるけど。
まあ、小さい頃は自由にして良いんじゃないかな」
「私はお手伝いしていますよ」
フリーレンの言葉を聞いていると二人の後ろからひょっこり顔を出したのは紫の髪の少女。
ぱたぱたとアルヴィラの近くにやってきて「アルヴィラお姉さんの道具はこちらです」と鎌を渡してくれた。
「エリシアさんは偉いのですね」
と伝えると少女は嬉しそうに笑った。
「今日は麦畑を刈ろうか。うまくやれるなら魔法とか使ってもいいけど」
「いえ、普通のやり方でいいです。と言うか魔法で刈れるのですか?」
「うーん、細かい作業を多少代用ってところはできるかな?
一気に刈り取る……ってのは昔フリーレンがやろうとして大惨事が起きた。現在反省を活かして研究中だよ」
「そうなのですね……いえ、想像に難くないですけど。でもわかりました」
アルヴィラの様子にうんうんと満足気に頷いたシュタルクはシュタアルを手招いた。
「やり方、教えてやってくれな」
「わかった」
シュタアルが肯定の意を述べると、横から腕をティアフォートが掴み取った。
「兄様、私もわからないので手取り教えて下さい」
「――お前は知ってるだろ!」
腕をひっこぬくとティアフォートは頬をふくらませる。
「むうっーー」
「ムーじゃないよ……北から帰ってから何なんだよ」
「兄様のせいです!!」
「たまには兄貴に甘えたいときもあるよな」
やり取りを見かねたのか、シュタルクは二人の頭に手を置いた。
「こいつ、そういうタイプじゃないでしょ……」
「お前が素直に甘えさしたら大人しくなるよ……そういうもんだ」
シュタルクの言葉に後ろでウンウンとうなづいている妹に若干うんざりしつつ。
「何の教訓だよ……」とシュタアルはぼやく。
「ティアはフェルンの娘って話だ」
と言った瞬間に、シュタルクの方に細い指がかかる。
「―― シュタルク様?」
溶けかけ氷を肌に沿わすようにその指はつーっと首筋に移動した。
そんな背後に現れた紫色の気配。
「ひっ! ティアもフェルンも素直なところがよく似てて可愛いな――って――」
シュタルクは視線だけ背後に回しながら青くなりつつも補足を追加する。
「その話は今夜、ゆっくりと聞きますから、さっさと準備してください」
フェルンにぎゅっと耳を掴まれたシュタルクは「はい……」と答えて荷車の方へと向かった。
✧ ✧ ✧ ✧
「お父さまもお母さまも仲がよろしいのですね」
「私としては、もう少し落ち着いて欲しいのだけれど……」
ティアフォートはアルヴィラの言葉に遠い目をしながら答える。
眼の前には荷車を押す父のシュタルクと……その隣にはエリシアと手を繋いだフェルン。
見慣れた光景。ちなみに両親の二人、もういい年なのだが……見た目は何故か20代と見間違わんばかり。
豊富な魔力を循環させる母、未だに体力と気力が有り余る父……気の持ち様は若さの秘訣なのだろうか。
そして……時々ふたりきりにしてあげないとちょっと不機嫌になる。母が。
身体的な若さの反動だろうか?
