葬送フリーレン~アフターオレオール~ 作:rvr75_raiden
■ あらすじ
オイサーストへの旅の終わり、シュタルクとフェルンの二人はお互いの願いと向き合い、一つの結論に至った。
『旅のパーティーを終わらせ、家族となること』
家族を造り、家を作り、子を作り、村を再生させ、そして一人のエルフの未来を守ること。
そして、これは、人々の天敵である大魔族すら斃す英雄の二人が手を取り、縁をたどり、人と繋がり、彼らの故郷を作り上げる物語。
街の往路を作り、水路を確保したシュタルク達だったが人を承知するに向けて更なる物資、食料の確保が急務となった。
そんなシュタルクの悩みに、グラナト伯爵が紹介してくれたのは旅の中で出会ったノルム商会であった。
彼らは北部高原の商流を救ってくれた恩義を返すために、暖かくも厳しくシュタルク達へ手を差し伸べる。
■英雄の領主様
そこにはかつて、大陸へと優秀な戦士を輩出する村が存在した。
しかし、たった一人の魔族の侵攻により村は灰燼と消え、静かにその歴史から姿を消した。
―― 魔王亡き後も人類に猛威を振るった魔族最強の将軍リヴァーレ。そのリヴァーレを討ち、大陸の英雄となる、たった一人の青年を残して。
というのは随分と昔の話。今現在その青年はというと。
「ダメだよフェルン、俺そんなに立派じゃないよ。みんなの期待と視線がいたいよぉ!!」
ちょっとヘタレていた。
「今は良いですけど、皆さんの前ではしゃんとしてくださいね」
「頑張る……」
現在は戦士の村の跡地にある我が家の中。
少しだけ……お腹が膨れてきたフェルンは無理がないようにソファーにゆったりと座っているのだが。
ひざ元で太ももに顔をぐりぐり押し付けて泣きついているのは、この地の領主……という立ち位置になっちゃったシュタルクである。
すんすんと鼻を鳴らしながら子供の様に泣きつくシュタルクを愛おしげに撫でるフェルンは満たされた表情で彼を眺める。
旅をしていた時は情けないと良くぶった切っていたのだが……そうするとシュタルクはどんどん甘えなくなることを学んだ、ここ数年。
ここまで妻慣れするのには非常に時間がかかった。
人を信じない捨て犬の様に、愛情から逃げるのだ、この男は。撫でようとすると「怖い」と言って逃げ出す。
お互いに好きだと認め合った後もなかなか苦労したのだ。
『膝枕もハグもなでなでも添い寝も怖くないよ。 ただの私なりの愛情表現ですよ』
というのをシュタルクの体に教え込む日々は苦労の連続だった……
閑話休題。
そういうフェルンが甘さを享受できるようになった日々の話はさておこう。
現在シュタルクがヘタレているのは、新たな住人たちの期待と羨望の視線に耐えられないからだ。
いずれ慣れてもらわないと困るのだが……
「どうしてればいいの? 権力者の様に振る舞えばいいの? グラナト伯爵とかオルデン卿みたいな威厳ある振る舞いがいいの?
―― いや、どれも無理ぃ。だって俺、偉くないもん!!」
「シュタルク様はいつも通りで良いと思いますよ」
「でもぉ……」
夫のシュタルクは……旅の最中から自然体で人に好かれる人だ。
およそ悪意のようなものをいい意味で纏わない。当人が何のためらいもなく人を救う。困っていたら手を差し伸べる。
村について半日散歩をしたら、村中の子供たちに遊んでとせがまれ、おじさんたちに好青年と受け入れられ、おばちゃんたちにおやつを渡される。
ともかく、若い頃からそういう人だ。
「当人の認識と周りの認識がこうも違うのはままなりませんね」
しかし、こう、当人がすり減ってメンタルがヘタレるとフェルンにダダ甘えをする癖がついたので、それでもいいかもしれない。
新妻冥利に尽きる。愛を必要とされている感が、お風呂の桶がひたひたになるまで満たされるのを感じる。
「それで何を言われたんですか?」
「自分たちの住む街だから、本宅の建築とか、外壁の拡張とか、畑の開拓とか無賃金でもいいから手伝うって……」
「……逆圧制統治者ですか?」
「違うよぉ……」
まあ、誰しも街をよくしたいのだろう。希望の土地としてやってきたのだ。
しかし、無賃金はよくない。これは先々様々なことが立ち回らなくなる……
「まだ、万全ではないにしても、生活する以上、雇用をしなければなりませんね」
「予算あるかなぁ」
「ギリギリになるとは思います」
まだ、支援金はある。借金だが。だが、いずれ追加申請が必要になりそうだ……
✧ ✧ ✧ ✧
フェルンの妊娠は……実は秘匿されている。理由は至極単純。危ういからだ。
現在シュタルクがいないときはフリーレンが付きっきりで護衛している。
という訳で、フェルンは人の前に出られない。故に……
「ティシュレー爺さん。忙しいところごめんね」
「構わん。どうせ建築する人間は儂らが雇うしな」
「ハンデルさん!!」
シュタルクが声をかけたのは商業旅団の取りまとめをしている商人のハンデル。
少し前、隣町で彼の一人息子を助けたことがある。その結果、彼は北側諸国に拠点を構えるノルム商会からの買い付けとこの街への販売をやってくれている。
資材から食料まで、幅広く。
行き来の護衛はノルム騎士団が持ってくれているらしい。それぐらい何とかしてあげたいが……
この街の最大戦力は現在ご懐妊中と付き添いで動けないし、シュタルクが出たらそれこそ本末転倒。結局は恩情に甘えることにした。
「シュタルクさん!!」
「ありがとうね、皆への呼びかけと場所まで」
「いえいえ、商いのついでですよ」
彼らが商いをするための、仮設商店と倉庫は話が決まった段階でティシュレーに急遽作ってもらった。
それぐらいはしないといけない。お金はどんどん減る一方だが、そうしなければならないのだ。
「皆さんは活気と、士気と希望にあふれている。シュタルクさんが作る未来を信じています。この街はきっといい街になる」
「プレッシャーかけるのやめてぇ……」
「では、皆さんに入っていただきますね」
いったんは、倉庫を集会場代わりに人を集めてもらったのだ。
全員ではなく働き盛りな者たちをだ。子供たちやご老人までは流石に……って感じなんだけど。
時々おばあちゃんが「私も何かの役に立てませんか……」と道すがら言われるので困る。
「皆さん、こちらです。我らが領主、英雄シュタルク様から、この街の方針に関してお伝えしたいことがあります」
なんだか、尾ひれがついてて股間辺りがきゅ~っとなる。
「前向きにあおるの止めてぇ……もっと、下げてぇ~」
「下げてどうするんじゃい……」
小さな声でぼやくと隣にいたドワーフのティシュレーが呆れた顔でため息をついた。
「これ、アイゼンも期待しておったぞ。もうすぐ父親になるんだろ。ちゃんとせい」
ばん!と背中を叩かれたシュタルクは背筋を伸ばして前に出る。
「あ~、えーと。集まってくれてありがとう。
今日はみんなに聞いて欲しいことがあるんだ。結構大事な事なんで聞いて欲しい」
人を指揮する領主だなんて本当に柄じゃない。自分ではそう思っている。
