葬送フリーレン~アフターオレオール~ 作:rvr75_raiden
全何回になるかは未定ですがシリーズ内のシリーズとして少しずつ描いていきます。
■再生の第一歩
中央諸国 クレ地方 元戦士の村
そこにはかつて、大陸へと優秀な戦士を輩出する村が存在した。
しかし、たった一人の魔族の侵攻により村は灰燼と消え、静かにその歴史から姿を消した。
―― 魔王亡き後も人類に猛威を振るった魔族最強の将軍リヴァーレ。そのリヴァーレを討ち、大陸の英雄となる、たった一人の青年を残して。
というのはずいぶんと昔の話。今現在その青年はと言うと。
「無理だよ……やっぱできないよ」
泣き言を言っていた。
「シュタルク様。しゃんとしてください。これは、シュタルク様が言い始めた興行です」
そんな泣き言状態のシュタルクの頭を撫でているのは魔法使いのフェルン。
「ありがとぉ……」
「いえ、これも奥様の務めですから」
数年前迄周囲をヤキモキさせてきた二人。
実はつい最近、ようやく、やっと……、本当に紆余曲折の経緯を経て結婚したばかり。
「気持ちは分からないでもないけどね。でも、街道沿いで、背後の山から続く緩い勾配で周囲に比べると標高もわずかに高い。
戦士の村の跡地と同様で、山からつながる地下水で水源も確保できる。地理的にはベストなのはここだ」
そんな二人を遠巻きに見ていたのは元保護者のフリーレン。
彼女が指さしたのは何の変哲もない雑木林の一帯……なのだが、樹木や岩を除けば比較的街道沿いに近いなだらかな平地でもある。
「ここを開拓するの?まじで?」
「戦士の村は防衛を考慮し過ぎて山のふもとの奥ばった場所にあるからね……最初に妥協すると後で苦労するよ」
オレオールに辿り着き、旅を終えた理由の一つ。
「滅びた故郷を取り戻したい」というシュタルクの願い。
それは滅多なことでは望みを言わないシュタルクにとって、人生最大の我儘。
『この村を甦らせたい。でもフェルンやフリーレンとも別れたくない』
決して許されないと思っていたシュタルク。しかし、相対するフェルンの我儘――
『私は何一つ諦めたくありません』
そんな願いの元に了承された。そう。合意してしまった。
折り合ってしまった。
故に事態は加速する。
――閑話休題。
村の復興は、戦士の村を拡張するという手もある。跡地にはシュタルクの家もある。一応、村の体裁は作れる。
だが、人を呼ぶには、やや利便性が悪い。昔は戦士の村という母体があったからよかった。現在の村人の数は、フリーレン一行と彼らの建設を手伝ってくれる職人ドワーフ数名だけだ。
当然。商人の流通が普段から来るわけもない。建設の資金も限りがある。ここで出発ポイントを間違えるわけにはいかないのだ。
「じゃあ。まずは……」
……わずかながらに、無制限に提供できるものがある。
「そうですね。後顧の憂いなくやりましょう」
それは――
「しょうがない。魔物、全部狩るかぁ」
無駄に高い個人戦力と労働力。まさに、『チカラこそパワー』。
✧ ✧ ✧ ✧
遡ること数週間ほど前。
それは、シュタルクとフェルンの結婚式でやってきていたグラナト伯爵の言葉から始まった。
「シュタルク、ここに領地の中心地を建設する気か?」
「え、あ、はい。戦士の村の立て直しなので」
シュタルクの解答にグラナト伯爵は考え込む。
「シュタルク、正直なところを言うと、あまりお勧めはしない」
「え……?」
伯爵の意外な言葉にシュタルクは驚く。
「かつての戦士の村は、戦士の村だったから成り立った場所だ」
「はい……その通りです。戦士のみんなが眠っているので……」
グラナト伯爵はどうやら話が通じていないなと顎に手を当てた。
そんなところに、同じく式に来てくれていたオルデン卿が横からフォローをしてくれた。
「シュタルク。そうではない。我々の様にある程度護衛と旅団を付けられる行軍ならいいのだが。
荷馬車で移動するような個人の商人に、この森の奥にある場所は厳しい。どうしても魔物の対策をせざるを得なくなるからな」
「なる……ほど……でも、結構駆逐したのでめったに遭遇しませんよ」
「それは戦士の理屈だ。例えば、商人は違う。彼らは戦えない。万に一の偶然に出会うかもしれない魔物に備えなければ、商品も命も守れない」
グラナト伯爵とオルデン卿の言葉に「うーん」と言いつつもシュタルクは悩む。
考えてもみなかったことだ。シュタルクやフェルン、フリーレンにしてみれば、森でちょっとした魔物に襲われても特に問題なく対処できる。
だが、普通の商人は人食いの魔物じゃなくワイルドボアの類の獣や、人の盗賊でも困るのは確かにそうだろう。
「商人は、食料や貴重な品も運ぶからな」
「昔はどうやって成り立ってたんだろう?」
「戦士の村は戦士たちが出入りする交通の足として彼らと契約していた。
要するに商人は運搬と流通業、戦士は護衛業。相互に持ちつ持たれつでやっていた。今は出来まい」
確かに無理だ。戦士が一人しかいない。しかも体裁上はこの地の領主様だ。
「じゃあ、どうすれば……」
と、悩むシュタルクにグラナト伯爵は腕を組みながら講義をするように答える。
「簡単だ。中心地の位置を変えろ。交易が可能な中心地を作り、そこを広げる中でこの場所と接続を強化しろ」
「どういう……?」
「中央諸国の中心地を横断し、山脈を迂回して北上する商人の街道がある。この村からだと少しだけ距離があるが……そこに連結するように街を作れ」
「なる……ほど? でも、この街から隙間が開きませんか?」
そう、その場所と、戦士の村にはちょっとした距離が開く。
それはどうすればいいのか?