兄と妹はその辺をイマイチ解してないためティアフォートがフォローするしかない。
「ところで……もしかしてなのですが……フェルン様は」
ここ最近シュタルクがやたらにフェルンの仕事のフォローを先回るようにやったり
仕事を肩代わりしようと何度も声をかけている。傍目に見てもちょっと不自然なぐらいだったのだろう。
まあ、後は純粋にフェルンの体調の様子だ。
「……そうでしょうね。すこし前に大喧嘩をして、派手な仲直りをしていたのでその時でしょうか」
「4人目ですか。賑やかで羨ましいことですわ」
その視線は本当に羨ましそうで……ティアフォートは一度口を閉じた。
アルヴィラの表情には、北部戦線の厳しい現実を知る者だけが持つ、複雑な感情が浮かんでいた。
あそこは過酷な土地だ。彼女が一人娘である理由は何となく分かる。
「なんだか秘密にしているみたいなので、そういう感じで。とりあえず兄様だけ気づいていません」
「シュタアルさんらしいですわ」
アルヴィラは口元に手を当てて笑う。共感出来るところはあるのでティアフォートは嘆息して口を閉じた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ふう……結構、きついお仕事なんですね……」
麦の穂の下の茎を掴んで鎌で切る。屈んだままの作業を続けているので腰が痛い。
「だから、見回りが楽だと……」
ぶつぶつと言っているのは隣で同じ作業をするティアフォート。
「これ持っていくぞー」
「私が魔法で運んだほうが絶対に効率的なのに……」
手慣れた様子で麦の束を持っていくシュタアルを見たティアフォートはぼやく。
「そういう事を言うからですわ」
いかにもこういう泥臭い作業を嫌いそうな少女は想像通りの愚痴を漏らす。
「『アルヴィラさんがやるのですから貴方もですね』って母様ちょっと厳しすぎです!!」
と言っていると、シュタアルがアルヴィラの作業を後ろからフォローするように指示していた。
「あ、斜めに引くと茎が潰れるから、真っ直ぐ垂直に切るようにね――」
「はい、シュタアルさん。ありがとうございます」
「聞きなさいよ! 兄様も距離近すぎです、もっと離れて指導してください!」
✧ ✧ ✧ ✧
任された麦畑の半分を刈り取ったところで音を上げた少女二人。
シュタルクとフェルンとは別の畑を任されていた。フリーレンは街の人達の収穫の運搬。ルーエは引き続き全体の収穫の管理。
要するにフォローできるのはシュタアルのみ。
『残り全部やっとくから、二人は休憩しておいて』
という彼の言葉に甘え休憩している。本来そんな甘すぎる言葉に乗るのは釈然としないのだが……
「シュタアルさんの体力……狂ってません……?」
「小さい頃から父様の無茶に普通について行く兄様は昔からああいうものです」
シュタアルは刈り取り終わった麦束をせっせと荷台に運んでいる。
途中からやってきたエリシアも運搬を手伝って、荷台にはルーエが待っているため何か楽しげに会話している。
疲れ果てたティアフォートは混ざりに行くことも邪魔しに行くことも出来ない。
その様子を見たアルヴィラは隣で休んでいるティアフォートに問いかける。
「ルーエさんって……どういう方なんですか?」
「母様の教え子で、私達の姉弟子です」
「それは知ってるんですけど……」
そういうことではない。そんな顔をしてアルヴィラは答えたが
「……そういう人です。兄様の感情は……どうせ当人にも説明できませんよ」
「……そうですか」
どうやら、触れたくないらしい。触れられたくない事がわかってしまう。
アルヴィラもそう長く関わった訳では無いが……普段の対応は冷静で無駄がない洗練された所作の人物。
人によっては冷たいとさえ思える対応もあるが、常に相手への礼儀を失していない教養のある立ち振る舞い。
そして――
「シュタアル様、お疲れではないですか?お水です、飲んでください」
「あ、うん。ありがとう姉さん」
―― だからこそ、大切な時に柔らかく笑う姿はアルヴィラから見ても魅力的に思えた。
「妹として、文句の付け所もなく……覆す言い分が無いということですか」
アルヴィラのコメントにぴくっとティアフォートの眉が動いた。
「あなたに何が!」
「わかりませんとも。私はあなた達の兄妹でもなければ……故郷に兄弟もおりませんので」
スッパリと言い切るアルヴィラに手元にあった麦の破片を無造作に投げつけてくるティアフォート。
「決闘の申し込みですか……?」
「そんな上等なものじゃありません!どうせただの癇癪ですよ!!」
思ったより冷静に自身を俯瞰していることにすこし驚きを覚えつつ。
