葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション


■ あらすじ
オイサーストへの旅の終わり、シュタルクとフェルンの二人はお互いの願いと向き合い、一つの結論に至った。

『旅のパーティーを終わらせ、家族となること』

家族を作り、家を建て、子を成し、村を再生させ、そして一人のエルフの未来を守ること。
そして、これは、人々の天敵である大魔族すら斃した英雄の二人が手を取り、縁をたどり、人と繋がり、彼らの故郷を作り上げる物語。

クレ地方の移民の第1陣としてやってきた村人たちと共に、何もなかった街に立ち上げた産業。
こうしてようやくシュタルク達は僅かではあるが、外貨を得ることに成功した。
街を立ち上げるために負った借金は山積みなれども、少しずつ街の温かみは膨らみ、そしてフェルンのお腹の中の命も少しずつ成長し……



領主シュタルクのクレ地方再建生活 其の4 ~Lord Stark’s Reconstruction Journal of the Klee Region~

■秋に踊る領主様


 

そこにはかつて、大陸へと優秀な戦士を輩出する村が存在した。

しかし、たった一人の魔族の侵攻により村は灰燼と化し、静かにその歴史から姿を消した。

 

―― 魔王亡き後も人類に猛威を振るった魔族最強の将軍リヴァーレ。そのリヴァーレを討ち、大陸の英雄となる、たった一人の青年を残して。

 

というのは随分と昔の話。今現在、その青年はというと――

 

「よしよーし、お父さんだよ~、元気に育ってくれよ~。うれしいなぁ~幸せだなぁ~」

 

秋も近づき、少し浮かれていた。

 

領主となってから苦労の連続だったシュタルクが浮かれるのも仕方ない。実りの季節である。

植えた麦が育ちようやく刈り取りができる。これから先の麦畑の拡大のために、全てを消費することはできない。

他の野菜も育ちの早い物から順当に収穫できている。少しずつ……自活の芽が出てきた。

 

(ちょっとずつだけど実った。すげえことだ!)

 

麦畑だけではない。領民たちと協力し、生産品を出荷した。

商品が飛ぶように売れ、爆発的に利益を出し……たわけではない。想定通りの予定通り。

高級品ではないが、物は良いと評判は上々といったところ。ハンデルさん達もうまくやったようで予定数は順当にはけた。

作業してくれた全員の給料、材料費、施設の経費……もろもろ含めて全部でトントン。本当にちょろっとだけ利益が出たぐらい。

 

借金を返すには至らない。

だが、しかし、それは働いた人が食っていけるだけの金ができたという事だ。良いことには違いない。

 

「少しずつ、効率を上げ人手を増やし、利益が増えればいいじゃないですか」というのはフェルンの談。

 

あれからもう一度移民希望者を受け入れた。もちろん――

 

『追加融資か……』

『お願いします、グラナト伯爵……』

『まあ、いいだろう。実のところ、移民を受け入れてくれるのが助かっているのは事実だ。

 実際に、お前は領民と共に小さな生産を起こした。貴族連盟としても、これに後押しをしていきたい』

『それじゃぁ!』

 

思いの外あっさりと、追加融資の申請が通った。

そして、街の人口は一気に2倍ほどになり、借金も2倍になった。

人口はもともとそれほど多くはない、150人ぐらいになった。まだまだ中規模の村といったところ。

そして借金はシュトラール金貨にして2000枚。くらくらしそうな金額である。

 

もはやどうにでもなれぇ~の精神だが、フェルンのお腹の中の子に背負わせたくないし何とかはしたい。

先々どうやって返すべきだろうか……という顔をしていると、にやりと笑うグラナト伯爵曰く。

 

『金で返そうと思うな。金を作るという面倒事が積み上がるだけだぞ。現品で良い。特に北部高原は寒冷地だ。

 食料生産が軌道に乗れば、温暖な中央諸国へ作物を作って出荷しろ。それだけで街そのものに価値が出る』

 

だそうだ。頑張るしかない。

そんなわけで、春の終わりに畑を作り、初めての実りの秋が来た。

 

――そしてフェルンも新たな命を授かっておおよそ、7か月目といったところ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルク様、あの、喜んでくれるのはすごくうれしいですし。私も早く顔は見たいとは思います」

「うん……?」

 

という訳で冒頭の浮かれ気味シュタルクである。そろそろ動くことも大変になって来たフェルンのお腹に頬ずりしたり鼓動を聞くために耳を当てたりしていた。

街もわずかながらに軌道に乗り始め、徐々に父親になるという覚悟ができて、超浮かれていたのだ。

 

「さすがに休日ずっと頬ずりされると割と気持ち悪いです」

「酷い!言い方ぁ!!」

「はい、すいません。何せ初めてですからね……言い直します」

 

ひと呼吸置いてからシュタルクの方を改めて見つめるフェルン。

 

「見下げた情けなさです。もっとしゃんとしてください」

「もっと、酷くなった!」

 

という夫婦のやり取り。基本的にフェルンがシュタルクを弄っている間は割と平和だ。

言葉のわりにシュタルクはフェルンのお腹への頬ずりをやめないし、フェルンはフェルンでシュタルクの頭を撫で続けている。

 

実は、この二人の関係性において秋に入る少し前ちょっとした夫婦喧嘩があった。

理由は……理由はフリーレンにもうまく説明ができない。

 

お腹が大きくなり、不自由が増えたフェルンをシュタルクがあまりにかいがいしく世話をし過ぎたのだ。

アイゼンを巻き込んで……頭を冷やした二人が仲直りして……結局前より仲良くなった?のかな?

そして、子供の名前は男の子ならアイゼンが、女の子ならフリーレンが名付けることになった。

 

こうして、夫婦は父母としての一歩を踏み出したのだろう……というのはフリーレンの見解。

フリーレンの前だとフェルンはちょっと辛辣めだが……シュタルクによると「寝室だともっと素直になってくれる」とのこと。

フリーレンは親みたいなものだし。フェルンも恥ずかしいのかなー?という風に思っている。

 

実際フェルンに何を言われてもシュタルクは嬉しそうだ。

それだけお腹の子が楽しみなのだろう。そして、ある日。そんなシュタルクの、フリーレンへのお願いから話は始まる。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「で、お願いって」

「あー。そうそう、前に師匠の家に行ったときにフリーレンとフェルンが迎えに来ただろ」

「そうだね。フェルンがどうしても直接会って、シュタルクと仲直りしたいっていうから」

 

フリーレンが答えると、シュタルクは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「それで、なんだけど。その時って魔法でフェルンを運んだんだよね。周りにばれないように」

「そうだね」

 

妊婦であるフェルン。いまや大陸でも指折りの使い手である彼女が妊娠し、魔法がうまく使えない。

この状況は現在他言無用としている。おめでたい話だが、あまりに危険なのだ。魔族にでも知れたら確実に襲われる。

無論、下級の魔族であればシュタルクとフリーレンが瞬殺できるものの、徒党を組んで来られたらもうどうにもならない。

 

「あの時は、隠蔽魔法と物理運搬魔法と防御魔法の組み合わせかな」

 

ちなみに、帰りはフェルンをお姫様抱っこして運ぶシュタルクごと隠蔽魔法をかけて移動した。

 

「それなんだけどさ、その魔法でフェルンの状態だけなんとなくごまかせない?」

「理由を聞いていい?」

 

フリーレンから改めて問い直すとシュタルクは鼻の頭を恥ずかしそうに掻きながら答える。

 

「もうすぐ秋の収穫祭……ってほどじゃないけど。収穫できたもので料理を作って食べようって話になったじゃん」

「そうだね。小さいながらにお祭りを準備しているって聞いた」

「そうそう。それでさ――」

 

ここまで来たらシュタルクの言いたいことは分かる。

 

「それにフェルンと一緒に出たいんだ」

「――なるほどね」

 