「簡単だ。新しい交易街とお前たちが住む戦士の村の間も開拓し、畑を作れ。牧場でもいい。土地を有効活用して土産品を作るんだ、何せ――」
「え、なんかあるんですか?」
ちょっと悪い顔で笑うグラナト伯爵。そしてその後ろでオルデン卿も苦笑いをしている。
「シュタルク。お前はこれから俺たちにすさまじい借金をすることになる。返す当てはつけておくんだ」
「え……?」
「まあ、利子はお前たちの今までの活躍に免じて勘弁してやる。後日誓約書も用意しよう」
快活に笑いながら、背中をバシバシ叩いてくるグラナト伯爵。
これがいかほど恩情に満ちた言葉であったかをシュタルクが知るのは、少しだけ先の話になる。
「しゃ……借金?」
シュタルクは未だかつて実感したことのない圧力を両肩に感じながら空を見上げた。
■まずは魔物を退治しよう
魔物とは、魔力を纏った狂暴な生物たちだ。
肉体は魔力によって補強されている箇所が多く、討伐すると魔力として気化する。多少の肉片が残ったりもする。
魔物の究極体である魔族などは、物理鎧を着ている類の者以外は何も残らない。
最も困るのはただ一点。高位の精神を持つ人間を好んで襲って食う。外部から魔力を摂取する大半の魔物の習性である。
もちろん人類も食われるだけではない。剣技や技術を学び、肉体で対処する者。フランメの残した魔法の英知で対処する者。
外敵が手強いほどに人類は抗い、適応してきた。シュタルクの故郷の戦士の村なども本来はそのようなもの。
「じゃあ、呼び寄せるよ」
「お願いします、フリーレン様」
そんな中でも人類屈指の存在である葬送のフリーレンとその弟子フェルン。
二人を守り続けた戦士シュタルク。魔物に負ける理由もない。
「よっし!全部狩るぞ」
「頑張りましょう」
フリーレンの放った魔力パルスに反応して様子を見に現れる魔物たち。
―― グルルルル
戦斧を構えて気合を入れるシュタルクを見たフリーレンは、ふと少し前の事を思い出した。
「なんか、初めて戦士の村に来た頃を思い出すね」
「うぐっ」
その言葉に何故か胸元を鷲掴みにして表情を崩すシュタルク。
「あの時はずいぶんと思いつめていましたね」
「ふぐっ」
シュタルクの見せた様子に思わずフェルンも乗っかっていく。
―― 『……俺がやるよ。俺にやらせてくれ……』
若干、痒くなるセリフを吐いて、鬼の形相で戦士の村の跡地で大暴れした少し前の自分。
今にして思う。自身を追い詰めていたところはあるけど、ちょっと自分の不幸に酔ってたなぁ……
もっとフリーレンとフェルンに甘えていればあんなにややこしい事にならなかったのに。
……とは、思うのだけれど男心はそう簡単に割り切れない。
出鼻をくじかれて、つんのめってしまったが、お構いなしに魔物たちは襲い掛かってくる。
「来るよ」
「はい」
シュタルクも心の一部を戦闘モードに切り替え――
「いいだろぉ、自分を追い詰めないと覚悟が決まらなかったんだよ」
……ながらも、泣きそうな声で自己弁護をしつつ、一振りで4頭の魔物の頭を同時に粉砕する。
「私へのプロポーズが、ですか?」
シュタルクが討ち漏らした魔物数体は背後に控えたフェルンが魔法で撃ち落とす。
「違……、いえ、違いません。フェルンさんへのプロポーズです」
否定の言葉を言おうとした瞬間。
フェルンが頬をぷっくり膨らませた表情が見えたのでシュタルクは慌てて訂正する。
確かにプロポーズはした。結果論的には合ってるような合ってないような。
「二人とも……痴話喧嘩は家でやってね。気を抜いたら死ぬよ」
襲い掛かってくる魔物へ視線も向けず、
いつも通り、魔族と魔物は死すべしというスタンスで表情一つ変えずに打ち抜き、魔物を塵と変えていく。
「相変わらず容赦ないな」
シュタルクの背後から援護するように魔法で迎撃するフェルンも、眉一つ動かさずに魔物の頭を撃ちぬいていく。
「何か言いましたか?シュタルク様」
「何でもありません。奥様は頼りになるなぁって」
シュタルクの言葉に一瞬動きを止めたフェルン。
瞳を閉じて今の言葉を反芻しているようにも見えた。
「当然です。新妻ですから」
魔物を打ち抜いても表情一つ変えないフェルンが師匠譲りの「むふー」という笑顔を見せる。
そういう所も彼女の可愛さかと苦笑したシュタルクは――
「そうだね。いつも背中支えてもらってるし、お世話になりっぱなしだ」
フェルンに向かって振り下ろされる魔物の爪を弾きつつ、シュタルクはしみじみつぶやく。
背後からはどことなく満足そうに微笑む息遣いが聞こえた気がした。
✧ ✧ ✧ ✧
「あらかた片付いたかな?」
「表面上はね」
多少残った魔物の肉片をフリーレンは一か所に集めた。彼女はそれに火を放ち、燃やし始める。
「表面上って?」
「まだ、全部は駆逐出来てはいないという事ではないでしょうか?」
「そうだね。そういう事。利口な奴はこんな乱痴気騒ぎでは出てこない」
たしかに、一日討伐をして魔物を完全駆除できるのであれば苦労はしない。
中央諸国でも魔物被害はそれなりに出る。
「しばらくは、様子見しながらちょっとずつ駆逐していこう。森を斬り開くと出てくるかもしれない」
「分かった」
最後の周辺警戒を終えて、フリーレンは杖を収納した。
続いて、フェルンとシュタルクも臨戦態勢を解除する。
そろそろ空が夕暮れに染まりそうな時間。
「帰って、夕食の準備を始めましょうか」
「そうだね。お腹すいたし」
家を得てからは、食材の保管が楽になった。
旅の最中、保存食と現地調達物で何とかする生活とは天と地ほども異なる状態。
仕事の後は食事がうまい。
「俺も、手伝うよ」
「はい、お願いしますね」
――と、先ほどまで森の中に潜む人食いの魔物を片っ端から駆逐したとも思えないのどかさで
「仕事後のエールって旨いってティシュレーさんたちが言ってたぞ」
「明日もお仕事があるのでお酒はダメです」
黒い炭になった、魔物の肉片をその場に残して三人は家路についた。
■雑木林と伐採と
翌日。再度予定地にやって来たシュタルク達。
「ふむ。まあまあの規模だのう……」
安全は確保したという事でドワーフ達も来ている。
「という訳で、伐採を手伝ってもらえる?
