葬送フリーレン~アフターオレオール~ 作:rvr75_raiden
■君のいない日
「ん……」
旅慣れたユーベルにとって、寝る場所は覚悟を決めれば大抵の場所は何とかなる。
「これじゃ朝か、夜かわかんないねぇ……」
目を覚ましたユーベルが呟いた理由は単純。横たわっていた場所が古代遺跡のダンジョンの中だったからだ。
古代遺跡と言うのは奇妙な場所が多い。作りが粗雑だと魔物の住処になってたりするが、仕組みが生きていると妙な仕掛けやゴーレムのようなものが徘徊している。
ここは後者のような場所だったようだ。薄暗い中、常に多面体のようなゴーレムが飛び交い、整備を行っているようだ。
「やっぱり、メガネ君がいないと……味気ないね」
朝起きて、見つけたらすぐに絡みに行く日常……昨日まではあったのだが、無くなってしまった。
認識の違い、価値観の違い、ちょっとしたすれ違い。それがあることは判っていた。
それでも、うまくいっていると、隣にいることは心地よいと思っていた。だけど近くにいればいるほどに欲しくなってしまう。
「……メガネ君。今どこにいるのかな……?」
もちろん、あの屋敷に残っていることぐらい分かっている。ユーベルが知りたいのはそれではない。
―― 本物の感情が欲しい……
願えば願うほどに逃げる彼は、いったい自分の何を見て、何を思い、傍にいてくれたのだろうか。
ユーベルはただ――
「それだけ教えてくれたら、良かったのに……」
ぽつりと漏れた独白は、薄暗いダンジョンの空気に寂しく溶けていく。
✧ ✧ ✧ ✧
――
背後から声をかけてくる巨大な多面体のゴーレムは、手も足もない代わりに小型の多面体を操作しながら設備を整備している。
小型を収納する穴がいくつか開いているが、半分ほど空席。動いている小型のゴーレムは指折り数えられる程度。
「壊れかけてるんだね……なんでまだ動いているのか不思議なぐらい。流石古代遺跡」
移動しながらも、小さなテントの方向を向いたゴーレムは、その先にいる人物を確認したように、ピッと音を鳴らす。
―― |Schütze das geliebte Kind. Seine Befehle haben höchste Priorität. 《愛し子を守り、その命令を最優先に設定》――
「――ん?」
なんだか妙なことを言っていたが……ユーベルとしてはこの設備が何なのかは現状把握しきれない。
さて、なぜユーベルがこのような場所に来ているのかと言うと――
大陸魔法協会の要請で訪れた北側諸国のとある滅びた町。
そこは魔族や魔物被害ではなく、領主の暴虐によって焼き払われたという報告が上がった。
ラントとユーベルが受けたのはその地の実態の調査だ。その愚行を本当に行った場合の粛清の指令までは帯びてはいない。
その道中、領主の被害にあったという一人の少年エルヴと出会う。
彼は謝礼を出すので悪徳領主であるボルヴェルクを討つのを手伝ってほしいと依頼してきた。
当然、ラントはこれを拒絶したものの――
それでも食い下がる歳若いエルヴを放置も出来ず、案内も兼ねてボルヴェルクのもとへ向かうことにした。
ボルヴェルク卿と話して、ユーベルにも分かったことがある。
エルヴは両親の仇として討ちたがっている領主。民と町を焼いた領主。その男は、ただひたすらに死という救いを待ち望んでいた――
✧ ✧ ✧ ✧
ボルヴェルク卿の屋敷で目が覚めたラントは、眼鏡を取って起き上がる。
「そうか……ユーベルはいないのか」
目覚めて一番に妙ないたずらを仕掛けてくるのでなんとなくそれが習慣化していたのだが。
彼女より若干先に目を覚まして先手を打つ。そんなことが当たり前になっていた。
「……まあ、いい」
何とも言えない気分を抱えてラントは手早く着替えた。
一応、腐っても領主の屋敷、ベッドで寝ることができたのは僥倖。野営に比べると随分体力も回復した。
溜息をついた後、居間に行くとボルヴェルクが紅茶を飲んでいた。
「朝食をとらないのか?」
「簡単には食べているよ、あまり貯えも潤沢ではない上に私は食が細いのでね。必要があれば勝手にしてくれていい」
給仕をする者がいない状況であればそうなるだろう。
やせ細っている、という程ではないが目の前の人物が健全な状態とは傍目にも見えない。
「お構いなく。一応、それなりに旅慣れているのでね。ベッドで寝れるだけで上等だ」
「……そうか。それで、どうする?君は道を違えた相方と、そのままで良い訳がないのだろう?」
それはそうだ。次の手が難しい。しかし、エルヴの目的を考えるといずれここに何らかの対策の上で来るだろう。
「殺す気で攻めて来るユーベルとエルヴ……防御に回るしかない卿と僕か……あまり勝負の結果を考えたくないね」
「難儀なことだな」
ボルヴェルクは静かに自嘲気味な笑みを浮かべる。他人事のようにされて困るのだが。
「卿、改めて聞かせて欲しい。この町にあった遺跡は何だったんだ?この町を覆った瘴気と言うものは結局は一体何なんだ?」
ラントの問い掛けにボルヴェルクは紅茶をソーサーの上に置いた。
「話しておくべきか。君は信頼できるのかもしれないな」
ボルヴェルクはぽつりとこぼし、上着のボタンを外し始める。意図が読めないラントは訝しみながらもその様子を観察する。
「瘴気の影響とは……こういう物だ」
『瘴気』と簡単に言うが、別に瘴気と言う名前の毒気があるわけではない。呪いと一緒だ。
空気に交じり、人に浸透し、理解不能な現象で人に害を及ぼす毒気。それは病の類であったりと様々ではあるが……
「……身体が、魔力になって拡散を……」
ボルヴェルクの上着の中から見えた横腹、黒ずみ、うっすらと境界がぼやけて、少しずつ魔力として拡散している。
「これでも、私は魔力抵抗が高く……影響は少ない方だ。強い精神を持つ者や強力な魔法使いであれば、一定量は耐えられる」
「なんでそうなった?何故あんたが浸食されている?」
「聞くかね?くだらない理由だ」
✧ ✧ ✧ ✧
「……おはようございます。ユーベルさん」
「おはよう。よく眠れた?」
仮眠……と言うには長時間眠り続けていたエルヴが目覚めた。
さてどうするべきかとユーベルは彼に問いかける。
「どうするの?ボルヴェルク卿にリベンジしに行く?」
「いえ、少しだけ準備をしたいなと……僕では単純に勝てません。ユーベルさんはきっとラントさんが抑えに来ると思うので……やはり単純に僕が何とかしないといけないと思うのです」
「そーだねー。私は多分メガネ君が止めに来るだろうねぇ」
きっとラントはユーベルが手を下すことを許してはくれないだろう。
だからと言ってエルヴがボルヴェルクを殺すことを指をくわえて見ているタイプでもない。
「それで、昨日言っていた気になる記述ってのは?」
「はい、この遺跡の力を使います。この手記の中に記録された『砲撃』の機能を使えば……」
エルヴに渡された手記には古エルフ語で書かれた説明文が見える。
部分的に解読された内容を読み解くとどうやらこの遺跡の機能を使って攻撃する方法があるようだ。
「僕はどうやら、この遺跡の管理権の代行する立場らしいのです。ボルヴェルクに向けてマーキングして砲撃を討てばあるいは……」
「砲撃ってどれぐらいの威力と範囲?あと、今まで屋敷事吹き飛ばさなかったのはなんで?」
ユーベルは素朴な疑問を口にする。それで解決するならさっさとぶっ放せばよかったのだ。
「解読できたのが……つい先日で……あと、呪文と共に対象を正確にマーキングする必要があるらしく……」
「なるほど、対峙しないとダメなわけだ……で、それってどれぐらいの威力なの?」
「正確には判りませんけど……手記によるとかなりの被害を出せるようで……」
流石に妙な感じがするのでユーベルは突っ込んで確認する。
「それ、本当にそういう用途の物?それだと指示した人が爆心地にいることにならない?」
「……それは、本当はマーキング用の子機のようなものがあったらしいのですが……」
ふと昨晩みた多面体のゴーレムを思い出す。
「あー、あのゴーレムみたいなやつか」
「見たのですか?多分そうだと思います」
要するにマーキング用の子機が無いから、操縦者自ら自爆攻撃のような状況になる。
「それで行こう、って作戦にはならないなぁ……威力によっては私達全員死んじゃうよ?良いの?」
「……タイムリミットを設定できます。ボルヴェルクをマーキング後、3時間程度の時間を空けて発射すれば。
ユーベルさんはラントさんを説得して退避してください」
「なるほどね……エルヴは本当にそれでいいんだね?あの男を討つ。後悔はない?」
ユーベルが確認するとエルヴは強い瞳で頷いた。
「分かった。でも、その手段は奥の手にしよう。まずは、普通に戦うべきだ」
「だけど、僕の魔法では……」
「エルヴは、魔力や魔法の精度に関しては悪くはない物を持っている。だけど戦い方が下手だね……」
ユーベルは杖を取り出し、おもむろに歩き出す。
「ユーベルさん?どこへ?」
「ある程度好きに動いていい場所ある?ここって、制御するようなものが多いんでしょちょっと移動しよう?」
「分かりましたが……どうして?」
「本当は、付け焼刃の技術を身に着けて戦場に送り出すなんて良い事じゃないけど……まあ、でも教えてあげるよ」
「……なにを?」
エルヴが恐る恐るといった様子で立ち上がると、ユーベルはニヤリと笑う。
「付け焼刃の技術」
これで、少しはラントの機嫌も直るだろうか?それとも、危険なことだと怒るだろうか?
