葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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戦士の村の滅亡の中で戦った、歴史上誰にも語られることのない戦士たちの物語

これは「From the beginning, you know the end.(最初から、結末は分かっている)」
避け得ぬ敗北と滅亡の中でたった一つの希望を守り抜いた命懸けの物語です


語られざる剣舞と子守歌 ~The Unsung Sword Dance and Lullaby~

■連なるものへの子守歌 ~For the Lineage~


 

中央諸国 クレ地方 元戦士の村

 

ここには長い旅を終えたフリーレン一行が根を下ろし、シュタルクとフェルンが家を作り、家族を成し、住まう地。

かつて滅んだ村を復興し、活気と人のあふれる街。旅を終えた二人の英雄の第二の人生を歩む場所。

 

そんな暖かな場所にて、月も昇り切り、静まる夜の時間。

 

「学舎の宿題も終わったし、俺はそろそろ寝るよ、父さん、母さん」

 

外ハネした青紫の髪と三白眼の少年は父のシュタルクと母のフェルンに告げる。

 

「ああ、お休み。ゆっくり休めよ」

「今夜は冷えます。暖かくして眠ってくださいね」

 

そんな我が子の声に応えたシュタルクとフェルン。

父と母の2人にシュタアルは笑顔で返す。

 

「分かった。お休み。ティア、行こう」

「待ってください、兄様」

 

シュタアルは妹の手を引き、自室へと帰っていく。

そんないつも通りの家族の風景。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルとティアフォートの幼い兄妹の部屋は現在は共同部屋でカーテンで区切られている。

少し前にシュタルクから「一人部屋のほうがいいか?」と聞かれたときに何故かティアフォートが猛反対したためだ。

 

「じゃあ、ティア。明かり消すぞ」

 

「どうぞ」というティアの返答を確認してから魔力で灯した部屋の明かりを消した。

 

「おやすみなさい兄様」

「おやすみティア。今日は潜り込んでくるなよ……」

 

シュタアルの言葉に一拍おいてからティアフォートが言い返してくる。多分、少しだけムッと表情を変えたのだろう。

 

「いつも潜り込んでいるような言い方は止めていただけますか?

 たまたま、一昨日と昨日、トイレからの戻りで寝ぼけていただけです」

「それは割と高頻度だよね……いいけど、起きた時にびっくりするからやめてよ……」

 

特に返事もしない妹のティアフォートは拗ねて返事をしないのか、それとも、もう眠ってしまったのか。

しょうがないなと、シュタアルも瞳を閉じる。

 

(明日も朝起きたら薪割りを手伝って……学舎へ行って、勉強して、帰ったら修行して……忙しいぞ……)

 

いろいろ考えていると徐々に意識は落ちていく。そうしてシュタアルは眠りにつく。

 

―― おやすみ、シュタアル……

 

脳裏に響く声に気づくこともなく。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― 眠ったか

 

一流の魔法使いでも感知することが難しいほど微かな魔力で構成される、不可視の存在。

人はそれを亡霊と呼ぶのかもしれない。だが、その存在があることは自身が証明している。

伝える術はない。それほど希薄な存在。

 

赤い髪と白の外套を纏う剣士は眠りに落ちたシュタアルの身体から少しだけ自由になって外に出ていた。

少年の座るベッドに腰掛ける。実際は物理干渉が難しいため腰かけたような姿勢になっただけだが。

 

寝息を立てて眠る少年の顔は、在りし日の彼の父であるシュタルクの幼い頃にそっくりだ。

 

そう、愛する弟シュタルクとその妻フェルンの間に生まれた戦士の血を引く男児。

甥の少年。そんな彼を守護するように存在する魂だけの存在。

 

剣士シュトルツ

 

彼は、幼い日の弟にも似た寝顔に手を当てて――当てようとして、透き通り、自嘲気味に笑う。

 

―― やはり、触れることすらできないか。残念だ。

 

「ううん……」

 

―― おや

 

寝返りを打った勢いでシュタアルの毛布がめくれあがってしまった。

 

―― 温かくしないと風邪をひくぞ

 

意識を集中して、少し消耗してしまうが、毛布に物理的な干渉を試みる。

不可視で不干渉の霊体である彼にはこんなことすら重労働となる。

 

―― ままならないな。こんなことしか出来ないなんて。

 

毛布をかけなおすと少年はそれを温かそうに手に取り、深い眠りについた。

 

―― よかった

 

こんな些細な事で限界になってしまうままならない存在。

シュトルツの身体は薄くなる。また少年の身体の中で眠りを迎えることになるだろう。

 

オレオールから連れ帰った魂と戦士の村に残る想いの残滓。

シュタルクの妻であるフェルンへと手渡した微かな記憶を詰め込んだ魔力。

 

それは血を伝い、この小さな少年に宿り、魂と混ざり合い――

気が付けばこの少年にとりつく亡霊の様な存在となっていた。

 

会話することもできない、干渉することも、存在を明かすこともできない。

 

それでもいいと思う。己に連なる子供の成長をこんな形で見ることが出来ているのだから。

 

■終わりの日 ~The Day of Ruin~


 

それは今から20年以上前の話になる。思いを馳せるだけでもありありと当時の状況を思い出せる。

 

燃え盛る炎。崩れ落ちていく村の建造物。

地面に横たわるのはおびただしい数の戦士の亡骸。

 

いずれも、この国のどこに出しても恥ずべきところのない一流の戦士たち。

全員が一撃のもとに葬り去られている。両腕を失っている者、首のない者、胴と下半身が切り離された者。

 

見るに堪えないほどの地獄の中、身の丈2mほどあるたった一人の魔族が立っていた。

見ただけで分かる。大魔族だ。

 

―― その日

 

「ここが、噂に聞く戦士の村か」

 

―― 大陸に名を馳せる戦士の一族は

 

「本来は名乗りを上げるのが礼儀だが今回は用向きが異なるのでな」

 

―― たった一体の魔族により

 

「名は聞かん、全員剣を抜け」

 

―― 滅びの運命を迎える

 

「そして戦士の誇りを賭して全力で俺に抗え」

 

―― ただ一人、当時幼かった一人の少年を残し

 

「お前たちの目の前に立ちはだかるのは魔族最強の戦士だ―― 」

 

これは、その破滅の運命に抗い、散っていった者達の物語だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「――ルツ、―― トルツ! 起きろ、シュトルツ」

 

揺れる馬車の中。鞘に刺した剣を支えにわずかながらの眠りについていたシュトルツ。

肩を揺らし、名前を呼ぶ声に目を覚ます。

 

そうだ、村に着くころに起こしてくれと頼んでいた。

 

「そろそろ、村につくぞ」

「……ミレイレか……すまない。起こしてくれたんだな」

「……弟に、シュタルクに会うんだろう?」

 

苦笑しつつ受け答えをしてくれたのは戦士の村では珍しい女剣士のミレイレ。

屈強の男たちに混ざりながら一歩も退かずに戦う彼女はシュトルツの仲間のうちでも紅一点となっている。

 

「ああ」

「なら、しゃんとしろ」

 

起こしてくれたミレイレに礼を伝えたシュトルツは馬車の御者台へと移動する。

そこには大柄な男。戦士のベルンが御者を務めていた。

 

「すまない。ベルン、お前も疲れているのに御者を任せてしまって。代ろうか?」

「いいさ、もうすぐ村も見える。それよりミレイレにもう少し礼を言ってやれ」

「何故だ?」

 

シュトルツが不思議そうに聞き返すとベルンは苦笑する。

 

「お前さんを起こすべきか、もう少し休ませてやるべきか……今回の討伐作戦の英雄様を労いたい女心ってやつは、なかなか味わい深――」

 

そこまで言ったあたりで鎧の部品が飛んできて彼の肩の防具に当たった。

――カンッーー と良い音を鳴らして跳ね返ってシュトルツに当たりそうになったが彼はそれを紙一重で躱した。

 

「聞こえてるぞ!そんな、……そんなに悩んでなどいない!!」

「悩んでないらしいぞ」

 

真顔で返すシュトルツにベルンは眉を歪めて残念そうにする。

そんなベルンに荷台の上で寝ていた男が声をかけた。

 

「ベルン。やめとけ、そいつの一族はあのおやじ殿譲りの朴念仁ぞろいだ」

「エッダ。総長の話は止めろ。すまんなシュトルツ」

「いいさ、あながち間違いではない。さあ……村が見えてきた」

 

村の主力たる戦士たちの帰還。

国からの要請で少し離れた地への遠征。強力な魔物の討伐を果たしてきた。

報奨金はそれなりに出ている。

 

「ふむ、稼ぎは十分ですね」

 

それを眺めて頷いているのはヨアヒム。少し屈強さに欠ける男だ。しかしチームともなると重宝される。

どうやら、報酬の金額を算出していたらしい。律儀な男だ。

 

「―― さて、帰ろう!」

 

見えてきた村の家々を眺めて、シュトルツは手を小さく振る。

その姿を見た門番は遠目にうなずき門を開くよう促した。

 

「クソ不味いパンを食わされたのでうまいもの食いてえな」

「食べられるだろ、帰ったらな」

 

簡易な門だが、戦士の村を小物が襲ってこないだけでもありがたい。

シュトルツたちは門を抜けて、村に入るのだった。

 

■弟(シュタルク)~ Last Hope ~


 

シュトルツ達は戦果の報告を行うため、村の中央にある最も大きな建物に脚を向けた。

その中では戦士の村の総長でもあるシュトルツの父が中央に座し、周りの側近や文官たちも控えている。

 