伐採した背の高い木材は出来るだけ資材にしたいから」
「嬢ちゃんたちの魔法で森をぶっ潰すわけにもツー訳か」
「そういう事……」
そう、大陸でも屈指の存在のフリーレンとフェルン。
この二人が本気の魔法を何の容赦もなく放てば山肌を削る威力を出す。
周辺環境への影響を一切合切無視すれば、森をなくすことは出来なくはない。
ただし街の下地に出来る土地が残る保証がない。
「失礼だなぁ。周囲一帯を灰燼に帰すこともできなくはないよ」
「大惨事だからやめてもらえる?」
その言い方は不本意だという様子のフリーレンが頬を膨らませながら抗議の声を上げる。
「焼き尽くす……という方法もあると思いますが」
「山火事で大変なことになるからやめてもらえる?」
師弟そろって過激なことを言いだす。
「魔法使いの二人には、伐採した後の木の根を引っこ抜くのをやってもらおうかの。
あれは、ドワーフでも力業では最も面倒だ。人間なら馬や牛を使ってやるような仕事だ」
「わかった、俺も手伝いながらやるよ。伐採は任せていい?」
シュタルクの言葉にドワーフのティシュレーは親指を立てる。
「酒代は弾めよ」
「隣町に樽のダースで発注済みだよ」
「よし、心得た」
全員がガッツポーズをとったところで、ティシュレーがドワーフ達に声をかける。
「野郎ども!聞いたか!領主様の興行だ。気合入れていけ!」
「領主様って……」
ティシュレーの言葉にシュタルクはちょっと汗をかきつつ「よろしくね」と声をかけると、ドワーフ達は雄叫びを上げた。
✧ ✧ ✧ ✧
ドワーフ達の伐採した木材をフリーレンが魔法で運搬し、シュタルクとフェルンは木の根を引っこ抜く。
そんな訳でフェルンと一緒に作業中なわけだが。
「大きい……」
「よし……大きめの根っこは切った。フェルン、行くぞ」
「う……んっ……、シュタルク様……もう少し……深く、挿し込んで……ください……そこで先端を……ひっかけて」
シュタルクが木の根元につるはしを差し込み、梃子の原理で根を掘り持ち上げようとする。
フェルンはそれを物理魔法で引っ張り上げているのだが
「フェルンさん……ものすごい気になるから、ちょっと変な言い方しないでくれる?」
「変……とは……んっ……!」
結婚してから後、することはしているシュタルクとフェルン。
それはいわゆる、必要になった相互の愛情表現であり、命を紡ぐ神聖な儀式ではある。
あるんだが……
「いや、今はね。お仕事中だから……思い出したら変なことになるから!」
「……変なこととは?」
「言わせないで!」
フェルンのシュタルクへの絡み方は、彼女なりの甘噛みとアンビバレントな感情やキュートアグレッシブの表現でもあった。
結婚した今のシュタルクとしては理解はできる。そういう感情だったと思う。しかし……
ここ最近はちょっとそれに色を乗せてくるからシュタルクは困る。シュタルクが困るほどにちょいちょいやってくる。
今のはわざとだったのか本当に気合を入れたらそうなったのか、シュタルクには判断も付かないので始末に負えない。
「シュタルク様が変なことになったら私が何とかしますよ」
「いや、変なことになっちゃだめだから!しないから!」
「そうですか……、あっ抜けました」
ボゴっと言う鈍い音と共に木の根が抜けた。
「抜けましたね」
「そうだね抜けたね……」
なんだろう、どっと疲れた。
「シュタルク、根を抜いた後は埋め戻しをしろ。
真砂土で埋めろ。底は粘土を少し混ぜて、層ごとに水を使って締めて槌で叩けよ」
「分かってる……っていうか、思ったより土地の切り開きって大変だな……」
木の根を一本引っこ抜くのも大変だが、その後もちゃんと埋めないと後々問題になるらしい。
真砂土や粘土質の土で埋めないと結局後々問題になるようだ。
「お前ら戦士や魔法使いは気軽に土地を削りよるがな!世の建設師や土地の管理者はどれほど苦労しているか知れ!