「……怒ってくれてもいいから、声が聞きたいよ、メガネ君」
誰も聞いていない小さなつぶやきは虚空に消える。
結果論から言えば自身の招いた事態でもある。でも譲れなかった。あのままラントの望む停滞的な解決はきっと誰も救えない。
本当の最適解はいつだって分からない。それでも前に進むことでしか掴めないものはあると、ユーベルは思うのだ。
■封じられたもの
「エルヴの両親は、遺跡の研究家だ。前にも言ったな、魔物の寄り付かぬこの地の原因を調査しに来ていたと」
「ああ。だが、肝心の話を聞いていない。それが何故こうなった?瘴気との関係は何だ?」
昨晩は結局、ボルヴェルクに無理が出た。結論を聞けずじまいだった。
「あの遺跡に眠っていたのは……古い時代の実験兵器のようなものだった。
はるか昔、それこそ魔王が人類と対立し始める前の時代までさかのぼる……そんな時代に作られた……と思われる」
「1000年を超える程昔の話になるな……何の兵器なんだ?」
ボルヴェルクは少し躊躇ってからラントに説明する。
「一体の魔族が使った失われた魔法。人のような意識を持つ者の精神と肉体と魔力の境界を曖昧にし、全てを作り替える。
そんな魔法を再現しようとしていた。かつて存在したその魔法は……人に魔物の力を与えていたらしい」
「そんなものをどうして?」
「さあな……強いて言うなら……」
ボルヴェルクは苦笑のような……いや、もっと深い笑みを浮かべる。
「―― 悔しかったのであろうな、理解不能な魔法の存在が。いや、あるいは怖かったのか……?」
「……」
ふと、ラントが思い出したのは、他者の気持ちを共感して魔法を理解しようとするユーベルの事。
―― 『メガネ君の事が、ちょっとわかった気がするよ』
「理解不能ね……」
こんな時にも思い出してしまうあたり、自分もどうかしている。
「その遺跡の技術はその目的を半分程度達成していた」
「半分?」
「生物の身体に宿る魔力を魂と肉体と共に乖離させる……」
なるほど――と、ラントはため息をついた。それは……そんなものが、空気のように伝播するならばそれは瘴気と呼ぶにふさわしいだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
「はい、チェック」
「か……は……」
仰向けに転がされたエルヴは、背中を撃った衝撃で息を吐き、その首筋に杖を当てられた。
「筋は悪くないんだけど、経験不足だなぁ……」
「ゲホ……ゲホッ……くっ……」
「どうする?もう少し試す?」
「……お願いします」
少年の返答にユーベルは満足そうに頷いた。
「いいねぇ。男の子はそうじゃなくちゃ」
あれから、別のフロアに行くと広い空間があり、ここでなら下のゴーレムも反応しないということだった。
甘ければ反撃をするという前提で、ユーベルはエルヴに攻撃魔法を撃つように命じ、これで通算15回目の失敗。
だが、少しずつマシになっている。最初は回避したユーベルの攻撃1手でやられていたのだが、徐々に必要な手数が増えている。
『私はこういうの上手く伝えられないけど、でも考えてみてよ。相手も考える生き物なの、ましてや年上の魔法使いだよ』
単純な戦略で攻めれば、当然のようにあしらわれる。だから、闇雲に攻めず、反撃も考慮に入れて対応力を高める必要がある。
一朝一夕で上達はしないだろう。だが、実体験として身をもって知ることは重要なのだ。
知恵比べでも魔法比べでも負けるかもしれない。だが……エルヴが一点勝てる要素があるならば――
「……お願いします……もう少しだけ……」
震える膝で立ち上がったエルヴは真剣な眼差しでユーベルを睨む。何度も立ちふさがり、攻撃魔法を放って薙ぎ払われても諦めない。
―― おそらく、ボルヴェルクはこの少年を殺せない。
―― おそらく、ボルヴェルクはそれほどもう長くはもたない。
―― おそらく、ボルヴェルクはこの少年に討たれることを望んでいる。
倒れなければ、きっと勝ち目はあるのだろう。
(ごめんね、メガネ君。私にはこのやり方しか納得がいく方法は分からないよ)
✧ ✧ ✧ ✧
ボルヴェルクの説明を聞いたラントは、これが真相の半分であると理解した。
町を焼いた理由は、もうおおよそ予想がついた。
「ボルヴェルク卿、それは、人から人に感染しうるものなのか?例えば僕に……」
「そうだな、感染はしうる……が、君は平気だろう。君は私より遥かに高みにいる魔法使いだ。言っただろう強い精神を持つ者や強力な魔法使いであれば、一定量は耐えられると」
「つまり、魔力制御が未熟な者が感染しやすいと?」
元が魔族の呪いで、それを魔法的に再現しようとしているのでさもありなんと言ったところかとラントは納得する。
「今はもう、この町に瘴気はない。緩やかに感染した私一人だ」
「それが、町を焼き払った理由か」
「……気化した瘴気は魔法で対消滅させることが出来た。本物の魔法はどうだか知らないがね……人工的に作ったものの限界だったのだろう。だが……感染した人はどうにもならなかったんだ」
そこからの地獄は推測に難くない。もはや領主として、そうせざるを得なかったのだ。
下手に救援など呼ぼうものなら、二次被害、三次被害と広がっていく。
「ボルヴェルク卿、もういい。分かった。もう一つ聞かせてほしいことがある」
「何だね?」
「肝心の話を聞いていない……
ずっと違和感があった。魔物が寄り付かないからこの町の遺跡に希望を見出したと言っていた。つまり、瘴気の事故は後付けだ。
何故この町に、瘴気が充満し、人々は感染してしまったんだ?」
おそらく、嗅覚のきく魔物はこの瘴気を嫌がって近寄ってこなかったのだろうが。
人は村を町にするほどには住めたんだ……無論、時折の奇病で死者は出たかもしれないが……魔物に襲われる確率に比べれば非常に低い程度だったのだろう。
だからこそ、その原因がある。
ボルヴェルクは大きくため息をついた。
「勘が良いね。素晴らしい事だ。君は優秀な魔法使いなのだろう。これは彼には……エルヴに話さずにおいてくれると助かるよ」
ようやく……事の真相を知ることが出来る。
無論、知ったところでまだ何も解決はしていない。ユーベルも隣にいない。
「遺跡は、うっすらと瘴気の匂いを漂わせ、魔物たちを寄せないという副次的な効果を持ったまま休眠していた。そんなくだらない効果に夢を見て研究していた」
後悔するように俯きながらボルヴェルクは語る。くたびれた老人が、もう戻ってこない日々を後悔しながら語るように。
「だが、地獄の蓋は開いてしまった。調査と研究の末に起動してしまった。私の教え子夫婦たちが希望をもって起動してしまったそれは、一つの地獄を生み出した」
「要するにそれは……」
確認しなくてもわかることだ。ボルヴェルク卿がエルヴに語りたくない事実。
「そうだ。私と……私の教え子であり、エルヴの父親と母親が起動してしまったが故に、瘴気がこの町を満たしたのだ」
もはや口を開かない人物たちもこの状況を生み出した原因でもあり、エルヴの復讐心の楔ともなっている。
そしてボルヴェルクはその復讐が正当であり自身は裁かれる立場であると思っている。
この落ち着かない状況に決着をつけるためにはまだまだ、やることは多いのだろう。
■報復の備え
遺跡の中の一室。エルヴはユーベルの攻撃を防御魔法で防ぎながら、遮蔽物に向かって走る。
「そうそう、動きながら次のアクションを考える」
一方のユーベルは、エルヴに向かって一般攻撃魔法を畳みかけていた。
「くっ!」
容赦なく飛んでくる魔法に怯みながらもエルヴは必死に思考する。
弱いままでは目標は達せられない。あの男は討てない。死に目も見られなかった父と母の無念は――
「ほーら、どうするのー? 隠れたままだと詰められるよー?」
魔法を放ちながらカツカツと詰め寄ってくるユーベルの足音が聞こえる。
少しでも、覗こうと顔を出せば確実に撃ち抜かれる。
(ならっ!!)
明かりを作る初級魔法、これをありったけの魔力で圧縮する。
自分が扱うのは粗雑で拙い魔法だ。でも悪あがきは出来る。エルヴはそれを遮蔽物の外へと放り投げた。
ユーベルはそれを見た瞬間に間髪入れずに打ち抜くが――
―― カッ!! ――
「へぇ……」
エルヴが放り投げたのは明かりの魔法だが、かなり魔力を込めたのか強い閃光となった。
ユーベルは左手で光を遮りながら感心するように呟いた。
「そうそう、そういう感じ。やれることは何だってやればいい」
ユーベルの耳に微かな足音が聞こえる。駆ける音。
「 ――
「――あと、もう一歩だね」
光を遮った左手の刺客を狙って横から走ってきたエルヴ。
右手を突き出しながら魔法を放とうとした刹那にユーベルの上半身が視界から消えた。
瞳を閉じたユーベルは一瞬で体勢を低くして屈む。彼女は回転しながら足を払うように伸ばした。
「うわぁ!!」
ひっかけられるように踏み出した足を取られ、エルヴはバランスを崩して転倒した。
「発想は悪くない。音も封じるべきだったね。足音で接近がばれちゃうよ?」
仰向けに倒れたエルヴに杖を突きつけながらユーベルは苦笑する。
「でも、まあ、今はこれぐらいかな。即興で私に教えられるのは……どうだった?」
エルヴは悔しげに起き上がり口元を拭う。唇の端が切れているのか、血が滲んでいた。
男の子らしく、圧倒されたのが悔しいのか、それとも努力が届かないのが悔しいのか、目には涙がたまっていた。
「あり……がとう……ございます」
「どういたしまして。格上に対して前みたいに打ちまくったらダメだよ。相性で覆るものもあるけど、ジャイアントキリングにはコツがある」
「はい……」
ユーベルは少年の手を取って立ち上がらせた。
「これからどうするの?」
「装備を整えて、攻め込む準備をします」
「わかった、じゃあ一緒に整えようか。君の仇を殺せるように――」
エルヴは目の前の女性が自分の味方であることにありがたみを感じつつも、畏怖も感じる。
自分は復讐でこうなってしまったが、彼女には何もない。何ならラントと袂を別ってしまった。
どうして、こんなに簡単に割り切ってしまえるのだろう?
