葬送フリーレン~アフターオレオール~ 作:rvr75_raiden
■二人の魔法使い
北側諸国 とある辺境地
「お父さん、お母さん……みんな……必ず、仇はとるから」
少年が祈りをささげる墓標には骸は存在しない。木片と石で作った粗雑なものだ。
骸がないのは村人たちの身体が消失してしまったため。そういう、魔法だったのかもしれない。すべてが魔力として虚空に消えた。
一人の狂った領主の魔法の実験。それは町一つを消失させる結果となった。少年一人を残して。
領主は協会にも所属しない強力な帝国出身の魔法使い。だが、少年にとって出自はどうでもいい事だ。
両親はその領主から教えを受けていた研究者だったはずだ。結局実験の失敗の末に捨てられるように殺されてしまった。
その成果である手記を握りしめた少年は、その瞳に復讐の炎をたぎらせて立ち上がる。
✧ ✧ ✧ ✧
北側諸国の帝国近郊の街道。男女の魔法使いが歩いていた。
深緑の髪と、挑発的な瞳。そして、扇情的とも見える黒を基調としたドレスのような旅装束。
「メガネ君……」
当人曰く。「寒冷地用だから露出控えめかな?どう?」と言っていたが、スカートはやけに短かったりと疑問は尽きない。
一級魔法使いユーベル。感覚派の魔法使い。理論を理解せずとも、共感により魔法を理解する魔法使い。
「世界と魔法は私の理解と認識で形作られる」そういう生き方の魔法使い。
そんなユーベルの隣を歩いている青年はうんざりしたような表情で返事をする。
少しくせ毛の金髪、眼鏡をかけた表情の薄い青年。
「……なに?」
同じく一級魔法使いラント。
物の論理を把握し、構造を理解し、深層を目指すタイプの魔法使い。ユーベルとは全くの逆。
「世界と魔法はあるべく形をとるように作られる」そのような魔法使いである。
「退屈だし、何か話そうよ」
「……今回の任務の話でもしようか?」
「つまらない……もう少し艶のある話題はないの?」
一級魔法使い試験で出会い、よく分からないままペアとなった。
資格を得てからも、何故かペアを組まされた。しょっぱなの共同任務は帝国の騒動に巻き込まれ、酷い目に遭ったが。
「今回もゼーリエからの依頼だ。大陸魔法協会に参加していない魔法使いの領主が、一つの町を消失させた……という報告が上がった」
「へえ……魔族被害じゃないんだ」
「被害地の生存者から嘆願が上がっている。暴走する狂った魔法使いを処刑してくれと」
「物騒だね」
ユーベルは後ろで手を組んで覗き込むように隣からラントを見上げる。
「君が言うの?」
「誰かを殺すとか、一番メガネ君の嫌いなやつじゃん」
「ごく普通の、当然で、当たり前の、一般的な感性だよ」
「そおかなぁ~?」
魔法の特性が正反対のユーベルとラント。その生き方と感性は……まさに真逆である。
ユーベルは認識と共感で理論と理屈をねじ伏せる故に、その生き方はあるがままだ。
目には目を、歯には歯を、死には死を。因果応報、悪因悪果。そして――
「メガネ君は私が傷つくのも嫌がるものね。相当だよそれ」
善因善果。愛には愛を――そういう女性だ。
「君の生き方が放埓すぎるんだよ……」
一方のラントは、生き方も真逆だ。至って普通の感性だという彼の生き方は表向きはその通り。
だが、彼は酷く臆病。近しい者の死を極端に恐れる。当たり前の感情だが彼の場合はそうではない。
「訪ねるたびに全力で逃げなくていいじゃない。もう勝手知ったる仲でしょ」
「君は僕を共感できないから魔法の複製ができないんじゃなかったっけ?」
「んー、まあ、そうなんだけど、そういうのじゃないんだよねぇ」
大切な物を失うのが怖いなら、大切な物をこれ以上持たない。ラントの生き方はそういう物である。
✧ ✧ ✧ ✧
「この地の領主はボルヴェルク卿。協会には参加していないが、帝国出身の魔法使いだ。優秀な研究者だったと聞いている」
「どうして領主になったの?」
「さあね。教え子と一緒に遺跡を内包する村を買い取ったと聞いた。なんでもその遺跡の近くには魔物が寄り付かなかったから」
「ふぅん。村の設立にはよくありそうな話だね。それで、なぜ領地の町を消滅させたの?」
ユーベルの素朴な疑問にラントは眼鏡の位置を直しながらため息と共に告げる。
「それが今回の任務だ。帝国は自国を出た領主に対してはノータッチの姿勢。協会としては魔法使いとして彼の行動を調査する。
嘆願も出ているため、場合によっては……ということだ」
ラントの言葉にユーベルは口角を上げて答えた。
「そっかー。私向きの話かも」
「やめてもらえる?まだ実態調査の段階だって言ったでしょ」
「でも、実際領地は壊滅したんでしょ?」
ユーベルの言葉にラントはさらに深くため息をつく。
実際、その通りである。物騒なことが全くないという可能性の方が低い。
調査対象の魔法使いと事を構える可能性は実に高い。そうなった場合のユーベルの手綱を握るのは自分しか居ない。
「メガネ君のその顔。私のこと考えてくれているときの顔だ」
「当たり前でしょ……君がどんな行動をとるかで対処が分かれる。僕たちは話し合いに来たんだ。平和的解決が望ましい」
ラントの言葉にユーベルは「へー、ふーん、そうなんだ~」とニヤニヤした表情で答えた。
妙に腹が立ったので無表情のまま逆の方向を向くと、ユーベルは軽やかなステップで回り込んで来た。
「何?」
「別に。メガネ君は照れると顔をそらす癖があるのかなって。私なりの分析」
「知らないよ……」
正面を向いて彼女から視線を外すと、してやったとばかりに距離を詰めてくるのが分かる。
「当たってるかな~?」
「近い……あと、余計なものが当たってる」
「寒いし……くっつくと効率的でしょ?」
拒めば拒むほどウザ絡みしてくるユーベル。ラントもある程度のユーベルのあしらい方には慣れたものだが――
「歩きにくいんだよ」
「じゃあ、ゆっくり行こうよ。知ってるよ。実は予定よりかなり早めに移動している事」
「計画に余裕を持たせるためだ……」
どうにも、ユーベルもラントへの絡み方に慣れてきている。どう絡めばどれだけ構ってもらえるのか。
