葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション


■ あらすじ
オイサーストへの旅の終わり、シュタルクとフェルンの二人はお互いの願いと向き合い、一つの結論に至った。

『旅のパーティーを終わらせ、家族となること』

家族を作り、家を建て、子を成し、村を再生させ、そして一人のエルフの未来を守ること。
そして、これは、人々の天敵である大魔族すら斃した英雄の二人が手を取り、縁をたどり、人と繋がり、彼らの故郷を作り上げる物語。

領民たちと共に育てた作物が実り、クレ地方の街は初めての「収穫の秋」に活気づいていく。
身重なフェルンを気遣いながら、シュタルクは領主として農地経営の交渉に奔走し、父親になる覚悟を少しずつ固めていく。
そんな中、領民の前に姿を見せない「領主夫人のフェルン」の認知度が危ぶまれ、収穫祭でお披露目をすることになる。
来たる収穫祭とフェルンのお披露目の日、二人は収穫した作物で作った料理で賑わう中、領民とお忍びでやってきたアイゼンの前にお姫様抱っこで登場するのだった。

一方、要塞都市フォーリヒではオルデン家の元メイド長が新たな奉公先を求めてクレ地方にやってくることになり……。



領主シュタルクのクレ地方再建生活 其の5【完】 ~Lord Stark’s Reconstruction Journal of the Klee Region~

■パパになった領主様


 

そこにはかつて、大陸へと優秀な戦士を輩出する村が存在した。

しかし、たった一人の魔族の侵攻により村は灰燼と化し、静かにその歴史から姿を消した。

 

―― 魔王亡き後も人類に猛威を振るった魔族最強の将軍リヴァーレ。そのリヴァーレを討ち、大陸の英雄となる、たった一人の青年を残して。

 

というのは随分と昔の話。現在、その青年はというと――

 

「いないいない……ばぁ!」

「きゃぁ!!」

「いないいない……ばぁ!」

「あぅっ!」

 

冬の終わりと春の訪れの時期に差し掛かり、新たに生誕した命にデレデレになっていた――

 

「父と子の麗しい光景でございますね」

 

少し前まで、要塞都市フォーリヒの防衛の要の一族、オルデン家でメイド長を務めていた壮年の女性、ライニ。

彼女は現在の主であるフェルンにホットミルクを差し出しながらにこやかに告げる。

 

「……ちょっと、デレデレ過ぎな気もしますが」

 

ライニの言葉に苦笑い気味で答えたのは、美しい紫の髪を揺らす女性。

大陸魔法協会の一級魔法使いであり、領主夫人であり、シュタルクの奥様であり……

そしてこの冬に実質的なお母さんから真のお母さんにクラスチェンジしたフェルンである。

 

「父親はあれぐらい子供が好きな方が安心できますよ。この地の為政者であるシュタルク様が、未来の民たる子供たちへの愛にあふれている事は、非常に重要です」

「はあ……」

「そして何より、お二人の子であるシュタアル様は領民の希望です」

 

大げさに語るそんなライニとは、シュタアルが生まれる直前の時期に出会った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

冬の終わりに訪問してきたオルデン卿。その要件は、この度屋敷の管理から退職した一人の使用人の奉公先の斡旋である。

というより、不器用な親心からの紹介といったところだろうか?

 

元メイド長のライニ。圧倒的な有能さと、北側諸国三大騎士の一角であるオルデン家を守る御庭番も務めるほどの、戦闘能力を兼ね備えた人物。

そんな彼女は、今は故人であり、オルデン家長男であり、シュタルクに瓜二つであったヴィルトの教育係をしていたという事だった。

 

『フェルン様、私は心配でなりません。

 勇者なき時代の英雄シュタルク。あなた自身も英雄と呼ばれたのだとしても。

 英雄と共にいるあなたは……幸せですか?』

 

命懸けで戦う英雄を何人も見送ってきた彼女が、身重であったフェルンに告げた言葉。

それは彼女にとって最も深くに突き刺さった心の傷であったのだろう。

 

この問いかけに、真剣勝負の中で魂をもって答えたのは、夫のシュタルクだった。

 

『俺が戦うのは、俺が……戦士シュタルクが生きるためだ!』

 

今、蒸し返すと顔を赤くして拗ねてしまうシュタルクだが、フェルンもライニも彼の覚悟を覚えている。

 

『この村で散った戦士の魂を、戦ってきた証を、旅の記憶も、ここでの暮らしも。

 フェルンも、フリーレンも生まれてくる子供達も全部未来へつなぐためだ。

 全部が俺に必要で、全部に俺が必要だ!だから生きるために戦っている』

 

だから、今、オルデン家からやってきた超有能メイドのライニは、不器用な二人の新米夫婦を支えるためにここにいる。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

秋の収穫祭の後、また移民を受け入れて街の人口も二百人を超え、少しだけ大きくなった。

フェルンのお披露目の結果、『領主夫妻が日常的にお姫様抱っこをするぐらい熱々』という話が各所に出回り、何故か、家族連れの移住者が増えたのだ。

 

『狙ってやったんじゃないのか?』というのはシュタアルが生まれた直後にお忍びでやってきたグラナト伯爵の言葉である。

 

そんなわけで教会が完成し、そこで働く神父もやって来たり、手に職を持つ者が個人店を開き始めたりした。

また、ハンデルが一手に担っていた商流も、少しずつ彼の紹介のもとで個人商人を受け入れ始め、冬の訪れにもかかわらず街に暖かな活気が溢れ始めていた。

 

その一方で、オルデン卿とライニの訪問と共にシュタルクとフェルンの一家に起きた大激変は第一子の誕生である――

 

「フェルン!ライニさん!!大変だ!」

「どうしたのですか、突然」

 

慌てた表情のシュタルクがいとし子のシュタアルを抱いて二人に駆け寄ってくる。

シュタアルは先程とは打って変わってわんわん泣いていた。

 

「急に!泣き始めて、泣き止まなくて!!俺なんかやったかな?」

 

シュタルクからシュタアルを優しく受け取ったフェルンはその顔を覗き込んでから時計で時刻を確認する。

 

「お腹が空いていたようです。そろそろ授乳の時間ですし、シュタルク様と遊びすぎたみたいですね」

 

フェルンの言葉にシュタルクは涙目のままライニを覗き見ると、彼女は静かに頷く。

 

「そ、そうなのか……俺に何か手伝えることある?」

「ありません。強いて言うなら、溜まっている仕事をしてください」

「酷い!!」

 

メソついているシュタルクを一旦保留して、フェルンは我が子へと授乳の準備を始める。

 

「シュタルク様……」

「何?」

「さすがに物欲しそうにじっと見るのはやめてください……」

「そ、そうだよな。ご、ごめん……えっ、物欲しそう!?」

 

なんだかワタワタしていたシュタルクの後ろからライニの声がかかる。

 

「シュタルク様。こちらにサインを保留している書類を用意しました。

 もともと、休憩のためにシュタアル様と遊ばれていたのですから、お仕事の続きをしてください」

「……はい」

 

そんな、ど正論で責められるとしょんぼりしながら受け入れるしかない。

肩を落として、時々ちらちらと振り返りながらもシュタルクはテーブルに座りペンを握って書類にサインをし始めた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

お腹いっぱいになった後は、フェルンの腕の中ですやすやと眠るシュタアル。

青みを帯びた紫の髪色はフェルン譲り。ちょっと三白眼な目つきはシュタルク似だ。

 

名前は満を持してアイゼンが名付けたものである。

『鉄を超える(シュタアル)』という意味を持つと聞いた。

伝説の戦士のお爺ちゃんは『強く健やかに育ってほしい』という意図だと言っていたが――

 

「暗に師匠よりも強くなれってことか……」

 

なかなか、壮大な祈りと願いである。

頑張れるよういろいろ教えてあげたい。

というか、一緒に修行したい。

 

もしかしたら、魔法使いになりたいと言うかもしれないけれど……

いつか、シュタアルに父として誇れる背中を見せてあげたい。

こう、「お父さーん」って小さな歩幅で一生懸命追いかけて来てくれると――

 

「可愛くて、頬ずりしてしまうかもしれないっっ!!」

「突然何を言ってるんですか?」

 

そんな我が子はフェルンの胸にしがみつきながら、寝ぼけて服の胸元をあむあむと甘噛みしている。

おそらく心音と体温と匂いが心地よいのだろうか。ぐっすりだ。

フェルンの服がよだれだらけだが、彼女自身は全く気にした様子はない。むしろ嬉しそうだ。

 

「俺も抱っこしていい?」

「仕事をしてください」

「……はい」

 

これはそんな新たな一歩を踏み出した、新米パパ兼領主の愛と希望と奮闘の物語である。

 

■自由(フリー)になったフリーレン


 

「多分こっちだね」

「こんな場所が……」

 

村の住人や数名のドワーフを引き連れて、山のふもとまで来ているのはフリーレンである。

このたび晴れてフェルンのボディーガードから解放され、手が空いたのだ。

 

「家で、シュタアルと遊びたかったんだけどね……」

「すいません、お忙しいのに」

 

忙しいと言われるとちょっと心苦しいが、シュタルクとフェルンの間に生まれた子供は確かに可愛い。

いろいろ苦労もあってやっと生まれ落ちた命にフリーレンなりに愛情は注いであげたいのだ。

 

とはいえ、お仕事はお仕事として発生する。何故今山奥まで来ているかというと。

 

「なかなか、いい石だ、鉄が混ざってる。多分あるな!」

 

若い鍛冶師見習いの移住者が現れた。今日も付いてきている。

独り立ちして自分の店を持つなら、ということでグラナト領で話を聞いてやってきたそうだ。

今なら、公金による支援費を出してでも来てほしい人材なので、渡りに船だったということだ。

 

もちろん、元々鍛冶職はティシュレー達のドワーフが得意分野だ。彼等でもやれる。

しかし彼等は体裁上、街の立ち上げから領主直属の配下で仕事をする街の建設屋を兼ねている。

技術提供はすれども、下手に村の生産業に手を出すと、おかしなことになる。

そのため、鍛冶職人そのものの到来を首を長くして待っていたのだ。

 

さて、次の問題は、鉄鉱石などの材料があるのかという話になる。

という訳で現在、フリーレンが協力して鉱石を探している最中だ。

 