「どうしたの?」
薄く笑う彼女の表情からエルヴにはその感情は読み取れなかった。
「いえ――」
✧ ✧ ✧ ✧
「ラント君。君にお願いしたいことがある」
「なんだ?」
ボルヴェルクは操っている鎧に小箱を持ってこさせ、自らの手で受け取る。
「これを……受け取ってくれないか? 君なら、いずれ正しい方向へと使ってくれると思う」
「正しい方向?」
ラントが手渡されたのはスクロールと、いくつかの霊薬のような小瓶。
「私の人生に何か残せるものがあるとするならこれぐらいだ。他に何に役立つのかもわからない。だが贖罪だ。あるいはいずれ。どこかで誰かを救う可能性につながるなら……託す価値があるかもしれない」
「僕が来なかったらどうするつもりだった?」
「何もかも封印して……誰にも知られることなく燃やして消える……それでもいいと思っていた。
だがなんでだろうなぁ……」
ボルヴェルクは顎に手を当てながらため息をつきつつも苦笑した。
「こうして、君に託して……もし未来の誰かを救うならそれもいい気がしてきた」
「この薬は?」
「私のようにならないようにするためのものだ。保険として受け取ってくれ」
ラントが露骨に嫌そうな顔をすると、ボルヴェルクは付け足すように説明を加える。
「変なものではないさ。単純に魔力出力を一時的に上げる霊薬だ。魔法協会でも取り扱っているだろう」
「そんなもので効果があるのか?」
「自己の魔力で打ち消せれば、瘴気の効果はおさまる。一般人であれば効くかどうかは五分五分だが、お前達なら効果は高い。
大暴走の日、たまたま持っていた物をエルヴにも飲ませた。気を失ったので、ボックスの中に保護したが、それが幸いしたな」
ボルヴェルクの言葉に納得したのかラントはため息をついてスクロールと霊薬の瓶を、道具入れにしまった。
「預かっておこう」
「ありがとう……」
ラントは静かに首を振ってそれに応じ、改めてボルヴェルクに向き直る。
「これから、おそらくユーベルたちが来る。正直、本気になったユーベルの相手を卿にやらせるわけにはいかない。
ユーベルはああ見えて一級魔法使いとして高い戦闘能力を持っている。魔法使いが正面切って戦うには厄介な部類になる」
「ふむ……どうするのかね?」
さて、ここから先、申し出てしまった場合、もう退くことは出来ない。
いや、ユーベルが消えてしまった日から退くという選択肢はもうないのかもしれない。
「僕が撃って出よう」
✧ ✧ ✧ ✧
手記を片手にコンソールを操作するエルヴの様子をユーベルは静かに見守っていた。
「それで、あとは……」
あまり気が進まないが、砲撃の準備は進めるらしい。ユーベルとしては無粋な方法にも思える。
被害規模も読めない攻撃というのもあまり彼女の好みではない。
(まあ、やりたいようにやらせてみるか……)
乗り掛かった舟ではある。彼のやりたいようにやらせて、一級魔法使いなりに必要であれば尻ぬぐいはしてやろう。
ぼんやりと思惑を巡らせ、ユーベルは苦笑する。――らしくない。
数年前なら、自業自得と切り捨て、静観していたようにも思う。
―― 『ユーベル、エルヴ。復讐で殺そうなんて諦めろ。馬鹿馬鹿しい』
―― 『でも……言ったところで卿は助からないよ……あれ……多分最後のチャンスなんだ……送ってあげなよ……』
―― 『だからと言って……何故君が……』
(なんでだろうね、教えてよ、メガネ君)
一方でエルヴの方には多面体のゴーレムが寄ってきている。
「これから、ここは重要な機能を担う場所になる。護衛を頼むぞ」
――
そう答えた多面体のゴーレムは暗闇に消えていった。
■入り口前の再戦
屋敷の入り口前の生垣に座りながらラントは空を見上げる。
少し前まで一人でいるのが当たり前だったのに、いまは少しだけ退屈を感じている。理由は明らかだ。自嘲気味に口元を緩めた。
徐々に近寄ってくる魔力の気配に安堵している自分がいる。これからすることを考えると、おかしな話ではあるのだが。
空は……あたり一面の焼け跡から雑草の生え始めた荒廃した風景に比べて、のどかないい天気だ。
「本当に皮肉だな」
「――メガネ君ほどじゃないよ」
声のした方向を向くと、そこにはユーベルが立っていた。その後ろにはエルヴが立っている。
「ユーベル。エルヴ。来たか。話し合いをしに来た……とは言い難いか。どうしてもやるのか?」
「そうだねぇー。私は白黒つけた方が良いと思うよ。卿も望んでたよね?」
「……」
ユーベルの意見は変わらず。エルヴに視線を向けると睨むような表情で頷いた。
「どうして、そうなる……やった後に何がある?」
「わかってよ、メガネ君。人にはそうしないと収まらない気持ちがあって……前に進めない時もあるんだよ」
その場にいた全員が杖を出して構える。もはやこれ以上言葉は不要ということか。
「いいね。メガネ君。命いっぱい痴話喧嘩しよう……夫婦喧嘩?」
「いつ結婚した?恋人でもない」
「そっか、残念」
ユーベルが杖を振るい、
ラントは眼鏡を整えながら防御魔法でそれを防いだ。
(エルヴは……走り出した?)
ユーベルの行動を見て、杖を持ったエルヴは走り出している。彼の正面足元に警告程度に衝撃の魔法を放ったら急停止した。
「メガネ君。分かるよ。本体も近くにいるね」
「……君が相手だと手が抜けないからね」
「本当にそんな理由?私が恋しいからじゃないの?」
槍のような先端の杖を構え、一気に距離を詰めてくるユーベル。
「
「メガネ君が、それを想定してないはずないのは分かってるからね。分身体にそれを掛けたら……私は視線を動かせなくなる」
視界にとらえたものを、魔力も動作も含めて拘束するソルガニール――これは一対一だとかなり強力な魔法だ。
だが、それ故に大きな欠点もある。相手の全体を必ず視界にいれないと効果が持続しない。
分身体であるラントを拘束すると目の前のユーベルはそれを視界にとどめ続ける必要が出てくる。
(流石に引っかからないか……)
あわよくば、使った瞬間を狙って昏倒させるチャンスもうかがっていたのだが、そう甘くもないらしい。
彼女のセオリーに従って攻撃してくる。
✧ ✧ ✧ ✧
エルヴは二人の闘いを注視しながら……状況をよく観察している。
二人の間で幾度となく交わされる挑発的なやり取りが、かつての両親の口喧嘩を思い出させる。
両親もまた、どちらかが失敗をしでかすたびに、似たような言葉を掛け合っていたはずだ。
皮肉のような言い回しは愛の裏返しのようなジャブだったのだろうと今にしては思う。
「僕が……全部終わらせれば」
エルヴから見て、ユーベルは恩人のような人だ。彼女はエルヴの味方をしてくれるが、ラントのぬくもりを求めている。
傍目から見ても伝わってくる。互いを思い合う二人を引き裂くように、自分は今、復讐を果たそうとしている。
『メガネ君は……多分私を傷つけるような攻撃はしたがらないからなぁ。私はそれぐらい強引でもいいんだけど』
『昏倒するような攻撃を防御や回避の合間にずっと狙ってくると思う』
ユーベルのラント評は的確そのものだ。彼は終始ユーベルの隙を狙いながら防戦を続けていた。
それでも高度に拮抗するのは、さすがは一級魔法使いというところか。
さらに、二人の様子を見て通り過ぎようとするエルヴにも、警告のような攻撃を仕掛けてくる。
「動くな……」
「っっ!?」
背後から杖を突き付けられた。目の前でユーベルと戦っているラントだ。
(本体!?もう一人の分身体?分からない……)
「ユーベルの体力が尽きたら、拘束させてもらう。その上で話そう。エルヴ」
ユーベルの方を見ると、戦いの動きを止めることなく彼女は一瞬エルヴに視線を向けて笑った。
「エルヴの好きにやりなよ。やり方は教えたでしょ」と言わんばかりの表情だ。
きっと、彼女は直接助けてはくれない。
「ご両親の手記、渡してもらうよ」
ラントは杖をエルヴに向けたまま、エルヴのカバンへと手を伸ばす。
(このまま、何もせず奪われたら……今まで苦労も、ユーベルさんの協力も、全部無駄になってしまう)
父と母の笑顔も、町の風景も、幸せだった日々も、全部燃えてなくなった。
どんな事情があっても、そんなことが許されていいはずがない。
(だから……まだっ!!)
エルヴはその場にしゃがみこんだ。地面に手をついてイメージを固める。
『メガネ君は脅迫してきても、本気でエルヴを撃つってのはないと思うよ。気絶ぐらいは狙ってくるけど、多分一瞬のためらいがある』
ここに来る前にユーベルから聞いた言葉。
「っ!?」
「――
わずかな隙を突いた目くらまし。巻きあがった土煙が辺り一帯を覆い隠す。
背後でラントが一瞬たじろぐ気配を察した。
(今なら!!)