戦士シュタルクはやっぱり戦士であり、魔法使いフェルンの前方を守る守護者なのだ……
だというのに誰しもがそれを否定する。
『シュタルク、自分を卑下し過ぎだよ。シュタルクは自分が思っている以上に色んなことが出来る。その可能性を信じた時に新しい一歩が歩めるさ……ってヒンメルが言ってた』
『俺が育てた戦士シュタルクはもう、俺の手から離れた、やれるだけやってみろ。骨は拾ってやる』
『筋は悪くない……シュタルク。お前はお前が思っているより人を救える。お前の戦斧は、心の中にもある』
『シュタルク。お前は私たち一族の一つの希望だ。滅びたはずの故郷が、まだあるとお前が証明するだろう。だからやりぬいて見せろ』
フリーレンも、アイゼンも、グラナト伯爵も、オルデン卿も誰もダメと言ってくれない。
『シュタルク様なら出来ますよ。私がいます。支えます。あの旅の果ての様に……どんな光景にだって一歩ずつ歩めばそのうちたどり着けると知っているはずです』
フェルンもそう言って手を差し出してくれる。みんなが情けないはずの戦士シュタルクを信じてくれる。
ふと、家で待つ妻の姿を思い出し、シュタルクは目を閉じて苦笑した。
(……なら頑張るしかねえじゃん)
「この何にもない街を、故郷にするために来てくれた皆に礼を言いたい」
柄じゃなかろうが、何だろうが。大切な物を作り育てるためには……
「そして、皆に協力して欲しいんだ」
戦士にはがむしゃらになるべき時がある。
■何もない街と移住者たち
話は数週間程遡る。
「いよいよ、今日ですね。第1移住希望者たちがこの街にやってくるのは」
「……ああ」
フェルンと、フリーレン、ティシュレーやハンデルさん全員で検討し、受け入れ態勢を整えた結果。
グラナト伯爵の計らいで移住者の移動を受け持ってくれて、本日到着する。
「シュタルク。受け入れる領主がそんなにがちがちだと、みんな不安に思ってしまうよ」
「……うるさいなぁ、良いだろ、手が震えてたって。怖いものは怖いんだよ」
「何が怖いんだか……」
フリーレンはシュタルクの言葉に苦笑した。
害するものはいない。牙をむく魔物も、魔法で襲ってくる魔族も。
そんな物が怖いんじゃない。なんで怖いのか分からないのがとにかく怖い。
「シュタルク様」
声をかけてきたフェルンがシュタルクの震える手を握ってくれた。
瞬間感じたのは、彼女らしいすべすべの肌と、触れると少し体温の低い掌だった。
「大丈夫です」
だけど、その奥には温かさを感じる。それを頭で理解した時に不意に震えが止まってしまう。
(俺って単純だなぁ……)
「分かった、もうちょっとちゃんと……領主らしくしてみるよ」
「そのヒクついた不気味な笑顔は、少々凶悪なのでやめた方がいいと思いますよ。いつも通りで良いんです」
「言い方ぁ……」
でも、やっぱりフェルンはフェルンだな……なんて思ったところでギュッと抱きしめられた。
「いつも通りで良いんです。そのままがいいんです」
「うん。行ってきます」
彼女の背中をぽんぽんと叩いてから、名残惜しげに離れて家を後にする。
そうすると、フェルンの隣に控えていたフリーレンが駆け寄って来た。
「シュタルク。大丈夫?」
「フリーレン。任せてくれ。大丈夫だよ。多分……」
「多分かぁ……まあ、フェルンの安全だけは私が何とかするから、やれるだけやっておいで。
失敗しても、大丈夫だよ。どうとでもなる。だって何もない廃墟からここまで来たんだ」
フリーレンはいつもの笑顔でシュタルクの肩を叩いた。
思えば、フリーレンにはフェルンにも負けないぐらいに肯定してもらっている気がする。
「ああ。フェルンにも言われたからいつも通りやってくる」
「お金も最悪私が数百年かけて返すから、気軽にね」
なかなかとんでもないことを言い出して噴き出す。
ある意味究極の踏み倒しである。
「そこまで世話にならないよ。フリーレンに残したいのは借金じゃないし」
「そ、じゃぁいっておいで」
「行ってきます」
✧ ✧ ✧ ✧
街道につながる外壁門まで行ったところでふと気づく。
「いつも通りの服でもよくなかったかな?」
出かけざま、フェルンにかいがいしく着つけられたのは、オルデン卿からもらったそれっぽい礼服。
いや、それっぽいというか立派なものなのだが……シュタルクらしくて良いと言われるとちょっと仰々しい気もする。
「まあ、いんじゃないかの。お前の意図をせめてぱっと見でフォローしたいという新妻心ぐらいは察しておけ」
というのは付き添いしてくれるティシュレーの言葉だ。
「そっか。確かにそうかも」
「ほれ、来たぞ」
ティシュレーが指さした先にはグラナト領から来た一団が見える。
兵士たちに護衛された者たちが移住希望者なのであろう。
「領主シュタルク様ですね。移住者の皆様をお連れしました」
「はい。ここまで護衛していただき、ご苦労様です。大した出迎えはできませんが、少し休んでいただければ」
「お気遣いありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
――為政者なればこそ功労者には礼を尽くせ、というのはグラナト伯爵から叩き込まれたことだ。
住民たちの安全を守ってくれた護衛の騎士団を休憩所へと案内する。
ただ、おもてなしの場がドワーフ達のエール飲み場なんだけど……
「あの……シュタルク様ですか?」
おずおずと声をかけてきたのは移住民の中でも中年で大柄な男性。おそらくは年上。
戦士職でもしてたの?という筋肉質な体つきだが……およそ戦意というものを感じない。おそらくは農夫か工夫なのだろう。
「あ、私は代表のボーデンと言います。受け入れていただいた70名は、私と数名が代表ということでお話させていただければ」
「よろしくボーデンさん」
握手をすると相手の人柄やいろんなことが良くわかる。分厚い皮に覆われた働き者の手だ。
「それで、当面は家ができるまで野宿も仕方ないと思っていたのですが……」
「あー。うん。実際に住んでもらうことになる家は、将来的に立て直してもらった方がいいと思うけど」
「いえ……驚きました。もう立派なログハウスが立っているのですね。屋根があるだけでも。
子供や、老人もいますので」
大きな両手でギュッと握られる。相当感謝されているらしい。
「じゃ、じゃあ……とりあえず、皆で話をしよう。俺はそんなに偉い領主じゃない。
ここれからここを少しずつ村とか街にして、人の暮らせる場所にしたいから、まずはみんなのことやこれからのことを聞かせてほしい」
✧ ✧ ✧ ✧
グループの代表数名を事務所に呼んで、それぞれの都合を聞いていく。
一番多いのは魔族や魔物に襲われ、土地を失った者たちだ。半数以上がそういう人たちらしい。
また、いくらかは結婚などで独立を希望し、新たな住居を求めていた人たちもいた。
そして――
「生きて、居られた……のですね……」
シュタルクを見るなり泣き崩れた老人がいた。名前をヴルツェルというらしい。