要するにそう言う事だ。

 

■領主の奥様ここにあり


 

シュタルクがそういう話をする理由はいくつか推察ができる。

 

まず、領民にフェルンという領主夫人の存在の開示だ。

今までずっとフェルンはオイサーストで魔法使いの仕事をしているとごまかし続けてきた。そんなごまかしを半年近く。

いい加減、一部の領民からは「領主様はもしかして独身では?」と、認識され始めている。いわゆるイマジナリー奥様か?と。

 

余談だが、妙齢の女性陣から若干シュタルクの妻の座を狙う気配があるという噂を聞いたフェルン。

表情こそ冷静だったがフリーレンには分かる。コントロールしづらい現状でも空間が歪む程度に魔力が揺らいだ。

 

とにかく、そろそろフェルンという存在を領民たちに見せないといけない時期になっている。

収穫祭ともなると流石に……だ。

 

だがしかし、シュタルクとしては――

 

「せっかくの、おめでたい事なんだしさ。フェルンと一緒に楽しみたいなって。いつも家で待ってもらってばっかりだし」

「まあ、シュタルクならそう言うよね」

「だから、フェルンの状態だけ何とかごまかせないかなーって」

 

ふむ、とフリーレンは腕を組んで考える。

視覚を完全に欺くことは案外難しい。これは物理現象としての話だ。どうしても視界の錯覚が不自然となり逆に目立つ。

逆に……完全にフェルン自体は見えるけど、お腹の大きさが全然気にならないように感じさせる。これはできるかもしれない。

要するに、疑問に思わせない認識の阻害というよりインプリンティングだ。身体が気にならないなら人は自然と顔を見る。

 

「移動はどうするの?」

「俺が全部エスコートするよ。当たり前じゃん。最近は長距離とか段差があったら俺が抱いてるじゃん」

「そうだね」

 

なお、シュタルクがいないときの家の階段はフリーレンが物理魔法で運んでいる。

 

「ちなみに、フェルンの状態をごまかすとシュタルクが普通にフェルンを抱いて移動しているように見えるけど」

「見えるというか、するからそれはそうじゃない?」

 

どうやら、わかってなさそうだ……『この夫婦、普段からお姫様抱っこで移動するのか』と思われるんだが……関係性に間違いはないからいいのか?

とフリーレンはため息をつくこともなく納得した。産んだ後もお姫様抱っこをどうするかは……フェルン次第だ。

今のシュタルクはフェルンに頼まれたら何のためらいも疑問もなくする。

 

「シュタルクとフェルンがいいならそれでいいけどね」

「お願いできる?」

「まあ、考えてみるよ」

 

シュタルクのお願いを承諾すると彼は嬉しそうに手を握って来た。

二人の幸せのためなら何でもする。そう決めているので何も問題はない。

 

「退屈せずに済むのは事実かな」

 

フェルンへと報告に向かったシュタルクを見送ったフリーレンは小さくつぶやいて微笑んだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「フェルン!フェルン!聞いてくれ、フリーレンが協力してくれるって!」

「シュタルク様。落ち着いてください。何の話ですか?」

 

今はちょっとだけ暇を持て余していたのか、フェルンは赤ちゃん用の靴下を編んでいた。

 

「ああ、ごめん。ちゃんと説明するよ。もうすぐ収穫の季節じゃん」

「はい。麦も初年にしては随分順調だと伺いました」

「あ、そうそう、土地や水がいいのとフリーレンの害虫よけの魔法が効いてね――じゃなくて!」

「何ですか?」

 

はしゃぐ子供の様に何かを伝えようとするシュタルク。おそらく何かいい知らせなのだろうとフェルンは微笑む。

 

「秋の、収穫祭……って言うほど大きくないけど。フェルンと一緒に出られそうだ」

「そうなんで――はい?」

 

フェルンははいはいという感じで和やかに流すつもりが素っ頓狂な返事になってしまった。

対するシュタルクはあまりに嬉しそうでにこにこである。尻尾があるならものすごくぶんぶん振れていたことだろう。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なるほど……認識改竄の魔法をフリーレン様が」

「そう。フェルンのお腹とか子供の事あんまり気にならない感じになって、顔だけ見るようになるって」

 

いわゆる精神操作系魔法だ。フェルンはあまり得意ではない。

 

「ちなみに、隠蔽で隠れるのではない理由って?」

「あー……」

「何ですか?」

 

突然視線をそらし始めたシュタルク。先ほどまでと違って心の尻尾が垂れ下がった感じがある。

 

「怒らないで聞いてくれよ……」

「内容によります」

「怒らないって言ってぇ……!」

 

泣きそうな表情で訴えてくるので、とりあえず了承して話を続けさせる。

 

「あの、前からヴァイツェンさんと奥さんが春先からフェルンに挨拶したいという話をしてて。もう結構な期間、かなりスルーしてて。さすがにそろそろと……」

「なるほど……それは確かに一考の余地がありますね」

 

と返答したが、シュタルクは何となーく微妙な顔をしている。

 

「シュタルク様、怒りませんから正直に言ってください」

 

フェルンの視線にしょうがないと拳を握り深呼吸をするシュタルク。……おおよそ予想は出来ているのだが。

 

「……最近……若い女の子たちが仕事終わりに夕食に誘ってくるからちょっと困ってます。――ああ、やめて叩かないで!痛い!痛い!」

 

こういう報告をするのはもちろん欠片も浮気する気がない証拠なんだけど。だからと言ってにこやかに聞き流せない。

フェルンは女の子握りのこぶしでぽこぽことシュタルクを叩く。とにかくダメなものはダメなのである。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルク様の独身疑惑の話は聞いていました。とんでもない事です」

 

ぷく―と膨れてそっぽを向くフェルン。そんなフェルンにシュタルクはそっと手を伸ばす。

 

「そうなんだけどさ……そういうのは建前でさ」

「別の本音があるんですか?」

 

まだ膨れた状態でシュタルクの顔を見ない。これはフェルンなりのかまって欲しいのアピールだ。ずっと昔から変わらない。

そっとフェルンの左手を、社交界のダンスを誘うかのように優しく握る。

 

「俺は、この村で初めての小さなお祝い事をフェルンと一緒に過ごしたい」

 

フェルンは動かなかったが、耳まで紅くなっていくのは見ていてわかった。

 

「ダメかな……」

「――エスコート」

「ん?」

 

咳払いをしたフェルンはまた言い直す。

 

「まだ、そんなに移動して回れません。シュタルク様がちゃんとエスコートしてくれますか?」

「任せろ、こないだの師匠の家からもずっとフェルンを運んでたろ!」

「じゃあ……許します……」

 

おずおずと、背中に手を伸ばし、フェルンはしがみつく様にシュタルクの胸に顔をうずめる。

シュタルクは、大柄な体つきではない。だがその膂力は大陸屈指。そんな訳の分からない筋肉は子供の様にやわらかく柔軟で弾力性があり触り心地がいい。

 

「任せろ!」

 

全然余裕だぜ!という顔のシュタルクはそのままフェルンをお姫様抱っこで持ち上げる。

 

「あの……シュタルク様。この状態で運ばれるんですか?」

 

エスコートといったのだが、シュタルクの中ではこのスタイルらしい。

 

「なんかダメなんだっけ?」

「まあ、いいですけどね……では、お願いしますね旦那様」

 

フェルンは仕方がないなと苦笑してシュタルクの首に手を回した。

 

■収穫の前の日々


 

工房では今日も今日とて人々が働き、日用品や衣服を作成している。

朝、工房の指揮に出ていたティシュレーと建設やら生産物に関する定期の相談。

 

大きな領地だと報告しに来てもらうイメージも漠然とあるが、正直そんなことをさせるわけにはいかない。

みんな忙しい。だったら今はシュタルクが行脚したほうが早いからだ。

 