エルヴは、ラントが伸ばした手をすり抜け屋敷に向かって走り出す。
✧ ✧ ✧ ✧
「しまった……」
子供と思って舐め過ぎた。少し前に一般攻撃魔法を乱射していた少年とは思えない行動に驚きつつ、ラントは走り抜けている方向へと杖を向ける。
「くそっ」
ここに来る前にボルヴェルクと約束していたことがある。エルヴがラントの拘束を受けずに抜けたら自分の元へよこしてくれと。
『君に免じて、一方的に討たれるようなことは無いように約束しよう』
事前の約束を信じて杖を下ろしたラントは、小さくため息をついて分身体を解除した。
今はとにかくユーベルを何とかしないといけない。
■勝者と敗者
屋敷前の壮絶なる戦いの中、ユーベルの攻撃は熾烈を極める。それは門の前にあったものが、何もかも八つ裂きになっている光景が物語っていた。
(当たったら死ぬな……)
もちろん。ユーベルに対峙しているのは分身体のラントゆえに死にはしない。
それが分かっていて容赦なく攻めてきている気がする。
「ユーベル。分身体とはいえ、傷を付けられたら血が出るんだけど」
「そうだね。メガネ君の分身は本当によくできてるから。動揺させたいなら本体で来てよ」
「……そんなこと言われてノコノコ出て行ける人居ないよ」
「……そう。普通の人は分身も使わず私の前に立つけど?」
どうにも話が通じない。
「本当の心で抱きしめてよ!」
そんな言葉とともに、ユーベルは袈裟斬りのような軌道で魔法を放ってくる。紙一重でそれを躱す。
分身体は本体との魔法的な通信に遅延がない限り二つの利点がある。
自身の肉体の限界をギリギリまで使える。通常の身体の神経や痛覚を遮断して行動できるからだ。
もう一つは、思考と行動に対してラグがないことだ。おそらく達人クラスの戦士と比較すると及ばないことも多いだろうが、それでもユーベル相手であれば有利も取れる。
だが、ラントがユーベルに勝てるイメージが明確には湧かない。
何故ならユーベルの直感による行動はラントには理解ができない。行動程度ならいい。
ユーベルの恐ろしいところは、その感性が魔法にまで及ぶことだ。彼女ができると思ったことは魔法に作用する。
もちろん、現実を覆す現象には膨大な魔力が伴うが――
「ほらほら、メガネ君、いつまで避けるつもりかなー?っていうか反撃してよー」
言い方は呑気だが、いずれの攻撃も致死量。防がなければ身体が引き裂かれる。
彼女はそこいらの魔法使いに比べると魔力量は桁違いだ。本気になれば一軒家をなます切りにして見せるイメージを構築できるしそれを実現する魔力を持っている。
「私の事、そんなに好きなの~?攻撃できないぐらいにぃ~?」
「くっ!!いい加減に……」
あまりに無茶苦茶な言い様と挑発に若干腹が立ったラントは一歩を踏み出す。
「しろっ!!」
防御魔法の隙間を縫って、捕まえるつもりで伸ばした右手。ユーベルに向かって伸びたそれは――
「へぇ~、それで、どうするの?」
「いや……ちょっと、これは」
柔らかい何かの感触が手に当たっていた。
「えっち……」
「くっ」
たじろいで一歩下がった瞬間、体が動かないことに気づいた。
「しまった……」
「逃がさない」
速度優先で放たれたユーベルの一般攻撃魔法。それを正面から受けたラントの分身体はその場から掻き消えた。
✧ ✧ ✧ ✧
屋敷内の廊下には何も遮るものは無い。意図が読めない。油断もできない。
エルヴは杖を握りしめながら中央の間へと進んだ。そこに、まるで招くように魔力を放っている人物がいる。
「ここか……」
正面の扉の先。これを開けると親の仇であるボルヴェルクがいる。
両親を殺し、領民を焼き、領地の家も焼き、何もかもを灰燼へと消し去った張本人。
エルヴを領地の外へ追放した男。
「ボルヴェルク……!」
扉を開き、杖を構えながらゆっくりと中に入ると椅子の上に座った男がいた。
「来たか……」
大丈夫だ。自分は冷静。決して我を見失っていない。
『ジャイアントキリングにコツがあるんだよ』と言うユーベルの言葉をよく反芻しながら観察する。
相手は格上の魔法使い。普通に打ち合っても万一にも勝ち目は存在しない。
「ふむ……前よりマシになっているな。随分とかの御仁にしごかれたと見える。いい経験に成ったろう」
「うるさい!」
以前の記憶とは異なる。正面に対峙するボルヴェルクは、不思議なほど疲弊した病人のように見えた。
かつて畏怖した男は、これほど弱々しかっただろうか。もっと邪悪で凶悪な怪物ではなかったか――
「始めるかね? 私としては、君の持っている手記。それは回収せねばならないのだ」
「これは、父さんと母さんが僕に残したものだ!」
「お前はそれの正しい意味を知らない。手放せ」
「断る! ――
手近にあったものを石礫とみなし、弾丸として利用する。本来の使い方ではないが。想像による応用。
「悪くはないが、粗暴なやり方を学んだな。折角の家具が台無しだ」
ボルヴェルクはその場から動くこともなく、細かい防御魔法を部分展開しながらその攻撃をいなしていく。
そうしている間にエルヴは魔力を抑えてソファーの後ろに身を潜める。そして――
「そこか!」
ガタっと音のした方へボルヴェルクは魔法を打ち込む。しかしそこにエルヴの姿はない。
足元に転がったものを魔法ではなく手で投げたのだ。
訝しんでいるボルヴェルクがこちらに気付かぬ間に、杖に魔力を込めてソファーから身を乗り出す。
「喰らえ!」
渾身の魔力で撃たれた、火球の魔法。これで多少はダメージが取れるはずだと確信をもって撃ち込んだ。
✧ ✧ ✧ ✧
門の前のユーベルは意外そうなものを見るように驚いた表情を見せてからニマリと笑う。
「こういう時に本体で出てくるなんて珍しいね。ソルガニールで拘束したら詰みだよ?」
「そうだな……」
だがユーベルも油断はしない。本体と見せかけ、寸分違わぬ精度の分身体を送り込んできた可能性を捨てきれないからだ。
警戒を保つ彼女の前で、ラントはおもむろに両手を上げた。
「降参だ。これ以上ユーベルと戦う意味がない。僕は君を痛めつけたくもないし、拘束する意味もない」
「そう……じゃぁ、勝利者として何を要求しよっかなー?」
両手を上げたラントはうんざりした表情で目をそらす。
ユーベルとしてはもっと狂乱を味わいたい気持ちもあるが、どうやら本当にここまでのようだ。これ以上ラントを追い詰めるのも流石に可哀想に思えた。
「罰ゲームで膝枕の耳掃除の刑ってどう?」
「……断る。血まみれになりそうだ」
「でも、いま、ちょっとだけ間があったねぇ」
ユーベルは人差し指を頬に当てながら顔を傾けて嬉しそうに笑う。
いつもの軽妙なやり取りを交わしながらも、ユーベルは冷静に状況を俯瞰する。
屋敷内ではエルヴがボルヴェルクと対峙しているはずだ。彼なりの結論を出してくれればユーベルとしては及第点。
だが、彼が件の遺跡の機能を使わずにいてくれるかは五〇%といったところ。
「ユーベル。エルヴにどれだけ入れ知恵をしても、彼にはボルヴェルクは討てないぞ」
「そうだろうねぇ。納得するまでやってくれて、それで納得したらいいんだけど。あとはタイムアウト勝ち?」
「……」
ラントの微妙な表情をみてユーベルは頷く。
「多分、長くないでしょ、ボルヴェルク卿」
「……そこまでには見えなかったけどな」
「私の予想だけど、メガネ君にもなんか託したんじゃないかな?」
目をそらしたラントの様子からユーベルはビンゴと確信する。
「どうする?メガネ君は止めるべきだと思う?」
「……思っているよ」
「じゃあ、勝者の特権。事の結果を見守ろう。何か、失敗したら。私達が一級魔法使いとしてしりぬぐいしたらいいよ」
ラントの舌打ちが聞こえた。どうやら従ってくれるらしい。
「そうやって、無茶をするから嫌だったんだ……」
「知ってる。メガネ君は面倒くさがりだねぇ」
「違うよ」
ラントは手近な石を集めて腰かけのような形状を作り、ふてくされるようにそこに座った。
「今のが違う事も知ってる……メガネ君の意気地なし……」
「何か言った?」
「何もぉ」
ラントが「間違えてくれるなよ」とぼやいたのが聞こえた。願わくばユーベルもそう思う。
だが、誰しもが納得する結末はまだ見えていない。もう少し頑張らないとダメな気はしている。
ラントは嫌がるだろうがユーベルはそれでも良いと思っているのだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「よくやった……と褒めてやりたいのだが……あまり余裕もない」
「くそっ!放せ!!」
エルヴの放った火球は同時に放たれた水球の魔法によって一気にかき消された。
部屋中に蒸発した水蒸気が舞い、視界が奪われた瞬間襟首を何かに掴まれたのだ。
「……鎧甲冑のマリオネット?」
「暴れても無駄だ……手記を手放せエルヴ。それを持って使う事は……危険だ……お前のためにならない」
「やめろ!それは父さんと母さんの!!」
ボルヴェルクがエルヴのウエストバッグへと手を伸ばす。今の瞬間に攻撃魔法を浴びせようと試みたが甲冑に杖を奪われた。
―― 『それで行こう、って作戦にはならないなぁ……威力によっては私達全員死んじゃうよ?良いの?』
瞬間、ユーベルの言葉を思い出す。頑張ったけれど、ダメだった。届かなかった。それでも――
「奪われたくない……ごめん。ユーベルさん」
「……なにを――」
用意していた起動キー。そして目の前にターゲットとなるもの。条件はそろった。
「――
エルヴの言葉と共に、領地には地響きが鳴り響く。何か大きなものが動いたかのような振動。
「エルヴ……お前は……何を……」
「ボルヴェルク……僕にはお前は殺せない。でも……父さんと母さんの残した遺跡の機能を使えば……」
「まさか! エルヴ……お前は……なんということを。止めろ! 下手をすると北側諸国に大きな傷跡を残すぞ!」
ボルヴェルクが見たこともない表情でエルヴに叫ぶ。だが、エルヴは揺らごうともしない。
「もう、僕には止められない。お前と心中することになっても……!」
「何と言う……ことを……大馬鹿者がっ!」
■ガーディアン・ゴーレム
地面を揺らす振動はラントとユーベルも感知していた。
