葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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二人だけの日から1年が過ぎたお話。


続・二人だけの日

■あれから一年


 

中央諸国 クレ地方 戦士の村跡地の家

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

そう告げたのは、銀髪のエルフの魔法使いフリーレン。彼女は両手で小さな男の子と女の子の手を握っている。

 

「お願いします。フリーレン様」

「師匠にもよろしくな」

 

フェルンは生まれて間もない赤ちゃんをその腕に抱きながら、

シュタルクは屈んで目の前の男の子の頭を撫でながらフリーレンへと答える。

 

「任せて!父さん!母さん!行ってきます」

「母様、後生です!エリシアを最後にもうすこし!ぷにぷにさせてください!!

 数日触れないだなんて……そんなの酷過ぎます!あんまりです!」

 

青紫の外ハネした髪と三白眼の長男シュタアル。紅い髪とさらに深い深紅の瞳の長女ティアフォート。

そしてフェルンの腕の中で兄と姉の様子をつぶらな瞳で見つめる次女エリシア。

今日は、シュタアルとティアフォートの二人はフリーレンと一緒に泊りがけで祖父アイゼンの家に遊びに行く。

 

フリーレンからは「子供たちと一緒にそちらに向かう」という旨の手紙のやり取りをしている。

シュタルクもその返事を読ませてもらったが、几帳面な師にしては若干よれよれの文字で

 

『そうか、気を付けてこい』

 

とだけの返事が返って来た。実に分かりにくいことだが、付き合いの長いシュタルクとフリーレンならわかる。

ありえないぐらい楽しみ過ぎてそわそわしていることだろう。

 

「ほら、ティアフォートもそろそろ諦めていくよ!」

 

結局フェルンからエリシアを受け取っていたティアフォートは

 

「エリシアぁぁぁぁ、姉さま旅立ちます。でも必ず貴女の元に帰ってきますからね」

「ああう……」

 

思いっきりすりすりしたり、クンカクンカしたりしながら妹分を補充していた。

 

「ティア。フリーレン様に置いて行かれちゃいますよ」

「母様、エリシアのこと……本当にお願いします」

「……一応、こう見えてあなたを育てたお母さんなので大丈夫ですよ?」

 

名残惜しそうに溺愛する天使……ではなく、妹のエリシアをフェルンに返したティアフォート。

いまだにちらちらと振り返りながらちょっとずつ進んでいると……

 

「ティア。置いてくぞ!荷物も俺が持ってやるから、ほら」

 

そんな、お姉ちゃんモードのティアフォートに手を差し伸べた長男シュタアル。

妹の手を取りフリーレンの下へ駆け出す。

 

「ちょっと!兄様待って!」

 

……とまあ、にぎやかな出発の朝はこうして幕を閉じた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― 「1年に一回の記念日を決めてシュタルクとフェルンがこっそり二人きりで過ごせるようにして欲しいってこと?」

―― 「はい。フリーレン様にも協力いただければと思いまして」

 

フェルンとフリーレンの間でそんな話をして1年ほどたつ。

今日がその記念日。お互いの誕生日でもない。結婚記念日でもない。

 

もうそれなりに前の話。旅を終えたばかりのシュタルクが自らの故郷に残ると覚悟を決め。

フェルンもその覚悟に寄り添おうと決めた日。

もちろんそんな簡単に割り切れる話ではなかった。

 

フェルンはあの日、その人生に迷い、涙した。シュタルクもそんな彼女に死ぬほど恥ずかしい実質的なプロポーズを告げた。

不器用な二人が、未来を選び取った日。今日はそういう日だ。

 

二人で決めた。

 

――『だから、言葉を重ねませんか? 改めてお互いの立ち位置を確認するために』

――『少し手を伸ばせばお互いに触れられる位置にいていいのか?

