葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション


巡る命は天より来まし、世界は全てこともなし」から「春を越えて、願いは実る【完】」の間にある、シュタルクとフェルンが夫婦になり、新米領主となってからのクレ地方再建のお話となります。


一部、アフターオレオールシリーズの過去の設定が出てきます。関連しているのは以下
-迷子と行商のラプソディ

全何回になるかは未定ですがシリーズ内のシリーズとして少しずつ描いていきます。


■ あらすじ
オイサーストへの旅の終わり、シュタルクとフェルンの二人はお互いの願いと向き合い、一つの結論に至った。

『旅のパーティーを終わらせ、家族となること』

家族を造り、家を作り、子を作り、村を再生させ、そして一人のエルフの未来を守ること。
そして、これは、人々の天敵である大魔族すら斃す英雄の二人が手を取り、縁をたどり、人と繋がり、彼らの故郷を作り上げる物語。

街道と接続し、人々の過ごしやすい町を建設するため、木を伐り、岩を砕き、敷地を用意したシュタルクたちは街の中核となる中央路の敷設を始める。
その一方、グラナト伯爵から資材と共に届けられたのはシュトラール金貨にして1000枚の街の開拓と運営の融資金だった。


領主シュタルクのクレ地方再建生活 其の2 ~Lord Stark’s Reconstruction Journal of the Klee Region~

■大金と金庫番


 

中央諸国 クレ地方 戦士の村跡地

 

そこにはかつて、大陸へと優秀な戦士を輩出する村が存在した。

しかし、たった一人の魔族の侵攻により村は灰燼と消え、静かにその歴史から姿を消した。

 

―― 魔王亡き後も人類に猛威を振るった魔族最強の将軍リヴァーレ。そのリヴァーレを討ち、大陸の英雄となる、たった一人の青年を残して。

 

というのは随分と昔の話。今現在その青年はというと。

 

「どどどどど、どうすればいいのこれ?! 預かれないよこんなの!!」

 

恐れ慄いていた。

 

「シュタルク様。落ち着いてください。とりあえず、保管場所を決めましょう」

 

そんな戦々恐々状態のシュタルクに声をかけたのは魔法使いフェルン。

 

「そ、そうだな……ありがとうフェルン。俺もちょっと、シュトラール金貨1000枚に気が動転していた」

「いえ、シュタルク様の妻としては当然の義務です」

 

そんな彼女は今やシュタルクの奥様であり、領主夫人という立ち位置の人物となっている。

魔法使いから魔法奥様にクラスチェンジしたフェルンはグラナト伯爵の使節団から渡された大型の宝箱の前で思案中。

 

さて、なぜこのような状況になったのか?

それは戦士の村に帰ったシュタルクがこの地の復興を決意したから。

最初は村の立ち上げ直しのつもりだった。だが、国の支援を申請しに行ったフリーレンが約束してくれたらしいのだ。

 

気付いたらクレ地方にある戦士の村近隣一帯の領主という立場になっていた。

貴族連盟公認の自治領として、突然持ち主に返還された形だ。持ち主は、唯一生き残った戦士の村の正当後継者であるシュタルク。

 

代表して縁もあり、比較的近いという理由でグラナト伯爵が後見人となっている。

オルデン卿はかなりそれには物を言いたげだったが、さすがにフォーリヒは遠いという事で身を引いたらしい。

 

閑話休題――

 

とにかく、それゆえの融資金。それがシュトラール金貨1000枚である。

シュトラール金貨は10枚あればフリーレンとフェルンとシュタルクが1年3食おやつ付きで生活できる金額となる。

つまり、生活にだけ使えば100年遊んで暮らせる。いや、そんなことはしないけれど。

 

『多分、全然足りないと思いますよ』

 

というのは使節団で指揮していた文官の言葉。シュタルクにはイメージが湧かない話だ。

 

「家の書斎のクローゼット。ここに『命懸けで宝物庫の扉を閉じる魔法』で施錠して……」

「フェルンも落ち着いて、クローゼットが開かなくなる! 開けたとか閉じたとか、空間に誰かが手を触れたとか、検知できる魔法があったら、そういうので」

 

シュタルクの言葉にフェルンは思案し「分かりました。フリーレン様に相談しましょう」と返してきた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュトラール金貨の入った宝箱はシュタルクとフェルンで預かり、家の中に運び込んだ。

今日は自宅で待っていたフリーレンが宝箱を見て目を丸くしていたのが忘れられない。

 

興奮気味に「開けて良い?」と聞いてくるので「中身はシュトラール金貨だけど?」と伝えると物凄く残念そうにしていた。

フリーレンの感覚は独特である。人間と比べてはるかに長寿な彼女にとって資金とは魔力と似たようなリソースという概念を持っているらしい。

中身がくだらなかろうが魔法的な英知こそが彼女にとってのお宝であり、金とはあくまで交換資源なのだ。

 

「よくよく考えたら、本質はそういうものかもしれませんね。もちろんお金があるに越したことはありませんが」

「そうだね。明日のごはんに困窮はしたくないなぁ……フェルンのためにも」

「私ですか?」

「今のフェルンはフェルンだけじゃないでしょ」

 

そう言うとフェルンはきょとんとしてからお腹を押さえて「そうですね」と笑う。

そうしているとフリーレンが顎に手を当てたポーズで宝箱の正面までやって来た。

 

「それで、そのお金どうするの?」

「当たり前だけど、街の建設費……変なことに使わないでね。借金だから」

「流石にしないけど。そんな大金を家に置くのか……ちょっと周囲の結界を厳重にしないとね。

 シュタルクとフェルンが、強盗の類に後れを取る可能性は低いけど……純粋な盗賊には注意しないと」

「書斎のクローゼットとかに置こうかなって。まだそんなに使ってない部屋だし」

 

というと、フリーレンは腕を組んで思案する。あまりいいアイディアではなかったことは見た目に明らかだ。

シュタルクには思いつかないまずい点でもあるのだろうかと聞き返す。

 

「なんか、ダメかな?」

「いや、書斎は今使わなくてもすぐにものすごく使うことになると思うよ、当面のシュタルクの仕事場だ。金庫替わりにはできない」

「え……? 現場で街作りだよね?」

「シュタルクがいつも現場で作業しちゃダメでしょ。それはティシュレーたちドワーフや、これから雇う労働者たちの仕事だ。

 グラナト領でアウラと戦ったあとの再建を手伝ったとき、グラナト伯爵は何をしていた? 現場でつるはしを持っていた?」

「いや、滅茶苦茶忙しそうに会議してたけど……」

「そういう事だよ」

 

フリーレンの言葉にぐうの音も出ない。そう、肉体派の極致のシュタルクだが今後は考え方を変えなければならない。

なんせ、シュタルクが言い始めた故郷の再建なのだ。なんだか、想像してたより規模がおかしい気もするけど。

色んな人の口車に乗せられている気もするけど。もう止まれないのも事実。

 