そんな無駄なことに全力のリソースを注いでくる。
ラントとしては不毛としか言いようがないイタチごっこだが――
「早めに終わったら、バカンスにでも誘ってくれるのかな?」
ユーベルはいつも楽しそうだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「ご夫婦一組ですか?」
「シングル二部屋です」
目的地、最近の村の宿。さびれた村だったが宿屋があるのはありがたい。
そう思って、宿の主人に声を掛けたらこれである。無表情で返すと「そうですか」とつまらなさそうに返された。
一方でユーベルがニヤニヤした表情を変えずに足元をゲシゲシ踏んでくる。痛い。
「ユーベル、後で食堂で落ち合おう。今後の事で相談だ」
彼女のキックを無視しながらこの後の予定を伝えると、ユーベルはわざとらしくしなりのある仕草で答える。
「私は悲しい」と言わんばかりの表情で。
「そうね……私達倦怠期だものね。あなたも夜は一人がいいのよね……」
「やめろ!」
どうやら宿屋主人の夫婦設定だけは無駄に死守するつもりらしい。
―― という一幕もありつつの夜の酒場。
耳をすませば近隣の情報も少し入ってくる。という訳で情報収集をしたいのだが。
相変わらず、ラントを正面に思わせぶりに笑うユーベル。
彼女は他愛のない会話を口にする。将来的に落ち着いたら子供は二人は欲しいといった、ラントのコメントしずらいものや――
途中で出くわした山賊を危うく八つ裂きにしようとしたところを止めたことへの物騒な不満話等など。
「――だってあの賊の目つきちょっと気に入らなかったんだよ。私の太もも見てニヤニヤしてたし」
「だからって八つ裂きはダメでしょ」
「メガネ君はそうなる前にちゃんと殴ってよああいうの」
「殴ろうにも君が先にぶっ放したでしょ」
手元のサラダをフォークに刺しながら答えるとユーベルは「そうじゃないでしょ」とばかりにゲシゲシテーブルの下で蹴ってくる。痛い。
「……まあ、次は気を付けるよ、被害が広がる前に」
「ちゃんと、賊と私の前に立ちふさがって『彼女に手を出すな』とか言ってよ」
「……話変わってない?」
「そういう話してたでしょ」
相変わらず、彼女の話は彼女の要望に素直でハチャメチャ。
不快ではないけれど、ラントの人生のリソースがユーベルに侵食されている感じは否めない。
と――そんな会話をしている最中の事だった。
「ここは冒険者が集う場所だと聞いている!誰か!俺に協力してくれ!」
「ああん、何だこのガキ?未成年が来る場所じゃねーぞ!」
おそらく、未成年15歳になったぐらいの少年が酒場に乗り込んで叫んでいた。
「この先にある隣領の領主、残虐な魔導士ボルヴェルク卿の討伐、協力してくれる者はいないか!?謝礼は出す」
思いのほか、そんな少年が口にするには物騒な話だ。
飲みかけていた水を――この場で酔う気もなかったためだが――噴き出したラントは少年を二度見する。
「へぇ~」
ユーベルが嬉しそうに少年を見つめていることに、嫌な予感が募る。そして――
「残虐な魔導士ボルヴェルク卿か……」
碌でもないことが起きそうな予感がする。
■訳アリの少年
少年は、酒場にいる冒険者たちに必死に呼びかけていたが、誰にも相手にされなさそうだった。
ラントとユーベルに直接声をかけないのはおそらく、屈強な男たちの中では頼りなさそうに見えたのだろう。
当然だ、ラント自身は優男風に見えるように常に心掛けているし、ユーベルは目つきの悪さを除けば美少女に類する。ラントとしては不本意だが。
まりに真剣に声をかけて回る少年に対して、「興がそがれた」「酒が不味くなる」そんな雰囲気でぞろぞろと冒険者は客室へ引き揚げていく。
調理場とカウンターにいる宿の者も随分と迷惑そうな顔をしていて実に空気が悪い。
「まったく……」
「しょうがないんじゃない?ああいう年頃は」
「どうするつもりさ?」
ユーベルの表情を見ると何をするかは火を見るよりも明らか。しかし実際、無視をするわけにはいかないだろう。情報は得なければならないからだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「あの……お二方は、どのような立場の方なのでしょうか?
僕は、他の場所に協力者を探さないと……」
「私たちはぁ……しがない冒険者夫婦みたいな――」
「――大陸魔法協会から来た調査員だよ」
「――メガネ君?」
ラントの言葉に唖然とした表情を浮かべた少年と、顔色ひとつ変えないままカウンター下で足を蹴ってくるユーベル。。
凄く痛い。
「大陸……魔法協会……!?では、あなた達はあのボルヴェルクを討つために、ようやく来てくれたんですね!」
「ちょっと待ってもらえるかな。今、調査員と言ったけれど。聞こえなかったかい?」
ラントは、魔法協会から渡されている身分証明書を取り出した。
「一級魔法使い……えっ!?」
「僕たちは調査員だ。この場所で何が起きたか調べる義務がある。誰かを殺しに来たわけじゃない」
「まあ、振りかかる火の粉は払ってもいいけどね」
「ユーベル。今は黙っててくれる?」
少年は俯き何かをかみしめるように唇をかんでいた。そして、大きく息を吸ってから覚悟を決めたようにラントへと叫んだ。
「僕は!僕は……この先の!この先にある焼き払われた町の生き残りのエルヴと言います。
僕の故郷は、領主であるボルヴェルクにより焼き払われました。父も母も全て……目覚めた時には、もう全て灰になっていて……」
「……」
おおよそ、事前に聞いていた情報に相違はないようだ。あまりいい傾向ではないなとラントは小さくため息をついた。
その隣では、ユーベルが獲物を見つけたかのような笑みを浮かべている。本当これはよくない。
顔色ひとつ変えないままカウンター下で足を蹴ってくるユーベル。 修正理由:同一文内で「表情」という単語が連続
「それで、エルヴだっけ?君はどうしたいのかな?」
「僕は……僕も少し魔法が使えます。ですが、まだ未熟で……僕だけでは勝てません。一級魔法使いのお二人が居れば!」
「うんうん。それで?」
「ユーベル!」