 今もそう思っているのか……言葉を重ねましょう。確認しましょう。

 毎日言ってもいいけれど、でもこの先ずっと、年に一度その日にだけは必ず確認しましょう』

 

親としての立場とか、領主としての顔とかいろんなものに縛られた二人が今日だけは素直に愛の言葉を紡ぐ日――。

 

――と、いう。綺麗事はさておきだ。

 

普段、繊細(?)で多感な子供たちがちょっと数日お出かけしている間に愛する夫婦が何をするべきか。

そんなものは決まっている。フェルンも先日、性……ではなく、”すごく” 精が付く料理の材料を買い込んだ。

準備にどれほどの心が躍ったろう。とはいえ――

 

「まーむ?」

 

フェルンの胸の鼓動の音を求めているのか、体を摺り寄せてくる愛娘エリシア。

流石に1歳に満たないこの子をフリーレンの強行軍に任せるわけにはいかない。

 

今年は仕方ない。かといって来年も無理だろうけど……

 

■そうはいっても平日


 

さて、シュタアルとティアフォート、そしてフリーレンが居なくなったら、男を見せるぜ!!

というわけにはいかない。今日は平日だし日中は仕事がある。明日は休日で多分夕方頃にフリーレンたちは帰ってくる。

 

「ライニさん、仕事の間はエリシアのことをお願いしますね」

「シュタルク様、かしこまりました。お気をつけて」

 

オルデン家の仕事を後進に譲り、クレ地方にやって来たベテランメイドのライニさん。

家事炊事、武芸、教養……色んな意味で無敵な人だ。この人のおかげでいろいろ成り立っているものも多い。

彼女は恭しく頭を下げた後、フェルンに耳打ちした。

 

何を言ったのか……シュタルク的には……ぶっちゃけ聞こえていたが、聞かなかったことにする。

 

スタミナ料理の下準備をしておくので、早めに帰ってきてください、などという話。

会話のたびにシュタルクをチラチラ見てくる。

 

はいはい。全部食べますよ……とばかりに苦笑いをしながら手を振ると、プイっと顔を背けられた。

 

ちょっと恥ずかしいらしい。……いや、恥ずかしいところある?

3人も子供がいると、もう、勝手知ったるお互いの身体。知らない箇所のほうが少ない。

何ならお互いが当人より知っている節もある。

 

「というわけで、シュタルク様、行きましょう」

「へーい……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルク様。ここの計算が違います」

「ごめーん」

 

夫婦で二人三脚の領地経営。たまにオルデン家やグラナト伯爵から文官も派遣してもらったりしながらのカツカツ経営。

それでもずいぶん人が増えた。経営もトントン。なんとなく『領地』という体を成せた感じはある。

 

「頼りになる……仕事のできる部下とかほしいね……」

「そうですね。仕事の分類や前裁きしてくれる優秀な秘書官がいれば、もう少し楽なんですけど」

 

いかんせん仕事の規模が夫婦経営で何とかなる感じではなくなってきた。

なお、彼らが優秀な部下であり教え子を手元に置くようになるのは数年後の話。

 

「シュタルク様、予算算出終わりました。どうぞ」

「ありがとーフェルン」

 

フェルンから手渡される書類を受け取る瞬間、指が触れる。

 

「「あっ」」

 

お互い……今となっては誰よりも知る互いの体温。

フェルンの手はいつだって雪のように繊細で少し冷ややかで、シュタルクの手はいつだって太陽のように温かい。

 

「「……」」

 

お互い、そのままの姿勢で固まる。

 

―― そういえば、今日はそういう設定の日だった。

―― どうする、今言うか? 仕事場でそんな雰囲気になっていいのか?

 

受け取った書類を逆の手で机上に置くと、なんとなくフェルンとつないだままの手だけが残る。

どういうわけなのか、フェルンはそのままシュタルクの指の間に細い指を入れてきた。

 

「……っ」

 

なにこれぇ、どうしたらいいの? ずっとつないでいていいの?