今の状況を思い起こしてアルヴィラは吹き出してしまった。
眼の前の少女は立ち位置故に勝ち筋のない戦いに拗ねているのだ。
その鬱憤を歳の近いアルヴィラにぶつけてきている。これではまるで歳頃の女学生の恋バナではないか。
すこし前まで、外部の人間が不用意に大切な家族に近寄らせまいと唸りを上げていたはずなのに。
「そんなにおかしい!?」
「ふふっ……おかしいですとも。案外と可愛いところがお有りなのだなと。
北の地では隙を見せれば誰でも燃やすぐらいの業火のような気概だったあなたが」
「好きに言いなさい……貴方も別に優位に立てる立場でもないじゃない」
「ええ、そうですわね」
むすーと頬を膨らませるティアフォートが言い切るのは客観的事実。
まあ、無論そうかもしれない。関係性のバックボーンが違いすぎる。勝ち筋で言えばティアフォートとそう変わらない。
だが――
「私は北部戦線を長年守護する魔法使いヴィアベルとエーレの娘、強敵を前にして臆するいわれはありません!」
「ふんっ…… 助けに入るまで泣いてたくせに……」
「うるさいですわね……」
畑の真ん中で交わされた少女たちの宣戦布告(?)劇は……
「刈り取り終わったから、次の畑行くぞー」
全く感知しない様子の嵐の中心人物の実にのどかな呼びかけにより終わりを告げたのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
夕刻頃。そろそろ日が沈むため本日の作業は終了となった。
収穫祭の予定日までには完了目処は見えてきたという感じの収穫度合い。
「ティアフォートも、アルヴィラさんもお疲れ様でした」
「はい……お役に立てましたでしょうか?」
「ええ。ルーエから随分頑張っていたと聞いています。
ティアフォートが影響を受けて働くぐらいに」
というフェルンの言葉にシュタアルはティアフォートの脇腹を小突く。
「言われてるぞ」
「兄様……これ以上調子に乗ると後日別の形で何らかの報復をします」
「……お前、そんな無敵理論……やめてよ……というか俺悪くないよね?」
ため息を付いたティアフォートは「そうですね……」とぼやいたが
「兄様の心無い言葉にか弱い妹の心は引き裂かれました……これは教会前の喫茶店のケーキがないと治りそうも……」
「お前なぁ……」
「楽しそうなお話をされていますね」
フェルンとの話を終えて二人のもとに戻ってきたアルヴィラにティアフォートは眉を寄せて表情を歪めた。
「教会前の喫茶店のケーキは美味しいとエリシアさんに聞きましたよ。
お二人が行くのならぜひ私も連れて行ってくださいな。もちろん私は自分の分は自分で出しますよ」
腰に手を当てつつ、タカる気はありませんよと告げるアルヴィラ。
シュタアルは小声で「偉い……」と言うとティアフォートが睨んできた。
「ティアフォートさんはシュタアルさんに出していただくのですか?
まあ、それもいいでしょう。なにせ、"ご兄妹”ですしね! ”妹は甘える” 権利がお有りでしょう!」
先ほどまでの話からすると言ってくれるじゃないかとティアフォートの口がヒクつく。
「……ここで貴方の策略に乗るのは癪ですが。良いでしょう。あえて乗りましょう。自分で出します!ですが!」
ティアフォートは人差し指をシュタアルに向けながら宣言する。
「兄様の分はケーキ1個分私があーんで食べさせます!いいですね!」
「いいわけあるか。てか、後片付けとか姉さんの手伝いとかあるから、もう二人でいってきなよ……お友達でしょ……?」
というシュタアルの脱出宣言に二人は顔を見合わせてから、しょんぼりした顔で叫ぶ
「「えーーー」」
「えー、じゃないよ! とにかく道具片付けろ!
あと夕飯の手伝い……は……まあ皿ぐらい並べられるだろ!」
と、パンパンと手を叩くシュタアルに二人の少女は渋々道具を倉庫に持って行きはじめた。
✧ ✧ ✧ ✧
「意外とうまく回っているじゃないか。ティアフォートがあんなに素直に動くのはじめてみた」
腕を組んだシュタルクは3人の様子を眺めながら満足気に呟いた。
後半、父親の発言としては微妙に情けないことを言っているが……
娘は生まれてこの方、息子と夫に対してあの手この手でアドバンテージを取り続けてきた。
だから、そう言いたくなる気持ちはわからないでもない。
「素直に言うことを聞いてくれないのは、シュタルク様がティアフォートに甘すぎることに一因もあると思いますけど。
我が娘可愛さはわかりますが、たまには毅然と振る舞ってください」
「え……そうかな?」
「はい……叱るときはたいてい私がやってますよね?」