これ以上言わせてはいけない。こんな子供に言わせるべきことでも、場でもない。だが彼女はそれを止めようとはしなかった。
(だから、彼女と組むのは嫌だったのに――)
「僕の復讐を……あの男を討つ手助けをしてほしい!!」
「復讐……かぁ……」
――実に厄介なことになった。
✧ ✧ ✧ ✧
翌朝、ラントはベッドの下から転がり出てきた。
「ユーベル……それは分身だ」
朝方、こっそりと部屋に忍び込んできて何故か
「えっち……」
「ごめん……いや、そういう問題……?」
ベッドの下から転がり出たので当然、下からユーベルを見上げることとなる。
相変わらずスカート丈が短いユーベル。見慣れたとは言わないが見たことがないとは言い難い。
どうしても視線がいってしまうのは悲しい性だと自覚している。
と言うより――
「なんでこういう物騒で阿呆なことするんだ君は?」
「そうだなぁ……せっかくお風呂も入って新しいのに替えたし、どう見せるとメガネ君は反応するかなぁって、実験」
頭に手を当ててため息をついたラント。状況を理解しているのかいないのか。今日は件の領主に会いに行く日だというのに。
「着替えるから、ちょっと待っててくれる?」
「そう。じゃあ待ってる」
了承の言葉を付けたユーベルはちょこんとベッドに腰掛けた。
「……」
いつもの挑発的な笑顔が可愛くもムカつく。そんなえも言われぬ感情に無表情のラントは杖を出現させた。
「外で!」
ポイッと物理魔法でユーベルを引っ張り上げて、悪戯をした猫のように部屋の外に放り投げた。
「えー。野営の時は近くで着替えてるじゃーん」
そういう問題ではない。というか、宿に泊まった時ぐらいは安心して下着ごと着替えさせてほしい。
✧ ✧ ✧ ✧
「待たせたね」
「いえ」
集合場所に来ていたエルヴはどうやら近くで野営をしていた様子だった。
謝礼を出すつもりと言っていたが資金的に困窮しているのかとラントは彼を観察する。
服はしっかりしたものを着ている。相応に設えの良い冒険者用の服だ。武具も、この歳にしては良い物を付けている。
実力の程は分からないが……少なくとも、山中に入れば野盗に襲われ、身ぐるみ剥がされるように見える。
「僕に……何か……?」
「いや、行こうか。時間ももったいない」
ラントはエルヴに案内をするよう促すが、ニヤニヤしたユーベルが横から小突いてきた。
「言ってあげないんだ。優しいんだか残酷なんだか」
「少なくとも、この街道は安全だ。余計な口論をしても仕方ない」
「見た感じ……旅慣れているって訳じゃなさそうだし。誰か親切な人がくれたのかもね」
それだけ言ってユーベルは引き下がった。親切な人。壊滅した村にそんな人が果たしているのだろうか?
「エルヴ。昨日も言ったが。僕たちは調査員だ。君の討伐依頼を受けたわけじゃない」
「分かっています。でも、邪悪だと判断した場合は――」
「検討しよう」
ラントの言葉にエルヴはうなずく。
後ろで「やっさしぃ~」と呟いたユーベルをラントは睨んで黙らせた。
この後、現地に着くまではしばらく、彼の身の上話を聞くこととなった。
■焦土の村
時間は少し遡り、エルヴが朝の支度をしている時の事。
彼は、昨晩の出会いを思い起こしていた。
エルヴが出会ったのは奇妙な二人であった。若い冒険者の様に見える、一級魔法使いの二人。
どう考えても宿付属の酒場で出会うような肩書の人物ではない。だが、チャンスは最大限に生かすべきだと思った。
仇であるボルヴェルク卿は領主でありつつも元は優秀な帝国の魔法使いだ。多少の魔法の心得がある程度の自分の勝てる相手ではない。
ほぼ人もいなくなった領地で屋敷に篭り、狂気に狂った魔法使いが何を企んでいるのかは分からない。
だが、強力な助っ人が居るのであれば確実に仕留められるだろう。
「ユーベルって人は、お願いすれば協力してくれそうだったけど……ラントって人は警戒していたな」
偶然にも調査という任務があるから同行はしてくれる。説得をして何とか協力してもらおう。そうすれば勝機はあるだろう。
「しかし……どういう関係性なんだか」
恋人か夫婦のように振る舞いたがるユーベルという女性と、それを鬱陶しげにはねのけながらどこか受け入れている節のあるラント。
どことなく、幸せだった頃のエルヴの両親を思い出す。母は甘えたがりな人で、父は素直じゃない人。二人は愛しあってたけどよく皮肉のきいたジョークも言い合いながら笑い合っていた。
そんな二人が、服と手記だけを残して、灰となって消えたあの日。
「絶対仇は獲るからね」
地面に膝をついて、残ったものを胸に抱きしめながら、エルヴは誓ったのだ。
灰になるしかなかった、父と母の苦しみに必ず報いるのだと。
✧ ✧ ✧ ✧
道中、エルヴから聞いた話は概ね協会から事前に聞かされているものと一致していた。
現地で生活していた故にもう少し実態に沿うものであったが。
元々、彼の両親はボルヴェルク卿に仕えていた研究者だったそうだ。
物心ついたころからボルヴェルクの屋敷で研究をし、フィールドワークとして村にあった遺跡を調査していたらしい。
概ね平穏な日々は続いていたという事だったが、とある日から村の様子が激変する。
奇妙な病がはやり始めた。魔力や肉体、精神抵抗力が弱い者から倒れた。
体内の魔力の巡りが狂い始め、言動と行動がおかしくなり、倒れ伏せ――
「体が……拡散して、灰となって消えていきます」
「なるほどね……」
身体が作り変えられる呪いの類。実質最期は魔族とそう変わらない状態だろう。
無論、人間はその状態に耐えられる精神構造ではない。
「この奇病はボルヴェルクが研究していた『瘴気』と言う物が原因でした。
何も分からない村人は、領主に助けを請いました。最初は治療と称し、屋敷で保護していました――がそれも研究の一環でした。
父と母もこの原因究明に励んでいました。ですが、ある日――」
「……」
「ボルヴェルクは、領民の全てを焼き払いました。
呪いが制御できなくなり、いよいよ隠しきれなくなると……あの悪魔は証拠隠滅のために、感染していない者も含めて村人全員を焼き殺したんです!