戦士の村はある種の派遣業である。魔物退治の請負、輸送の護衛、街の防衛、魔族の討伐、冒険者パーティーの請負前衛など……

まあとにかく、思った以上に契約が重要だ。戦士だけでは成り立たない。文官も必須となる。

 

「村を襲撃していたのはオークやゴブリンといった亜人系の魔物。巣まで根こそぎ狩りつくした。二度と村には被害は及ばない」

 

簡潔に報告を行い、仕事の完了を告げ、報酬となった料金や物品の納品もし終えた。

 

「シュトルツ……」

「……」

「よくやった。お前はこの村の誇りだ。近頃、非常に強力な魔族が中央諸国へと入り込んだと噂もある。

 しばらくはそれに対して備えなければならん。お前は必ず要となる。頼んだぞ」

 

シュトルツの父は表情も変えないまま告げてくる。彼なりの感謝と恩情であるのは分かってはいる。

 

「ああ、これぐらいは当然だ」

 

分かってはいる……決して、このままで良い訳ではない事ぐらいは。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

部屋を出ると仲間たちが待っていた。

ミレイレがおずおずと話そうか迷って諦めたのを確認したベルンはシュトルツに声をかけた。

 

「総長への報告は終わったか」

「ああ」

「すまないな、次回からは俺が行こうか?」

「いや、いい。俺の仕事だ。多分顔を見せないと不機嫌になるだろう」

 

シュトルツの父がこの村の総長を引き継いでからそれなりの期間が経つ。

先代の娘である母を妻とし、戦士の村という戦士団のトップになり、二人の子供を産み幸せになれる……

はずであった。少なくとも家族全員がいた時は……人の良い男だったように思う。

 

それに変化が起きたのは、シュトルツの弟シュタルクの産後、母が病気にかかり、長い闘病生活の末に息を引き取った後。

それから父は変わった。今は亡き先代と、支え合うはずだった母を失った。シュトルツと、弟のシュタルクに対する態度も変わった。

実利を求めるようになった。『戦士に勝利を』それができるものには恩赦を。不可能なら軽蔑を――

 

傭兵団としては正しい。正しいが……幼い弟にとっては――

 

(俺が……しっかりしないとな)

 

実力をつけ、この村を変える。それが今のシュトルツの目標。

 

「さて、皆さん。ご待望の報酬タイムです」

 

ぼんやりそんなことを考えていると、報告の裏で換金の手続きを終えていたヨアヒムが報酬の袋を持ってきた。

魔物というものは体の大半は魔力で構成されるため、素材としてはあまり美味しいものではない。

しかし、部分的な骨や皮が残るものもいる。こういうものは積極的に回収することで報酬はわずかながらに増えるのだ。

 

「はい、シュトルツくん。エースは基本給が違いますね」

「まっ、駆除した魔物の数が俺たちと違うからなぁ」

 

一番大きな報酬袋をシュトルツが受け取る。

 

「ヨアヒム、エッダ、嫌味を言うな。シュトルツが毎度どれだけ前線に出てリスクを負っていると思っている。正当な対価だ」

「……おおう、ミレイレ姉さんは怖いねぇ。だってよ、愛されてるねシュトルツ君」

「愛……ちがっ!!貴様、馬鹿にするな」

 

そんな様子をほほえましく見守るシュトルツ。憎まれ口をたたき合う仲間がいるというのは悪いものではない。

 

「ヨアヒム。ミレイレはいつだって誰にでも公平に優しい。厳しい時もあるが、それは彼女の優しさだ」

「シュト……ッ!?~~~ッッ。つ、つまりはそういうことだ!」

 

ヨアヒムに人差し指を突き付けてミレイレは叫ぶがちょっと涙目にも見えた。

後ろで様子を見ていたベルンはため息をついてシュトルツの肩を叩く。

 

「シュトルツ……お前……もうちょっと、こう……」

「??」

「いや、もういい。この場は俺が収拾しておくから行け。待っているのだろう?家族が」

 

ため息をついたベルンを不思議そうに見返しつつも「そうだな」とシュトルツは報酬と荷物を手に取る。

 

「じゃあ、みんな、一足先にすまない。俺は帰るよ」

「ああ、おチビちゃんによろしくな」

 

控室を後にしたシュトルツは家路についた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

今の家の主は、当然父なのだが、家は空けがちである。その結果としては――

 

「帰ったぞ」

 

ノックをして声をかけると、奥から駆けてくる足音がかすかに聞こえる。

聞き覚えのある幼いテンポと歩幅を感じさせるそれはシュトルツの心に何より安らぎを与えてくれる。

 

「兄貴。おかえり」

「ただいまシュタルク。すまないな、留守の間大丈夫だったか?」

「うん」

 

シュタルクに連れられ我が家へと踏み入る。ようやく……落ち着ける。

 

「今回の相手はどんな魔物だったの?」

「ああ、今回はな――」

 

剣士シュトルツの肩の荷を少しおろして、留守を一人きりで過ごしてくれた幼い弟の頭を撫でる。

 

「巨大なオーガが小物を連れて村を襲おうとしていたんだ――」

「村の人たちは大丈夫だったの!?」

「ああ。全員無事だ。ヨアヒムやエッダがきっちりと防衛してくれた」

 

シュタルクは、そんな話にも目を輝かせながら耳を傾けてくれる。

 

「すっげぇーー!」

「その話は夕食の時にゆっくり話そうか。今夜は何が食べたい? 夕食の買い物へ行こう。収入も入ったから好きなもの頼んでいいぞ」

「本当!? じゃあすぐに準備してくる」

 

自分の部屋に戻って準備をするシュタルクを見送り、シュトルツは鎧を脱いだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

父が家に帰ってくるかは状況によりまちまちだ。明るい一家団欒をシュタルクに与えてやれない状況を悔やみつつ……

今回の任務であったことをシュタルクに聞かせると弟はそれを嬉しそうに聞いていた。

 

概ね、暖かい夕食の場だったと思う。シュトルツが遠征していた3日ほど、一人で過ごしていたのだろう。

キッチンを見る限り、シュトルツが事前に用意していた物を自分で調理して食べていたようだ。

 

「すまなかったな、シュタルク」

「何が?」

 

きょとんとした表情で返してくるシュタルク。

平気でいられることに安心できる反面、そのこと自体が家族として悩ましい部分ではある。

今のシュタルクにとっての当然は、本来当然であるべきではないのだ。彼のこの先の幸せのために。

 

「いや、何でもない。しばらくは村にいられるから。食事は俺と一緒に食べような」

「うん。分かった!」

「よし、明日は何が食べたい?」

 

シュトルツの言葉にシュタルクは嬉しそうに笑う。

 

「じゃあ、誕生日に作ってくれたハンバーグ。誕生日じゃないから普通の大きさぐらいの!」

「はは、じゃあ考えておこう」

 

こうやって、小さなことで取り戻してやらなくてはならない。

 

■血塗られし軍神 ~The Bloodstained Warlord~


 

「血塗られし軍神リヴァーレが……」

 

翌日、集められた村中の戦士たちに告げられた事実。

北側諸国から南下してきた強大な魔族の情報。その目撃例からわかった魔族の名前であった。

 

魔王の亡き今の時代に歩く人類の仇敵とされる天災クラスの大魔族の一角。

魔族の将軍。その力は魔王直属の七崩賢とは異なる異質で突出した武。軍神と呼ばれる怪物。

 

「目撃報告によると近いうちにこの村に接敵する恐れがある。

 だが、ここにいる誇り高き戦士全員の力を結集すれば恐れるに足りぬと確信している」

 

戦士たちを鼓舞するように演説をする父をシュトルツは複雑な目で見ていた。

村を代表する戦士として、最期まで退くわけにはいかない。そんな表情が見て取れる。

 

「総長は、ずいぶんと気軽に言ってくれるな。いまだかつて戦士アイゼンぐらいらしいぞ。その化け物から逃げおおせたのは」

 

エッダはうんざりした状態で肩をすくめた。

 

「伝説の戦士アイゼンが逃げた……か。にわかには信じたくないな」

「ベルン、倒す必要はないんですよ。生き残れる様に立ち回ればある意味私たちの勝ちです。効率的に行きましょう」

「お前らしいが、総長に聞かれると何を言われるかわからんぞ、ヨアヒム。我々は最強の戦士の系譜であらねばならんのだ」

 

そんな感じでチームの男性陣が話しているのを横目で見ていたミレイレは隣にいたシュトルツに視線を向ける。

リヴァーレはかつての勇者たちが半壊させた七崩賢に肩を並べる伝説級の魔族。この男ならどう戦うのだろうという興味もあった。

――が、想像の倍は、真剣に悩んでいる様子だった。

 

「シュトルツ。どうした」

 

応答がないので再度声をかけると、少し驚いた様子でこちらに顔を向ける。

 

「ミレイレ、すまない。ああ、考え事を……そうだな。シュタルクにハンバーグを作ってあげるので、隠し味をどうしようかと……」

「お前……いや。いい……その、なんだ。そういう話なら、私も相談に乗れる……決められないなら言ってくれ」

「ありがとう」

 

ミレイレは少し照れた様子で片手を振る。気にするなというポーズ。

だが、今の反応でなんとなくわかってしまった。ミレイレは大きくため息をついた。

 

「お前が、真剣な顔で悩んでいたことも察しはつく……戦士の村において許されない事でも。私は手伝う。話す気になったら……話せ……」

「すまない……」

「謝るな。お前はまだ何もしてない」

 

その言葉を聞いたシュトルツは天井を見上げて瞳を閉じた。

彼の口から洩れた言葉は

 

「そうだな……そうだった」

 