仕事場という本来やってはいけない神聖な場所で、なんか心臓がわけのわからない音を鳴らす。

フェルンの目が……「私はいつでも準備できています」と言わんばかりだ。

 

彼女がその手に力を籠めてぎゅッと握ってきた瞬間――

 

―― コンコンっ!

 

と、ノックが鳴った。

 

「あのー。シュタルク様、フェルン様。今日の分の街道整備終わりましたー」

「は、は、は、はいーー!!お疲れ様!!上がっていいよ!」

 

ドア越しに話しかけてきた工事現場の責任者。シュタルクは上ずった声で返事する。

 

ちなみに、つないだ手はノックの瞬間慌てて外してしまった。

 

(あっぶねぇぇぇぇ)

 

気持ちが流されて……変なことを職場でするところだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ただいまー」

 

その日の夕方。仕事を終えて帰宅するライニさんが出迎えてくれた。

 

「おかえりなさいませ、シュタルク様、フェルン様」

「留守を任せてしまってすみません。娘の様子はいかがですか?」

「先ほどまでお休みされておりましたが……」

 

と、部屋の向こうで聞き覚えのある泣き声が聞こえてきた。

 

「フェルン」

「分かってます」

 

そう言いながら、自身の服に洗濯の魔法をかけたフェルンは、エリシアの眠る部屋へと駆け込んだ。

 

「シュタルク様。今日の意味はうかがっております。フェルン様は仕事に育児に頑張っておられますので……

 夫として誠意ある行動を。妻を心から満足させるのも、夫の誠意の示し方ですよ」

 

ライニは通り過ぎる際にそんなことをつぶやいて部屋の外へ出る。

 

「私はお二人のお時間には邪魔でしょう。夫婦と娘との水入らずの時間をご堪能ください」

 

一礼した彼女はそのまま自身の自宅へと帰っていった。

 

■まなむすめといっしょ


 

「シュタルク様、ではいただきましょう」

「お……おう……いただきます」

 

日々の恵みに感謝して二人で両手を合わせる。

いつも通りの静かなフェルン……のように見えて、祈り終わってから上目遣いでこちらをチラチラ見ている。

 

ですよね。なんかすごい料理だ。

量じゃなくて。肉とか、魚とか、貝とか、野菜とか、全部色も匂いも濃く、味付けも濃そうだ。

初挑戦だと顔に書いてある。いや、もちろん食べるのだけど。

 

(もしかして欲求不満にさせてた?)

 

「よ、よし……」

 

恐る恐る、身を一部崩した魚の白身をフォークで刺して咀嚼した。

 

「どうでしょう……ライニ様においしい調理方法を聞いて、うまくできたと思いますが」

「ん……!」

 

かっと、目を見開いたシュタルクは固まる。

 

「シュタルク様?」

「ッッ!!」

 

慌てて残りの身も次々に口に入れ、もどかしくなり、半分ぐらいになったあたりで全部口に入れた。

 

「なんだこれ、めっちゃおいしい!」

 

その感想が出たあたりでフェルンは胸に手を当てて安堵の声を上げた。

 

「こう……なんか……あれだ……じわじわ来る」

「よかった。普段出さない料理なので口に合うか不安だったので」

 

落ち着いたフェルンは野菜と大豆を混ぜたパン粥をスプーンですくってエリシアの口へと運ぶ。

エリシアは口に入れて咀嚼するたびに手をパタパタさせて喜びを表現する。うちのむすめ、かわいい。

 

「な、なあ……フェルン、それ俺もやっていい?」

「シュタルク様はご自分の食事取ってください」

 

娘にご飯をあげるのは大変だよね?お父さんもやっていい?お父さんもそれやりたい!