僕の父と母も……遺跡の中で、わずかな灰といつも着ていた研究服だけが残っていました」
悔しそうに拳を握るエルヴ。どうやら、村の全滅というのは事実だ……と言わざるを得ないだろう。
「その遺跡は結局なんだったんだ?奇病の原因はその遺跡にあるとは考えないのか?」
「かもしれません。ですが、現状では調べようもなく。父と母の研究所の中に手記が残されていたのですが、古エルフ語による内容が多く、説明書きといくつかの呪文しか読み取れませんでした」
「まー、そうだろうね……」
少年の持っている手記を覗き見たユーベルは興味なさそうに言い放つ。
「で、君はそのボルヴェルクに復讐したいってこと?」
「当然です……奇病に侵された者だけではなく、村の者全員が焼き払われたのですよ」
「そう……」
✧ ✧ ✧ ✧
「ここです」
エルヴに案内された村は外敵防止の柵に覆われた中規模の町という様子だった。
だが、事前の情報通り、誰一人としていない閑散とした村の跡地。
「木造の家が燃やされている……か」
残っているのは石造りの跡のみ。彼の言う通り、町は燃やし尽くされたようだ。
「今でもうめき声が、耳から離れません」
「ところで、エルヴはどうやって生き延びたわけ?」
「僕は遺跡の隣に備え付けられた研究施設の、資材ボックス……まあ宝箱の様なものですが、その中にいれられて、難を逃れていたようです」
エルヴの言葉にユーベルは少し首をひねる。口元に指を当てて考えるポーズを取りながらも彼女はエルヴに問いかけた。
「随分と、あいまいだね。その箱には自分で入った訳じゃないんだ」
「おそらく、父と母が事態を察して入れてくれたのだと思います。……僕を、助けるために」
「そう……」
エルヴに案内された遺跡は現在は停止状態の様に見えた。何の気配も感じない。あるいは何か事前情報がつかめるかと思ったのだが。
肩を落としたラントにユーベルが肘で小突く。
「今更だけど、メガネ君。監視されているけどいいの?」
「構わない。どうせこの村に入る時点で気づかれている。妨害をしていないということは来いということだ」
耳打ちしていたユーベルは「ま、そうだよね」という様子で引き下がる。
いずれにしろボルヴェルク卿に聞くのが一番速いだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
屋敷は、かつては美しく作られていたのだろうということが分かる設え。
時間と共に設備が荒れ始めている感じはするが、最低限人通りがある場所は魔法で手入れされているようだ。
「本当にこんな場所に一人で住んでいるようだね」
「はい。ボルヴェルクは殆ど屋敷の外には出ません」
「まあ、入ってみようか」
門の前に立つと自然と扉は開いた。おそらく、入れという指示であろう。
「話が早くて助かるけど、この子は良いの?明らかに敵意があると思うけど」
ユーベルがエルヴの背中を押しながらラントに問いかける。言外に、ダメと言っても連れて行きたいという意図も透けて見える。
そんなユーベルをラントは「どうせダメと言っても連れて行くでしょ」とうんざりと答えた。
「エルヴ。何度も言うようだけど、僕たちは事を構えにきたのではない。話を聞きに来ただけだ」
「……分かっています。今日は……話し合いの場です。ですが、危険だと判断できた場合は、僕に協力してください」
一歩も退かない様子にラントはため息をついた。隣でユーベルが興味深そうに見ていることも含めてとても頭が痛そうにしている。
「ま、ここまで来て話を聞いて帰るだけじゃつまらないよね」
「ユーベル!余計なことを言うな」
仇をとるという目的のエルヴ、興味と共感を重視して動くユーベル、対話をして平和に終わらせたいラント。
三者三様の想いを持ったまま、屋敷の中央部へと進んでいく。
■廃墟の主
屋敷の扉を開けると長い廊下が伸びている。暗い場所だ。そう思った瞬間に両側のランタンに次々と火がともっていく。
この城の主が魔法で灯をともしたのであろう。ユーベルが素直に感心している。
「器用ね。目に見えない範囲の灯をともすって簡単じゃない」
「位置を正確に把握しているって事だろうな」
廊下を歩きながらラントとユーベルは周りを観察する。
屋敷の中は外ほど荒れてはいない。もちろん使用人もいないので隅々まで掃除が行き届いているわけではなさそうだが。
「昔から……魔法に関してはすさまじい技術を持っていた……と思います。
少なくとも、僕や両親では到底追いつけないぐらいには」
「そのようだ……」
ラントが視線で示した先。廊下には4体の鎧甲冑が並んでいる。立てかけのオブジェではない。
それは槍と盾を持ち、正面の扉を護衛するように並んでいた。手前の2体は膝をついて頭を下げ、残りの2体は扉に手を付けて奥の間への入り口を開いた。
「へえ……すごいじゃん」
いわゆるゴーレムの魔法の応用ではあるが、複数体同時に人間のような動作をさせるのはなかなかできるものではない。
ラントのように、分身に意識を飛ばしていればだが、これだと主観を散らしてしまい、意識と操作が散漫になってしまう。
おそらく、簡単な命令を聞く自動人形の様にしていると思われる。しかしこれも高度な構築をしないと動作がゾンビのようになってしまうのだ。
招かれた奥の部屋。入ってみると奥に一人の人物が窓の外を眺めるように立っていた。
ようやく、件の人物に対面というわけだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「ようこそお客人。歓迎できるほどのものは無いが……よく来てくれた」
「ボルヴェルク卿。初めまして。アポイントもなく来てしまったが、ご迷惑ではなかっただろうか?」
ラントの言葉に振り向いたボルヴェルクは白髪交じりの中年男性だった。
領主らしい威厳のある姿――というには瞳に深いクマがあり、少し疲れているようにも見える。
「いや、問題ない。たまには人と会話するのも悪くないと思ったのでな。掛けたまえ紅茶を出そう」
ボルヴェルクは向かい合わせのソファーを指して、3人を促し、自身もその対面へと座る。
「紅茶は結構です。あまり出されたものを気軽に口にするのは主義に反するので。気を悪くしないで頂きたいですが」
「そうか。賢明なことだ。私が毒を盛らないとも限らないからな」」
ボルヴェルクは表情も変えぬままに応えた。ボルヴェルクはユーベルの方を見ると彼女も首を振ったので不要なようだ。
先程の鎧甲冑の一体が持ってきた紅茶のティーポットを受け取り、自身のティーカップに紅茶を注いだ。
「さて、単刀直入にそちらの要件を聞かせてもらおうか。お互い無駄は少ない方が良いだろう」
ボルヴェルクの言葉に息をひそめるように黙っていたエルヴが拳を強く握り込んだ。
ここに入る前に、ラントと約束したことがある。ラントが話している間、一切口を挟まないこと。
状況を乱せばエルヴには味方をしないという条件を付けたのだ。
「ふむ……」
エルヴを一瞥したボルヴェルクは小さくため息をついたのをラントは見逃さなかったが――
「我々はオイサーストの大陸魔法協会からの調査依頼を受けている。当然、この領地一体の事についてだ。