「ヴルツェルさんは戦士の村を知っているのか?」
「はい……はい……奥様の美しい赤い髪。よく覚えております。あの日、すべてを投げ打ち我らを逃がした親方様や戦士たちのことを、忘れたことはありません」
「……そうか」
正直、シュタルクにとって母の記憶はない。父の髪色と自分と兄の髪色が違うためそういう遺伝は母だったのだろうな……ぐらいの認識だ。
父は……いや、この場で言及するのはやめると首を振った。
「俺も兄貴に逃がされた……みんなの事を忘れないために。この村を作ろうと思ったんだ」
「そうですか……そうですか……よかった。シュタルク様。貴方が生きていてよかった。まだ戦士の魂はこの地に残っている。受け継がれている」
涙ながらにシュタルクの手を握るヴルツェルはただただ、シュタルクの存在を確かめるように力を籠める。
「ヴルツェルは戦士だったのか?」
「崩れでございます。若い頃に負った腕の傷で戦うことが不可能になったのです……」
「そっか。でも今はまだ、戦士をする状態じゃないから、爺さんにもできることはきっとあるよ。」
どうやら、ヴルツェルさん以外にも逃げ延び、帰って来た人もいるらしい。あとで挨拶したいと言われた。
そんな話が終わったのを見たボーデンは手を挙げて立ち上がった。
「それで、シュタルク様。我々はどうすれば……?」
「まず、家を割り振っているから、生活できるかを確認してみてほしいんだ。
食事は当面、商業旅団による炊き出しがあるんだけど……料理できる人は手伝って欲しいな」
「分かりました!私たちの暮らしです。なんでもやります!」
「お、おう……」
と、初日は移動でも疲れているであろうこともあり、それぞれに割り振った仮設住宅に住んでもらうことにした。
全家族分というわけではなく、仮設の集合住宅群となるので、少し不便があるかもしれないなとは思っていたのだが、彼らは屋根と床が確保されているだけでも満足げだった。
■生活と労働と
「おかえりなさい、シュタルク様」
「ただいまぁ……」
住民の受け入れを行ってからは、ハンデルと共に物資の相談をしたり、ティシュレーと一緒に建築の相談をしたり。
てんやわんやしてから家に帰ったところ、フェルンが腕を広げて迎えてくれた。
身体と脳が抗う事を拒否して、ふらふらとフェルンの腕と胸の中に吸い寄せられてしまう。
「よしよし。シュタルク様は頑張りました」
「つかれたよぉ……」
「ご飯食べますか?」
「食べるぅ」
という感じで家の中に連れ込まれていく。フェルンの「おいで」という仕草を見るとどうしても思考力が低下してしまう癖がある。
旅の最中、フリーレンがフェルンのお世話になされるがままの姿を見て『情けねぇなぁ』『ああはなりたくないなぁ』と思っていたはずだった。
だが今はどうだ。フリーレンと何が違う?いや、もうあんまり考えたくないなぁ~。明日も働くから勘弁して。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタルク様、はい、あーん」
「あーん」
フェルンがフォークを渡してくれず、お皿の上に乗ったサラダを取ってシュタルクの口に差し出してきた。
お腹がすいていたので普通に食べた。えっ?食べていいよね?
「美味しいですか? お肉を食べる前に野菜を食べてください」
「うん。美味しい。体に染みる……」
「じゃあ次はこちら」
「あーん」
カウンター机に座ったフリーレンは肘をつきながらその様子を興味深げに見ていた。
「こういうのも成長なのかなー?」
「そうですね、シュタルク様は立派に働く誇らしい旦那様になりました」
「いま、ふにゃふにゃになって口開けてる姿って誇らしい旦那様かな?」
フリーレンが横やりを入れてくる。お腹が空いているので考えがまとまらず、反論も思いつかない。
「私にとっては都合がいい……いえ、言い間違えました、可愛らし――もとい、立派な旦那様だと思いますよ」
「フェルンにとってそうならいいんだけどね。それはさておきシュタルク」
トーンが変わったフリーレンの声がかかり、脳に若干の栄養を回し始める。
「受け入れどうだった? ティシュレーが言うには特に問題はなさそうだったって聞いたけど。シュタルクから見て」
「……みんな、いろんな事情で『故郷』を求めているんだなって」
「そうだね。それが分かったならいいよ。誰しもが魔物に怯えない夜。飢えない明日。生きていける未来を希望にやって来たんだと思う」
そう、ここが彼らの安息の地であるべきだ。そうじゃないと寝れないし、笑えない。
「なんにしても、受け入れてもらえてよかったですね。開拓と建設。頑張った甲斐がありました」
フェルンの言葉にシュタルクは深く頷いた。これまで頑張ってきた結果は、確実に表れたのだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「えーと。つまり……?」
「はい、我々も建設を手伝いたいのです。シュタルク様やティシュレー様達が我々の住環境を整えてくださっている中何もしないわけには」
3日ほどたってから、ボーデンと数名の住民たちがシュタルクに相談があると訴えかけてきた。
要するに。
「働きたいってこと?」
「はい」
考えてみれば、それはそうだ。何もせず、炊き出しだけ待つ毎日で幸せが訪れるなんて思えるわけがない。
もちろん、何も考慮していなかったわけではないのだが……
「畑作でも、炭鉱でも、建築でも、織物でも、何でもいいのです。この街を発展させるために我々もお手伝いを」
「分かった。分かったけど……ちょっと準備もあるからもう少し待ってもらえるかな?」
「家や、外壁の補強をドワーフの皆さんがやられている事だけでも手伝わせていただけませんか?賃金はいりません」
「うーん……」
手伝いと言われても、ティシュレーさん達にも素人がやっていい仕事の割り振りはあるしなぁ……
「いったん、荷物運搬の手伝いをしてもらおうか」
「はい!!」
シュタルクが悩んでいたところにティシュレーが後ろから割って入って来た。
それと同時にシュタルクの尻を叩いてくる。どうやら、時間を稼ぐから考えておけという事か。
そんな感じで……数日はティシュレーとハンデルに一時的な仕事を作ってもらって彼らに手伝ってもらっていたが。
「良くないよなぁ……」
―― という訳で話は冒頭の事態に戻ることになる訳だ。
✧ ✧ ✧ ✧
シュトラール金貨は10枚あれば、3~4人の家族の1年の食費を、3食おやつ付きで捻出できる金額である。
フェルンのおやつの話を抜いたり、狩猟もやったりしたらもうちょっと節制は行けるかもしれない。
書類にメモを書き散らしながらシュタルクは頭をひねる。
「大体1年で200枚は食費に必要ってことか……」
「シュタルクにしては賢明だね」
「うるさいな……」
後ろからのぞいてきたフリーレンに眉を寄せてシュタルクは答える。
「食料以外にも建材とか、あと、ティシュレーさん達含めて……色んな給金……うーん」