「私たちや生まれてくる子供たち、延いては戦って散っていった戦士たちの自慢の故郷にしてくれるんでしょ。期待しているよ、領主シュタルク」

「頑張りましょう、シュタルク様」

「はい……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

とはいえ、金庫問題は重大である。何せ金額が金額だ。こんな田舎町でシュトラール金貨1000枚の宝箱を普通においていては危険だ。

 

「金庫? あるだろ?」

「え……」

「あー、その石材は後で分断して道に敷くからあっちに運べ」

 

あっけらかんと答えるのは、現場監督中の職人ドワーフのティシュレーの言葉だ。

彼は、手元にある資材の納品書を片手に弟子たちに指示している最中。

 

「あの……金庫があるって?」

「お前らの家の地下だ。居間とキッチンの間に鍵のついた床扉があるだろ。ああ、鍵はフリーレンに渡したっきりだったな、説明はしていたが」

「聞いてないよ?あれってなんか調味料とか入れる物置っぽい何かだと思ってたけど?!」

「何を言っとる、階段から地下室につながっとる。ああ、密閉空間だから入るときは気を付けろ」

「本当に聞いてないけど!?フリーレン!!」

 

後ろを振り向くと、申し訳なさそうな微妙な顔のフリーレンが無言で立っている。

これは、完全に失念していてごめんねのスタイルだ。

 

「フリーレン様……知っていたのですか」

「……待って、聞いてよ。必要な時になったら伝えようと思ってたんだよ」

「今必要だけど!?」

「私も入ったことなかったからね」

 

やれやれという様子でフェルンがため息をつき、フリーレンに手を差し伸べる。

それは握手のように手を取れという様子ではなく。

 

「フリーレン様。鍵を。私が預かります」

 

無表情のフェルンの圧に押されたフリーレンはしょんぼりしつつも「はい」と答え、魔法の位相空間から取り出したそれをフェルンに手渡したのだった。

 

■地下室とゴーレムと


 

「ここが……」

 

件の床扉を開き、現れた地下階段。ちょっと隠しダンジョンのようで、若干テンションが上がった3人が見たのは小さな部屋だった。

当然明かりもないので、フェルンの出した光源の魔法だけが頼りだ。

 

「家の中の地下空間だから、カンテラや松明を持って入ったらダメだよ」とはフリーレンの言葉。

 

「悪くないね。当面の運用資金で50枚~100枚ぐらいを持っておいて他は全部ここにおいて魔法で封印しよう」

「開けるときは?」

「フェルンか私が必須」

「……いいけどね」

 

シュタルク名義で借りた資金の紐はフェルンの手にある。なんだか我が家のヒエラルキーを感じるが、それが最適ではある。

むしろ、シュタルクの財布のひもをフェルンが握っていてくれるのだ。ありがたい話ではある。

 

――と自分に言い聞かせつつ、将来的にはへそくりをどうやって貯めるべきか検討が必要だ。

 

このままでは先々フェルンに花をプレゼントするにも、フェルンへ申請する羽目になる。

街の運営費は仕方ないにしても、個人の財布は確保せねばならない。

 

「シュタルク様、どうかされましたか?微妙な顔をして」

「何でもないよ。ちゃんとしたお金の使い方勉強しないとなーって」

「そうですね。こんな大金になると私たちの常識だと困ることが多そうです」

 

微妙にずれているが、考えていることがばれても困るのでとりあえず頷いておいた。

そんなシュタルクの悩みはつゆ知らず、フェルンは周囲を見渡す。

 

隔離した岩づくりの地下空間。入口以外の侵入方法はない。とはいえ――

高度な魔法で不可能が可能になる可能性を捨てきれない。気にし過ぎだとは思うが。

 

「流石に、ここまでくるとそうそう奪われることはないとは思いますが、一応保険は欲しいですね」

「そうだなぁ……」

 

フェルンの一言にフリーレンは考え込む。

 

「宝箱を魔法で疑似ミミックにしてもいいんだけど……」

「流石にやめて」

 

ミミックにはこだわりのあるらしいフリーレンだったが、これは資金を運用する側が困る。

シュタルクが反対の声を上げると同時に「そうだ」とフリーレンはポンと手を叩いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「これでいい?」

 

とシュタルクが運んできた大きな麻袋からゴロゴロと取り出したのは先日シュタルクが砕いた岩の破片。

現場で作業中のティシュレーからもらって来た。

 

「そうだね。そんなもんで良いと思う」

「なんに使うの?上から降ってくる罠とか?」

「シュタルク。私を誰と思ってるの?」

「誰って、フリーレン?」

 

シュタルクのずれた回答にフリーレンはちょっと脱力しつつも「一応、伝説の勇者パーティーの魔法使いだよ」と答えた。

 

フリーレンが掲げた杖が輝きだすと同時に、岩がガタガタと揺れて一か所に集まっていく。

 

「これは、ゴーレムの魔法?」

 

フェルンの声にフリーレンは「あたり」と答えながら地面を杖で突く。すると、地面に魔法陣が刻まれた。

その魔法陣の上に徐々に足、腰、胴、腕と岩のゴーレムが形成されていく。

 

「おお」

「どう?」

「これは、ゴーレム式の門番?」

 

ダンジョンでよく見るゴーレムのトラップ。侵入者が近寄ってくると発動して襲い掛かってくるものだ。

 

「強さは素材と込めた魔力に依存するけど、私とフェルンが家に住んでいる限りはそんなに問題にならないんじゃないかな」

「おおお、凄い」

 

むふーと言う感じで腰に手を当てたフリーレンは自慢げに説明してくれる。

どうやら、フリーレンに認識されない者が宝物に触れた瞬間、襲い掛かってくるらしい。

 

「これで万全じゃないかな」

「俺が、取り出したときは?」

「多分大丈夫だと思うけど……一応フェルンと一緒がいいね。どっちにしろ扉も宝箱も開けられないし」

「ですよね……」

 

流石に我が家の中でゴーレムとバトルをしたくない。

しょんぼりしながら返事をすると、肩に手を置いたフェルンが微笑む。

 

「一緒に運営しましょう、シュタルク様」

「はい……」

 

やっぱりフェルンの掌の上になるらしい。

 

「どうかしました?」

「なんでもないよ」

 

心地いいからそれもいいかと、シュタルクは何もない天井を見上げるのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「どうだった?」

 

外に出ると、岩袋を運ぶのを手伝ってくれたティシュレーが待っていた。

 

「ありがとう、ティシュレーさん。これで何とかなりそうだ」

 

シュタルクの礼にティシュレーは髭を触りながらにやりと笑う。

 

「アレだろ。『こんなこともあろうかと』準備しておいてよかっただろ」

「なんだその言い回し。いや、凄く助かったけど」

「シュタルク。人間はいつ何時も、トラブルに備えた布石を敷いておくもんだ。

 それがドンピシャにはまったときはこういうんだよ。『こんなこともあろうかと』ってな。先人の知恵だ」

 