既に答え自体は決まっている。ミレイレにはそう聞こえたのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

村の門から真っ直ぐに進んだ先。そこでは行商の商人たちが風呂敷を広げて商売をしている。

当然のことだが、武具や防具を取り扱う店が多い。だが、そうでもない店も当然ある。

 

「そこの角を曲がった場所でいつも店を構えている男。保存食や香辛料を取り扱っているんだ」

「そうなのか。知らなかったな」

 

結局、ミレイレに相談に乗ってもらうことにした、シュタルクのためのハンバーグの隠し味。

頼み込んだら半眼で見つめられ、ため息と共に「ついてこい」と言われた。

 

「いつもはどんな味付けをしているんだ?」

「普通に、玉ねぎと卵と、塩とひき肉を混ぜてこねている。昔、母から教わったものをおぼろげに……だが」

「まあ、そんなもんだろうな」

「何か足りないのか?」

 

シュトルツの言葉にミレイレはしょうがないなという様子で苦笑する。

 

「黒コショウを入れると、味が引き締まる。あとは……細かくしたパンくずを混ぜるといい」

「パンくず?」

「そうだ。乾燥させたパンくずを崩したもの。肉から出た脂を吸ってくれる」

「ミレイレ……よく知っているな」

 

大きく目を見開いて見つめてくるシュトルツにミレイレは視線を外す。

 

「まあ……私も……女だし……いつか……家庭に入り……強い子を産むことも、夢見たり……」

「そうか、それは良いことだ。誰か良い人や気になる人がいるのか?」

 

シュトルツがにこやかに聞くと、ピキっと音を立ててミレイレは固まる。

 

「ふふっ」

「?」

 

瞬間、シュトルツは認知できない速度で胸ぐらをつかまれた。

 

「うおっ」

「いるさ、いるとも。いるのだがぁ?その口を無理やりこじ開けて私の料理を食らわせたい相手がな!!」

「おお、応援しているぞ」

「それはどうもっ!!」

 

とまあ、そんなことをしている内に店に到着した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『ハンバーグの種の中央にチーズを仕込んでやるといい。焼くと溶けて、中でとろけて肉汁と絡み、美味だ』

 

そんなミレイレのアドバイスに従って食材を買い集めた。

やはり持つべきは親切な友だなと思い、うんうんと頷きながら、食材を買いそろえて家路につく。

 

「待っていろシュタルク。旨いハンバーグを作ってやるからな」

 

『大きなものじゃなくていい』そんな我儘も言えない弟に最高に美味しいものを。きっと喜んでくれるだろう。

 

「ただいま」

 

家に帰りついたが、弟の気配はなかった。

玄関に置いてあったシュタルク用の木刀がない。どうやら訓練所に出ているようだ。

 

「しょうがないな。じゃあ、下ごしらえを今のうちにしておこうか」

 

キッチンに食材を広げ、手を洗ってからエプロンを巻いた。

「よし」という小さな掛け声と共に、鼻歌を歌いながら器用に玉ねぎを刻んでいく。

 

なんとなく外を見ると夕方になっている。シュタルクもそろそろ帰ってくる頃だろう。

 

下味をつけて、こねたハンバーグの種に買って来たチーズを埋め込んで、後は火を入れるだけ――

 

―― ッッ!!

 

そう――思った瞬間の出来事。シュトルツの中の戦士の勘が、経験が、全力でアラートを鳴らし始める。

理屈ではない。どうにもならない。ただ、嫌な感じがぬぐえない。そんな――底知れない恐怖に近い感情。

 

「これは……しまった!シュタルクっ!!」

 

そう叫んだシュトルツは即座に外套と剣を手に取り外に駆けだした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「リヴァーレ様。件の集落はこの先に、調査の結果。戦士はおおよそ150名ほど。非戦闘員の人間はその倍程度。

村……とはいえ、それなりの規模です」

 

森の奥底、大岩に座る巨躯の男に向かって跪くのは青白い髪の男。

 

「ふむ。面倒をかけたなレヴナント。お前は戻って良いぞ。古い友人の依頼事だ。お前は付き合う必要がない」

「いえ……拾っていただいた恩は忠義をもって答える必要があります」

「分かった。レヴナント。では忠義をもって聞け」

 

巨大な二本の角を携えた巨躯の男。血塗られし軍神リヴァーレ。彼は巨大な戦斧を出現させた。

戦斧の頭を地面にたたきつけ、柄の先端を両手で押さえたリヴァーレは目の前の若い魔族レヴナントへ告げる。

 

「一切の手を出すな。これは俺の友との盟約である」

「……承知しました」

 

戦斧を肩に携えたリヴァーレは村の方向へと歩き始める。

レヴナントは邪魔にならぬように暗闇の中へと消えていく。

 

「盟約に従い、戦士の村のその全てを滅ぼそう。それでいいのだな、シュラハト」

 

夕日が沈みそうな空を見上げ、リヴァーレは小さくつぶやいた。

 

■惨劇の序章 ~Prelude to Tragedy~


 

シュタルク、どこだ!

 

心に押し寄せてくる不安という波。それを押しのけて弟の姿を探す。予想していたよりずっと早い。

そして……この規模の村に平然と攻め込もうというのか。

 

いくら魔族でも、大陸で有数の戦力のある戦士たちが集う村だ。呑気に入れば切り捨てられる。

だが……件の大魔族は平然とこちらに向かっている。分かる。嫌な気配が近づいているのだ。

 

「あー?シュトルツか。どうした」

「エッダ。すまない人を探している」

 

居心地悪そうに、装備品を一通り纏ったエッダと出会った。

彼も彼で何かを感じ取っているのかもしれない。

 

「……いつものガキか?そこで待ってろ」

 

エッダはそう言いながら、建物を伝って高台へと駆けあがった。

弓兵も兼ねている彼は手慣れた様子で周囲を見渡し、すぐさま降りてきた。

 

「いたぞ。向こうの訓練場で木偶を片そうとしている。さっさと行ってやれ……何か来ている。俺は集会所へ向かう」

「すまないエッダ」

 

まだ、気づいているものは少ない。気のせいかもしれない。気のせいであればいい。

だが、エッダも似た感覚でいる。エッダとシュトルツの二人が感じたただの気のせい……あるいはそうであれば。

 

「シュトルツ!!」

 

振り返ると悲壮感が漂うミレイレが息を切らし彼の元へと駆け寄ってきていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「村の周囲に仕掛けた罠が反応した。観測チームも捕捉している……件の魔族が動いた」

「推測より、動くのが早いな」

 

先端を編んだ亜麻色の髪を揺らすミレイレと並走しながら訓練場へと走る。

迂闊だった。まだどう動くかわからない状況に甘えていた。

 

「……狙いは、この村なのかもしれない。シュトルツ……シュタルクはどうする……?」

「わかってる……どうにかする。親父は?」

「総長は、直ちに迎撃態勢を整えると。ベルンとヨアヒムもそっちに」

 

本当に総力で撃って出るつもりなのか。そうしなければならないのか?

 

『攻めてくる大魔族を前に戦士の村の戦士団が逃げた』

 

その烙印はこの村のある意味終わりであるとはいえる。

だが……それでも。

 

「シュタルクッ!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なんだろ? なんか……騒がしいな」

 

訓練用木偶を片付け終えたシュタルクは倉庫から出ると、周囲の妙な空気に気づく。

訓練所は村の隅にある森に隣接した広場に作られた場所。

 

そんな森が……いつもより騒めいている。鳥が騒いでいる。実際、嫌な感じが……圧迫感で空間が揺れているような……。そう思った瞬間の出来事

 

―― ゾクッ !! ――

 

得体の知れない悪寒がシュタルクの全身を駆け巡った。

『死んでしまうかもしれない』そんな生存本能のままにシュタルクは走り出す。

 

そのあとに訪れた衝撃の激しさで、音を感知する余裕もなかった。先ほどまで道具を片付けていた倉庫が爆散したのだ。

いや、爆散したように見えた。実際には巨大な何かが上空から落ちてきて木造の倉庫が砕け散った形になっている。

 

へしゃげた瓦礫の中央には巨大な戦斧を地面に突き刺した巨躯の男が膝をついてかがんでいた。

その男はゆっくりと立ち上がり周囲を見渡してから正面にいたシュタルクを見た。

 

「子供か。戦士たちを全員滅ぼせという盟約だったが……ふむ、戦士の血を引くならば、未来の戦士か?」

「な……誰……魔族!?」

 

ゆっくりとした足取りで、シュタルクへと近づいてくる巨大な男は、巨大な戦斧を片手で持ち上げて構えた。

 

――全く状況が分からない。

――突然現れた巨大な魔族の男。それは今シュタルクを襲おうとしている。

――村の中で、魔族に襲われて、どうして?今日は……兄がハンバーグを作ってくれて

――一緒にご飯を食べて……練習で出来るようになったことを話して……褒めてもらって……

 

そんな、漠然とした思いだけが頭を駆け巡る。

 

「力なき者を一方的に討つのは主義ではないが、仕方ない。所詮は人間と魔族。そういうものだ諦めろ」

 

振り下ろされた戦斧で跡形もなく砕け散る……漠然とそう思った瞬間――

 

「助けて! 助けて!兄貴!!」

 

とっさに、会いたい人の名を呼んでいた。もう会えないのに――

だけど、兄は――戦士の村の最強の英雄、穢れなき白の外套の剣士シュトルツは――

 

「シュタルク!!伏せろ!」

 

決して、家族を見捨てない。

 

―― ガキィン!―― という金属同士がぶつかる鈍い音が鳴り響いた。

 