「まあ、概算だけでも3年もたたずに財政破綻だね」
「2年……と見た方がよさそうですね」
後ろからやってきたフェルンが書類の束をもってやってくる。
「大丈夫か、フェルン」
「表に出れないのです。これぐらいやらせてください」
無理はさせたくないけど、当人が言うなら致し方ない……というか、ありがたい。
「不測の事態にも備えると、2年でしょう」
「追加の融資かー」
依頼してもいいとは言われている。だが、あくまで借金である。これ以上負っていい物か分からない。
「あるいは――」
✧ ✧ ✧ ✧
ハンデルの集めた集会の場でシュタルクは全員をみてこぶしを握る。
「この街には何もない。金も正直、あんまりない。スタートしたばかりでないことだらけだ」
シュタルクの言葉にボーデン達をはじめとした住民たちはザワつく。
「だからみんなにお願いしたい。無茶なことを言うかもしれない。でもそれでも何とかしたいんだ」
「何でしょう……?」
少し不安げな回りを代表したボーデンがシュタルクに問いかける。
「皆を雇用したい。雇用するから働いて欲しい。
そして、あと2年以内に、ハンデルさんにお願いして……グラナト領やノルム商会を通してこの村の原産物を出荷したいんだ」
■勤労に感謝を
その夜。「是非もありません!!」とやる気に満ちた住民たちにものすごい迫られ……
ひとまず働けそうな人たちの面談をやり終えたシュタルクは疲れはててげっそりしていた。
働ける大人はおおよそ50名程。ものすごい数とは言い難いが……それでも街の確かな戦力だ。
「工房で働く人間の割り出しは済んだ。女性方が織物できるってのは助かるな……作れる者の幅が広がる」
「そっか、ありがとうティシュレーさん」
「ついでに、農業経験のある人間も聞いておいたぞ」
「マジで……ありがとう!!」
そう、1年目はどうにもならないかもしれないけど畑も作らなければならない。
「ビーア地方で麦の栽培を学んできたとか言っていたな。どうだ? 量を生産して出荷にも向いている。
あとは何より酒が造れる。希望があるなら醸造所は最優先で作るぞ」
「酒、好きすぎでしょ。ドワーフの文化?」
「酒は人類みな好きだろう」
そう言えば『ハイター様』も無類の酒好きとはよく聞いた気がする。フリーレンも意外と飲むので否定はできない。
しかし、我が家のお嫁様には飲ませられない。今は普通にダメだ。というか、今の状況が終わったとて酔わせて良いかどうかは悩ましい。
酔ったフェルンは十中八九シュタルクを襲うのだ。すごく気持ちいい……じゃなくて困る。
「まあ、否定はしないけど。お酒も出荷はしやすいか……」
「だろう。作り方は任せておけ」
「おいおいね。今は捕らぬフレッサーの皮算用だ」
コップに入った水を飲んでから、深いため息を漏らしたシュタルクにティシュレーはついでだと問いかける。
「で、2年以内に黒字経営に乗り出せると思うか?」
「無理だろうってのがフェルンの試算かな」
「だろうな。わし等の秘蔵の技術を全開放していろいろ出荷してやってもいいぞ。値打ちはどうなるか不明だが」
「なんだかいろいろ怖いからやめて……それにみんなで持続しないとダメでしょ」
フリーレンの魔法やドワーフの秘蔵技術を商品にするのはちょっと考えたけどやっぱりだめだ。
あるいは刹那的に莫大なお金が入る可能性はあるかもしれないけど、多分ダメだ。
これは村に暮らす人の未来を支えられない。
「賢明だな。その方がいい。過剰な性能の魔道具を流通させていいことがあった試しがない」
「だったら言わないでよ。とにかく、ちゃんと収入を得られることを証明したら、追加融資の大義名分は立つと思うんだよ」
「なんだ結局依頼するのか」
「2年後の状況をみてからね。もしかしたらすごく利益が出てもうちょっと頑張れるかも」
というと、ティシュレーはシュタルクの肩を叩いてから手を振って帰っていった。
「俺も帰るか―」
そう、今夜もフェルンが待ってる。なんだか今日も甘えないと明日頑張れない感じがある。
フリーレン曰く。何とかの犬という状態だと言っていた。
✧ ✧ ✧ ✧
帰宅してから……新婚夫婦のおかえりのハグはさておき。
フリーレンとフェルンに今日の成果を説明した後の寝室。
「良かったですね」
「まだ良かったって言いきれないなぁ……問題は山積みだ。この子が生まれるまでは落ち着いていたい」
最近寝るときはフェルンが横向きになって寝るので、シュタルクが包むような姿勢がスタンダードだ。
フェルンのお腹を優しくさすっていると「えっち」と手をつねられた。
そんなにいやらしい感じではなかったはずなのだが……
「触っちゃダメだったのぉ……」
「いいですけど、触るよって言ってから触ってください。デリケートなんです」
「ごめん……触らせてください」
というとフェルンは了承してその手を掴んでお腹に引き寄せる。
―― 小さな胎動を感じる
それは、フェルン自身の心音なのか、腹の中の小さな子の命なのか。
「街に来た人たちが。働けて嬉しいって。どういう事だろうな。これから大変なのに」
「――確かな形で、街の一員に……言い換えると、家族になりたい。という事ではないでしょうか?」
「……家族か。ちょっと前まで俺たち3人だったのに急に大家族で大変だな」
シュタルクが深く息を吐きながらしみじみ言うと、フェルンはくすくすと笑っていた。
「頑張ってください。お父さん」
その日の夜はそのまままどろんでよく覚えていない。フェルンの語り掛ける声がなんだか子守歌の様に気持ちよくてそのまま微睡んでしまった。
✧ ✧ ✧ ✧
翌朝、街の現場に入ったシュタルクを待っていたのは昨晩面接をした人たちだった。
「シュタルク様!」「領主様!おはようございます」と思い思いの呼び名でシュタルクのことを呼んでくれる。
ティシュレーが用意してくれていた作業着に着替えた彼らは、部下のドワーフ達から説明を聞いている。
「建築班だ。生産ではないが……外壁の完成は街の安全に直結するし、建物は人を受け入れるためにまだまだ必要だ」
「確かに」
よく見ればガタイのいい人たちが選ばれている。これから木材や石材を運んだりする様だ。
「よし、さっそく工房に向かうぞ」
「工房って、ティシュレーさん達の?」
「いや、新設したほうだ」
ティシュレー達ドワーフは旧戦士の村の敷地側に工房を持っている。
要するにシュタルクの家の玄関先の広場の向かいの建物だ。
「まあ、あんまりあっちに人を入れると……まずいか」
なんせ家にはお腹の大きいフェルンがいるので人がうろちょろすると結構まずい。
害意はなくとも、情報というのは伝わってしまうのだ。
「商業倉庫のついでに作っておいて良かったろう。工房」
「そうね……近いし。爺さんの先見性には頭が下がるよ」
✧ ✧ ✧ ✧
現在の工房は倉庫のような場所。そのうちもう少し格好良く増設していきたいらしい。
中に入ると木造りの織り機が数台ある一角と作業台の並ぶ場所が広がっていた。