っていう真心(?)で聞いたら、眉を寄せたフェルンに反対される。彼女は「ダメです」とばかりにエリシアを覆う。

 

「いや、でもさ……」

「これは私の役目です」

「大変じゃない?」

「大変じゃないです」

 

そこまで言い切られると、退くしかない。「はい……」としょんぼり手を下げた。

その様子に苦笑したフェルンは「手が離せない時にお願いしますね」と付け加えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ごちそうさまでした」

「はい、どういたしまして」

 

なかなかに満腹になったシュタルクは満足そうにお腹を抱える。

 

「どう……ですか……?」

「聞かないで……」

 

めちゃくちゃ体が熱い。体中の筋肉という筋肉にものすごい勢いで栄養が回っている感じがある。

当然下腹部も熱い。下腹部が働かせろと脳に訴えかけてくる……これは……まずい……

 

「フェルン。ちょっと離れてもらっていい?」

「どうしてですか?」

「いや……じりじり寄ってこないで……だめだよ、エリシアも見ているから」

 

シュタルクの様子に察しがついたフェルン。

そんなに表情に出さないがシュタルクには分かる。彼女の瞳に嗜虐の色が乗る。

 

「では、お風呂に入りましょうか」

 

なんか含みを感じる。ダメだって。普通の生活空間はダメだよ。なんかいろいろあるから。

帰ってきたティアフォートとかは察しちゃうから!

 

「じゃあ!エリシアは俺が入れてあげるね!フェルンはちょっと待ってて!!」

「……わかりました。お願いします」

 

一応、退いてくれた。まあさすがに赤ちゃんと一緒にお風呂に入るとなると慎重にはならざるを得ないだろう。

決して、何もしたくないわけではない。ただ、抑えが効かなさそうなので精神統一する時間が欲しい。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

お風呂にて、湯舟はだいぶ熱いので、エリシアは赤ちゃん用の桶に少し冷ましたお湯の中でぱちゃぱちゃしている。

もうすぐ1歳になるエリシアは、ある程度支えるものがあるとお座りしてくれる。

 

「なー、エリシア。初心に戻って、人生を選んだ時の想いを伝えあう日だったんだけどなぁ……お母さんどうした?」

 

なんとなく思ったことをふと口にしてしまう。さすがに攻め過ぎな気がしてちょっと首をかしげてしまう。

らしいのか、らしくないのかで言えば、ちょっとテンションは高くていつもらしくはない。

今日は特別な日……ということを加味すると、ぎりぎり彼女らしいとはいえる。

搦手でシュタルクに何か言わせようとしたり、やらせようとするあたりは、彼女らしい。

 

エリシアは不思議そうに、「わかんない」という顔でシュタルクを見つめる。

ほおずりしたくなる衝動に駆られるが、いったん落ち着き、

 

「よし、上がるか!」

 

シュタルクはエリシアを抱き上げ、近くに置いていたタオルで愛娘をくるんでお風呂を後にした。

 

■奥様のわがままと不安


 

お風呂から上がった後、ソファに座り愛娘と遊んでいたらフェルンが紅茶を淹れた後、隣に座った。

そのまま肩にもたれかかってくる。お風呂に入ったばかりで彼女のいい香りが鼻腔をくすぐる。

 

「フェルン、あの……俺、あの日からずっと変わらず……」

 

言うべきことを言うべきだろう。そう約束した。彼女に変わらぬ想いを伝えようと、口にしようとしたとき――

 

「あとで」

 

フェルンの人差し指がシュタルクの口元に差し出された。

そのまま、フェルンは元の姿勢に戻り……いや、腕を絡ませてまたシュタルクに体重を預けた。

 

今はこの時間が大事らしい。まあいいか……と思いつつも慎重に精神統一する。

何故なら夕食の後からずっとシュタルクの中の雄のエンジンがアイドリング状態で待機しているため。

 

「静かですね」

「そうだな」

 

いつもはシュタアルやティアフォートが騒ぎ、フリーレンがそれに混ざったり見守ったりそういうにぎやかな居間。

今日は静かだ。こういう時間も時には大事なのかもしれない。無論、家族でにぎやかなのもシュタルクは好きなのだが。

 