あまりにいい顔で笑うのでシュタルクもつられてにやけてしまう。

 

「それって知恵か?」

「お決まりの言いたいセリフと言う奴だ。ロマンだろ」

「なんだよロマンって」

「『技術者は金のみにて働くにあらず』だシュタルク」

「つまりロマンが必要ってか?あの地下室が?」

 

そんなシュタルクの質問にティシュレーは親指を立てて答える。

 

「床の扉を開けたら、地下室行きの階段が出てきた時」

「うん」

「ちょっとワクワクしただろ」

 

そんな彼の言葉に思わず苦笑してしまった。

 

「降参だよ、爺さん。それはその通りだ」

 

という感じで、渡された大金の問題はひとまず解決を見たのだった。

 

■道と水路と水源と


 

資金は当面の活動の100枚をフェルンが持って、残りは金庫で封印した。

どれぐらいの勢いでなくなるかは分からないので、しばらくは様子見だ。

 

「いくらかは銀貨に交換したほうがいいかもね。私たちの手持ちで当面はしのいでもいいけど」

 

というのはフリーレンのアドバイス。確かにシュトラール金貨は単価が高い。

今後、労働者を雇ったり、資材を買うにしても、場合によってはやり取りが難しいのだ。

 

「どこかでグラナト伯爵にお願いをするしかないか」

「そうだね。その方がいい。伯爵に信頼できる筋の商人を紹介してもらおう。できれば雇えるぐらいの人を」

「どういう事?」

 

首をかしげるシュタルクに、フリーレンが人差し指を立てて指摘するように答えた。

 

「商人ってのは、戦闘力はないけれど、強かさは折り紙付きだ。北部高原ですら活動拠点にするノルム商会を見たでしょ」

「それは知ってるけど、どういう事?」

「戦士と魔法使いとしては世界屈指のシュタルクとフェルンは、お金の運用に関しては民間人もいいところだってこと」

「つまり?」

 

察しの悪いシュタルクの様子に、フリーレンは半眼になって黙り込む。

どう説明したものかと悩んでいるようだ。

 

「信頼できる交渉先を媒介しないと、数多の商人が私たちの資金を狙って大挙してくるってことですか?」

「そういう事」

 

フェルンのフォローにうなずいたフリーレン。シュタルクは腕を組んでなるほどとうなずく。

 

「必要のない物は何も買わなければいいんじゃないの?」

「シュタルク。それだよ」

「何が?」

「それぐらいの感覚で商品を見ている人の心を掴み、物を買わせるのが本物の商人だ」

 

フリーレンの真剣な表情にシュタルクはたじろぐ。

 

「ただでさえ、今私たちの現金はちょっとした大貴族レベルだ」

「借金だけどな……」

「現金って言ったでしょ。物があるということは使うことができる」

「うん……」

 

瞳を閉じ、ゆっくりと語る様子にシュタルクはゴクリと唾をのんだ。

 

「例えば、とても貴重な魔導書を交渉の場に出されたら、私は買ってしまうかもしれない」

「――ダメじゃねえか」

 

とまあそんなことを話しながら、現場に移動していたわけだが。

 

「お前ら、くだらない雑談しているうちに、着いたぞ」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ティシュレーの言葉にシュタルクは辺りを見回し「おお」と感嘆の声を上げる。

街道から入る道、仮設の門からの通路に石材が敷き詰められた道が中央まで続いていた。

 

「すごいじゃん、道ができている」

「まだできとらん。土の上に石材を埋めただけだ」

「他に何かいるの?」

「こいつを隙間に流し込む」

 

と言ってティシュレーが見せてくれたのは、灰色の泥のような何か。

 

「それは?」

「石灰と砂利を練った目地材だ。これは今はドロドロしているが、乾かすと凝固する特性がある」

「へー」

 

シュタルクは珍しそうにティシュレーの持ちだした目地材を眺める。

が、ティシュレーはちょっと納得できなさそうに嘆息する。

 

「へー、ってお前、今まで家の壁とかどうやって作られていたと思っとるんだ?」

「え、岩を削って……いや、むりか。さすがに砕けるな。あ、なるほど」

「そうだ。全部こいつの応用だ。建材とこいつの組み合わせで作る。まあ、家を建てる場合はそれに適した配合をするが……」

「勉強になるなぁ……」

 

本気でそう言っているシュタルクにティシュレーはため息をついた。

 

「全部こいつにすると馬車が何度も通ると割れて砕ける。だから岩を埋め、その間をこいつで固めることで丈夫な道になる訳だ」

「おー」

「分かっとるか?」

「なんとなく」

 

完全に理解させても仕方ないと判断したのか、ティシュレーは「まあいい、こい」と言ってシュタルクとフェルンを目的の場所に案内した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

通路予定の場所は途中まで岩が敷き詰められているが、その他の場所は道の端だけが整えられている。

綺麗な岩が隙間なく埋められているのは、オルデン卿の使節団から送られてきた資材によるものだろう。最初から綺麗に加工されている。

 

「ティシュレーさん、これは?」

「通路を敷き詰めるチームはそれはそれでやっとるが、この通路の縁は先に加工済みの建材で埋めとったんだ」

 

縁に並ぶ建材をフェルンがのぞき込む。外側は少し溝ができている様子だった。

 

「これは……水路でしょうか?」

「そうだ。この道の両端に水路を通す」

「飲み水?」

「違う。排水用だ。飲み水は地下から汲み上げる」

 

ティシュレーの説明に、溝は街の外に流れる川へと続くように見えた。

 

「なるほど。ここからあっちに水の流れを作るんだ」

「まあ、そういう事だ。常に水が流れる川にするわけじゃない。雨などが降ったときに流れるようにするだけだ」

「ここも、石や先ほどの目地材で埋めるのですか?」

「そうなるな」

 

どうやらまだまだ道づくりは続くようだ。当面は使節団からもらった資材で作るのだろうがやっぱりどこかで足りなくなるだろう。

そうなると資金を使って資材を買わねばならない。

 

「ま、そういう事だ。どこかで商人に取り次いで資材を買う必要も出る。準備しておけ」

「分かった。それで、呼んだのは他の要件もあるんだよな?」

 

と言うとティシュレーは「うむ」と頷いた。

 

「フェルンの嬢ちゃん、魔法で水のありかを調査できるか」

「一応、可能ではありますが。……あ、なるほど。井戸を掘る場所を決めるのですね」

「そういう事だ」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

フリーレンに指示を受けながらフェルンが杖を構えている。資源探索の魔法を教わっているようだ。

彼女は過去、ノルム商会に依頼されて銀鉱を魔法で探し当てている。魔力の波を発し、求める資源の方向とおおよその位置を把握する……らしいが、シュタルクには原理がよく分からない。

 

「フリーレンからやれると聞いたが、魔法で水源まで探せるとはな。便利なもんだ」

「普段どうやってるんだ?」

 

つい気になって聞いてみる。井戸を作るために掘って何もないとなると割とつらい。

 