「そんなことは……あるか……な? ……気をつけます」
シュンと肩を落とすシュタルク。今更毅然としたところで日常的には叶わないだろうと苦笑しつつ。
「さあ、お夕飯を作りますよ。シュタルク様も手伝ってくれるんですよね?」
「え、あ、うん。俺としてはもうフェルンはゆっくり休んでほしいんだけど」
心遣いは嬉しくてフェルンはシュタルクの背中を両手で押しつつも応える。
「嫌です。みんなの食事を作るのは私の生きがいの一つです」
「わかったから、無理しないで……フリーレンから外出禁止令が出たら本当にお休みとってもらうからな!」
「はいはい。わかりました」
夕陽沈む中二人も家路につくのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
その日の夜。賑やかな夕食の後のテーブルに残ったフリーレンとシュタルクとアルヴィラ。
フェルンは3人に紅茶を注いでからシュタルクの隣に座った。
「今日、例の気配はどうだった?」
「具体的には……しかし、お散歩の折に気になることもありました」
アルヴィラは街の女の子がうさぎの手当をしていたことを三人に語る。
「森で病気のうさぎを……か……、うん。助けてくれてありがとうな」
「いえ、やったのはシュタアルさんですわ」
アルヴィラの答えに「シュタアルらしいね」とフリーレンは笑い
「その場で一緒に見届けてくれただけでも嬉しいんですよ」
フェルンは薄く微笑みながらも応えた
「ですけど……」
「どうにも、なんか来ているな……作物への影響なければいいけど」
収穫中の倉庫にそんなものが混じれば事だ。
流通予定のものに毒は街の根幹に関わるし街の食料にそんなものが混じれば大惨事だ。
そんな折、ルーエが書類をフェルンに差し出してきた。
「フェルン先生、こちらを……出荷予定のものは教会側に協力を申し付けて浄化の魔法を掛けていただくようにお願いしています。
出荷予定の2割を教会へと献上するようにと言われていますが」
「ありがとうルーエ。対応が早くて助かります」
「2割か……なかなかだなぁ」
別の書類を見ながらルーエは続ける。
「今年の収穫量は想定より増加しています。グラナト領への約束の納品量と献上の量を両方調整してもおそらくは間に合います」
「そっか……安全には変えられないな。備蓄は?」
「問題ない水準……だと思います」
「じゃあ、やろう」
「かしこまりました」
今結構重要な決定がされたのだが、家の居間の団らんの中で決めていいのだろうか?
「あの……いいのですか?」
「信頼と、安全は何にも変えられません。アルヴィラさん。貴方の気付きのお陰で先回りで動くことができました。
ありがとうございます」
ニッコリと笑いながら向かいから手を触れてくれるフェルン。
それに被せてシュタルクがコメントした。
「正式な手続きは明日の作業終わってからエアフォルクと話してくるよ」
「そうしてあげてください。兄もシュタルク様の代行業で執務室にこもりきりでしょうし。
……家では私がいないからのんびりしている可能性もありますが」
ルーエの苦笑にシュタルクは「あー」となんともいえない顔で目をそらす。
アルヴィラも母のエーレが協会の用事でオイサーストに行くことになったときを思い出す。
あのとき、ヴィアベルは嬉しげに秘蔵の酒瓶を取り出していた。
真顔のフェルンはそんなシュタルクの頬を軽くつねり、この日は解散となった。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタアル様、帰りますよ。お風呂に入り、歯を磨き、ゆっくりと就寝してください」
「あの……姉さん……流石に子供じゃないんだ……」
「はい、そうですね」
「いや、わかってくれてる……?」
そんな事を言い合いながら向かいの家に戻っていくシュタアルとルーエ。
「私は何を見せられているの?」と、ティアフォートはそんな顔をして黙って眺めている。
「あなたが指示した、とお伺いしましたけれど」
「……本当は……ライニさんというお手伝いのお婆様にお願いする予定だったのです……だと言うのに……」
数週間の付き合いだが、なんとなく推察はついた。策士策に溺れるというやつだろう。
「シュタアルさんの性格上何かあるとは思いませんが……
ルーエさんもそういう人ではなさそうですし」
「……兄様のバカ、間抜け、助平」
傍目にティアフォートの歪みっぷりは、少々目を覆うものはある。
しかし、言いたい事は理解出来た。
「本当に見ていて飽きませんわね。あなた達」
さて、自分はどうするべきなのだろうか?