「炉は……木造の倉庫では作れんから……まあもうちょいこの工房が育ってからだな」
「育つんだ……要するに鉄鉱石を使った生産物は難しいってこと?」
「作ってもいいが……簡易でも炉がある作業場所は慣れん者には地獄だぞ」
「そうか。じゃあ木造と石材の商品か……日用品とか?」
ティシュレーは腕を組んでうなりを上げながら考え込む。
「家具……椅子や机か。悪くないが、ただ作るだけじゃ芸がないな。
この辺りの木材は、お前たちが切り開いた時に分かった通り、良質なものが多い。
伝統的な『組み木』の技術を使えば、釘を使わずとも一生使えるほど頑丈な椅子や机が作れるぞ。
移住者たちの生活にも直ぐに必要になるし、余剰分はハンデルに預けて売り出してもいい」
シュタルクはその提案を聞いて目を輝かせた。
「それ、いいな! 毎日使うものだからこそ、丈夫で温かみがあるのは嬉しいよ」
ティシュレーは満足げに頷き、さっそく木材の選別を部下たちに命じ始めた。
「あの、私たちは……」
おずおずとシュタルクに声をかけてきたのは女性陣。
「あ、そうだ。昔住んでた村で機織りをしていたって聞いたから」
「はい……私たちは。そうですね。衣服を作って生計を立てておりました」
「そう。まさにそれをやってほしいんだ。ハンデルさんも服はどこに流通させても汎用的に売りやすいって」
シュタルクの言葉に表情を少し明るくした女性だったが、再び俯く。
「ですが、グラナト領やノルム商会に流せるほどの高級品は……」
「そんな上等じゃなくていいよ。俺たちが普段着るものぐらいで作ってもらって。ほら子供たちに似合いそうな服とか。
あそこで働いてる旦那さんの作業着によさそうなものとか、そういう感じで」
「……分かりました。そういう物であれば」
そうしていると、衣服班に混ざっていた眼鏡をかけた男性が一人だけいて、その人物が手を挙げた。
木材加工じゃないんだなと思っていると、ティシュレーが耳打ちしてきた。
「革を扱える男だ。運が良かったな。お前が近所で狩猟したら革製品が作れる」
「え、まじで……、本当に?」
「はい……靴などを作っていたのですが、皮そのものをなめして革にして売ることもしていました」
シュタルクは小さくガッツポーズをとった。狩猟なら任せろと言わんばかりだ。
「フレッサーとかワイルドボアとか捕ってくるから、頼むよ!」
「は、はい」
勢いよく頼み込む領主に少々驚きながらもその男性は頷いた。
「狩をするのは構わんが、街の運営さぼるなよ」
「……いやだなぁ、ティシュレーさん。そんなこと、しないよ?」
「こっち見て言え」
とまあ、ようやく新たな街……人口規模的には集落だが……も動き始めたのだった。
■食料と晩餐
「ごめんね、ハンデルさん。付き合わせて」
「いえ、私も気になっていたので」
部下の職人ドワーフ達がいるものの、あんまりティシュレーを引っ張りまわすといろんなことが回らない。
ただでさえ、現場指揮は殆ど彼が回しているのだ。
という訳で畑に向かうのはハンデルが一緒に来てくれることになった。
「そう言えば、セルブストは?元気にしている?」
ふと気になった、姿を見せない彼の息子。
言ってみれば、この縁を結んだ切っ掛けの少年である。
行路の途中で命を落としたハンデルの妻。その遺影を探すセルブストをシュタルクとフェルンが助けた。
だからこそ、その恩に報いるべくハンデルは協力してくれている。
もちろん、これが彼の商売にメリットがあるからこその、というのはあるだろうが。
「あの子は、現在北側諸国のノルム商会領に設置している窓口で働きながら勉強しています」
「そうなんだ。ちょっと会いたかったな」
シュタルクの言葉にハンデルは苦笑した。
「あの子は、そうでもない様ですね」
「え……なんで?……すごく寂しい」
「それだけ、あの子にとって大恩なんです。命と想いを救われた。あの子は全力でそれに報いるつもりです」
会いたくないという話かと思ってシュタルクは肩を落としたが、どうやらそういう話ではない様子だった。
「いつか自分で独立し、一人前の商人としてお二人の前に顔を出したい。そういう子です」
「そっか。じゃあ……楽しみにしているよ」
「今はノルム商会相手に買い付けの交渉の最前にいます。我が子自慢ではありませんが……末恐ろしいものです」
誇らしげに笑うハンデルを見ると、あの日助けることが出来て良かったと思う。
――『勇者ヒンメルならそうしたからだ』
シュタルクを救った、師のアイゼンがいつも言ってた。
ヒンメルを伝承でしか知らないシュタルクにはピンとこなかった勇者の善行。
善行を行うのは当たり前……という概念の先にある人と縁の繋がり。ようやくわかって来た。
だからこそ―― 『戦士シュタルクはそうする』 のだろう。
「シュタルクさん、いましたよ。ボーデンさん達です」
思いを馳せていると、街の北部にある空き地に到着する。そこにはクワを持ったボーデン達が待っていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ボーデンさん、ヴルツェルさん来てくれてありがとう」
「いえ。我々の生活の事ですから」
工房の産業ではなく、もう少し長期のお話。だが、始めなければならない。なんなら、メインと言って良い。
「ここに、畑を作りたいんだ。みんなの力を貸してほしい」
山から流れ出る湧き水や地下水が豊富な土地。麦などの作物は必ずできる。――とグラナト伯爵も言っていた。
今までのクレ地方のリスクは、魔族により戦士の村が滅び、その血で誘われてきた大量の魔物だった。
「お任せください!自慢ではありませんが、田舎町に住んでいたため畑作はお手の物です」
「昔、ビーア地方で麦造りを経験した人もいるって聞いたけど」
「麦ですか。確かに、大量生産しやすく加工もしやすいですね」
「そうそう。水もあるからやりたいんだけど」
というと、おずおずとシュタルクと歳の変わらなさそうな青年が手を上げた。
「ヴァイツェンと言います。次男で……結婚を機に家を出たんですけど。ここに来たら新たに切り開けるとノルム様から聞きまして」
「え、あっ!結婚おめでとう。幸せになれると良いな」
「あ……ありがとうございます。そうではなく畑の話です」
「ですよね」と話を戻す。どうやらノルム商会長にも気を使われているらしい。ありがたい話ではある。
「水も豊富で、比較的温暖な土地。麦作りには良い条件だと思います。今まで何故手つかずだったのでしょう?」
「あー、それはね……」
「領主不在で荒れ地だったのです。そこに、この英雄シュタルク様が帰ってこられました。彼や奥様のフェルン様が大量の魔物を駆逐して人の住める地にしてくれたのです」
ハンデルのフォローにヴァイツェンは目を丸くする。確かに、魔物の駆逐は開拓した時に徹底的にやったけれど。
「そうだったのですね!私は運がいい。奥様にもお礼差し上げたいぐらいです」
「あー、フェルンね……ちょっと今。魔法使いのあれで……オイサーストに行っていて……今度戻ってくるから」