お前らが開けた大穴はその土地の管理人が埋めてるんだぞ」
「「はい、申し訳ありません……」」
夫婦そろってティシュレーに頭を下げる。確かに昔はやりたい放題だった。
何にしてもこのあと人が住むのだ。妥協はできない。
フェルンと一緒に埋めて、水をかけてからシュタルクが槌で叩いて固めていく。
なかなか大変な作業だが。
となりで、シュタルクと共に作業をするフェルンは純粋にこの作業を楽しんでいるように見えた。
「なんか結構楽しそうだな、フェルン」
「そう見えますか?でも……そうかもしれませんね。こうして何かが生まれる土台が出来るのだと思うと。少し感慨深いです」
失う事が多い人生を歩んできたシュタルクとフェルン。こうして何かを生み出すための生き方は一つの変化かもしれない。
✧ ✧ ✧ ✧
という作業がひと月ほど続いた。
「シュタルク、出たぞーやべぇ感じのが!!」
「うぉぉぉ、まかせろぉ!!」
時々出てくる、魔物を駆除したり。
「あれはデスキラービーの巣だね……刺されると、三日は動けないよ」
「なにそれ、怖い!」
「切り倒して飛び立たれる前に氷漬けにしようか」
思わぬ自然の恐怖を目の当たりにしながらも……ひたすら開拓を続ける。
最初は楽しそうにしていたフェルンも、流石に途中から黙々とルーチンワークに対処する様子を見せた。
これに関してはシュタルクも他人の事は言えない。
「頑張ろうぜ……」
「後で、膝枕となでなでを要求します」
「……やるから、頑張って」
フェルンが泣き言をいうのは珍しい。でも彼女が頑張らないと木の根の対処が進まない。
しかし、膝枕となでなではするのかされるのかどっちだろう?と疑問を覚えつつもする方に見積もっておく。
――そんな中。
「よし、お前ら。よく頑張ったな。予定の土地の切り開きは終わった。木材の備蓄もそれなりにたまったぞ」
という、ティシュレーの終わりを告げる声にシュタルクとフェルンは瞳を輝かせて顔を上げる。
確かに、日に日に土地が広がっている感覚はあったが、辺り一帯はずいぶんとすっきりしている。
丁度ちょっとした町が収まるような平地が広がっていた。
「終わった……?」
「ああ、終わった。お前ら頑張ったな」
「ティシュレーさん……」
ティシュレーはポンとシュタルクの肩を叩いた。
「次は、大岩の排除だ」
……仕事は、まだ終わらないらしい。
■岩を打ち砕くは
「岩も全部なくす必要はないんだがな」
というのはティシュレーの言葉。
「重要なのは道だ」
「道?」
現在、ドワーフの事務所で会議中。
専門知識がある訳がないシュタルクとフェルン。そんな初心者領主様の都市計画に形を与えてくれるドワーフ達。
本当に何でも出来て頭が上がらない。アイゼンの縁で家を建設してもらってからお世話になりっぱなしである。
「要するに、街道から引き込んだ道が新しい村?街?の中心になるってことだよ。
いつも大きな町につくと中央には大きな道があったでしょ」
「確かに……」
悩んでいたシュタルクにフリーレンが解説を加えてくれる。
「中央の大通りの道は、街の背骨になるという事でしょうか」
「そんな感じだね。小さな村なら、家が数件集まって集落になって道ができるけど。大きな町になると道が先だ」
フリーレンとティシュレーの言葉にシュタルクとフェルンはコクコクとうなづいて納得する。
「つまり、道を通すのに邪魔な岩を砕いていけばいいんだな」
「そういう事になる。ついでに水路も作っておきたいな。王城建てるような街だと地下の検討も必要だが……そこまではいらんだろ」
ある程度道に沿った川か水路を流す。
生活排水の経路もだが、大雨が降ってきた時、水の流れが出来ていないと街に水害が出るという話をティシュレーが黒板に書きながら説明する。
「なるほど……やっぱり村を立てるって難しいんだな」
「まー。簡単なわけはねーわな」
そんな訳で、開拓した土地に埋まっている岩を砕くことになった。
✧ ✧ ✧ ✧
「ティシュレーさん。これは?」
「お前用の獲物だ。いつもの斧で岩をぶっ叩いたら刃が死ぬぞ」
彼に渡されたのはなんだか妙にデカいつるはし。
反転させるとハンマーのような個所もあるのでその形状は……
「これ、工具じゃなくて、戦槌に見えるんだけど」
「見えるというか、そうだな。ドワーフの戦士が使うような戦槌だ」
「え?」
受け取りながらも目が点になるシュタルク。
目の前には大きな岩が鎮座しており、さてどうしたものかという顔をしていたのだが。
「お前が割るんだ。できるだろ?」
「シュタルク様。できますよね。昔、修行で崖に谷を作ってたぐらいですし」
「まあ、シュタルクならやれるでしょ」
全員から肩を叩かれたシュタルクは焦り始める。
「魔法でよくない?」
「シュタルク、聞いてなかったの?魔法でこの規模の岩を砕くとなると地形変っちゃうよ?良いの?埋め直しする?」
「もう少し便利な魔法ないのー? 物理魔法で引っこ抜いて移動するとか」
残念な顔でフェルンに縋りつくと、彼女も首を振る。
「巨大なものや、大量の細かい物を操作するのって魔力や神経の消耗が激しいので」
「わかったよもう……」
という感じで、ティシュレーから渡された巨大な戦槌を肩に抱えてシュタルクは構えた。
✧ ✧ ✧ ✧
『シュタルク、どんなに巨大で頑丈な物でも、その重心と中心になる核は存在する。
力任せに斬るというのも時には必要だが、効果的な1点を感覚的に見つけ、粉砕する。それもまた強い戦士に必要な業というものだ』
『わかったよ師匠。でもその核ってどうやって見つけるんだ』
『それはな、シュタルク』
『うん!』
シュタルクの師匠であり、人類最強の戦士と謳われるドワーフの戦士アイゼン。かつて彼はこう言った。
『勘だ』
「わっかんねーよ!!師匠」
鎮座する大岩。これを排除して運搬するために破砕する一撃。