「ほう……」

 

魔族の男が感嘆の声を上げる。彼にとっては意外なことが起きた様だ。

剣により受け流された巨大な戦斧は軌道を逸らされ、激突した地面に巨大な傷痕を刻み込んだ。

 

「そのような剣で俺の一撃を弾いたのか。素晴らしい業前だ」

 

そのやり取りの裏で柔らかな感触で包まれる。

 

「シュタルク!こっちだ!行くぞ!」

「ミレイレ……姉ちゃん……?」

 

ひょいと抱き上げられて、ミレイレはその場から逃げるように駆けだした。

 

「シュトルツ、確保した!退け!」

「良い連携だ。だが、すまんな。逃がすわけにいかん」

 

戦斧とは逆の手に魔力で槍を形成した魔族はそれをミレイレの背に向けて投擲した。

 

「ミレイレ!避けろぉ!」

 

シュタルクごとミレイレを貫こうとする槍が迫り――

 

「フン!!」

 

ガン!という硬質な衝撃音を鳴らしそれは上空へ打ち上げられた。

そこに現れたのは、魔族の男に負けぬ巨躯と重プレートメイル。盾と槌。

 

「ベルン……すまない。助かった」

「逃げろ。シュトルツ、ミレイレ。お前たちは逃げろ!」

 

重戦士ベルン。彼の体格を十分に活かした重歩兵のスタイル。

 

「ベルン……お前……」

「大魔族リヴァーレ……戦士の村に喧嘩を売ったこと!後悔することになるぞ。今なら許す。去れ」

 

そんな彼の言葉と共に駆け付けた戦士たちでリヴァーレを包囲する。

ベルンは後ろに下がったシュトルツの隣に立ちながら魔族……リヴァーレに向かって告げる。

 

「なるほど。勇猛だ。力の差を自覚しつつ、それでも俺の前に立つ。その武と誇り、実に心地よし!」

「……かかれ」

 

その合図とともに数名の戦士たちがリヴァーレへと襲い掛かるが。

 

「有象無象では俺は討てんぞ」

 

その声と共にリヴァーレは戦斧と、空いた手に顕現させた魔力の剣を振るう。

体躯と変わらぬ巨大な武器であるというのに、人智を超えたスピードで振るわれる。それに……

 

「がっぁ……!」

 

とびかかった戦士たちは血を吹き出し、吹き飛ばされた。

 

「シュタルク、見るな!」

 

その巨大な戦斧で正面から切り裂かれている。削り取られているという表現が正しい。

あまりの凄惨な姿にミレイレはシュタルクの目をふさいだ。

 

「なるほどな――ここが、噂に聞く戦士の村か」

 

葬り去った戦士たちを一瞥しながらも続ける。

 

「本来は名乗りを上げるのが礼儀だが今回は用向きが異なるのでな。

 名は聞かん、全員剣を抜け。そして戦士の誇りを賭して全力で俺に抗え」

 

戦斧を地面に突き刺した魔族、リヴァーレは告げる。

 

「お前たちの目の前に立ちはだかるのは魔族最強の戦士だ―― 」

 

魔族最強の戦士。自らそう語る血塗られし軍神リヴァーレ。

隣で剣を抜いたシュトルツを横目にベルンは語り掛ける。

 

「ダメだな……聞く耳を持たない。シュトルツ。総長の編成した本体もすぐに来る。

 俺が時間を稼ぐ。お前はシュタルクを守れ」

「ベルン。だが……ここで挟撃を……」

「行け!お前にとって、最も重要なことは何だ!」

 

ベルンはそう言いながらシュタルクを抱き上げたミレイレへと視線を向ける。

 

「……すまない。ベルン。死ぬなよ」

 

シュトルツは、そう言いながら、ミレイレを追って走り出した。

そのシュトルツの背に向けて再び槍を投げたリヴァーレ。その槍をベルンは手にもった槌で撃ち落した。

 

「……俺も大概不器用だな。ミレイレ……死ぬなよ……お前は夢をかなえるべきだっ」

「なるほど、人間の持つ愛という感情に基づく戦意か。では……全力で抗え」

 

ベルンはその巨体を感じさせないスピードで槌を振りかぶり、大地を踏みしめてリヴァーレへと襲い掛かる。

そして、放たれた一撃は、破壊魔法の如く、その地面を砕くほどの一撃となって放たれた。

 

■生きる希望 ~Objective Survival~


 

背後ですさまじい爆裂音が鳴り響いた。おそらく、ベルンの放った一撃とリヴァーレがぶつかったのであろう。

 

「ベルン……」

「振り返るなシュトルツ!」

 

ミレイレはシュタルクを抱き上げながら必死に走る。

 

「ミレイレ姉ちゃん、兄貴……あれは、魔族だった……」

 

シュトルツはミレイレからシュタルクを受け取る。

いくら鍛えているとはいえ、防具付けた彼女が子供一人抱えて走り続けるのは無理だ。

 

「大丈夫だ。シュタルク。俺が付いている。俺が何とかする」

「親父は……?」

「あの人は、あの人で戦っている……」

 

その時、シュトルツにしがみついていたシュタルクの腕の力が少し強まった気がした。

 

「ごめんな。シュタルク……」

 

シュトルツの言葉にシュタルクは何も答えなかったが……謝罪の言葉を弟はいったいどうとらえたのか。

今のシュトルツにそんなことを深く考える余裕すらなかったが……それでも……いつかは分かってもらえると良いと思った。

 

この子が、子を持ち、親として守れるだけの強さを持てるように。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんな折、上空から飛来物が飛んでくる音がする。

 

「シュトルツ!シュタルク!!危ない!」

「ッッ!」

 

すさまじい勢いで飛来してきたものからシュトルツを庇うためにミレイレが背中を押した。

 

「ミレイレ!!」

「ぐっ……」

 

突然降って来たものは戦士の使う武器……だったものだ。いずれも破砕されて跡形もない。

 

「大丈夫か!?どこかで治療を……」

「……掠っただけだ。気にするな、先を急ごう……いや待て、何か別の大きなものが降ってくる」

 

剣の後に飛んできたものは……赤い液体をまき散らしながら壁にぶつかり……まるでトマトのようにはじけて地面にずり落ちる。

その光景に見慣れていたはずのミレイレも口元を抑えて顔を背けた。

 

「編成されて戦いに行った戦士たちだ……」

「こんな……ベルンは……」

「あいつなら……まだ無事に」

 

今はとにかくシュタルクを――

 

そう思って村の門の方へと向かおうとした刹那……壁を破砕し、吹き飛んでくる重歩兵の姿

 

「ごはあ!!」

「ベルン!!」

「シュトルツ、何をしている……構わず……逃げろ……!」

 

鎧の隙間という隙間から流血をしている。この男は、部隊でも鉄壁を誇ったこの男がこの短時間でどれほど追い詰められたのか……

ひしゃげて歪んだ盾はもう役に立たない。それを放り投げたベルンは再び膝を抱え立ち上がる。

 

「舐めるな、魔族……重歩兵筆頭の名のもとにこの先には行かせんぞ……」

「人間の中では至極上等。その武勇に敬意を表する。来い」

 

最初の一撃ほどの力も残っていない。足は……痛みが先ほどからない……鎧の中で砕けてしまっているかもしれない。

だが、プレートメイルがかろうじて生きている。かろうじて立てる。ならば――

 

「戦士の意地を!想い知れぇぇぇ!!」

 

ベルンは両手で大槌を握りリヴァーレへと踏み出す。

その瞬間、シュトルツと共にかけていくミレイレの亜麻色の髪が目に入った。

 

――ああ、やはり彼女の立ち振る舞いは美しい……

――お前の隣を走る男は難物だ。だが強く優しい……本当に優しいミレイレにこそふさわしい男だ……だから……

 

「俺はぁ!ここをぉ!一歩も退かぬぅぅぅぅ!」

 

両手で振るわれた大槌の一撃、目の前の化け物はそれを甘んじて正面で受け止める。

 

「その一撃。その重さ、その信念。確かに受け取ったぞ戦士よ。これは手向けだ――」

 

リヴァーレの言葉と共に、その一帯は半球体の穴ができるほどの衝撃に包まれた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

戦士の村の門の前、ヨアヒムは数名の戦士を連れて外部の街道への道に向けて進軍している。

中には非戦闘員である商人や女性、村に住まっていた子供たち。

 

そして、正面にいるのは森から出てきた魔物たち……

 

「商人たちを逃がすのも……許さないという事ですかぁ?」

 

連れ添っていた戦士たちと共に剣を抜くヨアヒム。

 

「逃げた先でも魔物が大挙していますが……これから起こる惨劇を予感して餌にありつこうとしたものですか」

 

ヨアヒムは剣を抜きながらため息をつく。

 

「後方支援なら生き残れる可能性が高かったのに……なんで、こんなことに!!」

 

鞘を放り投げながら、村の前で控えている魔物たちに向かって走る。

 

「全員!かかれぇ!一般人に被害を出すな!」

 

ヨアヒムの掛け声とともに戦士たちは魔物へと飛びかかっていく。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

体が重い……先ほど斬った腹部の傷が浅くはない……思ったより血が流れてしまっている。

そして……おそらく、先ほどの爆発音は……そういうことであろう。

 

「ベルン……」

「ミレイレ……大丈夫か……先ほどの傷は……」

「気にするな……それより、正面門の方へ……非戦闘員の……退路確保をして……いる」

 

足を止めたシュトルツはゆっくりシュタルクを下ろした。

一度足を止めたら……次は……

 