近づきたい気持ちはあるものの、不思議と嫉妬を覚えないのは……
今、目の前に広がる風景が案外好きになってしまった……からなのかもしれない。
■クレ地方の一家と北壁のお嬢様
翌朝の事。
「フッ!!」
キレの良い通る掛け声の後に響くスコーンという周囲に響く音。
「お、綺麗に割れたじゃないか。やっぱり日々努力は無駄にならないな」
昨日の大斧を振りかぶったシュタアルは自分の割った薪を見て目を丸くしている。
「呼吸と力加減なんだな……」
「シュタアルさん、おめでとうございます!!」
シュタアルに隣からタオルを差し出すのはまんまと早起きしたアルヴィラ。
「ありがとう。そういえばティアフォートは?」
「寝てますわ」
ちなみに、ティアフォートは昨晩遅くまで自分の使い魔を飛ばし隣の家の状況の観察を粘っていたが……
ルーエが防衛魔法を展開し、カーテンをしっかりと閉めていたらしい。
うまく行かなかったようだ。四つん這いで床を叩きはじめたあたりで、アルヴィラはエリシアの手を引いてベッドへ向かった。
何が彼女をそこまでさせるのか。
なお、一向に就寝する気配のない姉に目を擦りながら付き合っていたエリシア。
『一緒に寝ますか?』と問うと、『ふぁい……』と言いながらしがみついてきた。
すやすやと眠るエリシアがとても愛らしく朝こっそり抜け出すのには本当に苦労した……
「ところでルーエ様は?」
「姉さんは、エアフォルク兄さんの様子を見に行ったよ。流石に心配になってきたって」
「存じ上げない方ですね……」
人差し指を口元に当てながらここに来て出会った人物たちを思い浮かべるアルヴィラ。
「ごめんな。俺とフェルンの代わりに今領主代行をしてくれてるんだ。この時期は一応主要な行政を止めているんだけど。
まあ手続き周りはあるから……一手に引き受けてもらってる。ずっと缶詰だろうな」
シュタルクがシュタアルの頭に手を置き、代わりに説明した。
「そういえば、ルーエ様がそんなことを仰っておりましたね。その手の仕事のできるお方なのですね」
というアルヴィラの言葉に「そりゃもう」という感じでウンウンとシンクロする親子二人。
先日まで会っていたルーエの兄という時点で何となく判らないでもないが。と言った辺りで――
「あ”あ”ーーー!!」
「あら、遅ようございます、ティアフォートさん」
まんまと出し抜かれた。そんな表情。
「夜ふかしは乙女の美容の天敵でしてよ……」
「マジで朝食前に決着つけてあげましょうか……」
「あらあら。はしたない。いつでも受けて立ちますわ!」
二人とも杖を出して構えたあたりで
「はいはい、朝から物騒なことはやめような」
というシュタルクが二人の杖を気配もなくスルっと取り上げた。
「「あっ!」」
「二人とも杖を出して構えたあたりで今日はルーエも居ないから。
そういうのが魅力的なレディの立ち振る舞いってやつじゃないの? なあ、シュタアル。そういう娘、良いと思うよな?」
「え……あ、うん。そうだね……?」
突然父に振られた意図が掴めず疑問形で返してしまったが、概ね同意はできる。
「「わかりました」」
そう言った二人は、道すがら交互に肩で体当りしながら家の方へと向かっていった。
「よくわからないけど、お前のその特性は誰に似たんだろうな」
「俺も父さんの言いたいこと全然わからないけど、よく父さんに似てるって言われるよ」
「そっかー……」
しみじみと返す父シュタルクは何故か遠い目をしていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「姉さん……妙に疲れてるけど。どうしたの?」
朝食後、戻ってきたルーエを見たシュタアルは気になったことをとりあえず聞いてみる。
「いえ……、自宅に戻るといきなり知らない女性が寝室から出てきたとなると流石に怒る気も失せると言うか……」
「どういうこと……?」
「シュタアル様は全く知らなくていい事です」
「そ、そうなんだ……あ、俺今日の準備してくるね」
笑顔だが、ルーエの目が全く笑ってなくてこれ以上突っ込まない法が良い気がしたのでシュタアルは引っ込むことにした。
で、代わりにやってきたのはシュタルクとフェルン。
「まあ……許してあげてよ。エアフォルクも若いんだし」
「ですが、不謹慎です!後の問題にならないようにしたから大丈夫とか言い出すのですよ?!」