上空に飛び上がり、戦槌を構えて落下速度を加え――大体真ん中あたりに向かってその一撃を。
「多分この辺――!!」
叩き落とした一撃はすさまじい音を立てて岩にめり込んでいく。
フェルンとフリーレンは飛び散る石礫を防御魔法で防ぐ。ドワーフ達もそれぞれの方法で防御しているようだ。
ちなみにこの石礫、爆心地のシュタルクが一番当たってる気もするが……
(まあ、シュタルクだし大丈夫だろう)
全員がそう思っている。
「いててて……」
砂煙の上がる中、ゆっくりと立ち上がった人影。シュタルクは肩にかかった砂埃を払いながらも戻ってくる。
「シュタルク様」
さっと彼のもとに駆け付けたフェルンはハンカチでシュタルクの顔をぬぐう。
「砂ぼこりで酷い顔に」
「ありがとぉ……でも酷い顔は言い過ぎじゃない?」
「汚い顔に」
「……いいけどね」
そうは言いながらも、丁寧に顔を拭いてくれるのは彼女なりの愛情なのだろう解釈しておく。
変な言い方をしてシュタルクの反応を見るのはもうフェルンのライフワークと言うべき癖だ。
「シュタルクお前……何をどうしたらこうなる?どうやったんだ?」
「何が?」
驚愕の表情を見せるティシュレーにシュタルクは疑問顔で返す。
「いや……粉砕するにしてもこうはならんだろ……」
先程まで鎮座していた大岩……だった物は一言で言うなら木っ端みじん、ほとんどが手で持てるサイズにまでばらばらに粉砕されている。
「いや、言われたとおりに砕いたけど」
「大岩を割るぐらいは……やるとは思っていたが。アイゼンの技か?」
「なんか、物体の核になる中心点に通る一撃はどんな硬質な物でも粉砕するって」
「また訳の分からんことを……」
粉砕した石を掴みながらフリーレンは「ふーむ」と眺めている。
「昔アイゼンがそんなことしてたなと思ったけど。無意識に、物体の中核に魔力の様なものを流し込んでいたのかもね」
「俺たち魔法使えないけど?」
「魔法じゃないよ。でも人間は少なからず命から出るエネルギーを持っている。その出力方法が人によって異なるだけだ。
私たちは、これを魔法という現象で形を成しているだけ。アイゼンとシュタルクも無駄に頑丈な時あるでしょ」
シュタルクは隣のフェルンを見る。顔を拭くのをやめてシュタルクの頭を撫でることにご執心だ。
不思議そうな表情をするフェルンに視線で「分かる?」と聞いたら「分かりません、もっと撫でてていいですか?」という表情で返された。
「まー、これなら楽でいい。街道につながるこの空き地に直線の大通りを作る」
ティシュレーは街道のある方角を指し示す。その方向からは弟子のドワーフ達が長いロープを持ってきている。どうやら街道から引っ張っているようだ。
「このまままっすぐ行く中にいくつかあるだろ、岩」
「あー……」
確かに、まだ気を抜いた後の地面は岩だらけだ。
「今みたいな感じで頼む。石材の確保にもよさそうだ」
「ええ……」
親指を立てて笑うティシュレー。どうやら全部シュタルクに任せる様だ。
■道と灯火
「お疲れ様です、シュタルク様」
ティシュレーに指示されるまま、ひたすら岩石砕きをつづけたシュタルクは、現在草原に寝ころび休憩中。
そんな彼を労るようにフェルンが寄り添う。
「あの、フェルンさん」
「はい。なんでしょう」
現在仰向けになっているシュタルクから微妙にフェルンの表情が見えない。というのも――
「なんで膝枕なの?」
「疲れた旦那様を癒すのは妻の務めです。シュタルク様は頑張りました。しばらくこうしていてください」
「いや、ちょっと恥ずかしい……」
シュタルクの見上げた空の半分が彼女の上半身のふくらみで隠れているから。
そして、膝枕でなでなで付き。普段、シュタルクはこういう事をしようとするとすぐに逃げる。
その為、お疲れ状態を狙って、フェルンはシュタルクを捕まえる。
「逃げたらだめ」
頭を掴まれ、ロックされると動けない。
もちろん、フェルンとシュタルクの力の差で言えば振りほどくなんて朝飯前……とは言わずとも簡単な事。
「離してぇ」
「だめ」
だが、そんなことをしてもシュタルクに1銅貨の得もない。後に残るはフェルンの不機嫌ストーム。
「よしよし」
「子供扱いしないで……」
夫婦の様子を遠巻きに作業をしながら見つめているのはドワーフとエルフ。
「あいつら何しとるんだ」
最近のフェルンの趣味だね。シュタルクはとにかく一定距離以上甘えてこないから。
強制的に甘えるという本能を身体に刻み込んでる……らしいよ。ちょっと前に、ザインが言ってた」
「伝聞系か。いや、まあ。そうなんだろうな。不器用な相互反応はああなるっちゅう奴だな。ところで、シュタルクに声かけていいと思うか?」
「業務連絡?良いと思うけど、フェルンの機嫌はどうなるかわかんないな」
フリーレンの反応に「そうか」とティシュレーは肩をすくめた。
ここからは街道からつながる街の道を引きつつ、簡易の外壁を作っていく。道に岩を、壁に木材を……と思っているのだが。
「ああいう時間も要るわな。後継ぎもいるわけだし」
「そういえば、ゼーリエも言ってたな。フェルンの体調には気を付けろって」
「なんじゃそりゃ?」
「子供は栄養を欲するという事さ」
ティシュレーは「ふむ」と頷くと納得したようにしばらくは作業を続けるようだった。
「魔法使いってのは大変だな。そんなものまで子供に捧げるのか」
「子供には……すべてを捧げるものだよ。ゼーリエも
私も……そう在ろうとした。できたかどうかわからないけど。でもそれが、自身がお腹を痛めてまで産む存在であれば……そうだね」
フリーレンはフェルンとシュタルクを見て微笑む。
「命だってかけてもいい存在になりうる」
「それには賛同できるな……まあ、なに。魔法を手足の一部と思っているお前たちにとってはなかなか大変だろうと思っただけだ」