「金具の類か……ふむ……」

「鍛冶屋的なものはまだ難しいかな?」

 

武器が欲しいわけではない。クワやスキ、ピッケル、台所用品そういう物の生産の話。

 

「炉を作るのはやぶさかではないが……鉱物はどうする。仕入れるか?」

「炭鉱掘ってもいいんだけど。当ても無く掘らせるとはいかないよね……」

「お前の領地からどれほど出るかわからんからな。人手もかかる」

 

踏み切っていないのはまだ、やる覚悟が決まっていないから。

フリーレンの魔法で鉱物調査をお願いしてもいいが、フェルンの警護を外してまですることではない。

 

「ま、その手の事は儂らが詳しい。必要なら教練もできる。やれる奴がいるかが問題だな……

 農具に関しては、わしらの工房で何とかしてやる。今の人数なら何とかなるだろ」

 

そう。鉄鋼炉を使った作業ってのはなんせ大変だ。危険も多いし、馬鹿みたいに熱い場所での過酷な作業だ。

結局ティシュレー頼りになってしまう。今は建設側に集中して欲しいのだけれど。

 

「ありがとう、ティシュレーさん。頼むよ。

 街でやるにはやりたいっていう人とか経験者が来てくれるまで待ちかなぁ……」

 

シュタルクがうーんと首を振って考えているとティシュレーは「ところで」と聞いてきた。

 

「麦畑の収穫が近いらしいな」

「……お酒作れるほど無いからね」

 

やはり聞いてくるよな……と思いつつくぎを刺す。

いきなり酒は造れない。何故なら畑も大きくしないとだめだからだ。畑仕事をしたいという人も増えた。次のシーズンにむけて育ちと質のいい種は保存しておきたいのだ。

 

「くっ。分かっとるわい! だがちょっとだけでも試験的に作ってみんか?」

「ダメだって!来季の種と残りでパンとか作るんだから、そんなに余裕ないもの」

 

「ちぇ~、だめか~」というティシュレーを横目に相談を終える。

建設と兼任だが本当にお世話になりっぱなしだ。地酒醸造はまだできないけど、美味しいエールは彼らのために仕入れておきたい。

 

「よし、行くか。じゃあ、みんな今日もよろしくね!」

 

工房にいる人達に声をかけたシュタルクは建築現場の様子を見て、畑に向かうため移動しはじめた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ボーデンさん、ヴァイツェンさん、御疲れ様です」

「領主様!おはようございます」

 

各種の農作物を担当してもらっているのはボーデンのチーム、麦畑はヴァイツェンのチーム。

農作物は、季節でとれるものは様々だ。今は出荷より、住んでくれる領民が食べる物をというのを重視して作ってもらっている。

麦畑も現状はティシュレーと話していた通りだ。これから拡張していくのと、せっかく実ったから皆でパンを食べようという話。

 

「新しく来た人たち、どうですか?慣れました?」

「はい。皆よくやってくれています。元々、魔族や魔物被害で里を追われた者たちが多いので……安全に畑仕事ができるという事だけでも」

 

ボーデンは初移民の中でも大柄な男性で積極的にシュタルクに声をかけてくれた人物だ。

元々、農作業をしていた人で穏やかな性格をしており、信頼にも厚い。

 

「日持ちの良いものはそろそろ出荷に回してもいいかもしれませんね。芋やニンジンなどの根菜、かぼちゃなども良く育ちました」

「かぼちゃかー。シチューにいれたり、蒸して食べてもおいしいよね」

「そうですね、切らなければ保存も効きやすいので出荷向けです」

 

食料はまだ本格的な出荷はしていない。というのもまず優先順位が高いのは領民に食べてもらうこと。

そして、次の季節に向けた種を確保することが重要だからだ。

 

だが、収穫物の出荷は温暖で自然豊かで、何より魔物被害の少なくなったこの地の主戦力となる商材である。

 

「出荷は……したい。けど、もう少しだけ様子を見ようかな。皆が飢えないことが優先だ」

「そうですね。まず食料です。その次で良いと思います」

 

ボーデンはシュタルクの意見に笑顔で頷く。彼は手を振り、他の作業をしている人々に声をかける。

 

「みんな、この秋の収穫物は街のみんなの食料になる。来る冬に備えて頑張ろう!」

「「おー!」」

 

農作業者たちの士気は高い。安全に過ごせることは何よりも大事なことなのだ。

 

「俺も、獅子猪(フレッサー)とか捕ってくるか。肉も欲しいしね」

「いいですね。あれは美味い。しかしあんな巨大な獣どこで……?」

「え、あっちに見える山の森の奥とかにちょいちょいいる」

 

ボーデンがシュタルクの指さした方向を見ると随分遠くに見える山。

あんなところまで狩りに行って日帰りしているのか……と呆然とする。人間業じゃない。

 

「流石領主様……」

「まあ、フリーレンと旅してた時の移動距離からするとそれほどじゃないよ。一人だと走っていけるし」

「はあ……」

 

深くは考えないことにした。いつかは狩猟も手伝いたいと思っていたが、少々難しそうだ。

 

「畜産も……考えておきましょうか」

「あ、いいね。鳥とか牛とかね!牛の乳も取れるし」

 

ボーデンとそんな会話をしているところでヴァイツェンが「あの」と手を挙げてシュタルクに話しかけてきた。

 

「シュタルク様。実は折り入ってご相談がありまして」

「ん?なに?なんか問題あった?」

「いえ、問題は起きていません。何なら想定より収穫量は多そうです。

 ティシュレーさんの醸造テスト用に提供できそうなぐらいですよ」

「そうなんだ、どうしようかな」

 

ティシュレーには世話になりっぱなしである。彼がやりたがっていた酒造りはドワーフ達の念願である。

なんせ酒があれば毎晩飲む人たちだ。地酒作りは最高の趣味になりえるのだろう。

 

「……あ、話がそれました。ご相談というのは別にありまして――」

「あ、うん――」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その夜、食事を終えた居間の空間。

 

ソファーに座ったシュタルクの膝枕にフェルンが横たわっている。

テーブルを挟んでフリーレンが魔導書を膝の上に置き、食後の紅茶を楽しんでいた。

 

フェルンとシュタルクの位置が逆転したのはいつからだろうか。フェルンのお腹が大きくなって膝枕するのが難しくなったからだ。

フェルンは随分と口惜しげだったので「俺がやろうか?」と冗談で言ったらこうなった。

 

「ヴァイツェン様の相談というのは、次の季節に向けて麦畑を買い取りたいということですか」

「そう。次の拡張で自分の畑をもって、種を育てたいって」

 

現在、畑はシュタルクの所持した、要するに領地の公営の畑である。働いているヴァイツェン達は労働者として給金を得て働いている。

 

「ありがたい話ではあるんだよなぁ」

「そうですね……きっとヴァイツェン様なりに街を想っての相談だと思います。それより、シュタルク様、なでなでの手が止まっていますよ」

「ごめん……」

 

シュタルクはフェルンのなでなでを再開しつつ熟考する。

畑は将来的に領民たちに分配する予定で、いわゆる税として収穫物を納めてもらうのが良い。

税分を備蓄と出荷に回すのだ。残りは彼らの判断で街に卸すのが理想。

 

「って、グラナト伯爵も言ってたもんなぁ……」

「しかし、リスクもあります、不作は個人で負う事になります」

「だよねぇ……、いくらなんでもそんなのはね」

 

農具も現在公営だからこそティシュレー作成の物を提供できているが自営だとそうはできない。

夫婦で悩んでいると、フリーレンが口を開いた。

 

「契約を変えてみるとか?何にしても明日ハンデルにも相談してみようよ」

「そうだな。聞いてみよう」

 

相談の件がひと段落したところで、フリーレンが表情を変える

 