フェルンについての言及。妊娠して家で待ってるともいえず適当にごまかしたが、その場にいた者たちは納得してくれたらしい。
ハンデルが後ろで申し訳ありませんとばかりに謝罪のポーズをとっていた。
「まあ、とにかく、ボーデンさん達は、出荷……できるものも作ってほしいけど、まずはみんなで食べられる食料としての野菜を」
「分かりました」
「ヴァイツェンさんにも数名つけてもらって、麦畑の準備を」
「お任せください!」
ぱん、と手を叩いたシュタルクは置いてあったクワを取って「よし、まずは耕すか!」と声を上げる。
「領主様……が……やるのですか?」
そのしぐさにそこにいた全員が、唖然としていた。
「え、ダメ? 今日の午後はこれを手伝えるだけ手伝ってから、森に出て夕食に食べれるフレッサーとかを捕ってくるつもりだったけど」
「そう……なんです……ね。はは、さすが英雄シュタルク様だ」
「でも俺、どうするのが正しいかあんまり知らないから……できれば教えてくれると助かるかな」
クレ地方の農業はそんな感じで、領主自ら土地を耕すという妙な感じで口火を切ったのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタルクは元気だなぁ」
というのは屋根の上から魔法で遠方を見ているフリーレン。
それを窓から顔を出したフェルンが忠告する。
「フリーレン様。危ないですよ」
「フェルンは来ちゃだめだよ。今は安定して飛べないんだから」
「行きません。むしろフリーレン様が戻ってきてください」
なぜこんなことフリーレンがしているかというと……
「ちょっと休憩させて……ずっと書類仕事で疲れた。フェルンはよくあの量の帳簿の管理して疲れないね」
「今これぐらいしかできることありませんから。シュタルク様も頑張っています。お腹の子供の事を理由に何もしないわけにはいきません」
フリーレンも手伝ってあげたいがなかなかに膨大な量だ。
しかし考えてみれば、街一つの建築のために流れる資材や食料、やり取りされる契約や金銭。
これを夫婦二人でさばいているのだ。
「こりゃ大変だね。旅してた時の方が楽なぐらい」
「帳簿が嫌なら、魔法使い協会から依頼された古い魔導書の翻訳をしてください。正規の依頼ですから収入の足しになります」
「ゼーリエもお人好しだな……若干乗せられた感もあるけど、しょうがない。そっちの方が私向きだ」
諦めがついたのかフリーレンは屋根から降りてくる。
「今は良いけど、優秀な秘書とかお手伝いしてくれる人は必要になるね。シュタルクとフェルンだけでは回せない」
「そうですね、もう少し人が増えたら考えましょう」
フリーレンはお腹の大きくなったフェルンを支えるように彼女の横に立ち、ゆっくりと家に入っていった。
✧ ✧ ✧ ✧
そしてその日の夕暮れ時。
「みんなお疲れ様ーー!」
と声を上げたのは、巨大な
村人全員がぎょっとした表情でそれを眺めている。
「あの……シュタルク様、それは……いわゆる狩猟で?」
「そうそう、結構旨いんだぜこいつの肉」
「あ、はい……お一人で、取られたんですか?この巨大な獣を」
「ああ。みんな忙しそうだし、迷惑かけられないだろ?」
「はあ……」
シュタルクの周りには子供たちが駆け寄り、「領主様つえー」「すげぇーー」と騒いでいる。
こういう物は子供たちの方が柔軟に受け入れがちである。
「じゃあ、さばいて調理しよう。ハンデルさん。仕入れている食料使っていい?」
「もちろんです。余った分は保存用の干し肉にしましょう」
ナイフでさばくには少々大きいため戦斧を使って解体を始めるシュタルク。
呆然としていたボーデン達だったが、あきらめたように苦笑したのち。
「お手伝いします。我々の食事ですよね?」
そう言って、シュタルクに駆け寄る。今日という日に、英雄シュタルクという人物の人となりが分かった気がする。
およそ、土地の領主らしくない振る舞いを続ける新たな主。だが、その手を取りたくなる。そういう人物なのであろう。
「頼んだ。これ、運んでくれる? 皮も洗って革の材料にしようか」
「はい」
その日の晩餐は、まだ酒こそなかったが。
この地に来た人々にとって、初めての我が家というべき場所での晩餐となったのだった。
■生産と発展の日々
「ずいぶん楽しそうでしたね」
「怒らないでよ……お土産持って帰って来たから」
帰って来たシュタルクを半眼で睨んでくるのは奥様のフェルン。
「シュタルク様……かなり臭いです」
「まあ、汗だくの土まみれで、肉さばいた上に焼いてたからね」
頬を膨らませたフェルンは意識を集中してお洗濯の魔法をシュタルクにかける。今はかなり集中して気合を入れないと魔法が発動しないのだ。
匂いが完全に消えないのは魔法が中途半端だったのではなく、シュタルク本体の匂いであろう。
「シュタルク様……お風呂です。お風呂に入りましょう」
「あ、うん。ごめんね、臭いよね。入ってくるから待ってて」
ぐいぐい迫ってくるフェルンを落ち着かせてお風呂に行こうとするとフェルンも付いてくる。
「あの、フェルンさん?」
「お風呂に入りましょう」
「だから待っててよ……」
まずは表情一つ変えずに脱衣所までついてきた若奥様の静止を試みる。背後に控えたフリーレンを見ると、彼女は首を振っていた。
「入りますよ」
「……はい」
多分だが、自惚れかもしれないが、昼間は全く会えていなかったし、夕食まで外で済ませてきたから寂しかったのかもしれない。
✧ ✧ ✧ ✧
なんやかんや、お風呂の中で言えることも言えない事もいろいろあってフェルンも満足したようだ。
お腹が大きくなってきたフェルンに負担がかからないように細心の注意を払っているとちょっと疲れた。
「シュタルク、さっきから黙り込んでどうしたの?」
「……何でもないよ。今日も疲れたなってだけ」
というと、ソファーに座ったフェルンが声をかけてくる。
「シュタルク様」
膝の上をポンポン叩いているのは要するにここに来いという事だ。
「はい……」
何とかの犬の様に其のまま膝上に滑り込んで定位置に収まるとフェルンはシュタルクの頭を撫で始める。
「それで、シュタルク。今日の状況聞かせてよ」
「この状況で聞いてくるんだ」
「いつもの事でしょ」
膝枕スタイルでソファーに寝転がる。フェルンに頭をなでなでされた状態でとりあえず報告を始める。
「手に職がある皆にはそれぞれ仕事を割り当てて、やれることを始めてもらった。
畑は、成果が出るのはまだ先だけど……工房の方はもう少し早めに成果が出るかな」
「そっか。じゃあ一歩前進だね。働くことに前向きなのは……こんな時代だからか」
魔王が倒されて、ずいぶんと様変わりはした。しかし完全平和には遠い。
ここが平和である代わりにどこかで故郷を失う者もいる。
「あんまり無理して欲しくないんだけどなぁ……」
「それは、私たちとシュタルク様の頑張り次第ですね」