「ここいらで一度探知してみようか。意味もなく岩山の登山はしたくないでしょ」

 

そして、フリーレンは杖を出現させ、魔力を集中し、素材の痕跡を辿る。

 

―― 鉄、銅、銀、金、白銀、ミスリル、オリハルコン ――

 

どれでもいいからまずは鉱山探しだ。生活のことを考えると、まずは鉄鉱石か。

もちろん、高級鉱石が出てもいいのだが、変に高級なものが出てくると、炭鉱都市を作る必要が出てくる。シュタルクとフェルンとしては迷う所だろう。

 

―― と、考えていると見つかった。

 

「あるね、鉄鉱石だ」

 

フリーレンの杖の光が差す方向、山のふもとの岩場。

 

「じゃあ、皆さんこっちです。掘削の用意を」

「「おう!」」

 

という訳で、ようやく鉱山発見である。

現在、ドワーフ達が穴を掘るための柵の準備を始めている。

 

「爆破で穴開けようか」

「山崩れるからやめてください」

「だよね……」

 

そのうち、掘削するいい魔法を考えておこうとフリーレンはぼんやり考えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんなわけで、自由(フリー)になったフリーレンが街に降り立ってからしばらくが経過した。

鉱山探しは、シュタルクとフェルンから直接のお願いだが、普段は領民の依頼で地味なお手伝いを魔法でやっている。

作物の収穫のお手伝い、建築資材の運搬、探し物の探索などなど。

 

移民として生活を始めた人々が魔導書や魔道具を持っている訳がないので、お礼はもっぱら焼いたケーキとかお菓子とか、紅茶とかそういう物だ。

美味しそうにケーキを頬張るエルフの姿は、今ではすっかり領民の日常風景に溶け込んでいる。

 

ただ、とりわけ彼女がよく受けている仕事は……

 

「フリーレンさん、今回は珍しいものが手に入りまして!」

「ふーん。どれどれ……」

「気に入っていただけると思いますよ」

「これはっ!この陶器の底に入っている魔導刻印……このツボは」

「そうです、少し濁った水を入れると、汚れが沈殿しやすい魔法のツボです」

「その仕事受けた」

「まだ依頼内容を言ってませんが……いや、後日隣町までの護衛をお願いしたくてですね」

 

要するに個人商人の護衛係である。

市場価値はさておき……彼女が気に入りそうな魔道具か骨董品、魔導書を持ってくると大抵のことは請け負ってくれる。

これは商人たちにとっては重要な事だったりする。

使い捨てお守りを用意しておけば、大陸屈指の戦力が護衛してくれる訳なので。

 

もちろん何でもいいわけではないため、商人も必死に彼女の興味関心を調査し、何か見繕ってきているのだ。

 

「よく分からないものを貰ってこないで、金銭で請け負ってください……」

 

というのはフェルンのため息混じりのセリフである。

フリーレンは満足そうなので誰も止めはしないのだが……

 

今日も今日とて何か依頼を聞いて来たらしく。

 

「シュタアル、ほら、商人からもらった、振ると魔力でちょっと光るガラガラだよ」

「どんな需要で作られたんですかそれ……」

「さぁ?」

 

カラカラと鳴らして振ると確かに、馬とかウサギの模様の奥が青白く点灯している。

シュタアルはその光を認識しているのかしていないのか分からないけれど、フリーレンが振るそれを嬉しそうに眺めて手足をパタパタさせている。

 

「早く、喋れるようになるといいね。いろんなことを教えてあげたいし」

「シュタルク様と同じことを言っていますが、まだ早いですよ」

「そっか、そうだね。でも、こういう時期はこういう時期で可愛いからちゃんと記録しておかないと――」

 

フリーレンは、古い手帳を取り出し、魔法陣に手を当てて今の光景を転写する。

 

「大きくなったら一緒に見ようね。可愛かったときのこと」

「男の子はそういうの見せると、恥ずかしがって拗ねるらしいですよ」

「じゃあ、その様子もその時に記録しよう」

 

そう言って笑うフリーレンにフェルンは苦笑を浮かべる。

すっかりおばあちゃんムーブだが、言うと拗ねるので今は何も言わないでおくことにした。

 

「ところでさ、ライニが言ってた許嫁を決めましょうって話だけど、どうするの?」

「ああ、それですか……」

 

フリーレンがふと思い出したちょっとしたお話。フェルンとしては全く考えもしなかったのだが、『重要な事だ』とライニに言われて現在回答を保留している話だ。

 

■鋼のお相手はいまだ未定


 

「許嫁を持つべきです」

 

とある休日、ライニがシュタルクに語ったのはそんな一言だった。

ミルクを飲み終え、おねむモードに入ったシュタアルを「どうしても抱きたい」とフェルンにせがんだシュタルクが受け取っている最中の話。

 

「えっと、ライニさん……?なんて?」

「はい、シュタアル様に許嫁を持たせるべきです。とお伝えしました」

 

ライニの言葉にシュタルクは目が点になり、フェルンは首をかしげる。

 

「まあ、領地の主の後継ぎがしっかりとこの地を運営していくってアピールにはなるかもね」

「流石フリーレン様。ご慧眼でございます。しかし、それだけではございません」

「というと……?」

 

ふむと考え込んだライニは「お茶を準備しますので、テーブルでお話ししましょう」と提案した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

いい香りのする紅茶がテーブルに置かれ、全員が着席する。

 

「で、ライニ。その話を詳しく聞きたいんだけど」

「はい、まず。シュタルク様の血族のお話です。言わずもがなですが、シュタアル様は現在世界で唯一、中央諸国の戦士の村の一族直系の血を引く御子です」

「大げさすぎじゃない?戦士の村はもう滅びちゃったし」

「それです!」

 

シュタルクの言葉にライニは食い気味に反応する。

 

「フォーリヒに居を構える北側諸国三大騎士の一角であるオルデン家。この源流も戦士の村」

「うん……まあ、それはオルデン卿の御先祖様たちが頑張ったからで……」

「はい。ですが、シュタルク様、貴方様は戦士の村を滅ぼした大魔族、血塗られし軍神リヴァーレを単身で討った英雄です。そう、英雄の血族なんです」

「いや、やっぱり、大げさすぎじゃない?結構、色んな偶然の結果だよ……もう一回やって勝つ自信ないからね」

 

もちろん、リヴァーレがもういないので再戦などは出来ないが、かといってやっぱり自信はない。

 

「フェルン様も、伝説の魔法使いのフリーレン様の直弟子であり、大陸魔法協会も認める一級魔法使いです。

 血筋は南側諸国の情勢故に公には追えませんが、その多彩なる才覚は御当人が証明されています」

「フェルンはまぁ、そうだね」

「フリーレン様、やめてください」

 

ライニは構わずに「お分かりのように」と付け加えた。

 

「つまり、世界的に見ても、稀有な血筋。

 後継ぎの確保だけではありません。妙なことに巻き込まれる前に先手としてお相手を決めるのがよろしいかと」

 

デデン、とばかりにライニが宣言するがシュタルクとフェルンは困り顔である。

腕の中で眠っているシュタアルはぴくんと一瞬動いたが、相変わらずおねむのようで、くてんと脱力してすやすや眠り続ける。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「私のほうでもすでに調査を始めております。お二人が爵位を持たぬため、貴族である騎士階級には探索できておりませんが……」

「えっ、早くない?」

 

彼女が取り出した書類をパラパラめくる。

 

「まず、魔法使いとしての血筋のケースですね。筆頭として挙がるのは、オイサーストにて一級魔法使いゲナウ様とメトーデ様の長女として先日お生まれになったエイル様です」

「あ、そういえば、お祝いのメッセージを送らなきゃ……」

 

先日、手紙でゲナウとメトーデから娘が生まれたと報告があったのだ。

 

「ついでに許嫁にどうかと問い合わせては?」

「いきなりすぎるからやめて……ゲナウに怒られちゃうよ」

 

シュタルクとしてはゲナウとそれなりに信頼関係を結べていると思っている。

神技のレヴォルテと戦った若き日に命懸けで背中を預け合った仲だ。あと、結婚式にも来てくれたし。

しかし、ゲナウとメトーデは、今や大陸魔法協会を支える重鎮と呼ばれる立場の一級魔法使いだ。

『女の子生まれたなら許嫁にうちの子どう?』なんて大それたことは聞けない。

というか、下手にOK貰ったらこの子は今後どうすればいいのか?

 

「ご両親共に確かな魔法使いであり、奥様のメトーデ様に至っては魔族を狩る一族という珍しい出身の方です」

「あの人、そんな物騒な感じだったんだ……優しい美人のお姉さんってイメージだったけど……痛ぇ!」

 

シュタルクのメトーデ評にむっとしたフェルンが脇腹をつねってきた。

 

「何なのフェルン~」

「いえ、何も……」

 

ぷっくり膨れるフェルンだが、眠るシュタアルを抱いたままなのでシュタルクには何もできない。

 

「続いて、帝国領近郊に身を寄せられていますが……同じく一級魔法使い階級のラント様とユーベル様との間にも長女のヘリヤ様が生まれているそうです」

「え、そうなの……?っていうかあの二人結婚してたの?」

 

びっくりした様子でシュタルクがコメントするとフェルンが怪訝な表情で見てくる。

『そんな空気も読めなかったんですか?』と言わんばかりである。

そんなこと言われても、二人のことも関係もあんまりよく知らないし、フェルンが紹介してくれなかったし。

 

「他に――」

「ライニさん!ごめん、やっぱり今まだ決められないよ。もうちょっと。

 もうちょっとシュタアルが大きくなってから考えてもいい?どうするのがいいのか全然わかんないよ!」

 

と、シュタルクが値を上げると、ライニは書類をパタンと閉じてため息をついた。

 

「分かりました。あまり主の決断を軽んじるのも良くはございません。ですが――

 お早めに決断されることを推奨いたします」

「なんで……?」

「これは、予感ですが……シュタアル様は顔からわかる通りシュタルク様の血を色濃く引いておられます」

「うん……」

 

『何かダメですか?』という表情のシュタルクに、ライニは顔にこそ出さないが『ダメだこりゃ』といった様子を見せた。

 

「つまり、何の気なく女性に優しい声をかけて手を差し伸べ、無意識に救済し……

 最終的に三〜四人の重くなりすぎた女性に引っ張り回される運命になる前に、手を打つべきです」

 