「ところで!」と魔導書を掲げて彼女は自慢げな笑顔で立ち上がった。

 

「隠蔽の魔法について進捗があるんだけど。ちょっと実験してみない?」

 

■スマートに見える魔法


 

フリーレンが取り出したのは、一枚の魔法陣が書かれた羊皮紙。シュタルクには理解できない模様が書いてある。

 

「それは?」

「魔法の術式の理屈を書いた魔法陣。前に、思い出の映像を記録する魔法とかで見せたやつあったでしょ」

「あー。あれか」

 

フリーレンが開発した記憶の映像を魔法に封じ込める魔法がある。彼女の日記帳のようなものには日々の記憶を転写している。

なお、1ページ目はシュタルクがフェルンにプロポーズした日の映像である。困ったことに、サンプルとして何枚か複製されている。

 

「要するに、その紙に書かれた魔法が隠蔽の魔法?」

「そうそう。じゃあ、フェルンこれ持って立ってくれる?」

 

フリーレンは横たわっていたフェルンの手を取りゆっくりと彼女を立たせる。

さりげなく、彼女の背中に紙を張り付けた。

 

「じゃあ、シュタルク見ててね」

「うん」

 

背中に張り付けた魔法陣にフリーレンは手を触れて魔力を込める。

すると、徐々にフェルンの身体の輪郭がぼやけていく。瞳をこすってよく目を凝らすと――

 

「すげぇ……!」

「自分だと、分からないのですね」

「認識阻害だから、当人や触れるぐらい近くにいるとね。どう?シュタルク」

 

シュタルクから見えるフェルンは妊婦とは思えないぐらいスマートな姿。

最近お腹の大きい状態をずっと見てきたシュタルクとしては懐かしくもある。

ただ、1点気になる部分がある。

 

「おっぱい小っちゃくない?」

「……何を言ってるんですか?」

「いや、さすがに、不自然なほどスレンダーだから」

 

フリーレンを見ると何とも言えない顔をしていた。

 

「……シュタルク、セクハラポイントを1点追加だ。3ポイントたまると、私は泣きわめく」

「昔やってた謎のペナルティ制度やめてよ!」

「まあ、フェルンの胸が小さく見えるのは私の『平常な状態』って認識を上乗せしているからだよ。悪かったね……」

 

フリーレンの言葉にフェルンがシュタルクを半眼で見つめる。

 

「ごめんよ……フリーレンを責めるつもりはなかったんだ。ただ、いつもと違うなって……」

 

いつの間に正座で反省ポーズをとっているシュタルクの隣に座ったフェルンは彼の頭を撫でる。

 

「シュタルク様が私の胸についてどう思っているかは寝室でゆっくり聞かせてもらうとして」

「説明しないとダメ?知ってるでしょ!?」

「知ってますけど、説明してください。想いは言葉にしないと伝わりません」

「深い事みたいな言い方しないで!!ただのえっちな気持ちだよ!説明したくない!」

「分かりました、後々シュタルク様の身体に聞きます」

 

そんな夫婦のあれこれを傍目にフリーレンはうーんと悩む。

 

「子供を産んだ後に急に胸が大きく見えるのも不自然か……」

「授乳のためにサイズが変わったという理由では?」

「シュタルク、ちなみにどれぐらい小さく見えたの?」

「え、真っ平ら」

 

シュタルクの反応にフリーレンは半眼で睨んでくる。

 

「シュタルク、セクハラポイント2点目ね」

「普通に答えたのに酷い!」

「シュタルク様のおっしゃる通り、あまりに差異があると後々に違和感も出ると思います。

 フリーレン様。私も空き時間にお手伝いするので調整しませんか?」

 

フェルンのフォローにシュタルクは安どのため息を漏らした。

 

「じゃあフェルン。明日からイメージの調整をしよう」

「はい」

 

という事でその日の相談は幕を閉じた。が――

 

「じゃあ、シュタルク様、そろそろ寝室に。先ほどの話の続きをしましょうか」

 

と言ってフェルンは両手をシュタルクに差し出す。要するにだっこしろの合図だ。

 

「うん……」

 

シュタルクはフェルンを立ち上がらせ、優しく足元に手を回し彼女を持ち上げる。

お姫様抱っこ状態になったフェルンは「むふー」とご満悦な表情を見せた。

 

「じゃあ、シュタルク。フェルンの事よろしくね。火の処理は私がしておくから」

「分かった。お休みフリーレン」

「お休みなさい、フリーレン様」

 

シュタルクとフェルンの夜の挨拶にフリーレンは手を振って「おやすみ」と小さくつぶやいた。

 

「シュタルク様は私の胸そんなに好きなんですか?」

「知っていることを聞かないで!」

「どうなんですか?」

 

なんだか余計な事をまだ言ってる気がするが……。

フリーレンは苦笑をしてその背中を見送る。

 

本当に、いろいろあったけど幸せそうにしているなら何よりである。

 

「さて、私も寝るかな」

 

魔法の実験にも満足したフリーレンは暖炉の火を魔法で消化する。

きっと明日も慌ただしいのだろう。そんな事を考えながらフリーレンは自室へと戻っていった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ははは、それは幸せな災難でしたね」

「あ、うん。そうね。幸せな災難か……」

 

翌日、ハンデルの商業旅団用の店舗の打ち合わせ部屋に来ていたシュタルクは昨晩の出来事を世間話程度に切りだしていた。

 

「何にせよ、フェルンさんの民衆へのお披露目はとっても大事なことです」

「まあ、そうだよねぇ」

「本当なら、ご懐妊すら盛大にお祝いしたいところなんですけど」

「そういう、王族みたいなノリ要らないよ……俺たち爵位すらないんだから」

 

シュタルクの苦笑いにハンデルも笑顔で答える。

 

「そうですね。シュタルクさんとフェルンさんはそういうのは似合わないかもしれません。

 ああ、そう言えば。フォーリヒから荷物が届いていますよ。支援資材というていで紛れ込んだ荷物が」

「あー……オルデン卿か」

 

少し前、グラナト領でしばらくはクレ地方から出れないという事でもろもろ手続きした時の事。

オルデン卿と顔を合わせたのだ。その時「フェルンはどうした?」という質問にシュタルクは体調が悪いと答えた結果……

 

「シルクのおむつに続いて……何が来るんだろうなぁ」

「お気持ちを察してあげてください。血はつながっていなくても。オルデン卿はとても大切にしておられるのです」

「うん……」

 

どう考えてもバレた。事前に話しておけばよかったのだが、グラナト伯爵に比べて連絡する機会がなかったのだ。

 

「世間話はこの辺にして、畑の分配の件なんだけど」

「はいそうですね」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「私も小作人ではありませんから、商人の目で考えさせていただきます」

「そうしてくれると助かる」

 

ハンデルは顎に手を当てて考え込むような姿勢をとる。

 

「ヴァイツェンさんの気持ちは痛いほどわかりますが、もう少し様子を見た方がいいというのは私も賛成です」

「やっぱりそうか」

「彼は一応蓄えがある程度ある様ですが、現在農具の作成も輸入頼りです。ティシュレーさんが居れば何とかなるかもしれませんが……」

「ティシュレーさんには建築もあるからなぁ」

 

そう、彼の仕事をあまり増やすわけにはいかない。

 

「鍛冶屋、製鉄の準備、建築の一巡、いずれかの条件を満たすのを待つのも手ですね……とはいえ提案を蹴って彼のメンツも立たない」

「ヴァイツェンさんも色んな覚悟で言ってきてるしね」

「このような『契約の変更』ではどうでしょうか?」

「なるほど?」

 

指を立てたハンデルは笑顔で説明してくれたが全然分からない。

 

■農地経営はまだまだ続く


 

何とか暗記したハンデルの説明はこうだ。

 