周辺の聞き込みから受けた情報は酷いものだったよ」
ラントはエルヴに一瞬だけ視線を向けた。彼の言い分だと領民はすべて領主の実験で無残に焼き殺されたという話になっている。
無論、周辺地域でもざっくりとした噂話を聞きはしたが、どこも似たり寄ったりだ。状況からすると無理もない。
だが、ラントの説明にボルヴェルクはさもありなんという表情のままである。
(冷静な男だ……)
ユーベルは隣で興味深そうに見ているが口を出してこないということは今はラントに任せるということだろう。
「で、あろうな……到底私に対する美談が流れる状況ではない。逆に私から質問をしても良いかな?」
「どうぞ」
ラントが促すと彼は紅茶のソーサーをテーブルに置いた。
「君は何故私を、殺そうとしない?戦う意思も見えないな。
おそらく君たちは、領民を虐殺した愚かな魔法使いの噂事だと聞いてきたのだろう?現に……」
ボルヴェルクはラントからユーベルの方へと視線を変えた。
「君の奥方は、いつでも私の首を落とす気でいるようだ」
この言葉にラントは若干体勢を崩す。真剣な話に妙な要素を交えないでほしい。
隣にいるユーベルの表情が変わる。彼女は何を思ったのかラントに腕を絡ませて密着してきた。
「あなた、ごめんなさい、ばれてしまったわ」
「やめろユーベルややこしくなる! ボルヴェルク卿。彼女は任務上のパートナーだ。
妙に茶化すと調子に乗るからやめていただきたい」
「ふむ、そうか……いや、私の教え子夫婦が……君たちに似ていて……そうか……違うか……」
初めて目の前の男の感情が見えた気がした。苦笑している。
「すまない、私の目が節穴だったようだ……観察眼には自信があったのだがな」
「だってさ、メガネ君。当たってる?」
「何の話だ……いや、ボルヴェルク卿。話を戻させてもらうぞ」
「よかろう、何でも聞き給え。話せることを話そう……」
✧ ✧ ✧ ✧
聞き込みをすればするほど、ラントを混乱させる。
目の前の人物は、決して狂ってはいない。狂人の類ではない、至って冷静な人物だ。だが――
「そうだ。私が、領民も街もすべて焼いた――」
その事実だけは決して噂を否定しなかった。
「奇病がはやったという話は聞いただろう。それも確かだ。私はその治療を放棄し、罹患者を全員焼いた」
「その奇病の原因は、貴方の魔法の実験によるものだと聞いているが?」
「そういう噂もあるようだな。信じるかね?」
「僕は貴方に聞いているのですよボルヴェルク卿」
おそらく何かを隠していることは明白な気がするが、今一歩のところで尻尾を掴ませようとしない。
いや、掴む尻尾があるのだろうか?奇病のパンデミックを防ぐために罹患者を焼いたのは非情極まる行為だ。
だが統治者として致し方ない一面もある。大陸中を探せば比較的よくある事故でもある。
病の類は解毒ではどうにもならず、女神の魔法でも必ず治せるものでもないためだ。
そして、現状で奇病というものが謎のままだ。先ほど言ったように魔法の実験で生まれた何かの可能性もある。
もし、そうであるならば目の前の人物は狂人である。自らの実験を領民で試し、失敗すれば焼き殺す行為となる。
(どうして、こんな疲れた目をしているのだろうか……?)
ラントは何故か目の前の男に奇妙なシンパシーを感じずにはいられない。生き方も境遇も全く違うのに悪人だと断ずるには何かが一歩足りない。
■少年の叫びと刃
ラントの質問に曖昧な言葉で返すボルヴェルク、そんな姿にエルヴはひたすら耐えていた。
口を挟めば、ラントの協力は得られない。そうなればユーベルも当然動かない。
ただ、ラントはなぜかボルヴェルクに対して咎め立てるようなことをしなかった。
『エルヴ、先生は本当にすごい方なんだよ。お父さんはあの人の研究に感銘を受けてね。苦しむ人々を救う為に協力しているんだよ』
―― そんなものは嘘だったじゃないか
『まー、お父さんはそういうこと言うけど。実際は昔だれにも見向きもされなかった古代遺跡研究に関して、たった一人だけ褒めてくれた人だから嬉しかったのよ』
『母さん!違う!違うぞエルヴ!僕はこの知識と先生の研究を合わせればより多くの人をだな!!』
『はいはい……』
―― 誰も……救われなかったじゃないか……
『父さん……母さん……嘘だよね……ボルヴェルク先生!どうして、父さんと母さんは!?外の光景は、なぜ町は燃えているの!?』
『エルヴ……どうやら、あの状態でも、罹患していないようだな、遅すぎた皮肉な実証結果だが……まあいい。街は私が焼いた。
すべては失敗に終わった。お前はこの地から追放とする。どこにでも行くがいい』
『ボルヴェルク!どうしてだ!父さん、母さんも、お前を信用して』
『……さっさとこの地を去るんだ』
―― 何も残らなかったじゃないか……
ラントの詰問が終わりを見せ始めた時。
ダンッ!という、テーブルを拳で叩きつける音が部屋に響き渡った。
「ふざけるな!ボルヴェルク!!」
「エルヴっ!!やめろ」
エルヴが叩きつけた腕とは逆の手には小さな杖が握られていた。エルヴはその杖に魔力を込め始める。
「ほう……」
「お前が!!街の人も!父さんも!母さんも!全員殺したんだろう!みんな信じていたのに!」
エルヴの杖に宿るのは一般攻撃魔法。10代半ばの少年にしては構成とイメージはしっかりしている。
だが、ここで撃たせるわけにはいかないと立ち上がろうとするラントをユーベルが手で制した。
「メガネ君。だめだよ。エルヴの復讐心はエルヴのものだし。それに」
ボルヴェルクも彼の魔法を真剣に見ているようだった。
「お前が!!お前のせいだ!」
放たれた一般攻撃魔法は少年の叫びを形にしたような勢いでボルヴェルクへと襲い掛かる。だが――
「悪くはない、懸命に勉強しているようだな」
当然のように防御障壁によって阻まれる。究極の貫通魔法、ゾルトラークを解析して作られた現代の一般攻撃魔法。
これが一般攻撃魔法と呼ばれるのは、対抗する手段として防御魔法が確立しているため。
当然、この二つがぶつかると余程の魔力差がない限りは膠着状態となる。
「くそ、くそ、くそ、くそ」
そのまま、エルヴは叫びながら一般攻撃魔法を連発している。
「これはダメだねぇ……」
「ユーベル、呑気に言わないで。早く止めるぞ」
ラントが立ち上がり介入しようとしたときにユーベルから出た言葉は。
「――どうして?」
というものだった。
✧ ✧ ✧ ✧
ラントはどうしてそんなことを言うのだろうか?いや、彼ゆえにそう言うのか。
だが、だめだ。それはだめだ。これを止めるのはユーベルの中の道理に反する。
「ユーベル……こんなこと、あっていいわけがないだろ」
「私はそうは思わない。エルヴは自らの意思で、復讐の道を選んだ。その選択は尊重するべきだよ」
ラントは真剣な目で見つめるからこそユーベルもその視線に一歩も引かない。
任務を正しくこなすこと、誰も傷つかず平和に終わらせること。それが彼の中のベスト。
常識としてのベスト。彼にとっては彼自身が傷つかないことがベストである。
だが、今のユーベルには納得が出来ない。傷つかないことが救いなのだろうか?