そんなライニの説明にフェルンとフリーレンが声を合わせて「あ~」と納得の声をあげる。

シュタルクは「なんでぇ?」という様子で二人を振り返ったが目を合わせてもらえなかった。

 

「そんな懸念いる!?ないよ、そんな妙な事にならないって」

「長年オルデン家に仕えたメイドの勘にございます……」

「どういう理屈?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――という形で保留になったわけだが。

 

「フェルンはどう思う?」

「少し早いとは思います。私はあくまで幸せな庶民の子として育ててあげたいですし」

「いや、そうじゃなくて……シュタルクみたいに無意識にたらし込む子になるんじゃないかって話」

 

フリーレンの問いにフェルンは苦笑いで返すしかなかった。

願わくば我が子には、素直に育って普通の幸せを掴んでほしいものである。

 

我が子の運命を母はいまだ知らず――

 

■村と町の中間点


 

そんな家庭内の賑やかなドタバタや、我が子の将来への希望と一抹の不安を抱えつつも、シュタルクは街の発展に尽力している。

 

「で、ここに公園を作りたいんだけどさ。高台から街を一望できる感じの」

「公園か。まあ人も増えたからな。憩いの場所があっても悪くないが。予算はどうする」

「フェルンとは相談してて……OKは出てるから余裕が出たら着工したいなって」

 

親になったから気づいた、と言うと現金かもしれないが、それでも大切だと思ったのだ。

子供たちが笑顔で過ごせる場所というものが。

 

「そう言えば、魔法協会から来ていた学舎の建設の話はどうする?」

「あれも受けようと思う。凄く良い話だと思うし」

 

というのも結婚式の日に魔法協会から受け取った話。

当時来ていたゲナウから受け取ったゼーリエの手紙に書いてあったのだ。

 

『中央諸国に魔法協会出資で初等から中等の教育機関を作りたい。

 魔法使いの勉強も可能だが、一般普通教育も行い、子供の将来を広げるための学校だ』

 

それを王都やシュトラールではなく、ここクレ地方に作ろうという話だったのだ。

きっと、ゼーリエなりの結婚祝いだったのだろう。

 

「そうか……まあ、よかろう。では、譲渡する土地を決めるぞ」

「ああ、そうだな。せっかくだし子供たちの遊ぶ公園の近くが良いな」

「ふん。お前らしい選択だ。じゃあ公園の計画も含めて算段はつけておく」

「頼んだよ、ティシュレーさん」

 

ティシュレーと言えば、冬の間こもって何かを研究していたなとふと思い出した。

 

「ところで、お酒の件ってどうなったの?」

「気になるか?」

「そりゃ……ちょっと予算も出しているし」

 

フフフと腕を組んで思わせぶりな仕草をするティシュレー。

 

「試飲用は完成した。味の調整は原材料の出来と合わせてこれからちょっとずつ調整だがな」

「おー!」

「麦畑を管理しているヴァイツェンにも酒用の麦の生産は交渉中だ」

「一任はしているけれど、そこは俺に言ってくれないと、フェルンとライニさんに怒られちゃうよ」

 

シュタルクがしょんぼり返すと、ティシュレーはバシバシと背中を叩いてきた。

 

「そう言うな!どうせ相談行くだろ。それにあの二人に怒られるのはお前の仕事だ」

「やめて、そういうの……辛いんだから」

「まー、倅が寝た後にフェルンと一緒に酒場に来い。そろそろ飲めるだろ!」

「まあ、一応……ライニさんにもOKはもらったけど。授乳期間中だからそんなに激しくは飲めないよ」

「試飲だ、試飲!」

 

ちなみにフェルンは酔うと、寝る前にシュタルクを襲ってくるので気を付けなければならない。

「もう酔いは覚めているよね?」と思うほどの素面の顔をしていても襲ってくるので、「酔ったら好きなだけ甘えて(?)いい」というフェルンのルーティンなのかもしれない。

妊娠中は飲んでいなかったから、妙な癖は治っているのか悪化しているのか。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

とまあ、やることは山ほどある。

次から次に出てくる。人が増えると、新しい話も出てくるし、街が栄えると課題も見えてくる。

 

そのたびにいろんな人と相談し、協力して、少しずつ前に進めている。

 

「シュタルク様。予算計画立ちました」

「いやぁ……大変でしたね」

「フェルン、ライニさん、ハンデルさん。ありがとう……どう?」

 

フェルンから手渡された書類を恐る恐る見てみる。

 

「シュタルク様、目を瞑っても結果は変わりません。さっさと見てください」

「でもぉ……」

「あちらに座って、私が説明します」

 

シュタルクの手を取りツカツカと執務室の隅の長机に座るフェルンとシュタルク。

 

「ちょっと、フェルンさんに負荷かけ過ぎましたね」

「ああして主体的にモチベ―ションを補充されているのなら心配ありません。私はお茶を入れてまいります」

「お願いします……」

 

書類の説明をするのに腕を組む必要性はないのだが、あの夫婦には必須なのだろうとハンデルは苦笑する。

 

「さて、来年からも大変ですね……私の商会も本腰を入れてサポートしなければ……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

総計の数字はおおよそ期待していた範囲内に収まっていた――のだが。

 

胸を押し当てる様に腕を組んで説明してくるフェルンの感触がすごく柔らかくて、微妙に内容が頭に入ってこない。

でも、優しく説明してくれるのは嬉しい。シュタルクのわがままで始まった村の復興に、彼女の夢を乗せて手伝ってくれていることが伝わってくる。

 

全てが順調というわけでもないが、そう遠くない内にプラスに転じるポイントは見えてきた。

 

「聞いていますか、シュタルク様」

「聞いてる聞いてる。流石、頼りになるよ、フェルンは」

 

シュタルクが苦笑いしつつ答えるとフェルンはプクッと膨れて、グイッと体を密着させてくる。あと顔が近い。

 

「……では、今年いっぱいの移住者の増加と、農地の開拓のバランスをとるために、どれほど受け入れて、どれほど生産量を増やす必要があるでしょうか?」

 

思いの外難しいことを聞いてくる。「ええっと……」と言いながら指折り考えてみるが分かろうはずもない。

 

「……ごめん、分かんない」

「……説明してませんからね」

「酷いっ!!」

 

聞いてなかったのはこちらが悪い。

しかし、そんな意地悪しないで欲しいと抗議の声を上げると、フェルンは腕をほどいてシュタルクの顔を掴んできた。

 

「話を聞いていないシュタルク様はお仕置きです」

「むぐっ――!」

 

お仕置きという言葉と共に胸元に抱き寄せられる。フェルンの柔らかさと鼓動と、呼吸音が脳裏に響く。

体勢の都合上、表情は見えない。だが、深い呼吸音は安心感を覚えてしまう。このままだと赤ちゃんにされてしまう。

 

(ていうか、今俺になんか聞かせる気あったの?)

 

お仕置きと称し、シュタルクの頭を抱き寄せて優しく撫で回すフェルン。

これは多分、終わるまで動いたらダメなヤツだなとシュタルクは悟り、とりあえずフェルンの腰に手を回した。

一瞬、呼吸が止まったが、安堵したような吐息が漏れて、より一層抱擁と撫で回しの力が強くなってしまった。

 

結局ライニが紅茶を淹れ終えて戻ってくるまでホールドされたままだった。

あと、予算と収支の話は後でハンデルが教えてくれた。分かってはいたけど、今年も息つく暇もなく忙しいようだ。

 

■オイサーストからの来訪者


 

「おい、デンケン」

「なんだリヒター?」

「後ろの連中うるさいぞ、制御はこっちでやれるから静かにさせろ」

「ふむ……」

 

と、若干の棘を含む会話をしているのはオイサーストから荷馬車を高速移動させているリヒターとデンケンの二人。

その後ろの荷台には、いくつかの荷物と――

 

「フェルンの赤ちゃん。楽しみだね」

「だなぁ、結婚式からちょうど一年ちょっとか」

「きっとあの日から二人とも毎日頑張ったんだろうねぇ……」

「……カンネ、今の分かって言ってるか?」

「何が?」

 

と、かしましいラヴィーネ、カンネ、ラオフェンの三人。荷台の荷物番という体裁で同乗中ということになっている。

 

「おい、3人とも、リヒターが構ってもらえずに拗ねている。少し気を使ってやれ」

「そっか、寂しがらせて悪かったなおっさん。今日はいい天気だな」

「おい、デンケン!俺は黙らせろと言ったぞ。

 あと、ラヴィーネ……悪意しか乗ってない会話はいらないんだよ」

 

という、ラヴィーネとリヒターの会話を見たラオフェンはカンネに耳打ちする。

 

(ラヴィーネはリヒターにいつも当たり強すぎない?)

(一級試験で初めて戦ったときの印象からずっと引きずってるねぇ)

(リヒターの店にちょいちょい顔出して変な喧嘩してるのはよく見る)

(あれ、そうなんだ……いつの間に)

 

面白そうにラヴィーネを見ていたら、こそこそ話していることに気付かれたらしい。

むんずと二人の頭を掴んできた。

 

「おい、妙な話するなら私も混ぜろ……」

「何でもないよ……」

「別にラヴィーネが、リヒターさんのお店にちょいちょい覗きに行ってるとか知らない……」

「ああ……?いや……、そんなに毎日は行ってねえよ」

「行ってなくはないんだ……毎日ってどこから出てきたの?」

「だぁぁぁ、うるさい!お前ら!馬車主の言葉を聞けぇ!」

 

と、姦しさに青筋を立てたリヒターまで加わり実に賑やかだ。

デンケンからするとリヒターはおっさんと言われてもまだまだ若造の部類。

そういう、人生の謳歌も良かろうと空を見上げる。

 

さて、なぜこんなことになっているかというと、一ヶ月ほど前にさかのぼる。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

手紙で「遠隔の水晶で会話をしたい」と言ってきたフリーレン。

指定の日時に彼女から預かっていたアーティファクトを起動するとそこには、フリーレンと、子供を抱いた一級魔法使いのフェルンが立っていた。

 

「久しいなフリーレン、フェルン。そうか……結婚の報を聞いて1年と少し経ったが」

『お久しぶりデンケン。まだ元気にしている?』

『お久しぶりです。デンケン様。いつぞや相談させていただいて以来です』

 