『あくまで、農地はまだ領主のものとするが、麦畑の運営はヴァイツェンさんが主責任者として立ってもらう。

 そして、秋の収穫のうち、定められた目標量を領主に納めれば、それを超えた余剰分はヴァイツェン個人の所有物として、自由に商人に売って利益にして良い』

 

端的にいえば、農作業の請負契約だ。今と何が変わるかというと目標量を設定するという事。

これならば、領主側としても、最低限の収入は確保できるし、ヴァイツェンも、自分の利益が上がればやる気も出るという事だ。

 

……ペナルティは、考えたくないなぁ、と苦笑する。そういうのは苦手だ。「翌年補填して」だけで済ませたい。

 

ハンデルが言うには「インセンティブ制です」という事だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「……っていう感じでどうかな?」

 

と、目の前のヴァイツェンにシュタルクは説明する。

 

「……ご検討いただき、痛み入ります」

 

今回は、事の重要性を鑑みて彼の隣に奥様が座っている。優しそうな奥さんだ。独り立ちを決意した彼を支えるという力に満ちた瞳も見える。

 

「しかし、良いのですか?それはあまりにシュタルク様の負担が減りません」

「そうでもないさ。来年からは頑張ってもらうぞ、厳しい目標値も設定するかもしれないぞ」

 

シュタルクが作った、眉を吊り上げた「おらぁ」という顔に、隣の奥様が噴き出した。なんか思った反応と違うなぁと苦笑いに変わる。

 

「本当に無茶を言う人はそんな顔しませんよ」

「そうなの?」

「もっと、人の心に漬け込むような、嫌な笑顔をします。シュタルクさんは本当に権威者に向きませんね」

 

シュタルクは頭を掻きながら「まあね」と呟いた。

 

「もっと、街の体制が整う頃、たくさんの農地を買ってもらうよ」

「分かりました。ではお待ちしています」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ぬ。どうしたシュタルク?」

 

ヴァイツェン夫妻と会話した後訪れたのは民家を増設中のティシュレーの元だった。

相変わらず、弟子のドワーフや建設の仕事を負う人達に檄を飛ばしている。それでもなんだかんだで尊敬を集めるのは、その腕が確かな証拠か。

 

「いや、ちょっとヴァイツェンさんに話をしていたんだけど」

「ああ、麦畑の若造か。なんやかんやと見どころのあるやつだと思ったぞ。農具を借りるときに儂らに差し入れしてくれるしな」

「そうなんだ……」

 

ティシュレーはこの街でも建設だけではなく、農具や工具を一手に引き受けるドワーフ工房のトップだ。

そこに目を付けて、交渉を仕掛けるのは……どうやらシュタルクの想像を超えるしたたかさで運営しようとしていたようだ。

 

「立場的に見習えとは言わんが、自分の夢のためにやれることは何でもやる気概は知っておいた方がいい」

「そうだね。思ってたより強かだった。そういう人が街にいる。頼りがいがあるよ……それより」

「なんじゃ?」

 

首をかしげるティシュレーに麦の余剰分をティシュレーに回せそうという事を伝えると目の色を変えて反応した。

 

「マジか!」

「マジです」

「よし、買い取る!」

「結論速いなー」

 

地酒というのはそんなにロマンなんだろうか?シュタルクにはよくわからない。

 

「よし、野郎ども、地酒のエールを作りたい奴!休暇を酒に費やしたい愚か者儂に続け!」

 

碌でもない掛け声を建設現場にとどろかせた後、一拍を置いてものすごい勢いで歓声が上がる。

ドワーフ達だけではない、建設現場で働いていた人達全員だ。

 

「なんなの、みんな酒好きすぎじゃない!?」

「阿呆か、シュタルク!いいか、全労働者が酒のために頑張るんだ!酒のために!」

「給金は?」

「要る!」

「どっちだよ!」

「どっちも要る!」

 

思ったより、酒の重要度が高い。これは優先順位を考え直すべきなのか……

それとも現場のおっさんの言い分なのか。シュタルクには分からない。

フェルンは無類の酒好きのハイター様に育てられ飲酒に対する敷居は低めだ。

 

というより、フェルンに酒を飲ませるとまあまあ不味い。

 

過去、グラナト伯爵から高級ワインを受け取ったことがあるのだが……

美味しいお肉と一緒に呑んだ際のフェルンは大いに暴走した。

 

もはやどう説明していいのか分からない程に甘く襲われた。

その後……ちょいちょい一緒にお酒を飲んだが、基本的にシュタルクは全敗している。

敗北?何に?分からない。なんかこう、男女の精神的なものに……

 

普段、体力差でそう負けることはないのだけれど、どうしてだろう。

フリーレン曰く、普段のフェルンはお酒を飲んでもそんな変なことにならないらしいが。

 

シュタルクを見た瞬間に何か目が……こう、肉食獣の目?みたいな状態になる。

 

「シュタルク。どうした。目があれだ。酒を望む漢のような顔になっているぞ」

「はっ! いや、違う……けど、いいや。収穫後は任せるよ」

 

ティシュレーはその言葉にサムズアップしながら「任せろ!」と答えた。

 

「よし!気合入れて醸造道具の設計を始めるぞ!」

「いや、建設の方を頑張ってね……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

少し夕方の時間が余ったので、気晴らしに山に狩猟に入ったら獅子猪(フレッサー)の群れに出くわした。

乱獲はよくないかーと思いつつ、襲って来た数頭を討伐して、現在ずるずると引き摺りながら帰宅の最中。

しかし、これを他人に手伝わせるのは無理がある。今更ながらにボーデンが畜産もと言っていた意味が分かる気がする。

 

「肉はさておき、鶏とか、乳牛とかハンデルさんに仕入れてもらうのはありかなぁ……」

 

食肉は……育てるという過程で結構時間がかかってしまう。となるとまずは卵とか牛乳とかがいいかもしれない。

ついでに羊とかで毛もあると機織りの役に立つかもしれないな……

 

「本当にやることっていっぱいあるなー」

 

領地経営って無限にやることが湧いて出てくる。

そんなことを考えながら、フレッサーをハンデルの倉庫に預けた際に「3匹も狩って来たんですか……」と引かれた。

 

フレッサーは一頭で民家程度の大きさの獣。それを3体引き摺って来たのは流石にやり過ぎたか。

 

「後日解体しましょう。まずは冷凍の魔法を使える者を呼んできます」

「仕事終わりにごめんねぇ……」

 

と言いながら預けた後、家に帰ったらフェルンに怒られた。

 

「泥だらけになって帰ってくるなんて、やんちゃな男の子ですか!?!?」

「違うんだ……領主として食料問題に取り組んでいて……」

 

本当に、真摯に、お肉問題に取り組んでいたんです。と言いたいが獲物がいないのと泥だらけな状態は言い訳ができない。

 

「言い訳をしないでください、お風呂に入りますよ!」

「え、今のフェルンは無理しない方が……」

「お風呂に入りますよ!」

「はい……」

 

そんな感じで。農地経営はまだまだ続くらしい。

 

■スレンダーだけどちょっとふっくらする魔法


 

それから数日が経過し、ようやく明日はみんな総出で収穫の日に迫る。

要するに、フェルンのお披露目は明後日。

 

「なんか、お披露目と言われてもしっくりきませんね。私自身は別に普通の街娘と変わらないのに」

 

というのは、一級魔法使いであり、この大陸でフリーレンに次いで魔族の討伐数がダントツで多いフェルンの言葉。

 

「それで、隠蔽の魔法はどんな感じ?」

「ふふふ。シュタルク今度のはすごいよ!」

 

と言ってフリーレンがキッチンカウンターの奥から現れた。なんだか見慣れない、たゆんとした揺れと共に……

 

「ふ、フリーレンのおっぱいが大きい――はっ、しまった!」

 

失言を言ってしまったとシュタルクは慌てて口をふさぐ。これで3ポイント目を加算してしまう!!