「シュトルツ……早く、行こう……」

「見せろ、ミレイレ」

 

どうしてこう、この男は……変なところで鋭い。

シュトルツはミレイレの脇腹を確認し、悲壮な顔をする。

 

「シュタルク、ここから俺と一緒に走れるか?」

「う、うん……」

「シュトルツ……そんなことより……」

「だめだ、ミレイレ。お前を背負っていく、まずは教会へ……まだ、神父が居れば治療ができる」

 

シュトルツはそう言って強引にミレイレをおぶった。

 

「ミレイレ姉ちゃん。俺のせいで」

「シュタルク……違うぞ……お前のせいじゃない」

「でも……」

「シュトルツは……お前を守るために頑張っている。私もお前たちを助けたい……それは決してお前のせいじゃない」

 

ミレイレはおぶられたまま、シュタルクの額を人差し指で突いた。

 

「大切な人のためだ……それを誰かのせいでなんて言うな……お前も……誰かのために……頑張れる戦士に……」

 

シュタルクは泣きそうな顔でただ頷く。伝わったかどうかは分からない。

だけど、今言ってやれるのはこれぐらいだ。もう……出来る事は、それほど多くは無いだろう。

 

「行こうシュタルク、教会を目指す」

「うん……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

弓兵のエッダは焦りながら走っていた。

妙だ。状況が妙だ。リヴァーレは今現在も兵士たちを蹴散らし、突き進んでいる。

人が多い方へ、進んでいるため、このままだと非戦闘員の脱出口となる門の前にやってくる。

 

ならば今はそうなる前に止めなければならない。直接殴りに行くだけではなく、遠距離戦で援護があるべきだ。

だが一本の矢も放たれていない……他の弓兵たちは何をしている!?

 

「って……思ってたんだがなぁ」

「勘の鋭い男だ」

「誰だてめぇ……」

 

目の前にいたのは……青白い燃えるような髪と角の生えた男。魔族だ。

 

「表の化け物以外に来ているなんて聞いてねぇぞ」

 

誰か判別も付かないぐらいに黒焦げになった戦士を貫いて持ち上げた状態の魔族はくつくつと笑う。

 

「あのお方に弓を射るだと。無粋なことはやめろ。通じるとは思えんが、あのお方は剣戟こそを至上とされる。

 そうでないなら私がここで焼き尽くそう」

「クソが……」

 

どうにも……実に厄介な伏兵が……裏で仲間を減らしているらしい。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

背負っているミレイレの息が細い。無茶をさせてしまっていた。

 

「兄貴……教会だ」

「ああ!」

 

丁寧にドアを開けている余裕もなく、足で蹴破る様に扉を開いた。

 

「頼もう!神父はいるか!けが人だ。治療をして……ともに避難を!!」

 

しかし、返事がない……祭壇の椅子にミレイレを座らせ、教壇の裏を覗き見た時……そこにあった凄惨な光景に目を覆う。

 

「……なんてことだ」

 

どうやら、リヴァーレによる破壊と共に、別で村を攻撃している者がいる。

 

「兄貴、ミレイレ姉ちゃん。手当てする道具を!あと魔法の回復薬少しあった!」

「シュタルク。本当か!よくやった!」

 

不幸中のわずかながらの幸い。シュタルクから治療セットを受け取ったシュトルツはミレイレの元へ駆け寄る。

 

「シュトルツ……もう時間がない……私をここに置いていけ」

「ダメだ。できるか、そんなこと……」

「シュタルクに……旨い……ハンバーグを作ってやるんだろう?」

 

ミレイレの言葉に応えず、鎧を脱がせる。そこには腹部に深々と剣の金属片が突き刺さっていた。

 

「少し、痛むぞ……」

 

回復薬を少しだけ垂らしながら金属片を引き抜く。

 

「ぐっぅ……」

「良し……あとは、これを飲むんだミレイレ」

「これは……高級薬だ……お前が持っていろ」

「断るなら口移しで飲ませる」

「わがまま男め……」

 

ミレイレは不満げに薬を飲んでくれた。

傷口が完全にふさがったとは言えないが、ようやく容態も落ち着いた様子でシュトルツは胸をなでおろした。

そのまま慣れた手つきで包帯を巻き、応急処置を果たす。

 

「よし、これで……当面は大丈夫だ、立てるか?ミレイレ」

「立てるよ……立つさ……そうしないとまたおぶるのだろう?」

 

そう言ってミレイレはゆっくりと立ち上がる。

 

「とにかく、シュタルクを出口の門まで連れて行こう。……非戦闘員の避難民に合流させる」

「ミレイレ。君もだ。シュタルクを見てやって欲しい」

 

ゆっくりと教会の門まで向かう。

 

「私がか?シュタルクを?」

「ああ……後で必ず二人を迎えに行く。その時は……作りかけのハンバーグがあるんだ。

 君に教えてもらった……だから一緒に……」

 

ミレイレはシュトルツの言葉に大きく目を見開いた。

シュトルツとシュタルクと、自分と……ここではないどこかで小さな家で……3人で静かに暮らせたら……それは……

 

――そんな、甘い妄想が脳裏に走りミレイレは自重気味に笑う。

 

「そうだな……それも悪くない……」

 

そう言いながらシュタルクとシュトルツの背を押し、教会のドアから叩きだす。

前につんのめるように倒れかけたシュトルツは慌てて後ろを振り向いた。

 

「ミレイレ何を!?」

 

ガタンというのはドアを内部から施錠した音。ミレイレは扉越しに静かに答える

 

「シュトルツ……行け。さっきのお願いの答えはNOだ。お前が……最後までシュタルクを守れ」

「何を言っている!ミレイレ!!君も逃げるんだ」

「シュトルツ、高級の魔法薬だが少し残したんだ。知っているか?こういう薬は揮発させると魔力に還る……」

「何を……」

「そうすれば魔族のような連中は必ず来る。ここは戦士の村だからな……魔力は目立つ……」

 

シュタルクと共にドアを叩き続けたがミレイレは出てくる気配がない。

 

「ミレイレ……どうしてだ……」

 

膝をついたシュトルツの嘆きにミレイレは静かに答える。

 

「……私はずっとお前のことが……好きで、いつも苦労していることを知っていて……

 私が……救いになってやれたらって……頑張ったんだけど……もう……この怪我を抱えてシュタルクとはいっしょに行けないよ。

 ごめんねシュトルツ……もっと一緒にいたかった。お前にとって私はただの仲間だったかもしれないけど……それでも――だから――シュトルツ……生きて――」

「ミレイレ……俺は……決して、仲間だからだなんて……俺は、君を……」

「兄貴……ミレイレ姉ちゃん……」

 

もう何もかもが遅い。判断が遅かった。残された時間もなく、選択肢もない。何一つ無駄にできない。

地面に拳を叩きつけたシュトルツは歯を食いしばり立ち上がる。

 

「ミレイレ、すまない!!」

 

そうしてシュトルツはシュタルクを抱き上げ門の方へと走っていく。

ようやく気配が消えたことに安堵したミレイレは魔法薬を放り投げて瓶をたたき割る。漏れ出た魔法薬はそのままでも揮発していくが……立てかけてあった松明を当てて加速させる。

 

「口移しぐらい……受ければよかったかな。私は本当に馬鹿な女だ……

 でも――どうしてだろうな……」

 

そうして薬の魔力があたりに散っていった瞬間。教会のステンドグラスが割れて、戦斧を携えた魔族が降り立つ。

その姿は血に汚れながらも傷一つ負っていない。

 

「こうすることが、きっと一番後悔がない」

「魔力を感じたが……女。お前だけか」

「ああ。悪いが私だけだ……」

「手負いだな?まともに戦えるのか?悪いが、戦士はすべて殺すことになっている」

 

肩に担いでいた戦斧を勢いよく地面に振り下ろすとその重さで、石造りの地面にひびが入る。

 

「化け物め……」

「ふむ……仕方あるまい。最後に言うべきことはあるか?ここは女神の教会であろう?」

 

リヴァーレの言葉にミレイレは顔を伏せて不敵に笑う。

 

「ああ。本当に、魔族というのは人間の情を理解しない。不遜で、失礼で無粋な生き物だ……」

「そうか。すまんな。価値観の相違だ」

「惚れた男の最期の花道!」

 

ミレイレは叫びながら抜剣し、リヴァーレへ踏み出す。

 

「――ここで散れども、咲き誇るのが戦士の村の女の誉れと知れぇ!」

 

敵う道理もないだろう。ベルンを一蹴した化け物だ。だが……それでも……少しでも……二人が生き残るための時間を稼げるのであれば――

 

「手負いであれど、その気迫や良し!!」

 

リヴァーレは声を上げて巨大な戦斧を持ち上げた。

 

■終焉の剣舞 〜Lone Wolf〜


 

正門で避難誘導をする部隊の姿が見える。それと同時に……背後の教会が崩れ去った。

 

「ミレイレ……」

 

もはや取り戻すことはできない。いつも、シュトルツの足りない言葉に眉を寄せて困ったように笑う亜麻色の髪の女剣士。

不器用な自分をいつもさりげなく後ろで支えてくれた彼女は……その命をもってシュタルクとシュトルツを逃してくれた。

 

「兄貴……」

「シュタルク。行こう。本体と合流する」

 

人類史に記録される中でも古くから存在する大魔族。

リヴァーレの強さはもはや人智を超えている。あれを下すだけの力を持ち得る英雄……

 

「うん、わかった……」

 

未だ、真の力を自覚しない可能性の怪物……失う訳にはいかない。覚悟の決め時なのかもしれない。

ようやく合流した本体の先頭では見慣れた黒い鎧の戦士。総長である父が指揮を執っていた。

 

彼はこちらを見て、一瞬表情を変えてから再び険しい顔へと転ずる。

 

「シュトルツ。シュタルクも……一緒か。まあいい。お前が居れば――」

「親父、どうする気だ」

「ここで包囲し、全員で撃つ。お前が加わるなら勝機は高まる」

 

背後では、非戦闘員の避難がおおむね終わった様子だった。

この騒ぎと血と死の匂いだ……おそらく魔物も騒ぎ始めている。退路の確保も……相当難儀しているだろう。

結果的にここにいる部隊は全体の半数以下で、戦士の村は壊滅と言ってよい状態だ。

 

それでも完全撤退をしないのは……

 

「――我らは誇りある戦士の一族!ここで魔族に追いやられ逃げたとあっては世界へと旅立った同胞への裏切りである!