結婚を前提としたお付き合いを始めたというフェルンから、そういう関係の二人の愛情表現とはどうすればいいのか、

という妙な相談を受けたのだ。あちこち聞きまわった結果、結婚経験者という形で何故かデンケンに回ってきた。

早くに妻を病気で亡くしていたデンケンとしては彼に出来た唯一最大の愛情表現として「抱きしめてやるといい」と伝えたのだが。

 

『デンケン様のアドバイスは、とても参考になりました。あれから日々実践しています』

「そうか……役に立てたなら何よりだ。その子がその結果という事かな?」

『はい、シュタアルと名付けました』

「そうか、力強い良い名だ。ちなみに今日はその子を見せてくれたという用件で良いのかな?」

 

と、フリーレンに問いかけたところ……

 

『ああ、その件なんだけどね――』とフリーレンが切り返してきた。

 

彼女の説明によるとこうだ。

ゼーリエから魔法協会出資の学校の話を進めたいらしく、代表はレルネンと聞いたが、結果的にデンケンと話してほしいと言われた――と。

 

次代の教育については確かにレルネンが現在推し進めている施策の一つだ。

だが、彼はちょっとだけフリーレンと相性が悪い。

 

『僕は、彼女に随分嫌われているだろうからね。少し君にお願いしたいんだ』

 

ゼーリエのために歴史に名を残すため、フリーレンに挑んで襲撃して怪我をさせたとあればさもありなんだ。

フリーレンが根に持っているかは未知数だがレルネンはずいぶん気にしているようだった。

それはともかく。

 

「その育成機関の現地視察と、教育資材の調達、儂が請け負えばいいということか」

『そうらしいよ。ついでにシュタアルも生まれたし。遊びにおいでよ。何人か連れて』

『お待ちしております』

『ああう!』

「分かった。少し時間も作れそうだから考えよう」

 

とまあ、クレ地方に行くことになった。半分仕事で半分プライベートだ。

そして、リヒターは本人曰く100%仕事だ。魔法協会から降りた、学校一つ分の教育用魔導書の調達と販売。

個人の魔法商店としては随分大口の仕事だろう。話を持ちかけたときは動揺して珍しく終始会話が敬語になっていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

結局後ろで何やら喧々轟々と言い合っているので馬車の制御と魔法による加速はデンケンで受け持って小一時間。

 

「リヒター」

「……なんだ。デンケン」

「到着するぞ」

「あれ?あ、すまん。任せっきりだった」

 

デンケンの言葉に前方を確認すると外壁のある街が見える。

 

「構わん……何やら楽しそうだったからな」

「「楽しくない!」」

「……そうか」

 

何の気なく、デンケンが感想を述べるとリヒターとラヴィーネは口をそろえて否定してきた。

 

「まあ、とにかく、だ。ここからは通常速度だ。普通に揺れるぞ。ラオフェン、荷物をちゃんと押さえていろ」

「……ああ、すまん。俺が大人げなかった」

 

非を認められるところは、大人として好感が持てるが、挑発されると黙っていられないところはいい意味でこの男も若い。

そんなことを考えながらデンケンは手綱を握り馬を操作し始めた。

 

■お客様とおしめ様


 

「あ、ようこそおいでくださいました。デンケン様、リヒター様、ラオフェン様、ラヴィーネ様、カンネ様、俺……いや私は、この地の領主の――」

「シュタルク、かしこまらんでもいい。流石に黄金郷で共に戦った仲間の名前は覚えとる……

 いや、それとも領主シュタルク殿と呼んだ方が良いかな?」

 

思いの外早かった到着に、慌てて駆けつけてきたシュタルクたち。

さて、どう応対するべきかと、ひとまず丁寧寄りに対応しようとしたがデンケンに苦笑されてしまった。

やっぱりだめか、とシュタルクも表情を崩し、「久しぶりだな、デンケンさん」と答える。

 

しかし、オイサーストからの来客組がずっと気になっていたのはシュタルクの真後ろ。

紫の髪の美しい一級魔法使いフェルンの腕の中で彼女が出した魔法蝶を手で追いかけている男の子。

 

「皆さん、お久しぶりです。遠いところありがとうございます。この子が長男のシュタアルです」

 

フェルンはシュタアルの小さな手を軽く握り、手を振って挨拶の仕草をさせている。

 

「可愛い~!!よろしくね―シュタアルちゃん。『君』の方が良いかな?」

 

そう言ってカンネがシュタアルに指を伸ばすとシュタアルはその指をきゅっとつかむ。

 

「おおお、こんなに小っちゃいのに握力強いねー」

「最初は反射でつかんでて……その時はもっと強かったんですけど」

「あー、生まれたての時はそうらしいな」

 

カンネは「へ~」と言いながらシュタアルの顔をじっと眺めている。

不思議そうにしつつも指は掴んだままなシュタアルに思わずにやけてしまう。

 

「かわいい~、にしても引っ張っても離さないぐらいの力はあるんだね」

「まあ、それは、そこの人の遺伝子が……」

 

夫婦になってから夜にいろいろするようになり、肌感覚ではわかっていた。シュタルクの遺伝子が強い。

遺伝子レベルで生存能力が強い。当人の潜在能力なのか、一族を絶やしてなるものかという本能がそうさせるのか。

 

強く健康なことは全く悪いことではないのだけれど、できれば自分の痕跡も残したいのでフェルンも気持ちは負けじと頑張っている。

そんな夫のシュタルクはまだデンケンとリヒターと話している。視線を向けると気づいたらしい。

 

「なんか言った?」

「いえ、何も。シュタルク様は力加減を知らなくて激しいという話を……」

「え、ちょっと、フェルン……真昼間から何の話をしているの?」

 

シュタルクが微妙な表情でコメントするので「特に何もないですよ」と適当に返すとデンケンに肩を叩かれていた。

 

「夫婦が二人で健康であることは良い事だ」

「……悪いことは言わんから、そういう話は寝室でやれ」

「俺何も言ってなくない?」

 

――と、立ち話でわちゃわちゃしていても仕方ないので一度落ち着ける場所に移動することになった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

現在のクレ地方の街の中央には建設中の領主館がある。館というかほぼ事務所なのだが。

シュタルクもフェルンもあまり華美に飾る気もないし、現状余ったお金もないのでごくシンプルな造り。

領民からはもっと領地の代表が働くのにふさわしい立派な建物にしてほしいという声も上がるが、現状首が回らないため保留中。

 

ただし、その中で、最低限礼節ともてなしを重視した客室は準備している。

ちょっと前にグラナト伯爵やオルデン卿が来たときに自宅に招かざるを得ない状況になった反省のためだ。

 

「お掛けください」

 

メイドのライニに案内されたテーブルにはデンケンとリヒターが、その正面にはシュタルクとフェルンが着席した。

そして、背後のソファーのあるスペースではラオフェン、ラヴィーネ、カンネがシュタアルを囲んでいた。

 

「これは、単純に儂の気持ちだ。結婚式にも行けなかったからな。第一子出産おめでとうシュタルク、フェルン」

「ありがとう。開けてもいいか?」

「構わんとも」

 

シュタルクが渡されたケースを開けると中には綺麗に包装されたティーポットやティーカップが入っていた。

大人用が3つ。子供が使いやすそうなマグカップがいくつか。

 

「綺麗なカップですね」

「城塞都市ヴァイセの職人がいてな……昔妻が好きだったデザインのものだ、幸い黄金化の呪いが解けてから普通に営業再開できたからな」

「それは……大切に使わせていただきますね」

 

フェルンは手にもっていたティーカップを丁寧に箱の中に戻した。

 

「子供用もあるんだな」

「ああ、第一子祝いだからな」

「なんか、4つぐらいあるけど?」

「必要になるのは一人だけとは限らんだろう?」

 

デンケンの言葉に夫婦は若干赤くなりつつも、苦笑いと咳払いでごまかす。

そんな中、「ところで」と切り返してきたのはリヒターだった。

 

「悪いが、俺は今回仕事で来ているから土産は用意してない。すまんな」

「気にしてないよ。仕事だってありがたい」

「まあ、発注元は隣の爺さんで、二人はクライアントじゃないんだけど……納品先はここになるからな」

 

要するに、学校を建てるにあたり、教材はどの程度調達が必要なのかという調査の話だ。

 

「正直、見てもらった通り何にもない……というかこれから足りないものをそろえていく街だから。全部任せたいってのが正直なところだよ」

「はい。申し訳ありません。我々も大陸魔法協会の意向に従って土地の譲渡までが限界で」

「まあ、出来たての街だそうなるよな。いや、俺としてはありがたいけどな。しいて不満点を言うなら遠いことぐらいだ」

 

デンケン曰く、と言っても本当はレルネンらしいが。

大陸魔法協会としては次代の育成には本腰を入れて取り組んでいるのでけちけちする必要はないとのこと。

一級魔法使い試験の時に比べても俄然やる気のリヒターの表情にフェルンも察する。

 

そんな中、シュタルクがテーブルに街の建設予定地図と譲渡に関する書類を広げた。

 

「それで、これが協会に譲渡する土地と、それについて書いた書類です。二枚にサインをしてもらって協会側で保管してもらえれば」

「うむ。ここから少し北にある広場か……公園も近く、学ぶにはいい場所だな」

「そう言ってもらえると。あとで見に行こうか」

 

といった感じで、話すべきことを一通り話し終えたあたりで、後ろの三人が騒がしくなってきた。

どうやら、シュタアルが泣き始めたようだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「あわわわ、フェルン!すごく笑ってたのに突然泣き始めちゃった」

 

我が子の泣き声に駆けつけてきたフェルンを、三人の不安そうな顔が迎える。

聞こえた通り、真ん中で大泣きしているのはシュタアルだ。

時間的な頃合いと独特な臭いにうなずいたフェルンはライニに声をかける。

 

「ライニさん、替えのものを。大丈夫ですよ。多分、おしめの交換です」

「……確かに、ちょっと臭うし湿気ってる?」

 

ラオフェンが周囲の匂いを嗅ぎ取り、シュタアルの股間をじっと見つめている。

 

「フェルン様……こちらを」

 

タオルと替えのおしめを指しだしてくれたライニにフェルンは礼を伝え、タオルを広げてそそくさとシュタアルのおしめを展開する。

 

「おお……男の子だね」

「小さくてかわいい……」

「この濡れたのはどうするんだ?」

 

興味深げに観察する女性陣の忌憚ない言葉に、赤ん坊のこととはいえ、ちょっと微妙な表情をするシュタルク。

まじまじと見られるとなんでか自分が恥ずかしくなってしまう。流石にフェルンはそうでもないようだが。

 

「奥方が許可するなら、我々だけでも先に現地の確認に行くかね?」

「えーと……」

 

フェルンが、シュタアルのおしめを替えている最中に別の場所に行ってもいいのかな?