――と、思ったが、案外フリーレンの表情は変わらない、というよりむしろドヤ顔の深さが増した。

 

「シュタルクの良い反応に免じてセクハラポイントを1点減らしてあげよう」

「え、今ので減っちゃうのかよ。採点基準全然分からない」

「基準は私がNGと思ったときだよ」

 

なんか暴君みたいなことを言い始めたが、あまり下手に刺激してそのポイントを弄られても困る。

 

「結局、フェルンのお腹をごまかすって話なんだけど……」

「という訳でこれ」

 

とフリーレンがソファーに座るフェルンに差し出した魔法陣の書かれた紙。

魔力が通り、輝き出し、徐々にフェルンの身体を書き換え始める。

 

「おお……」

「どう?」

「なんで服が変ったの?」

 

フェルンが着ていたのはいわゆる寝る前のワンピースのパジャマ姿だった。

が、現在の外見は冒険をしていた時の白のドレスと黒のローブ姿。懐かしいといえば懐かしい。

 

「これが一番イメージしやすかったんだよ……」

「分からないでもないけど」

 

最近はいわゆる妊婦用の服を着ているため、いつもの服装は滅多に着ていない。

外見を偽装するというのは要するにそういう事なのだろう。

 

「この魔法はイメージを強制的に共有する魔法だからね。だから私が一番印象に残っている姿を転写するのが早い」

 

結果はフェルンの冒険中のローブ姿。という事だ。フリーレン的に一番イメージが強いという事だ。

 

「まー、言われてみればそうかも。俺と出会ったときもこの服だったしね」

「シュタルク様には社交界のドレス姿とか、結婚式のウエディングドレス姿とか見せましたけど」

「いや、それはそれで……綺麗だったと思うけど、印象の問題は違うでしょ!」

「かなり頑張って着たのに?」

 

ぷくーッと膨れて何かを訴えてくるお嫁様。なんだか不服そうにぽこぽこ叩いてくる。

 

「可愛かったです!目を奪われました!でも、ウエディングドレス着ていくような状況じゃないでしょ!」

 

シュタルクの言葉にむっすーという顔のまま一旦停止するが、まだ足りないらしい。

 

「俺の奥さんは何を着てても綺麗だから。大丈夫だよ。いつもの服は一級魔法使いらしくていい」

「シュタルク様は、やっぱり天然ですよね……他の人に言ったら駄目ですよ」

「言う機会ないでしょ!」

 

シュタルクの言葉にフリーレンは無表情のまま思う。

こいつ、領主夫人の座を狙った女の子たちからの誘いのことを、完全に忘れているな、と……

 

「言ったら、シュタルク様の明日が危ないかもしれませんよ?」

「そこまで!?何されちゃうの?怖い!」

 

というより、フェルンが頭の片隅にもそんなことを覚えさせない様にさせているきらいがある。

昔から村に立ち寄れば、全員と仲良くなるシュタルクに艶っぽい話がなかった。

当時、フリーレンはその手の話に全くと言って良いほど興味がなかったので気にしていなかったが……

 

(フェルンが、がっちりガードしてたんだなぁ)

 

ある一時から街に着くと「散策と調査」と言って必ず二人で出回っていたのはそういう事なんだろう。

 

「じゃあ、私は寝るねー。火の処理とフェルンの相手よろしくー。おやすみ」

「えっ、ちょっとフリーレン!?おやすみぃ?!」

「おやすみなさいませ、フリーレン様」

 

二人のよく分からない問答だがまだ続くらしい。

内容そのものには特に意味はない。夫婦のちょっとしたストレス解消なのだろう。

 

だって今フェルンに負担掛かるえっちなこと出来ないから……

 

■収穫の日と準備の日


 

「領主様ー。こちら終わりましたー」

「おー。ありがとう。収穫したものはハンデルさんの倉庫に運んでくれー」

 

秋の訪れと共についに収穫の時期を迎えた。

今日は領民総出で収穫を行っている。

 

「こーらー!つまみ食いはダメでしょ!」

「ごめんなさいー」

 

子供たちも手伝いに来てくれている。

時々採れたてのトマトをかじったりするのは御愛嬌ではあるが……そういう光景があってもいいとシュタルクは思う。

 

(本当に何もなかった場所から、ここまで来れるんだな)

 

魔族に蹂躙され、一度滅び、全て焼き尽くされ、魔物が跋扈する血塗られた地となっていた故郷に人が住み、収穫の秋を迎える。

 

(兄貴、やっとここまで来たよ)

 

あの日、シュタルクを逃がすために死地へと向かった兄のシュトルツ。自分はその意味を果たせただろうか?

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

野菜の収穫も一段落したので、次は麦畑へ。

 

「この鎌で、根元から引いて刈り取る……よっと」

 

事前に受けたレクチャー通りに麦を刈り取っていく。

思っていたより重労働だ。なんせずっとかがんでいるわけだから。

 

「この姿勢、結構腰に来るなー」

 

立ち上がって周りを見渡すと他の人達も同じような仕草で腰を叩いている。

 

「いや……シュタルクさん、屈強過ぎですよ。他の人の5倍ぐらいの面積刈り取ってからようやくですか」

「あれ……?」

 

隣にやってきたヴァイツェンがシュタルクを見ながら呆れた様子で声をかけてきた。

どうやら、集中して黙々とやっていたら結構な量を刈り取っていたらしい。

シュタルクの切った麦を束にしてくくって運んでいるようだ。

 

さっきからずっと追いかけてはそれを繰り返していたらしい。

 

「俺って意外と農家向きだった?」

「かもしれませんね、やりますか?」

「今から転向は難しいなぁー。山の様に借金あるから領地をしっかり立て直さないと」

 

フェルンとフリーレンと一緒に農家かー。そんな選択肢あったのかなー?と思いを馳せる。

考えてみれば、フリーレンがクレ地方の領地返還に代理でサインしてきてから何かが決定的に変わった気がする。

 

「じゃあ、農家にもなれるように借金をしっかり返しましょう」

「あの金額返せる頃に、そんな余地あるかなぁ……」

「ご子息が生まれて、隠居する頃にはきっと」

 

ご子息と言えば、完全に秘密にしていた。順調なら冬の間に産まれてくる。

 

「お忙しい奥様が帰ってきたら、今からでも励まれると良いかと!」

「そ、そうね……」

 

はい、ずいぶん前からすごくいっぱい励んでたので、ある意味もうすぐです。

考えてみると隠蔽の魔法で誤魔化しはするけど数ヶ月後に子供が生まれる。

これ自体は報告するしかない。領主に子供がいるというのは領民にとってはとても大事なことらしい。

 

うーむ。『ごめんなさい、秘密でした』という説明はどこかで必要になるだろう。

こればっかりは仕方ない。フェルンとお腹の子供の身の安全が大事なのだ。

 

「じゃあ、残りも刈り取っちまうかー。来年はこの倍以上ってどうするんだろ?」

「作業者を増やすしかないですね。頑張ってくださいよ、領主様」

「ですよね……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんなこんなで3日間程で収穫は無事に終わった。

明日は、ささやかながら収穫祭を行う予定だ。皆が楽しみにしている。

 

「奥方様がついにいらっしゃるらしいぞ」

「本当にいたんだな……美しい魔法使いだと聞いたが……」

「えー……シュタルク様、実は独身って噂は嘘だったの?」

 

なんとなーく、ハンデルとティシュレーにお願いして事前に噂を流してもらった。

おかげで最近はお誘いが減ったので助かる。シュタルクとしては断るのもしんどいのである。

 

「明日はついにお嫁様のお披露目かぁ……大丈夫かな?」

 

実は財政大臣な彼女はいまだに顔を見せたことがない。みんな喜んで受け入れてくれればいいのだが。

 