「そうだね。私は経験ないけど大変だろうね……」
フリーレンの呑気な言葉に苦笑したティシュレーは作業を続ける弟子たちの下に向かっていった。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタルク、フェルン。さすがにもういいだろ」
「なんでしょう、ティシュレー様」
心なしか、顔がつやつやしている気がするフェルンの様子にティシュレーはちょっとため息をついた。
あれから小一時間ほど残りの作業を済ませて様子を見に来た。
「二人ともちょっと来い。今後の話をしよう」
「いいけど、どうしたんだ?」
シュタルクがいぶかしんだのはティシュレーがなかなかいいおっさんフェイスで笑っているから。
おっさんの様で悪戯をしたい子供のようないい笑顔だ。
「ついでに見せたいものがある」
「わかった」
この人がこういうならいいものなのだろう。そう思ってシュタルクは膝をついて立ち上がる。
続けてフェルンも立ち上がろうとしたが。
「っ!」
「フェルンっ」
ずっと膝枕していた弊害はあったらしい。足に上手く力が入らず、フェルンがふらついたのでシュタルクがその腕をとる。
「すいません」
「いいよ。でも、フェルン、ずっと膝枕はやっぱりよくないぞ。足がしびれちゃうじゃん」
シュタルクの言葉にフェルンは口元に指を当てて考え込む。
だが、すぐに切り替えて悪戯っぽく笑う。
「そうですね……次からは反省を生かし、長時間の場合は負担がかからないように屋内でやりましょう」
「するにはするんだ……」
「したいです」
とかなんとかやり取りをしていると――
「いちゃついとるところ済まんが、続きは家に帰ってから好きなだけやってくれ。ついたぞ」
街の外壁の骨についた仮設の高台。ドワーフ達の仕事は本当に早い。これぐらいの物はあっという間に組み立ててしまう。
「縄で締めただけの仮組だ、誰でもできる」といっているがシュタルクには無理だ。
「登れ。良いものが見えるぞ」
というティシュレーの言葉にフェルンとシュタルクは顔を見合わせた。
シュタルクは梯子を上り、フェルンはそのまま魔法で上昇する。
その、仮設の高台の塔の上から見えたものは。
「フリーレン。頼んだ」
「フェルン。シュタルク、見ててね。行くよ」
夕暮れさし、暗くなりかけた敷地。
街の中を通る大通りの予定通路に、まっすぐに並べられた設置型の松明。
下にいたフリーレンが指を鳴らした瞬間。それに火がともった。
「――おお!」
「……すごいですね」
高台から見えるのは、通路になる予定の場所を示すように光る松明の灯。
街道からつながるメインの大通りと、交差するように横に通じる十字の通り。
そこからいくつか分岐した通路予定地が見える。
「ま、仮予定だがな。大通りに敷いてある石組はお前が割った岩をいくつか使った。
足りん分はこれから調達だがまあ記念だ」
「ありがとうティシュレーさん」
浮いているフェルンの隣にフリーレンもやってくる。彼女もこの光景を満足げに眺めていた。
「どう?二人とも?冒険者暮らしをしていた私たちが切り開いた土地だ。頑張った甲斐はあったんじゃないかな?」
「ありがとうございますフリーレン様」
「お礼を言われるほどの事はしてないよフェルン。言ったでしょ。二人の我儘に数百年付き合うなんて私にとっては苦労のうちにも入らないって」
フリーレンの彼女らしい言葉。それはこの地に残る事を決めた時から変わらないフリーレンなりの激励の言葉である。
だが、それでもフェルンは思うのだ。
「そうかもしれませんけど。私は、嬉しいことをしてもらったときは、言いたいのです。ありがとうと、感謝の言葉を」
「そっか。じゃあ受け取っておくよ。これからもやることたくさんあるからキリなくなるよ?」
「そうですね、だからたくさん感謝の言葉を重ねましょう」
きっと、フェルンは。妻になっても母になっても、その命尽きるまで、フリーレンの傍にいたいのであろう。
そう思いながらもシュタルクは再度、道の予定地の灯を見下ろす。
ようやく、少し見えてきた街のカタチ。
全く見えなかった実感が徐々に湧いてくるのを感じる。
「土地も真っ平らという訳じゃないし、高低差のある場所もあるからの。
どう切り崩し、どう残すかはこれから考えよう」
「ああ。よろしく頼むよティシュレーさん。みんなの協力が俺には必要だ」
シュタルクが差し出した手。それを見て「ふん」という反応を返すが、サプライズがうまくいった子供の様に上機嫌だ。
「まあ、アイゼンの支払いの分は手伝ってやるよ」
「前から聞いたけど、師匠はティシュレーさんにいくら払ったの?」
「聞いていないのか?」
「聞いてない」
ニヤッと笑ったティシュレーは
「お前らの家の建築費と……」
「と?」
夕日を眺めるドワーフは自分の髭を撫で、彼の弟子たちが今も整備を続ける街の中央通りの候補地を眺めながら、しみじみと呟く。
「――わしら職人が平和に作り育てられる世界だ」
彼の言葉に苦笑したシュタルクは肩をすくめた。
シュタルクにとっては生まれた時から魔王はフリーレンたちが倒していた。
もちろん、そんな時代でもシュタルクの故郷は滅ぼされたため、何もかも平和とは言い難い。だが、もっと……どうにもならなかった時代があったのだろう。
(こうして、コツコツ作り出したものが、砕かれる世界か……それは辛かっただろうな)
誰もが何かと戦っている。でも誰かに救われることもある。救われた結果、別の誰かを救う事もある。
フリーレンとの旅の中で……ヒンメルに救われた人達にシュタルクやフェルンも救われてきた。
「なるほど……そりゃ大金だ。俺も頑張らないと」
そうして世界は出来ている。だからこそ繋がなければならないのだろう。
■家路と道半ば
日も落ち始め、シュタルクとフェルンは家路についている最中。