「こいつだ」

「棒?」

 

折れた2本の棒を手渡された。

 

「魔法の棒?」

「いや、普通の棒だ。そいつを軽く握り、周りの植生や土の状態を見て水源が地下にあると思わしき所に行くと」

 

そう言ってティシュレーは2本の棒をもってフェルンとフリーレンの方向へ歩いていく。

真っ直ぐに向けていた棒が徐々に開いていく。

 

「おお、どういう事?」

「人間の性質らしいがな、細かい理屈を説明してもお前は判らんだろ。水や鉄のようなものをこうして2本の棒が動く。そういう特性がある」

「……なるほど?でもフェルンの魔法に頼るのは何故?」

「そりゃ精度の問題だ」

 

2本の棒を腰の道具入れに収めつつも答えるティシュレー。

 

「おおよその場所は地質やこのダウジングって方法で調べる。おおよその場所が分かると、ここから更に試し掘りをしながら探し当てるんだが……

 ここから土地をひっくり返すのは非効率的だ。確実に行くなら候補の場所を魔法で調べて、確実に掘っていくのがいい」

「なるほど」

 

フェルンとフリーレンの方を見ると二人が手を振ってくれる。

 

「準備出来たみたいだ」

「シュタルク様。ティシュレー様。そろそろ始めます」

「出来そう?」

 

シュタルクが問いかけるとフェルンは杖を出現させて応えた。

彼女が瞳を閉じ、魔力を集中し始めると身体が宙に浮遊し、周辺が風で揺れ始める。

 

「おおっ、なんか雰囲気あるの」

「雰囲気だけじゃダメでしょ」

 

一瞬、杖が光り、光が収束する。どうやら放出した魔力の波らしい。

 

「……ありました。この真下です。ティシュレー様の計測が正確ですね」

「どのぐらい掘ればいい?」

「おそらく15m程度掘れば水源に当たると思います」

「良し、分かった。野郎ども、準備だ!」

 

ティシュレーの合図と共に石材と石灰で作った目地材を持ったドワーフ達がやって来た。

代わりにフリーレンとフェルンがシュタルクの元に戻ってくる。

 

「井戸はね。ああやって掘りながら少しずつ、外壁を作っていくんだ」

「掘ってから、井戸の筒を差し込むとかじゃダメなの?」

「そんなこと普通にできないでしょ……結構大変なんだよ。だから場所は外せない」

「そう言えば、家の近くにも井戸あったな……あれは?」

「あれは、戦士の村に元からあった廃井戸の下にまだ水源があったから、ティシュレー達が掘りなおしてくれたんだよ」

 

全然気づかなかった。当たり前のように使っていたが……

 

ちなみに戦士の村の跡地の生活用の水源は2種類ある。

近くの湖から流れる小川から引いた生活用の水と、井戸水から取る飲み水の2種類だ。

旅の途中は割と川の水でも飲んでいたが……できるなら常飲するのはやめておいた方がいいということで、洗い物や風呂の水に使っている。

 

「私たちは魔法で確認できましたが、大変なのですね。飲み水の確保って」

「そうだね。人が住む場所を確保するってのはそういう事だ」

 

と言ったあたりでシュタルクは辺りを見回しつつ……

 

「井戸一つでここら一帯の人たちの生活は賄えないよね」

「一か所で良いと思う?幸い、ここは割と水に困らない豊かな土地だ。近くに湖もあるし、雑木林もあったしね」

「あ、やっぱりいっぱい掘るよね……」

 

どうやら、まだまだ数は要るらしい。

 

■英雄の胎動


 

それからしばらくの間、中央通りの十字路の敷設、それに沿った排水路の建築。そして飲料用の井戸掘り、簡易の外壁の構築などなどの作業が続いた。

井戸の水は飲料水に使うのだが、生活用の水は別に引いた方がよさそう、というのはフリーレンの言葉。

そんな理由で、結局上流の川から水を引き、流量をコントロールできる人工の川も通すことになっていた……

 

「やることが……考えることが多い……」

「それはそうだ。街を一つ作るのだぞ。これからだ」

 

そして、現在シュタルクが来ているのはグラナト領。

 

『文官として鍛えてやるから、時折数日こちらに来い』

 

というグラナト伯爵の恩情を受けて、シュタルクが単身で通っている。往復生活というやつだ。

ちなみに移動時間がもったいないだろうという話もあり、フリーレンの開発中の転移の魔法の実験台となった。

人生で味わったことのない連続転移移動の感覚で途中、気分が悪くなり、何度もギブアップしかけたが……

 

『魔力量の消費が結構多いけど……まあ、私がシュタルク一人運ぶなら1時間程度でグラナト領に到着したね』

 

両手を地面につけてぐったりするシュタルクの後ろで、むふーという自慢げな顔のフリーレンが忘れられない。

 

その後、グラナト伯爵の部下たちに拉致され、基本的な礼儀作法の叩き込みから始まり……

現在は大陸貴族連盟や商業ギルド共通の契約書の書き方、予算書の作り方などを叩き込まれている。

ちなみにフェルンは体が第一という事で来ていない。フリーレンと魔法協会で構築した結界の外に出るのは厳禁とされている。

 

それで彼女が安全であるならシュタルクとして願うべくもない。

 

「つらいです、伯爵……訳わかんないです……覚えきれないです」

「暗記する必要はない。マニュアルは渡す。いつ見てもいい。とにかく今は、方法論と流れを知ることだ。

 もちろん暗記してもいいが……誰しもこんなものは日々の仕事の反復でやっているうちに覚えるからな」

「そうなんですか……?」

 

シュタルクが必死に書いた書類を見てにやりと笑ったグラナト伯爵。

その表情は不足を感じているのか、満足そうなのか、シュタルクには想像できない。ただ――

 

「伯爵。なんだか、楽しそうですね……」

「そうか?……そうだな。少し、楽しいのかもしれんな」

 

グラナト伯爵はシュタルクの渡した書類をトンと机の上に置き、赤いペンを側近から受け取った。

書類の上を滑らすようにペンを走らせた後。

 

「儂の見立てだが、案外スジは悪くない。お前は自身が思っているより勤勉だ」

 

物凄くいろんな場所に赤修正が入った書類を渡される。

筋が悪くないけど滅茶苦茶直されているのは……いやがらせではなく期待の分量なのだろう。それは……アイゼンの特訓で理解はしている。

 

「はい……頑張ってます」

 

でもえげつない修正量に涙は出てしまう。

 

「そうだな。楽しいのかもしれんな。後に続くものに何かを伝えるのは良いことだ……」

 

グラナト伯爵はその子息を断頭台のアウラとの戦いの中で喪っている。

本来は、その人物に伝えるつもりだったのだろう。ふと、伯爵と初めて会話した時の事を思い出す。

アウラの腹心につかまった伯爵を救出しようとしたときだったか――

 