両手をかざし、抑えて抑えてという様子のシュタルクの後ろから小さくため息をついたフェルン。
「なまじ長身で顔が良く、仕事も出来て、地位もそれなりに……あわよくばという人も多いでしょう。
それを狙うことを私はあまり好みませんが、理屈は理解できます」
「でも……」
「あなたの意思も尊重はしますし、女性としては理解もしますが……
エアフォルクも自立した大人です。私達からとやかくいうつもりはありません」
師の癖がうつったのかむっすーと膨れるルーエにシュタルクは苦笑する。
妹としては兄の素行は気にはなるのだろう。
「なんか、居づらい事になったらうちに来たら良いよ。多分、慌てて迎えに来ると思うけど」
「……」
ぷくっとふくれっ面の娘に小さく苦笑いをしたシュタルク。
フェルンが「そうじゃないでしょ」と言いながらシュタルクの頬を軽くつねった。
「まあ、あの子がそういう事をエアフォルクから影響を受けることはありませんよ。多分ですが――」
「そうだと良いんですが……」
シュタルクとしては、フェルンが言葉を濁したことに、若干引っかかるものを覚えつつ――
「とりあえず、今日の仕事にかかろうか」と二人に声をかけたのだが……
返す二人の視線はなぜかちょっと冷たかった。
「俺、フェルン以外の人になんかした事ないでしょー」
「当たり前です。あったら無事には済ませません」
そんな言葉を交わしつつ、二人は荷台に道具を詰め込んだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「どうかされたんですか?」
荷物を準備しているシュタアルが怪訝なかおをしていたので声をかけたアルヴィラ。
「いや、朝方兄さんの様子を見に帰った姉さんが、家の寝室から知らん女性が出てきたって……」
「はあぁっ!? え、いや……未婚の盛年……の方なら……そういうことは……」
「――やめなさい」
シュタアルの言葉にアルヴィラは顔を赤くして応えていると、頭に小さな衝撃を感じた。
「ティアフォートさん……」
ティアフォートはアルヴィラに耳打ちするように告げる。
「良いですか、アルヴィラ。
兄様の知識はキスとハグから先は『胸を触るなどの何か特別な行為があるらしい』で止まっています。
先程の言葉の兄様の頭の解釈は『知らないお手伝いの女性が泊まり込みに来ていた』程度です!」
「そうなんですのッ――!!」
ちょっと純真すぎないだろうか?
「そういうことなので……余計な情報を与えないように……」
過保護というべきなのか……これは誰かがなんとかしないといけないのでは?
いや、何故そんなことに? ああ見えて筆頭の後継ぎがそれで良いのかフェルン様?!
と思わなくもないが、流石に他領のことなので深く言及はできない。
「わかりました……」
とりあえず考えないことにして道具の準備を再開した。
「??」
当人は、身の回りの女性陣に変な形で手のひらの上で転がされていることに気づかぬまま。
■腐敗の塊
それは森の奥深く。そこにあるのは脈打ちながら蠢く黒い樹木。
―― 良質な魔力に誘われるまま、たゆたった先にようやく手に入れた肉体
毒をばら撒き、様々なものを媒介し、大きな魔力を持つ体へ。
侵食されたものの魔力を回収し、より広がり、より大きく。
―― 本能の赴くままに。撒き散らし。喰らい。強く。大きく。
その樹木の根元には黒ずんだ動物や植物の亡骸が数多く積み上がっている。
いずれも魔力という生命力を失い、干からびてしまっている。
―― もっと。もっと。もっと。
だが、強い魔力は近寄れば逆に狩られる可能性すらある。だから静かに、ゆっくりと
根とツルを伸ばし……侵食の媒体に乗せて……
✧ ✧ ✧ ✧
今日は最初からシュタアルが刈取ってアルヴィラはそれを魔法で運び出すという布陣。
なお、シュタアルと一緒に刈り取りをしていたティアフォートは向こうでへばっており、エリシアに任されている。
「お姉ちゃん!!」
「あら……あなたは」
そこにいたのは先日、助けを求めてきた少女。
「ウサギさんはお元気かしら?」
「はい。お母さんにも言ったら飼っても良いって」
「そう、良かった」
彼女は満面の笑みを浮かべている。アルヴィラ自身は付き添うぐらいしかできなかったが……