という顔でフェルンを見ると表情も変えずに頷かれた。そこはかとない戦力外通告なのか、女子会するから出て行けなのか……

いや、フェルンが女子会するのかなぁ?という疑問はあるのだが。

 

「……いや、あの、俺もちゃんと交換しているよ?本当だよ?」

「何の言い訳だ?」

 

勘違いされては困るというシュタルクの言葉にリヒターは呆れ顔で突っ込んで来た。

とはいえ、この状況でフェルンが動くとシュタルクに出来る事は何もない。

 

「じゃあ、ごめん。先に二人を現地に案内してくるよ」

「ええ、お願いします」

 

席を立ったシュタルクを見送ったフェルンはタオルとお尻の間に新しいおしめとカバーを敷く。

そんな折、動いた人物が一人。

 

「なあ、フェルン……それ、私でやってもいいか?」

 

そう言っておずおずと手を挙げたのはラヴィーネだった。

 

■公園と学舎


 

学舎の建設予定地は以前ティシュレーと相談して決めた場所となっている。街の北側にある丘陵地帯の付近に位置しており、現在は広場として整備している最中だ。

予定地を見たデンケンは顎鬚を撫でながら頷く。

 

「ここか。ふむ。見晴らしのいい場所だな。正面が公園になるという話だったな」

「ああ、建設はこれからだけど」

「どれ……少し確認するぞ」

 

デンケンは杖を出現させて地面に突くと足元に力場が発生する。ゆっくりと力場が上昇して土地の上空に移動した。

飛行魔法が使えるデンケンがわざわざシュタルクと一緒にというのは彼らしい心遣いだろう。

 

「おおお、凄い眺めいいなぁ~。やっぱり空飛べるっていいな」

「近代魔法じゃ、防御魔法に加えて必須魔法として叩きこまれる。本来難易度は高い分役に立つ魔法ではあるな」

 

リヒターの補足説明にシュタルクは「へぇ」と感心する。

そういえば、フリーレンがそんなことを言っていたなと思い出した。確かに、息をするように飛行魔法を使う魔族に拮抗する為に必要な魔法だ。

シュタルクの場合、射程範囲にとらえれば一気に距離を詰めて叩き斬れる。が、更に上空だとフェルンやフリーレンに任せるしかない。

 

今は、そんな戦士の届かない上空にいる。

見下ろすと自分の切り開いた土地が今、都市として形成されているのがよくわかる。

 

「……頑張った甲斐はあったかな」

 

一年ほど前は雑木林で雑然としていた土地だったのだが、感慨にふけっていると隣から声がかかった。

 

「シュタルク。近くの雑木林も好きにしていいのか?魔法の練習場などが欲しいんだが」

「……ああ、そこらへんは協会側に任せるよ。切り倒した木は街に運んでくれるとありがたいかな」

「分かった。では、このまま話を進めよう」

 

デンケンが杖を突くと同時に足元のフィールドが下降し始める。

地面に降りるとその姿を見ていたらしい子供たちが集まってきていた。

 

「あー、やっぱり領主様だー」

「すげー、空飛んでたー。魔法~?シュタルク様つかえるのー?」

「俺らもできるー?」

 

といった感じで、ワイワイとシュタルクを囲んで質問をしてくる子供たち。

おそらく、興味深い遊び相手を見つけたといった感じなのだろう。子供は素直で、妙な遠慮をしないから実はシュタルクとしてはやりやすい。

というのも、シュタルク自身は故郷立ち上げの都合上、領主となったものの、当人は微塵も偉くなったつもりはないのだ。

 

「うーん。残念だけど俺は空飛べねぇなぁ。今のはこのデンケンさんの魔法だ」

「そうなのー?お爺ちゃん魔法使い?」

 

子供たちは一気にデンケンの方を向いて目を輝かす。まあ、シュタルクに比べるとどう見ても老魔法使いだし。

 

「魔法使えるの?なんかできる?フェルン様とかフリーレン様みたいな感じ?」

 

流石にフリーレンと比べられるとデンケンとしては苦笑するしかない。とはいえ、わらわらと集まってくる子供たちを前に、苦笑してから杖を構えた。

 

「伝説のエルフほどではないが……」

 

地面に向けられた杖の先端に岩と土が集まり、おもちゃのサイズの、騎士のような形のゴーレムに収束する。

木の枝で出来た剣を天高く構えたゴーレムに子供たちは感嘆の声を上げた。

 

「すっげぇぇぇぇ!」

「かっこいい!」

 

フリーレンがこれをやると結構露骨にロックゴーレムなのでこの辺は美的センスの差かもしれない。

同じようにお姫様のような形のゴーレムが隣に現れた。

 

「かわいい!!」

 

騎士の背後に寄り添うように立ち、騎士のゴーレムはそれを庇うような構えをとる。

その姿に子供たちの目はくぎ付けになってしまった。

 

あっという間に子供たちの人気を取られたシュタルクは苦笑しながらリヒターの隣に移動した。

 

「デンケンは、立場は随分なもんだが……まあ、中身は孫のいない子供好きの爺さんなんだよ」

「そうなんだ……」

「一級魔法使いのレルネンは魔法使いの未来のために学舎を建てるんだろうが、デンケンはちょっと違うんだろうな」

「……俺はデンケンの方が分かりやすいよ」

 

シュタルクの返答にリヒターは苦笑して首をすくめる。魔法商であるリヒターは理屈としてはレルネン寄りだ。

だが、人情を重視しがちな二人の理屈は理解できないでもない。そこに商機があるなら付き合うだけだ――と言いながらいつも流されている気もするが。

 

ふと、気になったのでリヒターは子供たちに声をかけてみる。

 

「おおい、ガキどもー。どうだ、魔法は面白いか?勉強してみたいと思うか」

 

その呼び声に数名の子供たちは反応した。

 

「なんだよおっさん。ガキじゃないぞ~。でも、教えてくれるのー?」

「私達でも使えるようになる?」

 

後ろから、デンケンが小さな女の子の頭を撫でながら答える。

 

「儂も、小さい頃は何も知らない小僧だった。師から学び、練習し続けて使えるようになった。

 だから、シュタルクはお前たちのために勉強できる場所を建てようとしとるのだ」

「そうなのシュタルク様!?」

「え、俺? あ、うんそうそう。魔法とか、文字とか、計算とか、運動とか」

 

そこで話を振られるとは思わなかったのでシュタルクは慌てて応えたが子供たちは嬉しそうだった。

シュタルクの小さい頃は修行こそすれ、勉強って苦手だったなぁと思い返しつつ。

 

「お父さんと、お母さんのお手伝いできるようになる?」

「そうだな、勉強して、練習したら何でもできるようになるさ」

 

そんな言葉に子供たちは嬉しそうに笑う。時代や風土が違えば、子供たちのやりたいことも変わるようだ。

 

「いい子達じゃないか。俺も仕事を頑張らないといけなくなった」

 

子供たちの反応に感心したのか、リヒターは降参するように肩をすくめる。

 

「それは普通に頑張ってくれよ」とシュタルクが答えると「言ってくれるじゃないか」と苦笑で返すのだった。

 

ちなみに、目の前ではデンケンのゴーレム人形劇にモンスターのようなものが加わっており、物語はクライマックスを迎えていた。

 

「サービスしすぎだろ……」

「これは、後日、子供たちのフリーレンへの要求レベルが上がりそうだな……」

 

魔法のイメージの世界とはよく言ったものだが、こればかりは芸術センスの問題もありそうだ。

 

■お母さんの条件


 

「そう、そこの紐を解いて……」

「こ、こうか……?」

 

ラヴィーネは慎重に、壊れないように、という手つきでシュタアルのおむつカバーの紐を解いて、内部の布を取り外した。

当然、ライニが背後で控える中、フェルンが指示しつつではあるが。

 

((ちょっと大げさだなぁ……))

 

と思いつつ横で見ているのはカンネとラオフェン。しかし、どういう風の吹き回しだろうかとも思う。

 

「これは? というかなんでシルク生地なの?」

「オルデン卿が送ってきてくれました。シュタルク様が、そういう目的で送られたなら、なんであれ使った方が良いと」

「はあ……」

 

シルクの布は当然だがシュタアルのおしっこでぐっしょりである。

 

「もったいないので、私が魔法で洗って、使える間は再利用します」

「あ……そうなんだ」

 

たしかに、こうなると衣服に再利用は出来ないよな。と考えつつもラヴィーネは新しいものを受け取る。

 

「オルデン家を背負っているというのに旦那様にも困ったものですね。我々が目を離せば妙なことをなさる」

 

ライニはまるで子供の悪戯に呆れかえるような仕草で言葉を漏らすが、ラヴィーネたちには事情が分からないので返答しづらい。

とはいえ、親戚の子供にシルクのおむつはちょっとぶっ飛んでいるなとは、フェルンたちを前にしては言えない。

が――

 

「ムート様の証言によると、オルデン卿個人の老後の貯えを切り崩しているそうです。少々頭のねじが飛んでいますよね」

「全くでございます……」

 

――フェルンとライニが思ったより辛辣だった。

 

「まあ、こういうのは気持ちが大事……」

「シルクですよ? 衣類に使えばどれだけの利益をっ……!! ……失礼しました。最近帳簿を睨み過ぎてつい本音が……」

「あ、うん……新興領地の領主夫人とお母さん兼任って大変なんだな」

 

いろいろ思う所はあるらしい。ラヴィーネは受け流しつつおむつの内部の布を巻いていく。

 

「こうか!」

「はい、そんな感じです」

 

これだけ下半身を他者にゆだねながらも、不思議そうな顔をしているシュタアル。

ある意味何もできないからこそ、守ってあげたくなる気持ちがわいてくるのが母というものなのかもしれない。

ラヴィーネには実感はないが「あうぅ」と声を出すたびに、頭を撫でているフェルンは本当にお母さんになったのだろう。

 