「これは……」
「あららー。やっちゃったかなこれは……」
「どういうことだ。エルヴは何をした?」
「うーん。奥の手……みたいな?」
ちょっと、思わせぶりに可愛らしく言うユーベルにイラっとしたラントは彼女の額に軽い手刀を落とした。
「ちゃんと説明しろ。地響きが鳴って可愛い事情も何もないだろ!」
ラントの一撃にユーベルは額を押さえて「いたーい」と唇を尖らせた。
「実は、メガネ君と別れた後、遺跡に転移しててさ――」
しょうがないとばかりにユーベルはラントと別行動をとり始めた後のことを説明し始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ぐっ!!」
エルヴは魔法で動く甲冑に跳ね飛ばされるように壁にたたきつけられ、尻もちをつく。
「エルヴ……お前が何をしたか分かっているのか?」
「ああ……、遺跡で父さんと母さんが見つけた最後の手段だ。まだ稼働する遺跡の機能でお前を打ち抜く」
額を抑えたボルヴェルクは深いため息をついた。
「強引にでも焼けばよかったのか……いや、私の甘さが呼んだ事態だな……」
「じきにお前に向かって攻撃が放たれる。どこに逃げても無駄だ」
「逃げはせんよ。お前からも逃げなかっただろう……」
「何……?」
ボルヴェルクは部屋の隅でひっくり返っていた一人掛けのソファーを手元に呼び、力なく座り込む。
「……そんなとどめを刺さずとも、あと半年か1年もすれば……お前の望みは叶う」
ボルヴェルクはそう言いながら自らの上着をたくし上げた。
黒ずみ、境界がぼやけて、灰化するように崩れ行く右脇腹が露わになる。
「それ……は……?」
「瘴気の影響だ。いやという程見ただろう。私も罹患している。多くの者に手を尽くすほどに魔力が尽き、そのたびにわずかながら身体を蝕んだ。もう後には戻れない」
「嘘だ……お前は、領民を、父さんを、母さんも……」
「信じずとも良い……話の本題はこの先だ。お前が起動した遺跡。父と母が残した手記と遺跡。
それこそが……瘴気の源だ。あれが生成した毒のような魔法。それが瘴気の正体だよ。砲撃はその塊を打ち放ち……周囲をすさまじい規模で覆い尽くす危険兵器だ」
そこまで言ったボルヴェルクは組んだ両手の上に額を乗せ、大きくため息をついた。
「う、ウソだ……僕をだまそうとしている。そんなことは信じないぞ」
「今更、ウソを言ってどうする……放っておくと、瘴気が北側諸国の大地を覆いつくすぞ」
言葉に窮したエルヴは唇をかみしめる。
「お前は今まで……何を」
「あれの研究をして、無害になるように最悪のケースを避けるために、研究していた。だがもう破壊するしかあるまい」
エルヴが閉ざしていた口を開こうとした瞬間。勢いよく扉が開く。
「ノックもなく失礼するぞ、ボルヴェルク卿!今すぐこの場から逃げろ!!」
ラントだ。彼にしては珍しく焦ったその様子にボルヴェルクは苦笑する。
「無駄だよラント君。アレは私を狙ってくる。それなら……遺跡の中にでもこもったほうがマシだろう」
ボルヴェルクは椅子から立ち上がり、クローゼットから黒いコートを取り出し始めた。
「エルヴ……決して君を責めるわけではない。だが、状況ここに至っては理解してもらうぞ」
✧ ✧ ✧ ✧
屋敷の外から飛行魔法で移動するラントとユーベルは眼下に遺跡を捉える。
「噂の瘴気の発生源っていうか、生産工場にでもなってたんだね」
「少し考えればわかりそうなもんだけど。砲撃で打ち出されるのは膨大な瘴気の塊だ。砲の威力自体は知らないが……」
「ところでメガネ君。どうしてあっちに残ったのが本体で、私と一緒に来たのは分身なの?」
「ユーベルと一緒に来て、荒事をこなす以上、分身体が一番効率的だからだ!」
またよく分からないことを突然問い詰めてくるユーベル。納得いかなそうな様子に渋々説明を加えた。
それを聞いたのか聞いていないのか、ユーベルは降下をしながら「意気地なし……」とポロリと漏らす。
「まったく……」
ため息をつくラントとユーベルの正面には、遺跡の巨大な重層扉が静かに鎮座していた。
「ま、私じゃ開かないよね」
「出るときはどうしたんだ?」
「エルヴが開けたよ。でもまぁ……」
ユーベルは杖を出して構え始める。ラントはその背後で頭を押さえていた。
「もう、関係ないよね!!」
ユーベルはその掛け声とともに杖で扉を斜めに薙いだ。
「行こっか」
「まったく……君という奴は」
苦笑しながらもラントはユーベルの後に続く。彼女はいつもこうだ。ユーベルが必要とするならば、進みたい方向に、望むままに突き進む。
いつもその尻ぬぐいをするのは気が付けば自分。だが、不思議と嫌ではなかった。むしろ――
「メガネ君は、私のお尻と太ももが好きなのかな?」
「突然何を言い出している……」
「熱い視線を感じたから」
「いいから、行くぞ」
深く考えるのはもうよそう――。ただ、その関係が心地いいと思ってしまうのだ。
✧ ✧ ✧ ✧
暗闇で、赤く光る球体のような光が一点。まるで侵入者を警告するかのような光に見えた。
「ユーベル……」
「多分、侵入者って扱いされてるんだろうねえ。ここを守ってたゴーレム君だ」
「回避する作戦はなかったのか?」
「エルヴがここに来る前に、発動したら是が非でも守れって言ってたから。発射終わるまでたぶん本人にも無理じゃないかなー」
「……難儀なゴーレムだ――来るぞ!」
多面体で構成される宙に浮くゴーレムの瞳のような部分に魔力の収束を感じ、ラントは防御魔法を展開する。
放出の衝撃音と共に撃ち込まれたそれは防御魔法により遮られて霧散した。
「……一般攻撃魔法。ゴーレムが使うのか。出力も高い。防御魔法が破られるかと思った」
「向こうはまだまだ撃つみたいだよっ!」
杖を構えてゴーレムへの躍り出たユーベルと彼女をフォローするように移動するラント。
ユーベルへと意識が向かないように先手の攻撃として、その辺で拾った金属片を電撃魔法で加速させ打ち放つ。
(魔力抵抗があってもこれなら……)
完全な物理衝撃。物理に強く作ってあるゴーレムだからこそ物理で突き破ることが出来るというものだ。
―― ドズッ!―― という鈍い音を立ててゴーレムの外郭に粘土のように突き刺さる。見た目は金属のように見えたが、どうやら違うらしい。
衝撃だけは飲み込み、その金属片だけは吐き出すように地面に音を立てて落ちて行った。
ラントの攻撃は決してその外装を大きく損傷させるものではなかったが、ユーベルからこちらを優先させたようだった。
(かかった)
そのままユーベルが魔法で両断できればよし。他の手立てが必要なら適宜試すまで。
――そう思考を巡らせた直後、魔法を放とうとするユーベルの背後に、小さな紅い目が三つほど怪しく光った。
「ユーベル!危な――」
自然と、体が動いていた。
(何をしているんだろうな――本当に――僕は――)
ここでこの分身体が消えてしまえば――それこそ本当に状況がつかめなくなる。ユーベルを手放してしまう。
それでも嫌だと、体は訴えて勝手に動いてしまったのだ――
(ただ、どうしようもなく――)
迫る魔法に四肢と胴体を穿たれ、分身体が霧散していく中でも――
(――ユーベルのことが、大切なんだ……)
最後に見たユーベルの顔は、瞳を大きく開き、驚いた表情をしていた。
■追撃と瘴気
「ッッ!!」
体のあちこちを打ち抜かれた分身体のフィードバック。その衝撃に思わず、ラントは呻き声を上げた。
「ラント……さん?」
「何でも……ない……とは言い難いな。遺跡でユーベルが一人で防衛システムと戦っている」
遺跡へ向かうといったボルヴェルクへと突っかかるエルヴを説得している最中の出来事だった。
「エルヴ……君は。アレについて何かしているのか?手足のないガーディアンのゴーレム」
「あれは……僕が、遺跡に行くと迎えてくれて……」
「何を命じた!!」
今までにない剣幕のラントに、エルヴは言葉を詰まらせて一歩下がる。
「砲撃の起動命令があれば、絶対に守れと……」
「ふむ、おそらく、砲撃のシーケンスが完了しない限り……止まらないだろうな。急ぐかね?君の相方であろう?」
ボルヴェルクの方を視線で射殺すように見るラントに彼は苦笑した。
「ようやく、君の本音が見えたな……いい目だ。子供は怖がるであろうがね」
「……くそっ!!」
――ダンッ!!――という音は扉まで無言で歩いたラントがその縁を拳で撃った音。痛みかけていた木材は割れたが、彼の拳から血が噴き出ていた。
「ラン……ト……さん……!?」
「もういい……エルヴ。勝手に決めろ。僕は行く。ボルヴェルク卿も来るのだろう。僕は情報を君に与えた。君は君の覚悟と判断で動け……今の僕には、君に気をかける余裕がない」
表情がないのに怒気だけが伝わるその姿に圧倒されたエルヴは立ちすくむ。
そんな彼の隣をボルヴェルクが通り過ぎた。
「お……おいっ!」
「エルヴ。先刻も言った通りだ。私に逃げ場などない。討ちたければまた来い。だが、あれは止めさせてもらうぞ」
部屋を去っていくラントとボルヴェルク。虚空に手を伸ばすエルヴの手には何も残らない。
「僕は……父さん……母さん……どうすればいいんだ? いったい、何が……いつから間違っていたんだ……」
✧ ✧ ✧ ✧
「若人に……少し厳しいのではないかね?」
「関係ない。エルヴは己の選択でここまで来た。今の僕にはそれを助ける余裕がない」
ツカツカと足音を立てて歩くラントにはいかにも余裕がない。額から流れ落ちる一筋の汗は彼の感情を物語っている。
「愛にでも……目覚めたのかね?」
ピタッとラントがその場で止まる。メガネを中指で押さえたまま壊れたブリキのように首が回りボルヴェルクへと振り返った。
「―― どういう感情かね? 図星かな? 冷静だった君が実に興味深いな」
「……ふんっ!」
再びカツカツと歩き出したラントにボルヴェルクは苦笑しながら後を追う。
「本当に、君たちを見ていると教え子たちのことを思い出すよ……」
だからこそ。願わずにはいられない。
「エルヴ……君は、どうする……?……真実を受け入れ、再び歩き出せるのか?」