『もう少し片付けてから撤収する。どうせまた明日もやるしな』
というのはティシュレー達の言葉だ。
何故かフリーレンも現場に少し残ってから帰るという。そんなわけでフェルンと二人。
「気を使っていただいたのかもしれませんね」
「やっぱりそうか」
なんとなく申し訳なくなって頭を掻いてみるが格好はつかない。
「なんか、フェルンには手伝ってもらってばっかりだけど、疲れてない? 大丈夫?」
心配げに声をかけてしまうシュタルク。クレ地方はシュタルクの故郷でありフェルンの故郷ではない。
そんな場所に縛り付けてしまっている。手伝わせてしまっている。彼女はあの日からずっと寄り添ってくれる。
だからこそ、なんとなく気になってしまうのだ。
「疲れていません……と言うとウソになりますが。それでも、この程度は旅をしていた日々とそう変わりありません。
むしろ今は、当時より忙しくて大変だけど、それでも安心します」
「どうして?」
フェルンの言葉にシュタルクは不思議そうに聞き返してしまう。
彼女は仕方ありませんねと言う様子で小さく嘆息した。
ふいに腕に絡んでくるフェルンの腕。絡んだ瞬間に分かる彼女の柔らかくて暖かい体。
「帰り着く場所ができました。そしてそれは日々変化して……ちょっとずつ大きくなろうとしている」
そう、返してくれるフェルンの言葉が心の芯に落ちてくる。
彼女がシュタルクの求めていることに、寄り添ってくれている。
喜びを享受し共有し、増幅しようとしていてくれていることが分かる。
――だが、これはシュタルクの中にあるちょっとした不安とエゴだ。本当は聞くべきではないと思う。
「帰る場所か。ここでよかった?南側諸国へと。フェルンの本当の故郷に……帰らなくても良かった?」
野暮だと思う。でも聞かずにはいられなかった。日に日に変化を見せるシュタルクの故郷の風景を隣で見てくれるフェルンはどう思っているのだろう?
そう思って彼女の方向を向いた瞬間
――ふにっという感触で頬に当たるフェルンの指先。
フェルンはシュタルクの頬に指先を当てたまま笑っていた。
「――シュタルク様は本当に甘えたがりになってくれました」
「……どういう事?」
聞き返すとより腕を強く絡めて体重を預けてきた。
と言っても、フェルンの体重なんてシュタルクからすれば羽のように軽い……いや嘘だけど。
「今までずっと、そんな我儘言ってくれませんでした。むしろ、シュタルク様は私が嫌がる事は本当にすぐにやめてしまうぐらいでしたし」
「いや、嫌がることはダメでしょ」
「ダメですけど、言って欲しいこともあるんです。いつだってシュタルク様の願いを言ってください。私もできるだけ言葉にします。私たちは夫婦なのですから」
願いを言葉にしあう事。簡単ではない。何故ならやっぱり相手の嫌がることはあるかもしれない。
でも言葉にせずにため込むことはもっと違う。それはきっと……
「夫婦……家族か」
「はい。私たちは冒険者パーティーではなく、家族になったのです。私は……それがすごく幸せです」
シュタルクの腕を取り、少し体重をかけるぐらいにしがみつくフェルン。
押し付けられる彼女の身体の感触の強さはきっと愛情の大きさを表現しているのだろう。
「じゃあ、聞くけど。怒らないでね」
「失礼だったら怒りますよ」
「じゃあ、改めて……」
凄く良い笑顔で言ってくるからフェルンって怖い。
「フェルンは……南側諸国に帰らなくても良かった? 俺の故郷でよかった?」
その瞬間、しがみついていた腕が手放される。と同時にシュタルクの頬がフェルンの手でつかまれた。
「シュタルク様」
「な、なに……?」
引き寄せられた顔はフェルンの真正面にとらえられた。フェルンの瞳はいつも深い輝きで引き込まれるような色をしている。
「ここはどこですか?戦士の村ですか?」
「いや、もう戦士の村は無くて……違うけど……」
「あれは何ですか?」
フェルンが指さすのは、これから帰る自分たちの家。
「俺たちの……家……」
「私は、シュタルク様の何ですか?私たちは何ですか?」
「フェルンは、俺の、お嫁さんです。俺たちは……家族です」
シュタルクの言葉を聞いたフェルンは満足そうに笑う。分かり切ったことの確認のような……不思議な問答。
「じゃあ……もうここはシュタルク様の故郷ではなく、私たちの故郷ですよ。いいも悪いもありません」
フェルンの言葉に不思議と涙が漏れそうになった。
「でも、南側諸国にはフェルンが昔過ごした……お父さんとお母さんや想い出が」
「父と母は、ハイター様が弔ってくれました。それに思い出はいつもここにあります」
そう言ってフェルンはいつも大切に持っているペンダントを開き、中の写真を見せてくれる。
そこには優し気な女性と男性。シュタルクにとっては会う事もかなわないお義父さんとお義母さんが写っている。
「未練もない……なんて言えません。でも、戦争で滅んだ南側諸国の村も、シュトラールで過ごしたハイター様の家も。
今ここに出来た私たちの家も。全部私にとっての故郷です。比べるべくもありません」
「フェルン……」
ヘタレだったシュタルクの人生に意味と方向性を与えてくれる彼女の意思は。
その強さに感謝を超えた尊敬すら覚える。フェルンは強い。強い女性だ。だから傍にいたいし、守っていたいと思う。
彼女が隣にいてくれるだけで、明日の進む先が一人の時より一歩多めに望める。進みたい先が願いになって表れる。
「シュタルク様のもやもやに対する、答えになっていますか?」
「ああ……ありがとう」
その言葉を聞いたフェルンは再びシュタルクの腕を組みなおして歩き出す。
結局。全部手のひらの上。何に悩んでいたのかすら承知の上の問答。ただ、夫婦として言葉で交わした今の絆と立ち位置。
きっとこれはそんな夫婦の言葉遊びでしかないのだろう。でも。