「こういうのも、良いですね。少し、さみしい気もするので毎日じゃなくてもいいですけど」

「ああ……」

 

なんとなく、同じ想いでいることに安堵を覚える。

 

「ティアフォートがシュタアルにちょっとした悪戯したり、シュタアルが反撃しようとして迎撃されたり、フリーレン様に泣きついてよしよしされたり」

「ははは……」

 

シュタアルの立ち振る舞いというか扱いってなんかデジャブ感じるなぁ……と思いつつ。

日々のにぎやかさに思いを馳せる。この地に来たときは何もない場所だった。廃墟となった故郷と仲間の墓標に途方に暮れていたのに。

 

「にぎやかになったよな」

「そうですね……」

 

初めて出会った日のようにフリーレンに背を押されたフェルンが手を差し伸べてくれた。

彼女はいつも、シュタルクがこまったときに手を差し伸べてくれる。倒れそうなときに背を支えてくれる。

自惚れなのかもしれないけれど……お互いに欠けたものを、互いが持っている。そんな感覚すら覚える。

 

「あー、まー」

「ん?」

 

シュタルクの腕の中でもぞもぞしていたエリシアがフェルンのほうへと手を伸ばす。

どうやら、フェルンのほうへと行きたがっているらしい。こうされるとお父さんはちょっと寂しい。

 

はいとフェルンに渡すと、エリシアはフェルンの胸にしがみつく。

 

「……ミルクの時間みたいです」

「そっか。じゃあ……」

 

と、席を立とうと思ったらフェルンにつかまれた。

 

「え、なに?」

「ここにいてください」

「なんで?」

「なんでも」

 

なんか、動いたらダメらしい。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

フェルンは自然授乳にこだわる。

ライニからは負担があるなら粉ミルクなどもあるとは聞いていたが、彼女なりの子育てに対する姿勢があるらしい。

 

という訳で、フェルンはシュタルクの隣でエリシアにミルクをあげている。

たぶん、この後時間的にはエリシアは熟睡するだろう。

 

「……」

 

にしたって、このタイミングってどうしたら良いんだろうね?

手伝えること何もないから手持ちぶさただけど、隣にいるように厳命された。

愛妻が愛娘にミルクをあげる姿とは斯くも尊いものだ。間違いない。

 

だが、現在シュタルクはいろいろアイドリング中のあれがあれな状態である。

普段そんなことは全く……いや欠片程度……ちょーっとだけしか、考えないけど。

真横で耳に入る水っぽい吸引音が脳と下半身に響く。

 

ちらちら横目で眺めているとフェルンと目が合った。

 

「……順番ですよ?」

「……何言ってんの?」

 

しないよ?そんなことしないからね。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

熟睡したエリシアをベビーベッドに寝かせたフェルンはふうと大きく息を吐いて寝室のベッドに座る。

 

「ご苦労さん」

「頑張りました。もっと労わってください」

「えらいえらい」

 

頭を撫でろとばかりに寄りかかってくるので、フェルンの髪を解くように彼女の頭に触れる。

 

子供の頃は、優しい大人になら誰にだって頭を撫でてほめてもらえると嬉しかったのだけれど……

大人になり、撫でる立場になるとそうもいかない。プライドもあるし、他者という恐怖も覚えた。

無責任なことはできないから触れ合いづらくなる。大人らしく振る舞うということの中には、そういうことが含まれてしまう。

 

これはそんな大人たちに許されたちょっとした例外なんだろう。

もう、お互い10代の時ほど若いわけではないけれど撫でられてうれしそうにするフェルンはまるで少女のように見えた。

 

「今日ってさ」

「……はい」

 

今なら答えてくれそうな気がしてシュタルクは静かに問いかける。

もちろん彼女を抱きしめ頭を撫でる手を止めない。

 