 何としてもあの大魔族をここで下す!全員!その剣に命を捧げよ!」

 

その号令と共に戦士たちは各々の武器の柄や鞘の先端を地面にたたきつけて地を鳴らして答える。

 

「――誇りか……」

「兄貴……俺も……」

 

そう言ったシュタルクは、手にもった木刀を震える手で握っている。

それは、昔父が与えてくれた木刀だ。練習用にと。何度も木偶へ打ち込み、時には父と訓練し、討たれそれでも手放さなかった。

 

「シュタルク……」

 

燃え盛る炎の中、陽炎のようにゆっくりと揺れて姿を現すのは、巨大な戦斧を掲げた二本角の巨躯の魔族リヴァーレ。

これだけの惨劇を引き起こし、返り血以外自ら負った傷は存在しない。

 

シュトルツは立ち上がり、その姿を確認する。

 

(ミレイレ、ベルン……ありがとう。この時間を無駄にはしない)

「兄貴……?」

 

不安そうに震える声のシュタルクに向き直り、屈んでその視線を合わせた。

その瞳に映るのは、不安・恐怖・悲しみ……そしてわずかながらの怒り……およそ今から戦士として戦える段階ではない。

だが……それでいいと思った。生き残れる者の目だ。蛮勇に呑まれていない。生きることを望んでいる。

あるいは、ベルンやミレイレ達のおかげなのかもしれない。

 

(一緒に行ってやりたかった。生きてあげたかった)

 

シュトルツはシュタルクの頬に優しく手を触れる。

 

「逃げろ」

「え……?」

 

(少しでも幸せを取り戻すために、美味しいハンバーグを作ってあげたかった……)

 

「シュタルク。お前は生きるんだ」

 

その言葉を、受け取り、かみ砕くのに数秒を要したのだろう。

でも理解してくれたらしい。顔をくしゃくしゃにしてシュタルクは涙を流す。

これまでずっと抑えていた感情の決壊でもあるかもしれない。だが……今のシュトルツにはその背を押すことしか出来ない。

 

ミレイレが道中説明してくれた内容によるとヨアヒムが退路を確保してくれているらしい。

このまままっすぐ行けば魔物との遭遇率も比較的に少ないはず。

 

嗚咽を漏らしながら袖で顔をぬぐったシュタルクはシュトルツに背を向け走り出した。

 

(シュタルク……不器用な兄ちゃんでごめんな)

 

まずはこの地獄の戦場から弟を逃がせたことに安堵を覚える。

 

「行かせたのか……」

「苦情は後で聞く」

「構わん。どうせ役に立たん。そうであるなら、どこかで農家にでもなって生きているほうがましだ」

 

父は相変わらずの口調だったが、どこか安堵の色が見えた。

 

「来るぞ」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

正門を前に戦士たちが存在していることを確認したリヴァーレは高く飛びあがり……そのまま巨大な戦斧を振り下ろしながら落下をする。

地面にたたきつけられた一撃はその余波で周囲を振動させ、破砕の光を周囲へとまき散らす。

武の求道者の頂点である血塗られし軍神リヴァーレ。その圧力に戦士たちは怯んでしまう。

 

「リヴァーレぇぇぇ!!」

 

戦士たちの間を縫ってリヴァーレへと剣を振るうのはシュトルツの父の姿。

だがリヴァーレはその剣を片手で受け止めた。

 

「ぐっ! ごはぁ……!!」

 

受け止められた父はリヴァーレの放った蹴りによりその場から吹き飛ぶ。

 

「悪くはなかった、だが甘い」

「甘いのはお前だ」

 

リヴァーレの背面下方から地面を縫うように移動したシュトルツは下方から死角を狙う。

下腹部からわき腹にかけて、体を起き上がらせる上昇の力も使って斬り上げた。

 

(硬い!)

 

「先の剣士だな!ようやく戦ってくれるか!」

 

このような手段でも、傷がつかない。リヴァーレはその戦斧を持ち上げ、立ち上がったシュトルツへとフルスイングを返す。

 

「ぐっ!」

 

背部に吹き飛ばされて間合いが開けられた。

 

「防いだか。ん?」

 

戦斧を振るったリヴァーレに対して控えていた戦士たちが同時に攻撃を仕掛けてくる。

それを見てにやりと笑ったリヴァーレは戦斧をもって高速で回転した。

 

それと同時に周囲を取り囲んでいた戦士たちが赤い血しぶきに変わる。叫び声をあげる暇すらもない。

 

その血しぶきの中、シュトルツと父は同時にリヴァーレに向かって刺突を放つ。

 

(どれほど固くとも、一点突破であれば!)

 

だが、その一撃を戦斧と防御障壁で防がれ、体勢が崩れる。

 

「甘いぞ、赤毛の剣士」

 

リヴァーレの開いた左手。その掌は魔力が収束し、光り輝き始める。

おそらくは炸裂する魔法の一撃……体勢の崩れた今、胴の真に当てられれば致命傷は免れない。

慌てて防御姿勢を取ろうとした刹那……

 

――ドンッ!――と隣から衝撃が走りシュトルツは吹き飛ばされた。

 

横に転がり、その瞬間見えたものは――

 

「ッッ!!」

 

自分の元いた場所に割り込んだ父と、その真正面に魔力を込めた拳をたたき込むリヴァーレの姿があった。

 

「ぐっあ……」

 

父は口から激しく吐血しながらも後方へと吹き飛んでいく。

 

「親父!!くそ、リヴァーレぇぇ!!」

 

油断。見積もりの甘い一撃だった。もう二度とこんなミスはしない。

そう心に誓って、シュトルツは再度攻撃を仕掛ける。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「どうした。赤毛の戦士よ。あの小僧を庇ったときの業であれば、その程度ではないだろう。精彩を欠くぞ」

「ぐ……あ……」

 

あれから何度も攻め込み、攻撃を加え、そのたびに反撃を受け……

残っていた戦士たちも全員が倒れ伏した。

 

シュトルツも現在は片手で首を掴まれ持ち上げられた状態。

 

「怨念か、執念か……何が足りない……?」

「は、なせ……」

 

シュトルツの目を覗き込むリヴァーレは何かに気づいて笑う。

 

「そうか……この場におらぬあの小僧だな」

「何……を……」

 

リヴァーレはシュトルツを放り投げて、右手に槍を形成した。

 

「まだ……必死に走っておるな。追尾魔法も加えて……あの小僧の命と引き換えだ。怒れば貴様は本気で戦えるか?迷いの源泉であろう」

「何を……言っている……やめろ!」

 

リヴァーレはシュトルツの言葉も意に返さず。その腕に力を入れ……

 

「幼き小僧。悪く思うな。これも定めだ」

「リヴァーレ!!やめろぉぉぉぉぉ」

 

シュタルクが――槍に貫かれる――

 

目の前の魔族を止めるため必死に走るが間に合わない。

 

「行け」

 

―― いいわけがない ――

 

リヴァーレの手から槍が放たれた瞬間、すべてが終わってしまったような感覚を覚える。

何もかもが無駄だった。ベルンの戦いも、ミレイレの献身も……この身が未熟なばかりに――

 

崩れ落ちそうになった瞬間。聞き馴染みのある声が響いた。

 

「化け物ごときに」

 

血まみれで立ち上がるその姿は――

 

「――我が子の命を」

 

幼い頃、母に手を取られ共に見ていた、黒い剣士のその姿は――

 

「――くれてやるかぁぁぁ!!」

 

あこがれ続けた、父の姿。

 

「親父!!」

「ごふっ……」

 

父は、リヴァーレの放った槍を体で受け止め、地面を削りながらその場で立ち止まった。

……腹部には貫通した槍が突き刺さり、背中からは血が噴きだした。

 

「ほう……受け止めたか。対象を射抜くまで止まらぬはずだが……そうか、小僧の親か、魔力的に誤認したようだな」

 

リヴァーレは顎に手を当て興味深くしていたが、すぐに戦斧を持ち上げた。

何故ならば、貫かれた父は一歩ずつ前進をしているため。

 

「親父、もうやめろ!無理だ……」

「シュトルツ……今まですまなかった……だが……それでも……守るしかないのだ……

 我が子も、家も、故郷も、死んでいった妻や戦士たちの魂も……俺にはそれしか出来ん……

 ……大切だからこそ……戦うのだ……だから……お前も、今すべきことを……覚悟を違えるな」

 

リヴァーレは徐々に速度を上げてくる黒の剣士に備えて戦斧を振り上げる。

その表情は凄絶なほどの歓喜に湧いている。

 

「その覚悟や良し、武人として丁重に屠ってやろう!」

「リヴァァアァレェェェェ!!」

「親父ぃぃぃぃぃ!!」

 