『……なんだ、昼間の冒険者のガキか……息子がお迎えに来たのかと思ったぞ……』

『ひでぇありさまだな。ここまですんのかよ。今助けてやる』

『……震えているな』

『悪いかよ』

『いや、勇敢だ……死んだ息子も出陣前は震えていた……』

 

あれは、あの時の言葉は、伯爵のちょっとした弱音と願いだったのかもしれない。だが、シュタルクは――

 

「『俺には、師匠って父親がいる』か……?まあ、お前は息子とは似ても似つかん。性格も違う。お前は儂の子ではない」

「伯爵?」

「しかし、それでもだ。意思と、願いと、信念は何かにつながる。それは人の未来を願う力だ。だから儂もオルデン卿も、他の連中もお前達に期待している」

 

改めて感じるのは、目の前にいるグラナト伯爵は……『民の英雄』なのだろう。

大魔族と斬り合うことも可能なシュタルクとは、まったく力の方向の違う英雄。大きく見える。今のシュタルクの力では太刀打ちできない。

 

「……できる限り、頑張ります」

 

シュタルクは隣にいた文官から新しい契約書の台紙を受け取る。先ほど受け取った赤入れされた書類を見ながらまた新たに課題の契約書を書き始めた。

 

「そうだな、儂を納得させてみろ」

 

そんなグラナト卿のスパルタ特訓の最中――

 

「失礼します!!緊急の連絡が!」

「何だ?」

 

突如、グラナト伯爵の部下が慌てた様子で書斎に入り込んできた。それは――

 

「クレ地方からの連絡で、フェルン様が……作業の最中に事故で怪我をしたと!!」

「ッッ!?」

「シュタルク、かまわん。すぐに戻れ!」

 

本当に、シュタルクにとっては背筋の凍る緊急の連絡だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「大げさです……」

「良かったぁァァァァ……」

 

ソファーに座っているフェルンの膝にしがみつくように泣きじゃくるのは、この地の領主であり今や英雄でもあるシュタルク。

 

「フリーレン様、一体どんな手紙を送ったんですか?」

「フェルンが作業中に転落して転んで擦りむいたことを書いた手紙を送った」

 

きょとんとした顔で説明する師匠のフリーレンにフェルンは半眼になってしまう。

いまだフェルンの膝にしがみつき、珍しく離れようとしないシュタルクの頭をなでなでしつつ……

 

「井戸の探査魔法の最中に、数センチ浮いていたときに魔法が失敗して、尻もちをついただけです……

 擦りむいたのはそのとき地面についた左手だけですよ」

「良かったよぉぉぉぉぉ」

 

安堵の大泣きをするシュタルクは、連絡を聞いてから爆速で帰って来た。

途中で馬車の速度に耐えられなくなり、自力で走って来た……というのは嘘か本当か。

フェルンの姿を見るなり、人目もはばからず抱きついて泣き始め、この様子なので真相が分からない。

 

「シュタルク様……話が進みませんから落ち着いてください」

 

真相は分からないが、シュタルクがいかほどに心配したのかは火を見るよりも明らかだ。

フェルンとしては、それは純粋に嬉しい。

 

「左手のここです。ほら、ちょっと擦りむいたところだけ」

「本当に、痛くない?平気?」

「痛くありません……というか、魔族と戦った時はこんなのじゃすまないぐらいの流血沙汰を見ているでしょう。そろそろしゃんとしてください」

 

シュタルクのどことなく幼児退行してしまっている精神を、現実に引き戻しつつ、フェルンは説明を続ける。

 

「シュタルク様、その……状況が一つ進みました」

「何の?」

 

シュタルクが疑問で返すとフェルンはお腹をさすり、フリーレンが細かく説明を始める。

 

「ちょっと前に、フェルンの魔力が不安定になるかもしれないって話をしたよね。それが今だ」

「どういう事?」

「簡単なことだよ。おなかの赤ちゃんがフェルンの魔力を吸い出した。これからしばらくフェルンは魔力の制御がおぼつかなくなる」

「え?」

 

シュタルクが驚いた表情でフェルンを見るとフェルンも苦笑いで答える。

 

「そうか……はは……そうか……」

「はい、作業の最中に……突然だったので、お尻から落ちてしまいました」

「そう、シュタルクはいなかったから知らないだろうけど、その後、現場ではフェルンが悪阻で――」

「――フリーレン様!!」

 

状況をフリーレンが余計な情報を伝えようとしたので慌てて遮る。

そんな様子を意にも介さないようにシュタルクはちょっと固まっているようだ。

 

「シュタルク様?」

「そっか、そういう話だったんだな……俺、もっと頑張るよ……だからフェルンも頑張ってくれ!」

 

両肩を掴んだシュタルクは勢い込んでフェルンに詰め寄る。

女性をあまり乱暴に扱うなと日ごろ言っているのだが、まあ今日ばかりは許そうとフェルンは思う。

 

「シュタルク様は、いつも頑張りすぎているぐらいに頑張っていますよ。

 まだしばらくは……お腹も目立たないですが、半年ほど過ぎると結構目立った大きさにもなってきて生活に支障も出るかもしれません。

 その時に助けてください」

「分かってるフェルン。そうだよな……俺たちの夢の一つだ」

「はい。私たちの夢の大切な一歩です」

 

微笑むフェルンにシュタルクは立ち上がりフェルンの手を取る。

 

「やっぱり俺は頑張るよ。でも無理はしないように心がけるから。辛いときは言ってくれ」

「はい。お願いしますね……お父さん」

「おう!」

 

という形で、ちょっとしたトラブルも起きつつ、通路と水路整備の開始から1か月ほどが経過した。

 

■家と移民と商人と


 

面を貸せというティシュレーに連れられて、現場で相談中のシュタルク。

 

「仮設の住居か……」

「そうだ。そろそろ、人を迎え入れる環境を作らねばならん。外部から来ている建築労働者もいつまでも儂らの事務所に雑魚寝というわけにもいくまい」

「人の迎え入れは確かに考えないとだな」

 

通路と水路の初期の敷設にも目途は立ってきた。もちろん、すべてが終わったわけではない。住居が建ち始めると、いくつか細かい調整は必要になるだろう。

それでも道だけでは話にならない。折角インフラが整ってきたのだ。

 

「グラナト伯爵やオルデン卿から移民希望者のリストは来ているんだろ?」

「あ、うん。今フェルンと確認中」

 

シュタルクが幼い頃、この街は魔族の侵攻によって滅んだ。その時の非戦闘要員だった避難民達。

当然相応の時間が経っており、彼らも他の地に根を下ろした生活をしている。子供が生まれていれば、今の住処で過ごすであろうが……

 

「いま、こうして、この地の主が戻って故郷を立ち上げ直そうとしている。都合のいい出来すぎた美談だ。

 だが、人の郷愁の念とは捨てがたいものだ。この地に戻りたいと思うものもいるだろう」

「そうだな……」

 

旅の中。故郷の大事さは世界中で見てきた。大切だと思うから今こうして頑張っている。

 

「戻ってきたいって思えるのなら……それは、嬉しいな」

 