「お互いの気持ちを、出発点の気持ちとか、旅を終えた人生を選び取った想いとか確認する日って決めたじゃん」

「……そうですね」

「こんな感じでよかった?」

 

フェルンらしくないというとそうでもないけれど、ちょっと不思議な感じもあった。だからこれは夫婦の微調整。

 

「形式ばってましたね。1年前の私」

「そうかな? 俺は納得してたけど」

 

ちょっと言いにくそうに、言葉を噤んだあと息を吸ったフェルンはゆっくりと語りだした。

 

「……エリシアが生まれて、身重になって、しばらくの間はシュタルク様に何もしてあげられませんでした」

「仕方なくない?」

「……エリシアが生まれた後も、しばらくは付きっ切りでやっぱり手一杯でした。仕事もありましたし」

「それも、仕方なくない?」

 

シュタルクの解答にフェルンは苦笑する。『そう言うと思った』と顔に書いてある。

分かっていたのような話を何故聞くんだろう?

 

「改めて怖くなったんです……」

「どういうこと?」

「重荷に……なっていないかなって。シュタルク様はそんなことを気にしないと判っていても。怖くなったんです」

 

そっか。と思った。今日いろいろフェルンがちょっと過剰に攻めてきた理由がちょっとわかって気がする。

証明したかったのだろう。今でも大好きだという気持ちを。今この時この一瞬に全部つぎ込むだけの彼女なりの求愛行動。

 

フェルンから体を放し、優しく両肩に手を置いて。笑いかけた。

 

―― こういう日は確かに必要だな ――

 

確かにそう思う。恥ずかしくて、勇気がいる。

拒絶されないとわかっていてもわずかな想いのズレがあると怖い。

 

「初めて出会ったときに限界だった俺の手を取ってくれたことも、旅立つ背中を押してくれた事も、

 旅の間も変わらず支えてくれたことも、滅んだ故郷を前に泣いたときに支えてくれたことも……

 今こうして、俺に家族をくれたことも……ずっと感謝していて……『愛している』って言葉だけじゃ表現が難しいよ」

 

シュタルクの言葉に、珍しくフェルンの目が潤んだ。普段の振る舞いではそういうことはほとんどない彼女にしては珍しい。

 

「……素直なシュタルク様が好きです。愛しています」

「お、おう……」

「優しいところも大好きです。愛しています」

「え、はい……」

「不器用なところを一生懸命改善しようとしてくれるところも可愛くて本当に好きです。愛してます」

「ちょっ……まって……」

「領民に帰属してくれた人たちの誰からも好かれるところも誇らしくて大好きです。愛してます」

「まって……フェルンさん!?」

 

優しい笑顔でそう伝えられると嬉しいけど、圧倒的肯定と怒涛の愛でさすがにあれだ。

どうしていいかわからなくなる。褒められすぎると背中がかゆい……

 

だけど、結局のところ一点しか帰着しないのだろう。

 

「私の夢に寄り添ってくれて……家族になってくれて……ありがとうございます。だから。愛しています」

「それに関しては、本当に俺もかな……」

 

再び抱きしめ合い、二人はゆっくりとベッドに倒れこんだ。

そろそろ。シュタルクの内燃エンジンがアイドリングの限界に達しそうである。

 

■すり合わせ


 

「すげぇ!爺ちゃんその後どうしたの?」

「うむ……聞きたいか?」

 

こちらはアイゼンの元を訪れていたフリーレンたち。

シュタアルは男の子らしくアイゼンから勇者ヒンメルの冒険の話を聞きたがる。

 

これはフリーレンも良く語っているのだけれど、シュタアル曰く。

 

「フリーレンの話は面白いけど……こう、迫力に欠けるんだよね」

 

と、若干失礼なことを言われたので、その時は足の裏がこそばゆくなる魔法で10分間ほど折檻した。

それはさておきだが、アイゼンから語られる冒険の話が味わい深いのは確かにそうだろう。

戦士の視点ならではの語りが多い。前衛職ならではの戦闘に対する緊張感と臨場感がフリーレンとは違う。

 