放たれた一撃は残酷なほどに鋭く。分かったことは、今この戦場にたった一人になったことだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ゴホ……全く……本当に……計算高くいきたかったのに最期はこれですか」

 

魔物を、仲間とともに狩りつくしたヨアヒムだったが、腹部に受けた傷と魔物から受けた毒で体が動かない。

一般人たちは無事に逃げ出せただろうか。村周辺の安全を確保したからと言って道中全てが安全になるとは限らない。

この騒ぎで周辺の街から救援が来て回収されることを祈るしかない。

 

「……あーあ……これならもっと、有り金すべて使って……戦士なんてやめてしまえば……楽だったのに、どうして私は……」

 

もう意識も朦朧としている。目を閉じれば二度と目覚めないだろう。

そんな中小さな嗚咽を漏らしながら走ってくる足音が聞こえる。

最期の力で視線を向けると……見覚えのある少年だった。

 

五体満足で走る少年の姿に、何故か救われたような気がした。

 

「そっか……シュトルツ……やりとげた……んです……ね……行きな……さい……貴方の……未来は……戦士の……希……」

 

走りぬけていく少年の姿を見送りながら、両足も両腕も失ったヨアヒムはゆっくりと意識を闇に落としていく。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

父の亡骸は跡形もなく、その場には、砕けた鎧だけが残っていた。

父の最期に残した……本当にあの父親らしい言葉だけが胸に残る。

 

「今すべきことを……覚悟を違えるな……か。

 親父……そうだな……その通りだ……俺たちはいつだって家族の未来のために戦っている。忘れてはいけないんだ」

 

心は剣に現れる。迷いは剣筋を曇らせる。怒りは太刀筋を狂わせる。

 

―― そうであるならば ――

 

「リヴァーレ、俺はお前に勝てないだろう」

「ふむ?ここまでか?赤毛の剣士よ」

「いや……ここからだ。ここからが本番だ」

「……」

「付き合ってもらうぞ。身体と魂が燃え尽き、朽ち果てるまでの黄泉路……俺と討ち合え軍神リヴァーレ」

 

シュトルツは鞘を放り投げ、剣を構えた。

それを見たリヴァーレは笑う。その言葉を待っていたとばかりに。

 

「実に惜しい。ここで散らすには惜しい気迫と闘志。もう少し時間があればお前はかつての勇者ヒンメルを超えたかもしれんな」

「……超えるさ……俺がここで戦うことで、生き残った者が、連なる血が……いつかお前たちの想像を絶する英雄となってお前を討つ」

 

その言葉を聞いたリヴァーレは高々に笑った。

 

「失礼した。馬鹿になどしていない。真に迫る言葉だ。信じよう。だから――」

 

リヴァーレはここにきて初めて両手で戦斧を握りしめた。

 

「俺に見せてみろ、人の血の成せる業というものを!!」

 

その言葉と同時に、白の外套の戦士と軍神リヴァーレはお互いに踏み込み、ぶつかり合う。

 

■その鋼と魂の担い手 ~Bearers of Steel~


 

その場にいるのはリヴァーレとシュトルツ。たった二人。

オーディエンスのいない、誰もいない静かな死闘。

 

静かで、静謐で、凄惨で、熾烈で、激烈な……

 

ただ無言で撃ち合い続ける……そんな死闘。いや、相手にとって死闘なのかはわからない。

シュトルツにとっては一閃一閃がすべて死線。誤れば一瞬で死ぬ。そんな戦いだ。

 

その剣戟の中で叫び声をあげる暇すらない。無駄なものは一つとして積み上げられない。

その心に残すものは。

 

―― シュタルクを守る ――

 

たったそれだけ。いや、それこそが今のシュトルツに許された全て。家族を守る。一族を守る。誇りを守る。未来を守る。

それだけしかない。だから、今はそのことだけを純粋に願い剣を振るう。

その為だけにある。そのためだけに存在している。

 

今もなお、リヴァーレは笑みを浮かべ、腹の底からくる歓喜を戦斧に乗せて攻撃を仕掛けてくる。

それを打ち払い、生じた隙の一瞬を用いて反撃を繰り返す。

 

「ふぅっ!!」

 

戦斧の斬撃を躱し、胴へと一撃を放つが、頑強なその体には傷もつかない。

これ以上無理に押せば剣が限界をきたす。ならば――

 

「ほう……」

 

鋭く……細く……速く……繊細に……死線の先に感じる力の流れ……これを魔力というのだろうか?

その流れの隙間を縫うように……針を通す様に斬撃を縫って通すことで――

 

「見事だ……赤毛の剣士よ……かすり傷とはいえ、俺に傷をつけたのは戦士アイゼン以来だ。

 質は全く違えど、その力は一級品、人類屈指と言えるぞ。5人と居ない。誇るがいい」

「……興味がない。俺は家族を守るために戦うただ普通の剣士だ」

 

この男に、リヴァーレによって仲間が、ベルンとミレイレの未来が閉ざされた。

目の前で父が跡形もなく砕け散った。仲間の仇。怨敵。仇敵。そういう物のはずだ。

怒るべきなのだろう。

 

「脆弱な人の身で。20年程度の短い時間の中で。この領域に至る。

 いや、人故にか、脆弱だからこそ、短い人生故にこそ、貴様らの中から際限なき強者が稀に生まれる。実に興味深い!」

 

だが、それでは戦えない。怒りでは勝てない。膂力も耐久力も人と桁が異なる。

この化け物と戦うために怨念の憤怒では勝てないのだ……

 

(ベルン、ヨアヒム、エッダ……ミレイレ……親父……すまない……お前たちのために戦ってやれない)

 

今は一瞬一瞬が惜しい。一分でも、一秒でも長く……この剣戟を続けなければ……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

どれほど討ち合っただろう。時間の感覚が曖昧だ。

死闘に集中するほど時の流れを遅く感じる。だが、己の身体の限界も近い。

 

(シュタルクは……逃げ切っただろうか?)

 

そんな折……己の中に誰かがいることに気付いた。

 

誰かがこの戦いを見ている。

 

泣いている。悲しくて……悔しくて……

怒りと、憤怒の末に敗北して……届かぬ力に絶望した。そんな魂が。たった一人この剣戟を見ている。

 

(誰だ……君は……?)

 

ぼんやりと見えるのは、シュタルクに似た顔立ちの少年。少し髪の色が青紫かかっている違う少年。

それが見えた瞬間、シュトルツの視界はフラッシュバックする。

 

―― シュタルクが……ドワーフの戦士と出会えたこと

―― ドワーフの戦士が、シュタルクの父親として彼を育ててくれること

―― ドワーフの戦士と行き違い、飛び出してしまう事

―― 伝説のエルフと、その教え子の少女と出会い……憶病なその手を握られること

―― 旅の中で、仲間の意味を知ること

―― 旅の末、不器用な彼は、不器用な少女を選び家族をつくること

 

(これは……君の生きた世界か)

 

目の前の、少年が泣いている理由は分からない。だが、この戦いを見ている。

ただ真剣に。自身の戦いの意味を知るために、シュトルツの剣戟を見ている。

 

ただ分かるのは――たった一つ分かることは――

 

――今こそ命を燃やす時であるという事実

この剣戟の一撃一撃が愛する我が弟シュタルクの未来につながっている。

 

――そう思った瞬間目の前に現れたリヴァーレの一撃が振り下ろされた。

 

それを微かな動きで躱したシュトルツは苦笑する。

 

「そうか……そんな意味があったのか……人生とは……全く分からないものだ」

「……?どうした?神業に近い技量の果てに、何が見えたのだ剣士よ」

「大したことはないよ、リヴァーレ。当たり前のことだ。この戦いの先に当たり前の日常が待っている。

 その先にいる子が見ている。俺は……一瞬たりとも格好悪いところは見せられない」

 

そう言って放たれるシュトルツの一撃は……リヴァーレにとっていまだ致命にはなりえない。

だが、確実にダメージを負っていることを自覚できる攻撃。魂が乗っている。

 

「そうか……ではその見物者に見せるに足る戦いを約束しよう!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

リヴァーレの攻撃を躱し、弾き、防ぎ、何度も隙を見ては反撃をし続ける。

一挙手一投足は無駄にならない。未来の何かにつながっている。

 

この戦いを見た子に伝えられるものがある。

 

だから見せてやりたい。敗北に嘆く魂に伝えてやりたい。

この命朽ち果てるまでに、この人生で最上たる一閃。

 

今しかない。今放つしかない。だが……もう少しで届きそうで、届かない。一手が足りない。

一瞬だけでいい。この膂力も技量も人のそれを上回る化け物の一瞬だけでも逸らす何かを――

 

そう思ったとき、一本の矢がリヴァーレの顔をめがけて撃ち込まれ――

――リヴァーレ反射的に、戦斧でそれを防ぐ。

 

―― 隙が、出来た ――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「へっ……今のは……人生で最高の一本だったろ、シュトルツ……見たかよ。

 笑えるな……体中穴だらけの満身創痍で撃てたんだぜ。タイミングも……かん……ぺき……ごはぁ」

 

崩れ落ちそうな中央の集会場の尖塔の上。もう一体の魔族から命からがら逃げ伸びたエッダだったが。

 

「貴様……性懲りもなく、神聖なる戦いに、なんという無粋な」

 

今こうして、青白い髪の魔族の手に握られた燃える剣に、その体が背後から貫かれている。

 

「ざまぁ……ないな……クソ魔族……ども……こうして……どれほど強かろうが……いつか……魂を……継いだものが……お前らを……殺す……」

「……何が言いたい」

「人を殺し……喰らう……お前らは……人に……滅ぼされる……運命だよ……地獄で見ていてやる……があああああああああ」

 