「これで……外カバーのおむつを履かせて……よし。できた」

「はい。お疲れさまでした」

 

フェルンはラヴィーネに感謝の言葉を伝えながらオムツの交換を終えたシュタアルを抱き上げる。

「よしよし」と言いながら頭を撫でると、シュタアルはフェルンの胸に頬を擦り付けるようにしがみ付いた。

 

「ラヴィーネ様。こちらでお手をお拭きください」

 

振り返ると、メイドのライニがラヴィーネに濡れタオルを差し出していた。本当に隙の無い人だ。

受け取ったラヴィーネはそれで手を拭いてから、シュタアルの頬を人差し指でつつく。

 

「どうだぁ、シュタアル。すっきりしただろ」

「あぃ」

 

シュタアルはラヴィーネの方に向かって手を上げながら答える。

その愛らしい仕草に、ラヴィーネは「ふふ」と笑みを浮かべた。

 

「ご満悦の様です」

「ならよかった」

 

という形でラヴィーネのおむつ交換の手伝いは滞りなく終わった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その後、フェルンの腕の中が余程心地よかったのか、うとうとと眠り始めたシュタアルは現在ベビーベッドの上でお休み中。

現地調査に向かった男性陣が戻るまでの間はライニの淹れた紅茶でしばらくはティータイムという形になったのだが。

 

「ところでラヴィーネはなんで突然、おむつ交換したいなんて言い出したの?」

 

という素朴な疑問を口にしたのはラオフェンだった。隣でカンネが「あー聞いちゃうんだ」という顔をしている。

付き合いの長いカンネとしては察するところもあるので口にしないでいたのだが。外しても恥ずかしいし。

 

「い、いいだろ。別に。淑女の嗜みってやつだよ!」

「淑女って……いつもおばさんにドレス着せられて嫌そうな顔しているのに……」

「うるせーなぁ」

 

というやり取りに背後からさりげなく紅茶のお代わりを注ぐライニ。

 

「いえ、こういう機会で経験しておくことはとてもいいことだと思いますよ。

 母親とは、子に自分の出来る事を注ぎたくなるものです。ですが、方法論を知らなければそれは気持ちだけ重くのしかかります。

 知識と経験は何事にも代えがたい生きるための武装でございます」

「そうだ、そういう事だ!」

「あ、うん……」

 

だいぶ武骨な理論だなと思いつつ、カンネとラオフェンはうなずいた。

聞きたかった事はちょっとそう言う事ではないのだが――

 

「ラヴィーネ様は、近くどなたかと結婚して子供を産む予定があるんですか?」

「……プフゥッ!!」

「うわぁ!?」

 

まさにフェルンがぶっ込んできたのだった。これには紅茶を飲みかけていたラヴィーネも思わず噴かざるを得ない――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

北側諸国 オイサースト のとある日

 

「今日も客が居ねぇ店だな」

「ほっとけ、というかお前は何なんだ。お前が何か買えば客になるぞ」

 

ある晴れた日のオイサースト。薄暗く埃っぽい魔法店に降り立ったのは、アッシュブロンドの美しいお嬢様、ラヴィーネだ。

そんな彼女は、手元にあった魔法道具を手に取って眺めながら、そんな言葉を言い放った。

 

「おっさん一人でやってる魔法店じゃ、華がねえんじゃねーの。もう少し明るくしろよ」

「魔法店ってのはこれで良いんだよ。華やかだったら逆にうさん臭くて不気味だろ」

「そうかよ」

 

と言って、ラヴィーネは若干膨れながら商品を棚に置き直した。

その後、しばらく手に取った魔導書を読みながら店内に静寂が訪れる。

 

「お前なぁ、花も恥じらう年頃の娘が、華のない魔法店で何やってんだ。

 一級魔法使いを目指すなら修行でもしてろ。魔法使いを諦めたなら、年頃でいいところの男と交友を深めたらどうなんだ?」

 

ため息まじりにリヒターがラヴィーネに言い放つと、彼女の頬がピクリと動いた。

 

「ああん!?おっさん、喧嘩売ってるのか?だいたい、魔法の修行の話はそのまま返すし、何なら女っ気のなさもそのまま返してやる」

「あのなぁ……俺は大人だから、生活の為に仕事しないとだめなの!放置して日々修行なんて生き方出来ねえんだよ!

 あと、女っ気のないおっさんのところに花も恥じらう年頃の娘がホイホイ、ウロチョロするな!変な噂立って嫁の貰い手無くなるぞ」

 

流石に今の言葉にはラヴィーネも黙ってはいられない。

 

「はぁ?はぁぁぁ!? 口を開けば乙女に失礼なことばかり言うな、あんたこそ」

「乙女ってのはどこにいるんだ。悪ガキみたいな口で絡んできやがって。少しは親御さん程度におしとやかにして俺を黙らせてみろよ」

「ざっけんなよ、今の言葉絶対に後悔させてやるからな!」

 

怒り心頭のラヴィーネは手に取っていた本をパタンと閉じ、若干並びがおかしかった魔導書を整えつつ本棚に戻してからプリプリ怒って店を出て行った。

 

「その口ぶりがダメだというに……」

 

と、リヒターはカウンターでため息とともに頬杖を突きながらその背中を見送ったのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「まあ……なんか、女っぽくないとムカつくことを言ってきたやつがいるから、ちょっとは……なぁ」

「なるほど。酷いことを言う人もいるものですね」

 

と、事情を聞いたわけではないフェルンとしてはそう言うしかない。そんな折、ラヴィーネの両手を掴んだのはメイドのライニ。

 

「ラヴィーネ様」

「うわっ!」

「その心意気。あっぱれにございます。ラヴィーネ様のご実家は、オイサーストでも名家。家はお兄様方に任せればよい立場。

 それでも乙女の華として自身を磨こうとするその精神。私でよろしければお力添えします」

 

なんだかぐいぐい来る老メイドさんに、圧倒されてラヴィーネはフェルンに耳打ちする。

 

(なんかこの人の琴線に触れることした?)

(ライニ様はオルデン家を支えた方ですので、名家の血と名を残すことには非常に熱心なんです。シュタアルにも許嫁を付けたがっています)

(マジか……)

 

厄介な人に気にいられたのかもしれないなぁとラヴィーネがうなだれていると。

後ろでニヤニヤする二人の友人が見ていることに気付いた。

 

「そっかー。ラヴィーネそんな可愛いこと思ってたんだ」

「いや、違うぞカンネ!ただなぁ、ムカついたから見返してやりたいだけで」

 

口に手を当てクスクス笑いだすカンネ。こんな場所じゃなかったら寝技をかけてやりたい。

 

「うん、見返したら態度もきっと変わるよ。リヒターは昔からそういう感じ」

「ラオフェンへの応対は昔っから一貫してねーか?」

 

ラオフェンの言葉にも呆れて返すと、『いいアドバイスだったでしょ』という顔でサムズアップで返された。

 

「違うからな。これは、世間一般でいう、常識としての淑女の嗜みとしてのだな――」

 

カンネとラオフェンに何か言い返そうとするラヴィーネの肩をライニがパシッと掴む。

 

「では、ラヴィーネ様。今夜の夕食の準備もお手伝いいただけますか?淑女の嗜みです」

「……え?」

「いいですね。手伝ってください。ドワーフ工房で作ったエールの試飲会と歓迎会を兼ねて少々手が足りなかったので」

 

そんな感じで、台所に連れていかれるラヴィーネ。

 

「歓迎会なんて準備してくれてたんだ」

「楽しみだね」

 

どうやら。賑やかな晩餐になりそうだ。

 

■地酒と宴と日々の賛歌


 

「ただいまー。今日はデンケン達来てるんだよね」

 

といって煤だらけになって帰ってきたのはフリーレン。実は鉱山での採掘を手伝っていたため、夕刻に戻ってきたのだ。

 

「お、フリーレンおかえり、どうだった?」

「フリーレン。久しいな」

 

居間でフリーレンを迎えたのはシュタアルを抱いているデンケンと、シュタルクだった。

 

「デンケン。まだ元気そうだね。何よりだ」

「フリーレン……言い方ぁ」

「構わん。エルフの彼女から見たら儂の残り寿命など風前の灯だろう」

 

デンケンの腕の中でまだ眠そうにしているシュタアルを、デンケンはフリーレンに差し出そうとしたが、フリーレンはそれを制止した。

 

「そんなことはないよ。今は毎日を大切にしないと。シュタルクとフェルンの間に生まれた子の可愛い時期を逃してしまう」

「そうか……確かにそうかもしれんな」

「お風呂に入ってくるからもう少し待ってね。煤だらけで触ると可哀想だ。フェルンも怒るし」

 

そういって、フリーレンはそそくさとお風呂で汗を流しに行った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

フリーレンが帰ってきたことに何か気づくことがあったのか、うつらうつらしていたシュタアルが目を覚ました。

 

「あー!あーうぅ」

 

デンケンの腕の中で何かを求める様に手を伸ばし始めた。

 

「フリーレンはよほど好かれているようだな」

「まあ、俺と同じぐらい甘やかしているから……フェルンには負けるけど」

「そうか。愛されるのは良い事だ」

 

と言っているとフリーレンがお風呂から上がって来た。

 

「待たせたね」

 

という彼女に、デンケンはシュタアルを渡す。シュタアルはフリーレンに吸い付くように抱きついた。

 

「うんうん。シュタアルは今日もいい子だ」

「あのフリーレンがこうなるのか……」

 

嬉しそうにシュタアルを抱いてあやすフリーレンを見ながらデンケンは感慨深くつぶやく。

フリーレンはシュタルクとフェルンから見るといつも通りのようだが、出会った頃の彼女を思うと変わっている。

ずいぶん時間をおいて会った人々からすると急変したようにも見えるのだろうか。

 

「今は孫を可愛がるが如くなんだけどな」

 

当人が聞くと怒るので小声で言うと、一瞬ちらっとこっちを見られた。バレたか?と思ったがそうではなかったようだ。

そんなこんな言っていると背後から声がかかった。フェルンだ。

 

「シュタルク様、フリーレン様、料理の準備があらかたできたので運びます。手伝ってください」

 