長年の同じパーティーでも立場や役職が違えば見えるシーンも変わってくる。

まあ、そういうものだろう。だからパーティーとしての考え方が変わらないように彼らは常によく会話していた。

 

シュタルクとフェルンも今頃、お互いのすり合わせをしているだろうか。

 

「そのでっかい、皇極竜は滅茶苦茶遠くから攻撃してきたんだろ?どうやって対応したの?」

「それはな……」

 

食い入るように話にのめりこむシュタアルが可愛くて仕方ないのだろう。

アイゼンも随分上機嫌で語る。世界最強の戦士と謳われた昔の彼からすると信じられないぐらいに穏やかなお爺ちゃんとなっている。

 

「兄様は、良くも悪くも子供ですよね」

「ティアも子供でしょ」

「そうですね、その挑発に乗らない程度ですが子供です」

「言うねぇ……」

 

ここで、頬を膨らませて拗ねずに返すのがティアフォートという少女だ。

 

「父様と母様は……大丈夫だと思いますよ」

「何も言ってないけど」

「ちょっと心配しているって顔に書いてます。

 母様最近忙しそうでしたから、父様に甘える日があってもいいかなとは思いましたし、父様はそれを受け止める人です」

 

ちなみに、このアイゼンの訪問に関して理由は話していないのだが……どこまで察しているのやら。

 

「すげぇーー!爺ちゃんすげぇぇーー!その技教えてよ!」

「練習するか?明日の朝なら教えてやるぞ」

「やる!!絶対やる!」

「そうか」

 

シュタアルはアイゼンの話に夢中だ。良くも悪くも男の子らしい。

 

「兄様は……いつも通りですね。まあ、ああいう所が愛おしくはあると思いますけど」

「ティアにも新しい魔法教えてあげようか?」

「フリーレン様も私も早起き苦手じゃないですか」

 

紅い少女はドストレートに痛いところを突いてくれる。

まあ、しかし、この子も少し前に比べると兄のシュタアルに対する態度ががらりと変わった。

切っ掛けは知っているけれど、人間の子の成長とはすさまじいものだ。

 

「そうだね……ごめんね。でもちょっと前と違って、馬鹿にしたりしないんだね」

「成長したとでも言いたいんですか? 兄様のああいう所に私は命を救われています。賞賛こそすれ、もう馬鹿になんてしませんよ」

「でもよくからかってるじゃん」

「打てばよく響く兄様なので。打つことはやめられません」

 

まあ、良くも悪くも血は争えない兄妹ではある。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルク様……起きてますか?」

 

気が付くとベッドの上で裸のシュタルクの腕に収まっていたことに気づいたフェルン。

 

ついついヒートアップした……というか、二人で食べた強壮効果のある料理が効いたのかなんだか途中から訳が分からなかった。

お互い求めるままにドロドロになって途中で疲れて眠ってしまったという感じか。

 

流石にエリシアが小さいうちに4人目はいろいろ大変なので気を付けなければならない。

1歳差しかないシュタアルとティアフォートは本当に大変だった。ティアフォートに至っては生まれつきの魔力が強すぎて危ないというおまけつきだった。

と、思いを馳せていると――

 

「んん~フェルーン。愛してるぞ~」

 

むにゃむにゃ言いながらそんな寝言を言い出したシュタルク。胸の中のフェルンをギュッと抱きしめるように眠るシュタルク。

なんとなく、寝言で終わらせるのがちょっと癪だったのでフェルンは右手でシュタルクの鼻をつまむ。そして、そのまま――

 

「んぐ!んんーーー!?」

 

シュタルクの唇をフェルンの口で密封した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なになになに、何事!?」

「おはようございます。シュタルク様」

 