若人の未来は――いつも明るくあって欲しい。そう思っていたはずなのに……
――『すべては失敗に終わった。お前はこの地から追放とする。どこにでも行くがいい』
――『ボルヴェルク!どうしてだ!父さん、母さんも、お前を信用して』
――『……さっさとこの地を去るんだ』
「私は、選択を誤ったのだな」
研究に二人を巻き込まなければ――この地に目を付けなければ――二人が見つけた封印を解かなければ―――
「―― いずれにしろ、清算せねばなるまいよ」
✧ ✧ ✧ ✧
飛行魔法と防御魔法を小刻みに展開しながらユーベルはゴーレムの本体と分体の子機の立体的な攻撃を回避していた。
複数の子機が細い光で網を張るように攻撃を仕掛けてくるのを、空中で何度も紙一重で躱しては反撃を返す。
「結構、やるやってくれるねー。管理用のゴーレムと思って見くびってたよ」
攻撃が一巡し、放熱するように煙を出すゴーレムを見て、地面に降り立つ。
右腕の指先に濡れる感覚があると思ったら、肩口に大きな傷が出来て血が流れ落ちていた。
「痛覚も感じないぐらいに鋭いんだね、あの攻撃。同族嫌悪抱いちゃうな」
気がつかないうちに深手を負わされているのは非常に厄介だ。
出血に気づかず動き回れば、命取りになりかねない。
ユーベルはスカートの裾を少し破って腕に巻いて一時的に血を止める。
「さて、ヤル気みたいだし続きをやろうか。切断するイメージが湧けばもう少し有利に立ち回れると思うんだけどなぁ……」
中央の本体の赤い目がより赤く光り、威嚇するポーズのように子機を放ちユーベルを囲い込む。
その様子を見ていると、ふと地面に転がる金属片に目が行った。少し前にラントが分身体で飛ばしたものだ。
(そういえば、妙な弾力で攻撃を受け止めていた……)
見た目は金属だが、形を歪ませながら衝撃を吸収していたのだ。
まるで粘土のように――そこまで思考を巡らせたユーベルは、指についた血を舐めとりながらニヤリと笑う。
「ちょっと試してみようか」
彼女の言葉と同時に子機たちが一斉に攻撃を放ってくる。ユーベルは防御魔法を展開しながらも後ろに飛んで距離をとった。
ゆっくりと移動しながら本体の攻撃をチャージをしながら、子機を使って追いかけてくる。
飛行魔法も使って一気に距離をとると、追いつく子機の数が少なくなってきた。状態によって出せるスピードがそれぞれまばらなのだ。速度差がある。結果的に一番状態の良いものだけが1体だけ残っていた。
「君には悪いけど実験台になってもらうよ」
予想が当たっているならば――おそらく倒せる。これは――ユーベルのイメージできない硬質な謎のゴーレムではない。
子機の瞳が輝きユーベルを打ち抜こうとする前に一歩を踏み込んで杖を振りかぶる。
ユーベルは無言で
この魔法はイメージできないものは切れないが、切れるという確信があれば絶対に切れる魔法だ。
「きみは――クレイゴーレムだね……」
土と泥と粘土で構成されたゴーレム。表面が均一に研磨され、まるで金属と思っていたので騙されていた。
ユーベルが魔法を放った射線を一本通るように切断の痕が残り、縦にずれて子機は黒い煙を噴いて地面に落ちた。
「これで勝ち目は出てきたかな」
✧ ✧ ✧ ✧
子機の一体を落とされてからゴーレムは動きを慎重に取り始めた。
レイルザイデンが放たれてからも避けられるように回避行動をするようになり、距離を開いて攻撃を仕掛けてくる。
面倒な相手だが、種さえ割れてしまえば対処は容易い。
次々と子機を撃破していくユーベル。残り数個となった子機は、危険を察したかのように本体の周囲へ集まり始めた。
丁度良い。全部まとめて吹き飛ばせばいい。
本体の巨大な目から放たれた魔法の一撃を避けながら、本体へとレイルザイデンを杖の先端に込め、振りかぶったとき。
―― ドクン ――という奇妙な感覚に襲われる。
(あれ……ちからが、出ない)
膝から崩れ落ち、持っていた杖が地面に落ちて虚空に消えた。
「さっきの黒い煙……瘴気ってやつ?」
考えてみるとスカートの裾で止血した傷だけじゃない、大小さまざまな傷がついている。
(魔力が……うまく流れない……まずっちゃった……メガネ君……)
ユーベルの様子を確認したゴーレムの本体はゆっくりと近づいてきていた。
■覚悟と口移し
――『そう……じゃあ君のその願いをかなえる手伝いだけしよう。でもそろそろ寝たほうがいいかな。ずいぶんと魔力衰弱を起こしている。一度に使いすぎたね』
エルヴを手伝ってくれたユーベルは一人戦っているという。
――『エルヴ。何度も言うようだけど、僕たちはことを構えに来たのではない。話を聞きに来ただけだ』
何度も、警告をしてくれていたラントはエルヴを置いてユーベルを助けに向かった。
――『……そんなとどめを刺さずとも、あと半年か1年もすれば……お前の望みは叶う』
先が長くないボルヴェルクは責任を果たしに遺跡へと向かった。
「僕は……」
――「父さんと、母さんみたいに立派な研究をして人の役に立ちたい!」
――「言うようになったなー。よし、お父さんのすごいものを見つける競争だ」
――「何と言うか、回りくどい言い方は……誰かそっくりに育っちゃって。
そうだ、午後から先生がエルヴの魔法の練習見てくれるって」
――「本当に?やったぁ!!」
一体なにを取り戻したくてこんなことをしていたのだろう。
『もういい……エルヴ。勝手に決めろ。僕は行く。ボルヴェルク卿も来るのだろう。僕は情報を君に与えた。君は君の覚悟と判断で動け……今の僕には、君に気をかける余裕がない』
最後に見たラントの顔を思い出す。覚悟が決まったようで、誰かを救うために誰かに救われたいような複雑な表情だった。
―― ガッ!―― という音が部屋に鳴り響いた。エルヴが拳で額を殴った音だった。
彼は……腫れた額も構わず部屋の外へと駆け出していった。
✧ ✧ ✧ ✧
倒れたユーベルに向かって子機を放ったゴーレムは、どうやらユーベルの様子を確認しているようだった。
――ピッ―― といった音を鳴らし、解析の結果が出たらしい。子機が本体に一度戻ってから別の子機がユーベルの上に飛んでくる。
うつぶせのまま動かないユーベルの上を一周して下から上空で静止し、方向を変えた。
子機は赤い瞳を輝かせ、魔力を蓄積していく。確実に侵入者を仕留めるべく行動しているのであろう。
その子機はじわじわとユーべルへと近づいてくる。
溜まった魔力が臨界に達しようとした瞬間の事だった。
「近寄りすぎーっ」
仰向けに転がったユーベルは残った力で杖を顕現させる。ゴーレムの子機は慌てふためいているが。もう遅い。
「――
ユーベルの真正面に打ち出された魔法は一瞬にして子機を両断した。
黒い煙を出しながら子機は爆散してパラと崩れ落ちる。奥にいる本体は赤い光をより強くする。
警戒を強めたのか、あるいは意思なきゴーレムが怒りでも覚えているのだろうか。
「……もー無理かなぁ……」
子機は2つほど残っているがもう限界だ。なけなしの魔力の最後の一撃がうまく放てて良かった。きっとラントが来たときに少しでも相手を弱体化させれているはずだ。
ユーベルは力なく苦笑する。仰向けの状態から動けない。視線だけ見ると手の先が黒い煙を放ち境界がぼやけて見える。
身体が、形を失って魔力になり霧散しようとしている。領民たちのかかった病気とはこういう物だったのだろう。
(まあ……拡散する前に殺されそうだけど)
正面のゴーレムは大きな紅い目を煌々と輝かせながら魔力を溜めている。おそらくとどめの一撃と言う事なのだろう。
(せっかちだな……誰かさんみたい……って言ったら怒るかな?)
会いたい。こんな状況だからこそ。会いたい。会って――なんて言ってくれるかな?
皮肉のきいた言葉で良い。愚かだと蔑んでくれていい。声が聞きたい。だから――今――すぐにでも――
「……メガネ……君……何所に……いるの……?」
痺れて上手くしゃべれない。
顔に一筋だけ涙が流れ出たをの自覚した。どうやら本当に弱って参ってしまっているらしい。
薄れゆく意識の中、ユーベルに向かって最大出力を蓄積し終えたゴーレムの一撃が放とうとする姿が見えた。
✧ ✧ ✧ ✧
――『まったく、この死にたがりはしょうがないね』
一級魔法使いの第二次試験、零落の王墓で遭遇した「
ユーベルが言い放った言葉は、果たして襲い掛かってくる自身の複製体への言葉だったのか、自分への皮肉だったのだろうか。
(そういう生き方しかできないからなぁ……)
本当は死にたくないくせに、欲しいものや叶えたい願いがたくさんあるくせに、そうすることでしか前に進めない。呼吸もままならない。
――『……それは君が生き残るためのものだ』
致命傷に近い傷を負ったラントに脱出用の瓶を手渡しても、断わった彼の言葉。
きっとラントに言葉の意図を聞けば『分身体だから死にようがなかった。君が手放したら本末転倒だろう』とでも言ったのだろうか?
(ねえ、メガネ君……そこらへん、どうなの?教えてよ)
気が付けば、抱き止められて彼の腕の中にいた。
「なんで、逃げなかったユーベル!ああ、もう、本当に世話の焼ける!」
身体は動かないが、思わず笑みがこぼれる。ラントは彼女を抱き留めながら、空いた片腕でゴーレムの放った攻撃を防御魔法で防いでいた。
うっすらと開いた視界には彼の横顔が見えて嬉しかった。
(声が聞けた……でも、最期にお話、したかったな……)
「遺跡の転移の仕組みがまだ動く様で助かったな。
手伝おう。彼女の状態は瘴気の影響の初期状態だが、かなり濃いものを浴びた様だ。急ぎたまえ」
「頼む」
もう一人の低い声が聞こえた。おそらくはボルヴェルク卿だろうか。
抱き上げられたまま、ラントがユーベルへと向き直る。視線が合った。
表情はいつものそっけない顔なのに、瞳は孤独を怯える子供のようにも見えて不思議な感情が湧いてくる。
「ユーベル……これは、薬だ。君ならまだ間に合う。飲めるか?」
小瓶の蓋を開けて口元に差し出してくるラント。どうしてこんな時に無粋何だろうこの人は。
苦笑をしたくてもうまく動けない。もちろん返事も出来ない。瞳で訴えるしかない。
――こういう時、要求することなんて、分かっているでしょう?