青白い髪を揺らすレヴナントは弓兵の言葉に眉を歪めてその男を燃やし尽くした。

真っ白な灰となり……崩れ落ちていくそれを眺めながら……言葉もなく飛び去って行った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

かろうじて生きていた。仲間のつないだ一瞬の隙。時間にしても2~3秒の隙。

 

(だが、十分だ)

 

顔の前にある戦斧、がら空きの胴、その中に一本筋のある力の隙間。

シュトルツは腰に剣を携え、体勢を低く構え、大地を踏みしめる。

 

一歩目、この一撃は可能性をつないだ仲間たちへの手向け

 

二歩目、未来へ進む者の闘いへの導き。

 

三歩目、そして、生き残ったシュタルクへの祝福。

 

「リヴァーレ!! 戦士の村の最期の剣士シュトルツの最上の一撃。受け止めろぉぉ!!」

 

万感の思いと、この戦士としての全て、見えている一閃に沿って一寸の狂いもなく。

 

――極限まで研ぎ澄まされた一閃――

 

それは魔族リヴァーレの腹部を薙いだ。

 

「見事だ」

 

僅かながら傷をつけることとなったが……致命に届かない――

 

「では俺も、最大の一撃をもって応えよう――」

 

巨大な魔族の上方に構えられた戦斧の巨大な力が集まっていくことが分かる。

 

―― ああ、もう、一歩も動けない。弾くことも、避けることも何もできない。この一撃は自身の身を砕くだろう。

 

しかし、もう答えは得てしまった。未来はつながっている。何一つ無駄にならない。

だから――

 

「シュタルク……生きて、生きて、生き抜け……」

 

祈るように空を見上げると美しい月が見えた。

綺麗だ――願わくば、この月の輝きのように、シュタルクの未来が暖かな希望で満たされますように――

 

「俺は、お前をあい――」

 

静かに願いを込めながら――

その瞬間、白い外套の剣士シュトルツの意識はこの世界から喪われた。

 

■誰にも聞こえない子守歌~The Unsung Lullaby~


 

―― シュタアル。今にして思えば君だったんだな……だが、もう少し未来の君か?

 

魂だけとなったシュトルツの眼下で安らかに眠る少年は、まだ凄絶な戦いを知らない……

いや、知るのかもしれない。この子は生まれつき……そういう子だ。

 

シュトルツの魂がシュタアルの中で意識を覚醒させた時、この子は母と妹を守るために盗賊の男と対峙していた。

叶うはずもない技量、大人と子供の膂力の差。それでも失いたくない大切な物を守るために。

 

―― これはもう血筋かな……シュタルクを選んだフェルンは大変だ。

 

だからこそ。今のシュトルツが居るのかもしれない。

大したことはしてはやれない、少しだけ力の使い方を感覚的に教えてあげられる程度。それ以上の干渉は存在も危ぶまれる。

 

そんな愛し子に安らかな眠りを……

 

大昔に母親が歌ってくれたような気がする懐かしい歌を口ずさみながら……撫でることも叶わない手で少年の頭を撫でる。

伝わらない子守歌。それでもいい。幸せでいてくれるなら。

 

「そこに……誰かいらっしゃるのですね……」

 

ふいに――声がかかったことに驚きその方向へと視線を向けると

シュタアルの妹のティアフォートがこちらを視ていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ベッドから起き上がった赤毛の少女はシュトルツのほうを見ている。

 

―― ティアフォートには俺の声が聞こえているのかな?

 

「いいえ、私にはあなたが何を言っているのか分かりません。姿すらも、輪郭のぼやけた微かな魔力です」

 

―― そうか……残念だ。

 

「けれど……これだけは分かります。意思をもって、兄様を守っている……

 気付いた時には兄様の傍にいて、ずっと何かわからずにいましたけれど。

 いえ、今でも何なのかわからないのですが」

 

目の前の少女は得体の知れないものが自らの寝室に揺蕩っていることを知りながら恐れすらしない。

そのことに苦笑してしまう。シュタルクやこの子は知ればビビり散らかしてしまいそうだが……

 

「そう、感情の色が……伝わってくるのです。貴方におよそ害意というものがない存在……」

 

フリーレンやフェルンといった一流の魔法使いがいまだに気づいていない……

気付かないふりをしているだけなのかは分からないが……それを知覚するのは才覚の領域か、それともシュタアルをよく見ているからなのか。

 

「一方的に話して申し訳ございません。対話が成り立たないものですから。

 異様なまでに他者の痛みに鋭いわりに、己に向けられる感情に鈍感な兄様が……貴方に気付く日が来るのかはわかりません。

 でもきっと伝わると思います」

 

年端も行かぬ少女とは思えない、シュタルクや父の血の直系とは思えない成熟した意見に感嘆する。

これは本当に、シュタルクの妻になったフェルンに感謝するしかない。朴念仁一族には生まれ得ぬ逸材だ。

 

「父様と母様以外にも未来の幸せを願い、子守歌を歌い、頭を撫でてくれる存在の想いは……

 伝わるべきなのだと、私はそう願います」

 

―― ティアフォート……君は優しい子だね。ありがとう。そうだね……頑張ってきた甲斐があったよ。

―― 眠るシュタアルや、こうして見てくれるティアフォート、まだその可能性を眠らせるエリシア……君たちのような未来へとつなぐために……戦ってきたのかもしれない。

 

(親父、ミレイレ、ベルン、エッダ、ヨアヒム……母さん……俺たちの人生は……戦士の村は滅んだけれど……無駄なものなど何一つなかった)

 

―― それが、ただ……嬉しいんだ。

 

「そうですか……私は……そろそろ眠ります。貴方は眠れる存在ではないのかもしれませんね。それではよい夜を……」

 

そう言ってパタンと倒れて眠ってしまった少女に、この夜最後の重労働である毛布の掛け直しを試みる。

 

―― おやすみティアフォート

 

何とか成功したそれに、いよいよ今日の限界が来たようだ。またしばらくシュタアルの身体の中で少しずつ魔力を蓄える必要がある。

この魂は、死したシュトルツを模した存在故にうつろな亡霊。だが、それでも……

 

―― いつか君たちと、対話できる日を願っているよ……

 

そうして、剣士シュトルツの亡霊は虚空に消え、微かな魔力はシュタアルの身体の中に入っていった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタアルと、ティアフォートは……寝てるな。寝顔可愛いなぁ……」

「あまり、当人たちが知らないところでそういうことすると嫌われますよ、シュタルク様」

 

子供部屋のドアを開けて中をのぞくのはシュタルクとフェルンの夫婦二人。自分たちもそろそろ眠るために様子を見てきたという様子。

 

「え、見てるだけもダメなの?」

「割と……」

「酷くない……?まだ小さいんだし、お父さんの愛を注いでも……多分良いと思うんだけど!?」

 

小声で訴えてくるシュタルクにフェルンは苦笑しながら答える。

 

「悪くはありませんけど、ちょっと過剰というか……抱きしめるたびにほおずりするのは……ちゃんとお髭を剃ってくださいね。

 ちょっとでも痛かったら二度とやらせてもらえませんよ」

「気を付けてるよぉ……」

 

しょんぼり顔のシュタルクの頭を撫でて……ついでだから胸元に抱きしめてよしよしをする。

こういう時のシュタルクは何の抵抗もしないのでフェルンにとっては面白い。このままロックした状態で布団の中に連れ込んでしまおうと決意する。

 

「ところで、突然どうしたんですか?何かに誘われたように寝顔を見たいだなんて」

「いや、なんとなく……懐かしい気配がして……けど、気のせいだったのかもしれない。でも二人の寝顔見れたからいいよね」

「……そうですね。そろそろ私たちも寝ましょう」

 

扉を閉めて、寝室に移動するフェルン。フェルンがシュタルクの顔を胸にうずめたまま離さないのでシュタルクは変なカニ歩きで着いていくしかない。

一言も文句を言わないのは……まあ悪い気はしないからだろう。

 

「フェルン……明日、ハンバーグ作っていい?」

「何故です?シュタルク様が?明日の仕事は大丈夫ですか?」

「うっ……何とかするよ」

「レシピはフリーレン様のメモの物で?」

「そう。あとさ。中にチーズを入れようと思うんだけど……どうかな?」

 

フェルンはシュタルクのアイディアにふむと考える。

 

「良いですね。子供たちも喜ぶし、きっとおいしくなります。本当にどうしたんですか?」

 

なんとなく真意を聞きたくなったフェルンはその腕を離してシュタルクの顔を見る。

 

「そうだな……なんとなく……そうしたくなったんだよ。なんでだろうな……?

 でも、きっと美味しいかなって。美味しいハンバーグを子供たちに食べさせてやりたい。

 師匠も作ってくれたけど……昔、兄貴もよく作ってくれた。俺はそれがただ嬉しくて……幸せだったんだ」

 

その言葉にフェルンは華やぐように微笑む。シュタルクがそうやって過去への想いを共にある未来へと昇華しようとしてくれているのが嬉しい。

腕を絡め、肩に頭を寄せやっぱり二人一緒に寝室へと向かう。この腕はベッドに入って眠るまで絶対に放したくない。

 

「そうですね、じゃあ明日の夕食に一緒に作りましょう」

 

そして夜は更け、また朝日は昇る。

これは、かつて壮絶なる戦いの末、未来を守った戦士たちの先にある……なんでもない日常の物語である。

 

~ 語られざる剣舞と子守歌 - The Unsung Sword Dance and Lullaby - fin ~

 




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