突然呼吸を止められて驚いたシュタルクは上半身を起こしてあたりを見回す。まだ深夜……といえるぐらい暗い。

 

「え、本当に何?」

「シュタルク様が寝言で済まそうとしたのでムカついたから」

「いや、全然わかんない……」

 

フェルンの言葉に疑問符を浮かべていると腰にしがみつかれてそのままベッドに再び押し倒された。

シュタルクの上に覆いかぶさったフェルンは胸元に顔をうずめながら懇願する。

 

「ちゃんと愛してるって言ってください」

「え、言ったよね?」

「言ってません」

 

あれぇ……?と思いながらちょっと前の会話を思い出す。

 

『ずっと感謝していて……『愛している』って言葉だけじゃ表現が難しいよ』

 

あー……微妙に言ったようで言ってないか?

胸元のフェルンをぷくーッと膨れた顔でこちらを見てる。

 

「えっと……すごく大好きで、愛してます」

「もっと丁寧に……」

 

難易度が上がった。うーんと悩みながら改める。

 

「フェルンが、毎日一緒にいてくれて幸せです。だから愛してる」

「もっと情熱的に……」

 

情熱的ってなんだ!?と思いながらもシュタルクのボキャブラリから必死に探し出す。

 

「えーっと、フェルンみたいなお嫁さんがいることは一生の宝物です。ものすごく愛してる」

「もっと格調高く……」

 

いや、全然わからん……と頭をかきつつ。

 

「あー。君の瞳に、乾杯」

 

というとフェルンは噴出した。

 

「笑わないでよ……格調とか言われても、わかんないよ……」

「そうですね。シュタルク様。でもせめて今のはお酒とグラスあるところで言ってください。乾杯していませんよ」

 

ひとしきり笑ったフェルンはシュタルクの上にかぶさった姿勢のままシュタルクの頭を撫でた。

 

「ご褒美です」

「これは……いいご褒美――ん!?」

 

と、油断したところにまた唇が落ちてきてふさがれた。

 

ちなみに、この時気付いたのだが……ベビーベッドで眠っていたはずのエリシアがどうやら物音で起きたらしい。

少し目を見開いてこちらを凝視している。

 

フェルン、気付いて!と思うが彼女は彼女で夢中らしく吸うのをやめてくれない。

 

あ、エリシアが泣きそう……

 

■来年も二人だけの日


 

まあ、そんな前日を過ごしたのだけれど、今日は今日で休日とはいえやることはやらねばならぬ。

ちょっと冷える朝、いつも後ろにくっついてきて手伝ってくれるシュタアルがいないことに若干の寂しさを覚えつつ……

 

「よっと」

 

今日の分の薪割りを開始する。

ドワーフ工房の分と自宅の窯で使う分。無駄にならない程度の量。

 

「おはようございます。シュタルク様」

「おはよう。フェルン。まだ寝ていてもいいのに」

「寒かったので」

 

ストールを巻いてエリシアを抱きながら外に出てきたフェルン。

要するにシュタルクが近くにいなくて起きちゃったということだろう。

フェルンはエリシアを抱きしめたままテラスの席に腰掛けた。

 

「家の中で待っててくれていいよ」

「薪がないと暖炉の火が付きません」

「……確かに。ちょっと待っててくれ。もうすぐ終わるから」

 

朝焼けの光が刺す静かな風景の中。シュタルクの薪を割る音だけが響く。

ある意味朝の始まる合図でもある音。

 

「シュタルク様」

「なに?」

 

今日は夕方ごろにフリーレンたちも帰ってくる。

歩き疲れているだろうから、暖かいお風呂とおいしい料理を用意して待っていてあげたい。

 

「また……来年も確認しましょう」

「そうだな……」

 

そういう家族でいられることが、そんな毎日を子供たちに与えられることが……

旅をやめた二人にとっての何よりの幸せだから。

 

~ 続・二人だけの日 fin ~

 




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