本当の願いは?事の本質は?
「メガネ君は本当にそれでいいの?」
「何がだ。ここで調査対象が死んでいいわけがない、それにあんな子供を見殺しにするのも、人殺しをさせるのも、どれも狂っている」
ユーベルは苦笑する。そうか、そうだな。彼はそうだ。そういう考えだからいつも一緒にいるのだ。
「ダメだよ、メガネ君。この場を抑えて、何事もなく終えて……それで事態が解決するなんてあると思うの?だって――」
今もなお、目の前ではエルヴが息切れを起こしながらボルヴェルクに攻撃を繰り返している。
ボルヴェルクはあくまで冷静に防御魔法を展開しながらその攻撃をいなし続けていた。
ラントの目はそれ以上口にするなと訴えている気がした。
「ユーベル!!ダメだ……」
そんな彼の言葉をユーベルは柔らかい笑顔で受け止める。
―― でも無理だろうな。彼は優しすぎる。
「―― だって、ボルヴェルク卿の意図が分かっちゃうじゃん」
「僕には……理解が出来ない……」
―― こんな短い時間関わっただけで、誰かの死が嫌なのだ。
「ボルヴェルク卿はこんなにも――」
「やめろ!!」
―― いや……根っこにある想いは少し違うかもしれない。彼の願いはもっと単純だ。
「―― エルヴに殺されることを願っているのに」
―― きっと、私の手が、血に濡れることが嫌なんだ……
それは、ユーベルとは全く感覚と感性が違う。そんな願い。だから一緒にいたいと思ってしまう。
……だけどユーベルは決して自らの在り方を止められない。
だからラントとユーベルはそれぞれに立ち上がる。
✧ ✧ ✧ ✧
エルヴの攻撃魔法は、熾烈ながらもまだまだ詰めが甘い。そう思ったボルヴェルク卿はため息をついた。
「落第だ。命を取るつもりがあるなら出直せ」
「……くっ!!」
宣言と共に、片手で持てるワンドを振り、衝撃の魔法を放つ。それは勢いよくエルヴの正面へと迫る。
その魔法が、エルヴを吹き飛ばす刹那 ――
「―― 結論出すにはまだ早いんじゃない!?」
エルヴの正面に出たのはユーベルだった。
「ふむ、干渉するかね」
「なんとなくだけどね……、卿も膠着状態がお好みじゃないかなと思って」
「そうかね」
ボルヴェルクが手をかざした瞬間、2体の鎧甲冑が両サイドから飛び込んでくる。
「舌を噛まないようにね」
ユーベルはエルヴの襟をもって後ろに跳んだ。それと同時にボルヴェルクの放った魔法が、元いた位置をすり抜けていく。
「なるほど、一級魔法使いと言われるだけはある」
「どういたしまして」
ユーベルは着地しながらエルヴを解放する。それと同時に彼女は杖を構えた。
抜き身の刀のようにそれを薙ぎ払いながら魔法を唱える。
「――
■決裂と選択
ズタボロになった客間。背後には大きな切断痕。ボルヴェルク卿は平然と立っているが珍しく意外なものを見る表情となっていた。
「へえ……そうなるんだ……理由聞いていい?」
ユーベルは杖を向けたままにゆっくりと体勢を直しながら構えなおす。そんな彼女の正面にいるのは――
「ユーベル。僕は……認められない」
「そっか、メガネ君。本当に残念」
「この結果は判っていただろ……どうして介入した」
ユーベルは片手を口元に当てながら「ん~」と考える仕草をする。彼女のそのしぐさは相変わらずだ。
「今ので仕留められるなんて思ってなかったけど。でも、こうするのが一番いいと思ったんだよ。
みんな、終わりを望んでいる。だったらこんな地獄、終わらせてあげるべきだ」
後ろで聞いているボルヴェルク卿は小さく苦笑する。一理はあるとでも言いたげな様子にラントは舌打ちでもしたい気持ちになる。
「どいつもこいつも、どうかしている。卿!あなたは手を出すな!」
「……よかろう」
ラントは正面にユーベルとエルヴを捕らえて見つめる。
「退け。ユーベル」
「どうして?」
小さく息を吐いたラントは言葉を続ける。
「僕は今、分身体だ、君は戦う意味がないことは分かっているだろう」
「分身体を倒したら、本体のメガネ君は出てくるでしょ」
「……」
ラントが言葉もなく眼鏡の位置を直すようなしぐさをした瞬間――
――ドンッ――という衝撃音と共に一気にラントは距離を詰めた。分身体特有の戦法。
身体の負荷を無視した肉体の動作。もちろん、一流の戦士に比べると……というのはあるが普通の魔法使いには抵抗できないスピード。
二人とも取り押さえて壁にたたきつけるつもりだったが、ユーベルはエルヴを蹴り飛ばした。
「ぐっ……メガネ君……大胆だね……押し倒されるかと思った」
ラントの一撃でユーベルは壁に抑えつけた状態となる。
「ユーベルさん!!」
背後でエルヴが叫んでいるがラントは空いたもう一方の腕を彼に向けて「動くな」と告げた。
「ユーベル、エルヴ。復讐で殺そうなんて諦めろ。馬鹿馬鹿しい」
「でも……言ったところで卿は助からないよ……あれ……多分最後のチャンスなんだ……送ってあげなよ……」
「だからと言って……何故君が……」
ユーベルの言葉の意図が伝わらないのかエルヴは困ったように首を傾げる。
「ユーベルさん?」
「エルヴ……もう少し大人になれ。君が本当になすべきは復讐か?本当にそうなのか?何か見えていないことがある。そこに真実はないのか?」
ラントの言葉にエルヴは表情をしかめる。彼は手記をパラパラとめくり、目当てのページを見つけたらしく何かを唱え始めた。
それと同時に、今まで黙って見ていたボルヴェルク卿が表情を変える。
「その手記……持っていたのか……エルヴ。それだけは返してもらうぞ」
ボルヴェルク卿が手をかざすと、鎧甲冑がガチャガチャと音を立ててエルヴに近づいてくる。
「これは、父さんと母さんの形見だ!お前に渡すわけが――ユーベルさん!いったん退くよっ!!」
「いかん!止めろ!」
その様子にラントは目の前のユーベルへと声をかけた。
「ユーベル、どうする気だ?」
「メガネ君が……そうするなら、私は彼についてあげるよ……ほっておくのもなんだし、私の方針にも合ってる」
「なんで君が……やめろ……」
ラントの表情を見たユーベルは苦笑しながら、ラントの頬に手を触れる。
その瞬間ラントの頬に小さな傷がついた。おそらく彼女の魔法。
「本当に、メガネ君は優しいのに臆病で……寂しがり屋……そういうことは本体で言ってよ」
「ユーベル!」
「でも、メガネ君のそういうところ――」
エルヴの声にボルヴェルクは制止を命じるが間に合わない。
『―― 転送 ――』
エルヴの声と共に、その場からユーベルは消えてしまった。
『―― やっぱり好 ――』
そんなユーベルの声は虚空に消えて最後まで聞くことはできなかった。
✧ ✧ ✧ ✧
転移魔法。これは現在でも協会が研究している非常に高等な魔法だ。任意の場所に任意の人物や物を送れる。
たったこれだけのことで世界の事情が一変してしまうためだ。
かつて、それを使う魔族が存在して、勇者ヒンメル一行により討たれたからこそ無事でいる。
だが、今体験したことは何だろう?