✧ ✧ ✧ ✧
ボルヴェルクから託された霊薬の小瓶を差し出したら無言でジト目で見られた。
ユーベルの指先が黒い靄に包まれて、指先の境界がぼやけているので本当に一刻を争うのだが。
「ラント君。正直、急いでいただけると助かるのだがね!」
「分かってる!」
先程からゴーレムが全力で攻撃を仕掛けてくるのをボルヴェルクが全力で防御してくれている。
当然、そんなに悠長に構えている訳にはいかない。
「飲めないっていうのか……?」
ユーベルは静かに瞳を閉じた。言わんとしていることは分かる。
無防備、という程にラントにゆだねられたユーベルの全て。どうするべきなのかは一目瞭然だ。
今の彼女は動くことも、口をきくこともできない。手っ取り早く薬を飲ませる手段など非常に簡単だ。
(いや、簡単なものか!ユーベルは別に気を失ってないんだぞ……)
この期に及んでばかばかしい事に躊躇う自分自身にラントは自己嫌悪を覚えてしまう。
額から汗が吹き出し、喉を鳴らしているとユーベルの唇が動いた。声は出ないが、唇の動きは読める。
―― ラ、ン、ト、の、い、く、じ、な、し ――
再び口を閉じた彼女は少しだけ顎を上げた。
「本当に君は……僕のいない所で、勝手にこんなことになって……言いたいことは山ほどある!後で文句を言うなよ!」
ラントの言葉を聞いたユーベルの口角が微かに上がった気がする。
瓶の中の霊薬を、一気に口に含んだラントは緊張に震えつつもユーベルの顔を押さえ、彼女の唇を伝い口内へ注ぎ込んだ。
こんな時にとても不謹慎な事ではあるが――
ユーベルの唇は、彼女の血の味がした。
✧ ✧ ✧ ✧
「……んっ……ふっ……」
ラントはユーベルが霊薬を飲み込むことに対し確証をえるまでその唇をふさぎ続けてくる。
現在のユーベルに薬の味を感じる隙も無かった。何故かというと、どうしても確実に飲み込ませたかったのか、ラントは舌を通じて彼の唾液まで流し込んできているからだ。
そこまでしなくとも薬は喉を通るというのに。彼の必死な熱量と、確かに唇が重なり合っている事実に脳が酔いそうになる。
そして肌に伝わる温もりで確信する――目の前にいるのは分身体ではなく、本物のラントだ。
―― ドクンッ!!――
ユーベルにとってあまりにも甘いひと時を味わっていたその瞬間。体の奥底から鼓動を感じた。
今まで感覚がなく動かせる感じがしなかった足の先から指の先までの感覚が一気に蘇ってくる。
傷の痛みも、遺跡のダンジョンの寒さも―― ラントの身体の感触も、温もりも、全部――ユーベルの身体に戻ってくるのを感じた。
「こほ……かふッ!!」
全身の急激な感覚の戻りは、ユーベルを咳き込ませる。
驚いて唇を話したラントは「ユーベル!大丈夫か?!」と叫んでいる。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、魔力検知、六感全て正常。強いて言うならまだ体が痺れて動きづらいぐらい。
むせ込んんだ状態がようやく収まり、ラントにどうしても一言いいたいことがある。
「……ねえ……」
「なんだ?」
これだけは、伝えなければならない――
「……もう一回……」
「緊急事態に何言ってんの」
まだ体は動かないが、笑顔を返すぐらいはできるようだ。
■君の心のユーレカ
―― |Eliminierung der Eindringlinge zur Zielausführung auf höchste Priorität gesetzt.《目的達成のため、侵入者の排除を最優先に設定》 ――
多面体のゴーレム本体はユーベルに破壊された子機のコアに対して、触手のような腕を伸ばし、それを掴み取り込んでいく。
「現代魔法では失われた技術が多すぎるな……自己再生と言わずとも、ここまで応用してくるとは」
ラントとユーベルを庇って防御魔法を展開していたボルヴェルクは感嘆の声を上げる。
ゴーレムは残った2機のゴーレムに加えて数本の腕の先に子機のコアについた即席攻撃装置と、本体の赤い目のようなものを覆うように構えてくる。
正面からの攻撃が多重になってきたので、余裕がない。その隙に子機が回り込み、背後から襲い掛かる。
「!」
背後からの攻撃は防げない。そう思ってダメージを覚悟した瞬間――子機は真っ二つになって砕け散った。
「どうやら、持ち直したのか」
その背後にいたのはラントの腕の中で抱かれた状態のユーベルが杖を伸ばしていた。
レイルザイデンを仕掛けていたらしい。
「ボルヴェルク卿。無事か!?」
「見ての通りだ。まだ無事とは言い難い……が、今のは? アレを斬れるのか?」
「クレイゴーレムだし、土とか泥とか粘土でしょ?」
と、そっけなく言うのはまだ足が動かなくてお姫様抱っこ中のユーベル。
その言葉にラントとボルヴェルクはギョッとする。というのも、クレイゴーレムだから切れるという話ではないからだ。
おそらく、現在腕を伸ばすなどの応用した形状を想定しての素材選び。金属じゃないから柔らかい訳ではない。
むしろ、硬質ではない分、多重の魔力防御策まで施してある。今なお攻撃をしてくるゴーレムの攻撃を防ぎながらもボルヴェルク卿は微妙な表情をした。
「なんか変なこと言ったかな? 倒せると思わないと負けちゃうよ?」
「いや、まあ、そうだが……」
「ユーベルには、アレを叩き斬るイメージがあるんだな? 卿……一つ案がある。もう少しだけ凌いでくれないか?」
杖を出さずに防御魔法を展開するラントはボルヴェルクのフォローをしつつも訴えかけてくる。
「やれやれ、さっきの今で依頼することがそれかね?」
「すまない。それでもお願いしたい」
ラントの言葉にボルヴェルクは苦笑をする。
「良かろう。承った」
✧ ✧ ✧ ✧
ラントはユーベルを抱えたまま一気に退き、物陰に隠れた。
向こうではボルヴェルクが移動をしながらもゴーレムの攻撃を防いでいる。
「どうするの、メガネ君? 私まだ派手に動けないよ?」
「それを何とかする。ユーベル。怒るなよ!」
大きく息を吸ったラントは自分の正面にもたれかけさせたユーベルを鷲掴みするかのように抱きしめた。
「っと……んっ……!私が動けないからって大胆だね……」
「変な意図はない……集中させてくれ!」
「エッチ……」
もう何とでも言ってくれという覚悟でラントはユーベルの身体の各所を触り、撫で掴んでいく。
ユーベルは、どんな形で、どんな姿で、どんな体温で、どんな感触で――
「はぁ……んっ……」
普段聞き慣れないユーベルの声にラントは黙っていても妙な感覚に陥りそうになる。
だが……ノイズは切り捨てなければならない。彼女の身体を理解し、心を理解し、魔法へと昇華する。
「これは……」
ユーベルの目の前に徐々に魔力が収束して――目の前に自分の身体が作られていく。
「私の分身……体?」
ユーベルをまさぐるラントの手が止まり、今度こそラントが強く抱きしめてきた。
「ユーベル。もう二度と、勝手に戦うな。勝手に死のうとするな。僕が見てないところで危険なことをするんじゃない」
耳元で囁かれたのは、弱音とも命令ともつかない、彼の切実な本心が滲む言葉だった。
「メガネ君と意見が合わないのは……仕方ないんじゃないかな。私は私のやり方しか――」
「僕が傍にいる。今までもそうしてきた。これからもそうする!でも嫌なものは嫌だ!勝手に傷つくな!」
「メガネ君はわがままだなぁ……」
ユーベルはわずかに動く手を伸ばし、背後から抱きしめてくるラントの手を強く握り返した。
面と向かって言わずに耳元で囁くあたり、彼らしい無粋さだ。これでは表情も見えなければ、キスもできない。
「だから、ずっと僕の傍にいろ」
「そこまで言うなら……私も一つ条件があるんだけど……」
「なんだ?」
なんて不器用な男なのだろう。もっとスマートに想いを伝え合えないものか。
戦い真っ只中の、死線と隣り合わせの極限状態で。本当にどこまでも不器用だ。だが――
「私の手綱、”ラント君が”一生握っててくれる……?」
最高に自分たちらしい――
ユーベルの問い掛けに応えたラントの言葉を聞いた瞬間、ユーベルの意識は暗転する。
✧ ✧ ✧ ✧
ゴーレムの攻撃を防ぎ続けてきたボルヴェルクだったが――
「ぐっ……!!」
瞬間的な魔力の喪失。無理をし過ぎた。体の内部の崩壊が一気に進んでいくのがわかる。
腹部の半分ほどが、すでに本来の肉体から別の何かに切り替わってしまっていた。
(今日、この場が散り時なのかもしれんな……)
それも悪くない。若い二人の魔法使いが前に進めた。後はどうにか目の前の防衛装置を突破し、遺跡を破壊して――
―― |Oberster Befehl: Schutz des geliebten Kindes auf maximale Priorität gesetzt.《最上位命令:愛し子の守護の優先順位を最大に設定》 ――
自傷も、体の崩壊の悪化も構わない形の魔法を用意しようとした瞬間。ゴーレムの声が鳴った。そして――
「―― 命令だ! もういい!もう止まれ!!――」
誰かが魔法で突っ込んできながら叫ぶ声が聞こえる。それと同時にゴーレムの攻撃が止まる。
「エルヴ……」
「ボルヴェルク……まだ僕には真実が分からない。
分からないけど……だけど僕はお前と話をしなければならない。分からないまま終われない……子供の我儘かもしれない。でも――」
ゴーレムの目の前に着地したエルヴは震えながらも。正面に向かって構えた。
「出来の悪い、管理者で済まない。だが……もう止まれ」
中央のゴーレムは瞳の光が徐々に青に変わり、そしてまた赤へと戻る。点滅するその光は、何かを迷っているようだった。
だがそこに、禍々しい色を保ったままの子機が本体に突き刺さり、共鳴するかのように強烈な光を内部へと送り込む。
「だめか……?」
「エルヴ!退け!ぐあ……」
エルヴを庇おうとしたボルヴェルクだったが、体の痛みに膝をついた。
そんなボルヴェルクを背にしたままエルヴは腕を広げ、再度赤くなったゴーレムへと対峙する。
「僕が、僕がまいた種だ。一歩も退けない。だから止まれ!お前は――だって、お前は父さんと母さんが研究して蘇らせた――」
ゴーレムの攻撃がエルヴとボルヴェルクを襲おうとして、それを防御魔法で防ごうとした瞬間だった。
――「頑張ったね、エルヴ――」
背後から、そんな声が聞こえ、一陣の風となって隣を通り過ぎる。
「お母さん……?」
そんな訳がないのに、ふとそんな言葉が漏れてしまった。深緑の長い髪と黒の軽装のドレス。槍のような杖を振りかざしたユーベルの後ろ姿。
降り注ぐゴーレムからの攻撃を軽やかに避けながら、すさまじい勢いで接近する。
本体の真下に到達したユーベルは杖を大上段に構え、まるで巨大な剣を振るうかのように――
「――
―― その大きなゴーレムを斬り割いたのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
エルヴの正面で切り裂かれ、その各所が爆発するように崩壊を始めたゴーレムは、自身の腕をエルヴへと伸ばした。
そこには土の壁の様なものが出来、衝撃と爆発を防いで。
――
崩壊していく土壁から覗いた小さなコア。そこから小さく、そんな声が聞こえた気がした。
■アイロニーの終焉
「こっちです……」
エルヴに案内されたのは遺跡のコンソールとなっている部屋。
さらに奥の部屋では砲撃機構の巨大な機械がかどうしており、接続された何かはおそらく瘴気を生成しているのだろう。
「久方ぶりに来たな。あの日以来だ。封印していたのだが……エルヴに特権を与えていたのだな」
「……ボルヴェルク、答えてくれ。僕に何を隠している……」