シュタルクが苦笑すると、ティシュレーは肩を叩いて現場の指示に戻った

 

「そしてもう一件、これまで資材は近隣から採取したりして何とかやりくりしてきたが、そろそろ限界だ。

 家も建てるし、人を呼ぶなら食料の備蓄もいる。そろそろ商人を呼び込め」

「やっぱりいるかー」

「普通の商人は人がいないと来ないし、お前の手元の資金を目的に来る奴は少々信頼ならん。

 まずは、グラナト伯爵の仲介で契約できるヤツだな。もちろん、支援を要請してもいいが」

 

ティシュレーの言葉にシュタルクはうーんと考え込む。

ここまで支援の資材はグラナト伯爵や……あとフォーリヒのオルデン卿もなんやかんやで送ってくれている。

遠慮をするわけではないが……

 

「頼りすぎると自立できないよな」

「フェルンとよく相談しろ。わしらはまずは受け入れするための簡易の家を作る準備を進めよう」

 

ティシュレーが指をさしたほうを見ると、フリーレンが付き添っているフェルンの姿が見えた。

書類を持ってシュタルクに手を振っている。

 

「ほれ、嫁が呼んでいるぞ。行ってやれ」

「分かった、爺さん。ありがとう」

 

フェルンには移民のリストの調査と資産の計算をしてもらっていたのだ。その話だろう。

あと……最近グラナト領に行く機会が多いので、極力シュタルクの傍にいたがる。

フェルンも今の体調のこともあり、いろいろ不安なのかもしれない。一応フリーレンがいるから、ある程度は我慢してくれているようだけど。

 

「フェルン!」

「シュタルク様、ある程度絞り込みが終わりました。あちらで相談させてください」

 

と言ってフェルンが指さしたのはまだまだ仮設の街中央事務所。領主の館……というにはまだまだ時間がかかる建物だが。

 

「分かった」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「グラナト伯爵とオルデン卿の両名から頂いた、戦士の村の縁者と、新居を求めている人達のリストがこちらです。

 私の方で、子連れの家族や、手に職のある人たちを優先して選びました」

「ありがとうフェルン」

 

要するに、渡された候補の全員をいきなり受け入れることは難しいということだ。

もちろん、全員受け入れろと言われているわけではない。しかし、可能な限り受け入れてあげたいという気持ちはあっても現実は難しい。

 

「ティシュレーさんからも言われたよ。人を受け入れるならそのための資材と食料が必要だぞって」

「住居も必要ですからね」

「資金の消化具合は……?」

「シュタルク様とティシュレー様がかなり資材を自前調達してくれたので、近隣からの買い付けと一部の労働者ギルドへの依頼で20枚ほどです。

 ですが、現在計画しているインフラ整備を完了させると多分100枚程度が必要になると思います」

 

実は隙を見て、シュタルクとドワーフたちで戦士の村と予定地の間にある岩や木材を先んじて採取していたのだ。それをそのまま資材にしている。

結構頑張ってきたが、採取と加工をあまりティシュレーさんたちドワーフにやらせると、メインの建設作業が進まないのだ。

 

「となると……やっぱり商会と交渉が必要か。遅かれ早かれだよな」

「はい、住民もこの地に来た段階でいきなり生産に回れるわけではありませんし」

 

そんな訳で、オルデン卿へと手紙を書き、信頼できる商会への取次をお願いすることにした。

 

「フェルンは来れないし、フリーレンを連れて行くわけにもいかない……となると」

「はい、シュタルク様。お願いします」

「やっぱそうなるよねー」

 

腹芸は苦手だ。だがそれでも……

 

「街のため、引いてはお嫁さんのフェルンとお腹の子のため、頑張るよ」

 

シュタルクは頬をパチンと叩きながら気合を入れる。瞳を開けると真正面にフェルンの顔があった。

パチンと叩いた掌の上を、フェルンが手で覆っている。要するにシュタルクの顔を両手でつかんでいる状態。

 

「うわっ!何?どうしたの?」

 

フェルンがいつもの平静な顔からにっこりと表情を緩ませる。

 

「元気が出るおまじないです」

 

こういう時の彼女の行動は早い。一流の剣士の一撃を紙一重で回避するシュタルクでも避けられない。

いや、ちょっと意味が違うんだけど避けられないものは避けられないのだ。

 

「ちょっ、フェルンさん!?」

 

頬に触れる唇の柔らかい感触。少し前はもうちょっといろいろしていたんだけど、今はお互い自粛中。

何故なら本当に大事な時期だからだ。フリーレンからも「何があってもえっちなことは絶対禁止だからね」と厳命されている。

 

「すみません、今してあげられるのはこれくらいなので……」

「いや、ここ職場だし、今のでも十分だよ?」

「いえ、シュタルク様は、旅の間は無欲の極みでしたが……

 結婚してからは、相応の欲望を持った男性であると身をもって知りましたので。何もしてあげられなくて大丈夫かなと」

「言い方ぁ……」

 

フェルンの言いたいことは分かる。分かるのだけれども昼間言わなくてもいいのでは?

いや、何かフェルンの琴線に触れることを言ったからだろうか。

少し前にフリーレンから「今のフェルンにえっちな事は絶対禁止」と言いつけられている。

いや多分フェルンも言われているとは思うけれど。あまりに大事な事なので守るしかない。

あまりにも大人しく守っているシュタルクの様子に、フェルンはある意味心配を感じているのかもしれない。

 

「あの、フェルンさん……」

「はい」

「その、心配しなくても、俺一人でそんな変なことしないよ?したことないでしょ?」

 

何を隠そうというか、隠してはいないが、こう見えて妙齢の女性に声をかけるのはちょっと苦手だ。

フェルン相手だけで十分だしお腹いっぱいまである。

 

「はい、シュタルク様は疑っていません」

「じゃあ、どうしたの?」

「私が気にしているのはシュタルク様の無自覚さと周りの話です。

 いくら、グラナト伯爵の仲介とはいえ相手は商人。

 調子づいた大人達に『いい店に連れて行ってやる』と言われても決して付いていかないように」

 

なんだか分からないけど、物凄い迫力だったので「はい、わかりました……」とだけ答えておいた。

 

■交渉の第一歩


 

お腹に我が子のいる愛する妻から言われた「浮気ダメ絶対」の厳命。

そもそも、浮気なんてする度胸はミリもなければフェルン以外の女性ってよく分からない。

そんなシュタルクは結局何を気を付ければいいのか?

 

出かける前にティシュレーに聞いてみたところ――

 

『接待とハニートラップに気を付けろってことだろ。

 あと、嬢ちゃんが気にしとるのはあれだ。お前のお人好しに女の方が寄ってくるケースだろ』

『そんなこと、起きた試しがないけど』

『まあ、あれだけ普段からガッツリガードされてりゃ来ねえわ』

『どういう事?』

 

というところで答えてくれなかった。

 

「伯爵、シュタルクです」

 

ということで、またグラナト領へやって来た。

謁見室ではなく、最近は毎度おなじみになった応接室のドアを叩いた。

 

「お入りください」

 

と招いてくれたのは部下の文官の一人だった。

 

「失礼します」

 

と、習った礼儀作法に則り、部屋に入った。

事前に連絡していたためか、中央に向かい合わされていたグラナト伯爵の正面には誰かが座っていた。

 

(今回の……交渉相手?)