それでも、あの場にいて助けてくれたという想いはこの少女の中では等価なのだろう。
わざわざ訂正する必要もないだろうと頭を撫でた。
「ところで……うさぎが具合を悪くしていたのは……?」
「えっと、すぐ近くの森の木の下でうずくまっていたの」
「わかりました。危ないからしばらくは近寄ってはダメよ。畑の周りぐらいなら良いけれど。大人が見ているところまでね」
諭すように伝えると少女は嬉しそうに頷いた。
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
✧ ✧ ✧ ✧
「ここ……か……」
街の収穫は順調だ。収穫祭に向けての準備も進んでいる。そんな中で魔物による被害など……
――『ゆっくりしていってくださいね』
――『たくさん食べてくれよな』
ここに住まうのは優しい人たちだ。
――『私の街……って訳じゃないけど歓迎するよ』
――『アルヴィラおねえさん、あったかいしいい匂いがします』
豊かな実りはたくさんの努力の下にしかやってこない。
――『いってらっしゃいませ、アルヴィラ様、ティア様、シュタアル様』
――『散歩に行きたいなら……案内ぐらいはしてあげるわ』
――『同い年でしょ。仲良くしてよ、もぉー』
(だったら……私がここで――)
北の地で一度、疫病と腐敗をばらまく魔物の襲撃を受けたことがある。
黒ずんでボロボロになった魔物たち。自己の生命保存則よりもなにかに突き動かされるように襲いかかってくる。
元凶は、奇妙な植物状の魔物と一体化した巨大な海竜だった。いや、竜としての意識はなかっただろう。
巨大な冬虫夏草……そんな良いものではないのだが、腐敗をばらまくそれの駆除は困難を極めた。
その年の街の食料はすべて破棄せざるを得なく、教会には原因不明の病に伏せる人が押し寄せた。
討伐隊を組んだ父と母が大勢の犠牲を払いつつもそれを駆除し、中央の教会へ多額の寄付をしてようやく解決を見た。
「あんな事……あって良いはずが……ん?」
森の奥、突然に木々や生物から感じるうっすらとした魔力が消えた。
代わりに視界に広がったのは黒ずんだ森。何もかもが生を感じさせない。まるで触れると崩れてしまいそうな ――
「……これは」
✧ ✧ ✧ ✧
ようやく、復帰したティアフォートはあたりを見回した。
「兄様……アルヴィラの姿が見えません。魔力も……あまり感じませんね」
「なんか、真剣な顔をして、お花を摘みに行くって……理由は分からないけど。
すごく大事な用っぽかったから、花摘みに行ってもらった……」
「なんの花なんだろうな?」と首を傾げる兄の言葉にティアフォートは頭を抱えた。
確かに、身の回りにそういう言い方する人居ないけど……
いや真剣な顔でお花を積みって、そんな緊急事態だったのか?
間に合ったのだろうか? 若干どうでもいい心配をしてしまうが。
「お兄ちゃーん、お姉ちゃーん!」
畑の端で手を降る少女がいる。
「あの子は……?」
その姿には見覚えがある。そう、先日病気のうさぎを助けようとしていた少女だ。
✧ ✧ ✧ ✧
―― 魔力を感じる。上質な魔力だ。そして多量の……
森の巨木に寄生したそれは、移動ができない。だからすこしずつ根を伸ばすしかない。
辺り一帯の魔力は吸い尽くしてしまった。なにもない。だから胞子を飛ばす。
―― ようやく新しい食料がやってきた。
感染したそれは、いずれ自身の元へ来る。魔力を得ることができればまた成長出来る。
今なら……人間の魔法使いにも抗える。
そうであれば――
✧ ✧ ✧ ✧
「やっぱり……あのときと同種の魔物でしたのね」
微かな気配を追って森の奥までたどり着いた先。そびえ立っているのは脈打つ巨木。
根を張り、移動はできないようだが、肉のようなものがついたツルは生物のように動き回っている。
(ここから遠距離射撃で……焼き尽くせば!)
杖を構え、一気に撃ち抜くために魔法を収束させる。得意な属性ではないが焼夷の魔法であれば!
「燃え尽きなさい!
――
そして、魔法が杖から解き放たれるその瞬間。
アルヴィラの耳に響いたのは「ズガッ」という地面が僅かに割れる鈍い音
「なッ!!」
鋭く、一直線にアルヴィラへと迫るツル。
油断したつもりはない……常に周囲を警戒していた。だが、見落としていた……
(腐敗が進んだこの森の空間自体が……この魔物のテリトリーなの!!)