どうやら、料理の準備ができたらしい。フェルンとちょっとゲッソリ気味のラヴィーネが出てきた。

そして、家の外、ドワーフの工房の正面では、今夜開かれる歓迎会のための準備が出来ている。

 

ティシュレーやリヒター達が準備を進めてくれていたらしい。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「みんな。少ない予算で、仕事の外で手伝ってくれてありがとう。

 なんかいい感じで完成したので、来年からはしっかり作る方向で検討したい。今日は、飲もう!」

「「おおーーー!!」」

 

シュタルクの声にこたえて雄叫びを上げるのはティシュレーのお酒造りに手を貸してくれた面々。

 

パーティー広場になった中庭。関係者限りの宴の場となっている。

ちなみに試飲会は村の中でも別途やる予定である。一応、飲み足りない人のためのお酒も用意してあったりはするのだが。

 

「フェルンは、まだ乳幼児を抱えているが……飲んでいいのか?」

「はい。明日は一日、ライニ様が粉ミルクで面倒を見てくれるということなので、少しくらいは目を離してよいと」

「一日か……まあ。若いのだから、そういう日があってもいいか」

「はい、デンケン様のアドバイスは常に実践していますので」

 

『抱きしめてやると良い』といったアドバイスはもう少しマイルドな意味で伝えたのだが……

彼女なりに噛み砕いて今の幸せを形成しているのであれば特に異論はない。

 

「シュタルク様、お疲れさまでした!」と、挨拶をし終えた夫のもとに駆け寄っていく姿を見送るのは存外悪い気分ではない。

 

「来てみて良かったでしょ?」

とデンケンを覗き込むように声をかけてきたのはフリーレン。片手には大きなビアマグを持っている。

 

「ああ、そうだな。会ってみて良かった。幸せそうで何よりだ」

 

黄金郷のマハトと共に戦った若き戦士と魔法使いはあの日からまた成長して次のステージに立っている。

老人であるデンケンからするとこんなにうれしいことはない。

 

「二人目も、そう遠い日ではなさそうだな」

「何の話?」

「今夜は二人きりにさせてやれという話だ、フリーレン」

「え、あ、うん」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「で、これが、お前が作った料理か」

 

というリヒターの手元に盛られたのはラヴィーネが調理した料理だ。

クレ地方の領地で採って来た野菜と、近隣の森で採れた鹿肉の料理だという話。

 

「……そ、そうだよ」

 

リヒターがフォークで刺した肉を持ち上げると端っこまでちゃんと切れておらず、4切れが連結してぶら下がっている。

 

「悪いか……」

「いや。悪くはない。らしいと言えばらしいなと。で、なんで俺に食えと?」

「いいだろ!初めてなんだよ!毒見だ毒見!」

「あっそう……初めてねぇ」

 

後ろで声を殺した状態のカンネとラオフェンが何やらエールを送っている。

何やってんだこいつらと思いつつもリヒターは野菜と肉をフォークで突いて口に運んだ。

 

その咀嚼する様子をラヴィーネは真剣な面持ちで睨んでいる。正直、おっさんは若い子に睨まれると居づらい。

 

「どうだよ……」

「旨いんじゃないのか?」

「本当か?」

「……まあ、少々味付けは濃いが……若い奴らはこれぐらいでいいだろ」

「……おっさんはどうなんだよ」

「……お前なぁ。もう少し、味付けは薄めが助かるか。しかし、うん、旨いんじゃないのかね。一般的には」

 

リヒターはなんと無しにラヴィーネの頭に手を置き軽くなでてから、ポンと叩く。

 

「エールのお代わり貰ってくる。喉が渇いた」

 

と言ってその場を後にするとラヴィーネのもとにカンネとラオフェンが飛んできたようだ。

何をやっているのだかと嘆息しつつもリヒターは苦笑する。酒が入っているせいか悪い気はしなかったのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルク、どうだこれが酒の力だ!」

 

椅子に座ってお酒と料理を楽しんでいたシュタルクのもとにやって来たのは工房のドワーフのティシュレー。

 

「ティシュレー爺さん。いや、恐れ入ったよ旨い……というかなんか楽しいな」

 

普段は建設やら工房の面倒を見てくれている上に酒造りまでとなると、このドワーフには頭が上がらない。

「そうだろうそうだろう」と深く頷く彼にシュタルクは笑いかける。

 

そんな折、隣から「むー」という声が聞こえてきた。

ついさっきからお酒を飲んで上機嫌になったフェルンである。ずっと腕に絡んで離してくれない。

 

「シュタルク様、こっち見て!」

「ぐへっ」

 

強制的に首を回転させられた先にはふくれっ面のお嫁様ことフェルンの顔。ずいぶんと顔が赤い。

 

「フェルン。そんなに飲んじゃダメって言ったろ」

「そんなに飲んでません」

「いや顔赤いし」

「酔ってません」

「酔ってる人はみんなそう言うから」

 

といって、ゆらゆらしているフェルンの腰を支えると寄りかかってポカポカ叩いてきた。

 

「あー、ごめんごめん……ティシュレーさん、悪い。ちょっとフェルンが……」

「構わん。好きにさせてやれ」

 

と、ティシュレーはひらひらと手を振った。

 

「はいはい。なんだよフェルン。お話聞くから。で、どうした」

「私も、予算編成とか、お母さんとか、いろいろ頑張ってますぅ」

「そうだね。フェルンは頑張ってる」

「シュタルク様も頑張ってますぅ!いっぱい働いて、私たちのために汗水流してます!」

「ええ、俺ぇ~?」

 

いや、どういう感情?と思わなくもないがフェルンはなおもポカポカ叩き続けてくる。

 

「あー、うん。俺も頑張ってる……」

「そんなシュタルク様にはご褒美です」

「は、はい?」

 

フェルンの「えい」という掛け声で椅子の上で横倒しにされ、その上に乗りかかってくる。

 

「ちょっとぉ!?」

「シュタルク様……私、凄く頑張ったんです。シュタアルがお腹にいて幸せだったけど……でも、やっぱり、ずっと我慢もしてたんです」

「フェルンさん!? 今は宴の場だよ!?」

 

周りの人たちから生温かい目で見ないように気を遣われつつ、めちゃくちゃ見られている。

 

「先日、ようやくライニ様からも許しが出ました。また、夫婦として頑張りましょう」

 

流石に長い付き合いなので言いたいことは分かるといえばわかるが今はまずい。

 

「そうだね!まだまだ街の発展にやることもあるし、今年の作物の種まきもしていかないと」

「はい、種を頂かなくてはなりません」

 

どこかかみ合ってない会話の中、フェルンの瞳の奥が歓喜の色に染まる。多分これはまずい奴だ。

 

「なあ、フェルン。一旦落ち着こう」

「シュタルク様。私は落ち着いています。至って冷静です。心は教会の聖堂よりも清らかです」

 

シュタルクの身体を掴むフェルンの力が妙に強い。これはまずい。助けてフリーレン!

と、心の中で叫んだ時に救いのエルフは現れる。

 

「はい、フェルンストップ。後ですぐにシュタルクも届けるから。まずは、体を拭いて寝室で休憩しようか」

 

と、フリーレンに魔法で釣り上げられる形でフェルンが持ち上げられる。

物凄くうーうー言いながらバタバタするフェルンをフリーレンが連れて行った。

 

「大変だのう。強い嫁の旦那になると」

「そんなことはないけど……まあ。フェルンがいつも傍にいてくれると心強いのは本当だよ」

「惚気けよってからに……シュタアルはライニが面倒を見ると言ってくれたんだ。今夜は……フェルンを甘えさせてやれ」

 

お酒も入って、シュタアルも一晩ライニが面倒を見てくれる……となるとそうなるよなぁ。と、思いつつ。

 

「分かったよ」

 

とシュタルクは苦笑するのだった。

 

■日々は過ぎれど、幸は残る


 

賑やかな宴もお開きになり、デンケンたちは町の宿に戻る最中のこと。

シュタルクが泊まっていけばいいと申し出てくれたが断った。野暮なことをしても仕方ない。

 

後ろではカンネが「シュタアル君可愛かったねー」「お酒と料理美味しかった」などと騒いでいる。

 

「リヒター。どうだった。仕事の出張で来たんだろう」

「……嫌な言い方をするな爺さん。降参だ。悪かったな、ちょっと楽しかったよ」

「ならいい。お前はまだ若い。懸命に働いているなら、相応に人生は楽しめ。それが許される時代だ」

 

空を見上げて語るデンケンにリヒターは嘆息する。本当に気遣いな爺さんだなと。

 

「許されなかった時代があるかのような言い分だな」

「そういう時代もあった。運の問題だ。だが、運の悪かった者に気を使う必要はない。それでは誰も幸せになれん」

「そうかい。じゃあ遠慮なく商機は活かさせてもらうよ」

 

リヒターの言葉に今度はデンケンが溜息をついた。

「愚か者め」とぼやいたのには気づいたが、とりあえずスルーしておく。

後ろから微妙に睨んでくるラヴィーネの感情も読めないし、これ以上考えることを増やしたくない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタルクが寝室に戻ると、ベッドの上にはシーツに人一人分くるまった状態の塊が見えた。

視界で確認せずとも、シュタルクには気配でフェルンと分かるけれど。

 

「フェルン」

 

というとシーツの中の塊はビクンと震えた。

 

「察しが悪くてごめんな。いつも我慢してたって……まあなんというか。ちょっと嬉しいよ」

「……」

 

静寂に静まり返る部屋。シーツの中のフェルンから息を飲むような音が聞こえた。

 

「シュタアルが生まれて。お父さんお母さんになって。それでもやっぱり夫婦でいられるんだなって。

 はは。当たり前なのに何言ってんだろ俺……なんでも初めて尽くしでうまく説明できないな。だからさ――」

 

と、シュタルクは感慨深くシーツに手を突き、彼女に触れようとした――が、その手は空を切った。

 

「あれ……!?」

 

理由は、何のことはない――ベッドの横たわるフェルンはそこにはいなかった。

 

「シュタルク様。捕まえました」

 

シュタルクの振り返った先。

まるで、ベッドとフェルン、そしてシーツが一体となった竜の顎のように牙をむき――

 

「フェルンさん!? いつもの寝間着は!?」

 

シーツを掲げたまま膝立ちになったフェルンは、「えいっ」と飛びつきシュタルクに覆いかぶさる。

 