ユーベルが見渡す限り、妙な場所にいる。ダンジョンのようで、どこか整い過ぎているぐらいに人の作った無機物的な造形の場所。
「ここは……領地の中にあるっていう古代遺跡?エルヴ。説明してくれるかなぁ?」
ユーベルと共に転移したエルヴは比較的近くにいた。肩で息をしているのは相応の魔力を消費したためであろう。
「……ここは、御察しの通りです。街の遺跡の内部になっています。コンソールルームと呼ばれていた場所ですが……現在はほとんど使えないと父と母は言っていました」
「で、今私達が何でそんな場所に移動したの?って聞いたんだけど」
ユーベルはしなるように腰に拳を当てて問いかける。
「それは……その……ユーベルさんは、僕の復讐に手を貸してくれる……という理解でいいんですよね?」
「ま、一応、そのつもりで良いかな? でも、何でもかんでも信じない方が良いよ。私は私の判断で動くから」
「……」
目の前のエルヴは視線を落とし思案している様子だ。
まあ、無理もないだろう。ラントの言葉が胸に引っ掛かっているのであればそれはそれで良いと思う。
「……信じます。味方でいてくれるように努力した方が良いと判断しました。この魔法の事、お話します」
それからエルヴはユーベルに手記に書いてあった魔法のことを説明し始めた。
古エルフ語で書かれたメモはこの遺跡の遺物の起動のコマンドなどに関わる内容となっているそうだ。
エルヴなりに解析した結果いくつか読めるようになったうちのコマンドが先のもの。
「要するに、ここに強制帰還する魔法って感じ?」
「そのようです。使える範囲も決まっていて、せいぜい町中が限界です。それと、一回使うと1日うんともすんとも言わなくなります」
「なるほどねぇ……転移なんてすごい魔法にも思えるけど結局理屈もわからず制約も多いって話ね」
どうやら、時代を変えるほどの魔法はまだ実現不能なようだ。装置が発動させる魔法となるとユーベルには全く再現できない。
「その手記。ボルヴェルク卿が随分警告したけど?」
「父と母の研究成果ですから……警戒しているのだと思います」
「そう……まあいいわ。これからどうする?もう一回突撃仕掛けに行く?それならそれでもいいけど……
ちょっとあの二人相手に分が悪いかな?」
おそらく、ユーベルはラントと真剣勝負になると膠着することになる。
理由は様々だが……ラントが殺す気でユーベルを襲わない以上ユーベルもラントを殺せない。
そういう風に動けない……昔はそうではなかったが、今はそうなってしまう。どうにもならない。
「少しだけ、手記の中に気になる記述があります……それを使えば……ボルヴェルクを僕でも討つことが……出来るかもしれません」
「そう……じゃあ君のその願いをかなえる手伝いだけしよう。でもそろそろ寝たほうがいいかな。ずいぶんと魔力衰弱を起こしている。一度に使い過ぎたね」
「は……い……あそこに……ねぐらを用意したので、僕は少しそこで寝ます。すいません」
どうやら帰巣ポイントとして準備をしていたらしい。片隅にテントの様なものがある。
「そう……じゃあ、お休み」
「はい……ユーベルさんすいません」
そうしてエルヴはテントの中に入って睡眠をとり始める。
それを見送ったユーベルは「さーて」と言いながら背後に振り返った。
「さっきからこそこそとこっちを監視しているのは何かなぁ……出来るだけ静かにしてくれるといいんだけど」
ユーベルの視線の先、物陰に奇妙なものがあり、どうもこちらを観察しているように見えたのだ。
■瘴気の街
何故か……ラントは現在、魔法で屋敷の中を掃除している。
差し当たっては……壁に空いた穴の修繕だ。とりあえず岩を集めて岩の魔法で固形化している。元通りではないにしても穴が開いた状態よりましだろう。
「すまないね……」
「いえ……」
一言謝罪してきたのはボルヴェルク卿。まったく妙な状態となってしまった。
「良かったのかね。相方と別れてしまって。恋仲なのではないのかね?」
ボルヴェルクの言葉にラントは一瞬ユーベルの残した言葉を思い出す。
『でも、メガネ君のそういうところ――やっぱり好――』
続く言葉は語るまでもなくということだが、彼女の場合その真意がよく分からない。
言葉の額面通り受け取っていいのか?自分はどう思っているのか?そもそもなぜこんなに戦わせたくなかったのか?
どうして彼女を傍に置き続けるのか?