「なーにビビっとるんじゃ」

「あ、ティシュレーさん。明日はフェルンの初お披露目でみんなどう思うかなって……」

「どうでもよかろう。少々不愛想だが、見た目がいいのはお前が一番知っておろうに」

 

あんまりな言い様にシュタルクは苦笑して肩をすくめる。

 

「まー、フェルンが美人なのは間違いないか」

「そういう事を何のためらいもなく言うから、ちょいちょいフェルンに怒られてるの分かっとるか?」

「なんで?」

「分からんならいい。それが、お前の悪癖で愛嬌だ。

 なんにしてもフェルンの嬢ちゃんも一緒に収穫祭の料理を楽しむんだろ?そっちを気にしろ」

 

含蓄のある言葉にシュタルクは「それはその通りだな」と顎に手を当てて考え込む。

今度は、ティシュレーが肩をすくめてため息をついていた様だ。

話しかけた理由は結局何なんだろう? と首をかしげていると、ティシュレーはにやりと笑った。

 

「そんなことより、注文していたパン窯が完成したぞ。公営のパン屋風にした」

「マジで!ありがとうティシュレーさん!」

 

臼は既にあったので、現在採れた麦の粉ひき中。パン窯があればパンが作れるといったところだった。

パン屋風にしたのは当面はそういう経営方式だが、いずれ店ごと買い取ってほしいという意図もある。

どうなるかは分からないが、やってみるしかない。

 

「後はハンデルがもろもろ材料仕入れてきたからうまくやれ。あ、わしらも出来たては食うぞ」

「もちろんだ。日頃の感謝も込めてたくさん食べてくれ。地酒じゃないけど、エールも注文しているし」

 

その言葉に、ティシュレーはシュタルクの背中をバシバシ叩く。彼なりの喜びの表現方法だ。

 

「良し、じゃあもうちょい仕事頑張るかの」

「無理しないでくれよー、って俺もこないだのフレッサー捌かないとな……」

 

という訳で、翌日の収穫祭の準備に向けてシュタルクもフレッサーを解体をしに倉庫へ向かった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルクさん、フレッサーですか?」

 

倉庫の入り口には搬入物と出荷物をチェックしていたハンデルがいた。

 

「あ、そうそう。明日振る舞う用に1体解体しちゃおうかなって」

「分かりました。では解凍してしまいますね」

「解体後の肉もある程度保存のために冷やしたいんだけど、頼める?」

「分かりました」

 

という感じで倉庫の中に入って、巨大な獣を解凍して、解体を始めた。

 

「明日はフェルンさんも参加されるのですよね。皆さんの反応が楽しみです」

「ハンデルさんもそう思う?」

「シュタルクさんがお姫様抱っこで連れてくるのですよね?魔法で少し見た目をごまかしつつ」

「あー、うん……」

 

ハンデルはシュタルクの言葉にうんうんとうなずき嬉しそうにしている。

 

「領主の夫婦の仲がいいというのは治世が安定しやすい要因の一つです。

 それが領民に伝わるという事は様々な士気に関わりますからね。お二人の様子を見たら皆安心すると思います」

「そんなもんかなー?」

「ちなみに、明日はどのようなお召し物でいらっしゃるんですか?」

 

というハンデルの疑問に、シュタルクは「うーん」と苦笑いしながら説明した。

先日の魔法の効果として、フェルンは初お披露目でドレスではなく、冒険中に着ていたローブで出てくる。

ローブでもフェルンは十分綺麗なのだが、領民に紹介する初お披露目か……と思うとよくわからない。

 

「なるほど。シュタルクさんは『もう少しフォーマルにしたほうがいいのか』というお悩みを?」

 

シュタルクの説明を聞いて、ハンデルはポンと手を打ち、笑顔で切り返してきた。

若干浮かない顔をしていたのがばれたのか核心をついてきたような気もする。

 

「あー、うん……えーと、どういったらいいのかその、分からないんだけど」

「うんうん、分かります。自慢の奥様です。少しでも美しく見られたいのですね?」

「え、あ、そうなのかな? いや、冒険中の格好でも可愛いと思うんだけどさ……」

 

(俺ってそんなに見栄っ張りだっけかー?)

 

聞かれると……フェルンの事だけはよく思われたい気はする。

『世界で一番かわいいお嫁さんだぞ』と、大陸の中央で叫ぶぐらいは出来てしまう気もする。

 

うぬぬぬぬと首をひねっているシュタルクを見たハンデルは人差し指を立てて応えた。

 

「では、こうしましょう、シュタルクさんも公務用の服ではなく、冒険者の時に着ていた服装で来てください」

 

■収穫祭と領主様のお嫁様


 

翌日、そろそろ昼食という時間。

 

テーブルの上には街の住人全員で前日から用意した料理が並んでいる。

ボーデン達の育てた野菜やシュタルクの狩ったフレッサーの肉、そして――

 

「パン、焼けたぞー!」

「「おおおおおおおおおお!!」」

 

歓声と共に大きなパンが型から取り出され、街中に焼きたてのパンのいい匂いが漂う。

 

「どんどん焼いていくからな、嫁さん衆、どんどん切り分けていけ―!」

「「はーい!!」」

 

これはさぞかしパン窯周辺は熱砂の如くであろう。でも、作る嬉しさには替えられない。

 

そんな折、フリーレンから渡された拡声の魔法でハンデルが声をかける。

 

「あー、あー、クレ地方に住まう皆さまー。いつもごひいきにしていただいております。

 ハンデル商業旅団の取りまとめをしておりますハンデルです。本日は領主様のご指名で進行を任されておりまして。よろしくお願いいたします」

 

『もう実質、町の領民の顔の一角でしょ』という理由でシュタルクから、お願いしていた当日の進行。

若干商人気質が抜けないが、商品ならではの呼び込みのようなよく通る声でハンデルは切りだした。

 

「若干ではありますが、本日の収穫祭にあたりましてグラナト伯爵、オルデン卿、ノルム商会長連名の品でエールやジュースなどを頂いております。皆さん、楽しんでください!」

「「おおおーー!」」

 

一気に上がる歓声と共に、片隅に置いてあった風呂敷が取り払われて大量の酒樽があらわになる。

なかなかのサプライズに普段強面を貫くティシュレーすら天高く両手を上げて感涙している様子だった。

 

「さて、ここで、皆様が待望しておられる我らが愛すべき領主夫婦のご登場の前の注意です」

 

と、シュタルクがそろそろか……とフェルンをお姫様抱っこした状態でスタンバイしたところで、ハンデルが事前の説明を始めた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『オレオールへの旅のなか、数々の冒険と、大魔族とも戦った旅の時の姿で良いのです。それが英雄の誇りという物でしょう?』

 

言いくるまれた感はある。感はあるけど……

 

「私はシュタルク様のその姿も好きですよ」

「今言わないで……」

 

お姫様抱っこ状態のフェルン。今は当時より重い。当然だ。フェルンだけの重さじゃないのだから。

彼女はシュタルクの首にその手を回して密着してきた。

 

「――っ!!フェルンっ!突然なに?!」

「この方が楽じゃないですか?緊張もほぐれます」

「密着されるとすごく柔らかい!」

 

そんな感じで、会場の控室でイチャイチャ(?)しているとハンデルの声が聞こえてくる。

 

『えー、シュタルク様は皆さまが汗水を流して働いている裏でそれを支えながらも共に汗を流すとても多忙な領主様であることは御存じでしょう!!』

 

「大げさぁ!!」

「間違ってないと思いますけど」

 

『さらに、奥方のフェルン様も実は魔法協会のお仕事と並行で常に街の収支を確認して財政を安定させてくれております!!』

 

ハンデルの説明に「おおー!」と領民たちの声が上がる。

魔法協会の仕事は……フリーレンが魔導書の翻訳をしているぐらいなんだけれど。

 

『本日は、その仕事をお休みして、プライベートを楽しみたいという事で公務の礼服を脱ぎ、かの日の冒険の時の服装で参上されました!!』

 

なるほど、そういう算段ね……と納得する。物は言いようである。

 

『冒険していたあの頃の二人、夫婦でありながらも若き日の冒険者であり恋人。

 つまり、無礼講ではありますが、二人の甘い時間も過ごしたいと思われます。

 無論領民としてお話しに行くことは自由ではありますが!これだけは』

 

あれ、なんか打ち合わせの方向と違う感じになって来たぞ……何を言うつもりだ?