シュタルクをなでなですることで、何らかの満足感を感じているフェルンが、しみじみと答える。
フリーレンを見ると「私は昼されてるから」という顔をしている。
要するにフェルンが納得するまで撫でられていろと言う事だ。
お風呂でいろいろあってもまだ満足してくれないらしい。
「まあ、皆がやっていけるように頑張るよ」
「はい、シュタルク様はいっぱい頑張っていて偉いです。でも無理しないでください。
シュタルク様が倒れるとそれこそいろんなことが回りません」
フェルンのなでなでが止まらない。
これは、夫婦のやり取りなのだろうか?ちょっとよく分からなくなってきた。
「でも、頑張りどころだから……さ……ここでちゃんと形になったら、きっと……もっと……」
フェルンの膝枕となでなでの指先が気持ちよくて……徐々に意識が――
「寝ちゃった」
「シュタルク様は、頑張り過ぎです。私たちが居なかったら本当にどうなっていたんですか?」
「御疲れ様、シュタルク……君は本当に頑張っていると思うよ。でももう少し自分を労ってね」
二人の声が、沈む意識の中で聞こえてくる。頑張り過ぎていたのだろうか……よく分からない。
いろいろあったがその日は平和に終わり、日々は過ぎゆく。
✧ ✧ ✧ ✧
「工房で倒れた人が出た?」
何もかもが順風満帆とはいかないのが世の常である。
シュタルクが訪れたのはハンデルの商業旅団付の医療車の中。
「申し訳ありません。領主様」
「婆ちゃん……無理しないでよ。歳も考えて」
「ですが、私が……経験者が一番……」
倒れたのは、機織りをしていたチームのおばあちゃんだ。
若手の女性陣に指示を出しながらも、フォローして……彼女たちが帰った後、ノルマにしていた分の不足を補填していたらしい。
「シュタルクさん、すいません。あまりに予定数の進みが良いので楽観視していたのですが」
「いや……ハンデルさんのせいじゃないよ。もちろんみんなのせいじゃない。頑張ってただけなんだよなばあちゃん」
「申し訳ありません……」
申し訳なさそうに謝る老婆の姿にぼりぼりと頭を掻きながらシュタルクとしても参ってしまう。
ただ、皆のために頑張りたかっただけなのだ。機織りをやってくれている他の面々からも信頼が厚い人だ。
外でも、機織りを手伝っていた面々が心配そうに見ている。
「私の事はいいから、皆に仕事に戻ってほしいと……」
「あー……うーん……」
―― 『シュタルク様は、頑張り過ぎです。私たちが居なかったら本当にどうなっていたんですか?』
ふと、数日前のフェルンとのやり取りが頭をよぎる。
(そっか、そうだよな……)
頑張ることは悪い事ではない。だけど……
「……今日は休暇にしよう。他のみんなもだ」
「しかし……、仕事を止めたら……我々の生活は……」
「ハンデルさんたち旅団員も、ティシュレーさん達ドワーフのみんなも……いつも俺の無茶を聞いてくれてありがとう」
「領主様……」
誰もが同じペースで戦い続けられるわけではない。
「俺も今日は休むよ。ちょっと連日疲れちゃったから。だからみんなも休んでくれ。どうかな……?」
シュタルクは、隣に立つハンデルのほうへチラっと目配せをした。
彼はにっこりと微笑んだ。ちょっと唐突すぎだぞこの野郎というような意思も垣間見れたが……
「良いと思います。確かにスケジュールも詰め過ぎていました。
中継しているグラナト伯爵領も、ノルム商会もそこまで納期を気にしているわけではありません。
無理をせず、品質を第一にしましょう」
「……そうだね。慌てず品質第一にしようか」
流石商人、転んでもただでは起き上がらない。
「今日だけとは言わず、定期の休暇日を作ろうか」
「それが良いとおもいます。皆に伝えましょう。今日は英気を養えと」
その話を聞いた老婆はおどおどとしながらもシュタルクに声をかけてきた。
「りょ、領主様……私は大丈夫です。そんな大事なことをこんなことで……」
「いいや、ばあちゃんだけの事じゃない大事なことだから決めるんだ。今日は休み。もう決めた。領主権限。
絶対に従ってもらうぞ。ばあちゃんが作ってたあの服。お孫さんにあげるんだろ。はやい方がいい」
老婆が倒れた時にもっていたのは彼女が完成させた服だという。子供用のものだ。
「……かしこまりました。領主様の絶対命令であれば……仕方ありませんね」
「ああ。仕方ない。だから家族のところに帰ろう」
✧ ✧ ✧ ✧
老婆は職場仲間の女性陣に支えられて家路についていく。その姿を見送ったシュタルクは伸びをする。
「うちのお嫁様とエルフ様は預言者かなぁ……」
「私も妻に昔よくたしなめられましたよ。お気を付けください。彼女たちは本当に夫の様子をよく見ています」
「肝に銘じておくよ。ありがとうハンデルさん。合わせてくれて」
「いえ、この程度。品質に問題があったときに現場でフォローするの私たちですから」
笑っているけど、大変なのだろう。商人って本当につらい仕事なんだろなと思いながらも。
「俺も家に帰るか―」
「領主様としての仕事を休むのです、旦那様としての仕事を存分に楽しんでください」
そんな言葉にシュタルクは苦笑しながらも答える。
「旦那様は職業じゃないから仕事じゃないよ」
「では、何だと?」
「愛じゃないかな~たぶんだけど」
そんなシュタルクの答えにハンデルは声を上げて笑った。
「私も妻が恋しくなってきました。折角の休暇です……街道の墓石に花を添えてきます」
空を見上げて答えた彼は手を振って馬車の方へと戻っていった。
■つぼみ芽吹き成果は実る
それから少しばかりの月日が流れる。
春が終わり、そろそろ温暖な夏に差し掛かる時期。
「ふむ、まあ、よかろう」
「此方も、問題ないと思います」
ティシュレーとハンデルが合格を出したのは木材加工の椅子と机、革の靴、作業着といった、住民が作った生産物だ。
材料こそ、近隣の木材やシュタルク達が取って来た獣の皮などを使っていたりはするものの。
特産物という訳でもない、高級品でもない、日常の汎用品。だが間違いなく自分たちで作ったものだ。
「みんな……ありがとう。これがクレ地方の新しい村の第一歩だ」
かつての戦士の村は、その戦力を商売にしてきていた。時代は移り変わり、戦士はシュタルクだけ。だから今はこれで良いと思う。
まずは自給自足。これからだ。
「ここからは我々の腕の見せ所ですね。お任せください」
「ハンデルさん。頼んだ……」
果たして自分たちが作ったものが商品として成り立つのか?村人たちは祈る様にシュタルクとハンデルを見ている。
「あー。楽観視する訳じゃないが……安心せい。わしらドワーフが監修して、わしらが通したものだ。
良いものだ。必ずどこかで売れる」
建設の合間に工房の様子を見てきたティシュレーの言葉に、働いていた者たちは顔を上げた。
流石、ずっと指示を出してきた者だけに信頼が違う。表情こそわかりづらいが満足そうにしているのは分かる。
「ありがとう、ティシュレーさん」
「まあ、一発目は不安だろうな。儂も経験がある」
「何年前の話?」