そんなことを堂々巡りに考えた結果、首を振って答えることにした。
「……違います」
「そうか……私もつくづく見る目がないな。終始気にかけているように見えた」
「気のせいですよ……」
「分かった。深くは詮策すまい。しかし、後悔の無いようにしたまえ。”本当に大切なもの”を見失わぬように」
一通り、壁の修繕を終えて、再び卿は紅茶を淹れる様子だった。
「今度は飲むかね……?」
「……一杯だけ頂きます」
「そうか……では、少しだけいい茶葉を用意しよう」
そう言いながらボルヴェルクは奥の部屋に入っていった。
結局何が何なのだろうか?どう考えても街を焼いた領主なる人物はまっとうだ。
ラントの中で処罰するという結論が出ないような人物だ。
だが、彼は死にたがっており、終わらせるのが一番良いというのはユーベルの言葉。
「だからと言って許せるわけがないだろ……」
何が許せないのか、本当のところは上手く口にはできない。
意味もなく人が死ぬのは気が良いものではないし、自身もリスクは負いたくない。
―― 『メガネ君は私が傷つくのも嫌がるものね。相当だよそれ』
けれど、綺麗事も理屈も、何もかもを捨てて、抜き身の心が、どうしても嫌だと叫ぶことをやめてくれない。
「本当に迷惑だ……」
ラントはつぶやきながらも窓の外の焼け焦げた廃墟の街を眺めた。
ユーベルはエルヴの転移魔法の様なもので移動した。正直目を疑ったが、ボルヴェルクは心当たりがあると言っていた。
どうもユーベルの魔力はそこまで遠くに行っていないこともわかる。少なくとも街にいる。
「どうするつもりだ、ユーベル」
✧ ✧ ✧ ✧
エルヴの転送した遺跡のコンソールの部屋の中、ユーベルは自分を観測している何かの存在に気づいた。
「さっきからずっとこっちを観察しているけど何?」
手のひらに作った光源を部屋の天井へと投げる。どうにもこちらだけ視界が悪いというのはフェアじゃない。
部屋が一時的に明るくなった。エルヴが起きた場合は謝るしかないが。と――
正面に見えたのは多面体のオブジェクトの様なもの。目の様なものなのか多面体の隙間を赤い光が行き来している。
―― |Gast bestätigt. Herzlich willkommen.《ゲストを確認しました。心より歓迎いたします。》 ――
「ゲスト?私のこと?あなた達は何?」
そのオブジェクトの様なものはユーベルに興味をなくしたかのように飛んで出て行った。
いったいどういう訳なのか?しばらく観察しているとそれは数体いるようで、部屋の外に出ては戻ってくる。
そしてこの部屋の中央の大きな石碑へと飛んでいき、何かを注ぎ込んでいるように見えた。
『そのようです。使える範囲も決まっていて、せいぜい町中が限界です。それと、一回使うと1日うんともすんとも言わなくなります』
腕を組んで考え込んだユーベル。先の転送魔法で大きなエネルギーを消費したためリチャージが必要ということか。
「変なの」
遺跡とは不思議なものだ。あのようなゴーレムのようなものが宙に浮いて施設の管理をしている。
オーバーテクノロジーと言う奴だろうか。
「危害を加えてこないなら……いったん休ませてもらうかな……後ろのでかいのも……動かないみたいだし」
多面体のオブジェクトが数体飛び行く奥。一体だけそのまま巨大化させたような個体がいる。
先程から、小型の多面体と対話する様に体の各所を光らせている。
(私の魔法……通すイメージが湧かない……素材と構造がよく分からないものは面倒だな)
とはいえ、今ここで拘っても仕方ない。
明日は、とにかく対立したラントと手を組んだボルヴェルクの対策を考えねばならない。
「ねえ~、メガネ君どうしようか……って、そっか。いないんだったね……眠る前に、ちょっと寂しいかな」
部屋の明かりも無く、昼とも夜とも分からない空間。時間がどうあれ休むべき時に休むのが鉄則。
ここ最近は、そんな眠りの前に、お休みの言葉を返してくれる彼の顔を見ると少し嬉しかった。
そんなことを思い起こしつつ、ユーベルは遺跡の空間の片隅で膝を立てて眠りにつくことにした。
✧ ✧ ✧ ✧
屋敷の客間。出された紅茶は思いの外、香りの良いものだった。味も渋過ぎず、良好。
そして、それを淹れた目の前の男は、こちらを見るでもなく、手にもっている書籍を黙々と読んでいる。
「何を読んでいるんだ?」
「大したものではない、少し思い出したことがあり教え子が書いた本を読み返していた。
優秀な男でね、この町の中央にある遺跡を研究していた。なぜ、魔物が寄り付かないのかとね」
どことなく最近聞いた話だ。そう、考えるまででもない。
「エルヴの父親は、どうしてそんなことを」
「魔物が寄り付こうとしない原理が分かれば、それを人工的に再現し、フランメの結界がなくとも人を守れる。
始まりはその程度の話だったよ」
その程度、とはいうが重要な話だ。
人類史の1000年ほど前から存在する人類の魔法の開祖、大魔法使いフランメによって作られた結界。
その結界は大都市を維持するには必須のシステムとなる。
そして現状、同じものを作ることが出来ない。だからこそ、研究する価値がある。
「私と、教え子と、その奥方、3人でこの街の遺跡の扉を開け、中を調べていた。
今考えると、その時に既に間違っていたのだろうな。扉を開きさえしなければ、何も起こらなかったかもしれない」
ボルヴェルクは苦笑しながら自嘲気味に答える。
ラントは眼鏡の中央を指で押さえる仕草をしつつ言葉を続ける。
「結局、この町を襲ったのは何なんだ?
ボルヴェルク卿、あなたがこの街を焼いたのは、そうしないと被害が収まらなかったからだ。そんなことはおそらくユーベルでもわかっている。
エルヴは瘴気と言っていた。住民の変化の理由はそれだろう?何故それが出てきた?」
エルヴは、その瘴気と発生した病こそがボルヴェルク卿の研究であり、これは実験の結果だろうと言っていた。
「そうかね……まあ、確かに君から見れば奇妙で……滑稽だろうな。守りたいものに恨まれてまで体裁を整えている」
「それは……」
「人は時として絶望より、ウソでも怒りに身を任せていたほうが……生きやすい」
ラントは顔に手を当てて大きくため息をついた。
ボルヴェルクは紅茶のティーカップを持つ手、指が震えている。力が入りづらいのだ。
見ていれば分かる。日常生活を魔法で補助しなければならない状況なのであろう。
「あんたの境遇は同情するよ。だがそれは破滅の道だ。あの子の、お前も、誰も救われない」
「分かっているさ……分かっているとも……」
本当に、不器用な者たちだらけでうんざりしてしまう。
だがどうにかしなくてはならない。ユーベルは……この事態を動かすために彼女のやり方で攻めてくるのだろう。
ともすれば、エルヴの要望をかなえることも見越して。何故ならこのボルヴェルク卿が、贖罪の手段としてそれを見越しているからだ。
ユーベルはそれを察知してしまっている。だからあの時あのような形で動いた。
「そういう選択をすると僕が怒ると分かっていてやったな、ユーベル……本当に君は厄介なことばかり」
これから来るであろうユーベルを一体どう止めるべきかと悩みながら、ラントは紅茶を飲み干した。
~ 君の心のアイロニー to be continued ~