「おわっ! まって、情緒と心の準備――」

「不要ですっ――!!」

 

フェルンの宣言と同時にシーツの竜は戦士をパクンと丸のみにした。

咀嚼するかのようにしばらくはもぞもぞと動いていたが、ペッと吐き出されたのは、ついさっきまでシュタルクの着ていた服。

 

「わあぁぁ!フェルン!待って、ちゃんとするから!だから、落ち着いて!」

「嫌です。お断りします。もう十分に待ちました」

 

ドタバタしつつも、この手の静止を呼びかけた時って毎回「お断り」されているなぁ、と内心思う――

が、シーツの中で柔らかくて暖かいフェルンの何かに挟まっていると考えがまとまらない。

 

「あの、シュタルク様……ちょっと、あの…張ってきましたので……」

「な……何が……?」

「今日は夜の分をシュタアルにあげてないから……その、シュタルク様……お願いします。

 いつもちらちら見てましたよね。平均すると約30回ぐらい」

「俺、そんなに見てたかなぁ!? っていうか何をお願いされて……むぐっ!!」

 

シーツの中でじたばたするシュタルクの顔をフェルンは胸元に沈める様に抱きしめて口をふさぐ。

「んっ……シュタルク様、はい、いい子ですね……」

 

子供じゃないよ!と内心思いつつも悲しい程にシュタルクの身体は正直である。

フェルンの下腹部に何か熱い、硬い……例えるなら戦士の魂が形を成したかのような、そういう何かが当たる。

 

「シュタルク様、逞しい……嬉しいです……」

「ぷはっ、ちょ、フェルン、そこはダメ……っ!!おっふぅ……!!」

 

アルコールで加速した夫婦の夜は、まだしばらく続くようだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ありがとうねライニ、こういう時いつも後片付けばっかり」

「問題ありませんよフリーレン様。私はこれが生きがいで仕事でございます故」

 

宴が終わった後、テーブルと料理を片付けているのはライニとフリーレン。それと数名のドワーフたちだった。

シュタルクも手伝いたがっていたが、フリーレンが蹴りだしてフェルンのいる寝室に向かわせた。

 

「シュタルクもそろそろフェルンのところに行ったかな?」

「はい。どうやら……つつがなく」

「あれでよかったの?」

「はい、フェルン様のお望み通りでございます」

「そうなんだ……」

 

和やかに笑うライニ。出産後、ある程度様子を見ていたフェルンとシュタアルの母子双方の状態も安定した。

ならばそろそろいいのではないか?という相談を受けて、ライニとフリーレンも了承を出したのだ。

だからこそ、この試飲会と歓迎の晩餐会は、生真面目な二人が羽目を外すのにはちょうどいい。

 

ちなみに、この後、一時の羽目外しではなくタガが外れることになるのだが、それはまた別の話。

 

「この地の主の血は多く残っていくことが重要でありますゆえ」

「まあ、フェルンはたくさん家族作りたいって言ってたしね」

「はい、素晴らしい計画でございます」

 

ライニの優しい言葉にフリーレンは微笑み夜空を見上げる。

 

「そう言えば、いつかの夜もこうして夜空を見上げて、私が一人ぼっちにならないための夢を語ってくれたっけ」

「それは途方もなく、壮大な夢になりますね……」

「頑張ってよね、フェルン……」

 

星に願いを。隣人に愛を。未来の子供たちに幸せを。

 

ある場所の夜が燃え上がっている裏で、宴の後の夜は静かに更けていった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

数日後

 

「ではな、フリーレン、フェルン、シュタルク。またオイサーストにも来ると良い」

「ああ、デンケンさんも気を付けて」

「はい。デンケン様。皆様も、ここで過ごしたこと、楽しんでいただけたなら何よりです」

 

デンケン達の調査や学舎建設のための書類の処理も終わりオイサーストへと帰る日。

 

「フェルン。ありがとうー。すごく楽しかったよ」

「元気でね。シュタアル君も」

「いい休暇になった、楽しかったぜ。ところで――」

 

とカンネ、ラオフェン、ラヴィーネが馬車に乗りながらも別れの言葉を告げるのだが。

 

「何でフェルン、お姫様抱っこなんだ? 惚気?」

 

シュタアルはフリーレンが抱っこし、フェルンはシュタルクにお姫様抱っこで出迎えられ、何事かと首をかしげたが……

フェルンは沈痛な面持ちで首を振った。

 

「いえ、違います。これはシュタルク様と私の体力差による問題です」

「はい?」

「スタートがどうあれ、力と体力という意味ではシュタルク様が圧倒的なアドバンテージを――」

 

なんだかよく分からないフェルンの説明に、ふとその意味に気付いてラヴィーネは赤くなる。

要するに、そういう事だ。諸般の事情により、フェルンの腰が抜けている訳だ。

 

旦那のシュタルクの方は「ははは, ごめんなー」といった様子で苦笑いをしている。

 

「惚気じゃねーか!!一昨日の朝も中々出てこないと思ったらそういう事か!」

「はい……デスクワークが増えていたのですが、私も体力作りに励まなくてはいけません」

「あー、もういいや。仲良くやってるなら、それで十分だ」

 

そう言ったところで、荷馬車に重量遮断の魔法が展開されて、わずかに浮き上がる。

 

「おっと、じゃ、またな」

「お元気で」

 

と最後は簡素な挨拶で再会を約束しつつ、馬車はオイサーストへと帰路につく。

 

「お別れだってのに、ラヴィーネは嬉しそうだね?」

「うん?いや、人並みには寂しいさ。でも――」

 

ラヴィーネは頭の後ろで手を組んで荷台の柔らかな荷物にもたれかかりながら答える。

 

「夫婦ってのは、いいもんだなって思ってさ」

「そうだね。シュタアル君も可愛かったしね」

「ま、またそのうち会う事もあるだろ」

 

そんな会話を交わす魔法使い達を乗せて馬車はオイサーストへの帰っていった。

 

■領主シュタルクの再建生活は続く


 

デンケン達がオイサーストへ帰ってからまた時期は過ぎる。

クレ地方も春から夏へと季節が切り替わろうとしている。

 

「シュタルク。次の移民受け入れの居住区画の計画を持って来たぞー」

「わかった、ティシュレーさん。そこに置いといてくれ」

 

クレ地方はいつもの喧騒を取り戻し、シュタルクの領主としての仕事は続いていく。

 

「シュタルクさん。グラナト領とノルム商会からの連絡ですが、今年の食糧品の買い付けの件で、一度顔を合わせてくれないかと」

「え、まじで……?怖いんだけど……ハンデルさん、一緒に来てくれる?」

 

まだまだ、道半ばで、手探りで、明日も知れぬ故郷だけれど。

 

「シュタルク様。オイサーストからも学舎建設の作業者の受け入れの通達が来ております」

「わかったよライニさん。全面的に受け入れるから大陸魔法協会とのやり取りはフェルンに回してくれ」

 

それでもまあ――

 

「――ねえ、ちょっと忙しすぎない!?何なの!?」

「シュタルク様……仕方ありません。人も増えて来て、やることも増えたのですが、文官がほとんどいません」

「世知辛い!フェルン~どうしよう~もう駄目だよぉ!」

「しょぼくれていても仕方ありません。私も手伝いますから頑張りましょう。あとグラナト伯爵に数名派遣してもらいましょう」

 

『何とかなるだろう、みんないるし』と、歯を食いしばりながらでも前に進むしかない。

 

「フリーレンは?」

「家で、シュタアルの面倒を見てくれています」

「お祖母ちゃんかな?」

「本人が聞いたら怒りますよ?」

 

でも、今は目が離せないシュタアルの面倒を彼女が見てくれてるのは助かる。

 

「猫の手でも良いから助けて……」

 

彼らの下に優秀な教え子兼部下がやってくるのはもう少し先のお話。

 

「シュタルク様、私もちゃんと手伝いますからしっかりと――うっ!!」

「フェルン!?」

 

口元を抑えて、洗面所に向かうフェルンを呆然と見送るシュタルク。

「おや、これは……」と、ライニは苦笑いを浮かべている。

 

「ようやくですか。おめでとうございますシュタルク様」

「え、あ、うん。ありがとう」

 

そういえば、フェルンが『もうシュタアルだけじゃない』と少し前に言っていたことを思い出す。

身に覚えはいっぱいある。だってシュタアルの夜泣きが静かな夜はフェルンが甘えてくるんだもん。

種を蒔けば芽が出るが如く、当然の帰結だ。

 

「これからさらに忙しくなりますね。フェルン様の業務は可能な限り私が代行いたします」

「おわああああああ、嬉しいような、今は困るような、でもやっぱり嬉しいような……」

「一切の躊躇いもなく、お喜びください。それが領主であり夫の務めにございます」

「領主であり夫……」

 

ライニの言葉に、納得するものがあったのかシュタルクは自分の頬を叩き気合を入れ直す。

 

「……そうだな!その通りだ!よし、頑張るぞ」

 

そんな折、少し具合悪そうにフェルンが戻ってきた。

 

「シュタルク様、その忙しい最中になってしまったのですが――きゃっ!?」

 

フェルンの言葉を待たずに、シュタルクは彼女の腰を抱き上げる。

 

「フェルン!ありがとう、愛している! もっと頑張って、子供たちの笑って暮らせる故郷にしなきゃな!」

「シュタルク様……はい。頑張りましょう。一緒に。ここは私達の故郷ですから」

 

だから、領主シュタルクのクレ地方再建生活は今しばらくは終わらないのであろう。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ベビーベッドの上で「あーうあ!あーあー!」とパタパタしているシュタアル。

書籍によるとあと半年もすればハイハイで動き回るようになるらしい。

 

目まぐるしく成長するからフリーレンにとっては毎日目が離せない。

そんな彼女は指でシュタアルの頬をつつきながらも嬉しそうに告げる。

 

「なんだかまた賑やかになりそうな予感がするね。

 君のお父さんとお母さんは本当に退屈と縁がないらしい」

 

突かれた頬がこそばゆいのかキャッキャと笑うシュタアルを見てフリーレンもつられて笑う。

 

「さて、どんな未来を見せてくれるのかな。今から楽しみだ」

 

そして物語は未来へと繋がっていく――

それはとても幸せなことだと、フリーレンは思うのだ――

 

~ 領主シュタルクのクレ地方再建生活・終 ~

 




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