「忘れた……魔王とか魔族がそこかしこで暴れとった時代だったのう。生きるのに必死だった」
その頃は剣や鎧や弓矢などをひたすら作っていたのであろう。そして今は日用品の家具。
ティシュレーが満足そうにしているのはそういう時代の変化もあるのかもしれない。
「皆さんの努力は我々もずっと見てきました。必ず資金に変えて見せます」
そう言い残したハンデルは荷台に商品を詰め、ノルム騎士団と共に北上を始める。
見送ったと同時にどっと疲れが押し寄せてきたが……まだ倒れるわけにはいかない。
皆も、手をたたいて今日の仕事を始めるぞとばかりに自分たちの仕事場に向かっていく。
「次は畑か」
シュタルクは自身の頬を叩き気合を入れる。
✧ ✧ ✧ ✧
「ボーデンさん」
「シュタルク様!見てください、もうすぐ実がなりそうです」
「おおっ!」
中央諸国は比較的温暖であるため、冬に農作物が一切できない極寒の地とはならない。
だが、冬が来る前に出来れば農作物を収穫できるのがベストだ……というのは経験者たちの言葉。
「カブやラディッシュなどはもうすぐ採れそうです」
「味見とかできるの?」
「はは、無理ですよ。まだすごく渋いですから」
「そっか~」
「秋ごろにはもっと多くの食料が採れると思います。自給自足に間に合うように一同頑張っております」
収穫の秋……といえばもう一つ気になるのが……
「領主様ー!!」
と言って走って来たのは麦畑を任せたヴァイツェン。
「ヴァイツェンさん、麦畑の調子はどう?」
「はい、規模は小さいですが、順調です。今年採れたもの半分を種に毎年増やしていけば」
「やっぱり、一気に出荷はできないよねぇ……」
「ええ、まだすぐには無理でしょう。でも、今年の秋から皆で美味しいパンを焼くことは出来ます」
「そうだな、きっとフェルンやフリーレンも喜ぶよ」
優し気に微笑むシュタルクを見たヴァイツェンは思い出したように首をひねる。
「そう言えば、奥様は……?そろそろ我々としてもご挨拶をしたいのですが」
「あー。そうそう。フェルンは大陸魔法使い協会の一級魔法使いだからいろいろ忙しくてまだね……とにかく忙しいからごめんね」
「はあ……魔法使いというのは。大変なお仕事なのですね」
「そうなの……」
ウソです。本当は家で帳簿とにらめっこしたり、飽きたら子供用の服を作ったりしています……と申し訳なく思いつつ。
「食料事情は、買い付けのものと俺が狩猟して捕ってくるもので何とかするから。みんな頑張ってくれ」
と、声をかけるとその場にいた全員が手を上げて応じてくれた。
「まかせて下さい。何せ私たちの食糧ですからね」
そんな彼らを、後にシュタルクは再び街に戻る。
✧ ✧ ✧ ✧
「ティシュレーさん。実際のところどう?」
「何がだ……?」
木材で仮設だった外壁を、石造りに改築を進めているティシュレーを見つけたシュタルクは彼に声をかけた。
どうという事もない、なんでもない相談だ。
「なんか、街作りとか全部」
「さあのう、出たとこ勝負だ。だが……300年程度か、まあ忘れたが。職人として生きとると、村や街の建設にも関わることもある」
「うん……」
腕を組んだティシュレーは、空を見上げ……た様で工事現場を見ていた。
「おいこら!その石材はそこじゃねー。サイズが違うだろ!あとで崩れるぞ!」
話の合間にも外壁を組み立てていた部下達に容赦なく檄を飛ばす。
「厳しいなぁ……」
「あ?何だったかの……まあいろいろ見てきたが」
「うん」
ティシュレーはシュタルクの腰をパンっと叩いた。
「いてぇ!!」
「お前は頑張っとるし、悪くはないと思うぞ。住民が賢明に働き、笑顔もある。こういう村は発展する」
「そっかな……お金足りなくて首廻らないけど」
「貸したがっとる連中がソワソワしとるんだ、借りればよかろう……いずれ返せる」
「まあ、そうなるよね……あんまり頼り過ぎたくないんだけど」
シュタルクがそういうと、ティシュレーが噴き出した。
「いっぱしの口をききたがるようになったな。だがお前はあの海千山千の連中から見たら、戦闘力はずば抜けても指導者としては赤子も同然だ。
連中もとって食いたがってるわけじゃない。育てたがっとるんだ。手を取ってほしい時に、プライドを脱ぎ捨ててでも手を取るガキの方が成長する」
「そうかな……」
「利用するだけ利用してやれ。職人だってそうしてきた。あそこにいる連中も儂から盗むだけ盗んで独り立ちしてくれた方が楽でいい。
まあ、金を融通しろとうったえねばならんプレッシャーは理解するがな」
「うん……そうなの……」
しょんぼりした顔で返事をすると、ティシュレーは快活に笑う。
「家に帰って嫁に報告してこい。多分首を長くして待っとるだろ」
「分かった。いろいろありがとう。ティシュレー爺さん」
「まあ、いつでも来い。酒を持ってきたら泣き言ぐらいは聞いてやる」
そう言って外壁の現場の方へと向かっていくティシュレー
「今度良いエール仕入れておくよ」
と声を掛けたら「了解」とばかりに手を振ってくれた。
✧ ✧ ✧ ✧
家のドアのノブに手をかけようとした瞬間、扉が開く。まるでいつ帰ってくるのか把握していたかのようだ。
「おかえりなさい。シュタルク様。今日もお疲れさまでした」
「今日は……早めだったけどね。初出荷終えても、皆まだ働いてる」
「それでもです。シュタルク様は頑張ってます」
出迎えてくれたフェルン。最近お腹が一回り大きくなってきた。何をするにも重くて大変そうだが……
「ただいま」
玄関で両腕を広げてシュタルクの帰りを出迎える事だけは絶対に譲れないらしい。
柔らかく抱きしめるとフェルン特有の良い匂いがする。
「シュタルク様、やっぱり臭いですね」
「言い方ぁ……ちょっと熱くなってきたから汗臭いのぐらい許して」
「嫌いな臭いじゃないですよ……ちょっと癖になります」
「どういう事?」
帰る前に山に入ってワイルドボアを数体仕留めてきたのでくさいと言われたら明らかにそれが原因だが。
『領主様が直々に山で獣を捕ってくるの、ちょっとおかしくない?』
というのは住民たちの意見だがこればっかりは許してほしい。流石に今の状態で狩猟を任せて、怪我人を出したくないのだ。
「汗は一人で流せるからね!今のフェルンは変なことしちゃダメ!」
「またシュタルク様は我儘なことを……」
「今の我儘かな!?」
はあ、とため息をついたフェルンは駄々をこねる子供を諭すような口調で続ける。
「しょうがないですね……今日は譲ります。ですが髪を乾かしたり、なでなでをしなければならないので上がったら私のところに来てください」
「要るかなそれ……?」
「――来てください」
「……はい」
やっぱりうまくは逆らえなくて、結局いつもの様に一日が終わる。
新しい第2陣移民の受け入れ、支援金の追加の依頼。やるべきことは山ほどあるけど。
「ついでにこれからの事、一緒に考えようか」
「はい。一緒に悩みましょう」
何とかなるだろう。多分!
~ to be continued ~