「あああっ!!」
ツルは彼女の肩を刺し貫き、その体を絡め取ったのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「お姉ちゃん……お顔怖いです……」
「ごめんなさいね、でも聞かせて……茶髪のモジャ――ウェーブのかかったお姉さんはどっちへ?」
ティアフォートが両肩を押さえて問いただすのは先の少女。
「うさぎを拾った場所を聞いて……あっちの森へ……」
「勝手に!あの……枯れワカメぇぇ!! 兄様ッッ!!」
怒髪天を付く。ゆらゆらと揺れる髪は感情に魔力が反応しているからか。
シュタアルは珍しく声を荒げる妹を見て小さく苦笑いをしてから頷いた。
「ああ、父さんと母さんに連絡して、追いかけよう!」
「もう使い魔を飛ばしています!!」
「あ……そう。早いね」
「当然です!」
ただならぬ様子の二人に少女は逡巡を見せる。
シュタアルはそんな少女の頭を撫でた。
「何も心配いらないよ。前のうさぎみたいな事もないようにする。だから今日はまっすぐ家に帰ってくれ」
「うん――。何か……あるの?」
「――なんでもありません。なんでもないのです。だから、もうすぐ来る収穫祭を楽しみにしていて」
「わかった……」
頷く少女に微笑むティアフォートは杖を出して浮遊する。
「兄様、私が運びますか?ご自分で走りますか?」
「……走るかな」
妹に運搬される姿を想像してうんざりした表情のシュタアルはぼそっと呟く。
若干つまらなさそうにティアフォートは「そうですか。では全力疾走で」と言って飛び立った。
「あいつ……めっちゃ心配してるじゃん」
「お兄ちゃん」
「うん?」
「私、何も出来ないけど……頑張ってね」
どこまで理解しているのか……幼い少女は握りこぶしを作って励ましの言葉を掛けてきた。
シュタアルは腕で力こぶを作って笑顔で答える。
「任せろ!」
✧ ✧ ✧ ✧
「ぐっ!!」
肩を貫かれ、両手と両足をツルに掴まれた。
……幹の本体の方に引っ張られる感覚があり、取り込もうとしている。
「離しなさいッ!! ―― 燃えろ ―― 」
簡易の焼夷魔法を体にまとって、ツルを燃やす。
突然の熱に驚いたのかツルはアルヴィラを一気に離した結果、地面に落ちる。
「くっ……」
距離をおいていたと思ったのに触手による攻撃を受けた。
貫かれた肩口を抑えながらアルヴィラは毒づく……
「いったい、どの程度のテリトリーを……ッッ!!」
呟いた瞬間にツルが四方八方からアルヴィラに向かって来る。
彼女は頭を振り、第2波の準備をする。
「負けたくない……!!」
プライドに突き動かされ、無策に魔物の群れに飛び込み、大勢に迷惑を掛けた。
「あの時の様に、無謀な衝動で来た訳ではありません」
結果的に助かりはした。2人の妙な兄妹との絆のキッカケにはなった。だけど……
「私は……守りたいものを守れる人間であるとッ!!」
気持ちが負けたままで良い筈がない。
誰かにもたれかかり続ける人生では、きっと誰も愛する資格を得ることは叶わない。
アルヴィラは再度杖を構えて失敗した魔法の再発動を試みる。
今度は、障壁を張り巡らせ。
「この街の人たちの幸福は、お前が侵して良いものじゃない!!」
無数に彼女を刺し貫こうとするツルを防ぎながら魔力を高め、集中し、収束し、杖の先に構築する。
「 ――
ズドンという音とともに撃ち放たれた炎の弾丸は、射線を防ごうとするツルを次々と燃やしながら貫いていった。
そして収束した火球は魔物の幹に突き刺さり、その位置で停止する。
「燃え上がりなさい!!」
彼女の声と共に、火球に封じ込められた業火は幹の元で一気にその巨木を焼き尽くそうと燃え上がる。
彼女を襲っていたツルは本体の危機を察知すると、一気に退いていった。
「これで……、えッッ!?」
――しかし、彼女の期待はあえなく潰える事となる。
無数に生えたツルは燃え上がる幹に隙間なく巻き付いていく。それは微弱ながら水気をまとい、炎を消す魔法がかかっている。
「そんな……魔法も……使うの?」
魔法というより森の魔力に属性を与える形で、多量のツルが徐々に炎を消していく。
彼女は頭を振り、第2波の準備をする。消火をするなら何度でも燃やしてやる。
そう思って魔力を高めた瞬間。
「あぐッ!!」
アルヴィラの背後から生えたツルは彼女の頭をかすめた。
その衝撃はアルヴィラの意識を瞬間的に奪う。
(なん……て……油断……)
生まれてしまった致命的な隙。解いてしまった防御障壁。
辺りで蠢いていた触手のようなツルは次々にアルヴィラを捕らえようと襲いかかってくるのだっった。
~ 真紅のお姫様と北壁のお嬢様 中編 fin & to be Continued~