 

シュタルクが部屋に入ってきた瞬間グラナト伯爵がニッと笑ったのが見える。

ぶっつけ本番の交渉。どことなく『うまく交渉して見せろ』という表情にも感じた。

 

(やべぇ、緊張してきた。フェルン、フリーレン。俺に力を……)

 

力をもらっても仕方ないけど、勇気は欲しい。

そう思った瞬間、クレ地方を出る前にフェルンからもらった『元気の出るおまじない』を思い出して、自分の頬に手で触れた。

 

「……よし」

 

腰に手を当て、小さくポーズをつけて、応接のテーブルに進んだ。

グラナト伯爵が片側に寄っているのは、隣に座れという事だろう。つまり、正面の人物が交渉相手でシュタルクから依頼をしろという事だ。

 

一礼してから椅子に掛け、小さく会釈した。

 

「本日は、私たちの要請でお時間を頂いたことを大変ありがたく――」

「――構いません。そこまで硬い挨拶は不要ですよ」

 

シュタルクと年齢がそう変わらない、比較的若い男性の声だった。

ふと、この声に聞き覚えがある気がして、顔を上げた瞬間に思い出した。

 

『勇者一行の魔法使いフリーレン様。80年前の借金、耳をそろえて返して頂きましょうか』

『北側諸国で、最も信用のあるライヒ金貨換算でも300枚を超える。果たして工面できるのですか?』

 

大陸でも過酷な地、北部高原にて城壁都市を構え、自治領すら構える大規模商会のそれを統括する人物。

 

「ノルム……商会長……」

「お久しぶりです。シュタルクさん、いえ。立場を考えるとシュタルク様でしょうか?」

「どうして……?」

 

意外な人物との再会に目を丸くしていると隣のグラナト伯爵から声がかかった。

 

「儂が呼んだ。聞けばずいぶんと関わり合いがあったようではないか。

 ノルム商会はフリーレン一行に救われ、北部高原の安定を取り戻せたという話だ」

「え、いや、フリーレンが鉱山で300年分を1日で働いたぐらいの事しか……」

 

シュタルクの混乱ぶりに、ノルム商会長は苦笑した。

 

「あの日、フリーレン様が発見してくれた銀鉱により北部高原の流通は息を吹き返しました」

「そ、そうなんだ……」

 

あの日、フリーレンが借金で拉致されて1日で帰ってきて本当にドタバタした。

どれぐらいドタバタしたかというと、フェルンが「鉱山を襲撃し、フリーレン様を奪還しましょう」とか言い出したぐらいだった。

ああ見えて、領域審判してくる相手に一切容赦のないフェルンを丸1日なだめ続ける羽目になった。

 

「本来、駆け出し領主が交渉するなんてあり得ない相手だ。

 だが、お前達の旅が作り上げた縁がつないだ機会だ。それがお前を救うかもしれん。つかみ取って見せろ」

 

隣のグラナト伯爵がニヤニヤしながらシュタルクの背中を押す。

正面のノルムは膝の上に肘を置き、両手を握り、試すような笑顔をこちらに向ける。

 

「さぁ、領主シュタルク様。私たちの商談を始めましょうか」

 

およそ戦闘力というものを感じさせないのに、すさまじい圧を感じる。

背中に汗をかきながらもシュタルクは――

 

「お手柔らかに、お願いします」

 

と返すのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なるほど……状況は理解しました」

 

と、ノルムが納得した様子で頷いたのを見てシュタルクは胸をなでおろす。

シュタルクなりに必死にこれまでの経緯やこれからの計画、最終的に目指すところを説明したのだ。

 

「それで、我々に要求したいことは?」

「えっと……街を作るための建材は、加工した石材と石灰と木材……あと当面の食糧と、先々は農作物の苗や種もみなどだと思います」

「なるほど……新しい街を立てるのだから、妥当なところですね」

 

おそらく、北部高原でも規模は様々な中で村や町の復興や設立に関わっているのだろう。

中央諸国に比べても格段に危険な地域で活動している彼らにとってはスピード勝負な中で生きているはずだ。

ちなみに、隣のグラナト伯爵はニヤニヤしたまま黙っている。相変わらずスパルタ教育な人だ。

 

「では、最後の質問です。現在の総資金は貴族連盟から融資されたシュトラール金貨1000枚と伺っています。

 それなりの規模のある領地の年間予算を超える金額です。シュタルク様はこれを使って……我々にどのような利益をもたらしてくれるのですか?」

 

来た。先ほどとは空気が全く違った。

 

『商人は今物を売ればいいという露天商だけじゃない。規模が大きくなればその販路を維持して投資をしながら商売をする価値を見るんだよ』

 

というフリーレンの言葉を思い出す。

 

(つまり、俺の村で商売をする未来の利益を……証明はできないから、説明をしろってことだよな)

 

説明しようとすると喉がからからに乾き、声を出すのにも苦労した。これが商談という戦場かと手が震えた。

 

「これから……移住希望者が増えてきます。その人たちと共に作物を作り……あとドワーフの人達もいるので彼らと協力して工芸品も作れると思います。食料と工芸の産業を発達させて、いずれは商人にも損はさせない街にっっ!」

 

だめだ、予定が未定過ぎて理論がぐちゃぐちゃだ。何一つ証明も約束もできない。

この場にドワーフのティシュレーがいてくれたら工芸品の部分は相談できたかもしれないが、そんなことは今は言っていられない。

 

「なるほど……」

 

とノルムはコクコクとうなづく。

 

(通じた……? 合格? 今ので?)

 

胃の奥底がキューッと締め付けられる気持ちがちょっと軽くなる。

そして、正面でニコリと微笑んだノルムの口から出た言葉は――

 

「全く足りませんな。赤点です」

「えっ!?赤……点?」

 

シュタルクの目の前が真っ白になるほどの威力を持っていた。

 

■英雄と縁がつなぐ未来


 

「あの……えっと……困ります」

「ふむ、しかし、我々もこの商流を作り上げるためには莫大なコストがかかります。現在の融資金が尽きたらそれで終了。

 これでは困りますよ?どうしますか?」

「あう……それは……」

 

ノルム商会長の正論にぐうの音も出ない。だってこれから誰が来るのか分からないし、何が採れるのか分からないし、明確な回答はどこにもない。

だめだ。このままでは断られて、商談に失敗してしまう。そして、取り次いでくれたグラナト伯爵のメンツも丸つぶれになってしまう。

 

下腹部の脚の間にある男の大切な二つのあれがキューッと締め付けられる感覚を覚える。

要するにお腹痛い。「助けて、フェルン」と叫びたい。

 