「いつか、ここのことが落ち着いたら。南側諸国も、お墓参りに行こう。情勢が簡単には許さないかもしれないけど」
「シュタルク様……」
「ハイター様には挨拶したけど、お義父さんとお義母さんに報告しないと。『娘さんもらっていいですか?』って」
フェルンはその言葉にくすくす笑い出す。
「きっとその頃には、夫婦だけじゃなく、新しい命も芽生えていて『何をいまさら』って怒られちゃいますよ?」
空いた手でお腹をさするフェルンにシュタルクは目を丸くする。
「え?」
「ちょっと前に、ハイター様に会いに行った後、フリーレン様に確認してもらいました」
「そうなの?!どうして教えてくれなかったの!?」
「慌ただしかったですし。それに――」
フェルンは慌ててワタワタしているシュタルクの顔の前に一本指を立てて、シュタルクを静止させる。
「綺麗な光景の下で、そういう顔、見たかったですから」
彼女が振り向く先。星が見えかかる空の下、遠くでは街の原型となる灯火が光る作りかけの平野が見える。
「そっか。これからか……そうだな、これからだな。街も、家族も」
「そうです。長い人生の旅になると思いますよ。今度は私たちが作り、守り、育てなければなりません。旅をするより難しいと思います」
フェルンの口調にシュタルクは『さすがフェルンだ』と苦笑いで返してしまう。
あの日、シュタルクがパーティーを抜けると伝え、泣きながらぶつかり合った日から、より一層覚悟が定まってしまった。
彼女の人生に対する決意なのだろう。
―― 家族を造り、育て、いずれはあの不器用なエルフの人生に寄り添える何かを作りたい。
「そりゃ、オレオールにたどり着くより難しい依頼だな……」
「はい、手伝ってください」
フェルンがシュタルクの願いに寄り添っているように、シュタルクの今は彼女の望みに寄り添っている。
だからきっとすべてが連鎖している。幸せを願うという事はそういう事なんだろう。
■今日も今日とて
翌日。寝室に差し込む朝日に目覚めたシュタルク。
「フェルン。朝だぞ。起きよう」
「ん……」
夫婦……というか、我が家が完成してからはずっと一緒の寝室で寝ているので基本的には朝は一緒。
夜は、その日の気持ち次第で、何かしたり大人しく寝てたり。半年もするとフェルンの身体に負担のあることは出来なくなるが。
大抵は相互に抱き枕にして寝ているため、先に起きた方がもう一方を起こすことになる。
「フェルン。起きて」
「シュタルク様……もっと、シュタルク様の好きにして……私は……大丈夫……」
「いや、何を!?朝だからね!」
半裸なのでしがみついたフェルンの感触がじかに当たってまあまあ困るのだけれど、そこは男として我慢だ。
今日も朝食を取ってからやることはたくさんある。
「シュタルク様……おはようございます……」
「おはよう。お願いだから朝はもう少し手加減して」
「……何をですか?」
正面を隠すことなく伸びをしたフェルン……まだちょっと覚醒しきっていない様子だ。
今更見ていない体の部位などほぼ存在しないのだけれど、つい視線をそらしてしまう。
「とりあえず、朝食の準備を進めておくから、フリーレンの事よろしくね」
「はい、わかりました」
そんな感じでまた新しい朝はやってくる。
✧ ✧ ✧ ✧
その日は、グラナト領からの使節団がやってくることになっていた。
シュタルクとフェルンはその出迎えと応対。
「ここが、予定地ですね」
「はい。街道からつながる街を作りたいなと。あ、資材はあちらに置き場を作りました」
「分かりました。素敵な街になるとよいですね。グラナト伯爵も強い期待をされています。中央諸国に盟友の地ができるとも」
「ははは……」
正直、グラナト領クラスの街なんて100年かかっても作れる気がしないのだが。
それはまあ、おいおい考えていこうと心に留めておく。いつか、連なる子供たちが頑張ってくれると信じるしかない。
「ところで、あの、あそこにある大型の宝箱ですが……」
ふと、荷物の中にあった大型の宝箱。
ああ、やっぱり気になるよねぇ……嫌な予感もちょっぴりする。
「ああ、あれですか。アレは――」
そう言いながら、使節団の代表の文官の人は持ってきていた書類から何かを取り出し始める。
「中身を、確認しても?」というと、どうぞと鍵を差し出して答えてくれたので、フェルンは宝箱を開いた。
「ッッ!!」
開いた瞬間フェルンが固まる。ちらっと見えた色からわからないでもない。――見たくない。でも必要なものだ。
「まずは当面の活動費。シュトラール金貨で1000枚です」
「……はい?」
聞いたことのないシュトラール金貨の枚数に気が遠くなる。いつかフリーレンがノルム商会にした借金の倍額に聞こえた。
「あの……本当にそんなに?」
「街を作るのですよね?畑も作ると」
「はい……」
「おそらく……この金額では済まないと思いますよ。いずれ労働者も増えるでしょうし。産業と流通が生じるまでは」
グラナト伯爵と複数の貴族たちの連盟の書類がシュタルクに手渡された。
「此方にサインを」
そこには――
『以前言った通りだ。私の責任でお前たちに期待する貴族連盟から融資する。
まずは初期投資だ。おそらく足りなくなるだろう。その時は言え。
利子は取らん。だが……必ず成し遂げ、返せ。期待している』
書類は受け取ったものの、手と足が震える。いまだフェルンも宝箱の前で固まったままだ。
「あが……ががががががが……」
「それと、お二人は建設が軌道に乗った段階で、一度グラナト領に来いと。
経営、運営に関する知識を一気に叩き込むとおっしゃっておいででした。よほどお二人に期待されておいでですね」
耳から聞こえる情報が脳裏に落ちてこない。
「シュトラール金貨……1000枚借金……はは……」
頑張るといった矢先、くじけそうだが……頑張るしかないのだろう。
~to be Continued……~