エルヴは機能を止める前にそれだけははっきりさせておきたいと宣言する。
ボルヴェルクは遺跡のコンソールを前にため息をついたようだった。
「もう予想はついているのではないか? 実に単純な話だ。誰もがこの遺跡の機能に平和を夢見ていた。
お前の両親も私も。だが、研究の果てに開いたのはパンドラの箱だった。遺跡の機能を起動した瞬間、この町を襲ったのは土地全土を覆う瘴気だったのだ。
領地の人間は次々に罹患した姿はお前も見たのであろう?」
うめき声を上げて力尽き、灰となって消えゆく人々の姿。今でも忘れた日はない。
「僕があの日、助かったのは何故だ?」
「瘴気の大発生の日、研究の中で作った試作型の霊薬を飲ませていた。代わりに気を失ってしまったがね。
結果、瘴気が浸透しない密封空間にお前を寝かせていた。何もかもを封じ、解決しようとした結果は語るまでない。
君の両親は多量の瘴気を摂取し、灰となり、私も体の一部が侵されることになった」
「……僕が気を失っている間に……」
「あの霊薬は才覚ある子供い影響しやすい。君は3日ほど眠っていた」
後の事はエルヴも覚えている。目覚めたのちに街を追放された。
「全てを失っても、私を恨んでも、真実を知らなくても……それでも生きてくれればと思っていたのだ。
すまなかったな。何もかも私が悪い。ことが終われば君は私を討って良い。どうせもう長くない」
「……」
何が悪いのか。全てを引き起こすいったんを握り、一人で全てを受け止め、何もかもを拒絶した男が悪いのか。
その男の孤独と覚悟を理解できなかった自身が悪いのか……
「何にしても、僕が……再びその地獄の蓋を開いてしまったのか」
「そういう事になるな」
そこまでユーベルを抱えたまま黙っていたラントが口を開いた。
「ここで止めたらいい。北側諸国にこんなものをばら撒かれると迷惑だ」
「まぁ、ねぇ……瘴気なんて充満してると胎教に悪いし、子育ても安心してできないし……」
「急に何を言ってるのユーベル?」
「一般論だけど?」
その様子に肩で息をしたボルヴェルクはエルヴに問う。
「君がどれほど、ここに両親との想い出を持っていようと、破壊をするぞ、良いなエルヴ」
エルヴはその言葉に静かにうなずいた。
✧ ✧ ✧ ✧
砲撃の発射までそれほど時間がない。
砲台の配備されている空間には瘴気が充満しており、魔法使いでも長居は危険であることは分かった。
「エルヴの両親が、灰になった原因であろうな……ラント君、すまないが残りの霊薬を返してくれないか?」
「構わないけど、どうする気だ?」
「考えがあるという程のものではないが……実に簡単な方法がある」
ボルヴェルクの表情は穏やかなものであったが、その眼には覚悟が乗っている。
「それでいいのか?」
「他に方法もない、私としては……残るべきものが残るべきだと、今更ながらに思うのだよ。
ふむ、町を焼いてしまった人間が言うには皮肉が聞いているかね」
「この場にそのジョークで笑ってやれる人間がいない」
「それは残念だ」
ラントから数本の霊薬を受け取ったボルヴェルクはエルヴに向き直る。
「エルヴ、もうこの砲台は止まらない。破壊する。そのためにあの砲台の区画にあるブースターを起動させてほしい。
手記に書いてあるだろう。砲門の補助動力となるものだ」
「分かったが、そんなものをどうする気だ……」
エルヴが制御パネルを操作すると、砲台の隣から球体の様なものが地面からせり出してきた。その球体がブースターらしい。
「まあ、気持ちの問題だな。私が、一級魔法使い程の出力を持っていれば良かったのだが、もうそれもできん」
「一体何を言って――」
エルヴが問いただそうとした言葉を遮るようにボルヴェルクはエルヴに向かって手を伸ばした。
「大きくなったなエルヴ。すまない。何もかも不器用な私の咎を背負ってしまった子よ。これで終わりにしよう。自由に生きろ」
「ボル……ヴェルク……?」
「最後に、手記を少し見せてくれないか。少し確認したいことがある。警戒せずとも、もう燃やしはしないさ」
「分かった……」
エルヴから受け取ったボルヴェルクはパラパラとページをめくりながら懐かしむような表情をしていた。
「そうだな……あの子達はこんな研究をしていた……ん?」
そんな折、彼は何かに気付いたようだった。
「最後のページだけ、少し紙が厚いな……重なっているのか」
「え?……本当だ」
「開くが、良いかね?」
「はい」
糊付けするように閉じられていた最後のページを丁寧にぺりぺりと剥がした彼は中を見て苦笑した。
「そうか……これは君が持つべきものだエルヴ。これは君に返そう」
「わ、分かった」
エルヴが手記を受け取った瞬間
「すまないな、エルヴ」
「え……?」
ボルヴェルクがエルヴの顔の真正面にかざした手、そこから発せられた小さな電撃にエルヴは倒れこんだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「あまり、褒められた方法じゃないぞボルヴェルク卿……」
「そうだな、私は愚か者だ。愚か者なりのけじめを付けさせてくれ」
懺悔のような言葉を告げてボルヴェルクは霊薬を飲み干した。
「あまり、旨くはないな。せめて甘くすればよかったか?」
「私は、甘かったけどね……」
「ユーベルやめろ!」
ユーベルが茶化すような言葉にボルヴェルクは苦笑した。
「役に立ったなら何よりだったよ。では二人ともエルヴを頼んだ。出来るだけ早々の退場を頼む。かなりの爆発規模になるだろう」
「瘴気はどうなる?」
「この瘴気は、魔法による燃焼の相殺で消えるのは数年前実証済みだ」
何か言おうとしたラントの肩をユーベルが叩いて首を振る。
「ありがとう、二人とも。おかげでよい結末を迎えられるよ……」
「僕は……あまり納得はしていないぞ」
「それでは、その記録を報告して、より良い世界になるように貢献してくれないか?きっとそれが逝った教え子たちの願いだ」
「やっておこう」
「ではな。エルヴにもよろしく伝えてくれ」
ボルヴェルクは背を向け、砲台のある部屋へと静かに姿を消す。二度と彼がそこから戻ってくることはなかった。
✧ ✧ ✧ ✧
調子を取り戻したユーベルと共に、エルヴを抱えたラントは飛行魔法で一気に外部に出て距離をとった。
その後、すさまじい爆炎と共に遺跡が大爆発を起こしたのは脱出後ほんの数刻後だった。
「……こんな威力、間に合わなかったらどうするつもりだったんだ」
「ちょうど間に合ったんだから、私たちの力を信じてくれたってことじゃないのかな?」
「良い感じにまとめたと思って腕組んもたれかかってきてるけど、そんな平和的大団円じゃないからね?」
ラントが半眼でぼやくと、ユーベルは少し頬を膨らませるような仕草をする。胸ごと押し当てる腕は絶対に離さないようだ。
「……嫌なの?」
「別にいいけど……」
ユーベルは艶のある微笑みを浮かべ、ラントにべったり張り付き続ける。
間もなくエルヴも目を覚ますだろう。どう説明すべきかラントが案じていると、不意に彼の手に握られた手記が風に揺れ、最後のページが露わになった。
「まったく、皮肉な話だ」
「そう?私は、結構好きかな」
―― すべての子供たちに平和な未来を届けるために、己と隣人を信じて進め ――
それはきっと彼の両親が研究成果として遺したかったメッセージなのだろう。目覚めたエルヴはそれを見て何を思うだろうか。
ボルヴェルクと両親を失った彼は、これから自分の足で本当の自分の人生を歩まなければならない。
自ら未来へ進むのか虚に堕ちるのか彼次第だ。それを手助けすることは今のラントには出来ない。
なにせ――
斜め下から覗き込むように笑うユーベルがこちらを見ている。
僅かに胸元が見える思わせぶりな姿勢に視線が吸われ――いや、腹が立つ。
「ところで、私の人生の手綱これからも握っててくれるんだよね?」
「僕の言うこと聞いてくれるならね……」
「それぐらい言うなら、お嫁さんぐらいにしてくれないとバランス取れないなぁ」
ユーベルの言葉にラントは嘆息しながらも苦笑する。
いまさらそんなことで揺らぐと思ったのだろうか。毎回踊らされるつもりもないとばかりに返答する。
「その程度で言うこと聞いてくれるなら、いくらでも付き合うよ」
「本当に?じゃあ――」
そう言ってユーベルはラントの首に手を回してくる。
もはや拒む理由もないかと嘆息しながら受け入れるとクスッという吐息が聞こえた。
「これからもよろしくね ”ラント君”」
嬉しそうに笑うユーベルの唇がラント近づき、二人の人影は一つに重なるのだった――
■明日を生きる子供たちへ
それから十数年もの月日が流れたある日のこと。
「へぇ~。パパってそんな感じでママに堕とされたんだ」
「そう、パパはすっかりママに堕とされちゃったの、ヘリヤとしては意外だった?」
人差し指を口元に当てて悩む癖は母のマネなのだろうか。そんな娘のヘリヤはニヤリと笑う。
「イメージのまんまかなぁ……素直じゃないところとかも」
「そうだね、ヘリヤはパパとママのことよく観察しているね」
賑やかな母娘を横目に、ソファーには魔導書を開く息子ヴィダルと、報告書に目を通す父ラントの姿があった。
「父さん……母さんと姉さんに言われ放題だけどいいの」
「いい……どうせ絡んでもろくなことにならない」
諦め気味に息子のヴィダルの言葉に応えるラント。夫の様子を横目で見たユーベルは娘のヘリヤに話を続ける。
「それでね、パパったらその日の夜に取った宿屋でちょっと照れながらダブルべ――」
とんでもなく余計なことを話し始めたユーベルに報告書を握りつぶしながらラントは立ち上がる。
「やめろユーベル!昼間から10歳になったばかりの娘に何を言う気だ!」
「えー!口出ししないって言ったのに」
「そうだよパパ!じゃあパパが説明してよ、宿屋で何がダブルだったの?」
そんなやり取りに我関せずの様子な弟のヴィダルは「ベッドでしょ」と小さくぼやく。
「宿屋でダブルなベッドの部屋を注文してパパはママに何をしたの!?」
「だから!何もない!」
「えー。あの夜が初めてだったのに……」
「やめなさい!」
✧ ✧ ✧ ✧
「とにかく教育上悪いことは禁止」
「「はーい」」
もう、娘にその手の話を禁止しても意味がないのかもしれないが……
結局その妙な話題の検閲のためラントもテーブルに着いた。
「結局、その領地とエルヴって人はどうなったの?」
「……そうだな。彼は今も頑張っているよ」
「どういうこと?」
首を傾げるヘリヤにラントは苦笑した。
「失われた故郷を取り戻すために努力すること―― 一朝一夕の覚悟じゃできないさ」
「そっか。じゃあパパとママが助けて良かったね」
「そうだね……助けて良かった。ユーベルと、ぶつかってでもちゃんと結論を出せて良かったのかもしれないな」
結果として、ユーベルと想いを通わせることとなった。
そういう意味では、出会うべくして出会うべき人に出会ったのかもしれない。
「さて、ヘリヤもヴィダルも明日はオイサーストに行くからそろそろ寝なさい」
「はぁい」
元気よく返事をしたヘリヤは、椅子から勢いよく飛び降りる。
「ねえ、ママ!」
「なあに?」
「私も、パパとママみたいな素敵な人に出会ってみたい!出会えるかな?今度行くオイサーストにいるかな?」
「……そうねヘリヤが注意深く、観察して、そして見つけたら絶対に逃がさない覚悟で臨めば……きっと出会えるわ」
母のアドバイスにヘリヤは満面の笑みを浮かべる。まるで自身の少女時代を見ているようで、ユーベルからも優しく温かな笑みがこぼれた。
願わくば、我が子の人生が ”素敵な” 出会いで満ちているようにと、母となったユーベルは願うのだった。
~ 君の心のアイロニー END~