「と、まあ、駆け出しの領主様への教育はこの辺にしましょうか」

 

と、ノルム商会長はパンと手を叩いた。その音に驚いてシュタルクは顔を上げた。

 

「教……育……?」

「フっ、ノルム殿も人が悪いな」

「え、伯爵、どういう事?」

「言葉通りだが、ノルム殿の話を聞いた方が早い」

 

何か謀られたのか。もう全然わからなくてシュタルクは涙目でグラナト伯爵を見るが、ヒントもくれない。

 

「さて、シュタルク様。なんやかんやと言いましたが、先ほどまでの指摘は商会側の……いわゆる商人としての大事な理屈です」

「はい……そうだと思います。でも、資金がある分は融通してもらわないと本当に困ってしまって……」

 

シュタルクがあんまりにもしょんぼりした顔で言うのでノルムはしょうがないとばかりに苦笑する。

 

「我々は、刹那的な仕事に興味はありません。未来の価値の話をしたいのです」

 

そう言うと、ノルムは背後に控えさせていた護衛の男に「彼をここに」と声をかけた。

そのまま護衛の男の一人は部屋の外へ出て行き、誰かを呼び出しに向かった。

 

「しかし。ここで全く関係を断つことが我々の利益になるとは思っていません。

 フリーレン様の見つけてくれた銀鉱は北部高原を確かに救いました。そして、シュタルク様と今ここにいないフェルン様」

「はい……」

「あなたたちが旅の中で戦った結果、救った人の数を知っていますか?」

 

ノルムの質問に首をかしげる。どこからどこまでが救ったことになるのだろう?

よく分からない。関わった人の数なら……それなりに数えられると思うけど。

 

「分かりません……」と答えると「そうでしょうね」と彼は笑った。質問の意図が分からない。

 

「北部高原のすべてだと、私は理解しています」

「……はい?」

 

そんなノルムの口から発せられた突拍子のない言葉に首をかしげる。

 

「あなた達の旅と戦いが、人を救い、連鎖して、北部高原を救った。あの地に生きるすべての人達が生きていける。

 もちろん、それだけがすべてではありません。そのための一部の要因であり、様々な積み重ねの一つです」

「はあ……」

 

ノルムの背後のドアが開き、1名の人物が入って来た。

 

「ですが、それなしに成し遂げることは出来ませんでした。我々はこの『恩義』という名の『借金』を返さねばなりません」

 

その人物の顔にシュタルクは見覚えがある。

 

「ですので、こうしましょう」

 

かつて、隣町を訪れた時に街道の中で行方不明になった母を探していた商人の卵の少年と、その少年を探していた商人の父親。

通りすがりのちょっとした縁だった。母の行方を求めて必死な少年の想いを捨て置けなかったシュタルクのある種の『悪癖』、その結果。

 

『本当に、ありがとうございました。この御恩は、時間を掛けてでも、必ず……』

『そんなに、重く捉えなくてもいいよ。でも、一つだけお願いしていいか?』

『は、はい……なんでも!』

『この道の先……今はまだ、朽ちた地しかありませんが……いずれ村ができると思います』

『ああ、5年か10年か少し先になるかも知れないけど、きっとできるからさ……

 セルブスト、お前が商人として自立した時に商品を運んできて、商いをしてくれないか?』

 

商人の親子と一つの約束をしたのだ。

 

「今こそ、その恩義に我々も報いる時ではありませんか?」

「シュタルクさん……息子と、妻の魂があなた達に救われた事を一日たりとも忘れたことはありません。

 息子のセルブストは……命を救ってくれた貴方へ報いるために今も賢明に学んでいます」

「ハンデルさん……?」

「我々ノルム商会の責任で物資の調達をしましょう。これを買い付け、運搬・販売をハンデルさんの商業旅団に委託します。

 これにより、リスクを分散します」

 

その父、ハンデルは恩義に必ず報いるという約束を果たしに来てくれたのだ。

 

「シュタルク。言っただろう。お前達の積み重ねた縁がお前たちを救うと。だからつかみ取って見せろ」

「さて、ここからは……契約に関するレクチャーです。授業料は出世払いで頂きましょう」

 

背もたれに倒れたシュタルクは一気に脱力した。

 

「はは……してやられました……」

 

何に負けて何に勝ったのか分からない。だけど……

 

「頑張ったよフェルン」

 

約束は何とか果たせそうだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルク様……!!」

 

自宅に帰った瞬間、玄関でぐったりと倒れかけたシュタルクを抱き止めたのは、彼の新妻のフェルンだった。

 

「疲れた……」

「お疲れ様です。手紙でも知りました。商談がうまくいったと。数日後にはハンデルさん達の代表の方が注文書を持ってきてくれるそうです」

 

あまりに力が入らない……が、フェルンに全体重をかけるわけにもいかず、彼女の胸元に顔をうずめる程度でとどまった。

こういうことは、あまりするべきではないのだろうなーとは思うが……今はいっぱい甘えたい。もう精神が限界である。

 

「怖かったよぉぉぉぉぉ、もうだめかと思った……」

「よしよし、シュタルク様は頑張りました」

「……フェルンの、おまじないすごく効いたよ。……勇気が出た」

「そうですか?毎日お仕事前に要りますか?」

 

『毎日……毎日かぁ~悪くないなぁ』と、夜の寝室を除けば、欲望が極薄のシュタルクにしては甘い方向に思考が寄っていく。

純粋に心が栄養を欲している。フェルンの胸の谷間に顔をうずめていると何も考えられない。

 

「……欲しいかもしれない」

 

一方でそんなシュタルクのつぶやきを聞いたフェルンは色んな意味で色めき立つ。

先日、怪我の報告にあわてて帰ってきた時は、なんだかんだシュタルクを平静に返してしまった。

今考えると、実にもったいないことをしてしまったとも思える。

 

「シュタルク様、少々汗臭いですね。お風呂に入りましょう」

「……はい」

 

言葉をかけると、何の思考も介さず肯定を帰すシュタルク。

フェルンは心の中で「やはり……」と確信し、一気に攻勢をかけることにした。

 

「一緒に入りますか?」

「……入る」

「そのあと、耳掃除もしましょう。膝枕で」

「……する」

「添い寝も要りますか?」

「……要る」

 

もう、シュタルクが言われるがままにしか動かない。あまりに素直な様子にフェルンはゴクリと喉を鳴らした。

過度に甘えさせようとすると、拾って来たばかりの捨て犬の様に逃げるのがシュタルクという男なのだ。

滅多に見せない状況にフェルンはテンションが有頂天になりそうだったが、ぶんぶんと首を振って平静を保とうとした。

 

―― このまま慎重に事を運べば全てを制することが可能っ!!

 

「では行きましょうか、シュタルク様」

「……うん」

 

そんな感じで、時にはフェルンにも体重を預けつつ、領主シュタルクのクレ地方再建生活は続くのだった。

 

~ to be continued ~

 




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