というか冒険中恋人関係とまでは言ってなかったんだけどなぁ……なんて思っていると続きの声が聞こえた。

 

『お互いに、”あーん”などをして、恋人のように食べさせ合っている最中には、声をかけず、生暖かい目で見守ってあげてください』

 

(なんかすごいこと言われてる!!)

 

これから、フェルンと一緒に矢面に立つと生暖かい目で迎えられ、見守られる。

シュタルクは何とも飢えない表情をしたがフェルンはいたって平常運転である。

 

「これは要するにシュタルク様にあーんをしないとだめかもしれませんね、パフォーマンスとして」

「よく冷静に分析できるねフェルンさん!?」

 

『では、拍手でお出迎えください、シュタルク様!フェルン様のご登場です』

 

「だああああ、もう無茶苦茶だよぉ!」

「この状態で人前に出るので最初から普通ではないと思いますけど」

 

この状態とはお姫様抱っこの状態である。

だって、フェルンの現在の見た目は冒険者の姿だけど現実には身重のマタニティスタイルなのだ。

お姫様抱っこが一番よい移動方法なのは間違いないのだ。

 

シュタルクは必死に言い聞かせながら会場へと一歩を踏み出した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「はい、アイゼン。酸っぱい葡萄」

 

会場の奥のテーブル。ひっそりと様子を見に来ていたのは伝説の戦士であり、シュタルクの養父のアイゼン。

 

「いいのか、二人をほったらかして」

「アイゼンを誘ったの私だしね。それに二人は大丈夫だよ。さっきの内容ならいつも家でやってる様子のままで問題なさそうだ」

「……普段からそうなのか」

 

フリーレンは大きなジョッキに並々と注いだエールをアイゼンに手渡す。

 

「フェルンの体調の事もあるから負担のかかるえっちな事はさせられないし」

「何を言っとるんだ」

「かといってシュタルクの欲求不満を外で吐き出させるとフェルンが無茶苦茶怒るし」

「本当に何を言っとるんだ」

「寝室で時々何かしてるらしいんだけどね。あんまり知らないけど」

「もう余計な詮索してやるな……」

 

アイゼンからするとあの弟子が、外でフェルン以外と何かするなどありえないことだ。

となると、家ではそうなるのだろう。若い二人が決めることだ。老人のアイゼンには特に何も言う事はない。

 

「村の復興が順調なようで安心した」

「そうだね。二人とも頑張ってる。実は、私も頑張ってるけどね」

「まあ、否定はせんがな」

 

アイゼンの同意に、フリーレンは「ふふふ」と楽しそうに笑った。

 

「どうした?」

「二人の子供の名前、考えてる?」

 

フリーレンが言うのはもうすぐ生まれるの子供の名前だ。男児ならアイゼンがつけることになってる。

 

「候補は考えた……100通りぐらい」

「相変わらず真面目だね、アイゼンは」

「あとは、生まれた子の顔を見て決めたい」

 

しみじみというはアイゼンはフリーレンの持ってきた大好物の酸っぱい葡萄を食べ始める。

 

「男の子、生まれるといいね。私は女の子でもいいけど」

「あいつらが幸せならそれでいい」

 

そんな拍子、「おおおおお」と領民たちの静かな歓声が沸き上がる。

何かと思えば、フェルンがフォークに刺したパンで包んだ肉をシュタルクに差し出したようだ。

 

領民たちにガン視で見守られている中、シュタルクは「ぐぬぬ」といった表情をしている。

 

「お、フェルンがシュタルクにあーんで食べさせるみたいだよ、せっかくだし手を振ってあげよう。おーい、アイゼンも来ているよ~!」

 

このタイミングで言うのか、このエルフは鬼かと思わないでもないが仕方ないので小さく手を振る。

と、どうやらこちらに気付いたらしい。貴賓席であーんを口に入れて咀嚼しようとした瞬間の事だった。

 

「むせたね」

「お前、本当に手加減してやれ。可哀想だろ」

「大丈夫だよ、フェルンが背中さすってるから」

「そういう問題か?」

 

いろいろ、忙しくしていると聞いたが、どうやら何も問題なさそうだ。

こういう温かい場所は栄える。借金にあえいでいると聞いたので心配もしたが時間が解決するだろう。

 

「でも、幸せそうでしょ?」

「そうだな。それは同意しよう」

 

―― ここはもう、あの二人とこれから生まれてくる子の故郷なのだから。

 

■遠き城塞都市にて


 

北側諸国 城塞都市フォーリヒ

 

「父上。ご注文の特注エール全てクレ地方の街に送らせていただきました」

「そうか、ご苦労だったなムート」

 

そんな会話を交わしたのは、北側諸国3大騎士の一角の当主であるオルデン卿とその後継ぎとして修業中のムートだ。

 

「しかし、父上、先日からのベビー用品に続き、大量のエールまで。父上の老後の貯えなんですよ……」

「構わん。お前がこの家を継いだ後は人里離れた民家で修行者のような生活でも問題ない」

「北側諸国の3大騎士の父上がそういうのホントやめてください!刺されるの私なんですからね!」

 

とまあ、いつもの説教をかましたムートは疲れた様子で部屋を出て行った。

先日から、『贈り物』の件で少々面倒をかけてしまっている。申し訳なくは思っているのだが。

 

「……あの様子だと、一度クレ地方へ状況を確かめに向かうか?

 ムート自体がシュタルクと交友を持ってくれるのは悪い事ではないか……ふむ」

 

そんなわが子とかの地の青年について思いを馳せていると扉がノックされる。

 

『―― 旦那様。御用があって参りました。メイド長および御庭番大隊長のライニでございます』

「……入れ」

 

メイド長のライニ。執事のガーベルと共に、フォーリヒの城内の管理を務めるベテランの女性だ。

そして、オルデン家の城内の治安を維持する特殊訓練を若き日から受けてきたある種の兵でもある。

 

「どうした。君から直接の用事とは珍しい」

 

主と使用人。というには難しい関係だ。家督を継ぐ前から世話になって来た年上の人物でもある。

そんな彼女から折り入って用事があるという。

 

「実は、そろそろお暇をいただきたく」

「休暇か?」

「いえ、こちらを」

 

ライニから差し出された書状は退職を願う書状。

 

「ふむ。理由を聞いてもいいかな?」

「ここ数年、私の年齢もかんがみ、後任の育成に励んでまいりました。そろそろと思いまして。

 彼女たちの独り立ちのためには私がいては成長の阻害になります」

「つまりここをやめると。その後は……?」

 

ライニにそう問いかけると彼女は少し考えてから……

 

「また、私のようなものを必要とする主を探し、奉公したいと考えておりますよ」

「―― わかった。人員の配置も含めて検討しよう。下がれ」

「では、失礼いたします」

 

――ふむ。それなりに困った。

 

だが、彼女が認める後任が育ったのであればそれは尊重せねばなるまい。

ここ数年、彼女の後任育成の手腕は見事なものだった。

 

そして――

 

(彼女の才を十分に活かせる、それを必要とする場所か……)

 

そんな場所について、オルデン卿は一つ思いつく場所があった。

 

~ to be continued ~

 




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